菊地大司教

    週刊大司教第八回:聖家族の主日

    12月最後の主日、27日は聖家族の主日です。年末年始は、日頃離れて暮らす家族が集まり、あらためて家族の絆を確認する大切な時期でありますが、残念ながら、今の状況では、今年は集まることが難しいと思われます。特に関東圏では毎日報告される検査陽性者数が高止まりしていますし、行政からの呼びかけもありますので、離れて暮らす家族が集まることをあきらめざるを得ない状況かと思います。大変残念です。

    神の言である幼子イエスは、家族のうちに誕生しました。幼子イエスは、聖ヨセフと聖母マリアによって大切に育てられ成長していきました。聖なる家族が救いの歴史において重要な役割を果たしたという事実が、家族という存在の持つ役割の大切さを教えています。現代ではさまざまな形態の家族が存在するとは言え、人と人との繋がりの中で、互いに支え合い助け合う連帯の心を育む場として、家族という共同体は重要な意味を持っています。

    なおすでにそのように決定されている小教区も少なくないと思いますが、大晦日の公共交通機関の終夜運転自粛や、外出の自粛要請などに基づき、1月1日深夜零時のミサは中止とされるようご検討ください。東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われる予定でした関口教会の深夜ミサも、中止となりました。大司教司式ミサは、1月1日午前10時のミサとなり、配信されます。

    以下、本日夕方に配信された、週刊大司教第八回のメッセージ原稿です。なお週刊大司教などのメッセージは、東京大司教区のYoutubeアカウントから配信されますので、チャンネル登録をお願いします。聖マリア大聖堂でのミサの配信は、カトリック関口教会のYoutubeアカウントですので、こちらも併せてチャンネル登録をお願いします。Youtubeのチャンネルは、東京教区と関口教会のふたつあります。
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    聖家族の主日
    週刊大司教第8回
    2020年12月27日前晩

    神のみ言葉は人となられ、わたしたちのうちに共におられます。

    教皇ヨハネ・パウロ二世は、回勅「いのちの福音」で、「神の子が受肉することによって、ある意味で自らをすべての人間と一致させた」と述べ、さらに「この救いの出来事は、・・・神の限りない愛だけではなく、さらには、すべての人格には比類のない価値があることを人類に啓示します」(2)と記しています。受肉の神秘は、神がわたしたちのもとに来られたという事実にとどまらず、その神秘を通じて、「すべての人格には比類のない価値があることを」啓示しているというのです。

    そうであるならば、「ナザレの、人間の家庭へのみことばの受肉」は、救いの神秘において、家庭には聖なる意味と価値があることを明確にします。(教皇フランシスコ「愛のよろこび」65)

    創世記の2章に記されているように、主なる神は、「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」(創2:18)と言われ、二人の人を創造されました。それはすなわち、人が独りで生きることが出来ないのだから、互いに助けあって生きていくようにと運命づけられていることを意味しています。人は尊厳あるいのちを家庭の交わりの中で、互いに支え合い、助け合いながら生きていくようにと召されています。しかし現実はそう単純ではありません。昨年11月に、東京ドームでミサを捧げられた教皇フランシスコは、説教でこう指摘されています。

    「家庭、学校、共同体は、一人ひとりがだれかを支え、助ける場であるべきなのに、利益と効率を追い求める過剰な競争によって、ますます損なわれています。多くの人が、当惑し不安を感じています。過剰な要求や、平和と安定を奪う数々の不安によって打ちのめされているのです」

    その上で教皇は、「孤立し、閉ざされ、息ができずにいる『わたし』に抗しうるものは、分かち合い、祝い合い、交わる『わたしたち』、これしかありません』の述べて、孤独の枷を打ち破るようにと招かれました。

    教皇フランシスコは、先日発表された回勅「FRATELLI TUTTI(兄弟の皆さん)」においても、兄弟愛と社会的友愛をキーワードに、同じ一つの家に共に暮らす一つの家族にあって、互いに助け合い支え合うことの重要さを強調されています。婚姻によって成立する家庭を越えて、人類すべてが共通の家でいのちを生きる家族であることを、教皇フランシスコは強調されます。とりわけ、この回勅を準備されているときに発生した感染症のパンデミックによる「世界的な危機は、『誰も一人で自分を救えない』こと、そして、『わたしたち皆が兄弟』として『ただ一つの人類として夢見る』べき時がついにやって来たことを示した」と記しています(バチカンニュースから)

    その上で教皇は、「今日の世界では、『ひとつの人間家族に属している』という感覚は薄れつつあり、『正義と平和のために力を合わせる』という夢は、時代遅れのユートピアのように思われます。 代わりに君臨しているのは、欺瞞的な幻想の背後に隠された、深い幻滅から生まれた『クールで、心地よく、グローバル化された無関心』」(30、カトリックあい試訳)」だと指摘し、「希望、再生に必要なのは、親密さです。出会いの文化です」と呼びかけています。

    ナザレの聖家族に祈りましょう。「イエス、マリア、ヨセフ、あなた方のうちに、まことの愛の輝きを見、信頼を込めてあなた方にゆだねます。ナザレの聖家族よ、家庭の中で決して、暴力も排除も分裂も起こることがありませんように。傷ついた人、つまづいた人が皆、直ちに慰められ、いやされますように。」(「愛のよろこび」から)

    東京大司教タルチシオ菊地功