教区の歴史
上野毛教会・カルメル山のおとめ聖マリアの荘厳記念ミサ説教
2013年07月14日
2013年7月14日 上野毛教会にて
説教
十字架上のイエスは苦しい息の中、愛する弟子に向かって言いました。「見なさい。あなたの母です。」 (ヨハネ19・27)
イエスは自分の死後の母親の生活を心配し、愛する弟子に母の世話を託したのでしょう。しかしこのイエスの遺言には、それだけではない、それ以上の霊的な意味が含まれています。
この言葉には、マリアは、愛する弟子によって代表される教会共同体の霊的な母であること、キリストの弟子たちはマリアを霊的な母として敬うようにしなさい、とのイエスの意思が含まれています。
教会は聖母マリアを自分たちの信仰の模範と仰ぎ、信仰を養い導き、助ける母として敬い、絶えず聖母への祈りをさげます。
マリアは天使のお告げを受け、信仰によって救い主の母となりました。教会も聖母にならい、多くのキリスト者を生み育てる母であります。
マリアはイエスの十字架の苦しみを共にしました。わたしたち教会も自分の苦しみと犠牲をイエスの十字架の犠牲にあわせて、世の救いとあがないの業に協力します。
教会は母マリアに倣うことにより、自分自身を清め、信仰を深め、希望を持って、神の愛の道を歩みます。
日本のカトリック教会は、母であるマリアの信仰と希望と愛に倣い、多くの人をキリストの弟子とする、という使命をよりよく果たすことが出来るよう、聖母の取次ぎによって祈りましょう。
上野毛教会はカルメル会の教会です。きょうはカルメル山のおとめ聖マリアを祝います。
カルメル山は預言者エリヤが一人でバアルの預言者450人と対決し、勝利した場所です。
そのために王妃イゼベルはエリヤに激怒し、エリヤを殺そうとします。エリヤは逃走して、ひたすら歩いて神の山ホレブへ向かいました。
「彼は一本のえにしだの木の下に来て座り、自分の命が絶えるのを願って言った。『主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません。』彼はえにしだの木の下で横になって眠ってしまった。御使いが彼に触れて言った。『起きて食べよ。』 見ると、枕もとに焼き石で焼いたパン菓子と水の入った瓶があったので、エリヤはそのパン菓子を食べ、水を飲んで、また横になった。 主の御使いはもう一度戻って来てエリヤに触れ、『起きて食べよ。この旅は長く、あなたには耐え難いからだ』と言った。エリヤは起きて食べ、飲んだ。その食べ物に力づけられた彼は、四十日四十夜歩き続け、ついに神の山ホレブに着いた。(列王記上19・4-8)
実はこの箇所は、本日の第一朗読の後に続く部分であり、年間第19主日B年の第一朗読と重なる部分です。
1979年8月(34年前)、子どもの夏期学校での出来事です。キャンプの最後の夜、火事が起こり、ひとりの男の子が重症の火傷(やけど)を負うという事件が起こりました。わたくしは引率責任者でした。心身ともに大きな打撃を受け、へとへとになり、警察の取調べを受けてからやっと教会に帰りました。次の主日のミサの第一朗読がこの箇所だったのです。
「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。」(列王記上19・4)このエリヤの心境は当時の自分の気持ちと重なりました。
「主の御使いはもう一度戻って来てエリヤに触れ、『起きて食べよ。この旅は長く、あなたには耐え難いからだ』と言った。」(列王記上19・7)
このパン菓子と水は神からの励ましです。神は何時で何処でもわたしたちを見守り助けてくださいます。
あらためて祈りましょう。人生の旅路を守り導き励ましを願って、カルメル山の聖母の取次ぎを祈りましょう。
〈神よ、カルメルの母であり栄えある后おとめマリアの尊い取り次ぎによって、わたしたちを助けてください。聖母の力添えによってわたしたちも、かの山、キリストに至りつくことが出来ますように〉(本日の集会祈願)