菊地大司教

    2021年の平和旬間です

    2021年08月06日

    8月6日は主の変容の主日であるとともに、広島における原爆投下を記憶する日でもあります。多くの方が一瞬にしていのちを奪われ、その後も影響を残した破壊的な核兵器は、決して使われてはならないという思いを新たにし、戦争で亡くなられた多くの方の永遠の安息を祈ります。

    教皇ヨハネ・パウロ二世が、1981年に広島の地から世界に向けて発信された言葉が響きます。

    「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません」

    「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています」

    同じ広島の地で、2019年、教皇フランシスコは世界に向けてこう語りかけておられます。

    「わたしは謹んで、声を発しても耳を貸してもらえない人たちの声になりたいと思います。現代社会が置かれている増大した緊張状態、人類の共生を脅かす受け入れがたい不平等と不正義、わたしたちの共通の家を保護する能力の著しい欠如、あたかもそれで未来の平和が保障されるかのように行われる継続的あるいは突発的な武力行使を、不安と苦悩を抱いて見つめる人々の声です」

    「戦争のために原子力を使用することは、現代においては、これまで以上に犯罪とされます。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反する犯罪です。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています」

    日本の教会は、教皇ヨハネ・パウロ二世の平和への願いに触発されて、日本訪問の翌年から、8月6日の広島の日に始まり、9日の長崎の日、そして15日の終戦の日にいたる10日間を「平和旬間」と定めて、亡くなられた方々の永遠の安息を祈り、戦争の記憶を伝え、平和のために祈る時としてきました。

    わたしたちが語る平和は、単に戦争や紛争がない状態なのではなく、神が望まれる世界が実現すること、すなわち神の秩序が支配する世界の実現です。わたしたちは日々、主の祈りにおいて、「御国が来ますように」と祈りますが、それこそは神の平和の実現への希求の祈りです。求めて祈るだけではなく、わたしたちがそのために働かなくてはなりません。その意味で福音宣教は平和の実現でもあります。

    毎年、8月5日には、広島教区で開催される平和記念行事に全国の司教が参加してきましたが、今年は現在のような状況であるため、わたしは参加を取りやめました。本来は平和公園からカテドラルまで平和行進も行われてきたのですが、昨年に続いて今年も中止となりました。

    東京教区でも例年は平和旬間委員会を設け、平和旬間の企画運営にあたり、教区全体として、また宣教協力体として、さまざまな企画を行ったり、祈りの時を設けたり、平和行進をしたりして、この10日間を過ごしてきました。しかし昨年に続き今年もまた感染症の状況の中、特に今年は緊急事態宣言の下、また毎日報告される新規陽性者の数も増加する中で、すべての企画を中止とせざるを得ない状態になっています。

    すでにお知らせしていますが2021年の平和旬間は、特に東京教区の姉妹教会であるミャンマーの教会に思いを馳せ、ミャンマーの人々のために、またその平和のために特に祈るときとしたいと思います。東京教区のホームページに、特設サイトを設けてありますのでご覧ください。

    ミャンマーは2021年2月1日に発生したクーデター以降、平和からはほど遠い状況にあります。また感染症への対策も後手に回り、先日も以前からよく存じ上げているパテイン教区のJohn Hsane Hgyi司教様が、67歳で、新型コロナ感染症のために亡くなられました。

    人々とともに平和を求めて立ち上がったカトリック教会に対して、暴力的な攻撃も行われています。シスターが軍隊の前に跪いて手を広げ、暴挙を自分の体で止めようとした姿が、写真で広まりました。その思いに、わたしたちも心をあわせたいと思います。

    東京教区は、長年にわたって、主にミャンマーにおける神学生養成を支援してきました。教区ではレオ神父様と高木健次神父様が中心になって、ミャンマーの教会と交流を続け、わたしも昨年2月、コロナ禍の寸前に、現地の神学生たちを訪問することが出来ました。そのような関係を通じて培われたミャンマーの教会との関係です。ミャンマー司教協議会会長であるチャールズ・ボ枢機卿の平和への呼びかけにわたしたちも応えたいと思います。聖霊の導きのもとに、政府や軍の関係者が平和のために賢明な判断が出来るように、弱い立場に置かれた人々、特にミャンマーでの数多の少数民族の方々のいのちが守られるように、信仰の自由が守られるように、神の平和がもたらされるように、この平和旬間にともに祈りましょう。

    平和旬間にあたり、日本カトリック司教協議会会長である高見大司教様の談話が発表されています。こちらのリンクからご覧ください。