教区の歴史

教区の歴史

聖パトリックの祝日国際ミサ

2003年03月16日

2003年3月16日、豊島教会訪問

 

福音朗読 ルカ 5:1-11

「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」。

イエスがシモン・ペトロに言われたこのことばを数え切れない人が自分自身に向けられたことばとして聞きました。本日お祝いする聖パトリックもその一人ではないかと思います。

弱い人間でありながら、罪を犯す人間でありながら、「恐れることはない」との主のことばに励まされて「人間をとる漁師」の仕事を引き受けたのです。

東京教区では先週の日曜日にひとりの神学生が助祭に叙階されました。先々週の日曜日にはカテドラルで二人の助祭が司祭に叙階されました。彼らもこのイエスの招きに応えた人たちです。このわたくしは1973年に司祭になりました。30年前です。

「人間を取る漁師の仕事」とは何でしょうか。それは、教会が福音宣教すること、福音化の仕事をすることではないかと思います。司祭はそのために召されています。

福音化とは人類と世界を聖霊の働きを通して福音の精神にかなった内容と状態に変えていく働きです。歴代の教皇様はこの教会の使命について繰り返し説いてこられました。

とくに教皇パウロ6世の教えがよく知られています。教皇は『現代世界の福音化について』(エヴァンジェリイ・ヌンチアンディ)という使徒的勧告を発表してこの使命の重大さを強調されました。それは1975年のことです。当時白柳大司教様の命でローマに留学していたわたくしはこの教えを学ぶ機会を与えられ、大変幸いでありました。今でも深く感謝しています。

福音化すなわち・福音的使命を生きることは教会の本質的使命です。

2001年6月、わたくしは東京大司教として『新しい一歩』というメッセージを皆さんにお送りし、決意を新たに、福音化・福音的使命へのとりくみのための教会の刷新を呼びかけました。その際次のようなご意見を聞くことがありました。

「いくら組織を変えても人間が変わらなければ何も変らない」。

まったくそのとおりです。わたくしはあらためてこのことばを噛み締めています。

教会の在り方をかえるためにはわたしたちひとり一人が変らなければならないのです。教会の在り方を新しくするということとわたしたちひとり一人が新しくされるということが並行しなければならないのです。

皆様のご協力ご理解のおかげでともかく今年の復活祭から「宣教協力体」を発足させる運びとなりましたが、この新しい在り方がわたしたち自身の再生と結びつくよう強く願っています。

最近しみじみ思うのですが、人間とは複雑なものです。人間が変るということは大変なことです。

2月に司教総会がありました。大変重要な会議だったと思います。いまイラク情勢が非常に緊迫していますが、日本の司教全員で平和的解決を呼びかけました。これは大きなことです。

実はこの会議中もう一つ重要なプログラムがありました。それは「依存症」についての研修です。依存症から回復した人の話を聞きながら、依存症の人はもちろんですが、たとえ依存症でないとしても、人が生まれ変わるということは如何に大変なことか、しかしどんなにか素晴らしいこと、うれしいことか、と強く感じた次第です。

このミサの中で、聖パトリックの取次ぎを願いながら、聖霊の力によって、このわたしを、わたしたちを今日、少しでもいいですから、新しく生まれ変わらせてください、と切に祈ります。