お知らせ

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東京教区ニュース第428号

2025年12月01日

ベトナム人のためのミサ

ミサ後に集合写真

11月16日午後、東京カテドラル聖マリア大聖堂にてカトリック東京国際センター(CTIC)主催の「ベトナム人のためのミサ」が行われ、若者を中心に多くのベトナム人信徒が集まった。

ミサに先立って午後2時からは、アンドレア・レンボ補佐司教による講話と黙想が行われた。講話のテーマはルカ福音書15章の「放蕩息子のたとえ」。はじめに「カテドラルの天井を見てください。この天井は十字架の形をしています。この十字架の広がりは、皆さんを迎え入れ、抱きしめるイエス様の愛を表現しています」と参加者を招いたアンドレア司教は「世の中には多くの楽しいことに惹かれて教会に来なくなる若者も多い。それでも神様はいつまでもわたしたちを見守り、待っています。たとえどんなに遠く離れても、神は私たちを忘れません」「この弟が家に帰ろうと思ったのは回心したからではなく、お金がなくなって食べるにも困り始めたから。それでも回心は始まっています」と述べ、どんな時も人間を待っている神の愛を説いた。

身振りを交えて講話するアンドレア司教

講話の後はゆるしの秘跡の時間が設けられた。大聖堂内の数箇所に秘跡のためのブースが設置され、ベトナム語ができる司祭が待機。大勢の信徒が列を作り、神のゆるしへと招かれた。

午後5時から始まったミサは、主司式のアンドレア司教に加えて、ゴ・クアン・ディン神父(小平教会主任司祭)、グエン・スアン・ティエン神父(五井教会主任司祭)、グエン・タン・ニャー神父(麹町教会主任司祭)、グエン・タン・ヒ神父(吉祥寺教会助任司祭)ををはじめ東京教区で司牧に当たるベトナム出身の司祭と、CTIC所長の高木健次神父(高円寺教会主任司祭)、ベトナムでの召命活動・志願者の養成経験のある山内堅治神父(聖パウロ修道会)等、11人の司祭が共同司式に加わった。ヒ神父は日本語で行われた講話とミサ説教の同時通訳も務めた。

祭壇を囲む司祭団

大聖堂いっぱいの参列者。ベンチは満員のためパイプ椅子も並べられた

祭壇に向かう朗読奉仕者

ミサの説教でアンドレア司教は「希望はわたしたちを欺くことがありません」というパウロの言葉に触れ、「希望とは、現実逃避ではなく、神が必ずともにおられるという確信です。この日本で、学業や仕事に励むあなたたちが直面する不安や孤独、それらも神の手の中で祝福に変わっていきます。神は約束を破らない方です。だからこそ、『希望はわたしたちを欺くことがありません』」と述べ、外国である日本で生活する若者たちを励ました。さらに「ベトナムの若者の皆さん、日本の教会で、皆さんの声を響かせてください。信仰の喜びを隠さずに、皆さんの文化、皆さんの希望を分かち合ってください。日本の教会は、皆さんの若さと信仰の熱意を必要としています。皆さんの喜びと希望が、教会を元気にします。皆さんは、この教会にとっての希望のしるしです」と、日本の教会においてベトナム人信徒の若い力が持つ重要性を強調した。

講話と説教で通訳を務めたヒ神父(左)

ミサの終わりに、信徒たちがベトナム語でアンドレア司教に感謝の言葉を述べ、春山ミカエルラップ神父(サレジオ会)が、「今の言葉は『わたしたちはアンドレア司教様が大好きです』という意味です」と通訳すると、アンドレア司教は「私も皆さんのことが大好きです!」と笑顔で答えた。

感謝の言葉に笑顔で耳を傾けるアンドレア司教

ミャンマーデーミサ

レオ・シューマカ神父(ミャンマー委員会担当司祭)

「神はすべてのものを、その時にかなったものとして美しく造られました。私たちは、信仰と希望をもって忍耐しなければなりません。嵐を鎮めることはできませんが、心を静めることはできます。やがて嵐は過ぎ去るでしょう」。モーリス・ニューウェイ司教はミャンマーデーの説教でこう語りました。東京教区では、毎年11月、姉妹教会であるミャンマーから司教を招き、両教会の深い絆を記念して特別なミサを行っています。

モーリス司教は、インド洋に面したミャンマー南部のモーラミャイン教区の教区司教です。多くの島々と海岸に恵まれた美しい南国ですが、残念ながら紛争と暴力の「嵐」によって傷つけられています。しかしモーリス司教は説教の中で「最も激しい嵐の後でさえ、太陽は再び輝きます。イエスは『忍耐によって、あなたたがたは命をかち取りなさい』(ルカ21・19)と教えておられます」と確信を持って語りました。

11月16日、目黒教会で行われたミャンマーデーミサには、150人以上の大勢のミャンマー人信徒が参加しました。目黒教会の国際的な合唱団と共に、聖歌は4カ国語で歌われ、最後に参加者全員がこの聖年のテーマソング「希望の巡礼者」を共に歌いました。

ミサの後、ミャンマー人信者たちは祝福を求めてモーリス司教の前に列を作りました。故郷に残した家族を心配しながら日本で新たな生活を始める若者たちに、司教の祝福は慰めと勇気を与えました。

子どもを祝福するモーリス司教

モーリス司教に東京で何を見たいか尋ねたところ、彼は盆栽が好きだと答えました。そこで私たちは、日本橋に盆栽の小さな展示会を見に行きました。彼は、その自然の美しさを生み出した忍耐と思いやりに感動していました。モーリス司教が私に言ったように、神の忍耐と思いやりも私たちを形作っており、その時にかなったものとして美しく造られているのです。

希望の種プロジェクトミーティング モーリス司教を迎えて

2023年から、ミャンマーの内避難民と戦闘地域の子どもたちの教育を支援するために、東京教区とケルン教区では合同で「希望の種プロジェクト」を立ち上げて支援を行っている。東京教区の「希望の種プロジェクト」メンバーは数カ月に1度、築地教会に集まりミーティングを行っている。11月15日、ミャンマーデーの前日に行われたミーティングには来日中のモーリス・ニューウェイ司教も出席し、モーラミャイン教区の現状を語ってくださった。

希望の種プロジェクトミーティング。モーリス司教(右)とレオ神父

ミャンマー南端のモーラミャイン教区は東の国境をタイに接しており、西側は海に面しています。住民の多くは仏教徒で、カトリック信者は1%以下です。12の小教区があり、26人の教区司祭が働いています。カテドラルのミサに参加する信徒は約200人です。

網がけ部分がミャンマー。南に細長く突き出た部分の南部がモーラミャイン教区

ミャンマーの戦闘地域は常に変化しており、現在はモーラミャイン教区の状況が悪化しています。子どもたちが家から学校に通うことが困難なので、カトリック教会では教会や教会関係施設内に宿舎を作りました。合わせて400人以上の子どもがそこで生活しています。

モーラミャイン教区のカテドラル

モーラミャイン教区には多くの島がありますが、島にも学校があります。そこに通うには車で1時間、さらにボートで1時間かかりますが、島は本土より安全なのです。

ネルソン・マンデラは「教育とは、世界を変えるために用いることができる、最も強力な武器である」と言いました。内戦のためにZ世代の若者たちは教育の機会を失ってしまいました。彼らの多くは今、徴兵を避けて逃げており、学業を続ける機会を得ているのはごくわずかです。もちろん、彼らもまた私たちの未来です。いずれ彼らがミャンマーの指導者となることを願っています。

また、ミャンマーの未来のためにアルファ世代がいます。彼らに教育を与え、教育システムの空白を埋めることが必要です。東京の皆様からの子どもたちの教育支援に心から感謝します。

※Z世代は1990年代後半から2010年ごろに生まれた世代で、アルファ世代は2010年以降に生まれた世代を指す。

「生活困窮者支援フェスタ2025」を開催しました

カリタス東京 事務局 
田所 功

2017年、教皇フランシスコは11月の年間第33主日(「王であるキリスト」の祭日の前の主日)を「貧しい人のための世界祈願日」と制定されました。その年の教皇メッセージには次のように記されています。「わたしはこの祈願日にあたり、全教会と善意の人々に呼びかけます。助けを求めて叫び声をあげ、連帯を求めて手を伸ばしている人々にしっかり目を向けてください。彼らは天の御父によって造られ、愛されているわたしたちの兄弟姉妹です」。

この祈願日に合わせた取り組みとして昨年から実施している「生活困窮者支援フェスタ」を、今年も11月15日土曜日にカテドラル構内で開催しました。まず、午前11時から関口教会の調理室にて炊き出し調理体験。活動団体ほしのいえ、田園調布教会グループ、松戸教会グループ、西千葉教会グループがスタッフとして調理指導しながら、カレーライス、おにぎり、豚汁を作り、約40人が参加しました。その後、イベント参加者全員で試食会。調理したものを皆で食べました。

午後2時からはケルンホールで長澤正隆さん(NPO法人北関東医療相談会 理事・事務局長)の講演会。約70人が参加しました。テーマは「『すべての命をまもる』神はすべてのひとの救いのために『貧しい人』の側に立つ」。長澤さんは、福音書の善きサマリア人の話をもとに、これまで約30年にわたる外国人支援の現場での体験などを話されました。東京教区内の活動団体でも外国人を支援することが増えてきている今日、たいへん参考になる内容でした。

午後4時からは、カテドラル大聖堂で小池亮太神父(カリタス東京常任委員長)の司式で、「貧しい人のための世界祈願日ミサ」を捧げました。また、当日会場では活動5団体が出展して活動紹介や物品頒布を行い、合わせて、活動16団体の紹介写真展示も行いました。
私たち東京教区の一人ひとりが、窮乏する兄弟姉妹のために祈り、寄り添う人々の輪が広がっていきますようにと祈りたいと思います。

聖ジョヴァンニ・レオナルディの聖遺物を安置しました

10月9日ローマ時間午後6時より、ローマのサン・ジョヴァンニ・レオナルディ教会にて、菊地功枢機卿の枢機卿名義教会着座式と記念ミサが行われた際、同教会より菊地枢機卿と東京大司教区へ、教会の名前の由来となっている聖ジョヴァンニ・レオナルディの聖遺物が贈られました。
その聖遺物を東京カテドラル聖マリア大聖堂に安置いたしました。カテドラルにお越しの際は是非ご覧になり、聖人の取り次ぎを願ってお祈りください。

左が聖ジョヴァンニ・レオナルディの聖遺物。聖ヨハネ・パウロ二世(中央)、聖ファウスティナ(右)の聖遺物と並べて安置しました

「シノダリティ」の霊性「独座観念」をめぐって

教区シノドス担当者 瀬田教会主任司祭
小西 広志神父

「一期一会」という言葉はよく知られています。日常生活でもよく使うでしょう。人と人との出会いの妙を言い表しています。しかし、この言葉は「独座観念」というもう一つの美しい表現と組み合わされてさらに豊かな意味をわたしたちに示してくれます。

「一期一会、独座観念」は幕末の大老であった井伊直弼が残した言葉です。茶人として知られていた井伊直弼は、手引書『茶湯一会集』(ちゃのゆいちえしゅう)を残しています。

「そもそも、茶湯の交会(こうかい)は、一期一会といいて、たとえば幾度おなじ主客交会するとも、今日の会(かい)にふたたびかえらざる事を思えば、実に我一世一度(わがいっせいいちど)の会なり」とあります。

茶会に臨む際には、その機会は一生に一度のものと心得なさいと説いています。ここから「一期一会」は「一生に一度しか会えない」という意味で使われるようになりました。そして、直弼は「一期一会」に必要な二つの大切なことを示しています。一つ目は「相客吟味」(あいきゃくぎんみ)です。茶席の客人の相互関係に気を配りなさい。知らない者同士が同席しないように気をつけなさいという意味です。この言葉には茶会の雰囲気に心配りするようにともてなしの「こころ」が表れています。

二つ目は「独座観念」です。「今日、一期一会済みて、ふたたびかえらざる事を観念し、或いは独服(どくふく)をもいたす事、これ一会極意の習いなり」とあります。

茶席が終わって、主人は客を見送った後に、「客の帰路見えずとも、取りかた付け急ぐべからず」(お客さんが見えなくなったも、急いで片付けはしてはならない)と勧め、余韻を一人、静かに省みることが茶の湯の醍醐味であると直弼は説きます。つまり、もう少しこの人と一緒にいたいという気持ちを抑えつつ、茶会を終えて客を見送った後、もう一度茶席に戻り、茶釜を前にして、先ほどの出会いと交わりについて想いをめぐらすことが「極意」となるのです。

さて、井伊直弼が示した「一期一会」、「相客吟味」、「独座観念」は、わたしたちの教会のあり方にもつながるように思います。教会の典礼での主イエス・キリストとの出会いは「一期一会」です。毎回新しく、二度と同じ出会いはありません。また、教会での人との出会いと交わりも「一期一会」です。神さまが教会を通してくださった出会いであり、交わりだからです。

教会の集いは知らない者同士の集いではありません。洗礼の恵みを通しての「神の子」同士の集いです。「神の民」の集いです。ですから、この世の集いとは少し異なる「気づかい」や「こころ配り」、そして「おもてなし」が必要です。

そして、最も大切なのは集いを終えた後に静かに想いめぐらすことです。「独座観念」はわたしたちにとても必要なことでしょう。日曜日のミサを終えて、ミサを通していただいた「よいもの」をあれこれと考えてみる、黙想してみることは勧められます。別にミサの後に聖堂に留まって祈りなさいということを言いたいわけではありません。ミサの帰り道、あるいは夜に眠りに就くときに、少し想いめぐらすのです。こうして、神のみ言葉、ご聖体の恵み、そして人との出会いの喜びがこころに滲みていくのです。

 ◆ ● ◆ ● ◆

わたしが、「ともに歩む」教会をさらに目指していく「シノドス」の仕事に着手して4年が過ぎました。おかげさまで、多くの人々に「シノドス的」教会のあり方が受け入れられているようです。また「霊における会話」という方法も各地で普及してきました。しかし、「シノダリティ」の霊性の部分が弱いように思います。「こころ」の部分が明らかにならずに、形だけ「霊における会話」をするのは残念です。

「一期一会」、「相客吟味」、「独座観念」は、わたしたちの文化に則して、「シノダリティ」のこころを表す表現かなと考えます。特に「霊における会話」では、「独座観念」はもっとも大切になるだろうと思います。

 

福島の地からカリタス南相馬 第47回

ボランティア団体 どこでも足湯隊 
代表 久保田正雪

「福島の方々に寄り添って」

カリタス南相馬に通い始めてもう12年になる。2011年3月11日に多くの物を失ってしまった福島県の方々に寄り添うためだ。

ボランティアを集め、福島県の仮設住宅や復興支援住宅の集会所へお邪魔して「足湯」を提供している。たらいにお湯を張り、足湯でほっこりしていただいているところに手のひらをもみほぐす。被災者の方々はリラックスした状態でスキンシップを受けることで心の壁が低くなり、心のモヤモヤを吐露していただけることが多い。「寝ていない」「食べていない」「風呂に入っていない」といった命の危険信号を察知して震災関連死の防止を図るためにこの活動を続けている。

ボランティアは皆手弁当。私も含め、平日は会社員として働いている者が多い。継続して福島に通うための宿泊費は大きな負担となる。カリタス南相馬には我々を快く受け入れていただいており、これらの負担がとても軽くなっている。足湯に使う道具を保管していただいていることも大きな助けとなっている。カリタス南相馬が無ければ、これほど長く福島の方々に寄り添うことはできなかっただろう。この場を借りて、カリタス南相馬には改めて御礼を申し上げたい。

3年前から避難指示が一部解除された大熊町、双葉町の集会所でも足湯を提供している。東京電力福島第一原子力発電所の立地地域だ。会津若松市や郡山市に避難していた方々が故郷に戻ってくることができた。
大熊町で聞いた被災者たちの声を紹介する。震災から十年以上経った今でも心の闇は深く残り続けている。

被災者たちの声

震災で家族と家を失ったの。
うちは海からすぐの所だったから、家はあっという間に流されたの。身内も流された。
私は勤めに出ていたからどうにもならなかったの。その後、親戚のところにお世話になったけれど、お酒が入ると「どうして○○さんを助けなかったのか」って私を責めるの。 とてもつらかった。高いところから飛び降りようとも考えたんだよ。今はここ(復興住宅)でひとりでのんびりやっているけど、当時のことは思い出すだけで涙が出てきちゃう。
ごめんね、愚痴ばっかりで……(70代、女性)

行政や自治会には、色々と相談したいことはあるけれど、話が大事になると、またこの町のイメージが悪くなるでしょ。だから黙ってるの。これ以上この町のイメージを悪くしたくないの。だから言いたいことがあっても言えないのよ(40代、女性)

一方で嬉しいニュースもある。移住者のみなさまが増えている。

私、○○県からここ(大熊町)に移住してきたんです。
学生の頃、福島で活動していたら、みなさん温かい方ばかりだったので。
最初は別の所で住み込みで働いていたんですが、大熊町の復興住宅に入れることになったのでここに住んでいます。もう友達もできて、毎日とっても楽しいです!(20代女性、大熊で知り合ったお友達3人で来てくれました)

帰還困難地域だった場所にも少しずつ人が戻り始めている。そこには悲喜こもごもの人生がある。

これからもカリタス南相馬と共に福島県の方々に寄り添っていきたい。

カリタス東京通信 第28回

「被造物のケア」に向けた取り組み

事務局 田所 功

回勅『ラウダート・シ』が世に出されて、今年で10年になります。教皇フランシスコは回勅の中で「わたしたちは、後続する世代の人々に、今成長しつつある子どもたちに、どのような世界を残そうとするのでしょうか」(LS160)と問いかけられました。また、「被造界との落ち着いた調和を回復するために時間をかけること、わたしたちのライフスタイルや理想について省みること、そして、わたしたちの間に住まわれ、わたしたちを包んでいてくださる創造主を観想することです」(LS225)。「社会に向かう愛は、日々のささやかな言動を重視しつつ、環境悪化を食い止め、また『ケアの文化』を促進し社会全体に浸透させる、もっと大掛かりな戦略を考案するようにと私たちを駆り立てます。」(LS231)と呼びかけておられます。

2024年、日本カトリック司教団は司教団文書『見よ、それはきわめてよかった―総合的なインテグラル・エコロジーへの招き』を発表しました。教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ』に学び、神、他者、自然、そして自分自身との、調和ある関係を求めつつ生きていくよう呼びかけるとともに、エコロジーについての理解を促し、実践へと招くメッセージです。

今年9月、教皇レオ十四世はローマ近郊カステル・ガンドルフォの教皇離宮庭園内に設けられた「ボルゴ・ラウダート・シ(ラウダート・シ村)」の開所式を行われました。この施設は、教皇フランシスコの「被造物のケア」についての教えを促進する目的で、『ラウダート・シ』の精神に沿い、環境を保全し、人間の尊厳を保護する教会のミッションに形を与えるもので、暮らし方、働き方、コミュニティの築き方の例を示そうとする、インテグラル・エコロジーの教育事業です。レオ十四世は開所式の説教で次のように話されました。「イエスは、あたかも創世記の物語を暗黙のうちに繰り返すかのように、創造のわざの中で人間に特別に与えられた地位を強調します。人間は、神の像と似姿として造られた、もっとも美しい被造物です。しかし、この特権には大きな責任が伴います。それは、造り主の計画を尊重しながら、他の被造物を守るという責任です(創2・15参照)。それゆえ、被造物を大切にすることは、すべての人間にとって真に固有の召命であり、被造物そのものの中で果たすべき課題です。その際、わたしたちは、自分たちが被造物の中の被造物であり、造り主ではないことを忘れてはなりません」

「被造物のケア」に向けて、私たちに何ができるでしょうか。節電に取り組んでみる・再生可能エネルギー(太陽光発電など)を使用してみる・節水に取り組んでみる・汚れを洗い流す時にはあらかじめ油を拭き取る・合成洗剤ではなく地球にやさしい洗剤を使用してみる・ごみ削減に取り組んでみる・プラスチックごみ削減に取り組んでみる・食品ロス削減に取り組んでみる・使い捨てではなくリサイクルを意識してみる・環境問題や気候変動などについて勉強会などを開催してみるなど。日々の生活の中で、ライフスタイルを見直してみましょう。子どもたちが幸せに暮らせる世界を残すために。

カリタスの家だより 連載 第178回

みんなの部屋

みんなの部屋 職員一同

「みんなの部屋」は「公益財団法人東京カリタスの家」内の一施設であり、文京区の補助を受け、文京区の障害福祉担当課や保健所等と連携を取りながら当事者の方の地域活動のサポートを行っています。主に精神に障害のある方が日中活動を行うために通所しています。カード・アクセサリー・小物等の製作を主な活動としています。利用者の主体性が発揮できるような作業の試みやグループ活動の時間を意識し、ボランティアの方たちの協力も得ながら活動を続けています。

近年は「『みんなの部屋』を社会に出るための良好なコミュニケーションを学ぶ場にしていこう!」をテーマに利用者とともに活動してきています。

カードの製作をデザインから一人でできる利用者も増え、その過程で周りの利用者に意見を求め、より良い作品ができるように取り組んでいます。アクセサリーや小物も、色使いなども考えながら、可愛く、または大人っぽくシックにと意見交換をしながらの取り組みです。

サンタブローチ

羊パーツ

職員からの活動紹介だけでは伝わらないこともあるかもしれませんので、ここで実際に通所している方々から頂いた生の声も掲載いたします。

「シーズングリーティングカード作りを通して季節が変わっていくのを感じています。色使いは季節を意識しています」
「配色をどうするか迷った時などに、他の人に意見を聞けるので良い」
「前より相談しやすいし話しやすくなった」
「以前より作品の話し合いができていると思う」

コロナ禍では定例行事を中断しておりましたが、2023年以降、世の中の動きに合わせて作業活動以外の外出、外食などを含むプログラムを再開しています。再開にあたっては、過去の恒例プログラムにとらわれず、皆で話し合って、行きたい場所、したいことなどを決めています。最近の交流会のプログラム決めでは主体的な意見や積極性が見られるようになってきており、散歩・茶話会・スイーツ作りなど楽しい時間を過ごしています。

「交流会は体調を見て参加しているが参加できた時は楽しい」
「これからは簡単なスイーツなどを作る機会が増えたらもっと楽しいと思う」
「所外行事で行ったバレエ鑑賞やお菓子作りが楽しかった」
「作業で使う材料や道具の買い出しにも行ってみたい」

作業や交流会での取り組みはグループの変化につながり、グループ活動の中で自分自身を考えていく時間にもなっているのではと感じています。利用者間で悩み事を相談したり、励ましあったり、という場面も見えるようになってきました。

また、コロナにより停滞していた活動があらたな形を作り始めてきたのではないかな?とも感じています。

今、「みんなの部屋」はクリスマスに向かってラストスパート。バザーに品物が間にあうように日々取り組んでおります。そして利用者の一生懸命が詰まった素敵な作品がそろいました。ぜひ皆さまにも見ていただける機会があれば嬉しいと思っています。

施設の公式ホームページでは「みんなの部屋」の活動や作品も紹介しておりますのでお時間のある時にはご覧ください。

ゆっくりでも確かな歩みを進められるように活動を続けてまいります。

CTIC カトリック東京国際センター通信 第293号

秋田へ巡礼

テレサ・ハピタナ CTIC信徒宣教者

10月は宣教月間であり、ロザリオの月でもあります。その精神を深めるべく、エスコラピオス修道会のエドムンド・ヴェルガラ神父と共に、私を含め24人のフィリピン人が10月11日から1泊で秋田の聖母像で有名な聖体奉仕会へ巡礼に行きました。メンバーは赤羽、小岩、麹町、西千葉、五井の各教会からの信徒と、フィリピンから2人のシスターでした。田沢湖を経由して、たつこ姫の像を見た後、秋田市内の聖体奉仕会の修道院に着きました。到着して、まずは外の「小羊の苑」で十字架の道行をしました。今回の十字架の道行は、マリア様とともに巡礼するという心で、マリア様からの視点で祈るという言葉で構成されていました。参加者それぞれが自分の抱えている重荷や祈りの意向を象徴する石を携えて道行を行い、神様にすべてを明け渡し、いつくしみにゆだねる思いで、最後の留の十字架のもとにそれを置きました。この祈りの体験は参加者にとってとても感動的で何人もが涙を流し、霊的な癒しと解放を感じたと思います。

2日目には日本的に配置された「マリア庭園」を歩きながら黙想したり、ゆるしの秘跡を受けたりして、ミサに備えました。そして平和的な雰囲気を湛える聖堂でのミサでは、ご聖体について深く思いめぐらすことができました。ミサの後では「秋田の聖母」像の前でみんなでロザリオを唱えて、家族の問題、信仰の闘い、病気、家庭とそして世界のための平和などのために祈りました。また、分かちあいで、互いの困難、希望、恵みの体験に耳を傾けあうことは、私たちが信仰の道を一人で歩んでいるのではなく、互いと共にいることを思い出させてくれました。この巡礼の間、マリア様が静かな力強さ、深い信仰、母としての愛で私たちと共にいてくださったと感じます。巡礼を通して新たな力を頂いた参加者がそれぞれの共同で頂いた恵みを分かち合うことができますように。

食料支援についてのご報告とお願い

多くの皆様のご支援を頂き食料支援を続けることができています。あらゆるもの値段が高騰する中、スタッフ一同感謝するばかりです。

頂いた物資を整理し、在庫の中から、来所される方の食生活に合わせ、平等に分配するための準備は簡単な作業ではありません。特に最近は食品を希望する人が倍増しているため、対応に苦慮しています。そのため、来所する方には予約を取っていただき、火曜から金曜の午後1時から4時の間に対応しています。

昨年は北アフリカのムスリムの方が多かったのですが、この夏頃からは、西アフリカのいくつかの国のキリスト教徒の方が多くなっています。そのため、ハラール食品にこだわることなく、皆様から頂いた、お米、パスタ、缶詰、野菜などをメインにしたパッケージを準備しています。さらに、ここ数カ月は来所者の増加に伴い、一度にお渡しする食品の量を減らさざるをえなくなっています。

いつもお願いばかりで恐縮ですが、ご支援いただければ幸いです。

現在募集中の食品

お米、パスタ、インスタントラーメン、カップ麺、トマト缶、ツナ缶、インスタントスープ、スティックコーヒー

編集後記

クリスマス、全ての人に
神の祝福がありますように

悲しみのあるところには喜びを
喜びのあるところにはもっともっと喜びを

大切な人には
いつも以上の愛しみを

幼子イエスには
心からの祈りを(Y)