お知らせ
東京教区ニュース1973年9月号外
1973年09月01日
目次
白柳大司教-靖国法案に反対 自民党総裁田中角栄氏に書簡を送る
白柳大司教白柳誠一東京大司教は、8月6日、自民党総裁田中角栄氏あて、左記のような一文を書面で送付した。これは、1969年、司教協議会教会一致促進委員会代表の伊藤司教が時の首相佐藤栄作氏あてに出した「靖国神社法案は信教の自由の原則にもとる疑いがある」という書簡につづくものである。と同時に全教区民の意志を結集した教区大会の「靖国神社国家護持法案反対決議」の精神を、大司教自らのものとして行動に移されたものであるともみられている。
靖国神社国家護持法案は、教区大会でも論議され、その結果信教の自由をおびやかし、国民を思想統制へと導く危険性があるとして信仰の立場からこの法案の反対決議が代議員会で可決された。可決されたことがらはこの問題に限らずすべて教区民の意志の集約として可及的速やかに実現にうつされるべきものであるが、特に「靖国問題」は流動する政治に関することがらでもあり、時宜をうることが最も肝要であった。折から自民党内ではこれらが積極的に取りあげられ、国会に提出されようとしている。布教司牧協議会内の対社会小委員会でも、その中に「靖国問題委員会」を設けて特にこれととりくむことになった。今回の、同大司教の声明は、前記委員会発足の機運にこたえての、いち早い行動の手本であるばかりでなく、東京大司教の名において、一国の総理である自民党総裁にあて、たとへ書面であれ、このような反対の意をはっきりと表明したことは重大なこととして特に注目されている。なお同大司教はこの機にあたり、前記委員会などを通してこの問題について全教区民が深い関心と正しい理解をもつよう望んでいるが、同時にこの書面を呈するにあたって教区内の各神父にあて・u毆)た手紙にも見られるように、これが何らかの政治的立場からなされたものではなく、あくまでも宗教者として信仰の立場から、おびやかされる信教の自由を守ろうとする意図からなされたものであることを特に強調している。
白柳大司教の手紙
自由民主党総裁
田中角栄殿
1973年8月6日
東京都文京区関口3-16-15
カトリック東京大司教 白柳誠一
8月15日終戦記念日をまえにして、私共日本人は過去のいまわしい戦争のことを思い起こし、平和への希望と協力の決意を新たにしています。
この時にあたり、現在自由民主党内で積極的に取りあげられ、国会に提出されようとしている「靖国神社国家護持法案」は私共にとって大きな不安となっています。よって私は次のように靖国神社国家護持法案に対し反対の意を表明いたします。
「靖国神社法案は憲法第20条及び89条に違反し、本来宗教である国家神道を超宗教であると称し、国民を思想統制へと導く危険性がある。従って靖国神社国家護持法案、およびこれに類するあらゆる法案に反対することを表明する。なお我々は、キリスト者として死者への礼をつくし、遺族の人々を理解し尊重する責任を有することを忘れていないことを表明する」
白柳大司教談話
「靖国問題」が教区規模で具体化の一歩をふみだしたことはまことによろこばしいことであるが、同時にカトリック者としてこの問題にとりくむにあたっては、特に慎重且つ建設的でなせればならないとして白柳大司教は次のような話をよせている。
1、「靖国法案」を別として、公会議の文書にも見られるとおり、私達はどの宗教に対しても敬意を表さなければならない。靖国問題にことよせて、かりそめにも他宗教を非難するような、又そのような誤解をまねくような言動があってはならない。
2、ただ反対のための反対だけでは、賛同は得られないし、又協力のしようもない。積極的に代案のようなものを示さなければならない。例えば、千鳥ケ渕戦没者墓苑で合同慰霊祭を行うとか、または神道が自発的に神道的要素をとりのぞき、靖国神社を開放して、あらゆる宗教の使用に供するよう申し入れるなどが考えられる。
3、私達はキリスト者として何よりも祈りが大切であることを知っている。このため毎年、年の初めに「平和の日」をもうけ、平和のため、戦争犠牲者のために祈っているが、更にこれを充実させ、つづけてゆかなければならない。
憲法第20条【信教の自由】
信教の自由は、何人に対してもこれは保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。・何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。・国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
憲法第89条【公の財産の支出利用の制限】
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
靖国問題で準備委員会設立
東京教区布教司牧協議会内の対社会小委員会は、7月26日、布教司牧協議会に「靖国神社国家護持法案反対決議の具体化について布司教の意見を聞く件」を提出した。論議の結果、具体的実践のためにはこの問題ととりくむ特別の委員会が必要であることに意見の一致を見た。その最初のステップとして今までこの問題に深い関係のあった人々によびかけ同委員会設立の準備をすることとなり、その責任者として津賀佑元氏があたることとなった。なおこれらの人々は単に委員会の設立を準備するばかりでなく、準備の段階でなしうる範囲内で、実際行動を起こしうることも同時に確認、了承された。つづいて8月10日津賀佑元氏を中心に後藤正司、久保九市、海老名幹雄、中村浄の諸氏がカトリック・センターに集まり、事務局からは広報担当の青木師が出席してここに「靖国問題委員会準備委員会」(責任者、津賀佑元)が正式に発足した。同氏による前記経過の説明のあと、各メンバーは自己紹介をかねて、具体化の一歩をふみ出せたことを喜び、今後の行動に責任をもつこと及びその実践方法について抱負をのべあった。つづいておこなわれた論議の内容は同時にこの会の性格確認でも・u毆)あったが、その第1点は、9月27日の布司教会合をメドに「靖国問題委員会」を正式に発足させることであり、このためメンバーの補充など設立に必要な各要件を更によくととのえて布司教に提案することになった第2点は、この問題で志を同じくする「キリスト者遺族の会」など他の関係諸団体との連絡であり、準備段階の範囲内でなしうることとして決定された。なお、今後の具体的活動にあたっては、全教区民の正しい理解と協力が絶対に必要であり、そのためにはカトリック新聞と東京教区ニュース(靖国問題特集の号外)を通して、関連することがらをもふくめて先ず早急にPRすることを申し合わせた。
教区大会決議文
東京教区大会代議員会
靖国神社国家護持法案
反対決議文
(1971年12月5日)
靖国神社法案は憲法第20条おらび第89条に違反し、本来、宗教である国家神道を超宗教であると称し、国民を思想統制へと導く危険性がある。従って、善意の国民の伝統的な感情を傷つけて、死者にむち打つものなどの誤解を生ずる恐れがあるにもかかわらず、勇気をもってわれわれは「靖国神社法案」およびこれに類するあらゆる法案に反対することを決議する。またあわせてわれわれはキリスト者として死者への礼をつくし遺族の人々を理解し尊重することを忘れない。
解説
1、教区大会第一部会から提案されたものに、小岩教会の青山師から数行を加える(善意の・・・勇気をもって、と、またあわせて・・・忘れない。の2箇所)修正案が出され提案者も修正に反対しないという発言があり、この修正案が絶対多数で可決決定された。
2、討論の中で「遺族にとって靖国に祭られるということは無上の光栄であり、その感情はいまも残っている。それが古いとか間違いだということは遺族の前でいうべきでない」など主旨に賛成しながら文章が不十分だという意見が若干あった。青山師の修正案は、原案をより多くの市民によって理解されやすいようにという配慮から提出された。
討論全体として、大東亜戦争を強く否定する発言、信仰の自由を犯すという意味で憲法に違反するという発言は、平和をまもる点で靖国法反対の一つの流れになったようである。
3、教区大会代議員会は、議案について教区民の意志の集約を確認する機関として、教区の全司祭全修道者、全信徒を六母体にわけて、それぞれ母体を代表する代議員によって構成された。
23日に再会合 - 準備委員会
準備委員会の第2回会合は、8月23日、センターで開かれた。大司教の声明に対する反響などを分析して、そこから会の運営と活動を方向づけてゆく模様である。
靖国問題は政治に関連した微妙なことがらでもあるので特に自らの良心の声による自由賛同が基本であるが、しかし一方これは教区大会の決議であり、ただ自由参加のグループにのみまかせておくと弱滅してゆく恐れがあるため恒久的な責任機関が是非必要であるとされる。したがって設立が予定されている委員会は、布司協に直属する問題別の委員会としてこのような性格をもって出発する見通しが強くなった。当面の方針としては、布司協を通して賛同者によびかけ、或は賛同者をつのること。この委員会とは別なフリーな支援団体を賛助、或は結成を助けるなどして相互連絡の世話役となることを申し合わせた。なお次回は9月13日の予定である。
靖国法案の現状と課題
1、暑い夏の一日、私達は朝から夕方まで院内で自民党国会議員に対する陳情活動を続けた。当日は衆院内閣委員会に所属している国会議員に面会を求め、靖国法案反対の理由を述べ、自民党の同法案に対する姿勢について遺憾の意を表明した。陳情の経験がある人なら分かると思うが、いくらこちらが予定を立てて行っても肝心の議員は会議や旅行中であったりというわけでなかなか目的を果たすことはむずかしいわけで、その日も、例外ではなかったが、私は貴重な経験を得ることが出来た。その一つは、私達が法案の問題点とその背景について、日頃よく学んでおかねばならないということである。その学習の方法についても、反対者に都合の良い恣意的な解釈に満足しないで、十分に読み応えのある内容の書物をじっくり読む習慣を身につけておくことが重要であると思われる。例えば、法案に賛成する人々が書いたものを手にし、なぜそのように考えるのかを冷静に受けとめ、その発想を問うとともに、的確に反対できる力を身につけるよう努力することである。このような学びがあって初めて陳情も有効な結果をもたらすであろう。
2、国会における法案の推移は予測困難というほかない、それというのも、去る7月24日に第71特別国会が再延長、強行採決を見、9月27日までの会期延長となったものの、「事態収拾のための議長見解」として示された前尾衆院議長の基本路線が、「野党が一致して反対する法案は審議を進めない」という内容であるために、靖国法案を始め一連の対決法案については、今国会においては審議をしないと見なされるに至ったからである。残務国会と言われるゆえんである。それでは法案は審議をしないと断言できるであるだろうか。これは予測困難な事柄であるというほかないのである。つまり、私達にとって先にのべた前尾収集案が百%順守されるという保証は何もないというわけである。しかも再延長国会の直接の原因となった青嵐会の強硬路線が完全に改められたという情報もない。ただいえることは、参院において委員会に差し戻された重要三法案を今国会中に成立させるために、今のところ自民党が鳴りをひそめているということだけである情勢の変化によって、強行派が暴発することは、過去の歴史が示している。
3、靖国法案を推進する人々がこの時点でなおこの法案の一歩前進を悲願としていることは当然であろう。5月9日の靖国法案必成国民大会、7月6日の衆院内閣法案審議緊急動議、同19日の法案主旨説明といった推進派の運動を見れば、継続審議を強行させ、次期国会への橋頭堡を狙っていることは疑うことはできまい。推進派にとっては法案必成が夢であるとすれば、反対者にとってその撤回こそ心からの願いである。ここに宗教と憲法を軸とした妥協不可能な論点の解明が課題として横たわっている。日本人としては何かが根本的に問われているといえようか
(キリスト者遺族の会 事務局長・西川重則)
靖国問題への覚え書き
靖国神社法案阻止のたたかいに関して、現段階における問題点を若干列挙してみたい。知識として前提になる歴史的経過からはじめよう。
1、靖国神社とは何か
護国神社から発展した靖国神社は、明治中期以降の天皇制フッシズムにとって旧日本帝国を1945年の惨たんたる敗北にいたらしめた精神的支柱である。疑似宗教としての日本帝国天皇崇拝教の核心である神殿ー。靖国の英霊となってそこに眠ることが、日本の侵略戦争の犠牲者たちの最後の慰めとして強いられた。「靖国神社で再会しよう。」という言葉によって我々の先輩がだまされて、無数に虚しき死に追いやられていた恐るべき悪魔的神殿であった。
2、靖国法案とは何か
敗戦後、単なる一宗教法人となったこの神殿を再び上記の凶悪なファシズム崇拝の神殿として国家が特別の保護を加えようというもので、第一条から、「英霊崇拝」の言葉が出る。神社経営の経済事情が直接動機といえるが、天皇や自衛隊という虚偽的名前をもつ新日本軍隊が再び公的参拝を行えるようにはかるもので、法案成立への推進者は、自民党タカ派と、それをつき上げる各地の地方右翼ボスから成る遺族会である。今年5月以後、その圧力はすさまじく、今国会への成立を期して、毎月国会に遺族会団体が今なおバスで押しかけている状態である。
3、カトリック有志の立場
法案が生まれた20年ぐらい以前から日本キリスト教団、戸村政博師を中心とする長いたたかいがあった。この集団は、非常に多くの立場の人間のよせ集めで、いわば院内闘争を中心とした、旧左翼社・共に近い立場の推移団体(仏教や神道も含む)であり、1967〜8年に、カトリック有志の、法案阻止実行委員会も、これに参加した。合同デモ、ハンガー・ストライキ等の活動が主になされたし司教団声明も加わっていた。
4、今後の問題
事実経過は、前述の戸村政博師の2冊本を必読とすべきで、ここでは省略する。何故靖国党争がカトリック内で、2年程の間盛り上がって又沈黙したか。たたかいの質が、キリスト者の権利を守るという宗教エゴイズムのレベルを越えられないものであったからといえる。極言すれば、免罪符的に、日本のカトリックすら政治、社会問題に関心を示したぞという甘い自己満足のレベルでのたたかいは結局、信者の啓蒙どころか、ナンセンスな戯画に終わった。東京教区大会第一部会の動きも、その延長にしか位置づけられない。本質的に反戦、反安保、米・日新帝国主義ファシズム天皇制解体を、はっきり政治的に、イデオロギー的に確認しない靖国闘争は不毛であり、有害であると断言できる。それは教会内部への批判とも合一しなければならぬ。関西の坂倉神父を守るたたかいが、反戦思想に発展している点を注目したい。
(五日市教会司祭・国枝夏夫)
準備委からのお願い
靖国神社法案について、各小教区、使徒職団体の方々でいろいろご意見のある方があろうかと思います。ご遠慮なくご意見を準備委までお寄せ下さい。
また靖国法案について、すでにそれぞれの立場から何らかの行動をなされている方々もおられると思います。準備委は、多くの人の協力を進める機関でもありますので、大司教館気付でご連絡のほどを。
靖国法案に反対する
日本のキリスト教会が戦時中いかに官憲によって迫害をうけてきたかは、若いキリスト者はほとんど知らないであろう。現在国会に提出されている靖国法案は靖国神社を内閣総理大臣管轄下におき、国教による運営とするために、現在宗教として認められている靖国神社の宗教性を国会において否定しなければならないのであるが、国会の多数決で宗教の真実を決定できると考えること自体いかに宗教の本質を見失っていることか、これはやがて多数決で信教の自由を否定することにつながらないであろうか。この愚かさを敢えてする目的は何であるか、若しまことに国家的な慰霊の儀式に宗教性がないことが条件ならば現在の宗教法人たる靖国神社や基礎として非宗教性の靖国神社を設定する必要はない筈である。
むしろ日本の民族宗教の色の濃い、しかも終戦まで別格官弊大杜であった靖国神社の国家的性格を再現して、超宗教を設定する必要があるからではないであろうか。
法案の第一条には戦争を偉業とし、それを美化する考えが明確に示されている。国民の思想統制が可能なとき、戦争は容易にその準備が進められるであろう。真の平和と霊の平安を祈ることを何よりも念ずればこそ、われわれは沈黙していてはならないと思う。
(関口教会信徒・後藤正司)
靖国神社法案抜粋
靖国神社法案
昭44、6、30提出
衆院第53号
靖国神社法案
右の法案を提出する
昭44、6、30
提出者 川島正次郎他237名
目次
第1章 総則(第1条〜第9条)
第2章 役員及び職員(第10条〜第18条)
第3章 評議員会(第19条〜第21条)
第4章 業務(第22条〜第24条)
第5章 財務及び会計(第25条〜第33条)
第6章 監督(第34条〜第35条)
第7章 雑則(第36条)
第8章 罰則(第27条〜第39条)
付則
第1章 総則
(目的)
第1条 靖国神社は戦没者及び国事に殉じた人々の英霊に対する国民の崇敬の念を表すため、その遺徳をしのびこれを慰め、その事績をたたえる儀式行事を行い、もってその偉業を永遠に伝えることを目的とする。
(解釈規定)
第2条 この法律において「靖国神社」という名称を用いたのは靖国神社の創建の由来にかんがみその名称を踏襲したのであって靖国神社を宗教団体とする主旨のものと解釈してはならない
(戦没者等の決定)
第3条 第1条の戦没者及び国家に殉じた人々(以下「戦没者等」という)は政令で定める基準に従い、靖国神社の申し出に基づいて内閣総理大臣が決定する。
(法人格)
第4条 靖国神社は法人とする
(非宗教性)
第5条 靖国神社は特定の教義を持ち、信者の教化育成をする等、宗教的活動をしてはならない
(事務所)
第6条 靖国神社は主たる事務所を東京都におく
(登記)
第7条 靖国神社は政令で定める所により登記しなければならない
2 前項の規定により登記しなければならない事項は登記の後でなければこれをもって第三者に対抗することができない
(名称の使用制限)
第8条 靖国神社でない者は靖国神社という名称又はこれに類似する名称を用いてはてらない
(民法の準用)
第9条 民法(明治29年法律89号)第44条(法人の不法行為能力)及び(法人の住所)の規定は靖国神社について準用する。
(以下項目のみ)
第2章 役員及び職員
(役員)(役員の職務及び権限)(役員の任命及び任期)理事長及び監事は内閣総理大臣が任命する。任期3年。
(役員の欠格条項)(役員の解任)(職員の任命)(役員及び職員の地位)
第3章 評議員会
(評議員会)(評議員)(評議員会の会議)
第4章 業務
(業務の範囲)
1、戦没者等の名簿の奉安。
2、遺徳をしのびこれを慰めるための儀式等を行うこと。
3、事績をたたえこれに感謝するための儀式行事。
4、使節の維持管理。
5、付帯業務。
(業務方法書)(規定)
第5章 財務及び会計
(会計年度)(予算等の認可)(決算)(財産目録)(余裕金の運用)
(借入金)(財産管理及び処分等)(経費の負担等)(総理府令への委任)
第6章 監督
(監督)内閣総理大臣が監督する。(報告及び検査)
第7章 雑則
(大蔵大臣との協議)
第8章 罰則
付則
(施行期日)公布の日
【靖国神社成立のとき宗教法人靖国神社はその時に解散するものとする】
(経過規定)(他の法人の一部改正)
以上の法案の提案理由
戦没者及び国事に殉じた人々の英霊に対する国民の尊崇の念を表わすためにその遺徳をしのびこれを慰めその事績をたたえる儀式行事を行いその偉業を永遠に伝えることを靖国神社を設けることとする必要がある。これがこの法律案を提出する理由である。
経費、昭和44年度、約200万円。来年度約2億円の見込みである。
【解説】
靖国神社法案は昭和44年国会に提出以来三度廃案となった。しかし、現在も提案中である。したがってこれがいつ国会で取り上げられ採決に至るかはわからないが、現在会期延長中である国会の状況や、またこれまで重要法案に関する委員会が突然強行採決するケースが多いことをみると、あるいは近い中に上程され早急な審議を経て可する可能性は十分ありうる。法案は8章からなり、これに施行上の付則がついているが、もっとも中心である靖国神社の目的と性格及び管轄については第1章及び第2章にのべられており、以下の章は主として運営上の構成その他業務関係の規定を示したものである。その問題の第一点は戦争を偉業とし、戦争犠牲者は国家的な名誉をもつものとする考へ方が改めて打ち出されているところにある。第二点は靖国神社を国営とするためには憲法20条や89条にしたがい現在の宗教法人である靖国神社から、その宗教性を取り除いたものとする必要がある。したがって法案を通すためには靖国神社の非宗教性を国会の多数決で決定しようとすることである。第三点は慰霊という表現に関する霊の問題である。洗礼による原罪の許し、秘跡による神との連繋の・u毆)回復など深く霊の状況にかかわるわれわれからみれば、霊の重みを無視して慰霊の儀式を行う根本的な矛盾である。
海老名氏の抗議文
私は平和を願う一市民として、今回父故浴びな正治に対して与えられる太平洋戦没者叙位叙勲伝達をここに文面をもって返上致します。
思えば29年前、私が6才の時に、仙台駅頭に招集された父を見送った事が思出されます。32才で国民兵として東京の部隊に入営するために、当時25才の母と、小児麻痺で歩行困難な私と3才になる弟を残して入隊した父どんな気持ちで戦線へ向かったのだろうか。この事は現在も私の胸にやきつく思いとして忘れる事はできません。
父は国のために殉じた英霊ではありません。平和な家庭をうばわれ死んでいった一市民です。
こうして死んで行った父に伝達される叙位叙勲は私共遺族として納得致しかねますのでお受けする事はできません。
また平和を願う一市民として私は今回の叙位叙勲伝達に対して深い疑問を持っています事をお伝え致します。私の理解する範囲では叙位叙勲制度は国家のために大きな貢献をなした人々に授与されるものであるときいています。この叙位叙勲が戦没者に授与されます場合、過去の太平洋戦争は日本国家のために大きな偉業とされているとしか理解できません。平和を願う一市民として、私は過去の太平洋戦争を国家の偉業とする事は断じてできません。またこのような制度が強行されますと、戦没者は国家に殉じた英霊だから国家がこれを永く記念するという気運を生み、召集と言う名のもとに戦場にかられた多くの戦没者を鞭打つ事だと思います。
私は過去の戦争を決して国家の偉業とする事はできません。
1973年6月20日
杉並区下井草3-19-23
海老名幹雄
杉並区長殿
叙勲拒否に反響
海老名氏による叙勲拒否は、毎日、読売、赤旗、キリストなどの各新聞によって全国に反響を呼びおこした。同氏にならって叙勲拒否の申し出をした人、一度はうけとったが、この記事を見て考えなおし返上した人も数多かったが、中には「それでもお前は日本人か」など、同氏の行動を非難する手紙も見られた。おしなべて賛同の色がこくはっきりと拒否の意思表示をしたことに、とくにこれまで戦没者の叙勲に割り切れないものを感じていた遺族などから拍手が送られている。各新聞には氏がカトリック信者であることが明記され、キリスト者として反対の意を公に表明したことがはじめてであることなども注目されている。「靖国問題」も教区規模でようやく具体化されようとしているおりから、同氏の勇気ある行動は、この問題にとりくむ全教区民を勇気づけるものとされている。
「津市」の判決
1971年5月、津市の体育館の地鎮祭について神職による地鎮祭のために市の公金を使うことは認められないという名古屋高等裁判所の判決があった。神社は宗教であるという認識に立つものであって、この点が憲法第20条3項や第89条に違反するからである。靖国神社法案も、津市の場合と同様に信教の自由に深くかかわるところに問題がある。信仰の自由、それはなによりも信仰者が尊重するものであり、それは学問や思想の自由と密接につながっている。
軍人偏重に不安
東京教区大会の第一部会でヤスクニ問題を取り扱ったとき部会員の間にも微妙な点でくい違いがあったし、また教区大会代議員会においても多少の議論がでました、圧倒的多数でヤスクニ反対が決議されたことは、教区大会ニュース8号や教区大会代議員会議事録でご承知のことと思います。
今国会でも何度目かの靖国法案が提出され放置すれば成立する危険もあります。このときに白柳大司教が教区民を代表して自民党総裁にヤスクニ反対のメッセージを送られたことは私たち教区大会に参加したものとして大会決議は生きており教会は徐々にではあるが前進しているのだと心強く思いました。
教区大会の場においてもそうであったように、国民の間でもヤスクニ問題は人それぞれの立場や考えによって意見が分かれます。しかし戦没者の業績をしのび、その霊のやすらぎを祈ることは生き残った者として当然の行為であり誰も異論のないことでしょう。こうした行為は個人の信条や宗教に従ってそれぞれの形式で行うのが自然で、国がヤスクニという形で行おうとするところに問題が生じるのだと思います。戦没者にむくい遺族へのつぐのいは別の方法があるはずです。
このまえの戦争で軍人以外の犠牲者ー例えば一般の在外邦人の死者、徴用や学徒動員で向上で勤務中爆撃にあい死んだ人、都市の無差別爆撃や原爆で死んだ人ーはおびただしい数にのぼっています。このように現代の戦争は戦場が限定されず、兵役の有無に関係なく戦争にまきこまれるのが普通です。今の日本で何故、過去の軍人偏重のヤスクニを復活させようとするのでしょう。何かいやな予感がからだをつきぬけます。
平和を守り、家庭の幸福を守るため、再び私たちの中から英霊を出さないために、私たちはキリスト者という枠の中にとどまらないで日本国の市民としてヤスクニ反対の運動をもりあげ、皆で法案阻止に立ちあがりましょう。
(荻窪教会信徒・中村浄)