菊地大司教

    聖香油ミサ@東京カテドラル

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    聖木曜日の本日、午前十時半から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、東京教区の聖香油ミサが行われました。新潟もそうですが、他の教区では遠隔地から司教座のある町まで出かけてくる司祭の交通の便を考えて、水曜日、または火曜日に行われることが多いのですが、東京の場合は晩に行われる主の晩餐のミサまでに小教区に戻ることが基本的に可能なことから、聖木曜日に行われています。(例えば新潟教区の場合、司教座のある新潟市から一番遠いのは秋田県の鹿角教会だと思いますが、車で移動するとなると、新潟から鹿角まで、秋田市を経由して、普通に走って7時間弱かかります。秋田市も、車では5時間弱です。)

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    なお聖座(バチカン)の典礼秘跡省からは、現在の感染症の状況のため、昨年に続いて今年も、他の時期に聖香油ミサを移動する許可が届いています。東京でも昨年は6月まで移しましたが、今年は聖週間に行うことが出来ました。しかし、残念ですが、感染対策として、ミサは公開せず、司祭と関係者と聖歌を歌ってくれたシスター方だけで執り行いました。また教皇庁大使館の臨時代理大使であるモンセニョール・トゥミル参事官も参加してくださいました。

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    本日のミサの中で、秘跡に使われる病者の油、志願者の油、聖香油が祝福・聖別されると共に、司祭団は叙階の誓いを新たにしました。また東京教区の神学生である熊坂直樹神学生と冨田聡神学生の、助祭・司祭候補者認定式が行われました。お二人はこの認定を受けた後から、スータン(黒の長衣・カソック)を公式の場で身につけることが出来、今後神学院で勉学を続けて、数年後の叙階を目指します。お祈りください。

    なお本日のミサの模様は、youtubeの関口教会のチャンネルからご覧いただくことが出来ます。

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    以下、聖香油ミサの説教原稿です。
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    聖香油ミサ
    2021年4月1日
    東京カテドラル聖マリア大聖堂

    あらためて繰り返すまでもなく、昨年2月頃から、新型コロナ感染症に起因する状況の中で、わたしたちは、これまで経験したことのないような人生を送っております。教会においても、通常の活動を制限せざるを得なくなり、毎年恒例の行事はすべてキャンセルとなり、会議はオンライン化され、小教区の典礼も感染状況に応じて中止としました。

    入院する人や重篤化する人、さらに亡くなられた方は、他の国々と比較すれば少ないとは言え、それでもいくつもの悲劇的で突然の別れを引き起こしているのは事実であり、その社会への影響には侮れないものがあります。

    あらためて亡くなられた方々の永遠の安息を祈ると共に、今も病床にある方々の回復を祈り、さらにはいのちを守るために最前線で働いておられる多くの医療関係者の方々の健康が守られるように祈り続けたいと思います。

    教皇フランシスコは、回勅「フラテリ・トゥッティ」において、現在の社会が直面しているさまざまな困難を指摘し、さらには今回のパンデミックの状況にも触れられた後、それでも希望について語り合おうと呼びかけ、こう記しています。

    「無視することの出来ない暗雲が立ちこめているというものの、わたしはこの回勅で、希望に至るさまざまな道について取り上げ議論したいと思います。なぜなら神は、わたしたち人類家族に、善の種を豊かに蒔き続けておられるからです。今回のパンデミックは、恐怖にもかかわらず、命をかけて対応したわたしたちの周囲にいる多くの人を認識し評価することを可能にしました」

    その上で教皇は、私たちのいのちは、共に生きている歴史の中でさまざまな役割を担うごく普通のありとあらゆる人とのかかわりのうちに成り立っていると指摘し、「独りで救われる人はいない」と述べて、この人と人とのかかわりの中に、今を生きる希望があるのだと諭しています。(54)

    教会は、この困難のさなかにあっても、賜物であるいのちを守ることを強調しながら、希望の光を掲げる存在でありたいと思います。

    いのちを守ることは、わたしたちの信仰にとって重要な視点です。いのちは、すべからく、その始まりから終わりまで、尊厳が守られなくてはならないと、教会は主張してきました。

    いま、例えば東京教区が神学生養成などを支援しているミャンマーでは、軍事クーデターを経て、自由と民主主義を求める人たちが弾圧され、少なからずのいのちが暴力的に奪われる事態となっています。ミャンマーの司教団の要請に応え、ミャンマーの教会と心をあわせて、いのちの尊厳を守る平和が確立されるように祈りたいと思います。

    さらに、すべてのいのちを守ろうとすることは、教皇フランシスコがしばしば繰り返されるように、誰ひとりとして排除されない世界を実現しようとすることでもあります。裁き排除する教会ではなく、社会の現実のただ中にあって、いつくしみの手を差し伸べる教会でありたいと思います。

    教皇フランシスコは、すべてのいのちを守ることは、同時に神が与えられた被造物を大切に護っていくこと、また共通の家である地球を守ることにも繋がると指摘します。2020年5月24日からの一年間は、教皇によって「ラウダート・シ」に基づいて考察を深める年とされています。

    いのちの危機が叫ばれる今だからこそ、わたしたちはさまざまな視点から現実をとらえ、被造物を大切に護るために優先すべき事項を見つめ直し、いのちを守ることを前面に出す教会共同体でありたいと思います。

    先般、宣教司牧方針を発表させていただきました。方針なるものは具体的な行動につなげなければ、絵に描いた餅で終わります。そのためにも、司祭、修道者の皆さんのご理解と協力をお願いしたいと思います。

    ただ、即座に何か大きな変化があるわけではありません。時間をかけて、方針に記しましたが、それを大枠として、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」を育て上げていきたいと思います。それはベネディクト十六世が指摘された教会の本質である三つの務め、すなわち、「神のことばを告げ知らせること、秘跡を祝うこと、愛の奉仕を行うこと」(回勅『神は愛』25 参照)を充分に実現するためです。それぞれの現場で、さまざまな具体的取り組みがこれから考えられることを期待していますが、一番の目的は、福音をあかしし、社会の中で希望の光を輝かせる教会となることであります。

    さて今日は、この聖香油ミサの中で熊坂直樹神学生と冨田聡神学生の助祭・司祭候補者認定式が行われます。

    キリストは「収穫のために働き手を送ってくださるよう、収穫の主に願いなさい」とお命じになりました。この方々は、ご自分の群れに対するわたしたちの主の心遣いを思い、教会の必要を考えて、主の招きに対して、かつての預言者と同じように、「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」とすすんで答える用意が出来ています。この方々は、主に信頼し、その招きに忠実であるように主に希望をおいているのです。

    主の招きの声は、さまざまなしるしによって理解され、識別されなければなりません。このようなしるしによって、主のみ旨は、日々、賢明な人々に明らかにされるのです。キリストの役務としての祭司職にあずかるよう神から選ばれる方々を、主はご自分の恵みで導き、助けてくださいます。同時に、主は、候補者たちがふさわしいかどうか確かめることをわたしたちにおゆだねになります。そして、ふさわしいと認めた後、この方々を招き、聖霊の特別の証印を押して、神と教会の奉仕のために叙階されることになります。この聖なる叙階によって、この方々はキリストが世にあって果たされた救いの業にあずかり、それを果たしてゆくのです。ですから、やがてこの方々はわたしたちの奉仕職に結ばれて教会に仕え、自分が遣わされたキリスト教共同体をことばと秘跡によってはぐくむのです。

    ところで、愛する兄弟の皆さん、あなた方はすでに養成の道を歩み始めています。この養成によって、日々、福音の模範に従って生き、信仰と希望と愛のうちに確信を深めることを学んでください。そして、これらを身につけ、祈りの精神を育て、すべての人をキリストのものとする熱意を育んでください。

    キリストの愛に駆り立てられ、聖霊の働きに強められて、あなたがたは、聖なる叙階を受けて神と人々への奉仕に身をささげたいという願いを、今、公に示そうとしておられます。わたしたちは、この願いを喜んで受け入れます。

    あなた方は今日から、自分の召命をさらに成長させなければなりません。とくに、あなた方の召命を育てるように定められた東京教区の共同体と日本の教会が提示する手段を助けとして、また、支えとして用いてください。

    わたしたちは皆、主に信頼し、愛と祈りによって、皆さんの助けとなりたいと思っています。

    東京大司教タルチシオ菊地功