大司教

ペトロ岡田武夫大司教葬儀ミサ@東京カテドラル

2020年12月24日

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12月18日に帰天された東京教区名誉大司教ペトロ岡田武夫大司教の葬儀ミサを、本日12月23日午前11時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で執り行いました。

現在の感染症の状況から、葬儀には、東京教区で働く司祭団と、親族関係者の方々に参列を限定させていただきました。なおミサの模様は、Youtubeでご覧いただけます。

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また、年が明けて来年1月19日に、これも参加者は限定となりますが、全国の司教様方もお招きして追悼ミサを行います。その後、同じ1月19日の午後1時から4時の間、聖マリア大聖堂にて献花とお別れのお祈りの時間を設けます。密を避けるため、聖堂内に皆さん留まっていただくことは出来ませんが、順番に献花とお祈りをして、岡田大司教様とのお別れをしていただければと思います。この献花とお別れの祈りの時間については、どなたでもおいでいただけます。

なお岡田大司教様のご遺体に関しては、在宅療養中の大量吐血であったため、救急搬送先の東京医科歯科大学救急救命センターで帰天されましたが、その後PCR検査が行われなかったことから、ご遺体は陽性と同じ取り扱いとなってしまいました。そのため、葬儀に先立って日曜日午後に、立ち会いなしで火葬されています。葬儀のビデオの終わりに、わたしのあいさつの中で説明しております。

以下、本日の葬儀ミサの説教原稿です。

ペトロ岡田武夫大司教葬儀ミサ
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2020年12月23日

人となられた神のみ言葉の神秘という、新しい命の誕生を祝う準備を進めているわたしたちは、今日、いのちが与えられることではなく、いのちが取り去られた事実を目の当たりにして、祈りの内に佇んでいます。東京教区で、そしてさいたま教区で、司教職を全うされたペトロ岡田大司教様は、クリスマスが目前に迫った12月18日昼、御父の御許にお帰りになりました。

この世のいのちには始まりがあり、そして終わりがある。しかしこの世のいのちの終わりはすべての終結ではないこともわたしたちは信じています。イエスをキリストと信じる私たちは、神は「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む人々を世の終わりに復活させてくださる」のだと確信し、永遠のいのちに生きる大きな希望を持ちながら、この人生を歩んでいます。

同時に、「私をお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人をひとりも失わないで、終わりの日に復活させることである」と言われたイエスの言葉に信頼し、いつくしみ深い神が、その限りない愛をもって、すべての人を永遠のいのちのうちに生きるよう招かれていることも信じています。

親しい人とのこの世での別れは悲しいことではありますが、教会は同時に、永遠のいのちへの希望を高く掲げることを止めることはありません。葬儀ミサで唱えられる叙唱にも、「信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠のすみかが備えられています」と私たちの信仰における希望が記されています。

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岡田大司教様は、1973年に司祭叙階されてから47年間、司祭としての道を歩んでこられました。1991年には当時の浦和教区、現在のさいたま教区司教に叙階され、2000年に東京大司教として任命され着座されました。その後再びさいたま教区の使徒座管理者を兼任されましたが、2017年10月に76歳を持って引退願いが受理され、教区司教の職を退かれていました。

帰天されるまでの29年間の司教としての歩みには、特に日本カトリック司教協議会会長として、日本における教会が直面するさまざまな課題に取り組まれ、また聖座との交渉にもしばしば出かけておいででした。また東京カリタスの家の理事長やロゴス点字図書館の理事長なども兼任され、社会の中で困難に直面する人たちのために力を尽くす姿勢も示してこられました。

わたしは2017年12月に東京大司教を引き継ぎましたが、その際に岡田大司教様は、引退されても小教区司牧を手伝いたいと希望されておりました。主任司祭が不在であった本郷教会の小教区管理者として、司牧のお手伝いをお願いいたしました。大司教様はそのとき、これまで忙しくて考えをまとめることも出来なかったので、本を書きたいのだといわれていました。

本郷教会では、小教区の司牧に留まらず、研究会の開催などに取り組まれ、同時にさまざまな思索の断片を、ブログやSNSなどで、積極的に発信されていました。近頃は特に善と悪についての考察を深めておられたように思います。

今年、2020年1月末に、飲み込みがうまく出来なくなっておられたようで、周囲の勧めで病院を受診したところ食道癌のステージ4と診断を受けられました。いろいろなことをお考えになったと思います。大司教様は手術を選択しないことを早い段階で決断され、本郷教会に在宅のまま、化学療法や放射線治療を受けて、病気と闘っておられました。闘病中に本郷教会の信徒の皆さんをはじめ、大司教様を支えてくださった多くの方々の献身的なお働きに、心から感謝申し上げます。

ブログの最後のエントリーは12月12日でありました。そのタイトルは「主にあっていつも喜べ」であります。待降節第三主日のホミリアでありました。

当日のテサロニケの教会への手紙の朗読を取り上げ、こう記しておられます。長くなりますが引用します。
『「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」(一テサロニケ5・16-18)これこそ究極の福音とでも言うべき言葉ではないでしょうか。

わたしたちは人生において度々喜びの体験をしますが、それは多くの場合、やがて儚く消え去る不確かな喜びにすぎません。人生にはむしろ悲しみの方が多いのではないでしょうか。「いつも喜んでいなさい。」といわれても、「冗談ではない、なかなかそうは行かないよ」という気持ちになります。

この世界は過酷であり、人生は困難であります。この世界は、生きるのが難しい「荒れ野」ではないでしょうか。この世界は大きな闇で覆われているように感じることがしばしばです。

しかし、今日聖書が告げる「喜び」は人間としての自然の喜びではなく、信仰の喜び、厳しい現実があっても与えられる喜びです。イエス・キリストにおいて示された神の愛、無限の神の愛と出会い、愛の泉から受ける信仰の喜びです。(『福音の喜び』7)

主イエスはすべての人の人生の苦悩をいわば吸い取ってくださった方であると言えましょう。キリスト教は復活の宗教です。復活とは弱い人間性が不死の喜びの状態に挙げられることです。主の降誕を準備するこの季節、主の復活にも思いを馳せることは意義深いことです』

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岡田大司教様は、新しい命の誕生を祝う準備をする今こそ、真の喜びに至る復活について思いを馳せることの大切さを最後に書き残されました。

79歳というのは、現代の平均では早い人生の終わりであります。教区大司教の職を引退されたときには、それからの長い時期を、さまざまに有効活用しようと計画されていたことと思います。しかし、命の与え主である御父は、全く異なる計画をお持ちでした。

日本の教会のために、また普遍教会のために大きく貢献された人生でした。福音をあかしし、多くの人に伝えようとした人生でした。困難に直面する人、助けを必要とする人に思いを寄せ手を差し伸べる人生でありました。牧者として先頭に立ち続ける人生でありました。「自分のことではなくキリストのことを考えて」、キリストに倣い「仕えられるためではなく仕えるため」に生きる人生でありました。そして人知を遙かに超えた神の計らいにすべてをゆだね、神の計画の実現を最優先とした人生でありました。ですから多くのことを成し遂げ、多くの功績を残しながら、それをすべてうち捨て、神の計画に従って御父のもとへと召されていきました。

ヨブ記の言葉を思い出します。
「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」(ヨブ記1章 21節)