菊地大司教

    週刊大司教第四十七回:年間第二十八主日

    10月10日は年間第28主日です。週刊大司教も、本日の配信で第47回目となりました。ご視聴いただいている皆様に感謝申し上げるとともに、現在の状況の中でまだまだ教会に出かけることに困難がある方々に、週刊大司教をおすすめいただければと思います。パソコンからだけでなくスマートフォンからもYoutubeでビデオをご覧いただくことが出来ますし、過去の動画もそのまま保存してあります。ご活用ください。

    教皇様は本日と明日の典礼を持って、シノドスの歩みを開始されます。シノドスの歩みは世界のすべての教区を巻き込んで始まり、2023年秋にローマで開催される世界代表司教会議まで継続します。各教区では来週、10月17日に教区での歩みを始めるようにと指示をされております。現在の状況ですから特別な典礼儀式は行いませんが、カテドラルの関口教会で、10月17日の午前10時のミサを大司教司式ミサとして、これを持ってシノドスの歩みを開始といたします。

    今回のシノドスは、設問に対する回答を見いだすための会議ではなくて、神の民としての教会が、聖霊に導かれてともに歩む方向性を識別するために、できる限り多くの人の声に耳を傾けたいという教皇様の願いを実行に移すプロセスです。

    すでにバチカンの事務局からは、このプロセスを始めるために各教区に対して10の設問が送られてきています。これらについては、この数日中に、これからどのように取り組むのかを含めて、お知らせをいたしますが、バチカンの事務局もこの10の設問への正解を求めているのではなく、それに基づいて各自が、また教区内のさまざまなレベルの共同体が、振り返り、深め、道を見いだす時をともにすることを求められています。従って、教区として何か会議を行ったり、または宣教司牧方針の時のように10の設問への回答を募集するような形ではなく、教皇様が望まれている教会のあり方について、ともに理解を深める時をまず持ちたいと考えています。そのために、シノドスが目指すところなどを解説する連続ビデオを作成して、教区のホームページで公開する準備をしています。

    シノドスについての情報は、随時、教区ホームページに特設ページを設け掲載していきますので、どうぞご活用ください。

    以下、本日午後6時配信の、週刊大司教第47回目のメッセージ原稿です。
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    年間第28主日
    週刊大司教第47回
    2021年10月10日前晩

    「善い先生」と呼びかけ、イエスのもとにひざまずいた人物は、忠実に掟を守る正しい生き方をする人だったのでしょう。マルコ福音は、イエスから基本となる掟を教示されたこの人が、「そういうことはみな、子どもの時から守ってきました」と応えた様を記し、彼の正しさを強調します。イエスもその事実自体を否定はせず、しかしそこには欠けていることがあると指摘しています。

    この正しい人に欠けていたのは、一体何だったのでしょうか。イエスは、二つのことを問いかけ、求められます。まず第一に、たくさんの財産を持っていたこの人に、すべてを売り払い、貧しい人たちに施しをすることを求め、さらに加えて第二に、「わたしに従いなさい」と、イエスとともに歩むことを求めます。そしてこの二つこそ、掟を守る正しいこの人に欠けている事柄であります。

    すなわち、第一に彼の正しさは、神の掟を忠実に守っているところにあるのですが、そもそも掟は何のために守るのか。掟とは、神が求められるいのちの生き方に、わたしたちが忠実であるために与えられた道しるべです。掟は、それを守ることを目的として与えられているのではなく、守ることによって具体的にどのような生き方が実現するのかが問題です。

    仮に掟を完璧に守っているのであれば、それを実際の行動として具体的に生きているのかどうかが問われることになります。イエスがここで指摘する、「貧しい人々に施す」行為は、神の求める生き方であり、具体的には助けを必要としている人、一人ひとりのうちにおられる神を見いだし、ともに歩もうとする愛の具現化です。神に喜ばれるその生き方は、天に宝を積むことでもあります。

    さらにイエスは、神に従うという決断が欠けていることを指摘します。掟を守ることが神が求める生き方をすることであるならば、それはすなわち全身全霊を持って神に従う決断をすることへとつながります。中途半端な信仰ではなく、すべてを賭けた決断をイエスは求めます。

    知恵の書は、どのような財宝よりも優れている知恵について語ります。知恵と賢明さは、わたしたちを神の求める生き方へと導く手立てであり、加えて知恵は「すべての善」とともにあると知恵の書は記します。神に従うという徹底的な決断をするためには、善とともにある知恵と賢明さが必要です。

    ヘブライ人の手紙も、同様に、生きている「神の言葉」は、「心の思いや考えを見分けることが出来」る力があると記します。わたしたちの善に従う決断のために必要なのは、神の知恵、そして賢明さ、それをもたらす神の言葉であって、この世の成功や富ではありません。

    ところで2023年秋に開催される世界代表司教会議(シノドス)は、世界中の教区に属するすべての人をともに、本日その歩みを始めます。それぞれの教区での歩みは来週から始まりますが、教皇様は10月9日と10日に、シノドスのプロセス開始を告げられます。

    テーマは、「ともに歩む教会のため―交わり、参加、そして宣教」と定められています。前回の通常シノドス閉幕にあたり、教皇様は、「傾聴というこの基本的な手だてを通して、わたしたちは現実を解釈し、現代のしるしを把握しようとしました。そして、みことばと聖霊の光のもとに、「共同体としての識別」が行われました」と述べておられます。今こそわたしたちに、教会全体に、知恵と賢明さが必要です。生きている神の言葉に促されて、教会共同体の識別が賢明に行われるように祈るとともに、神の呼びかけに全身全霊を持って徹底的に従うことが出来るように、知恵と賢明さと信仰における勇気を願いましょう。

    東京大司教タルチシオ菊地功