お知らせ

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Tangible第4号

2022年08月01日

生涯養成委員会からのお知らせ

「教区カテキスタ養成講座」第5期生の募集結果について
担当司祭◉猪熊 太郎

去る6月26日(日)に、1月半ばから、ほぼ半年にわたり募集を続けてきた「教区カテキスタ養成講座」第5期の募集を締切りました。

その結果、第5期生として、9名の方々の受付をすることができました(神田1名・高円寺1名・麹町3名・下井草1名・多摩1名・西千葉1名・碑文谷1名 / 50音順)。

彼らは、9月から始まる養成講座に参加し、1年間の学びの期間を過ごすことになります。

もちろん、カテキスタへの道は平坦ではありません。

自分の言葉で、信仰を語ることは難しいことですし、あるいは、信仰ではなく、知識を伝えるだけに終始してしまう方がいるかもしれません。

チームで奉仕することの苦手な、「一匹狼」タイプの方もいることでしょう。

また、「共に」学ぶことに、性格上、向いていない方もいると思います。

しかし、それでも、最終的な面接を受けるまでの1年間、共に学ぶ期間は、自分自身の信仰生活の振り返りという点からも、決して、無駄な時間にはなりません。

第5期生たちが所属する各小教会の皆様方、そして、東京教区の信徒の皆様方、私たちの試みは、まったくの新しい試みです。まだまだ紆余曲折が予想されます。コロナ禍の中、それでも、新しく集ってくれた仲間たちと共に、私たちは、確実に、新しい一歩を進めていきます。

どうぞ、お祈り下さい。

第3・4期生の認定・任命ミサに関連して
担当司祭◉猪熊 太郎

昨年、コロナによって開催することができなかった、第3期生たちの認定・任命ミサが、第4期生たちと共に、来たる9月10日(土)に、カテドラルにて開催されます。

このミサの中で、第3・4期生たちは、教区のカテキスタとして、3年間の期限付ながら、大司教様から認定され、それぞれの奉仕場所である小教区に派遣されていくことになります。

2023年4月からは、新しい拠点教会(清瀬)が増え、7つの小教区で、教区カテキスタたちによる「入門講座」が、随時、開催されることになります(葛西・清瀬・関口・関町・西千葉・松戸・松原 / 50音順)。

将来、所属するつもりの小教区で、継続して、入門講座を受講することが難しい方々でも、このいずれかの講座に参加することで、受洗への道が開けてくるのです。

また、同じく、2023年4月からは、神田教会にて、「フォローアップ講座」も開催される予定です。 コロナによって、小教区では、聖書クラスを始めとする学びの場が、まったく無くなってしまいました。

自分たちの信仰について、もう一度、学びたいので、是非、講座を開催してほしいとの声がありましたので、今回、これに応えたいと思っています。今回の講座は、司祭と、各チームのカテキスタたちがチーム横断的に参加して、講座を担当することになります。

詳細が決まり次第、教区HP・Twitterなどに情報をアップしますので、御一読のうえ、御参加ください。

第1期生たちから、今回、認定・任命を受ける第3・4期生たちまで、カテキスタたちが、それぞれ派遣されていく現場にて、奉仕をする準備を始めています。

皆様のお祈りと応援をお願いしたいと思います。

訃報


私たちカテキスタの仲間である、テレジア・マリア・ベルナデッタ 末松正子さん(第1期生/チーム松戸/高輪教会)は、昨年来、闘病生活を続けて来られましたが、7月1日(金)午前4時57分、ご主人様に見守られる中、安らかに神様の元に旅立たれました。

なお、葬儀ミサは、御遺族の御意向に従い、既に、家族のみで営まれましたことを、ここにご報告いたします。  

・日時:7月6日(水)13時30分~14時30分
・場所:カトリック高輪教会 
・喪主:末松渉(ご主人様)

皆様のお祈りをお願いします。

「教区カテキスタ養成講座」への申込みを考えてはいるものの、今ひとつ、決断がつかない方。 どうぞ、一度、講座を見学しに来て下さい。 事前に、専用ダイヤル(080-8888-6943)まで、ご一報をお願いします。

現場の声

チーム全体からの支えがあって

カテキスタ第1期生
チーム松原
世田谷教会 鈴木 敦詞

東京教区のカテキスタ第1期生として、チーム松原の任命を受けてから、早くも3年が経過しようとしています。途中、コロナ禍、また、個人的にもさまざまな試練がありましたが、ともかく続いていることに感謝したいと思います。

この間、カテキスタの同期の仲間の存在が、時間が経過するにつれて大きなものとなり、自分の本当の宝になっていっていることを感じています。カテキスタには、チーム全員の支えがあるのです。

実は、私、任命を受けてしばらくして、交通事故で大けがをしてしまいました。

肩の粉砕骨折で入院一カ月。その後、脊髄からの脳髄液漏出症という、今度は、命に係わる症状が出て、再入院。

幸い、自分が搬入された病院の隣の大病院に、この症状に関する日本一のパイオニアの医師がたまたま常駐していました。ほとんど奇跡的な偶然でした。なにせ、この症状、なかなか見つけ出すのが難しいそうで、死ぬところでした。脳髄液が減少することから、脳が下部に引っ張られ、脳の毛細血管がズタズタになり、硬膜内部に血だまりができ、スキャンしたところ、血でパンパンに脳が膨れ上がり、脳のしわがほとんどなかったそうです。このため、まず、頭蓋骨に穴をあけ、血液を抜きました。血の塊が消えるのには、それからさらに1年ほどかかりましたが、いまでは無事に元通りになりました。

猪熊師や、チームの皆さんに逐一経過報告していました。

皆さまからの心からの励ましのメール、大変に支えられました。

怪我が必ず治るという十字架を頂いたりもしました。なぜか、頭は、当時、冴えわたり、私は、雑誌『福音宣教』の編集をしているのですが、手術の日以外は病院にパソコンを持ち込んで、一日も休むことなく業務をしていました。そして、業務の合間に、皆さんとやりとりをしていました。

そして数か月後、カテキスタのチームに復帰したとき、カテキスタのチーム全体の温かい、思いやりのこもったまなざしがあったのです。また、「本当に良かったね!」という言葉の数々を、私は一生忘れないでしょう。

こんなにも大勢の人たちが、自分のことを心から心配してくれて、気にしていてくれたのだ、と。

おそらく、猪熊師が他のカテキスタたちに丁寧に報告してくださり、それゆえ、皆さんも本当に心から祈ってくださったからに違いないと確信しています。

皆さんの祈りのおかげで、今では全治して、カテキスタも続けられています。 この場をお借りして、改めて心からの御礼を申し上げます。こころから、本当にうれしく思ったのです!

とはいえ、実は、チーム自体が軌道に乗るまでは、多方面との交渉など、さまざまな問題があり、苦労の連続でした。

軌道に乗った後も、拍子抜けするようなこと、がっかりすることが多かったのも事実です。

新しく事を始めるというのはそういうことなのですね。

悔しい思い、挫折を経験しました。

しかし、私には支えられているという確信が力強くあるので、今では、絶対に、最後まで諦めないでいられる気がしています。

どんな状況になっても、たとえ、入門者が一人もいなくなったとしても、自分の奉仕を淡々とこなしていくだけだ、そう思って今に至っています。

奇跡的に怪我も完治し、どんなことも、乗り越えることができるような恵みをいただいているのですから。

カテキスタとしての使命が、私を生かしたのかもしれません。

皆さまに祈っていただいて、一命をとりとめたのですから。

何か難しいことをやろうとするときは、神にお任せしていれば、どんな苦境にあっても、そして、共に助け合って努力していれば、道は開けてくるのだな、と実感させられました。

今では、講座が生き生きとすることが、何よりもうれしいです。

最近、気をつけようと心がけていることは、双方向の分かち合いを大切に、むしろそのことに時間の半分くらいをかける、ということです。

一方向の、自分たちからだけの説明というものは、学びや分かち合いの効果が非常に薄くなります。

なんとかして、自発的な聖書の分かち合いになるように、主体的に参加をしていただけないか、あの手この手で工夫しています。

最初はもちろん難しく、入門者の皆さんも緊張していますし、参加して数回の頃、あまり自覚がない頃は無理だと思います。

何度も誘い水を出したり、質問を重ねたり、ヒントを提案したり、必要な歴史的・聖書学的背景だけは初めに提供したり、その後、問いかけてみたり、回数を重ね、あの手、この手で、入門者たちに発言してもらう機会を何とか作れないか、いろいろと試行錯誤している最中です。

時折、はっとするような深い言葉を、共に道を歩んでいる入門者の方から聞くことがあります。

まさに、「シノドス(共に歩んでいる)」ということを実感する時です。

その時が一番うれしく思います。 聖霊に導かれていると感じる瞬間です。

「そのような学びの時をください」と、常に祈る気持ちを一番大切にしたいと思います。

神様と教会と人々を繋ぐ道具に…

カテキスタ第1期生
チーム松原
麹町教会 柳谷 晃子

松原教会という現場に派遣され、カテキスタとしての活動が始まって、1年が経ちました。松原の講座では、まだ、受洗希望者はいらっしゃいませんが、数名の方々が講座を受講され、将来的に受洗をするかどうか、お考えになっています。

講座が始まって、すぐに、チーム松原のメンバーの一人がバイク事故に逢いました(大手術でした!)。コロナ・ウイルスの蔓延を避けるための休講。受講生の身内のご不幸や個人的な問題の分かち合い。松原教会の主任司祭の司教選出と交代。2期生との合流。次々と起こる出来事に、不慣れながらも、一つひとつ、波を超えてきました。その都度、チーム内では、定例会で話し合い、メールなどでやりとりをしながら、メンバー全員で答えを決めてきました。その答えが正しいのかどうか、時が経ってみないと分からないこともあります。しかし、この1年という時間軸のなかで、明らかに、チーム結成時よりも、チーム内には信頼関係が育まれ、問題への対処方法にも成長を感じています。これは、今後も、福音を伝えていく者として、共に信仰の道を歩む者として、大切な何かを養われていると感じています。

シノドスの目的の中にも、「私たちが招かれている教会についての夢を人々に抱かせ、希望を花開かせ、信頼を刺激し、傷口をふさぎ、新しく深い関係を紡ぎ、互いに学び合い、橋を架け、共通の使命のために精神を照らし、心を温め、手に力を取り戻すこと(https://www.cbcj.catholic.jp/wp-content/uploads/ 2021/10/16synod_vademecum_jp20211012.pdf / 8頁)」とありますが、福音宣教とは、まず、自分自身、そして、身近な人へと、福音の喜びを繋げていくことが大切だと思っていますので、一歩を踏み出した今も、歩む道としては、ハズレてはいないと感じています。

とはいえ、私たちの講座は、他のチームと異なり、松原教会との連携はあまり多くなく、松原教会の場所をお借りした講座という位置づけになっています。そのような理由からこの1年は、受講者を教会に繋ぐどころか、教会との関わりが薄くなってしまったこと、消極的であったことが反省されます。

講座を始める際には、施設の使用など、松原教会の方々や、当時の主任司祭であったガクタン(現・仙台教区司教)神父様には、とても、親切にしていただきました。

今後はこちらからも積極的な働きかけをし、松原教会との良いご縁を育てていきたいと願っています。

2022年4月から着任されたウイル神父様も、講座に顔をだしてくださいますし、祈りの会やミサなど、まだまだ、松原教会との関わりを深められる要素は見つけられるはずだからです。

勇気を持って、2年目以降は、講座のことばかりではなく、教会との一致にも思いを向けた、新しい体験を生んでいきたいと思います。

理想は、どのような状態でも、どこの教会でも、信仰を求める人々を繋ぐ、柔軟性の高いカテキスタ、コーディネーターとなることを目指しています。そして、粛々と、修行の道を、教会と共に歩むこと。まだまだ、弱音をはくには早すぎます。

福音宣教を考える時、教皇フランシスコが、「出向いて行く教会」と語られる時の想いは、いつも熱意に満ちています。

「神のことばには、神が信じる者たちに呼び起こそうとしている『行け』という原動力がつねに現れています」この「行きなさい」という言葉には、教会の宣教が、常に、新たにされる現場と教会の挑戦を示しています。 「弟子たちの共同体の生活を満たす福音の喜びは、宣教の喜びです。」

そして、「この喜びには、自分自身から出ていくというダイナミズムが伴い、つねに、新たに、より遠くに、種を蒔き続けること」と、語られています。

私たちチーム松原に限らず、教区カテキスタに限らず、カテキスタたちは、皆それぞれに熱意を持っています。いつでも、神様と教会と人々を繋ぐ道具になりたいと願っています。

「イエス様の兄弟になりたい」と願っています。 講座が予定通りに運ばない。参加する受講者が安定しない。司祭との協力や連帯がまだ、取れていない…、そのどれもが、解決をしなくてはいけないことではありますが、大きな問題とは思えません。

まだ始まったばかりなのですから、引き続き、「橋渡し」役として、答えの出ない問いを、常に考え続け、方法を見つけ出し、めげずに行っていく姿勢を保ち続けていけば、きっと、いつの日か、必ず、何かしらの実りと出逢えることでしょう。

このまま焦らず、しかし、たゆまずに取り組むつもりです。

活動をすることで最も大切だと感じているのは、仲間の存在です。私たちは、「繋ぐ」「繋がる」ことなくして存在し、流れているものが巡り合いの機会を持つことはあり得ません。友と「共に」。同じ方向を向き、イエス様と人々との真ん中にいて、どんなふうに、友・兄弟となり得るか、この1年を振り返り、微かであっても、淡い期待が持てる以上、この想いを大切にし、互いに学び合い、触発し合い、地の塩・世の光として、現代社会の一見、凪にも見える荒波に向かって、福音の喜びを手にするまで頑張りたいと思います、イエス様が共に居てくださるのですから。

松原教会2022年の入門講座
日時場所などについてはこちらをご覧ください。

「更新プログラム」参加者の声

教区カテキスタは、3年という年月を区切っての奉仕職です。途中、何かあったら何時でもこの奉仕職から離れることができ、また、何時でも戻ってこられる仕組みです。このプログラムに参加し、面接・面談を経て、大司教へ再任命の申請をすれば、さらに3年間、教会における奉仕職に励むことになります。それが「更新プログラム」です。

ワクワク!「更新プログラム」

スタッフ
上野毛教会 鈴鹿 恵美子

東京教区生涯養成委員会のメンバーとして、2016年から関わらせていただいき、早や6年、懐かしい第1期生カテキスタと再会できる「更新プログラム」を楽しみにしていました。

初回は飛び入り参加で、IDカードの紐の色が全員「紺」、カテキスタとスタッフの区別がないのにびっくりしました。オリエンテーションの終わりに「分かち合い」のテーマが出され、受付時に渡された番号札で3~4名ずつの組を作り、分かち合いを開始。スタッフも一受講者として参加するからだと気付き、納得しました。

私は、第1土曜に都合がつかないので欠席、これまで、初回と第3土曜日に2回参加させていただきました。

「歴史に学ぶ日本の教会の姿」では、日本の歴史の中で、社会と宗教の関係を知る必要について学びました。

明治時代以降、日本の社会と教会の関係は、その時代精神・思潮よって、主に3つの時期に区分されます。
(1)1844年~1945年
(2)1945年~1991年
(3)1991年~現在

猪熊神父様が、大変明確にご自分の血肉となっている言葉でご説明くださったので、私は自分の中で断片的に散らばっていた知識・記憶が、集められ繋げられたように感じ、そうか、そういうことかと妙に感動しました。

信仰の面で助けてくれた先輩たちの多くが、パリ・ミッションの神父様に育てられたのも納得。

大浦天主堂での信徒発見以来40年間、パリ・ミッション会だけが日本の宣教を許可されていたからだと。

敗戦後、多くの修道会が来日し、教会や学校や病院などを建てたのはマッカーサー元帥の方針によるところが大きかったこと。自分が学んだ学校や職場は、その戦後グル―プに入るのだと納得。

猪熊神父様の講話と、推薦されている『時の階段を下りながら』(オリエンス宗教研究所 刊)で、どのように過去と向き合い、現在を知り、今日の問題をどのように考えたらよいか、指針をいただきました。同時に、自分なりに、日本と教会の歴史を整理する必要も感じました。

「自分の根っこを探そう」という分かち合いのテーマが出され、私のいたグループは4名で、大変、印象深い分かち合いができました。お一人は、4歳で初めて侍者をしたことかなと。曾祖父世代からの信者一族で、まさにパリ・ミッションが、宣教方針をエリート層へと大転換した後であり、猪熊神父様から学んだ教会の歴史の具現化を見る思いで話に引き込まれました。いつかゆっくり、もっと詳しく聞きたいと思いました。

また、もう一人は、非信者の環境にいながら、幼い頃からずっとキリスト教にあこがれ、長い海外生活の中で受洗し、司祭の道を望むほどになったとのお話。

もう一人は、外国人の司祭が、近所の子どもたちをご自分の園庭で快く遊ばせてくれ、「神様はいつもそばにいます」と言ってくれていた言葉が忘れられなかったこと。大学生になって友人と旅行し、乙女峠祭という幟を見て、何も知らずにどんなお祭りかと行ってみたら、その酷さに驚き、踏み絵を踏みさえすれば楽になれるのに、何故、踏まないのかと、それ以来ずっと思い続けたこと。その後、まだ大学生だった時に両親を短期間で亡くし、その悲しみはずっと誰にも言えず心の底に閉じ込めていたこと。結婚し、子供の幼稚園バスを待っている時、たまたま居合わせたお母さんからシスターのお勉強に行っていると聞き、自分も一緒に行くようになり受洗したとのことでした。

私は、小学生の頃、カトリック幼稚園で、アイルランドの神父様とカテキスタ会のシスターたちが、英語と要理を教えてくれるお教室に行ったのが、信仰との出会い。その時に習った主の祈りだけは覚えていて、お手洗いに行きたくなって間に合わなそうになると必死で主の祈りをしていたこと。

4者4様、こうして皆で分かち合いながら振り返ってみると、先行するイエス様の恵み、招きに気づかされます。同時に、周りの人々の反応からも、気づきをいただきます。

このような分かち合いの場が、現在の小教区にあるでしょうか? あったらすばらしいですね。

4年ぶりにお会いしたカテキスタ第1期生たちは、模擬授業の頃とは全然違う雰囲気で、派遣された教会での困難・コロナ禍での休止などを経て、互いに助け合い、補い合うなかで、大きく成長されたように感じます。 「更新プログラム」でさらに学び、分かち合いでより深く、より多くの人を知ることは、今後の新しいチーム編成にも役立つこと間違いなしと思います。

現在、カテキスタ・スタッフの所属教会は、25前後の小教区になります。一人でも二人でもこの講座を通して出会った人がいると、その教会が身近になります。

猪熊神父様が、この講座を10年くらい続けていれば、確実に、教会は変わってきますよとおっしゃたことが、実現できるような気がしてきました。

ワクワクしています。

未知数から、今や…

カテキスタ第1期生
チーム関町
赤羽教会 小手川 裕子

教区カテキスタ養成講座の第1期生募集から、気がつけば4年。当初は、神父様方も、小教区の皆様も、申し込んだ私自身も、この新しい試みが現実的にどのように運営され、どのような道を辿っていくのか、未知数だったのではないかと思います。

養成講座を終え、認定・任命を受け、小教区へと派遣され、手探りながらもチームで色々な意見を出し合い、派遣先教会の主任神父様や運営委員長との話し合いなどをして、洗礼を望む方々を受け入れる準備が整い、「さぁ、これから」という時に、新型コロナ感染症の大流行が始まりました。結果、チーム関町は、予定より半年開講を伸ばし、第1回の講座スタートを切りました。

神様は、この休講期間を与えることによって、教会に集うことができない時、どのようにして、洗礼を望む方々と交わりをもつのか、私たちに考える機会を与えるとともに、「言葉」のもつ力を改めて考えさせてくださいました。

毎週日曜日にごミサにあずかり、ご聖体をいただけることが当たり前であった日常が取り去られた時、大司教様の発せられる「言葉」が、どれ程私たちを励まし支えてくださったことでしょう。

ごミサの中で語られる聖書の「み言葉」、司祭の説教の「言葉」、神の「み言葉」そのものであるイエス。私たちは「み言葉=イエス」によって生き、「言葉」によって育まれます。

私たちカテキスタの役割は、自分の信仰体験を、聖霊の力を頼りにして、「言葉」によって伝えることで、神を証しすることだと思っています。

私は以前、教区ニュースのカテキスタ養成講座受講の記事に「主から派遣されている私たちは自身の姿だけではなく、主が弟子に言葉で伝えたように、私たちもまた、言葉によって述べ伝えなければなりません。この講座に参加して、その術を私は学んでいます。」と書きました。

その術をどこまで自分のものにできたのかとは思いますが、受講者が洗礼を受け、喜びに満ちた笑顔でごミサにあずかる姿を見て、また、カテキスタとして働かせていただきたいと思い、今回の更新プログラムを受けることにしました。

当初、未知数だった教区カテキスタでしたが、第5期生の募集だけではなく、今やこの「Tangible」が発行されるまでになりました。 派遣先教会の神父様方、教区の皆様のご理解やお祈りに支えられているからこそ、神によって、私たちは働くことが出来るのだと感謝しています。

カテキスタとして働くことは決して楽ではありませんが、それをはるかに上回る大きな喜びがあります。

教区カテキスタはチーム制です。分からないことや悩んだときにはチームのメンバーが助けてくれます。これからも共に歩む仲間が増えることを楽しみにしています。 最

後になりますが、私が派遣されている関町教会の主任司祭、稲川保明神父様ならびに関町教会の皆様には、コロナ禍に関わらず、今年は聖堂建て替えもある中で、ご理解とご協力くださることに心より感謝申し上げます。

 

キリストに「触れられ」受洗を望むようになった人々に、日々「接している」カテキスタたち。そのようなカテキスタになることを望み、カテケージスを、 より「手触り感のあるもの」として学ぶ受講生たち。そんな彼らと、彼らを支える小教区の信徒の皆さんが「接する」ための媒体になれれば…、と願っています。