菊地大司教

    週刊大司教第五十回:年間第三十一主日

    10月もこの日曜日で終わりとなります。週刊大司教も50回目の節目を迎えることが出来ました。視聴して、共にお祈りくださっている皆様に感謝申し上げます。

    ミサの公開が再開したことで、視聴していただく方も減ると予想していましたが、例えば現時点で、先週の第49回は千人を超える方にご覧いただいています。時には千五百人を超える週もあります。ありがとうございます。皆様の霊的な糧として役に立っているのであれば、それに勝る幸いはありません。

    感染症対策でミサの参加を制限せざるを得ない状況の中で、霊的な助けとなればとの思いで始めた主日福音のメッセージ配信ですが、わたし自身の原稿の準備もそうですし、広報職員も撮影と編集にかなりの時間を費やすことになっていますので、このままいつまでも続けるのは難しいかと感じています。

    一つの目安としては、視聴してくださる方が千人を割り込むことが続いた場合は、その段階で他の形への移行を考えることにしたいと思います。現時点では11月21日の王であるキリストまでは撮影が済んでいますので、待降節以降について検討中です。

    毎日報告される検査陽性者の数は以前と比較すれば断然に低い数字で推移しています。さまざまな規制も解除されつつあります。同時に、第6波の可能性を指摘する声もあります。すでにクリスマスと年末年始についてはお知らせしたところですが、現状の推移を見ながら、医療関係者の意見を伺い、例えば祈りを一緒に唱えることや、聖歌隊による歌唱の制限緩和などを検討しております。ただマスクを着用することや、ある程度の距離を空けて着席することなどは、まだ当分の間、変更することは難しいと思われます。ご協力をお願い申し上げます。

    10月はロザリオの月です。月末になりましたが、あらためてロザリオについてメッセージで振り返りました。ロザリオは5月や10月に限定されているわけでもなく、日頃から手軽に唱えることが出来る貴重な祈りです。そして聖母の取り次ぎには、力があります。

    以下、本日午後6時配信の、週刊大司教第五十回目のメッセージ原稿です。
    ※印刷用はこちら
    ※ふりがなつきはこちら

    年間第31主日
    週刊大司教第50回
    2021年10月31日前晩

    申命記は、「聞け、イスラエルよ」で始まる掟の言葉を記しています。旧約の掟の中心となる一節であり、イエスご自身が「第一の掟」として言及していることが、マルコ福音には記されています。

    全身全霊をあげて、唯一の神を愛することを最も大切な掟であるとする主イエスは、同時に、「隣人を自分のように愛しなさい」というレビ記に記された言葉を、それに続く第二の大切な掟であると教えます。すなわち、唯一の神を愛することは、その神が創造された賜物であるいのちを生きる自分自身を愛することであり、それは同時に、同じいのちを生きている隣人を愛することをも意味するのですから、この三つの愛は、切り離すことは出来ません。

    ヘブライ人への手紙は、創造主である神ご自身が、わたしたちへの愛を、自らの命を犠牲にしてまで具体化されたことを記し、完全な救いのために永遠に執り成してくださる祭司である主により頼むようにと呼びかけます。

    いのちの与え主である神を信じるわたしたちキリスト者は、人間の性格として優しくあるから他者を愛し、助けを求める人に手を差し伸べるのではありません。わたしたちが信じる神が、まずいのちを賭してわたしたちへの愛に生きたからこそ、神から愛されてこのいのちを与えられ、生かされているわたしたちは、当然のこととして、隣人を愛するのです。隣人愛は優しさではなく、神から受けた愛の反映です。

    神からわたしたちが受けている愛を、被造物として最も美しく反映しているのは、わたしたちの母である聖母マリアであります。教皇レオ13世によって、10月は聖母マリアにささげられた「ロザリオの月」と定められました。10月も終わりを迎えますが、その意味を振り返ってみましょう。

    教皇パウロ六世が1969年に発表された使徒的勧告「レクレンス・メンシス・オクトーベル」は、冒頭で、「諸民族の心と精神の和解によって最後には真の平和が世界に輝くよう、幸いなるおとめマリアの助けを願うために、十月にロザリオを唱えることを強く勧めます」と記しています。

    10月7日のロザリオの聖母の記念日は、1571年のレパントの海戦でのオスマン・トルコ軍に対する勝利が、ロザリオの祈りによってもたらされたとされていることに因んで定められています。歴史的背景が変わった現代社会にあっても、ロザリオは信仰を守り深めるための、ある意味、霊的な戦いの道具でもあります。

    とりわけ昨年から今に至る感染症による困難な状況の中で、わたしたちを祈りのうちに霊的な絆で結び、さらには聖母の取り次ぎによって、聖母とともにこの困難に立ち向かう霊的な力をいただくためにも、ロザリオはわたしたちにとって、信仰の危機に立ち向かう武器であるとも言えます。

    教皇パウロ六世は、使徒的勧告「マリアーリス・クルトゥス」で、「(マリアが)信仰と愛徳との両面において、さらにまた、キリストとの完全な一致を保ったという点において、教会の卓越した模範であると仰がれている」(16)と指摘します。

    ロザリオの祈りを唱えることで、わたしたちを結び合わせているキリストの体における神秘的一致へと導かれ、どこにいても、いつであっても、ひとりでも、複数でも、ロザリオを唱えることで、わたしたちは聖母マリアがそうであったように、キリストの体において一致することが出来ます。

    心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして神を愛するわたしたちは、聖母に倣って、キリストと一致しながら、命を守る愛の業に励みたいと思います。

    東京大司教タルチシオ菊地功