菊地大司教

    週刊大司教第四十八回:年間第二十九主日

    10月17日は、先頃からお知らせしているように、2023年秋に開催される世界代表シノドスの、それぞれの教区ので「歩み」の始まりです。設問を出して、大きな会議を開いて、結論を議決することは、手間がかかりますが、明白な答えが出てすっきりします。しかし今回教皇様は、そのような手法ではなくて、皆で一緒に識別をして現状に対する共通理解を持ち、ともに旅する神の民として歩んでいこうと呼びかけます。

    言葉でそういうのは簡単ですが、これを具体的に実施していくのは難しいことです。大きな会議を開いた方が簡単です。しかし教皇様は、面倒なことをしなければ、現状は変わらないと言われます。来年二月末に司教団へ教区としての回答を提出するまで時間が限られているのですが、やり方はそれぞれの教区に任されていますので、東京教区では、まず皆で共通の理解を持つことから始めたいと思います。教区のホームページで順次情報を提供していきますので、どうかご覧ください。

    教皇様は、10月9日のシノドス開始を告げる考察の集いで、こう述べておられます。(バチカンニュースから)

    「教皇は、シノドスは司牧的回心のための大きな機会を与える一方で、いくつかの「リスク」も抱えている、と指摘。そのリスクとして、シノドスを中身のない表面上のものにしてしまう「形式主義」、高尚だが概念的で世界の教会の現実から離れた「主知主義」、今までどおりでよいと考え何も変える意志がない「現状維持主義」の3つに注意するよう促された」

    衆議院が解散され選挙が行われます。国政にとって大切な選挙ですから、より良い方向へ進むよう聖霊の導きがあるよう祈りましょう。また今回の選挙で選ばれる方々の上にも、聖霊の祝福と導きがあるように祈りましょう。特に今はロザリオの月である10月ですので、ロザリオの祈りをとおして、わたしたちの母である聖母マリアの取り次ぎによって、現代世界における神の平和の実現をめざしてわたしたちが行動する神の知恵を与えられるよう、祈り続けましょう。

    以下、本日午後6時配信の、週刊大司教第四十八回目のメッセージ原稿です。
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    年間第29主日
    週刊大司教第48回
    2021年10月17日前晩

    神ご自身による苦しみは、いのちへの希望を生み出しました。イザヤは、「自らを償いの捧げ物とした」事を通じて、「子孫が末永く続くのを見る」と記し、さらに「多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った」と記すことで、イエスご自身による受難の道程と、それによってもたらされた栄光への希望を預言します。

    ヘブライ人への手紙は、選ばれた民を代表して神の前に立つ存在である大祭司を持ち出し、すでに御父のもとにあられるその大祭司である主イエスが、「あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われ」、人類の罪を背負ってくださったのだから、神とわたしたちとの結びつきは揺るぎないことを強調します。その上で、わたしたちの弱さに心をよせてくださる主イエスのいつくしみを記すことで、神の憐れみが豊かに与えられていることを確信するように促します。

    マルコ福音は、再び、奉仕するリーダーについて語るイエスの姿が記されています。イエスご自身が、「仕えるために来た」と言われたように、そしてまさしくご自身がすべての人の罪を背負って、すべての人に仕える者として、その身をあがないのいけにえとしてささげてくださったように、わたしたちも、君臨するものではなく、互いに仕え合う者となることが求められています。

    教皇様は、2023年秋に世界代表司教会議(シノドス)を開催することを決定され、そのテーマを、「ともに歩む教会のため-交わり、参加、そして宣教-」と定められました。

    その上で教皇様は、教会全体にとって、シノドスがまさしくその意味するところである「ともに歩む」プロセスである事を望まれて、ローマでの2023年の会議だけでなく、世界中すべての教区を巻き込んで、2021年10月から始められるようにと指示をされました。

    すでに先週、教皇様は、今回のシノドスのプロセスの開始を、ローマから告知されていますが、世界中の教区は10月17日の主日を持って、それぞれのシノドスのプロセスを始めるようにと指示をされています。

    9月の初めにローマ教区の信徒代表たちとお会いになった教皇様は、その席で、「教会がリーダーたちとその配下の者たちとか、教える者と教わる者とから成り立っているという凝り固まった分断のイメージから離れることには、なかなか手強い抵抗があるが、そういうとき、神は立場を全くひっくり返すのを好まれることを忘れている」と指摘されています。

    2015年にシノドス創設50周年の式典が行われたとき、教皇様はこう述べておられます。

    「まさに『シノドス性』の歩みとは、神が第三千年期の教会に期待しておられる歩みなのです。ある意味、主がわたしたちに求めておられることは、すべて『シノドス』(ともに歩む)ということばの中にすでに含まれています。信徒と司牧者とローマの司教がともに歩むこと、それをことばでいうのは簡単ですが、実行に移すことは、それほど容易ではありません。」

    教皇様は、例えば教会がこの世の団体であるかのように、民主的に運営される仲良しの共同体であろうとはされていません。そうではなくて、地上を旅する神の民として、司教も司祭も修道者も信徒も、ともに手を携えて、互いに奉仕し合い、互いに支え合い、歩みをともにする共同体となることです。交わりの共同体は、福音を生きる共同体です。参加する共同体は、責任を共有する共同体です。宣教する共同体は、福音をあかしする共同体です。神ご自身が人となり、へりくだりのうちにわたしたちと歩まれたように、わたしたちも互いに仕え合う者として歩みましょう。

    東京大司教タルチシオ菊地功