カトリック西千葉教会

 

名称

カトリック西千葉教会

教会堂名

被昇天の聖母

創立年月日

1954年8月15日

主任司祭

パウロ 福島 一基(ふくしま かずもと)※千葉寺教会主任司祭兼務

助任司祭 

ミカエル 泉 雄生(いずみ ゆう)※千葉寺教会助任司祭兼務

信徒数

1,821人(2018年12月31日現在)

主日のミサ

土曜日 17:30
日曜日 7:30 / 9:30
第1日曜日 12:30(英語)

週日のミサ

火・土曜日 7:00
金曜日 10:00

宣教協力体

千葉中央 

教会学校

日曜学校 9:30のミサ後(対象:小学生)
土曜学校  不定期開催

講座

火曜日 19:30 「聖書講座(主日の福音)」 (第1火曜日休み)
水曜日 19:30 「キリスト教入門講座」 (第1・3水曜日休み)
金曜日 10:45 「カトリック研究」  
土曜日 15:00 「フォローアップ講座」  
土曜日 16:00 「カトリック入門講座」  
第2日曜日
11:00 「雨宮講座」  

福祉活動

『視覚障害者のための音訳テープ作り』
 -主日の朗読と説教、教区ニュース等のテープ録音:第2水曜日 13:00-16:30
『聴覚障害者のための手話』-主日のミサ(不定期)の通訳:水、土曜日 19:30
『ブラジルへの衣類送付』:秋に1回
『山谷への衣類、毛布、保存食等の送付』:年に約2回
『病人訪問、介護』:随時

住所

〒260-0034 千葉県千葉市中央区汐見丘町11-14 [Google地図]

電話

043-241-4812

Fax

043-246-9333

ホームページ

http://www.catholic-nishichiba.com/

障がい者設備

スロープ(または、バリア・フリー)、トイレ

交通案内

JR総武本線「西千葉駅」より、徒歩8分。京成千葉線「西登戸駅」より、徒歩4分。

カトリック西千葉教会について

この教会は「カトリック西千葉教会」といいます。「カトリック」とは「普遍の、全世界の」という意味で、世界に広がる教会を意味します。ローマの司教(ローマ教皇または法王)を一致の中心として全世界に約十億人の信者がいます。西千葉教会は「カトリック東京大司教区」 (東京都と千葉県)の中の教会で、教区長はタルチシオ菊地功大司教です。
西千葉教会の前身の「千葉教会」は1882年に始まり、1954年に現在地に移り、「西千葉教会」と称するようになりました。西千葉教会は、聖母マリアにささげられた教会で、 保護者の聖人に「被昇天の聖母」をいただいています。
現在、西千葉教会には一人の司祭がいます。
主任司祭
パウロ 福島 一基神父

歴史

千葉県下の宣教には、他府県と違ういくつかの特徴がある。
一般に宣教活動は、県庁所在地や大きな城下町など、キリスト教に対する抵抗が比較的少なく進歩的有識者が多い地域に集中していたが、千葉県では、遠隔の田舎町や農村にも熱心に宣教がなされてい ました。
横浜の天主堂は、明治以前に建築されており、当時パリ外国宣教会の司祭が派遣されて日本に来ていたが、横浜から見える対岸の房総半島の村々に早くから宣教を始めた。船で千葉へ渡り、鉄道もない農村を歩いて伝道していた。木更津・鶴舞・茂原・青堀・周西・富浦・館山・千倉・八日市場・銚子・佐原・佐倉・船橋・松戸・流山等に、明治・大正・昭和にわたる宣教の足跡を見ることができる。
宣教師が説く新しい教えを理解し、受入れ、協力をしたのは、維新後の教養ある旧士族出身者達であった。東京の築地に司教座ができ、年に2、3回の訪問しかできない司祭の助けとなり支えていたのは、これら旧士族の伝道士達であった。
千葉県に最初の宣教をしたのはヴィグルース神父である。彼は、神田の大神学校で教えていたが、神学校が閉鎖されると地方宣教に携わり、1879年頃から福島・茨城・栃木・千葉を廻った。1882年4月千葉 の亥鼻台に最初の礼拝堂ができた。聖母マリアに奉献されたこの教会は、築地の分教会となった。ヴィグルース神父が築地教会の主任、神山復生病院々長を兼任することとなり、その後を宇都宮教会のカディヤック神父が巡回教会として引き継がれた。1939年になり、初めて常任の主任司祭 として小松茂神父を迎え、聖堂の修復をした。これまでの60年近く、巡回教会として継続してこられたのは不思議な偉大な力と言うほかはない。しかし、1945年4月強制疎開を命ぜられ、この地を離れ信者の家を集会所として流浪の旅を続けることとなった。1947年、ようやく吾妻町に代替地を得て仮聖堂を建て、幼稚園を併設した。1954年、現在の汐見丘に移転し新聖堂と幼稚園が完成し、『西千葉教会』となった。 現在、急速な都市化の中で他府県、他国からの転入者が多い。