菊地大司教

    週刊大司教第五十二回:年間第三十三主日

    2015年から16年と続いたいつくしみの特別聖年の締めくくりにあたり、教皇様は使徒的書簡「あわれみある方と、あわれな女」を発表され、年間第33主日を、「貧しい人のための世界祈願日」と定められました。今年は11月14日がその祈願日となっています。

    教皇様はこの日のためにメッセージを発表されています。本文はこちらの中央協議会のリンク先をご覧ください。

    教皇様はメッセージの中で、マルコ福音書14章7節の「貧しい人々はいつもあなた方と一緒にいる」をテーマとして選び、次のように呼びかけられます。

    「貧しい人は共同体にとって「部外者」ではなく、ともに苦しみを担うべき兄弟姉妹であり、彼らの苦労と疎外感を和らげることで失われた彼らの尊厳は回復され、欠かすことのできない社会包摂が確保されるのです。しかし、慈善行為というものは支援者と受益者を前提としていますが、分かち合うことからは兄弟愛が生まれることは、ご存じのとおりです。施しは散発的なもの、他方、分かち合いは永続的なものです」

    教会の人道支援組織である国際カリタスは、教皇様のこの永続的な「分かち合い」への呼びかけに応え、特に貧困撲滅のために世界各地で取り組んでいます。1951年12月12日にローマで13のカリタスが集まって誕生した国際カリタスは、今年70周年を記念しています。現在国際カリタスは世界的な連盟組織として162の各地のカリタスをメンバーとして成り立ち、200を超える国と地域で活動しています。12月13日には、新しい世界的なキャンペーンを開始する準備が進められていますが、特にこの「貧しい人の世界祈願日」から次週の「世界青年の日(王であるキリスト)」までの期間、「祈りから行動へ」と題して、教会全体の貧困撲滅への取り組みを促しています。残念ながら日本語訳がなく英語だけですが、興味のある方はこちらの国際カリタスホームページのリンクをご覧ください。本日から来週まで、毎日何らかの行事やリフレクションがビデオで提供されています。また前述の世界的キャンペーンについては、今後、カリタスジャパンから情報が提供されることになります。

    以下、13日午後6時配信の、週刊大司教第52回目のメッセージ原稿です。
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    年間第33主日
    週刊大司教第52回
    2021年11月14日前晩

    教会の典礼の暦は終わりに近づいています。そのため、典礼の朗読は、世の終わりを示唆する朗読が選ばれるようになります。

    ダニエルの預言は、救いの日にはさまざまな苦難が伴うが、神の民は大天使ミカエルによって守られるであろう事を記しています。

    マルコ福音は、受難の時が間近に迫る中でイエスが語った言葉を記します。さまざまな苦難に直面するものの、「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」と記すことで、愛に満ちあふれた神はご自分の民を見捨てることはないと、イエスは確約されます。同時にイエスは、わたしたちが「時のしるし」をしっかりと識別し、つねに備えている者であるようにと呼びかけます。

    ヘブライ人への手紙は、主ご自身が自らをいけにえとされた唯一の献げものを通じて、わたしたちをあがなってくださった、新しい契約について語ります。赦されたわたしたちは、その愛といつくしみに包まれて、それに応える生き方を選び取らなくてはなりません。契約なのですから、一方的に受けるだけでなく、わたしたちには果たすべき責任が課せられています。

    つねに目覚めて備えるわたしたちは、それではどのようにして、自らに課せられた責任を果たしていくのでしょうか。主は、最後の晩餐で聖体の秘跡を制定されて、「わたしの記念としてこれを行え」と命じられました。わたしたちには、主ご自身が語り、行われたように、生き、また語ることが求められています。

    2015年から16年と続いたいつくしみの特別聖年の締めくくりにあたり、教皇様は使徒的書簡「あわれみある方と、あわれな女」を発表され、年間第33主日を、「貧しい人のための世界祈願日」と定められました。

    主イエスの言葉と行いに倣って生きようとするわたしたちにとって、貧困にあえぎ、生きることに困難を抱える方々への心配りは、忘れてはならない行動であります。教皇様の書簡にはこう記されています。

    「人工の楽園で安易な幸福を約束する幻想を追い払うためには、わたしたちには希望と真の喜びのあかし人が必要です。多くの人が抱く深い空虚さの感情は、わたしたちが心に保つ希望と、それが与える喜びによって克服することができます。わたしたちは、いつくしみに触れられることによって心にわき上がる喜びを認める必要があります(3)」

    神のあふれんばかりの愛といつくしみに包まれていることを自覚するとき、わたしたちはこの社会にあって、真の希望と喜びをあかしする者となることができます。

    教皇様は、「イエスの間近にあることへの願望は、兄弟たちの隣人となることを求めます。なぜなら、具体的ないつくしみのしるし以上に御父に喜ばれるものはないからです」と記して、わたしたちを具体的な愛の行動へと招いておられます。

    教会は今、そのあり方を振り返る回心の道を歩んでいます。シノドスの歩みは、「参加する」、「聴く」、「識別する」ことを、教会に属するすべての人に求めています。とりわけ教会は人々の声に耳を傾けて「聴く」ようにと神から招かれています。また人は隣人の声なき声に真摯に耳を傾けなければならないのです。耳を傾けあうところに「交わり」が生まれるからです。

    助けを必要としている人の声に耳を傾け、そのもとへと駆けつける教会でありましょう。

    東京大司教タルチシオ菊地功