新パイプオルガン計画 ~スケジュール~

2000年6月 カテドラル運営委員会で新オルガンを検討し、イタリアオルガンにすることになる。
2000年7月

 

数社とコンタクトを取り、マショーニ社がすぐ返事し、日本にいたマショーニの技師2人はカテドラルを訪ねる。現オルガンが置かれている3階を壊さないと建設は無理だろうとの判断。

2000年11月
 
丹下事務所、大成建設が調べた結果、3階全部は壊せない、梁を残して間を刳り貫くことは可能。
2001年1月16日 マショーニ社は3階の梁の間に突き出るオルガンの計画を送る。
2001年1月22日 責任役員会で導入を決定。
2001年2月
 
伝統的なイタリアオルガン建設のため(デザイン、ストップの選択など)Lorenzo Ghielmi先生にコンサルタントを頼む。
  河合楽器製作所にオルガンの運搬、設置補助、メインテナンスを依頼。
2001年3月28日 マショーニオルガン工房で打合せを行い。設計方針を確定。
2001年7月30日 マショーニ社から詳しい設計計画が届く。
2001年11月29日 マショーニ社から完成図が届く(模型の写真)。
2001年12月 大成建設は2-3階空間の測量、図面作成、サポート鉄骨フレームの設計。
2002年12月 マショーニ社、ギエルミ先生による、ストップリストの最終決定
2003年1-3月 マショーニ社、オルガンの詳細設計
2003年3月~ マショーニ社、パイプの製作始まる。大成建設、改造空間の詳細設計
2003年6月~ マショーニ社、諸部品とケースの製作開始。
2003年9月~ マショーニ社にて、オルガンの仮組み立て
2003年12月 メカニズムのテスト、梱包、発送。
大成建設・河合楽器、架設工事、現オルガンの解体。(クリスマスの直後)
2004年1月 2-3階の改造工事 (カテドラルの見学は事務所に申し出てから)
2004年2月 新オルガン設置工事 (マショーニ社、河合楽器) 
(カテドラルの見学は事務所に申し出てから)
2004年3月 オルガンの調律 (マショーニ社) (カテドラルの見学はできません)
2004年5月8日(土)の夕方 初めのコンサート (ギエルミ先生)

左から3番目がギエルミ先生
LORENZO GHIELMI(ギエルミ先生)の紹介

オルガン、チェンバロおよびピアノを学び、バーゼルのスコラ・カントルムでジャン=クロード・ツェンダーに師事。スポレート、インスブルック、フローニンゲンの各国際オルガンコンクールで優勝。現在、ヨーロッパを中心に広くコンサート活動を行っている他、ミラノ 市立音楽院及びドイツのトロッシンゲン音楽大学で教鞭を執り、ミラノのサン・シンプリチアーノ教会のオルガニストも務めている。国際オルガンコンクールの審査委員を務めることも多く、CDも数多くリリースしている。

今回、東京カテドラルのパイプオルガン新設置にあたり、設計コンサルタントと工事監督を依頼。
2004年の春に予定している初コンサートの演奏者。




カトリック東京大司教区 宣教協力体の今後について (2006年3月)

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東京教区の皆様

東京教区では2003年復活祭から宣教協力体を発足させました。それから丸3年が過ぎようとしていますが、この3年間、それぞれの協力体で「協力」という課題に取り組んでくださったことに感謝しております。多くの協力体では小教区を越えた信徒・司祭の交流と協力が目に見える形で行なわれました。しかし、ほとんど交流や協力が進まなかった協力体もありました。小教区間で交流や協力はできても、共通の「宣教課題」を見いだすことが困難だと感じられた宣教協力体も多かったようです。当初、宣教協力体が一つの小教区になることを目指すと謳いましたが、今の時点ではこの方針通りにはいかないと感じています。当分は「宣教協力体」として協力を続け、深めていただきたいと思います。

この3年間で、予期せぬ速さで司祭の高齢化・働ける司祭の減少が進み、司祭の定住しない聖堂共同体の数が増えました。このことを考えるとき、司祭間の協力の新たな可能性(「共同宣教司牧」など)をもう一度真剣に検討する必要もあると考えられます。

また、地域によって事情が異なり、将来的にも1つの小教区になることが不可能(あるいは適当ではない)と考えられる地域が多くあります。個々の地域の状況に応じた進め方を考えていく必要があります。宣教協力体の組み合わせについては、いくつか変更の提案がありましたが、結論を得るにはいたりませんでした。ただし、千葉の3つの協力体「安房・上総」「千葉中央」「千葉北東部」は協力体として存続しながら、かつての「千葉地区」のような、より密接な協力関係を作ってともに歩んでいくほうがよいと考えています。

東京教区には、小教区でも分教会でもない「共同体」がかなりの数で存在しています。学校や修道院の聖堂に定期的に集まる共同体ですが、その多くは外国語のミサに集まる外国人の共同体です。これらの共同体も教区の宣教司牧ビジョンの中に位置づける必要を感じています。さらに女子修道会や小教区を担当していない男子修道会との連携も強化したいと考えています。

 

現在の東京教区で、司教としてもっとも心を痛めていることは、司祭同士、または、司祭と信徒のコミュニケーションの問題です。もちろんうまくいっているところが大部分ですが、一部でコミュニケーションが成り立たっていないという訴えを耳にします。

司祭には、これまでのような主任司祭としての権限、責任に縛られている部分があります。しかし、司祭不足の現状からだけでなく、これからの日本の宣教司牧を考えたとき、本当の意味で「信徒が参加する教会」、「信徒がより主体的に責任をになう教会」を目指していかなければなりません。その中で、司祭は自分の司祭職を問い直すチャレンジを受けるでしょう。信徒の側にも、司祭と信徒の関係を問い直すというチャレンジが待ち構えています。これは避けて通ることのできない課題です。

なお、3年前の「宣教協力体のための指針」を以下のように改訂しました(太字紺色部分)。

 

Ⅰ.宣教協力体のあり方

 

1.運営の基本方針は弾力的・段階的ということであり、教区全体の均一化をはかるのではなく、地域の特性や各宣教協力体の自主性が尊重されます。

 

2.世話人司祭

宣教協力体を構成する聖堂共同体は相互に対等です。原則的に各聖堂共同体には主任司祭が置かれます。主任司祭は従来の権限と責任を保持します。

司祭の一人が世話人となります。宣教協力体の司祭団の推薦に基づき、教区長が任命します(異動がない限り、任期は2006年復活祭から3年間になります)

世話人の役割は次のとおりです。

 ・宣教協力体の代表者。

 ・宣教協力体協議会の主宰(準備・連絡・記録などは他者に委ねることができる)

 ・司祭間の連絡・調整役、司祭連絡会の主宰。教区長との連絡窓口。

 

3.司祭連絡会

宣教協力体の司祭は1~2ヶ月に1度連絡会を行い、宣教司牧の情報交換と司祭同士の協力について連絡・調整をします。

 

4.宣教協力体協議会

・宣教協力体は少なくとも2~3ヶ月に1度、協議会を開催します。

・各聖堂共同体の主任司祭(その代理)と信徒の代表は必ず出席しなければなりません。

信徒の代表は各聖堂共同体の司牧評議会のメンバーであることが適当です(ただし、特定の信徒に過大な負担がかからないような工夫も必要でしょう。また、人数については各宣教協力体・聖堂共同体の事情に合わせて決めてください)。

また、必要に応じて助任司祭・協力司祭・広域の外国人司牧を担当する司祭や、修道院・カトリック施設の代表も参加できるよう配慮すべきです。

・協議事項は以下の通りです。

  1. 地域におけるニーズとそれへの応答
  2. 福音的使命に関する活動の相互連絡や聖堂共同体間の交流についての検討
  3. 共同で行う典礼、集会、行事などの検討
  4. 必要な場合、経費負担の取り決め

 

5.活動報告と振り返り

宣教協力体は教区長に対して年に一度その活動を報告してください。

  1. 協議会のメンバー
  2. 開催日時と場所
  3. 会議運営の仕方
  4. 協議会の主な内容と実施された協力体としての活動

 

 

Ⅱ.聖堂共同体のあり方について

宣教協力体はいくつかの聖堂共同体によって構成されています。聖堂共同体のあり方については近い将来、基本的な事項について教区として統一的な基準を作る必要があります。宣教協力体となった聖堂共同体同士が互いに知り合い、話し合い、協力しあっていく経験の中で、どのような点を統一すべきか、どのような規約が必要か、が見えてくるだろうと期待しています。現時点では、聖堂共同体のあり方について特に留意していただきたい点だけを以下に述べます。

聖堂共同体の司牧者と信徒のよりよい協力関係を築き、宣教する共同体に育成していくことは、わたしたち東京大司教区の重要な課題です。その際、次の教えを深く心に留めなければなりません。

第2ヴァチカン公会議『教会憲章』の教え(37項より)

「信徒は自分の必要と望みを、神の子らとキリストにおける兄弟にふさわしい自由と信頼をもって牧者に表明すべきである。信徒はその知識、才能、識見に応じて、教会の利害に関する事がらについて自分の意見を発表する権利、ときには義務をもっている。このような場合には、教会がそのために制定した機関を通して行うべきであって、常に真実と勇気と賢慮をもって、聖なる職務のためにキリストの代理をつとめる人々に対する尊敬と愛のうちに行わなければならない。」

「聖なる牧者は、教会における信徒の地位と責任を認め、またこれを向上させなければならない。信徒の賢明な助言をこころよく受け入れ、教会の奉仕のために信頼をもってかれらに任務を委ね、行動の自由と余地を彼らに残し、さらに、彼らが自発的に仕事に着手するよう激励しなければならない。また信徒から提案された創意、要求、希望を、キリストにおける慈父としての愛をもって慎重に考慮しなければならない。」

 

1.呼称

宣教協力体が発足する2003年4月20日の時点で、東京教区の小教区・分教会は「聖堂共同体」という位置づけになりました。しかし各聖堂共同体は教会法的には従来どおり「小教区・分教会」と言うことができますし、対外的には従来どおりの名称、例えば「関口教会」という名称を使用し続けることになります。

 

2.責任者

聖堂共同体の責任者は従来どおり主任司祭です。主任司祭は各聖堂共同体の宣教司牧、建物の管理・教会会計について最終的な責任を負っています。しかし、主任司祭は一人でこれらのことを行うのではなく、他の司祭・修道者、そして特に多くの信徒との対話・協力の中でその責任を果たしていくことが必要であり、大切なことです。

なお、いろいろな事情から「小教区管理者」という任命もあります。主任司祭が数年間、継続的に小教区を担当するのに対し、一時的に責任を持つ司祭が小教区管理者です。責任と権限は主任司祭とほとんど同じです。

 

3.信徒の参加の場としての評議会

ほとんどの小教区には信徒が教会の運営に参加する場として、「教会委員会」「小教区運営委員会」「財務委員会」などと呼ばれる組織があります。東京教区では統一した名称がありませんので、以下では教会法の用語を用いて「司牧評議会」「経済問題評議会」と呼びます(教会法は、教会の重要な課題を「経済問題」と「司牧」という2つの面に分けて考えています。ここでいう「司牧」は、福音を告げ、人々の世話をする教会の活動全体を指しますから、日本語ではむしろ「宣教司牧」と考えたほうが分かりやすいでしょう)。

 

4.司牧評議会(新教会法典536条)

司牧評議会は単なる利害調整のための会議ではありません。教会の活動全体について、福音に沿った決定を目指して話し合う機関です。重要なことがらは、司祭抜きで決めることはできませんし、また、信徒を無視して司祭だけで決めることもできません。

 

5.司牧評議会委員の選任

司牧評議会委員の選任には共同体のメンバーの意思がよく反映されるよう配慮します。主任司祭は公正な選任が行われるよう留意しなければなりません。

 

6.経済問題評議会

聖堂共同体(小教区)の財産管理と会計を担当する「経済問題評議会」を設置しなければなりません(新教会法典537条)。経済問題評議会は教会の財務に関して司祭を助け、信徒の専門的な知識を生かし、また信徒の声を反映させるための機関です。種々の事情で困難であれば「司牧評議会」にその役割を兼ねさせることができます。

 

7.信者総会(信徒総会)

多くの教会では、信徒の誰もが参加でき、信徒の声を聞く機会として信者総会(信徒総会)が行われています。そのような場は、聖堂共同体の重要事項を話し合い、共同体としての合意を確認する場として活かすことが適当です。

 

8.役職選任にあたっての司牧上の留意点

一部の信徒に重い負担を負わせることのないよう、また同一人物が長い期間役職を占めることのないような配慮が必要です。また、女性と青年が教会の運営に今よりも容易に、よろこんで参加できるような措置も必要でしょう。

 

Ⅲ.教区宣教司牧評議会について

教区の宣教司牧評議会は、東京大司教区の宣教司牧活動に関する諮問機関です。大司教の諮問に答え、あるいは大司教への提言を行い、場合によっては大司教より委託された事項の実施にあたります。

第2期の宣教司牧評議会は2006年1月から2007年12月までの任期で始まりました。評議員は22の宣教協力体から信徒各1名、それに司祭・修道者若干名を加えた構成になっています。

 

以上。
2006年3月27日

 

東京大司教 ペトロ 岡田武夫

東京大司教 ペトロ 岡田武夫




カトリック東京大司教区 宣教協力体のための指針

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はじめに

東京教区では小教区再編成の最初の段階として、2003年復活祭(4月20日)から宣教協力体を発足させることになりました。宣教協力体の目的は、聖堂共同体(小教区)同士がこれまでより深い協力関係を築き、教会がより豊かに福音的使命を生きる態勢を作ることです。宣教協力体の課題は、司祭同士のチームワーク、司祭と信徒・修道者のチームワークを促進し、信徒が参加できる教会をつくっていくことです。これは教会の本来のあり方を目指すことですが、同時にこのことによって司祭不足という問題に対処することにもなります。

信徒の参加ということについては二つの面があります。

一つは「教会活動」の面です。信徒が自発的に聖書の分かち合いや祈りの会、ボランティア・グループなどを作ること、必要に応じて集会祭儀を司式したり、聖体奉仕をすること、さらに司祭とのチームワークの中で教会の宣教司牧活動にさまざまな形で参加していくことなどの課題です。これらは実際に多くの信徒が関わる部分です。

もう一つは「意思決定」の面です。教会の中での話し合いは、現代における福音の共通理解を一緒に求めていくということです。この時代、この地域の中で神が望んでおられることは何か、教会の宣教司牧活動はどうあるべきか、また、そのために教会施設や財政はどうあるべきか、というような問題について、教会としての意思決定に司祭とともに信徒が参加していくことが大切です。この面は多くの信徒にとっては馴染みにくいことかもしれませんが、やはり大きな課題です。

「教会活動」に関してはそれぞれの地域で推進していっていただくことですので、以下の指針では、宣教協力体の「意思決定」に関する面を中心に教区全体としての基準をまとめてあります。また、関連することがらとして、聖堂共同体と教区の宣教司牧評議会についての考え方も提示しました。

 

宣教協力体のあり方

1.運営の基本方針は弾力的・段階的ということであり、教区全体の均一化をはかるのではなく、むしろ各宣教協力体の自主性が尊重されます。

 

2.世話人司祭

宣教協力体を構成する聖堂共同体は相互に対等です。原則的に各聖堂共同体には主任司祭が置かれます。主任司祭は従来の権限と責任を保持します。

司祭の一人が世話人となります。宣教協力体の司祭団の推薦に基づき、教区長が任命します(2003年5月末までに推薦してください)。

世話人の役割は当分(変更があるまで)次のとおりです。

・ 宣教協力体の代表者。

・ 宣教協力体協議会の主宰(準備・連絡・記録などは他者に委ねることができる)

・ 司祭間の連絡・調整役、司祭連絡会の主宰。教区長との連絡窓口。

 

3.司祭連絡会

宣教協力体の司祭は少なくとも月一回の連絡会を行い、宣教司牧の情報交換と司祭同士の協力について連絡・調整をします。

 

4.宣教協力体協議会

・ 宣教協力体は少なくとも隔月、出来れば毎月、協議会を開催します。

・ 各聖堂共同体の主任司祭(その代理)と信徒の代表は必ず出席しなければなりません。

信徒の代表は各聖堂共同体の司牧評議会のメンバーであることが適当です(ただし、特定の信徒に過大な負担がかからないような工夫も必要でしょう。また、人数については各宣教協力体・聖堂共同体の事情に合わせて決めてください)。

また、必要に応じて助任司祭・協力司祭・広域の外国人司牧を担当する司祭や、修道院・カトリック施設の代表も参加できるよう配慮すべきです。

・ 協議事項は以下の通りです。

(1) 地域におけるニーズとそれへの応答

(2) 福音的使命に関する活動の相互連絡や聖堂共同体間の交流についての検討

(3) 共同で行う典礼、集会、行事などの検討

(4) 経費負担の取り決め

 

5.活動報告と振り返り

宣教協力体は教区長に対して年に一度その活動を報告します。

なお、宣教協力体の実践について、教区全体で3年後に振り返りと評価を行います。

 

★各宣教協力体は2003年7月末までに次の事項を協議し、その結果を教区長にお知らせください(各地域の事情や宣教協力体の自主性を尊重しますが、この時点で全体の調整の必要があれば再検討します)

(1) 宣教協力体の名称の案(地域性を表す名称を考えてください)

(2) 協議会のメンバー

(3) 開催日時と場所

(4) 会議運営の仕方

 

★次の段階について

(1) 段階的に交流と協力を進め、将来的には宣教協力体が「協議会」の性格から「一つの宣教する共同体」になることを目指します。

(2) 具体的には、特定の宣教協力体がひとりの責任司祭にゆだねられる態勢が整った時点で、その宣教協力体が教会法上の一つの小教区の役割を果たすように配慮します。

 

 

聖堂共同体のあり方について

宣教協力体はいくつかの聖堂共同体によって構成されています。聖堂共同体のあり方については近い将来、教区としての統一的な規約を作る必要があると考えられます。しかし、一方では、宣教協力体となった聖堂共同体同士が互いに知り合い、話し合い、協力しあっていく経験の中で、どのような点を統一すべきか、どのような規約が必要かが見えてくるとも考えられます。そこで、宣教協力体を発足させる現時点では、統一的な規約ではなく、聖堂共同体のあり方について特に配慮していただきたい点だけを以下に述べます。

 

聖堂共同体の司牧者と信徒のよりよい協力関係を築き、宣教する共同体に育成していくことは、わたしたち東京大司教区の重要な課題です。その際、次の教えを深く心に留めなければなりません。

第2ヴァチカン公会議『教会憲章』の教え(37項より)

「信徒は自分の必要と望みを、神の子らとキリストにおける兄弟にふさわしい自由と信頼をもって牧者に表明すべきである。信徒はその知識、才能、識見に応じて、教会の利害に関する事がらについて自分の意見を発表する権利、ときには義務をもっている。このような場合には、教会がそのために制定した機関を通して行うべきであって、常に真実と勇気と賢慮をもって、聖なる職務のためにキリストの代理をつとめる人々に対する尊敬と愛のうちに行わなければならない。」

「聖なる牧者は、教会における信徒の地位と責任を認め、またこれを向上させなければならない。信徒の賢明な助言をこころよく受け入れ、教会の奉仕のために信頼をもってかれらに任務を委ね、行動の自由と余地を彼らに残し、さらに、彼らが自発的に仕事に着手するよう激励しなければならない。また信徒から提案された創意、要求、希望を、キリストにおける慈父としての愛をもって慎重に考慮しなければならない。」

 

1. 呼称

宣教協力体が発足する2003年4月20日の時点で、東京教区の小教区・分教会は「聖堂共同体」という位置づけになります。しかし各聖堂共同体は教会法的には従来どおり「小教区・分教会」と言うことができますし、対外的には従来どおりの名称、例えば「関口教会」という名称を使用し続けることになります。

 

2. 責任者

聖堂共同体の責任者は従来どおり主任司祭です。主任司祭は各聖堂共同体の宣教司牧、建物の管理・教会会計について最終的な責任を負っています。しかし、主任司祭は一人でこれらのことを行うのではなく、他の司祭・修道者、そして特に多くの信徒との対話・協力の中でその責任を果たしていくことが必要であり、大切なことです。

 

3. 信徒の参加の場としての評議会

ほとんどの小教区には信徒が教会の運営に参加する場として、「教会委員会」「小教区運営委員会」「財務委員会」などと呼ばれる組織があります。東京教区では統一した名称がありませんので、以下では教会法の用語を用いて「司牧評議会」「経済問題評議会」と呼びます。(教会法は、教会の重要な課題を「経済問題」と「司牧」という2つの面に分けて考えています。ここでいう「司牧」は、福音を告げ、人々の世話をする教会の活動全体を指しますから、日本語ではむしろ「宣教司牧」と考えたほうが分かりやすいでしょう。)

 

4. 司牧評議会(新教会法典536条)

司牧評議会は単なる利害調整のための会議ではありません。教会の活動全体について、福音に沿った決定を目指して話し合う機関です。重要なことがらは、司祭抜きで決めることはできませんし、また、信徒を無視して司祭だけで決めることもできません。

 

5. 司牧評議会委員の選任

司牧評議会委員の選任には共同体のメンバーの意思がよく反映されるよう配慮します。主任司祭は公正な選任が行われるよう留意しなければなりません。

 

6. 経済問題評議会

聖堂共同体(小教区)の財産管理と会計を担当する「経済問題評議会」を設置しなければなりません(新教会法典537条)。経済問題評議会は教会の財務に関して司祭を助け、信徒の専門的な知識を生かし、また信徒の声を反映させるための機関です。種々の事情で困難であれば「司牧評議会」にその役割を兼ねさせることができます。

 

7. 信者総会(信徒総会)

多くの教会では、信徒の誰もが参加でき、信徒の声を聞く機会として信者総会(信徒総会)が行われています。そのような場は、聖堂共同体の重要事項を話し合い、共同体としての合意を確認する場として活かすことが適当です。

 

8. 役職選任にあたっての司牧者の留意点

一部の信徒に重い負担を負わせることのないよう、また同一人物が長い期間役職を占めることのないような配慮が必要です。また、女性と青年が教会の運営に今よりも容易に、よろこんで参加できるような措置も必要でしょう。

 

 

教区宣教司牧評議会について

教区の宣教司牧評議会は、東京大司教区の宣教司牧活動に関する諮問機関です。大司教の諮問に答え、あるいは大司教への提言を行い、場合によっては大司教より委託された事項の実施にあたります。

宣教司牧評議会の評議員は信徒を中心に司祭、修道者若干名を加えた構成になります。信徒の評議員の選び方については、宣教協力体単位でお願いすることを原則に検討しています。第一回は2003年秋を予定していますので、準備が整い次第ご案内いたします。

また、年2回行われている教会委員連合会を改組し、すべての宣教協力体・聖堂共同体の信徒代表が集まる場を設けることも検討しています。

 

以上のようにこの指針を確定し発表します。

東京大司教館にて 2003年2月24日

東京大司教 ペトロ 岡田武夫

東京大司教 ペトロ 岡田武夫




宣教協力体の発足について

東京教区の信徒・司祭・修道者の皆さまへ

+主の平和

今年も待降節を迎え、各教会では降誕祭の準備にお忙しい日々をお過ごしのことと存じます。

さて、ご存知のとおり東京教区では「小教区の再編成」とそれに関連するさまざまな課題に取り組んでおります。わたくしが昨年発表しました『新しい一歩』について、また今年6月プロジェクトチームが提出した「福音的使命を生きる」について、これまで数多くのご意見をいただきました。また、10月の教区集会や11月の司祭集会でこの課題の共通理解に向けて話し合ってまいりました。参加してくださった皆さま、祈りをもって支えてくださったすべての信者の皆さまに深く御礼申し上げます。

皆さまのご意見を伺い、祈りのうちに熟慮を重ねてまいりましたが、わたくしは教区長として、「小教区再編成の第一段階としての宣教協力体での協力」と「教区として福音的使命を生きる態勢作り」を2003年復活祭(4月20日)から始めることを決定いたしました。なお、宣教協力体の編成については、別紙のとおり確定いたしましたことをお知らせ申し上げます。

多くの宣教協力体では復活祭後に司祭の人事異動がありますので、実際の動きが始まるのは新しい司祭の着任後ということになります。宣教協力体での協力の進め方など、詳細については復活祭までにご連絡申し上げますが、今後とも皆さまのご理解、ご協力、お祈りをお願いいたします。

ベツレヘムの聖家族を包んでいた愛と平和と希望の光が、わたくしたち東京教区の教会を照らしてくださいますように。皆さまどうかよい降誕祭をお迎えください。

 

2002年12月11日

東京大司教 ペトロ 岡田武夫

東京大司教 ペトロ 岡田武夫

 


 

宣教協力体の編成(2003年4月20日から)

 

1.赤羽、関口、本郷、(東京韓人)

2.大島、神田、麹町、築地

3.市川、葛西、小岩、潮見

4.足立、梅田、町屋、三河島

5.浅草、上野、本所

6.豊四季、松戸、亀有

7.赤堤、世田谷、初台、松原

8.三軒茶屋、渋谷、瀬田

9.喜多見、成城、町田

10.大森、蒲田、洗足

11.麻布、高輪、目黒、(六本木)

12.上野毛、田園調布、碑文谷

13.秋津、清瀬、小平

14.下井草、関町、徳田

15.板橋、北町、志村、豊島

16.荻窪、吉祥寺、高円寺

17.多摩、調布、府中

18.あきる野、青梅、小金井、立川

19.泉町、高幡、豊田、八王子

20.鴨川、木更津、五井、館山

21.千葉寺、東金、西千葉、茂原

22.佐原、銚子、習志野、成田

 

 (東京韓人教会と六本木外国人共同体は属人教会ですが、聖堂共同体間の協力になんらかの形で加わってもらうために、この表の中に組み込まれています)

 

2002年12月11日 カトリック東京大司教区




2002年10月27日東京教区集会 アンケート

教区集会 (2002年10月27日)で行われたアンケートの集計結果

出席者数 424、 回答数 353、 回収率 83.3%

1. 今回の教区集会は主に地域協力体の代表者の質問に答える形で進めましたが、この形式については参加してみてどう感じましたか(複数回答可)。
  合計
(1) 内容のある議論ができて良かった。 22 17 13 52 14.7%
(2) 時間や参加人数を考えればこのような形もやむをえない。 120 90 63 273 77.3%
(3) 一部の人だけで議論している感じがして参加意識を持てなかった。 14 7 6 27 7.6%
(4) 参加者全員に自由な発言(質問)のチャンスを与えるべきだった。 12 16 9 37 10.5%
(5) もっと大司教やプロジェクトチームの考えや詳しい説明を聞きたかった。 39 40 29 108 30.6%
その他 3 1 2 6 1.7%
無回答 3 1 2 6 1.7%

 

2.教区集会での質問に対するプロジェクトチームの回答についてはどう思いましたか。
  合計
(1) よく理解できた。 59 49 24 132 37.4%
(2) あまりピンとこなかった。 57 44 35 136 38.5%
(3) 納得できない部分が多く残った。 27 21 21 69 19.5%
その他 6 6 3 15 4.2%
無回答 9 6 6 21 5.9%

 

3.きょうまでの文書や意見を見聞きしていて、あなたは以下の点をどう思われますか。A~Eの項目について当てはまる番号に○をしてください。

A.改革の目的や意図について

  合計
(1) はじめから理解できた。 65 50 30 145 41.1%
(2) はじめは理解できなかったが今は理解できる。 57 39 31 127 36.0%
(3) 今も理解(納得)できない。 12 8 11 31 8.8%
(4) 理解できるともできないともいえない。 13 20 11 44 12.5%
その他 1 0 0 1 0.3%
無回答 3 1 2 6 1.7%

 

B.第一段階の宣教協力体の課題について
  合計
(1) はじめから理解できた。 37 21 17 75 21.2%
(2) はじめは理解できなかったが今は理解できる。 66 59 36 161 45.6%
(3) 今も理解(納得)できない。 22 7 14 43 12.2%
(4) 理解できるともできないともいえない。 20 29 12 61 17.3%
その他 1 0 0 1 0.3%
無回答 5 3 6 14 4.0%

 

C.第二段階への移行の内容と意味について
  合計
(1) はじめから理解できた。 33 19 14 66 18.7%
(2) はじめは理解できなかったが今は理解できる。 58 47 29 134 38.0%
(3) 今も理解(納得)できない。 32 12 21 65 18.4%
(4) 理解できるともできないともいえない。 25 34 16 75 21.2%
その他 0 0 0 0 0.0%
無回答 5 7 5 17 4.8%

 

D.宣教協力体の編成の実際について 
  合計
(1) はじめから理解できた。 33 18 10 61 17.3%
(2) はじめは理解できなかったが今は理解できる。 62 34 33 129 36.5%
(3) 今も理解(納得)できない。 31 19 17 67 19.0%
(4) 理解できるともできないともいえない。 23 43 20 86 24.4%
その他 0 0 0 0 0.0%
無回答 4 4 5 13 3.7%

 

E.教区として取り組む課題について 
  合計
(1) はじめから理解できた。 39 29 12 80 22.7%
(2) はじめは理解できなかったが今は理解できる。 49 37 40 126 35.7%
(3) 今も理解(納得)できない。 23 11 10 44 12.5%
(4) 理解できるともできないともいえない。 34 37 19 90 25.5%
その他 1 0 0 1 0.3%
無回答 5 5 4 14 4.0%

 

4. この一年で「新しい一歩」「福音的使命を生きる」の提案に関してあなたの所属する小教区(共同体)の人々の意識が変わったと思いますか。
  合計
(1) はじめから前向き・肯定的に受け止めようとしている。 8 15 10 33 9.3%
(2) 少しずつ理解が深まって、肯定的に受け止めるようになった。 87 56 42 185 52.4%
(3) はじめも今も相変わらず疑問や不安の声が多い。 27 28 18 73 20.7%
(4) はじめから反対や批判の声が多く、今もそのままの状態である。 5 4 3 12 3.4%
(5) 関心の薄い状態が続いている。 38 39 20 97 27.5%
その他 2 1 0 3 0.8%
無回答 5 3 3 11 3.1%

 

5. 今後の進め方についてどう思われますか。
  合計
(1) もっと議論に時間をかけ、実行は慎重にすべきだ。 28 24 17 69 19.5%
(2) とにかく実行してみて、その中で考えていくほうがよい。 94 80 51 225 63.7%
(3) 大司教の考えでためらわずにどんどん進めるべきだ。 26 14 9 49 13.9%
その他 2 2 1 5 1.4%
無回答 6 6 12 24 6.8%



2002年10月27日東京教区集会 記録

東京教区集会の記録
日 時:2002年10月27日(日) 午後2時~4時30分
会 場:東京カテドラル聖マリア大聖堂
参加者:岡田武夫大司教、司祭団、小教区信徒代表、修道会・委員会代表。計424名
司 会:大倉一美師、伊藤幸史師 

  司祭(男・修) 女子修道会 信 徒
中 央 5 0 27 32
城 東 6 0 34 40
城 西 3 0 23 26
城 南 8 0 33 41
城 北 6 0 36 42
武蔵野 7 0 30 37
多 摩 5 0 29 34
総 武 3 0 33 36
千 葉 5 0 41 46
その他 14 64 12 90
62 64 298 424

 

1.開会

聖歌「ガリラヤの風かおる丘で」

聖書朗読(使徒言行録11章19~26節)

 

祈り
『父である神よ、あなたがお遣わしになったイエスは、「わたしの名によって集まる人々の中にわたしはいる」と約束されました。私たち、東京教区のあなたの民の上に聖霊の光を注ぎ、この集まりを守り、導いてください。聖霊の助けに支えられ、協力と回心を通してあなたから託された使命を、果たしていくことができますように。

聖霊の交わりの中で、あなたと共に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン』

 

大倉:この教区集会はここで質疑応答をいたしますが、この場で何かを決めて即来年度から実行に移すというような決定機関ではありません。みなさまから出された問題、課題が各地域協力体からまとめて出されますが、それを東京教区でひとつになって課題として共有しあうということです。岡田大司教にそのことをよく聞いていただいてしかるべき時期に、ひとつの決定が下されるのではないかと思います。ですからここで決めるというわけではありません。

司会者のことですが、東京教区には今、宣教司牧評議会というものがありません。本来ならば信徒のみなさまで司会もしていただきたいのですがそれがないためにやむを得ず司祭評議会の中から司会者を選出することになりました。

次に質疑に応える方々は、長年にわたってプロジェクトチームで何回も何回もみなさまの質疑を受け取り、整理し、それをまとめた方たちのうちから4人に来ていただきました。幸田神父、小宇佐神父、チェレスティーノ神父、立花神父です。

質問したいけれどできない方のためにはアンケートが準備されています。アンケートは集計し、ホームページあるいは小冊子、あるいは教区ニュースで必ず発表することにいたします。今日の質問・討議の内容についても同じです。

開会にあたって大司教様からご挨拶をいただきたいと思います。

 

 

 

2.大司教あいさつ

大司教:皆さま、せっかくの青空の日曜日わざわざカテドラルにお集まり下さいまして本当にありがとうございます。

「みこころが行われますように」とわたしたちは日々祈っております。

「主よ、どうかあなたのみこころをわたしたちに示してください。わたしたちに聖霊を豊かに注いでください。わたしたちが聖霊に照らされて心からの回心を行い、互いに力を合わせてあなたのみこころを行うことができますよう、どうぞわたしたちを助け導いてください。」

これは、わたしたち一人一人の心からの祈りであります。

今日わたしたちはさまざまな思いをもって、しかし同じ思い、つまり主のみこころを知り行いたいという思いを持ってここに集まっております。わたしたちが今ここに集まったのは、共に主のみこころを求めるためであります。わたしたち東京教区はこれからどうしたらよいか、一緒に捜し求め、祈り求めるためです。わたしたちは互いの意見や提案に耳を傾け合いながら、キリストにおける兄弟姉妹、同じ教会として、主が何をわたしたちに望んでおられるのか、一緒に探求し識別する、そういう集会であるとわたしたちは考えます。

互いの思いを分かち合いながら、よりふさわしい歩みを見出そうとする祈りの教会の集会であると、わたくしは考えています。

2001年6月25日、わたくしが発表した『新しい一歩』という呼びかけを受けて本年6月29日、再編成プロジェクトチームから『福音的使命を生きる』と題された「新しい一歩のための提案」が発表されております。

この提案についてただいま皆さまの意見を伺っています。十分な時間がなかったのでないかと心配しましたが、皆様は寛大に、そして熱心に多数の意見をチームに提出してくださいました。9つの地域共同体からだけでなく、小教区、個人からも寄せられています。私自身もすでに皆様の意見を拝見しました。プロジェクトチームは短期間のうちに皆様の意見を収集整理し、すでに回答を用意しております。それはすでに各教会に送られていますし、本日の集会の資料として皆さまのお手元に配布されております。

本日はこの回答を前提として、良い豊かな分かち合いができると期待しております。

何かとご多用のなか各教会から多くの方々がご参集くださいまして誠にありがとうございます。心から御礼申し上げます。また多数のシスター方、小教区を直接担当していない男子修道会の代表の方々もお越しくださり、ともに明日の福音宣教のあり方を求めて分かち合うこの集会に参加してくださることを大変うれしく存じます。

重ねて聖霊の賜物と導きをこの集会の上に祈りながら、わたくしの感謝と御礼とお願いの言葉とさせていただきます。

 

 

3.質疑応答

伊藤:各地域協力体の代表者の方々からの質疑また応答へと移ります。

 

【千葉地域協力体】

千葉:千葉地域協力体の立川です。茂原教会の信徒です。わたしたちの質問は次のようなことです。個別の問題はいろいろ重要な問題がたくさんございますが、本日の集会の意味を考えて個別の問題はとりあげずに、各小教区に共通する問題として次の質問をさせていただきます。

2003年4月から千葉県では3つの宣教協力体(各宣教協力体は4つの聖堂共同体からなります)の発足とその準備が始まります。宣教協力体そのものには話し合う場がそれぞれ提供されているが、3つの宣教協力体の間に、相互に情報交換をする場が設けられていないように、今までに与えられている情報では理解される。そこで12の聖堂共同体からなる3つの宣教協力体の上に”連絡協議会”(仮称)を設けたらどうかと思う。その目的は、宣教協力体(協議会)の進捗状況を相互に把握する。それから各宣教協力体に共通する問題点の情報交換。そしてお互いの孤立感をなくし、改革をスピードアップさせるため。この3つの目的から連絡協議会のようなものが設けられないだろうかというのが私たちの質問です。

これだけ単純に見ますと、本来宣教協力体というのはこれまで効率的に動いてこなかった部分をより効率的に働かせるために、小規模にコンパクトにして効率をあげるためにつくったのに、さらにその上に連絡協議会をつくるとなると、屋上屋を架するというか、元の木阿弥になってしまうのではないかとお考えになるかもしれないが、わたしたちはそういうことではなく、今あげた3つの目的からそういうものができたら良いのではないかと考えています。これは現在ある地域協力体を存続させるか廃止するかというものとは別の問題としてお考えいただきたいということです。

 

立花:大変前向きなご意見ご提案をいただきましてありがとうございます。千葉地区では新しく3つの宣教協力体ができる予定になっていますが、これは現在の地域協力体においてできあがっている「付き合い」や「つながり」を否定するものでは決してありません。千葉地区では全ての小教区が参加しての大会が毎年続けて行われてきましたし、外国人の司牧ということにも協力して取り組んできました。そうやって積み重ねてきたものが新しい協力体になったことですべて失われてしまうのは残念なことです。わたしも成田に4年おりまして、信徒の大会に出席しましたけれど、その中でいろんな方に出会いましたし、助けていただきました。新しい宣教協力体になって、まずそこでそれぞれが取り組んでいくべきものを模索していく中で、情報を交換したり、助け合ったりということは十分に可能ではないかと考えます。今回はより協力しやすいようにということで小さいグループになります。新しい宣教協力体として何ができるのかということを第一にして、そして宣教協力体がある程度形になってきたときに、連絡協議会が必要となるでしょうし、生きてくるのだと思います。また毎年というわけにはいかなくなるでしょうけれども、千葉地区の大会も開催できるでしょうし、そこでお互いのことをわかち合ったり、励まし合ったりして、協力していけるようになることを期待しています。

 

【総武地域協力体】

総武:潮見教会の横山です。53歳、男性。妻1人、娘2人です。生まれは千葉県の市川教会。現在は潮見教会です。

私共は、協力体から出した質問の積み残しと思われるものを3つ選び出しまして質問させていただきます。質問にあたって3名の人物像を想定させていただきます。

1人目はフランシスコ鈴木さんです。

「わたしたちは『新しい一歩』及び『福音的使命に生きる』が掲げるように、「わたしたちの教会が今を生きる人々にとって救いと希望のしるしになる」ことができれば良いと思います。私達は、現在すでに、心や体に障害をもつ人々と関わり、困難な立場にある外国人の相談にのり、またホームレスと呼ばれる方々の生活を支援しています。ある者は信者同士のグループを作り、ある者は教会の外の組織に参加して活動しています。

そこで質問です。教区が優先課題として、これらの活動に取り組むとき、私たちの現在の活動と、どのように関わりをもってくださるのでしょうか。私達は必ずしも大きな団体で活動したいとは思っていません。でも、同じような活動をしている仲間と連絡を取り合う機会ができることは、良いことだと思っています。私達は、現在の活動に「カトリック教会」の看板が必要であるとは必ずしも思っていません。しかし、活動の意欲が信仰に支えられていることも自覚しています。」

フランシスコ鈴木さんの質問は、教区が優先課題としてこれらの活動に取り組むときに、現在の活動とどのように関わりをもってくださるのだろうかという質問です。

2番目、今度はペトロ田中さんからの質問です。

「私達は、現在自分の住む地域にある小教区の教会に行かず、別な教会に行っています。直接の動機は、主任司祭と合わなかったからです。今の教会でも、毎週ミサに行っているわけではありませんが、ミサ後、静かに十字架に向き合う時間は、私の生活の中では大切なひとときです。再編成の掛け声は、わたしの信仰生活にとって、雑音のように響きます。

そこで質問です。司祭の協力体制は、本当に大丈夫なのでしょうか?わたしたちが嫌っていたあの司祭が、新しい組織で他の司祭と協力的に活動できるとは思えません。「論議を尽くす」ことによってだけではなく、「熱意と意欲」に支えられなければ、プロジェクトは進展しないと思います。また、「権威あるものに従う誠実さ」だけでは、熱意と意欲は生まれてこないと考えています。

いろいろな事情で、司祭中心に進んできたプロジェクトが司祭の協力を得られないことによって先に進まないという、皮肉な結果になるのではないでしょうか?」

ペトロ田中さんの質問は、司祭間の協力体制は本当に大丈夫なのでしょうかということです。

3つ目です。これはベルナデッタ佐藤さんからです。

「私達は『新しい一歩』及び『福音的使命を生きる』に提起されている問題に、あまり多くの関心を持ってはいませんでした。私たちの中には「全国福音宣教推進会議」という長い名前の会議が「ナイス」と呼ばれて開催された事を知りません。したがって岡田大司教及びプロジェクトチームが提案されている内容は、現状分析も含めて「そうなのか、そうだったのか」という程度の感想しか述べることができません。しかし、教区の講演会、または小教区での交わりにおいて、岡田大司教の再編成に対する熱意と理解を求める誠実な努力に応えて「私たちの司教 ペトロ 岡田武夫」に協力したいと思っています。

そこで質問です。私達は、これから提示された「宣教協力体」での活動開始に向けて、準備を始めます。各聖堂共同体での活動の共通点を考え、また財務、典礼などにおける違いを知ることによっていろいろな問題点を克服する努力が必要であると思います。

始めてみて現在提示されている組み合わせに問題がある、という意見が浮かび上がったとき、「見直し」は、どのような時期に行われるのでしょうか。例えば「3年間で見直しがある」というのと「少なくとも10年間は、現在の組み合わせで努力する」というのでは、熱意と意欲を継続させる方法に違いがあると思います。「次の一歩」を踏み出すタイミングを知っていることは、現在の歩みを確実に進めていくために必要であると考えています。」

ベルナデッタ佐藤さんの質問は、これから始めてみて現在提示されている組み合わせに何か問題があったときに、見直しはどのような時期に行うのでしょうかということです。

 

小宇佐:非常に心が痛むような答えづらい質問もありますが、まず、第一の質問ですけれど、今総武地区で行っている様々な活動と教区のプロジェクト、福音的使命を具体的に実現していくための働きがどのようにすりあっていくのか、影響しあっていくのかということだと思います。まず教区が優先的な課題として選んでいるものは、それぞれの今で言う小教区では力が及ばないような、その力を超えてしまうような問題を含んでいる、しかしどうしても解決の必要があるような問題を取り上げています。ひとつの小教区の中で様々な福音的な活動が行われていますが、そこで手に余る、なんとか援助してほしい、もっと力がほしい、そういったものを優先的に選んだつもりでいます。ですから基本的には各地で行われているそういった活動を支援する、あるいはその支援のための情報センターを行う、あるいはさまざまな専門家へのルートを開発する、そういったことが初めに来るかと思います。それぞれの情報センター的な役割を果たしながら、それぞれの場でもっと有効に働いていくことができる人たちを養成していく。専門家を紹介したり、養成機関を紹介したり、場合によっては養成機関を運営することもあろうかと思います。そういった小さな活動への支援ということ、そこにひとつの大きな目的、意味をおいています。

2番目の質問ですが、教区司祭の間で協力は得られるのかどうかということ。様々な問題がこの中には含まれていると思いますが、大きな枠の中で言いますと、今小教区の主任司祭はいうなればコンビニエンスストア、いろんなものを売っている、なんでもここで間に合わせますよ、というようないろんな働きが求められている。中には「この分野だったら」という専門店の得意な人もいるのではないかと思う。例えば身近な信者さんとのお付き合いが苦手でも、もっと別なところではもっと有効に働ける、そういった人たちもたくさんいらっしゃると思います。そういった人たちと自分の専門分野でどのような地位を確保しながらチームとして働いていけるのか、そういうことを考えていくことができるのではないか。そしてそのような枠組みの中で、有効に協力し合うことができるのならばこの協力関係はもっと生き生きしたものに変えられるのではないかという大きな期待をどこかに担いながら、協力ということを進めていけたらと思います。

3番目の問題、何年後に見直すのかということについて。これは具体的なことは決まっていません。協力関係が進んでいく中で、様々なキャッチボールが行われていく中で、それぞれの状況の進展、新しい発見、問題点などを見据えながら、総括していく時期をこれから探っていく必要があるのではないかと思う。この活動を総括し評価するということは必ず必要で、それはそう遠くなく、10年後ということはありません。その都度その都度、状況を把握しながら進展していくということが大切なことなのではないかと思う。組み合わせの見直しをいつするのかということについては、問題の質などにもよりますので、時期はまだまだ断定できないと思いますが、そのときを見失わないように細心の注意を払いながら、そのときを判断していくことが大切なのではないかと思います。

 

【城東地域協力体】

城東:本日の教区集会で城東地域協力体の意見をとりまとめることになりました、赤羽教会です。但し、質問ではありませんのでお答えしていただく必要はありません。発言に先立ちまして、まずこのような機会を与えてくださいましたことを感謝します。但し、これだけ大きな問題についての意見をわずか5分でとりまとめよというご意向の真の意図が必ずしも私たちには明瞭ではありませんでした。これは残念でならないことであります。

城東地域協力体は『福音的使命に生きる』に基づき、この教区集会に向けて話し合いを進めてきました。わたしたちは常に真剣にこの話し合いに取り組んできました。そこでの1つの結論として、わたしたちがたどり着いたことは「大司教様がなさりたいとおっしゃっておられるのだから、また、よい方向に向かわせたいというお考えなのだろうから、その善意のみに信頼して、できることならば協力をしなければならないのではないか」ということでした。これは決して城東地域協力体の全ての教会が同じ考えや意見を有していたからではなく、理解できないところから理解することを求めたときにわたしたちが得たもっとも消極的な意見の選択でした。見えないものを見えますといわなくては今どきの信者ではないと脅かされる裸の王様のように、最後にはわたしたちが何も身にまとわない姿にならないように願うしかありません。まるで何ひとつ足元に確信をもてずに谷を渡れといわれている綱渡りの道化師のようであります。この先に何があるのかまったく分からないのに、新しく一歩を踏み込んで「これからの福音宣教に生きよ」といわれても勇気をふりしぼることはできません。東京教区が本当に司牧の意味を知り、神の国の信者ひとりひとりの名を呼び、転んでいる人を自らの手で抱き起こしつつ、神への賛美の声を高らかに、一人も欠くことのないように生き抜くことを望むように願うばかりです。そしてこれまでの反省と未来への応援歌として次のエゼキエルの預言を東京教区へと捧げます。願わくは旧約の預言者エゼキエルの嘆きと警告とが将来の東京教区にあてはまることなきよう心から願うものです。

エゼキエルの預言(34・2-8)

主なる神はこう言われる。災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか。お前たちは弱いものを強めず、病めるものをいやさず、傷ついたものを包んでやらなかった。また、追われたものを連れ戻さず、失われたものを探し求めず、かえって力ずくで、苛酷に群れを支配した。彼らは飼う者がいないので散らされ、あらゆる野の獣の餌食となり、ちりぢりになった。わたしの群れは、すべての山、すべての高い丘の上で迷う。また、わたしの

群れは地の全面に散らされ、だれひとり、探す者もなく、尋ね求める者もない。それゆえ、牧者たちよ。主の言葉を聞け。わたしは生きている、と主なる神は言われる。

 

立花:不安と希望を語ってくださいました。率直なご意見ありがとうございます。正直に言えば、私も不安であります。多分みんな不安なのだと思います。信徒も司祭も、そしてもしかしたら大司教が一番不安ではないかと思います。複数の聖堂共同体でどんな協力ができるのか、信徒と司祭と修道者の協力は可能なのか、最も大きな不安は、果たして司祭同士ちゃんと協力できるのか。様々な不安がありますけれど、ここで何もしないでいるというのがもっと不安だと私は思っています。いろんな不安はありますけれど、頭の中だけで考えていても「希望」は出てこないと思います。実際に始めてみていろいろな困難に出会うでしょうけれども、その中から希望が見えてくるということを信じます。小教区の現場にいていろいろな人に助けてもらいたいという思いはいつもありますが、なかなかそれがうまくいきません。今度の再編成を通して司祭と信徒と修道者が一緒になって何かを進めていけることが一番の希望であります。

 

【中央地域協力体】

中央:中央地域協力体、神田教会委員会小林直人でございます。本日はこのような教区集会で質問の機会をあたえてくださりありがとうございます。中央地域協力体は東京の中央に位置します6教会と、大島の教会からできている協力体でございます。昨年6回の会合をもちまして、12月に意見書を提出いたしました。中央地域協力体としてのホームページも開設いたしまして、この再編成、あるいは制度改革に向けて極めて意欲的な取り組みをしてきたというふうに考えています。今年はまた6回の会合をもちまして9月の末には意見書を提出することができました。私たちとしてはこの新しい一歩のご提案にどう答えるかということで非常に緊密に会合を開いてお互いの意見を交換し合うことができたことは非常に大きな神様のお恵みであるというふうに考えています。さらにはこの改革により新たな一歩を踏み出すと共に、またその過程でいろんな不都合が生じたら、またこのような会合により基本的な変更等を議論する場が持てることを希望いたします。私たちは今回の新たな第二弾の考え方に対していくつか質問をまとめました。今日は4つ質問したいと思います。ただ、この質問というのは第二弾のプロジェクトチームのご提案があってから、協力体としては会合をもつことができませんでしたので、必ずしも全て地域協力体に所属する教会が一致した質問でないということを改めて申し上げたいと思います。

第1の質問です。これはここにお集まりの方もご関心が高いと思いますが、基本的に今後のプロセス最終決定についてどういう状況になるのかということをお教えいただきたい、と思います。今回のプロジェクトチームのご提案というのは最終決定ではないというふうに書かれてございます。9月の末に意見書を出してから10日あまりで次の代案が出てまいりました。検討の時間としてはやや短すぎるのではないかと、今後再編成案の最終決定までどのようなプロセスと時間を費やすのかお教えいただきたいと思います。

第2の質問。かなり具体的な質問となりますが、わたしたちの中央地域協力体では非常に大きな教会は単独教会で良いのではないか、あるいは2教会の組み合わせもご提案いたしましたけれども、単独教会や2教会は良くないというご指摘がございました。逆にそういう一律のことではなくてむしろ各教会の特性をご理解いただいて本当に東京教区にとってどうあるべきかというところから考えていただいた方が良いのではないか、というのが第2番目の質問であります。

第3の質問。先ほど既にご質問に出たので繰り返しになるので、あまり申し上げませんが、第一段階から第二段階の移行についてどういう形があり得るかということです。今回新たに準備の整ったところから、あるいは差し迫った必要のあるところから順次移行していくというご指摘がございましたが、具体的にそのプロセスというのはどういうふうになるかということであります。

最後4番目の質問は、第一段階、第二段階の再編を経ますと現行の約80の小教区が約20に減る。もちろんかつての小教区は聖堂共同体として残るわけですが、基本的には教会が減ってしまうというわけでそれは全体としての教区のアクティビティの低下にならないでしょうか?また小教区の良さというのがございます。そういうものをなくさないように、さらにその制度改革のなかで活かしていくには何か良いお考えがあるかということ。これは我々自身が考えなければいけないこととも思います。

最後にわたくしどもはこの制度改革あるいは新しい一歩について決してネガティブというわけではなくて、できるだけより良い教区の改革に協力していきたいと思っております。

 

チェレスティーノ:だいたい色々な意見質問の中で今出された質問は一番多かったと思います。各地域とかいろいろな人から。まず最終的決定、いつどういうふうにどういうプロセスでなるか。この改革は大きな改革でそれに対していろいろな心配、不安があるが、最終的に誰かが責任を取らなくてはならないと思います。成功するにしても失敗するにしても自分が責任をとってこれをこうしたいというのは岡田大司教です。だからみなさんの意見、今日の意見・質問を聞いた上で、いつされるか。多分最後のあいさつにヒントがあるかもしれませんが、私たちの話し合いの中では必ず年内にはすることになっています。2週間後に司祭評議会があるので今日の確認もまた必要かもしれませんが、岡田大司教は近いうちに最終的に、責任を持ってこういうふうにしますからよろしくお願いします、ということになると思います。

そして第二の質問の組み合わせ方、大きな教会は単独でいいのではないかという問題。これは最初からプロジェクトチームとしては避けたいと思っていたことです。なぜかというと教区全体を活性化するのにみんなの協力が必要です。この改革は近隣の教会同士の協力、または可能だったら宣教協力体を超えても余裕のあるところはもうちょっと離れたところ、または教区全体にも協力を願いたいということから始まったのです。だから協力に参加しないというケースはなるべくさけたい。第三の質問にもつながりますが、来年4月からの改革で求めることはほんとに少しだけです。前の地域協力体よりもっと小さな宣教協力体にして協力をどんどん深めていく。教区全体を見るとわずかな協力だけでそのままやっていけそうなところもあります。都心とか世田谷あたり。でもほんとにひとつひとつの教会では今でもやっていけないところもあるので、そこはもっと早く協力が深まって、司祭が派遣できない状態になったときに司祭たちがみんなで責任をもって地域全体の宣教司牧にあたるということが予想されます。だから第二段階はいつ始まるかというと、とにかくすべての宣教協力体がたとえば二千何年に小教区になるということではないとわたしたちは思っています。正直言って最初の頃はそういう気持ちもありました。去年の今ごろの段階ではみんな協力すればすぐできるんじゃないかとも思っていました。でもみんなの意見やもっと詳しい事情を聞いてみたら、やっぱりみんなが同じように進むのではなくて、早く第二段階に入る地域とそうでないところが出てくると思います。

そして最後の今の小教区のよさが失われるという点。まず、教会が減るということは今だれも考えていません。教会またはそこに集まる信徒の共同体はみんな残る予定です。もちろん、地域の信徒の中で「近くに3つの古い教会があってみんな建て直さなくてはならない、不便だから、1つだけ一緒に力をあわせて建て直しましょう」という話があったら、その地域の信徒と司祭、教区本部で話し合ってそういうこともできます。しかし、こちらから「そこはやっていけないから閉鎖する」とかそういうことは全然考えていません。あとは小教区の「良さ」は、小教区にじゃなくて共同体にあると思います。小教区は教区をわけて地域にした、ただの一種の区域です。聖堂共同体はそのまま残って、他の共同体と協力する中でわたしたちはもっと活性化すると思っています。多分質問に十分こたえなかったと思いますが、これからまたみんなでこの対話を続けながら率直な意見を出し、それを素直に受け止めながらプロジェクトチームと大司教はこの改革を進めていきたいと思っています。

 

【城北地域協力体】

城北:城北地域協力体の下井草教会七澤と申します。質問は4つあります。一つ目に宣教協力体の組み合わせの第二案について。二つ目はナイスの総括についてもう一回お聞きします。三つ目は信徒の参画について、四つ目最後が心のケアに関する基本姿勢についてお伺いします。

まず一つ目。組み合わせ第二案を見て非常にびっくりしました。わたしたちのところだけ5つとなっています。「『福音的使命を生きる』への意見書に対するプロジェクトチームの考え」という文書の中で「14+15などは他の小教区の要望によって、このような組み合わせになりましたが、組み合わせとしては不自然ではないと感じております。」とありますが、ここで2つほど質問があります。ひとつは、地域協力体の中で、不安と不満をたくさん抱えながら意見調整をしてアンケートをとり、信徒の集会を開き、そういうものを抱えながらですけれど、一応これで行こうという事をお出しいたしました。その中には第一案に対する反対はしておりません。そして14+15という意見は一度も出ておりません。どこからもその意見は出ておりません。それなのに他の小教区の要望によって「第二案」が提示されたというのはどういうことなのでしょうか。

そして2つめ、他の組み合わせは3つ又は多くても4つの聖堂共同体です。わたしたちのところだけ5つもありますけど、「組み合わせとしては不自然ではない」とおっしゃる根拠は何ですか。なぜ不自然でないのか。わたしたちは非常に不自然だと思います。うちの主任司祭なんかカンカンです。でも自分じゃいえないので「お前言って来い」といわれて今日来ました。「強い調子で言って来い」といわれました。

みなさんの要望を聞いて、そして不自然でないという5つを前提にし(て別の代案を考え)ますと、5つの(聖堂共同体からなる)宣教協力体というものがもうひとつできてしまうという話し合いの結果になってしまいました。ただ5つというのはあまりにも大きすぎるのではないか、最初の趣旨、膝と膝をつきあわせて神父様もみんな協力してやろうというところからすると趣旨からずれてのではないか。ですから再考していただきたいということも強くお願いしておきたいと思います。こちらから提出した質問書の中にはどういう組み合わせがよいのかということを、その5つに関してですけれども、お書きしております。

二つ目です。ナイスの総括についてということで伺います。この回答を見ますと、ナイスについて触れられているのですが、こんなことを期待していたのではないのです。なんか全然こたえてくれてないなという感じがいたしました。岡田大司教様の去年の6月2日、生涯養成講座での発言。ホームページにもありますけれど、タイトルは『教会の使命とは』というところです。全部は読みません。「東京教区としましても、NICEというのはどうなのかについて、総決算というようなことをしなければならないのではないかと考えています。」とお書きになっています。その「総決算」というのをどのように行うつもりでしょうか?『新しい一歩』がまさにこれだというそういうお答えではなくて、諮問というものと答申というものを繰り返し繰り返し、15年かけて現在がある。その現在は、おっしゃるには「福音的使命感」の危機だと。諮問と答申を繰り返してきたのに、というよりもそれしかやってこなかったんじゃないかという気がします。で、何をしてきたからこうなったのか、または何をしてこなかったからこのような福音的使命の危機があるのかということをわかりやすく総括していただきたいと思います。そしてこれをこれからの新しい一歩、新しい教会作りということに結びつけていかないと同じことをやります。また諮問をして答申が出て終わりということになってほしくないからお願いします。さて、この総決算というものをどのようにおやりになるのか、できる限り具体的にお答え下さい。

あと2つあります。信徒の参画ということについてお伺いいたします。組織づくりの時点から、という意味では、もう既に遅れているとおもいます。前に懇談会をしたと書いてありますが、このプロジェクトチームにも信徒のメンバーが現在いませんし、先ほど宣教司牧評議会という言葉もでましたが、おそらく新しい制度に移行してからそういうものが休眠中、または復活するか、新しくできるか、するのでしょうが、その前に、新しく制度に移行するにあたって、信徒が参画をして、今ある各種の委員会そしてこれから立ち上がってくるであろう委員会、すべてとは言いませんが、その多くに信徒を参画させて、共同責任を担うチームワーク(それはキーワードとして書いてありますので)そういうものの第一歩だと思っていただきたいと思います。お考えになれないのでしょうか。

それで、例えば信徒の養成プログラムということに関しても、神父様たちがお考えになったものをボンとくださるのも結構なんですが、どういうものが必要かとかそういうものを立案する時点で、すでに信徒が参画していてそのニーズを拾い上げる。聖職者だけでは拾いきれないニーズまで信徒が参画することによって拾うことができるのではないか。

また司祭の意識改革についても、(教区集会資料に)新しい制度が始まってしまえばそこに絶好の機会があるではないかというようなことをお書きになっていますが、ちょっと甘いと思います。キーワードになっているのが、協力とかということですが、この文章を見ますと、修道会司祭としては、「個人としてプロジェクトチームに参加できない、まず教区としての方針を示し、その上で修道会の管区長に協力を要請してほしい、そこから協力したい」ということですが、どこかで聞いたような話で、ちょっと思い出してしまうのは、「まず父親を葬りに行かせてください。それから主に従います」全然違うかもしれませんが、わたしにはそんな風に聞こえます。なんかすごくいいかげんだなと。司祭の意識改革ということについて本気に考えているとは思えないです。まずはプログラム立案の時点で信徒をそこに入れたらどうですか?司祭研修会に信徒の講師を招く等の、新しい一歩というよりも初めの一歩ぐらいの気持ちで取り組んでいただきたいというのが希望であります。それで、新しい制度に移行したら信徒が参画できるような組織になるのでしょうか?イエスの場合とノーの場合でお答えいただきたいのですが、まずイエスの場合、どういう分野でどういうレベルでどういう権限までということで信徒が参画できるようになるのですか?それはいつからですか?ノーの場合「霊性と召命と役割が違う」という聞き飽きた説明ではなく、それ以外の具体的な理由のご説明をお願いしたいと思います。

最後に四つ目「心のケア」についてなのですが、これは文章の比較だけです。ここに書いてありますのは(教区集会資料)「教区が医療機関を持ち、司祭が医者やカウンセラーになることは考えていない。何が教会で出来るか、何をなすべきかを専門家の意見を聞きながら慎重に見極める事が必要。」とあります。その前に出た『福音的使命を生きる』には14ページに「小教区や個々の司祭にはあまりに荷が重いといわざるをえません。専門的なスタッフを持った教区の機関が必要なのは明白です」とあります。この「機関」というのはいったい何を意味するのですか?この今比べた2つの文章でずいぶん違う印象をうけるのですが、そのへんのことを具体的にお願いします。以上4つをお聞きしたいと思います。指名して申し訳ないのですが、小宇佐神父さんお答えいただけないでしょうか。

 

幸田:一番目の質問だけわたしが答えさせていただきます。

これについてはほんとうに誤解を与えてしまったかもしれませんが、第二案というのはこちらのほうがいいからこれが改正案です、ということではないのです。様々な組み合わせについての意見が小教区単位、または地域協力体の単位で寄せられまして、それをもし取り入れるとすればどういう可能性があるかということを第二案として出しました。その出し方が混乱を与えるやりかただといわれるとそうかもしれないと思いますが、出された意見をできるだけ取り上げたいと思って第二案を作りました。不自然さも指摘されればそうかもしれません。ですから、今言っていただいたこと、そして文書で出していただいたご意見をもとにして、きちんともう一度考え直すことにさせていただきたいと思います。

 

小宇佐:ナイスの総括について、またこれとは別にもう一枚質問が来ていまして、日本の教会、特に再宣教以来の歴史的総括が必要なのではないかという質問が実は(城北の意見書に)添付されています。歴史を踏まえながら未来を構築していく、これは基本的な作業でこれなしに新しいものは何も生まれてこないということは重々承知していますし、130年の再宣教の歴史そのものも研究しています。そしてこの歴史研究はある意味個的レベルで、公に「これが総括である」ということはなかなか出しにくい。さまざまな利害関係、あるいは傷つけあい、といったものも生まれてくるでしょうし、こういった歴史的な研究をとおして総括していくときに一番大事なのは現場ひとつひとつの中にたってこの歴史がどのような自分自身に対して痛みを催しているのか、わたしはそのなかでどのように痛んでいるのか苦しんでいるのか、その苦しみを自分のものとして受けない限り、単なる批判になってしまう、単なる傷つけあいになってしまう。それは一番避けなければならないことではないかと思う。このナイスの総括そのものもそれぞれの場ではなされているが、東京教区として公のものとなっていないのは確かである。まだひとりひとりの胸の中にはいろいろなものがある。この胸の中にあるいろいろなものをすり合わせていくこと、このすりあわせていくのはきちんとした現場を共有して初めてすり合わせができていく。そのように考えています。総括そのもの非常に大事ですし、過去の反省なくして未来を築き上げていくことはできないのも重々承知。その上で、ぶつかり合いながらはっきりしたものを掴み取っていくということがなによりも大事なのではないかと思う。

信徒の参画についてはそのとおりです。信徒が加わっていない委員会あるいは会議それはほんとうに片肺飛行だし、しかし今の状況の中ではそうなのだということ、信徒を加えうるシステムがない。例えば昔のブロック会議、今の協力体の中でほんとうに代表権をもってここにでて来られる人がいるか、そのような組織、そのような協力体制ができているか、まずそのことが問われてくると思います。そして本当に代表権を持って集まることができるような場であるならばこのように「協力、協力」ということすら呼びかけないでいいような現実ではないかと思う。本当に私たちが協力を始めなければもうこの片肺飛行のまま墜落してしまうかもしれないのが私たちの現実であるということ。それを本当に痛切に踏まえていかなければならないのではないかと思う。

あと心のケアについて。これは本当に幅の広い奥深いキャンバスを持っています。いろんな問題そしていろんな社会的な矛盾や抑圧や差別やそういったものがさまざまな人の心を傷つけている、この心のケアの問題は社会全体の問題といってもいいほどの幅広い広がりを持っている。しかし今苦しんでいる人たちをなんとかしなければならないということはわたしたちの最大のといってもいいぐらいの大きな課題、テーマではないかと思っています。今日のミサの第一朗読に出エジプト記が読まれましたけど、未亡人と孤児と寄留の外国人の叫びがあがってくるような世界だったら神様は見捨てるとそのようにおっしゃっておられる。そのような現実の中でほんとうにわたしたちが今、一番小さな人、わたしたちにとって本当に痛みとなっている人、その人たちと共にあろうとするときその現場はどこなのかということ。それを真剣に探し求めながらその現場の中で共に道を探っていくこと、それが心の問題ではないかと今ターゲットをしぼってきたということかと思います。そして心のケアの問題に教会が携わるというときに教会というのは信徒を含めた全キリスト信者ですよ。信徒の中にはたくさんの専門家がいます。その人たちのネットワークをどうやってつくっていくのか?あるいはその人たちが持っている知識をもっともっと集めていくということがまず第一に考えられることではないかと思う。そういったまずは言うなればセンター作りというようなところからはじめながら、それぞれ個別で行っている例えば自助グループの援助などそういったことを含めながら、一番大きなのはネットワーク、情報交換の場、どこにどんな専門の先生がいて、どこにいったらどんなケアをしてくれるのか、そのことをしっかりわきまえながらいろんな人に情報を伝えられるようなそんな場を築き上げられれば、そしてさらにはそういった専門的な先生たちが一緒に働いてくれるようなそういった関わりを築き上げていければ。答えになるかどうかわかりませんが、今イメージとしてあるのはそんなところです。

 

城北:どういう機関かと聞いているんです。だってここ(『福音的使命を生きる』)に書いてあるじゃないですか。

幸田:これについてはですね、教区としてこういうことに取り組んでいこうというのが私たちの提案なんです。「機関」と書いたのは、それがどういうものになっていくのかどういうセンターになっていくのかそうじゃないのか、そういうこともまだ未確定であるから「機関」という表現を使いました。誤解を与えたかもしれませんが、センターを作るとかそこまでまだいっていません。それは来年度から具体的な検討を始めていくという段階です。

チェレスティーノ:信徒の参加について補足させていただきます。確かにプロジェクトチームは司祭だけで始まった。その理由は信徒と司祭の仕事の時間はまったく逆ですから、一緒に集まるのは難しいと判断されました。ただし、今年の6月に「福音的使命を生きる」が出される前から、再編成懇談会というのが始まって、そこに10数名の信徒と大司教、そのなかに幸田神父さんとわたし、2人の司祭はただオブサーバーとして入って、だいたいプロジェクトチームが提案するものすべてをこの懇談会でも検討してきました。その中ではっきりした意見を出したり、提案を出したりして、この懇談会はこれからもプロジェクトチーム以上に活躍して進んでいくと思います。

また、ひとつの具体的な提案として本部献金3の見直しのときも、信徒中心の財政小委員会で検討して提案しました。たしかに、はじまりは大司教のそばにいた人たちだけれども、進んでいく中で、信徒の参加は不要ということはだれも思いません。この集会でもこういう風にはっきり言っていただいたので、こちらも気をつけて参加者を増やしたいと思います。

 

【城南地域協力体】

城南:大変僭越でございますけれども、城南地域協力体を代表いたしまして碑文谷教会の小野ですがご質問させていただきたいと思います。城南地域協力体では数度に渡りまして代表者が集まっていろいろ検討を重ねました。基本的には必要な改革には全面的に協力をしていこうという体制ではあります。しかしいくつかの疑問もありますので卑近なところから質問させていただきたいと思います。城南の中では非常に信者の多い千何百人という信者を抱えている教会が3つ集まって協力体を作るということになっています。小さな教会が(小さな教会という意味は信者が少ないという意味ですが)幾つか集まって協力体をつくるということころもあるわけです。それで全体から見ればどうも偏りがあるのではないかという考えがありましてそのことに触れて質問させていただきます。

今日配られましたパンフレットの中にも「大きなところが集まるのはどんな意味があるのか」というような設問がありまして、それに対して答えが出ているわけですが、そのこととはちょっと観点を変えました質問ですのでどうぞよろしくお願いいたします。

一つは現在各小教区でそれぞれ特色のある事業を行っているわけです。今度協力体になったときにそれが削除されるといいますか、勢力をよそに割いていかねばならないということが起こらないかという疑問です。基本的に私たちが考えておりますのは、小さな種を蒔いて大きな林をつくろうということではなかったのか、大きな木を持ってきていきなり林をつくっちゃおうというのは非常に無理がありはしないかという基本的な問題が中には含まれています。そして現在各小教区が特色をもった宣教司牧を行っていることに支障がおこらないか、それは大きな教会といえどもめいいっぱいでありまして、余力があるとはどうも思えない。協力し合おうということをやると各共同体が何かを割かなければならないという問題がでてくるのではないかとそういう意味の質問です。

第二点目は宣教協力体に協議会みたいなものが設けられるのだと思いますが、その協力体協議会において各共同体の自主的な活動を大幅に認めるという決定をしたときにはそういうことでかまわないかということであります。これは各共同体がそれぞれ実施していることが良しという風に協力体として認めることになれば「そのままやってください」ということがおこるのではないか

そうすると現状と何も変わらないということでありまして、そういうことでも差し支えないかという質問です。

それと宣教協力体のあり方は、具体的には協議会の運営によって決まってくるだろうと思われますが、協議会の協議事項、運営方法などについて、東京教区として強いガイドラインを示すことを考えているかどうか。あるいは各協議会の大幅な自主性にゆだねることになるのか。これが3点目です。

それから4点目ですが、宣教協力体の世話役の司祭(これは第二段階では主任司祭だと思いますが)は、協力体の運営にかなりの労力を割くことになるということは目に見えていることであります。その場合に司祭本来の役割である聖堂共同体における宣教司牧活動に大きな支障はでてこないか。ということであります。

大きな教会が集まるという裏には大きな教会同士組み合わせるということの他に方法がなかったのかということも含めましてご回答をお願いしたいと思います。

 

小宇佐:まず大きな教会同士の結びつきということの問題点が指摘されていますけれど、この再編成の中での一番大きなキーワードは協力ということだと思います。協力をしてお互いがお互いをぶつけあっていく、いうなれば自分を知るためには関わっていかないと自分がわからない。そしてまず自分がわかったうえで、何ができるのか、何を生み出していくことができるのか、相手がわかって自分がわかって初めてそれが生まれてくるかと思います。まずはおつきあいしてみないとわ何も始まらない。それが大きな教会同士でも関わっていこう、まずは協力からはじめていこうというよびかけです。付き合いを始めて自分がわかる、相手がわかる、そして自分のできてないところ相手のいいところ、相手から学ぶところあるいは相手に何か与えることがある、そういったひとつひとつを発見して、お互いを成長させていくための協力、そしてその成長がうまくベースにのっていけばこのお付き合いがひとつに結ばれていくという可能性にまで発展していくかもしれない。でも今はまずそのお付き合いからはじめていきましょう。それがこの4月から始まっていくよびかけです。

2番目の各共同体の自主性を認めれば今と変わらないのではないかということですが、お互いの自主性を認める、つまり良さを認めあうということは相手の良さから学ぶということで、そういうことに開かれていくと思います。認め合うということは豊かになるということだと思います。そしてその豊かさこそが本当は活性化の大きな力になっていくのではないかと思うのですがどうでしょうか。

そして宣教協力体協議会のあり方、これを自主性にまかせるのか、あるいは教区として強力なガイドラインをもっていくのか、ちょうどその中間です。この強力なガイドラインを示すのではなくゆるやかなガイドライン。この協議会の中でどのような方向付け、司祭団と信徒団の位置づけとか決定されたことについての権限とか力とかそういうことに対しての教区全体としての大まかな共通の認識が必要になってくるのではないかと思います。そしてこのゆるやかなガイドラインは必要になってくると思いますが、このガイドラインにそってお互いがお互いを生かしあっていくような関係、つぶしあうような関係にならないように、そういったかかわりを生み出していく方向性というのは常に探っていかなくてはならないのではないかと思います。

それから宣教協力体の世話役が大変になっていくのではないかという懸念があります。わたしたちも持っています。しかしそれを乗り越えていくことができるひとつの方法は、司祭間でどういった協力ができていくか、一人の人に偏っていくものをどう分担していくか、そういった協力をうまく持っていくことにおいてしかこの大変さを乗り越えていく方法はないのではないかと思います。そしてそれも司祭または私たちに託されていく大きなテーマになっていくのではないかと思っています。

 

【城西地域協力体】

城西:佐久間神父様の身体上のご都合により大変僭越ではございますけれどもわたくし小林が神父様のお書きになりました原稿を代読させていただきます。これはすべて質問事項だけでございます。

城西地域協力体を代表してプロジェクトチームに質問します。城西地域の最後の集会に際してさまざまな意見が出されましたが厳密な意味での質問の意味は限られたものであります。それをここで申し述べます。次の12点であります。どうぞご安心下さい。一項目が非常に短いです。ですから12という数におどろかないでください。でも12という数はキリスト教にとって非常に意味のある数ではございませんでしょうか。

1、信徒の信仰生活のあり方について触れないでいかにして福音的使命を生きよといわれるのでしょうか?

2、司祭の数の不足について今回はなぜ触れられないのでしょうか?

3、信徒によって成り立っている教区の改革でプロジェクトチームに信徒がひとりも加わっていないのはどういうことでしょうか?

4、修道会担当の小教区についてその修道会の責任者(例えば管区長)との話し合いについて触れられていないのはなぜなのでしょうか?

5、司祭方にのみ関係する問題をどうして信徒全般にまで知らせるようなことをなさったのか信徒としては理解できません。

6、今回の改革についてなぜ各小教区に解説者を派遣なさらなかったのか?地域協力体だけでは代表委員の1~2名だけにしか問題の解説は及んでいません。

7、財政問題に関してはかえって信徒の不安を招いていることについてはどうお考えでしょうか?

8、なぜこのようにことを性急に運ばれるのか理解に苦しみます。

9、問題が深刻化するところでまずスタートするということは考えられなかったのでしょうか?

これはちょっと補足いたしますと、各教会にわたって例えば個別的な問題があります、例えば非常に信徒の数が少なくて教会財政の問題があるとか、ある教会に外国人の信徒が集中してしまっているなど、それぞれの教会の事情によって異なると思いますのでそのようなことを想定していただければよいかと思います。

10、教区長とプロジェクトチームとは必ずしも意見が合致しないと聞いて大変不安に思っていますが、これはどういうことでしょうか?

11、いずれは小教区での主日のミサの執行が困難になることがありましょうが、そのために積極的指導が見られないのはどうしてですか?

12、今回の新しい一歩及び再編成についてさまざまな会議に参加しましたが、あまりにも否定的な雰囲気と印象に恐れを感じています。これはある修道司祭から出されました。聖霊は大司教とプロジェクトチームだけに働いているとお考えなのでしょうか否や。

以上は城西地域協力体の最終会議においてプロジェクトチームにあてに提出された質問を取りまとめたものであります。質問ではない意見については今回は触れておりません。

 

チェレスティーノ:さっきもありましたが重要なことですからその場でぱっと答えるということより先に質問をいただいてみんなでちょっと打ち合わせをしました。それぞれ違う意見を出さないように、または大司教と反対の意見を出さないように。でも突然もらった今日の質問にできる範囲の中で答えてみます。信徒の福音的使命を生きる、これは今カトリックだけじゃなくて宗教全体が今の世界にどんな意味を持っているか、一般社会のひとは非常に厳しい目でわたしたちを見ている。だから司祭も信徒もかわってみんな変わってもっと福音的にならなくてはならないと思います。これは制度の問題ではなく、意識改革、回心の問題だと思います。確かに司祭がお互いに協力できるように、または司祭がもっといい司祭になって素晴らしいミサができるようにもっと教育しなくてはならない。生涯養成といいましょうか、司祭もみんな弱いもので、がんばってもからまわりするときもあるから、司祭の養成はとても大切です。また召命を起こすための働きについてもよく言われます。養成する、(召命のための)運動をする、だれがするかというと、実は今東京教区はとても弱いです。司祭のほとんどが現場にいて教会で活発に忙しく働いていて、全体を導くまた全体を養成する部分は今一番足りないのです。これから教区本部を充実して、教区全体の導き、司祭の意識改革と養成、召命の運動、その他いろいろな問題のために働く何人かの司祭を大司教が教区本部に呼びたいと思っています。これから少しずつ力を入れていけると思います。

司祭の不足は、確かに今回は触れていないのは、最初にはっきり言ったからです。ただ、不足しているから仕事を減らすということではなくて、不足しながらも宣教を活性化したいから、組織を少し軽くして、少しずつ信徒の協力を得ながら活性化に挑みます。信徒の参加についてはさっきも少し返事があったのでそれ以上は今はいえません。修道会担当の小教区の場合は確かに難しい。でも何回か大司教とわたしたち本部の人たちと修道会の担当者、管区長または小教区を担当している司祭と話し合った結果、みなさんが恐れているより、協力はできると感じています。お互いにわかりあっていると思います。確かに教区の希望のすべてに応じることはできないかもしれない。でも修道会も教区と一緒に福音宣教のために働きたいと言っています。先週から東京で働くすべての修道会と個別に話を進めているけれども、思ったよりいい会話で、お互いに思っていることを言って、そして協力できるところをはっきりさせているところです。

どうして司祭のみの問題に信者を巻き込むかということについて。これはものの見方だと思いますが、決して司祭だけの問題ではないと思います。たとえばの話、もし来年四月から世田谷教会に主任司祭が不在となったらみなさんの考え方が変わってくるかもしれない。実際司祭不在またはサバティカルのために司祭がいないところに私たち事務局の司祭がまわってミサをしたり、みんなと話したりしていると、やっぱり信徒だけになったとき、みんなの意識が変わってもっと一生懸命にがんばって、もっと司祭、大司教にも協力的になるということに私たちは気がついたのです。

このような改革はどうしてこんなに早急に運ばれるのか。きょうのパンフレットの中にも、早急じゃなくて前からのナイスとか、もっとさかのぼれば教区大会のときからの自然の進め方だと私たちは思っています。

教区長とプロジェクトチームの意見は一致していない?これは言えないと思います。だいたいプロジェクトチームの集まりに大司教も参加してプロジェクトチームが出す提案もすべて大司教が目を通して見ているから意見の違いはないと思います。

まだいろいろな質問が残っていますが、どこまで答えたらいいか、この辺でよろしいでしょうか。

 

大倉:一番最後は?聖霊は大司教とプロジェクトチームにだけに働いているのか?

 

チェレスティーノ:それは聖霊に聞いてみないと・・・ごめんなさい。今のは冗談です。失礼しました。わたしたちは聖霊の働きを信じています。でもどこにふくかだれもいえないと思いますから、お互いに尊敬しあってお互いに信頼しあって教会のために働くことしかないと思います。

 

【武蔵野地域協力体】

武蔵野:武蔵野地域協力体を代表しまして荻窪教会の鈴木でございます。大変長い会議になりまして、持ち時間が5分ということで、かいつまんで大きな枠組みだけをお話させていただきます。武蔵野地域協力体は7つの小教区でございますが、共通してこのように歩んでいこうと決めましたことは以下の一文でございます。

「再編成プロジェクトチームの役割に期待し、大司教のリーダーシップを待つことが肝要である。」これは先ほど城東地域協力の方がおっしゃった「裸の王様になりたくないので、消極的な選択であるが」というような姿勢ではなく、むしろわたくしどもは福音的使命を一生懸命生きようとするときの積極的な姿勢としてプロジェクトチームの役割へ大きな期待を寄せて、しかもリーダーシップの発揮を待っているというその意見のとりまとめでございます。ただ今日のお話にもたびたび出てまいりましたが、不安がたくさんございます。3つの不安をわたくしどもは感じておりますので、それを9月の末に協力体からプロジェクトチームのほうに差し出させていただきました。第一の不安は、この一連の手続きが少し難しすぎる、少し知的にすぎるということであります。「わかりますか?」と訪ねられた私たちの小教区のおばあさんは「わかりません」としか答えられませんでした。「共感できますか?」「共感したいけれどもわかりません。少し手続きが難しすぎる。」今日お集まりの方々は代表されてきていらっしゃると思いますし、わたくしも仕事の関係等々でこのような作業を訓練されましたのでついていけるぎりぎりのところかもしれませんが、一般の信徒にはいささか難しい歩みではないか。

二番目の心配は最初に出された資料『新しい一歩』から『福音的使命を生きる』までの経過があるいは経緯があるいはどんな会合がどこでもたれたのかということが見えてこない心配と不安です。いろいろなところで今日のお話の「懇談会に信徒を招いて」というようなお話が例えば伝わっていればわたしたちの不安もひとつひとつ解消されてきたのではないかということを感じております。

三番目のことですが、わたしたちは今日の大司教様の最初のお話にもありましたように、主は何を望んでおられるかを祈りの中で探し求め、聖霊の助けによってそれを見極めて生きたいと願っている小さな羊の群れでしょう。ですから祈りながら歩んでいきたいと思うわけです。10月になって小教区のミサでの共同祈願にこの教区集会のことを入れてほしいというご希望があってミサの中で祈ってまいりましたが、むしろこの歩みは祈りと共に進めてこなければいけなかったのではないでしょうか。

その三つがわたしたちが危惧する点でありますし、不安に感じているところでございます。

それをふまえまして幸田神父様が10月10日に非常に短い期間で丁寧にお答えいただいたので、大方の質問に対してはある意味での納得が得られていることですが、今日みなさまが触れられなかった点を少し質問の形で提起させていただきたいと思います。

『福音的使命を生きる』の中に、3つの優先課題を出されておりますが、その3つの優先課題にいたったプロセスもやはり見えてこないし、説明が不足していると思います。さらにその一番初めには信徒の養成についてかかれていらっしゃいます。信徒の養成、これまで教区総会あるいはナイス、東京教区でもナイス事務局のようなものを作って信徒の養成を一歩一歩進めてまいりましたが、何がうまくいかなかったのか、この優先課題の第一に掲げていらっしゃる養成とはどんなビジョンのもとでなされていらっしゃるのかそのあたりのことを、もちろんこれからのことでありますとお書きになっていらっしゃいますが、これからどういう方向で何をなさっていくのか。例えばでありますが、今までの養成はこの関口の地にみなを呼び集めてそこで何か新しいことのご説明なりお教えを乞うという形でしたが、例えば新しく出来上がる宣教協力体に何らかの養成チームのようなものが来ていただいて、わたしたちのすみずみまで養成の手助けをしていただくことまで考えていらっしゃるのかどうかそのようなことも含めてご質問という形で提起させていただきたいと思います。

 

幸田:武蔵野地域協力体の文書で出してくださった3つの点についてなかなか難しい問題もありますけれど、精一杯努力していきたいと思います。私たちの力も時間も足りないので、足りない点がいっぱいあります。

養成について。先ほどの城西地域の一番目の質問で「信徒の信仰生活のあり方に触れずして」という意見がありましたけれども、それは私たちはこの養成という問題の根本に考えていることです。何かとにかくいろんな養成講座や研修会をすればいいということではなくて、本当にどういう信仰生活のあり方を私たちがめざすのか、本当に生き生きとしたキリスト信者として生きるというのはどういうことなのか、そこから養成を考えて・・養成というのでしょうか、私たちが育ちあっていくようなものを考えていかないことにはどうにもならないと思います。

東京教区にはこれまでたくさんの研修会や養成講座が行われてきました。一貫性がないと言いきってはいけませんが、なかった面があるかと思います。また一生懸命信徒の方がいろんなことを学んで小教区に帰ってもそれを生かせなかったということも多々あったと聞いています。本当に教区として私たちがどういう根本的な方針をもち、そしてその中でどういう共同体を作っていき、その中でどういう奉仕が必要なのかというきちんとした指針のようなものをもって進んでいきたいと思ってます。これはおっしゃったように具体的に今あるわけではないです。来年度からその指針づくりのための委員会のようなものを発足させて集中的に考えていきたいと思います。そこには先程からでている信徒の方の参加というものも考えていきたいと思います。そして宣教協力体ごとでこの養成あるいは研修会のようなものをということをおっしゃっていましたが、わたくしたちが漠然とですが考えているのはまさにそのことです。このカテドラルに人を集めて研修するというのではなくて、もっとみなさんの共同体に近いところでやっていく、それも教区が出かけていってやるというよりもそれぞれの宣教協力体ごとにやっていくことを教区としてバックアップしていく、そういう形で考えていけたらと思っています。まだあまり具体的じゃないかもしれませんが・・ほんとに聖体奉仕者とか集会司式者とかそういう特別な方のことだけを考えているのではないことはわかってください。根本にあるのはもっと小さな単位での共同体信徒同士の支えあいというものをほんとうに教区として養成の基礎にすえるというふうに考えています。いろいろな方法がこれまでにも世界各地で行われていますし、そういうものを研究しながらそういうものを基礎にしてそのうえで聖堂共同体、宣教協力体というのを積み重ねていくというような方向を今考えてはおります。

 

【多摩地域協力体】

多摩:八王子教会の吉川と申します。私どものほうでは今回情報公開ということについてお話ししていきたいと思います。再編成での最大のポイントのひとつに「協力」ということが挙げられています。よりよい「協力」を実現するためには、お互いを知ることが大切だと思います。現在は、各小教区ごとの状況などについては十分な情報が得られない場合が多いように感じますし、自分の所属教会の情報を知らない場合さえあるのではないでしょうか。

教区民の情報取得に対する温度差があるにせよ、所属宣教協力体内に留まらず、活動を他宣教協力体及び聖堂協力体に拡大したり、或いは他で行われている活動を所属協力体及び聖堂協力体で進める場合など、互いに理解し尊重するためには、ある程度系統的な情報公開が重要になると考えています。

今後再編成をすすめるにあたって、全教区民が各宣教協力体及び聖堂共同体の、教会運営規約および信徒活動等の最低限必要と思われる情報を知ることが出来るように、教区本部として公開する予定はあるのでしょうか?

教区公式ホームページでも最近多少公開されてはいますが、もう少し系統だって分かり易いものであるとよいと思います。例えば小教区レベルでの活動なのか、信徒有志の活動なのか、エキュメニカル・社会福祉的な活動なのか、などです。またホームページ以外のメディアでも公開が必要だと考えています。

各小教区の現状を知ったうえで、その次に必要と考えるのは、今回4点質問を用意してまいりました。

一点目。現在、各小教区において、それぞれ小さなグループ活動といえるような宣教司牧活動を行ってきております。今後、再編成を行うに当たって、同一宣教協力体内の活動の拡大や活動費等の予算の問題による活動部会の統廃合、そして他宣教協力体への活動参加の働きかけなどの要望と必要性とがでてくるものと思われます。しかし、活動方針等が明確に定められていない場合、信徒間の活動に支障が発生する可能性が考えられます。東京教区としての活動ガイドラインを提示していただければ、信徒間の問題も解消され、お互いに納得のいく、より活動し易い環境を作れると考えるのですが。また、ガイドライン作成にあたって信徒の意見交換・提出の機会を設けていただければありがたいと思います。

二点目。各小教区において外国籍信徒数が以前と比べ増加してきており、小教区の行事やお知らせ等の広報活動において、言語の問題、文化の問題等の要因により、工夫が必要とされてきています。現時点では、外国人司祭の方々の協力を得て、実現できている部分もありますが、小教区の広報活動としては、完全なものではありません。信徒の皆さんが平等に情報を得て、協力し合いながら活動を行っていくためにも、宣教協力体及び聖堂共同体内での広報活動への教区としてのサポートを期待したいと思います。再編成後のCTICなどで、邦人信徒から外国籍信徒および外国籍信徒から邦人信徒への情報交換が気軽にできるような場を提供していただけるでしょうか?

三点目です。教区レベルでの「福音的使命に生きる信徒の養成」の具体的なプランを提示していただきたいと思います。例えば聖体奉仕者の養成、心の問題を抱えた人と接する場合の講習会、など。

四点目。地理的に広い範囲に聖堂共同体が存在するような宣教協力体は、協力して各活動を行う時に信徒の負担はより増すと思いますが、それに対して、教区として何か支援プランなどは考慮しているのでしょうか?例えば、ネット導入整備のサポートとか、財政的な優遇・補助等。

 

立花:情報公開は非常に重要なことだと思います。今回の改革を通して教区本部の充実ということも少しずつ進んでいこうとしています。それにともなって情報公開の機会も増えていくのではないかと期待しています。

一点目、教会の運営規約及び信徒の活動などの情報について。これは情報の収集が今のところ十分ではありませんし、これから少しずつ整えていく必要は感じていますけれども、プロジェクトチームとして具体的にこういう風にしていくという話はまだしておりません。

それから二点目の小さな活動グループについての教区としてのガイドラインについてですが、様々な活動があると思うので、情報を集めて考えていく必要があると思います。プロジェクトチームの話し合いでは教会運営規約や宣教協力体協議会の規約のガイドラインを作る必要があるということで議論を進めているところです。そしてご指摘のとおりガイドラインの作成にあたって信徒の声をよく聞くということが大切だと思います。

三つ目。外国人信徒との情報交換をCTICなどで考慮してほしいということですが、東京教区にはカトリック東京国際センター(CTIC)というのがありまして地道な活動を続けて成果をあげていますし、その機能はさらに充実させていく必要があると思います。ただ、外国人のことについてはCTICが何でもみんなやるということではないと思います。CTICはそれぞれの現場で活動している人たちを支えたり、手が回らないところを助けたりということをします。日本人の信徒と外国人の信徒が共に信仰をいきていくために、たしかに情報というものはとても大切だと思います。現場で関わっている人たちとCTICがどういう協力をしていけるのか、どのようにしたら情報が日本人にも外国人にもうまく伝わっていくのか、それは取り上げる必要のある課題だと思います。

それから四番目の信徒の養成については先ほど幸田神父さんがお話になったので省かせていただきます。

広い地域の協力体の負担増について教区としての支援があるのかということについては、複数の聖堂共同体がひとつの宣教協力体として協力していこうとするとき、どのような利点やどのような課題があるのか正直言って「はじめてみなければわからない」部分がかなりあると思います。地理的に広い宣教協力体ではどういうことが負担で、何が必要なのかということがはっきりしてきたときに、例えば協力司祭を増員するとか、教区として経済的な援助をするとか具体的な教区の対応が考えられると思います。

 

大倉:これをもちまして一応地域協力体代表者からの質問と回答を終わります。多分皆様ひとりひとり質問したいですね。今日感じたことを直接プロジェクトチームの方々にぶつけて質問したいことたくさんあると思います。大司教に対してもあると思います。それをやりますと非常に混乱がおこりますし、今日質問と答えは前もって準備してお互いに何回か提出しあったものでまとめています。それでも不満がたくさん残ることだと思うんですね。今ここでまた質問が出ますと、またプロジェクトチームが集まって回答しなくてはならないので、非常に時間もかかりますので、それに関してはこれが終わった後でプロジェクトチームの責任者のひとりである幸田神父さんがお話になると思います。

それでは先ほどからずっと話しあいをお聞きになって考えられていたことあるいは前もって自分がおっしゃりたかったことがたくさんあると思いますので、岡田大司教さんからまとめと自分の考えをお話しいただきたいと思います。

 

 

 

4.大司教のまとめ

大司教:本日はみなさまほんとにこの青空のもと貴重な時間を東京教区のためにお使いいただきまして本当にありがとうございます。心から御礼申し上げます。2時間半わたくしも皆様の声に一生懸命耳を傾けました。聖霊の働きは聖霊に聞かないとわからないとかいった人がいますが、聖霊は司教だけに働くわけではなくプロジェクトチームだけに働くわけではないことはもちろんでございます。ですからみなさんにお聞きしております。私は聖霊はいつだれをとおして働かれるか本当に不可思議だと思っております。多くの人々、苦しんでいる人、悩んでいる人、声に出せない人から聖霊のうめきが聞こえてこないだろうか、教会の外にいる人から聖霊のうめきが聞こえてこないだろうか、そのように思っております。先程の質問のときにたしか立花神父様がお答えした場面ですけれど、不安について立花神父さんは「わたしにも不安があります。そしておそらく司教にも不安があるでしょう」とおっしゃいましたが、それを聞いてわたしの心臓はますますどきどきとしてきたのであります。正直に申しますと私、昨日、今日とかなり重苦しい気持ちで過ごしてまいりました。そして今朝お祈りしながら御ミサをささげながら思いは午後2時から。そして黒い雲がむくむくと私の胸に去来する。でもそういうことは別に今日始まったことではないんですね。だいたい司教になるというのはそういうことなので、司教になるように言われたときの気持ちをまざまざと思い出しております。不安の中に自分の支えは何だろうか、「私は本当に神様の御心を求めてやっているだろうか」これしかない。私は神様ではないので神様の御心はわかりません。でも神様の御心ではないかと思って皆さんと一緒にやっていきたいと思っています。自分だけが神様のみこころを知っているとは思いません。皆様と一緒に神様の御心を求めてやっていきたいと思っております。

そして不安の中に希望をもって最後の神様による完成を信じています。神様が最後に完成してくださることを信じています。途中経過はいろいろだと思います。そしてこの私たちをどのように用いてくださるか、それが今おこなわれていることであると思います。私は自分が非常に非力無力だと感じておりますので、主に信頼を置く人、希望をおく人として歩みたいと願い、そのようなモットーを司教して選びました。このような司教とおつきあいいただいてみなさま申し訳ないのですが、どうか支え助けていただきたいとお願い申し上げます。

ナイスの総括ということについておっしゃった方がいらっしゃいます。それをいわれることは私にとって非常につらいことで、これも正直に申し上げます。総括といった場合、いろんなレベルの総括があります。東京教区としての総括、司教協議会の総括、そして私個人の総括というのがあります。名前をあげていいのかわかりませんが大阪教区の中川神父さんが最近お書きになった『妖怪の住む教会』という本の中に、ナイスについてもかなり的を得た批判というか感想があるように思います。それから私個人としてはナイスを振り返って何が問題なのか、何が良かったのか、何がなされていないのか、それを整理しないことには私としては司教としてやっていかれないと思って、個人的には拙い文章を書きました。もしよろしかったらみなさまおひとりおひとりにお届けしたいと思いますが、これは東京教区長であるわたしの公文書ではございません。司教として発表する場合には一人でやってはいけない。いろんなところで審議して最終的にはわたしの責任で発表するべきです。でも今申し上げているのはわたくし個人が誰にも相談せず、自分で自分の思いをできるだけ自分の言葉でわかりやすく書いたつもりのものです。是非ごらんいただいて、岡田が何を考えているのか、あるいはどういうやつか、どうして信者になったのかそういうことが少しでもおわかりいただけたら少しはわたくしたちの相互理解が深まるのではないかなと思っています。そして司教協議会としての総括ということについてわたしは何度も提案いたしました。でもまだその時期にあらずということで却下されております。残念であります。東京教区としてはわたくしの責任であります。就任して2年であります。今この再編成ということに取り組んでおりますが、何もかも一緒にできませんのである程度見通しがたちましたら必ずやこのナイスの総括(総括という言葉が何をさすか問題ですけれども)、ナイスの評価、どこが問題で、どこがよかったのか、どこがまだなされていないのかなど一緒に見ていきたいと、これは教区としてやらなければならないと考えている次第です。

それからこの機会にもうひとつ申し上げたいと思います。私たちは今「宣教協力体」「聖堂共同体」という言葉をプロジェクトチームが提示して、みなさんから特に大きな反対がなければその用語を採用しようかと思っていますが、ちょっと紛らわしくて正確にまだなかなか言えないような状態です。それでひとつこういう言葉があるんですね。「宣教共同体」これはどこで出てきたかといいますと、1984年に日本の司教団は非常なる決意をもって『基本方針と優先課題』というのを発表したんですね。もうそろそろ20年たつものですが、これがどうなっちゃったの?それこそ、ナイスの前にこれがどうなっちゃったのかという総括をすべきだと思っております。この基本方針には2つあって「できるだけ多くの人を主の食卓に招き、洗礼の恵みを伝える」ということと「今、私たちの住んでいるこの社会の中でイエス様の御心が行われるようにもっと努力する」というこの2つであります。それを実現するために3つの優先課題を掲げました。その第一が「教区、小教区を宣教共同体になるように育成する」で、(宣教協力体と聖堂共同体とややこしいですけど)宣教する共同体になるように今の教区・小教区を育成しましょうという司教たちの申し合わせをそれぞれの教区でやってきたと思います。私も東京教区でやっていきたいと考えております。2番目に修道会、宣教会、諸事業体と具体的な協力体制を敷くというこの課題です。協力というのは誰でも反対はしないのでしょうが、「具体的な協力」というのはなんでしょうか?これは非常に大きな課題です。カトリック教会全体の、それこそローマ聖座でいうべきことだと思いますが、(わが東京教区は中に多くの修道会、宣教会、そしてその人たちが担っている色々な学校や施設などたくさんありますが、その)修道会の方たちとわれわれ教区はほんとうに協力していかなければならない。具体的にやっていかなければならない。今回の協力体構想につきまして色々な課題があります。私は修道会の管区長さまなどと何回も話し合いを重ねてまいりました。そして今、個別にそれぞれの会の方とお会いして具体的なこと、それは教区との契約、協定のことであります。場合によっては会計のことも含まれております。そういうことについて話し合い、合意があればそれを実行していく。これは対等に話し合って決めることですから、いくら司教だからといって強制したり押し付けたりすることではできませんし、すべきことではないと思っております。この優先課題の2、これを東京教区としてもしっかりやっていきたいと思っております。それからさらに第二回のナイス(福音宣教全国推進会議)のこともあまり人が言わなくなったのですがこれも総括しなければならないと思っております。これは93年ですね。そして家庭の現実から福音宣教のあり方を見直すということでやりました。今の家庭はどうなっているか。教会として何をなすべきであろうか。そういうことを話し合ったわけです。非常に示唆にとんだ提案がなされました。その中に今の家庭が難しい状況におかれている。人々は心の不安におののいている。家庭内暴力などいろいろな問題が浮上しているという事実がございます。そういうことについて東京教区は何もしてこなかったわけではない。カリタスの家で家族のいろいろな問題などを受けてやってまいりました。今度プロジェクトチームから人々の心の問題について教会としてもしっかりやっていきたいという案が出ております。それとカリタスの家の努力とどのように総合できるでしょうか。そこから取り組んでいく所存でございます。

最後になりますが、小教区の再編成案これをどう確定するのかという大切な問題がございます。異論のある部分につきましては丁寧にご意見を伺い、そして司祭評議会でも話し合い、できるだけ早く、できれば年内にわたしとしての決断をみなさんに伝達できるように努める所存でございます。本当に私は無力でありますけれど、みなさまの支え、祈りによって自分の任務を遂行していきたいと考えています。みなさまから率直に意見を出していただいたので、どう感じておられるか、かなりといっていいのか、少しといっていいのか、わかってきたように思います。私の気持ちもわかっていただき、キャッチボールを繰り返しながら、イエス様から与えられた使命を一緒に、そしてお互い痛みを担いながら、そして痛みだけばかりでなく喜びも共にしながら歩んで生きたいと本当に願っております。今日は皆様本当にありがとうございました。

 

 

 

5.閉会

主の祈り

聖歌『キリストはぶどうの木』

 

幸田:みなさん今日は本当にありがとうございました。今日のこのやり方、質問の時間も、質問者の人数もそして答えの時間も限られていて、中途半端な面もあったと思います。そして自由に参加者が発言できるようにという強い要望もありますが、どうしても無理だと思ってこのような形になりました。これで意見の集約ができたとはいえないということもよくわかっております。でも、ひとつのステップとして大切なことだと私たちは考えました。それでお帰りの前に是非このアンケートを書いてお帰りいただきたいと思います。このアンケートの目的はみなさんにせめてこのアンケートの形でこの集会に参加していただきたいということ。それからみなさんが代表してきた小教区や修道院などの雰囲気も少しでもお聞かせいただきたいということ。そういうことをお聞かせいただきながら、教区集会とプロジェクトチームの歩みの反省のもとにしたいと思いますし、今後のためにも役立てたいと思います。このアンケートを大司教の決断の根拠にはしません。アンケートで半数以上がこういう意見だったからこうするぞということではないのですけれども、いろいろなり形で参考にさせていただきたいと思います。これまでもたくさんの個人的な意見をお寄せいただきましたが、それも参考にさせていただきます。参考にするというのは決して読んでああそうですかと終わらせるのではなくて、本当にひとつひとつの問題、課題を真剣に受け止めて取り組んでいきたいと思っています。

このアンケートの結果は何らかの形でみなさまにお伝えしていくつもりでおります。

本当にありがとうございました。

 

(終了)

 




「福音的使命を生きる」への意見書に対するプロジェクトチームの考え

 2002年10月10日
東京教区再編成プロジェクトチーム

 

「福音的使命を生きる・新しい一歩のための提案」について、各地域協力体や小教区から多くの意見をお寄せくださいましてありがとうございました。10月27日の教区集会では各地域協力体から1名の方に代表質問をしていただくことになっていますが、限られた時間内での議論を有意義なものにするため、指摘された問題についてプロジェクトチームとしての考えを示したのがこの文書です(なお、文中で大司教の考えとしてあるものは、すべて大司教に確認してあります)。ここで取り上げているご質問、ご意見は地域協力体や小教区から寄せられた意見書からできる限り拾い上げたものですが、漏れてしまった意見もあると思います。また、時間の都合で個人から寄せられた分までは検討できませんでしたが、今後の参考にさせていただきます。

 

なお、各地域の代表質問者のお名前と質問の要旨を10月23日(水)必着で、東京大司教館・幸田和生までお送りください。よろしくお願い申し上げます。

Eメール koda@tokyo.catholic.jp ファックス 03(3944)8511

 

 

Ⅰ、進め方について

 

(1) 進め方が速すぎる。もっと時間をかけるべきだ。そんなに強引にすすめるべきでない。

このようなご意見は複数ありました。速すぎるという印象をお持ちの方々が多い理由の一つには、教会の広報の難しさがあるでしょう(教会は広報がへただ、広報が足りない、という声はよく耳にします)。特に、日本の司教協議会や東京教区全体の動きはなかなか司祭・信徒に伝わらないのです。しかし、昨年の岡田大司教の「新しい一歩」は突然出てきたものではないことをまずご理解いただければと思います。

第1回福音宣教推進全国会議の答申(1987年)の中には「小教区制度の抜本的な見直しと再編成を検討する」という提案がありました。この問題については、全国会議を受けて発足した「制度を考えるチーム」(全国から選ばれた司祭が中心のチーム)が検討することになりました。制度を考えるチームは1994年の臨時司教総会に答申書を提出しました(1995年3月「明日に開く」という小冊子として発行)。この中で、近隣小教区間の協力や共同宣教司牧の導入が提案されています。これらの課題(小教区の問題)は、実際には各教区で取り組むことになりました。その後、東京教区でもこの問題が教区総会や宣教司牧評議会の中で取り上げられるようになりました。

東京教区では1970年の東京教区大会の後、ブロック会議が始まっていました。ブロック会議は、それまでバラバラだった小教区間の連携・協力をはかるのが目的でした。このことは「新しい一歩」「福音的使命を生きる」まで続いているテーマです。なお、ブロック会議は、1997年9月から「地域協力体」制度に移行しています。

1998年11月、白柳枢機卿は、宣教司牧評議会に「小教区の統廃合」について諮問しました。翌年の司祭研修会も「小教区の統廃合と司祭のあり方」(1999年10月)をテーマとして行われ、また、宣教司牧評議会は教区内の信徒を対象に、「新しい千年期の教会作りに向けてのアンケート」を行いました(1999年10~12月)。そして、2000年2月には「小教区の統廃合に関する司祭プロジェクトチーム」が発足しています。

このような前教区長時代からの動きを受けて、岡田大司教(2000年9月着座)は、   新たな「再編成プロジェクトチーム」を発足させ(2001年1月)、6月に「新しい一歩」を発表したわけです。

全国会議の提案から見れば15年も経っていますので、遅すぎるという声もあります。

実際、来年4月から始めようとしていることは、これまでの小教区制度の枠組みの中で、「宣教協力体」という形でこれまで以上に小教区間の協力を深めていこう、ということです。信徒の信仰生活に大きな影響を与えるようなことは慎重に進めるのが当然です。

また、第二段階への移行には時間をかけて準備を積み重ねていきます。この点については、Ⅳの①でくわしく説明いたします。

 

(2) これまでの刷新の試みとの関連はどうなのか。

   

「第一回福音宣教推進全国会議」

この全国会議に関する動きは、司教団が呼びかけた日本の教会の刷新運動でした。全国会議の成果がすぐに具体的に表れたわけではありませんが、だからあの会議は失敗だったとはいえません。今回の東京教区が行おうとしていることは①で述べた全国会議と制度を考えるチームの答申に、東京教区として今答えようとしているものです。

「ブロック会議と地域協力体」

ブロック会議が目指したものは、近隣小教区の協力でした。多摩ブロックの青少年活動や千葉ブロックの外国人司牧(レイミッショナリ)活動はその具体例でした。しかし、多くのブロックではなかなか協力が進みませんでした。その主な理由は、以下のことでした。

1) ブロック会議委員と小教区の教会委員会のメンバーが違っていてブロック会議と小教区の間の連携がうまく取れない。

2) 司祭の参加が少ないところでは会議の決定が実際の小教区の動きにつながらない。

3) 会議の内容が小教区の現場のニーズと結びついていない。

「地域協力体」はこれらの問題を乗り越えようとして導入されました。しかし、多くの地域では、地域協力体になっても司祭と信徒の代表が一同に会して話し合う場を持つことは困難でした。

今回の再編成の第一歩は「宣教協力体の発足」ですが、これはある意味で地域協力体と同じ考えです。ここでは宣教協力体の司祭団と信徒代表による「協議会」を提案しています。司祭と信徒が一緒に話し合う場を持つこと。これは新しい宣教協力体を実効的なものにするために絶対に必要なことです。これまでの地域協力体よりも小さな単位にして集まりやすくしたのはそのためです。

 

(3) 「新しい一歩」から「福音的使命を生きる」までの経緯を説明してほしい。昨年の意見はどう扱われたのか。

意見書はていねいに読ませていただきました。そこには、「よく理解できない」「もっと具体的なことを知りたい」という声が多くありましたので、個々の質問や意見にお答えする前に、「改革の意図と目的」、「具体的な内容」をできるだけ分かりやすく示すことが必要だと考えました。それが「福音的使命を生きる」です。これによって多くの点は明確にすることができたと考えています。もちろん、十分ではありません。そこで今回はこの文書のような形で、できる限り提起されている疑問・問題点に、個々に答えようとしています。

 

(4) プロジェクトチームに修道会司祭や信徒(特に女性)が加わっていない。

この改革は、再編成プロジェクトチームだけで進めているのではありません。さまざまな形で信徒の意見、修道会司祭の意見を聞く場を設けています。再編成に関する懇談会や財政小委員会には男女の信徒・女子修道者に参加していただいています。司祭評議会には修道会の司祭が含まれています。

大司教は教区司祭・宣教会司祭だけでプロジェクトチームを編成すればよいと考えていたのではありません。しかし、適当な信徒の人選は難しく、司教は司祭だけを指名することになりました。何人かの修道会司祭には参加をお願いしましたが、参加していただくことはできませんでした。修道会司祭としては、「個人としてプロジェクトチームに参加できない、まず教区としての方針を示し、その上で修道会の管区長に協力を要請してほしい、そこから協力したい」というのがその理由でした。

この改革の目的の一つは、男女の信徒が参加できる教会、教区と修道会が協力し合える教会を作ることですが、現状はまだそれができにくいということ、だからこそ改革が必要だということもご理解ください。

 

(5) 反対意見が多いのに改革を断行するのか、できるのか。

地域や小教区によって差がありますが、決して反対が多いとは思っていません。岡田大司教の方針自体は支持されていると判断しています。岡田大司教の方針とは、要約すれば以下のことです。

1) 従来の小教区制度には、良い点もあるが、さまざまな点で限界に突き当たっている。まず、これまで以上に小教区間の協力関係を深めていく。

2) ゆくゆくは、小教区(主任司祭)の数を減らしていきたい。それによって、東京教区が教区として行うべき使命に取り組む司祭を確保し、司祭それぞれの個性を生かすことを可能にする。また、それが信徒の自立、教会活動への積極的な参加を促すことにもなる。

「福音的使命を生きる」の提案は、大司教の教区長としての方針をどう具体化するかの提案です。もちろん、指摘された問題はなんとか解決しなければなりませんし、生かすべき提案は生かさなければなりませんが、基本的にはこの大司教の方針に沿って考えていただきたいのです。

 

(6) いっせいにやらずに、ある地域をモデルケースとして始めたほうがよい。

「小教区間の協力」というテーマは全小教区で取り組んでいただきたいテーマです。2003年から始めようとしているのは、これまでの「協力体」という考えをさらに一歩進めようとしていることで、決して無理なことをやろうとしているのではありません。新しい協力関係の中で、それぞれの地域での課題に取り組んでいっていただきたい、と思います。

 

(7) 直接、担当者がすべての小教区をまわるべきだった。

そのとおりだと考えます。しかし実際に再編成プロジェクト専任の司祭は1名しかおらず、プロジェクトチームの他の司祭は小教区主任司祭と兼任していますのでとてもすべての小教区を訪問して説明することはできませんでした。この改革は少しずつすすめるものですから、今後はこれまで以上に積極的にそれぞれの小教区・地域に出向いての説明と対話を続けます。なお、岡田大司教は就任以来、小教区の司牧訪問を続けています。これも改革の理解を得るための大切な場であると認識しています。

 

 

Ⅱ、なぜ制度改革なのか

(1) 改革の理由(福音的使命の危機)と制度改革(小教区の再編成)の関連が見えない。現行の制度の中でも改革はできるのではないか。

これまでの小教区のあり方に限界があり、それをなんとかするためには小教区のあり方を変えるしかないということです。

  1. 小教区の司祭人事だけに縛られずに、教区としてやるべきこと(福音的使命)に司祭の人材をあてたい。
  2. 小教区の、司祭中心の人間関係による弊害をなくしたい。
  3. 小教区間の協力がしにくい今の制度を変えたい。
  4. 内輪のニーズが優先しがちな司牧体制を変えたい。
  5. 司祭が一人で働くという限界を乗り越えたい。

もちろん、制度を変えれば、福音的使命が果たせるようになるとは考えていません。それから先の歩みが大切なのは言うまでもありません。

 

(2) 改革に精力を注ぐよりも、もっと具体的にやるべきことをやればよい(たとえばホームレスの宿舎を作る、など)

具体的な行動の必要性は分かります。しかし、本当に教会が神の愛のしるしとして生きるために何をすべきかを見いだすために、どうしてもこの改革が必要だと考えています。司教だけの考えで何かを始めても、小教区の司祭・信徒の善意だけで始めても結局は教会の活動として続かないのです。

教区として(司教として)はこれに取り組みたい、ということをはっきり打ち出しました(3つの優先課題)。それぞれの宣教協力体でも、司祭・信徒が一緒になって具体的な課題を見いだしていただきたいのです。

 

 

Ⅲ、改革の真の意図や理由についての疑問

(1) 結局、司祭の高齢化や司祭の減少の問題ではないのか。

司祭の高齢化や司祭の減少が問題でないといっているのではありません。しかし、司祭の減少は問題の現象面にすぎない、とプロジェクトチームでは考えています。本当の問題はもっと深いところにあると思います。現代社会の中で司祭として生きることが素晴らしいこと、本当にやりがいのあること、人生を賭けるに値するものと感じられているか、ということです。そこが問われなければ、召命のための運動も充分な成果を上げることはできないでしょう。また、「独身男性だけが司祭になれる」という制約を緩和すればよいという意見もありますが、その議論の是非はともかく、数の問題の解決のためにそういわれるのであれば、それは違うといわざるを得ません。「これまで小教区司牧に携わってこなかった修道会司祭に小教区で働いてもらう」というのも、数の問題の解決のためならば修道会司祭のアイデンティティを失わせるだけでしょう。

 

(2) 結局は財政問題ではないのか。

確かに不安定な収益会計からの補填に頼っている教区の財政状況は健全とはいえません。しかしこのことと小教区再編成は直接関係ありません。また東京教区は小教区会計をすべて教区会計に吸い上げてしまうというようなことも考えていません。さらに言えば、修道会の持っている財産に手をつけようなどという考えもありません。

教会が福音的使命を果たしていくために、教区としてすべきことがあります。このためには財政的な裏づけも必要です。また、東京教区には豊かな小教区もあれば貧しい小教区もあります(もちろん、日本全国・世界を見ればもっと深刻な格差があります)。その意味で、もし「自分の教会さえ成り立っていればいい」という考えがあるとすれば、それは乗り越えなければならないと思います。

 

(3) 中央管理体制を目指しているのか。

そうではありません。むしろ、これまで直接教区長に持ち込まれていた多くの問題の解決を「宣教協力体」の司祭・信徒のチームにゆだねたいと考えているのです。教区として取り組もうとしていることははっきりと示してありますが、それも現場の教会での働きを支え補うことがその使命です。CTICはそのよい例ですが、各小教区で充分対応できない外国人の問題や外国人司牧を教区としてサポートしようとしているのです。信徒の養成や心のサポートも基本的に同じように考えています。

 

 

Ⅳ、第二段階の意味について

(1) 大きな教会同士が組むことの意味はどこにあるのか。

巨大な小教区をさらに大きくするのは無意味だ、というご意見はもっともです。これについては、「福音的使命を生きる」で不明確な表現があったことをお詫びして、訂正する必要があると考えています。9ページ下にある「準備の整ったところから、あるいは差し迫った必要のあるところから順次移行していきます」という表現ですと「宣教協力体が遅かれ早かれ例外なく自動的に1小教区になっていく」と聞こえて当然です。「第一段階での協力を深める中で一つの小教区になる可能性を模索していく。そして準備の整ったところ、差し迫った必要のあるところから順次移行していく」と理解していただきたいと思います。この段階での編成の見直しやさまざまな例外はありうると考えています。

この第二段階を提示したのは、教区全体を見渡せば主任司祭の定住していない小教区もすでに存在するという状況がある中で、次の段階への移行を具体的に考える必要性を感じたからです。

「修道会の大きな教会は他と組まなくてもやっていける」というご意見もありました。ただ近隣小教区とのこれまで以上の協力という点に関してはすべての小教区に取り組んでほしいテーマですので、第一段階の「宣教協力体」の編成では「1教会単独」という例外を作りませんでした。

 

 

Ⅴ、さまざまな不安に対して

(1) 小さい教会はつぶされてしまうのか。

すべての聖堂共同体が将来も存続していくとは保証できません。しかし、この再編成はたとえ司祭が常駐しなくなっても、聖堂共同体は残るということを強調しています。つまり、司祭数が減って実際に司祭不在になっても、それだから教会がなくなるということではないのです。

 

(2) ミサはどうなるのか

大司教は主日のミサを大切にしています。できる限り各聖堂共同体で主日のミサが行われるよう最大限の努力はしていきますし、当面はほとんどの聖堂でそれが可能だと考えています。ただ、東京教区でもすでに司式司祭を確保するためにミサの時間を変更した教会があります。東京教区はまだ恵まれていますが、日本(や世界)の多くの地域では司祭が不足して、主日のミサが毎週行えなくなっているところもあります。将来的には、ミサのないときの集会祭儀についても準備をしておく必要があると考えています。

 

(3) 財政はどうなるのか

宣教協力体での活動の費用、特に司祭の活動経費は、それぞれの協力体で負担する必要があります。そのために共通の会計を作るなどの合意が必要でしょう。基本的には宣教協力体内で適当な方法を見出していっていただきたいのですが、「何が活動経費にあたるか」など、教区全体でのガイドラインも必要であると考え、現在そのガイドライン作りの準備をしています。

第二段階への移行とそれに伴う会計の一本化については、できるところではやっていっていただきたいと思いますが、あくまで各聖堂共同体間の合意が得られてからということになります。

 

(4) 「自分の教会を維持管理していく」という意識がなくなっては困る(献金が減る)。

確かに大司教にもプロジェクトチームにもこの心配があります。しかし、「自分の教会を維持管理していく」という考えだけでは将来的に教区全体はうまく機能できなくなると考えています。教会への帰属意識や献金の意味についての啓発活動が必要です。

 

(5) 司祭の指導や司祭と信徒とのつながりが希薄になるのはまずい。これまでの小教区の温かみ(家族的交流)はどうなるのか。堅苦しい教会になってしまう。信徒一人一人に対する霊的ケアが不足し、教会離れになる。

司祭との親しい交わりはこれまでの小教区の魅力として多くの人が指摘する点です。しかし、小教区での人間関係があまりにも司祭中心になってしまうと、司祭と合わない人は教会に来られなくなる、という不幸なことも起こります。また、大きな教会では司祭が大勢の信徒と個人的な親しさを持つことは実際に不可能です。霊的ケアについても本当に豊かな霊的指導を受けている人は少数でしょう。

このような現実を考えたとき、これからは今まで以上に信徒同士が互いに支えあい、励ましあって、信仰生活を豊かにしていくことが必要になります。

 

(6) 突然教会を人が訪ねても、誰もいないというのはまずい。

司祭が定住している、ということの良さは突然教会を訪ねてくる人がいても対応できるということで、これは素晴らしいことでした。実際に司祭が定住しない教会ができればその良さは失われます。これには今後、さまざまな工夫・対策が必要になるでしょう。

ただ、これは主に司祭数の減少の問題で、再編成そのものの問題ではありません。なおまた、来年から宣教協力体の司祭が一ヶ所に住むことになる、と考えないでください。「新しい一歩」や「福音的使命を生きる」の提案は、司祭の共同生活を勧めてはいません。大切なのは宣教司牧活動の上でのチームワークだと考えています。

 

(7) 修道会同士、修道会司祭と教区司祭で本当に一緒にやれるのか。修道会の個性、カリスマが弱まるのではないか。

それぞれの修道会によって、あるいは修道会と教区では司祭の養成もちがいますし、それぞれに個性があります。多様性はカトリック教会の豊かさの表れです。お互いに違いがあるからといって、一緒に働けない(チームを組めない)とは思えません。とりわけ、東京教区で宣教司牧をしていくという点に立てば協力していくのは当然でしょう。

それぞれの修道会がどこも独自に小教区を担当し、修道司祭が(ある程度)教区司祭化してしまうよりも、司牧チームの中で一緒に働きながらそれぞれのカリスマを生かすほうが、本来のあり方に近づけると考えています。

なお、(6)でも述べましたように、司祭がチームで働くということは宣教協力体司祭チームの共同生活を意味するのではありません。修道院での修道者の共同生活を決して否定していないことをご理解ください。

 

(8) 修道会財産についてどうなるのか。

教区が修道会の資産を奪うつもりはありません。教区として修道会委託教会にお願いしたいことは、できる限り小教区会計と修道院会計を分離してほしいということです。この場合、小教区が使っている修道院聖堂(および他の施設)の維持管理費用を小教区が適切に負担するのは当然です。

 

(9) 司祭がこのような意識改革についていけるか

2000年の司祭集会でこの問題が取り上げられたとき、さまざまな意見が出されましたが、大多数の司祭は「小教区の現状はこのままではいけない。改革せざるを得ない」という共通の見解を表しました。多くの司祭は自分たちの司祭職のあり方が変わることの必要性は感じています。しかし、チームで働くことを苦手とする司祭がいることも事実ですので、そのような司祭を生かすような人事面での配慮は必要になるでしょう。司祭の意識改革については、Ⅶの(3)でまた述べます。

 

(10) 世話役司祭の資質が問われる、チームで一貫した司牧ができるか。世話役司祭に過大な負担がかかるのではないか。

これはチームワークのあり方にかかっています。「チームで働くことの利点」を最大限見いだしていくことが必要です。

 

(11) 改革推進派と保守派に分かれての対立が起こらないか。改革についてくることのできない人がいて、教会離れを起こすのではないか。

そうならないとは言い切れません。教会のあり方について対話しつづけること、過大な要求をすべての人に押し付けないことが大切です。

 

(12) 会議が増えることによる一部の信徒の負担増。催しに参加するための負担増。

聖堂共同体での委員会に加えて宣教協力体の協議会(仮称)が加われば、会議が増えることは避けられません。それぞれの会議の意味や必要性を明確にし、会議の内容や進め方を適切にしていくことが大切です。

「催し」に関しては、すべてを合同でやらなければならない、と考えないでいただきたいと思います。合同黙想会にせよ合同堅信式にせよ、合同で行うことの意味を見極め、高齢者や体の弱い方への配慮をしていくことは当然のことです。

 

 

Ⅴ、宣教協力体編成案の考え方について

(1) なぜ交通の便を優先しているのか。

「新しい一歩」では「現行の地域協力体を活用する・・・9つの地域協力体をさらに分割して・・・20くらいの協力体として再編成」と述べられていますが、昨年の地域協力体から提出された意見の中にはこれまでの地域協力体の枠を越えたほうが協力しやすい場合があるという意見もありました。そこで現行の地域協力体を絶対視せず、これからの協力のしやすさを第一に考えて「福音的使命を生きる」18~19ページの編成案を作成しました。

この編成案は、できる限り各地域・小教区からの意見を尊重しようとして作りましたが、全体のバランスのため、すべてが要望どおりとはなりませんでした。

 

(2) 大きな教会にとって他と組むことの意味はなんなのか、修道会の大きな教会はそこだけでもやっていける。

大きくて人的にも物質的にも余裕のある教会には、小さな教会を助けていただきたいと思います。しかし、再編成の目的は、余裕のある教会が余裕のない教会を助けるということだけではありません。小教区がそれだけで完結した教会単位である、という意識を転換したいのです。近隣小教区との連携を持ち、教区全体の中で活動しているのだということは、すべての小教区の信徒・司祭に受け取ってほしいことです。宣教協力体の編成案で「大教会は単独」という例外を設けなかったのはそのためです。

しかし、ある教会は、そこにすでにさまざまな共同体(外国人共同体など)が含まれており、実質的に「宣教協力体」になっている、という指摘もあります。最終的にはⅣの①でも述べたように、機械的・自動的に第二段階の小教区になっていくとは考えていません。

 

 

Ⅵ、宣教協力体編成案の代案について

宣教協力体編成案についてさまざまなご意見・ご要望がありました。地域協力体や小教区単位で出された意見・要望にはできる限り配慮すべきだと考えました。すべてが要望どおりというわけにはいきませんが、いくつかの要望を取り上げた第二案を作成しました(組み合わせに変更のあった個所だけ下線をつけてあります)。これが決定というわけではありません。なお、不都合な点があればお知らせください。

 

1. 赤羽、本郷、関口、志村

2. 神田、麹町、築地、大島

3. 葛西、潮見、市川、小岩

4. 足立、梅田、三河島、町屋

5. 浅草、本所、上野

6. 豊四季、松戸、亀有

7. 赤堤、世田谷、初台、松原

8. 三軒茶屋、瀬田、渋谷

9. 喜多見、成城、町田

10.大森、蒲田、洗足

11.麻布、高輪、目黒

12.田園調布、上野毛、碑文谷

13.秋津、清瀬、小平、関町

14+15.下井草、徳田、板橋、北町、豊島

16.荻窪、吉祥寺、高円寺

17.多摩、調布、府中

18.あきる野、青梅、小金井、立川

19.高幡、豊田、八王子、泉町

20.鴨川、木更津、五井、館山

21.千葉寺、東金、西千葉、茂原

22.佐原、銚子、習志野、成田

 

「松戸、豊四季、成田」という豊四季教会の要望はそのままでは生かせませんでした。提案理由にある千葉ニュータウンの宣教司牧に関しては、一宣教協力体の課題であるよりも、周辺の聖堂共同体と教区が取り組んでいくべきことと考えました。

「神田、築地」「麹町単独」という中央地域協力体の提案もそのままでは採用していません。「豊四季、松戸」もそうですが、新たな小教区間の協力を始めるにあたって、やはり2教会だけの組み合わせはできれば避けたい、また、単独の例外を設けるべきではない、と考えたからです。

3と14+15などは他の小教区の要望によって、このような組み合わせになりましたが、組み合わせとしては不自然ではないと感じております。

 

 

Ⅶ、3つの優先課題について

(1) 他にも取り組むべきことがある。高齢者の問題、平和の問題、など。

教会が取り組むべきことが他にないとは考えていません。高齢化の問題は大きな問題です。しかしこれが「教区で取り組む優先課題」として取り上げられていないのは、地域社会で取り組むことが大切であり、むしろ各地域で、行政や福祉・ボランティア団体との連携の中で進めるべきことだと考えられるからです。

平和、人権、教育など他にも教会として取り組むべき大切な問題があります。しかし、すべてに手を広げるのではなく、差し迫っていること、できることからやっていく、というのがこの3つの優先課題なのです。

 

(2) 「福音的使命に携わる信徒の養成」というが、「携わる」のは信徒全員ではないか。

特別な奉仕者だけの養成を考えているのではなく、信者全員の養成を考えています。養成という言葉ではうまく表せないのですが、「すべての信徒がより豊かな信仰生活を送るためのプログラム」が必要です。すでにあるプログラムを活用することも含めて、教区としての指針が必要です。また「そのような信仰生活を支える共同体づくりのあり方」についても教区としての方向性を示すことが必要です。その上に立って、はじめて意味のある「共同体の奉仕者の養成」を行うことができると考えています。もちろん今はまだ確立していません。養成のあり方への取り組みはこれから始めていくことになります。

 

(3) 司祭の養成はどうなっているのか。信徒の養成より司祭の養成(意識改革)が問題ではないか。

 

この声は多くのところで聞かれました。確かにわたしたち司祭の意識改革が必要です。これまでも司祭研修会などで司祭自身のあり方について話し合い、考えてきましたし、今後もそのような司祭の研修は続ける必要があります。しかし、どんな研修会にもまさる意識改革のチャンスがあるのではないでしょうか。新しい課題(司祭同士のチームワーク、信徒とのチームワーク)にチャレンジし、新しい体験をする中でわたしたち司祭の意識は変えられていく、とプロジェクトチームでは考えています。

 

(4) なぜ外国人を優先するのか、日本人でも困っている人は多い。

 日本人を優先するか、外国人を優先するか、の問題ではありません。東京教区(東京都と千葉県)には日本人信徒とほぼ同数の外国人信徒がいると言われています。「教会の中ではだれも外国人ではありません」(ヨハネ・パウロⅡ世教皇のことば)から、この方々への司牧は東京教区の教会の責任です。この問題については、すでに、1997年5月18日付の「人間への共感をバネとして-外国人の司牧に関する司教教書」で東京教区の方針がはっきりしています(東京教区のホームページ参照)。

 

(5) 外国人司牧については外国から司祭を招聘すべきだ。

日本人の教区司祭が外国人の司牧とサポートをするには限界があります。すでに日本にいる宣教会・修道会の外国人司祭にお願いするのは当然ですが、外国から司祭を招いてその国の方々の司牧をしていただく、ということも具体的に始めようとしています。とはいえ、ただタガログ語やスペイン語ができればいいということではなく、日本の社会の中に生きる外国人のために働くには日本語の習得が必要です。時間もかかりますし、きちんとした教区としてのプランが必要です。またこの点については修道会の協力も欠かせません。

一方、外国人のことは外国人に任せるという姿勢では足りません。多国籍化する日本の教会の司牧を考えて、教区の神学生や若い司祭を海外で研修させることも必要だと考えています。

 

(6) 外国人の問題はミサだけの問題ではない。

おっしゃるとおりです。「福音的使命を生きる」12~13ページには、主にミサのことが語られていますが、それは一つの課題にすぎません。生活上の問題もありますし、司牧についてももっと幅広い総合的な観点が必要です。

日本に生活する外国人の司牧全般に関する指針の作成はすでにカトリック東京国際センターを中心に始められています。特に片親が外国人である子ども、日本語しか知らない子どもの信仰教育の問題は非常に大きな問題です。それはもはや外国人の問題ではなく、日本人(日本語)の教会共同体の問題でもあります。

 

(7) 心のサポートは専門家にまかせればいい。心のサポートは、素人がへたにかかわるととんでもないことになる。

「福音的使命を生きる」13~14ページに書きましたが、教区が医療機関を持ち、司祭が医者やカウンセラーになることを考えているのではありません。

おそらく、身近にこの問題を経験していない方には分かりにくいと思いますが、家族や友人の問題として感じてくださった方からは、教会がこのような働きをすることへの強い期待も寄せられています。

何が教会にできることか、何が教会としてすべきことか、は専門家の意見を聞きながら慎重に見極めることが必要です。

 

 

Ⅷ、おわりに

この他にも、多くのご意見をいただきました。疑問や批判だけでなく、大きな期待や前向きな提案も数多くありました。それらの期待や提案には今後なんとかして答えていきたいと思いますが、時間的な制約のためここでは紹介できませんでした。まず、疑問や批判にお答えするのが先だと考えたからです。もちろん、以上述べたことで、すべての疑問・批判にお答えできたとは考えていません。特に締切り日を過ぎてから送られてきたご意見には今回はお答えできませんでした。

この文書を教区集会に向けての準備資料としてお役立ていただければ幸いです。

 

(文責・幸田和生)

 




「新しい一歩」に対する提言

 2001年12月15日
東京教区「女性と教会」委員会

 

 

 

研修会:「今、女性たちに問いかける ~小教区制度の見直しとその再編の中で~」を終えて

 

(研修会の内容と様子は、教区ニュース188号と189号でも読めます)

 

1.東京教区「女性と教会」委員会とは・・・

 

1987年第1回福音宣教推進全国会議(NICE)の提案「女性の参加の場を広げ、奉仕職(侍者など)、意思決定を含めた教会の運営に女性の対等な参画を実現する」を受けて、1990年3月「女性と教会」についての答申が出されました。

その答申の「具体的計画」の中で、「女性と教会」の問題を継続的に企画・推進していく委員会を設立することが盛り込まれ、それによって設立された委員会です。答申にある基本姿勢(※1)に基づき、具体的計画を実行していくことを目的としています。

※1、「基本姿勢」

(1) 女性も教会の運営及び意思決定に対等に関われるように目指すと同時に、ともに喜びをもって生きる真に福音的な男女の関わり方を、人間の基本的な課題として考えていく。

(2) 教会内の現実を直視する一方、今日の社会において女性が負っている様々な重荷を、司教、司祭、修道者を含めた教会共同体の全員と共に理解し、痛みとして受け止めながら、男女の責任あるパートナーシップの確立を目指していく。

 

2.「新しい一歩」に対する意見報告書作成の経緯

大司教メッセージ「新しい一歩」を受けて、教区集会、各小教区・地域協力体においても話し合いがもたれていることかと思いますが、「女性と教会」委員会においても信徒の約6割を占める女性達、また教区集会や地域協力体等の話し合いへの参加が少ない女性達、将来の教会を担う若い信徒達に向けて「新しい一歩」~小教区再編成について~に関わる教区の動きを伝え、一人一人の素朴な疑問、率直な意見を大司教と再編成に関わるプロジェクトチームに届けたいと考えました。

そこで、以下のような研修会を行ない、参加者から集めた質問とアンケートによる意見をまとめました。

 

3.研修会について

テーマ:今、女性たちに問いかける~小教区制度の見直しとその再編の中で~

講 師:岡田武夫大司教、岩橋淳一師、浦野雄二師、チェレスティーノ・カヴァニャ師

日 時:2001年10月27日(土)、11月10日(土)午後2時~5時

会 場:ケルンホール

参加募集方法:A.各小教区の主任司祭、教会委員長、婦人会長、青年会長宛呼びかけ

         →各小教区毎に取りまとめて世代別に参加いただく

        B.各修道会宛呼びかけ

        C.過去の「女性と教会」委員会行事参加者宛呼びかけ

        D.教区ニュース掲載

事前申込状況:各小教区毎の取りまとめは別紙1を参照。その他、個人での申し込みは10月27日に37名、11月10日に44名。

当日参加状況:受付にて全員の出欠確認はしていないが、10月27日は約90名、11月10日は約110名、両日合わせて200名ほどの参加があった。

構 成:前半に各講師の話を聞いた上でその場で質問用紙に記入、提出いただき、後半に講師に回答いただいた。アンケートは帰りに提出、あるいは後日提出いただいた。

 

 

質問内容:

 

“女性のための研修会”当日提出の質問用紙の集計  提出枚数 68枚

 

<質問の内容>・・・・・・・・・・<質問用紙番号>

教区と修道会について・・・・・・・1.2.3.4.5.6.33

司祭不足について・・・・・・・・・7.8.9.10.11

「壁」について・・・・・・・・・・12.13.14.15.16.17.18

司祭の取り組み方、受け止め方・・・19.20.21.22.23.24.25.33

信徒の取り組み方、受け止め方・・・13.14.15.26.27.28.

                 29.30.31.32.33

情報の不足・・・・・・・・・・・・30.34.35.36.46

小教区間の協力・・・・・・・・・・37.38.39.40.41

世代について・・・・・・・・・・・4.41.42.43

外国人について・・・・・・・・・・44.45

地域協力体・・・・・・・・・・・・23.46.47.48

財政について・・・・・・・・・・・4.49

共同墓地について・・・・・・・・・1.50

修道女の任務・・・・・・・・・・・51

賛成意見・・・・・・・・・・・・・52.53

結婚式について・・・・・・・・・・54

聖歌について・・・・・・・・・・・55

その他、研修会参加の感想等 

 

アンケート:

“女性のための研修会” アンケートより(参加者からの意見)  提出用紙 22名分

用紙番号・・・<内 容 骨 子>

No.1・・・<意見>「女性と教会」委員会について

・存在を知る人が少ないのでは

・メンバーの構成に問題あり-森司教の個人的指名と聞いたが・・・

・各女性団体の交流を呼びかけて欲しい

 

No.2・・・<意見>岡田大司教宛手紙(提出済)参照

 

No.3・・・<意見>再編成に取り掛かる前の問題 

          ・教会が本来の使命を果たしているかの検討が必要

・信徒代表は男女各1名ずつが望ましい

・司祭と信徒の使命を明確にする

・共同体の一員としての養成が必要

・貧しい人のための教会として、精神面・霊的な面と物質的な面に分けて福音を伝えるべき

・開かれた教会作りとして近隣教会、他宗教、未信者との関わり方を具体に

示して欲しい

 

No.4・・・<意見>宣教面では教会内部に閉じこもっているが、教会内、近隣教会への壁意識は

薄い。教区司祭と修道院間に壁がある。司祭不足が事態を難しくしている。

      <提案>・結婚準備を利用しての宣教

          ・現世的生活苦のある人達に対する専門的アドバイスグループの設立

 

No.5・・・<感想>大勢の女性たちと出会い、日本の教会は希望があると感じた。

          講話を聞いて、自分の存在価値を意味ある人生にしたいと思った。

 

No.6・・・<意見>問題意識の甘さ

          ・現実社会を厳しく見つめる視力が衰えている

・80ヶ所くらいまとめられなくてどうするのか、苦しいのは当たり前

・弱者に目を向けることを第一信条に掲げるのでなく、自分を育てる

          司祭に対して

・司祭は信徒を信頼し、発掘する努力が必要

・司祭は好き嫌いが激しい

・「ありがとう」の言葉が少ない

          研修会について

・準備不足

・バランス感覚のある社会的にも素晴らしい信徒を活用できていない

 

No.7・・・<意見>・小教区再編成における課題は、自分の所属教会が地区会制度に移行した時に掲げられていたものと共通する

          ・教会に求められるのは民主主義でなく、キリスト中心主義である

          ・司祭と信徒の役割分担の熟慮が今回の改革で重要になる

          ・ミサは教会の最重要かつ中心である

          ・司祭の持つ霊性がこれまで以上に重要になる

 

No.8・・・<意見>・研修会の質疑応答がよかった

・臨終の時が特に司祭の導きを必要とする

・地域協力体の充実が必要

・小教区同士の協力体制作りが司祭の活躍につながる

 

No.9・・・<意見>・研修会で「新しい一歩」の目指すことへの理解が更に深まった

・自分の所属する小教区は恵まれていて現状に満足している

      <提案>・現実の問題を理解するために,地域協力体内での交流を深める

          ・「女性と教会」委員会は、今後もっと女性信徒に行き渡るよう努力すべき

 

No.10・・・<質問>再編された後の新しい協力体内での司祭の配分はどうなるのか

 

No.11・・・<意見>司祭同士の協力及び意識改革の必要性

          ・司教の生の声での問題点、悩みを始めて聞いた

          ・司祭が司教に従順な姿を見れば信徒は感動し、共同司牧に賛成できる

 

No.12・・・<意見>・教会の今まで、現在のあり方、今後司教と協力して教区のために活動することについて考える事ができた

          ・教区の教会と修道会の司祭についての役割がわかった

・小教区間の横のつながりと、町内会への参加の必要性。どのようにするかは教会委員会が信徒を指導する

 

No.13・・・<感想>研修会の内容を小教区に帰って報告した

          今こそ信徒が心を一つにして取り組まなければ

 

No.14・・・<感想>・今回の問題点や、「新しい一歩」の内容が良くわかり、更に目的を持って小教区内で進めていける気になった

          ・近隣の小教区との交流が始まり、手応えを感じている

 

No.15・・・<感想>今までは自分の所属教会のことしか知らず、知るチャンスもなかったが、研修会に出て教区について良くわかった

 

No.16・・・<意見>カトリック女性信徒は排他性を捨てて、真に人類の道標となるべき

 

No.17・・・<意見>日頃司祭が女性について認識不足な発言をするのが気になる(女性差別)

 

No.18・・・<意見>教区内における女性達の会が互いに交流し、協力することが教区の再編成にとって大切

 

No.19・・・<意見>今のカトリック信者には協調性と組織力が必要

 

No.20・・・<意見>女性の霊性を高める工夫をすべき、そうすれば自ずからキリスト者として何をすべきか見えてくる

 

No.21・・・<意見>「女性と教会」委員会スタッフの年齢構成について、全女性をターゲットにするならば今後は各世代からの選出が必要

 

No.22・・・<意見>再編成は司祭の問題  

・司祭と意見が合わず教会から離れていった人の対処に悩んでいる

・今後は司祭の説教内容、人柄によって信徒が導かれる

・新職地に来た司祭は急な改革をしないで欲しい

・魅力ある司祭が少ないのも問題

 

以  上

 




カトリック東京大司教区教区長メッセージ(新しい一歩)に対する提言 千葉地域協力体

*緒言

この提言を集成するにあたりどのような経緯(プロセス)でどのような方針あるいは目的で作られたかを以下に簡潔に記述する。:

上記6月25日付けカトリック東京大司教区教区長ペトロ岡田武夫大司教様のメッセージによる呼びかけにたいし、各小教区では直ちに対応がなされ、それぞれの司祭、信徒による真摯な話し合いがもたれた。7月22日に教区集会が開かれ(7月22日(日)教区集会記録参照)、各小教区ではさらに継続して話し合いが行われた。

 

千葉地域協力体では

2001年7月15日の委員会で、千葉地域協力体としての提言を効率良く集約出来るように次のメンバーによるプロジェクト・チームを編成しこのチームがリーダーとなって 話を進めて行くことが決定され委員会により了承された。

西千葉教会主任司祭 幸田 和生

習志野教会( 加勇田剛也、吉田真一、中山敦雄)

西千葉教会( 久米倫男、三島公 )

五井教会 (赤窄芳子、太田孝平 )

千葉寺教会( 奥村桂一 )

事務局  (赤窄晃 )

会長   ( 茂原教会・立川國紀)

副会長  ( 東金教会・丸尾剛彦)

 

7月22日に教区集会が開かれ『7月22日(日)教区集会記録参照』千葉地域の小教区では引き続いて 話し合いがおこなわれた。

2001年 9月16日(日) 佐原教会  (千葉地域協力体会議)

に会合が持たれ 話し合いの結果、10月16日までに各小教区の意見をまとめて事務局に提出し、提出された資料を基に10月20日に小教区の意見集約のためのプロジェクトチーム会議を開くことが決定された。

2001年10月20日(土) 西千葉教会 (プロジェクトチームによる小教区の意見集計会議)

ここでは 集められた12小教区の意見(文書)を吟味し千葉地域協力体としてのまとまった提言として提出出来るための準備作業を行った。

それと同時に 11月10日に 再度プロジェクト チーム会議を開き、11月18日の協力体全体会議で話し合うため、 たたき台資料としての 提言書を作成することが決められた。

2001年11月10日(土) 西千葉教会 (プロジェクト チーム会議)千葉地域協力体としての提言のとりまとめと11月18日の会議のための資料作成準備の会議が持たれた。

2001年11月18日(日曜)14時ー17時まで習志野教会に於いて、上記たたきだい資料を基に つぎの小教区の司祭及び教会委員(長)、地域協力体委員が参加し 熱心な討議が行われ提言が集約された。:

            

習志野、西千葉、千葉寺、東金、茂原、五井、木更津、館山、鴨川、佐原、 成田

(東京大司教区 教区長ペトロ岡田武夫ーオブザーバーとして)

 

なお 以上の経緯(プロセス)を見て 理解出来るように 何度も話し合いが持たれ出来るだけ小教区の意見を正確に反映させるための努力がなされた。

他方、この提言を集約作成するための 方針あるいは 目的としては 既述のように あくまでも 小教区の意見を正確に反映させることではあるが、この提言書は、千葉地域協力体全体として ”カトリック東京大司教区 教区長 ”に提出されるものなので 次の諸点が留意された。

 

イ。正確さを追求するあまり、表現が露骨になり関係者に礼を失した表現があれば極力避けた。

ロ。千葉地域協力体としてコンセンサスを得て進められているプロジェクトを否定するような表現は避けた。

ハ。議論のための議論は避けて、教区長の問いかけに対して、あくまで真摯に誠実に回答(対応)することに努めた。

ニ。11月18日以前の小教区から提出された意見書の中にはなかったが 11月18日の全体会議で提案された諸事項について それが前向きな事柄については 全て採用した。

従ってこの提言書は幾つかの話し合いの段階を経てまとめられたものなので、小教区からの意見の真意を出来るだけ損なわないように集約したが、表現方法は幾つかの箇所で修正されている。

 

 

2001年11月18日に討議され 集約された 提言は つぎの通りである。

 

 1.標題”新しい一歩” 8ページ(4)の

*その地域社会の中で宣教することの意味は何か。宣教するためにどのような具体的 なことをしているか。あるいは何が足りないか。これから特に何をしなければなら ないか。(私達がこの地域でキリスト信者として何をしていけばいいのか?取り組 むべき優先課題は何か?)

*小教区の再編成に向けて今後のプログラムをどのように進めたらいいか。

4-2で今後の課題として取り上げられている項目ー教区としての宣教司牧の強化

ーを進めるためにはどうしたらよいか。

(千葉で再編成するとしたらどういうことが可能か?自分の教会では何処と組めば よいか? どんな問題をクリアしなければならないか?)

について各小教区では真摯な話し合いがが行われ(教会によっては)アンケート調査を行い回収し再度討議を行うなど熱心な対応がなされた。

なお当然のことであるが、これらの意見(提言)集約はあくまで 呼びかけに対する第 一段階の 対応であり 具体化は段階を踏んで 進めていくことになる。

 

 

2.【その地域社会で宣教することの意味は何か。】

この項について各小教区の意見(提言)は、表現の方法、言葉のニュアンス等多少の差異はあるが 以下のような項目に集約される。

イ)社会の中で弱い立場に立たされている人々(病者・貧者・障害者・身よりのない老人や外国人)への奉仕を通してして少しでもキリスト教の教えを広めること。    

ロ)科学的(特に自然科学)的思考だけが唯一の真理とされる現代の風潮と経済的利益のみを追求しがちな社会に於いて、癒し救いを求めるキリストを知らない多くの人々へ福音をの述べ伝えつつ、自らもキリストの教えに従って生きること。

ハ)上記 イ)・ロ)を踏まえ、地域社会で積極的な関わりを持ちそこに生きる人々の平安を祈ること。

 

3.【宣教するためにどのような具体的なことをしているか。(あるいは何が足りないかこれから特に何をしなければならないか。)】

イ)主日・平日のミサを通しての宣教とキリスト教講座(カトリック入門講座)・勉強会などの開催。聖書勉強会。

ロ)教会行事(復活祭・クリスマス・バザー・コンサートなど)へ地域社会の人達に広く参加を呼びかける。

ハ)祈りの会(実践も当然大事なことであるが祈りのバックアップが必要)

ニ)福祉活動による弱者への奉仕

ホ)教会報・ホームページ・教会案内等による広報活動。

(何が足りないか。これから特に何をしなければならないか。)

ヘ)種々の活動が教会内に留まっていて、一見活発に見えても、内向きの ”仲良しクラブ””になってしまって、他者(地域社会)への働きかけが弱い。

ト)他宗派との連携(エキュメニカル活動)に消極的である。もっと柔軟性が必要。

チ)教会の外に向かっての宣教と同時に 内部に向かった 宣教 つまり、カトリック信徒として洗礼を受けて教会に属していた人達が何らかの理由で教会に来られな   くなってしまったことに対して、来るのが妨げになっている事由を理解して妨げを除くように努める。

リ)福祉活動、祈りの集い、教会学校、勉強会、が他教会(小教区)との関わり、連携によって活性化されることが必要。

この問いかけ、つまり 何をしなければならないか? については色々なことが列挙され ているが 基本中の基本は ーーーー 信徒一人一人が内を蓄えなければならない、つまり内的な霊性を高めると共に広い社会性を身につけ人格を充実させなければならないーーーー ということ、それは 仲良しグループで内向的になることではなく教会の足腰 を強めるため、また信徒の霊性を高めるため祈りや、聖書による分かち合い、家庭での信仰教育などが大切であり、こうした霊的指導によって強められた信徒が、社会の中、家庭の中で生きていくことと、また他者から強制されて、ということではなく、自らが生きていることの喜びと、信ずることの喜びを体現していくことが、 ”宣教する” と 大上段に構えなくても、自然に宣教活動につながっていくはずである。

又、これとは別の角度から、待ちの姿勢 ではなく個々人がより積極的に 周りの人達に福音を伝える努力をしなければならない、とい意見もあった。

 

 

4.”新しい一歩”という岡田大司教様の問いかけに対する小教区からの提言に加えて、7月22日の教区集会に参加したときの印象 と全体の流れの中での感想と提案等 を以下に列記する。

イ)いわゆる構造改革を行うと必ず内部から抵抗勢力が出てくるが、岡田大司教による 強いリーダシップと英断を期待している。

ロ)福音宣教における共同体のあり方について指針があれば、提示していただきたい。 現小教区の中で時間をかけて(数ヶ月)研修を行いたい。

ハ)カトリック教会には、20代・30代の若い人達が来なくなっていて、将来が不安 である。

ニ)司祭不在の際の司式に備える必要があり、集会司式者等信徒の養成が重要となる。 信徒養成講座は東京が中心であるため、千葉地域での開催を希望したい。

 

 

5.【小教区の再編成に向けて今後のプログラムはどのように進めたらいいか。】

(今後の課題として取り上げられている項目ー教区としての宣教司牧の強化 ーを進め  るためにはどうしたらいいか。)

この点に関しては、問題が根元的で、かつ多岐にわたるため 今後の議論を通して、段 階的に検討されるべきものと考える。

ここでは各小教区から出された提言項目を以下に列挙する。(今後の議論 討論のたたき台になるのでは。?)

イ)地域協力体に課題ごとのチーム(あるいは研究会 )を設け各小教区共通の認識にたって問題解決に取り組む。

ロ)小教区の壁(閉鎖性)を取り除き、小教区同士 の交流と協力が得られる環境整備をまず行う。

ハ)カテキスタ(宗教教育・宣教)、ケースワーカー(福祉)、カウンセラー、各種外国語講師など専門分野の育成を地域協力体レベルで図る。その場合 その人の適性等も十分考慮する必要がある。

ニ)教会には、(心の病で)心の癒しを求めて色々な人がくる。しかし(教会によっては)司祭一人で全てに対応するのは物理的に無理である。この問題を司祭だけにまかせず専門家及び信徒も含めて教会全体で対応していかねばならない。

ホ)子供の要理教育の充実が急務である。そのためには 神学生・修道者・修道女 の日曜学校などへの積極的参加が必要。父母達への研修。

ヘ)司祭の仕事を可能な限り信徒に移管する。司祭が宣教司牧活動に専念出来るように司祭と信徒両方での意識改革が必要となる。

ト)司祭と信徒の役割が、小教区の再編の過程と再編された結果により、大きく変化していくことが当然想定されるので、(司祭と信徒双方の)意識改革が必要である。

チ)CTIC 千葉(現時点では準備段階)の機能を充実させ、外国人の為の信仰面・生活面の相談窓口を軌道にのせる。現状では一般信徒との距離がありすぎる。

リ)財政面では、地域協力体に相互扶助(小教区間の)の制度を設け、優先順位を付けて、財政面の相互援助体制を確立する。

ヌ)会計・事務処理の新体制への移行は、出来るところからひとつずつ行う。財政規模、借入金の有無、建物の建設・修繕の必要度、墓地・納骨堂の有無 と維持方法など小教区によってかなりの相違があり、新体制へ移行のためには、可能なところから順次実行していくことを希望する。

ル)信徒使徒職(ボーイスカウト、JOCーカトリック青年労働者連盟ー、信徒による経験交流等)が小教区制度により阻害されてきた歴史があるので、再編成の視点で再検討する必要があるのではないか?

(その他)上記の事柄を具体化していくための仕組み(システムつくり)が必要であるという意見もだされた。

 

 

6.(自分たちの地域協力体を2ないし3分割するとすれば、どのようなグループに分けられるか。)

 

千葉地域協力体としては次の2案に集約した。

現状の12小教区による千葉地域協力体はながい歴史もあり、それ相応に十分機能してきたので、例えば、以下の何れかの案が採用されたとしても、相互の協力体制は維持していく。

 

A 案    図  A  参照

第1グループ(習志野、成田、佐原、銚子) (信徒数 ; 2781 司祭数;5)

第2グループ(西千葉、千葉寺、東金、茂原)(信徒数 ;2977 司祭数;4)

第3グループ(五井、木更津、鴨川、館山) (信徒数 ;1180 司祭数;4)

 

B 案         図 B 参照

第1グループ(習志野、成田、佐原、銚子) (信徒数;2781 司祭数;5)

第2グループ(西千葉、木更津、五井、館山)(信徒数;2810 司祭数;5)

第3グループ(千葉寺、東金、茂原、鴨川) (信徒数;1347 司祭数;3)

 

以上

 

 

2001年12月5日
千葉地域協力体

 




武蔵野地域協力体 「新しい一歩」に応えて

 武蔵野地域協力体

(高円寺教会、荻窪教会、吉祥寺教会、小金井教会、小平教会、府中教会、調布教会)

 

 運営委員

 森山勝文(吉祥寺)

 中村智子(小平)

 鈴木隆(荻窪)

 

はじめに

武蔵野地域協力体では、6月17日の岡田大司教との懇談で「新しい一歩」についての構想を伺い、教区集会を経て、9月9日、10月21日、12月2日の3回の会合をもった。

会合では8月1日付け「教区集会を終わって」の文書に記載された要請に従い、「問題と課題をどのように受け取ったか」「共同体、協力体のユニークな特徴は何か」について分かち合い、再編成にあったての留意点を話し合った。その後、協力体運営委員が本報告のまとめにあたった。

 

 

Ⅰ.「どのように受け取ったか」「理解したか」「率直な感想」の分かち合い

 

  • ねらいが、司祭不足の解消だけにあるのではなく、21世紀の社会に向けて宣教する教会に改革することにあると、改めて感じた。 
  • 信徒の関心や問題意識は決して高くない。これまで、教会の活性化への取り組みは、司祭にまかせっぱなしだったので、教会委員など一部の信徒を除いて、司祭にお任せすればよいと感じているようだ。 
  • 8~9割の信徒が何のことなのかよく分からないと言う。自分の関わりの範囲では、問題点が見えてこない。 
  • 6月にはじめて司祭不足の問題に直面した。修道会の教会なので、司祭には恵まれていた。同じ修道会が複数の小教区を担当しており、自分のところだけの独自の動きはできない。何とか問題を共有するところで、精一杯だ。 
  •  問題を共有するのも難しい。司祭の人事制度の問題ではないかと認識している。信徒一人ひとりを考えたとき、どうして欲しいかといわれても、回答のしようがない。
  •  信徒の問題意識はやはり低い。司祭の交代に伴って、司祭不足が深刻なことに気付いたが、司祭の人事の問題、制度の問題だと思う。
  •  司祭が足りないのではなく、小教区以外にも司祭として関わる場面が増えてきたことも分かる。
  •  司祭が足りないのなら、終身助祭を増やして対応できないか。
  •  数の問題ではないのではないか。オールマイティーの司祭が、小教区を担当するというスタイルから、専門性を生かして小教区を超えて機能的に分化した領域を司祭が担当するというスタイルに変えること、教会の体質改善が目的なのではないだろうか。
  •  修道会との契約のこととなると、司教、教区長の専管事項だと思う。
  •  「新しい一歩」で提起された問題は、理解できるけれど、共有できない。
  •  宣教する小教区、宣教する信徒といっても、現実として信徒の中にはそこまでの意識はないのではないか。自分の枠の中で教会と出会っていて、素朴に活動している。
  •  宣教観、司牧観、小教区観はそれぞれのイメージがある。それを共有することはたいへんなことだ。教区長の権限で、はっきりとした方向性を示して、体質改善や制度の改革を進めていってはどうだろう。基本構想を示して欲しい。

 

 

Ⅱ.小教区の特徴についての分かち合い

 

〔吉祥寺〕

  • 主日のミサは、6回行なわれていて、それぞれに参加する人たちはある程度固定している。土曜日には、日曜日に来られない人が集まり、また、日曜日の9時は、教会学校とその父母、夕方6時もほぼ決まった人が来る。ミサが中心となって、誰が来ても参加できるように心がけている。したがって、1つの場所に、ミサを中心とした6つの教会が存在しているようにも思える。
  • 交通の便はよい。高齢者が比較的多く、若者は少ない。

 

〔荻窪〕

  • 規模の小さい小教区で、顔の見える関係があり、共同体的なつながりがある。
  • 古い住宅街が広がっていて、若い子育て中の家族は少ない地域なので、高齢者が多く若者は少ない。教会学校の人数も一桁。
  • 信徒が、司祭の指導のもとで、自立して小教区の共同体を豊かに運営していくことがで来るように、信徒会の規約を改正している。

 

〔小金井〕

  • 鉄道の駅、小金井からは徒歩20分、花小金井からは徒歩25分で少々不便だが、小金井街道沿いのバス便がよく、また病院の駐車場も日曜日に利用できて便利。
  • 桜町病院と同じ敷地の中にある。26年前に小教区として独立したが、戸塚師が始められた病院の70年近い歴史を踏まえ、その責任を果たすことも考えるべき。
  • 病院のほか、老人ホーム、ホスピスがあり、求道者や祈る人の数も多い。
  • 立地は、多摩方面から見ても東の端、中央線と西武線の間にあり、どこで線を引いても「端」になり、地域の位置付けが難しい。

 

〔高円寺〕

  • 東に麹町、西に吉祥寺があり、これらの大きな教会が求道者を引きつけるので、若い人が入ってこない。高円寺が痩せていくのは当然。
  • しかし、ボーイスカウトの登録は200人もいる。

 

〔小平〕

  • 50年前にサンタマリア幼稚園を信徒が開園。その2年後に小教区となった。それまで神学院でミサに預かっていた信徒の家族が、ここに集うようになった。2000年春に幼稚園は廃園。
  • 1000人程度の参加で、主日のミサは3回、メンバーはほぼ固定している。

 

〔調布〕

  • 東京教区でサレジオ会が担当する5つの小教区のうちの1つ。
  • 青少年の教育というサレジオ会のカリスマがあるが、小教区を担当している点では、教区のために、福音宣教のために協力したい。
  • ただし、修道会として会憲、会則上の制約があるので、主任司祭として独自に動けない。会の責任者と、教区長との間の話し合いでしか調整は無理であろう。
  • サレジオ会の教会どうしだと、すぐに協力してイベントを開催できる。ユースフェスティバルは一年おきにしている。
  • 小教区に隣接して神学校があり、神学生を含めて20人ほどのサレジオ会員が暮らしており、司教区も手伝ってくれる。

 

〔府中〕

  • 駅から5分、国分寺からもバスがあり、交通の便はよい
  • 150人から200人がミサに参加し、平均年齢も30歳代で、子どもの数も多く、顔の見える家族的な雰囲気がある。
  • ミラノ外国宣教会の教会なので、今回の再編制については、教区と修道会との間の問題で、信徒が発言できることではないだろう。
  • 英語のミサに集うフィリピンの方々との交流も最近は深まってきた。

 

〔武蔵野地域としての特徴〕

  • となりの教会がすぐ近くにある。(高円寺)
  • どなたでも来られるような体制を作って、地域に貢献する(吉祥寺)
  • 病院、療養所が多い地域で、入院などで不便がある方に対しても、連携してサポートができる。(小平)

 

 

Ⅲ.再編成にあたっての留意点につての意見交換

 

  • 現在の武蔵野地域協力体にこの7つの教会が所属していることの必然性がない。大都会の東京においては、公共交通の便が協力体制を組む上での重要な点となる。従って、JR中央線、西武線、京王線という軸で、現在の協力体への所属を超えて、見直してみることも必要である。〔小平〕は、西武線を念頭に置いて、〔清瀬〕〔秋津〕〔関町〕と組むことを提案している。
  • 協力してことを行うときに、あえて不便な組み合わせをつくることは避けたい。教会が近くにあるからまとめるのではなく、その土地にどのような地域としてのアイデンティティがあるのか、行政体の協力関係はどうなのかを知る必要がある。多摩、武蔵野は地域的なイメージを作れるが、城西地域をイメージするのは難しい。
  • 教区が再編成に取り組もうとしている今日、信徒はもうすでに、どの小教区に所属するかを個人のレベルで選択している。交通の便、勤務の形態、家族構成、ライフステージ、などの要素を考慮して、自分の信仰生活に合った小教区を信徒が選んでいる。このことは、麹町や吉祥寺に、本来のテリトリー以外に住むたくさんの信徒が所属する現象をみて、明らかである。再編成の前に、麹町・吉祥寺現象をどのように教会として受け止めるか、回答を出す必要がある。つまり、教会法での小教区の所属についてのルールについて、大都会の東京では、信徒の信仰生活の上でのメリットを生かすために、信徒個人が自分の所属する小教区を選択できるように、きちんと承認することが肝要である。法は法、実情は別となれば、指導する司祭の解釈の違いによって、混乱が生じることは明らかである。個人レベルでの選択がすでになされていることをご破算にして今回の再編成を進めることは、絶対に避けるべきである。
  • 交通の要所にあり、テリトリー以外からたくさんの信徒が集まる、〔麹町〕〔吉祥寺〕〔田園調布〕の三大小教区が、無期限で修道会の司牧に任されていることも不自然である。



「新しい一歩」について城南協力体での話し合いのまとめ

1 大司教のメッセージが十分に理解されていない

  • 現段階では司教・司祭、司祭同士、教区と修道会の問題。信徒に意見をもとめられても戸惑う。
  • 説明が十分ではない。抽象論すぎる。
  • 協力体の現状分析が十分でない。
  • 問題提起だけで具体的なことを述べてないのでわかりにくい。
  • 教区が現在の状態に至った原因の分析と説明が不十分なため、体制の改革のみで刷新できるか疑問。
  • 上からの一方通行では共同体はできない。下からの積み上げで必要性が理解されれば構築は早い。
  • 東京教区全体の問題として、理解を促してほしい。
  • 意識改善策なのか、弱者救済のための改革案なのか、ポイントはどちらなのか。

 

 

2 具体案を示してほしいという要望

  • 再編成のイメージがつかめない。共同司牧を目指すのなら、現在それをおこなっている他教区の実態を紹介してほしい。
  • モデルケースを設定してあるべき姿になるよう、問題を克服していく方法。
  • 現状のままでいくと将来どうなるかという教区の姿を、実際にシュミレーションしながら具体的に議論する。
  • 信徒の努力すべきことを、具体的に遠慮なく言ってほしい。
  • 現状の小教区制度にもよい点、問題点両方あるので、具体的な案を示してほしい。 

 

3 メッセージを理解・賛成

  • メッセージそのものには賛成。
  • 小教区間、協力体間での交流ができるので賛成。
  • 再編成のキーワード「協力」には賛成する。
  • 教区の問題や課題があることがわかった。
  • 小教区同士のつながりが深まるのはよいことである。
  • 教区の現状と将来は明るいとはいえないが、将来に向けて教区を活性化するためにはどうしたらよいが問われている。
  • 教区長が将釆像を示されたことは、解決しなければならない問題を先送りしたくないという点で評価する。課題に対する取り組みに、なみなみならぬ決意を感じる。
  • 現実問題としてやむをえない。
  • 司祭に過重な負担を負わせるよりも、相互に助け合っていくことを望む。

 

 

4 再編成は急ぐべきではない

  • 再編成について、信徒はまだ時間的な余裕があると考えている。時間をかけて検討すべきだと考えている。
  • 再編成は、10年後の状況予想のうえにたって進めるべき。
  • すぐにも可能な短期的策と、十分に時間をかける長期的策にわけて考える必要がある。
  • 再編成は大枠としての区分を決めておいて、緩やかに移行することを希望する。
  • 再編成が行われ具体的なこと(たとえばミサ)が変わっていくのは随分先のことのように思われるので、切迫感がないままに議論が進みそうで怖い。

 

 

5 修道会・宣教会の協力なしには再編成はありえない

肯定的な意見

  • 修道会、宣教会の理解と協力をお願いしたい。
  • 東京教区の小教区の司牧を引き受けた以上、教区長の要請に従う寛容さをもっていただきたい。
  • 教区、修道会、宣教会、信徒が互いを補いつつ進めることによって将来性、発展性がある。互いの垣根を取り払う努力が必要。
  • 教区と修道会、宣教会のあいだには相当の温度差があるように思う。もっと具体的に相互の共通理解を深める必要がある。
  • 今まで以上に修道会、宣教会の協力を求めていく必要がある。

 

否定的な意見

  • 教区司祭と修道会、宣教会司祭との共同司牧には無理がある(修道生活、異なる宗教法人間での財政など)。
  • 再編成によって信徒がどの教会でも同じサービスを受けられるメリットがある反面、修道会、宣教会の特性が失われる懸念を感じる。
  • 修道会の司牧に魅力を感じて今の小教区を選んだ信徒としては、修道会の特性が失われるのは残念である。

 

 

6 再編成をすすめるにあたって必要なこと①(司祭と信徒の意識の転換、信徒の養成や積極性)

  • 信徒の自覚を促す必要がある。
  • 現行制度を今後も続けることが不可能なことは理解できる。信徒および司祭の意識改革が必要である。
  • 刷新のためには信徒も真剣に考える必要がある。
  • 司祭も信徒も信仰を強め大人になる必要がある。
  • 信者同士のつながりが必要。
  • 信徒の積極的な活用は考慮すべき。ただし、最終的な決定は司祭の手に。
  • 次の世代の信者の育成を考慮して、再編成のプログラムを組み立ててほしい。
  • 信徒への教育、意識改革が必要。
  • 司祭には司祭でなければできない仕事に専念してもらい、他のことは信徒が担当していく。
  • 信徒による集会祭儀などが行えるよう養成していく。
  • 司祭の結婚、女性の司祭などを認めていく。
  • 信徒は覚悟が必要である。信徒は何をしたらいいのか教えてほしい。
  • 多様で魅力的な福音の学びが教会内で行われることを望む。信徒のタレントを信頼しつつ育てていってほしい。

 

 

7 再編成をすすめるにあたって必要なこと②(地域協力体の強化・充実)

  • 地域協力体の司祭同士、教区司祭と修道会、宣教会司祭が連携してチームワークよく働けるようにしてほしい。
  • 地域協力体の各小教区がどのような問題を抱えているかわかちあう必要がある。
  • 再編成について他の小教区と話し合いたい。
  • 地域協力体の各小教区の特徴を整理し協力司牧を。
  • 小教区間の情報交換をする。
  • 地域協力体がもっと活発になってからの再編が必要。
  • 地域協力体、小教区は所属信徒だけではなく地域への配慮も必要。

 

 

8 小教区の再編成にはかなりの抵抗がある

  • 改革の必要性はわかるが、反発も多く二歩前進一歩後退のように行う必要がある。
  • 各小教区には歴史と伝統があり、地域に根ざしている。また多くの信徒の信仰のよりどころである。急に編成しなおすのは至難である。
  • 大きな改革の中で小さいよいものが失われないように。
  • 小教区再編成によって、通う教会が遠くなるとこどもや高齢者には大きな負担となる。
  • 小教区のことだけで手いっぱいである。信徒一人ひとりの意識改革が進むには、相当の時間がかかる。
  • 小教区再編成によって自分の所属する教会に対して愛着がなくなるのでは。
  • 小教区再編成によって、大きな安定している教会だけに信徒が集まってしまうのではないか。再編成によって意図している方向に果して行くのか。
  • 小教区再編成が行われた場合、今までの所属小教区への帰属意識を変えられるだろうか。
  • 残念なことではあるが、場合によっては所属小教区がなくなるのも仕方がない。
  • 今の自分の所属教会をなくしたくない。
  • 信徒の積極的な協力で、現小教区を維持できるように努力する。
  • ○○教会という名称を残してほしい。
  • 今までどおりであってほしい。
  • 現小教区で財政的に独立しているところはそのまま存続するようにしてほしい。
  • 「あたらしい一歩」にはどこの小教区を廃止するとはひと言も書かれていない。自分が所属する小教区を残すためにはこのような方法がありますという具体的な意思表示をおこなったらよい。

 

 

9 「小教区再編成というようなことが出てくるのは、司祭の数が足りないからだ。それを解消するには、司祭の数を増やしたらよい。」という意見

  • 今の環境を活用し努力するのがよい。司祭の育成、信徒の増員、召命の喚起に全力をあげる。
  • 司祭の「召命」と「養成」を同時に考えなければならない。終身助祭の養成よりも司祭の養成が最優先課題である。
  • 司祭の数が足りないから教会数を減らすというのは、福音宣教に逆行している。
  • 司祭の数を増やせば現状のままでよいと思うので、そちらに重点をおいてほしい。
  • 司祭不足のためであれば、女性司祭を認めれば解決できると思う。
  • さまざまなニーズに対応できる司祭の養成が必要。

 

 

10 その他

  • 外国籍の信徒へもメッセージを伝えるべきではないか。
  • 祈りの必要。
  • 全力を尽くし、あとは神にゆだねていく。
  • 小教区再編成の前に教区の再編成が必要ではないか。

 




城西地域協力体

アンケートの集計結果

小教区名 担当区分 沿革 設立から 信徒数
赤堤教会 ケベック宣教会 ケベック会修道院設立。1972年、世田谷教会分教会。74年小教区に。 27年 466
喜多見教会 教区 1928年、伊東家のプライベートチャーチとして創設。31年、教区に献納され、戸田主任司祭着任。教区の事情により、土地を売却。78年、現在地(礼拝会)に移転。 70年 534
渋谷教会 ドミニコ会 1949年2月、カナダ管区ドミニコ会の宣教師による池尻教会創立とともに聖イメルダ幼稚園併設。1956年、渋谷区南平台の伊達宗彰公邸に教会敷地購入。60年、小教区となった。 41年 1118
三軒茶屋教会 フランシスコ会 1952年、フランシスコ会(ローマ管区)修道院設立。53年、土井大司教、小教区として認可。 48年 1113
成城教会 教区 1953年、喜多見教会出張所。ボストン大司教クッシング師寄付金を、土井大司教が成城教会設立基金とする。55年、献堂。 46年 1647
世田谷教会 教区 1945年、今田師、土井大司教に新教会設立を希望。46年、中西邸が米軍接収を嫌い、今田師と契約。渋谷教会として発足したが、48年の聖堂移転に伴い世田谷教会と改称。 55年 710
瀬田教会 フランシスコ会 フランシスコ会アントニオ神学院付属聖堂として発足。1954年、アントニオ神学院設立、1960年、現在の聖堂が完成。三軒茶屋小教区に属するが、分教会として独立した活動をとっている。 41年 686
初台教会 レデンプトール会 1951年、レデンプト-ル会、台東区より移動。初台で宣教活動を始める(修道院設立)。54年、ヨゼフ保育園設立。56年、世田谷から離れ小教区となる。 45年 1055
松原教会 淳心会 1953年、淳心会が当地に宣教所を開設。54年、世田谷の巡回教会として活動。55年、常駐司祭が任命され、宣教司牧活動が本格化。65年に新聖堂が完成し、淳心会に小教区として正式に委託された。 36年 1131

 

小教区再編成に対する全体的事柄に関する提案1・3・7のまとめ

小教区名 協力 具体性 会計問題 否定的見解
赤堤教会 修道会・宣教会の全面的な協力。
聖職者同士の意見の調整・統一と実践体制の確立。
段階的に緩やかに進める移行プログラムの作成。 伝統に基づく慣習を持つ各小教区が集まっての教会として円滑な運営管理の方法を考えること。
各小教区の財政格差、伝統的慣習、行事、献金方法の信徒間調整の必要性。
 
喜多見教会 大司教の提起されている問題と課題については賛成意見です。
教会、修道会、宣教会、教区それぞれの間のセクショナリズムをなくすことが必要。
やさしい、手のつけ易い事から実施する。難しい事、抵抗のある事から始めると、初期段階で失速する(実例は貢献の項目)。 最も難しいテーマとして再編成の形に従って時間をかけて解決すべき事柄
喜多見教会の建物は借用物であるが、保守・改修は数度、信徒の浄財と教区からの借入により実施した。
 
渋谷教会 提案された基本構想を進めるため司教、司祭、信徒が一堂に会し、貢献、参画の方法について考える。その際、各小教区には宣教会、修道会系の教会があるので、それぞれの特長、特性、またその霊性と多様性を損なわない配慮が必要である。 近隣の2、3の教会間での司祭・信徒の交流の活発化による近隣教会のグループ作り。
上記のグループによる合同のミサ、集会、聖書研究、青年の集いなど活動の積み上げを展開していくことが必要。
   
三軒茶屋教会 再編成は基本的に必要な措置。その配慮事項として①修道会預かりの小教区は最終的にすべて今回の小教区再編成に加わること。②同一敷地内における教区と修道会の併存による司祭指導の二元化を教区一元化に希望。 具体的なスケジュールの早期提示。

世話人司祭の役割の明確化。

会計処理等の事項について再編後の相手教会の早期提示とそれとの綿密な調整の必要性。  
成城教会 司教と司祭、特に教区と修道会の調整の問題であると思う。

プロジェクトに信徒、修道会を参加させるべき。

教区本部はもう少し具体的な案を。

司祭、修道会、信徒が現状を認識し、直面している問題を討議する時間が必要。信徒の十分な理解と同意も必要。

各教会の信徒数、建物、財政等への十分な対応と考慮。各小教区間の財政格差における問題を考えるチームが必要。  信徒の危機意識は少ない。司教のリーダーシップ、教聖力が必要。
性急な改革は事態を混乱させ、信徒の教会離れを招く危険性がある。
再編成で信徒と司祭の結びつきが弱くなるのはマイナスだ。
小教区の問題と司祭数の減少は別の問題。いっしょにしないで。
再編成が唯一の解決策ではない。
世田谷教会 高い品性と廣い識見と深い霊性を有する司祭を一人でも養成すること。     再編成について本部の意見が理解できない。今すぐ具体的に何かをする必要は全くないと考える。
小教区編成は時期尚早であり、時機到来を待つべきと考える。
信徒はサービスの受け手であるから、改革に伴う煩わしさが教会離れを招く可能性がある。
瀬田教会 再編成には現在の協力体外の教会も考慮してほしい。(同じ修道会、近隣である等)
司牧チームと信徒との具体的な協力体制を協議。
具体的な問題を話し合う信徒と司祭からなる協議機関の設置

グループ化される教会を早めに決め、現在の小教区を維持しながら信徒活動の情報交換や連携、お互いの足りないところを補う試み。

多くの信徒は現在の小教区のために維持費や献金をしている。合同財政になると実感と離れて大きな問題となる。  
初台教会 協力体を基盤として協力する 司祭団と信徒が協力し納得のいく方法で教会の発展を考える。
統合した方が有利な小教区を優先すべきで、全体として、徐々に進んで行く方がよい。
   
松原教会 再編成の基本構想は信徒の70%が理解。反面、司祭数、信徒数、財政面、立地条件すべてに恵まれているので実感がない。 各教会が持っている独自の歴史、伝統、運営方法などが崩れないことが大切。
各教会間の得意、不得意分野のカバー。
小教区の独立採算制はいずれ限界が来るので教区全体で考えるべき。
教会ごとの財政面の問題の有無や内容を考慮すべきである。
教区からの情報が少なすぎる。再編成に対する情報不足と認識不足。
再編成、統廃合を考えず、協力し合う教会を考えるべき。もし再編成されても主任司祭を明確にする。
教区を越えた交流、協力が必要なときには、自然に行われるので、無理をしなくてよい。

 

地域社会での宣教司牧に関する問題、提案2・4のまとめ

小教区名 意味 具体性 不足 将来 連携 その他
赤堤教会 教会とイエスの存在を知ってもらうことが第一。 教会行事に来られた人を大切にする。 積極さ。 自分自身の勉強が必要。 教区全体の活動状況の把握と協力。  
喜多見教会 我々の罪を背負って下さるイエス・キリストがいつも一緒におられる喜びを苦しむ人、貧しい人に知らせること。 聖書の勉強会、専門医師による保健相談、礼拝会のシスターとの共同司牧。   教区レベルでとっつき易いカトリック要理と入門書の作成。宣教のための信徒の勉強。
他の教会との情報交換と共同宣教。
優れたタレントをお持ちの司祭との交流。
隣接する礼拝会修道院のシスターと協力しての宣教活動。
 
渋谷教会 主が招いておられることを、その地域のそこに教会があることで示しており、すべての人に開かれた教会を維持発展させること。 教区合同のミサのほか、地域協力体でもこれを行い、教区の司祭、信徒が一つであることを証しする。        
三軒茶屋教会     信者、未信者を問わず子供の信仰教育の重要性、特に中高生の教育問題。     宣教司牧の将来的ビジョンを具体的に示して欲しい。
成城教会 弱者が来易い教会に。 特にしていない。司祭個人はされている。 宣教の熱意と努力のなさ。信徒の使徒職教育。現実の社会生活と信仰生活の調和。 周辺地域の人々への教会開放による信徒の増加。 一粒会の強化と永久助祭と修道士助祭の育成。
小教区司牧、宣教における司祭同志の一致と連帯感
司祭職とは司牧ではないか。教区自身のイニシアティフに期待。
世田谷教会           宣教司牧は今以上する必要はない。
満ち足りていてこれから行うことは特にない。
瀬田教会 問題があまりに一般的で答えられない。 施設や山谷でのボランティア活動。入門クラス。ガールスカウト、イベント多数。 上記のような活動を担う若者。 これまで以上に地域に開かれた教会。 具体的にはまだ考えていない。  
初台教会           意見8を参照してください。
松原教会   外国人信徒のための英語ミサの実施、近隣へのバザー招待、ホームページの運営。 若者たちを引き付ける魅力に不足。 小教区の本来あるべき姿(小教区の役割、存在意識、司祭の役割、信徒の役割)を模索すべき。魅力ある教会作り。 福祉関係のネット・ワーク作り、他教会との情報、意見の交換。   

 

城西地域協力体分割案に関する提案5のまとめ

小教区名  
赤堤教会 教区教会内での分割がいいと思うが、他教会の実態がわからないので回答保留。
喜多見教会 <成城-喜多見-世田谷>に異存なし。特に、特定の教会という意見はない。
渋谷教会  
三軒茶屋教会 特に希望はないが、交通の利便性を考慮して欲しい。
成城教会 基本的に教区と修道会とは分けて検討すべき。
3分割案として<赤堤-松原-初台><成城-喜多見-世田谷><三軒茶屋-瀬田-渋谷>
世田谷教会 小教区同士がユニットを組む(現聖堂存続で)。
3分割案として、<赤堤-松原-初台-渋谷><三軒茶屋-瀬田-田園調布><成城-喜多見-世田谷>
瀬田教会 具体的にはまだ考えていない。
初台教会 3分割案として、<松原-初台-渋谷><三軒茶屋-瀬田-赤堤><喜多見-成城-世田谷>
松原教会 わからない、無回答46%。<松原-世田谷-赤堤>と他で3分割 25%。
<松原-赤堤-世田谷-渋谷-初台>とほかの4教会の2分割11%。 

 

小教区再編成のための問題と課題に関する提案6のまとめ

小教区名 限界 交代 司祭 人事 協力 高齢化 財政 課題
赤堤教会               老齢化問題以外は教区本部と各司祭、修道会、宣教会の関わりの問題及び司祭の資質の問題である。果たしてこれが小教区再編成により解決できるかは疑問。
喜多見教会   司祭が交代しても混乱が無いよう運営されている。 それぞれ得意分野をお持ちなので、信徒も対応を考えている。   信徒もそのため役立つよう協力すべきである。 司祭の重荷と責任を減らすような新体制を作る。   司教様の「課題の検討」プロジェクトに信徒の参加を考慮してほしい。
渋谷教会 小教区割以外の地域から来る信徒もいる。教区、宣教会、修道会という多様性はカトリックの豊かさであり、恵みである。ゆえに、地域に捕われない小教区のあり方はあってもよい。 同感。 同感。司祭、助祭、信徒、修道者の加わった共同宣教司牧を推進すべきと思う。 司教と教区司祭、宣教会司祭、そして修道会司祭同志の活発な交流によって、司祭団として問題に取り組む。 上に同じ 召命の恵みを願う。 教区全体としての今後の宣教司牧計画を明確にされることを期待。  
三軒茶屋教会 意見ありません。              
成城教会 感じていない。 どのような組織でも指導者の交代は常にあるが、成城では司祭交代で混乱はない。 当然です。 どの世界でも人事は大変。泣き言を言われても困ります。司教としての使命。 当然です。 終身助祭を多く作る。修道士を助祭にする。 教区レベルで実情を把握し伝えてください。小教区の財政は現行通り、宣教区としての共通経費のみを合同財政にするのが妥当。 外国人増加には出身国司祭を招き、高齢者のための聖体奉仕者・集会司式者養成講座を開き、司祭不在時に備える。
世田谷教会               これらの問題と課題は世の常であるから発生した時点で考える。制度を改革しても中身は変わらない。優れた司祭を養成しなければならない。
瀬田教会                
初台教会 感じていない。 主任司祭交代で混乱した経験はない。 当然です。 世間どこでも人事は同じこと。上に立つ者はみな同じような苦しみを持つ。 当然です。 同感です。   確かに仰るとおりです。
松原教会 感じていない。 混乱したことはない。 司祭の仕事の優先順位を東京教区で決めて欲しい。 邦人司祭にこだわらなくてもよい。 近隣教会同士の相互援助、協力。 司祭を育てる為に子供への見守りを大切に。 他教会との会計は別にすべし。 司祭の召命育成に力を入れ、シスター、一般信徒による集会司式の養成を進める。自分で選んで教区内の好きな教会に行く。

 

自慢の小教区(提案8)

小教区名 特色 奉仕活動 自慢/売り 貢献
赤堤教会 閑静な住宅地のこじんまりした家庭的な教会。土曜学校在籍数60名。ガールスカウト、ボーイスカウトがある。 コンサ―ト、教養教室の開催、病院奉仕など。 周辺地域最大のバザーによって開かれた教会としての役割を果たしている。 他小教区への手伝いは先方が必要とすれば喜んで協力する。
喜多見教会 駅の至近距離にあって立地条件がよい。スロープ、車椅子、車椅子用トイレがある。委員長なしの教会運営委員会と一人一役で自主的に教会に貢献している。   小聖堂に長谷川路可画伯のフレスコ画が壁面を飾る。15世紀の鐘があり、行事 に鳴らす。1975年以来の教会ニュースと写真が整理保存されている。 青年層が多く活動も活発である。山谷へのボランティア。手話の勉強会を主催し、主日ミサに手話を実施。困窮社会への寄付を目的としたバザー。複数の福祉作業所との運動会。
渋谷教会 当教会は、ドミニコ会司祭によって司牧されており、聖ドミニコの精神を現代社会に引き継いでいる。司祭の指導は、信徒の信仰を深めるものとなっている。      
三軒茶屋教会 意見ありません。      
成城教会 色々な司祭を招いてミサと黙想やお話など聞く。バリアフリーの教会である。信徒会館にEVなど。ボーイスカウト(創立40周年)、ガールスカウトがある。エキュメニカルな集いをしている。 信徒有志、育成団体を通してボランティア活動をしている。   信徒会館は地域集会などに利用してもらっている。
世田谷教会 「特色、奉仕、自慢、売り、貢献」に対しては信仰共同体にNGOのような社会活動を強要しているかのようだ。教会とは内面的な信仰を高める為に助け合うところである。 奉仕や貢献を強要すると信徒が教会から離れる。 世田谷教会は真のミサを行う真の教会であることを信徒一同が自負している。ミサに霊性、深みがある。 当教会の緑の森は地域住民に安らぎを与えている。建物は木造で親しみやすい。
瀬田教会 アントニオ修道院付属教会という意識が強い。遠方から大勢ミサに来る。ガールスカウト、土曜学校在籍数30人以上。手話の会・ゴスペルの会・マルタの会・聖体奉仕の会・発達障害を持つ子の親の会など信徒活動が活発。司祭やシスターを囲んでの勉強会は週6クラス。   特別ミサの企画、信徒発案による信徒活動、青年からお年寄りまでの対象の勉強会、信徒と司祭の協力による子供のための要理教育プログラム、廣いグラウンドと雑木林など。  
初台教会 司祭と信徒の信頼と一致によって26年前から主日にフォークミサがある。女性侍者奉仕(20年前)。主日ミサは土曜も含めて両形態の聖体拝領。 信徒は冠婚葬祭委員会を作って挙式者のアフターケアに力をいれている。身障者用設備は完備している。手話の会がある。 司祭たちは協力して週に9つの講座をもって広く門戸を開放している。 子供減少地区だが教会学校には大勢の未信者がいて地域に開かれている。教会学校在籍人数(2001年11月3日現在)小学生47名、中学生11名、リーダー13名で1/3は信徒ではない。他教会との連携も盛ん。
松原教会 修道会・教会あわせて5~6名の司祭がいる。フォークミサ、グレゴリアンミサ、テゼーの祈り等バラエティに富んだミサの実施。能を通じてのキリストの宣教(祈祷会)。 チャリティ・コンサート開催。ボランティアビューローによる活動。レジオマリエ海外向け援助活動(ブラジル)。 毎月第三日曜日午後2時より英語ミサの実施。 バザー収益金の国内外への寄付。山谷ホームレスへの援助。病院での奉仕活動。A.Aへの場所提供。

 

 

アンケート

 

平成13年  月  日

 

カトリック初台教会内 

城西地域協力体担当司祭

頭島 光神父様

               

小教区名:       教 会

 

提案書「新しい一歩」に対する意見書

 

 

提案1.「新しい一歩」で提案された基本構想を進めるにあたって、どんな問題をクリアしなければならないか。

 

提案2.

  1. 地域社会の中で宣教することの意味は何か。
  2. 宣教するために、どのような具体的なことをしているのか。
  3. あるいは何が足りないのか。
  4. これから特に何をしなければならないのか。

 

提案3.小教区の再編成にむけて、今後のプログラムはどのように進めたらいいか。

 

提案4.教区としての宣教司牧の強化を進めるためにはどうしたらいいか。

 

提案5.自分たちの地域協力体を2ないし3分割するとすれば、どのようなグループに分けられるか。

 

提案6.「問題と課題」(1~8)への率直な感想。

  1. 小教区制度の限界を感じています。
  2. 司祭が交代しても大きな混乱が生じないようにしたい。
  3. ひとりの司祭には限界があります。
  4. 司教は司祭人事に多大な困難を感じています。
  5. 司教と司祭の、司祭どうしの協力が大切。
  6. 司祭は高齢化し、また人数も減少しています。
  7. 財政と建築に関して、このままではいけない。
  8. 教区として対応すべき課題が増えています。

    

提案7.小教区再編成に伴う問題の解決のための助言。

 

提案8.

  1. 皆様の共同体あるいは地域協力体は、どんなユニークな特色を持っていますか。
  2. どのようなことで教区と教会、社会に奉仕しますか。
  3. あなたの教会の「自慢」・「売り」は何ですか。
  4. 自分たちの共同体はどんな点で特に他の共同体と社会に貢献できるとお考えですか。

以  上

 

 (締め切り日:次回の城西地域協力体会議の日)




岡田大司教様文書「新しい一歩」に対する意見書

2001年12月15日
カトリック東京大司教区 中央地域協力体

  

1.はじめに

中央地域協力体においては、今回の岡田大司教様の文書「新しい一歩」-21世紀の福音宣教に向けての小教区再編成-で明らかにされた課題に応えるために、7月15日(日)に開いた会合において、秋に集中的に議論をすることに決定した。そこで下記の日程で小教区再編成の意義、アンケートの実施と取りまとめ・結果の検討、教会連携の方法、意見書案等について議論を行う会合を開いた。その際の小教区再編成の検討を進めるに当たっての基本的な認識は次の通りである。

〔1〕小教区再編成は司祭の高齢化・不足が原因の一つであるが、基本的には東京大司教区におけるよりよい福音宣教司牧のための「開かれた教会」作りが求められている。

〔2〕そのため司祭同士の横の繋がりと協力が不可欠であり、司祭間の密接な話し合いが必要である。

〔3〕信徒も互いの教会同士での交流・連携を図ることや、司祭間の連携へ信徒が積極的に協力することが重要であり、そのための具体的取り組みが必要である。

中央地域協力体会合

(1)9月9日(日) 取り組みの議論、中央地域協力体で統一アンケートを行うこと等。於:本郷教会

(2)10月14日(日) 各教会アンケート結果報告、司祭会合報告等。於:築地教会

(3)11月11日(日) アンケート集計結果報告・検討、教会間連携方法、意見書案の議論等。於:麹町教会

(4)12月9日(日) 意見書案の検討。於:関口教会

アンケートは本来関口教会が教会内の意見を取りまとめる必要上から同教会内部のみで計画されていたものを拝借して一部改訂し、各教会で同じアンケートを実施し統一的な取り扱いを行うこととしたものである。このように地域協力体内のみで共通アンケートを実施したのは初めてであり、その結果も中央地域協力体として極めて特色のある様子が浮き彫りにされており、非常に有益であったと考えられる。

中央地域協力体に所属する教会は都心に位置し(大島教会を除く)、東京教区における役割も他の地域協力体に所属する教会のように地域的な小教区教会としての役割のみを果たすのではなく、さまざまな点で東京教区の顔として役立っている教会が多くある。従ってその役割も近隣の信徒のためのみならず、より大きな共同体(東京大司教区、東京管区等々)の役に立っているものもある。また殆どの教会が交通至便で昼間人口が極めて多いビジネス・教育地区に位置しており、周囲は文化的集積度も非常に高い。さらに中央地域協力体内の教会は結婚式を希望する人が非常に多いなど、福音宣教司牧の観点から、極めて有用な教会が多い。今回はこのような中央地域協力体の特色を踏まえた上で、再編成に関する議論を展開し意見書に纏める作業を行った。時間が足りない感は免れなかったが、そのような中でも一応の検討した意見が本意見書の内容である。今後の東京大司教区の小教区再編成の検討のために、少しでも参考になれば幸いである。

 

 

 

2.「新しい一歩」で提案された基本構想を進めるにあたって、クリアーすべき課題

今回、中央地域協力体で「新しい一歩」の取り組みに関して協議を重ねると、各教会が独自の運営を行っているという現実が存在し、これが小教区の再編成プロジェクトの推進においてひとつの大きな障壁になる可能性がある。

中央地域協力体の小教区の中でも運営の異なり、典礼の異なり、行事の異なり、財務面での異なり、宣教での異なり等々…様々であり、その意思決定も伝統や習慣に基づくもので、必ずしも明確になっていたり、なっていなかったりしている。どちらかというとその時々の主任司祭の意向により決定を頂くものや信徒の有志あるいは信徒会(運営委員会等など)の意向によるものなどに委ねられているケースが殆どである。

従って、「新しい一歩」に掲げられている小教区の再編成の課題に取組むにあたり、この問題をどのように位置付け、クリアーするかの判断を講じなければ、「総論賛成・各論反対」となり、この先「二歩・三歩」と歩んでいくことが難しいものと考えられる。

そこで、現時点で想定される問題項目を以下のように提起致してみる。残念なことに中央地域協力体の協議の中でも、問題提起までしか進行しておらず、解決策としての具体的な草案作りができていない状況ではあるが、今後の重要なテーマとしてプロジェクトチームにてご検討を頂ければ幸いである。

 

( 1) 小教区の中での司祭の専権事項の明確化と統一化

( 2) 司祭と信徒会(運営委員会)との係わりについての具体化

( 3) 信徒会(運営委員会)の役割の明確化

( 4) 再編成での他の小教区との共有化ができるものの特定化

( 5) 意思決定の透明化

( 6) 共同体規約の統一性

( 7) 規範やルールのマニュアル化

( 8) 財務基盤の確立

( 9) 担当司祭・担当信徒との連携及び組織化

(10) 宣教司牧における各地域協力体の中での協力体制の構築と他の協力体との連携

 

以上、10項目が、これまでの中央地域協力体の協議の中で検討された問題の集約として現段階において考えられる事項である。「新しい一歩」という所謂「構造改革」の断行を行なう上では、中央地域協力体の中でもそれぞれの事情にて賛否両論があるし、また、小教区内でも異論反論が存在するが、どこかの一線に於いて見解をまとめることが急務かと考える。それが「明日への二歩・三歩」になると思われる。

 

 

3.地域社会の中で宣教することの意味

中央地域協力体における各教会は東京大司教区内でも特異な様々な特色を持っており、その置かれた地域も都心としての長所と短所を持っている。ここでは各教会の特色を明らかにすることによってそれぞれの地域での宣教の意味を考えてみた。

 

(1)麻布教会の特色

1)「開かれた教会」運動

予てより、懸案であった「開かれた教会」をどのように捉え、教会運営を行えばよいのか試行錯誤連続では在るが、「とにかくやってみて考えよう」という方針にて展開中である。その効果として徐々にであるが、「結果よし」ということがあり、信徒の皆さんにもご理解や賛同を頂けるようになってきていると思われる。

2)宣教活動

在籍信徒の皆さんに「教会の現状」を知って頂く意味も含めて、教会報などを年数回郵送したり、初めて教会に来られた方への積極的なアプローチに努力を行なっているが、十分とは言えないかもしれない。できてもバザーなどの催事に地域の方に開放したり、ポスターを掲載することが精一杯である。従って、外部への宣教活動までには、人的パワーを注げるまでには至っていないのが現状である。

3)活発な活動

個々色々と活動には、熱心に取組めている。青少年の育成でのボーイスカウトや土曜学校、福祉関係でのボランティア、バザーや教会コンサートの開催、聖書研究やカルチャー同好会等々と盛りだくさんで、熱心に取組みご協力は頂けているが、運営側のメンバーが固定化しており、一部の方への過重負担傾向を生んでしまっている。

4)信徒の高齢化問題

一般社会と同じように、信徒の高齢化と少子化が進んでおり、若い方に教会に来て頂けない現状打破に苦慮している現実がある。併設している幼稚園があり、ボーイスカウトがあり、結婚式があり、と教会に触れて頂ける機会にも恵まれているが、受洗者は来られるが、ごミサに来て頂いたり、教会活動に参加して頂くとなると難しい現実がある。

5)典礼の変革

新しいものを積極的に典礼に取り入れている。聖歌形式によるごミサ、子供ごミサ、新しい聖歌の導入など行なっており、大変好評にてご理解を頂けている。

6)広報活動

月間で教会報を発刊しており、これが信徒の皆さんへの情報提供の手段であるので紙面の充実への努力は、成されている。

7)教会運営委員会の在り方

運営委員は、2年の任期にて選挙によって選ばれており、委員の再選を認めないことでいろんな方にやって頂く方針である。幸いにも、現在の委員は年齢層も信者歴もバラエティーに富んでいるので、活発な論議が成されている。

 

 

(2)大島教会の特色

1)地域による区割りの現実

大島教会が中央地域協力体に属していることは、地域による区割りの現実を良く現している。地域による区割りの中では、中央地域協力体しか適当な協力体がないのも事実である。届く新聞は静岡版、車のナンバープレートは品川、飛行機を除けば、東京に出る最も便利の良い交通手段(費用は別として)は、熱海に出て、そこから回るルート。かつては熱海教会の司祭が司牧に関わってくださったこともある。

伊豆諸島、小笠原諸島も東京教区の地域にある。しかしこの地域に住む信徒のことはなかなか把握されていない。たくさんの信徒がいないかもしれないが、東京教区の神の民であることは明確である。

ともすると島の信徒がなおざりにされてきたことは事実であり、後述する点にその影響が現れていることは、小教区再編成を考えるヒントになるはずである。

2)現状

現在、大島には10世帯、信徒数は10数名、教区事務局から司祭が、月に一回、主日のミサのために大島教会に出かけていく。しかし観光が主要産業の島の信徒にとって、日曜日は忙しい。ミサと自分の生活の都合が合わないことも多々ある。

3)小教区再編成の先取りである大島教会

1986年の噴火まで常住する司祭がいた。しかし噴火後、常住する司祭はいなくなった。その結果、信徒のケアの面に影響が現れている。常住していた司祭は、信徒との関わり、司牧、そして何らかの形で他の島を訪問していた。しかし現状は月に一回大島教会でミサが行われるだけである。極端な言い方をすれば、どこか見捨てられたような感じが意識の中にある。

小教区の再編成は避けて通れない課題だが、信徒の養成、ケアを最優先に取り組むことが必要であることを大島教会は経験しているし、そのことが大島教会から発信できればと思う。

(文責:担当司祭 浦野雄ニ神父)

 

 

(3)神田教会の特色

1)東京教区の伝統のある教会

1872年(明治5年)東京・三番町にラテン学校が開校され、諸藩の留学生が新しい西洋の学問や語学を習いに続々と集まった。開校2年目の1874年(明治7年)神田猿楽町にこのラテン学校を移転したが、これが神田教会の始まりである。このように神田教会は127年の時を刻む、築地教会とともに都内最古の歴史を誇る教会であり、今後も東京教区の顔の一つとしてその役割を果たして行きたい。また1881年(明治14年)にはシャルトルの聖パウロ修道女会が神田教会の敷地内に招聘され後年白百合学園となる学校事業を開始した。また1888年(明治21年)ヘンリック師を長とする5名のマリア会員が神田教会に居住し、教育修道会(後の暁星学園)としての活動を開始した。このように神田教会が白百合学園・暁星学園の二つの学園の揺籃の地であることも興味深く、また小教区としても宣教司牧の3拠点があることは貴重である。

2)魅力的な聖堂のある教会

1896年(明治29年)に新築された神田教会聖堂は1913年(大正2年)2月20日の大火で焼失し、さらに1915年(大正4年)に落成した聖堂も1923年(大正12年)関東大震災で焼失した。現在の聖堂はフランス人宣教師シェレル神父の構想により1928年(昭和3年)に完成したもので、マックス・ヒンデル氏の設計によるバジリカ形式の建築である。また1952年(昭和27年)からはプロカテドラルとして利用された。この聖堂は東京教区内でも数少ないわが国の西洋建築史上の貴重な建物であり、2001年(平成13年)秋には文化庁の登録有形文化財にも指定された。このような伝統・品位と荘厳さが漂う聖堂でのミサは東京教区の宣教司牧のための大きな財産である。

3)聖フランシスコ・ザビエルの遺骨を戴く巡礼教会

神田教会は、明治の禁教令が解かれてから最初に作られ日本人に宣教するために開かれた聖堂の第一号で、聖フランシスコ・ザビエルに捧げられた。また日本にある聖フランシスコ・ザビエルに捧げられた35教会の中で最初の教会である。大聖年である2000年12月、聖フランシスコ・ザビエルの遺骨が白柳枢機卿様の手により安置された。新しい千年紀を迎えた神田教会は新たな宣教への熱意と使命を思い起こすためにザビエルの心を受け継いでゆくことを望む人々に大きな貢献をし、巡礼教会としての役割を果たしてゆきたい。

4)結婚式を望む人々に開かれた教会

1970年代初頭日本の司教団はローマに対して、予備的宣教の一つとして未受洗の人たちの結婚式を行うことの提案と許可を求めた。結婚講座などを通して彼らの結婚・人生に少しでもキリストの福音を学び教会に近づく機会となることを目指してのことである。幸い神田教会の建物の姿、聖堂の荘厳な雰囲気に多くの人々が惹きつけられ、現在極めて多くの若い方々がここで結婚式を挙げている。このように若い方々がカトリックの教えに接することが出来るのは神田教会としても大きな喜びであり、重要な宣教の役割の一つである。

5)宣教の拠点としての教会

2001年2月には、かねてよりの念願であったホームページ(HP) を開設・公開した。

(http://www.catholickandachurch.org/)。それ以来極めて多くの方からのアクセスがあり、有効な広報・宣教の役割を果たしている。(同じHPの中に、中央地域協力体のHPも開設した。)また神田教会付近は日常はビジネス・教育の中心地であり、文化の集積度も高く、今後も地域宣教の拠点として適している。さらに神田教会は交通の便がよく、遠くからの信徒も多く通ってこられる。神田教会を近隣地域だけではなく広く東京教区の宣教の拠点として位置付け、今後とも活用していくのが東京大司教区にとっても有益であろう。

 

 

 

(4)麹町教会の特色

麹町教会は聖イグナチオ教会の名で親しまれており、外国人を含め信徒数が一万人を越える共同体である。四谷駅から徒歩2分という利便性により通勤者など教区外の信徒も多く、修道会(イエズス会)が母体の上智大学が隣にあり、外国人神父も多い。これらの特色を生かした教会としての使命が考えられる。この度の地域協力体の問題をふまえ、よりよい一歩を踏み出すために、麹町教会の現状について述べてみたい。

1)特色

四谷駅(JR中央線、地下鉄丸の内線・南北線)から徒歩2分という交通の便により、ミサに与り講座に通う者にとって有り難いロケーションにある。平成11年に献堂式を祝った現聖堂は第2ヴァチカン公会議の精神を生かしたものであり、司祭と会衆が共に祭壇を囲む形になっており、平成13年10月に「建築業協会賞」を受賞した。大聖堂の他、マリア中聖堂、ザビエル小聖堂があり、交流の場として作られたテレジアホールおよび信徒会館は70を越えるグループの活動の場として利用され、さらに教区を越えたカトリックの方々に公開している。聖堂は毎日6時から19時まで祈りの場として開かれている。施設の規模の大きさ、使用頻度等を考慮すると、メンテナンス等将来の問題と言える。

2)典礼

主日のミサは7回、週日のミサは5回あり、隔月の子供ミサ、20年続くフォークミサも信徒に親しまれ愛されている。さらに主日の英語、スペイン語、インドネシア語、ヴェトナム語等の外国語ミサも世界各国からの方々にとって心のよりどころとなっている。当教会では、告解の時間も週日、主日ともに用意されている。毎年11月に行われる教会大黙想会は今年で3回目を数え、平成13年は「仕える」をテーマに神父様方のご指導により、多くの信徒が黙想と祈りのうちに静かで豊かな一日を共にした。

3)宣教

神父、修道者による信仰案内講座は月曜から日曜まで複数回あり、仕事を持つ方々が夜、あるいは土曜、日曜にも参加出来るようになっている。麹町教会で結婚式を挙げる方を対象に、結婚セミナー、結婚講座、結婚クラスが20年前から開かれており、婚約者は神父、ヘルパーとの話し合いにより挙式に向けてお互いを確かめ合い絆を強める良い機会を持っている。毎年、結婚感謝のミサ、結婚感謝の集いを開催して、結婚生活を振り返り、感謝する時を分かち合っている。土曜、日曜の教会学校はリーダーを中心に200人を越える子供達が活発な活動を行っている。その他、教会報と共に、ホームページも早くから開設しており、主日のミサの説教にあたる「福音のささやき」等熱心に読まれている方も多い。また、信徒会館に訪ねてこられる方には9時から21時までご案内できるようになっている。

4)これから

万人に開かれた教会、社会的弱者への配慮・奉仕などこれから私どもが謙虚に考えるべき問題は多い。

 

 

 

(5)関口教会の特色

1886年(明治19年)、オズーフ大司教は、東京の発展と司教座教会の将来を考慮し、常陸国茨城郡宍戸の藩主、松平大炊頭頼徳の屋敷跡4,800坪を購入した。これが関口の現東京カテドラルの敷地である。1887年(明治20年)、この土地に、聖母仏語学校と呼ばれる工芸学校が創立され、1893年(明治26年)、聖母仏語学校に付属していた聖堂は、小石川聖マリア教会として独立し、小教区としての性格を持つようになった。1896年(明治29年)、当時の東京で最も大きな関口天主堂の建堂が着手され、優雅なゴチック式の聖堂が、1899年(明治32年)に完成した。1920年(大正20年)、大司教座は築地から関口に移転した。1964年(昭和39年)、現在のカテドラル聖マリア大聖堂(1階大聖堂:2600名、地下小聖堂:300名)が完成し、教区の式典行事は全てこの大聖堂で行うことが出来るようになり、関口教会がこれを担当することになった。

1)教区式典・行事への奉仕

復活および降誕ミサ、叙階式、合同堅信式など多数の方が出席する教区の式典行事の際には、関口教会が先唱、聖歌隊、侍者、献金などの奉仕を行い、また、東京教区の中心教会としての役割を担っている。

2)ルルド

カテドラル構内には、フランスのルルドのものと同じ大きさの洞窟が1911年につくられ、夕暮れ以降にも照明により照らし出されて、祈りの場として開かれている。また、ルルドの清掃など維持も、関口教会信徒の奉仕によるところが大きい。

3)典礼

主日のミサは土曜日18:00(1回)、日曜日8:00、10:00、12:00(3回)であり、2ヶ月に1回、12:00のミサは手話も合わせて行われる。信徒総数は2000名余りであり、その年代はアンケート結果にも示されているように、60代が多いものの、10代から80代まで幅は広い。地域的には文京、豊島、新宿区内の信徒が多いが、都内および近郊と広地域に及んでいる。

4)教会学校

教会学校として、小学生を対象とする日曜学校・土曜学校および中高生会がある。とくに日曜・土曜学校の生徒は150名を超え、カテドラル構内にある聖園幼稚園の卒園児も多く、生徒およびその保護者の半数は未信者であるが、その後の受洗者も多い。

5)教区・地域への解放

1995年、関口会館として信徒会館が改築された。本会館には教区、韓人教会および関口教会などがそのスペースを共有し、これらの組織が有機的に結びつけられている。それぞれの委員会・グループの活動拠点の場として利用され、平日には教会外の団体・グループにも利用されているものの、近隣地域へのPR、より一層の開放が望まれる。

 

 

 

(6)築地教会の特色

1)歴史;カトリック教会の東京での最初の拠点

1874年(明治7年)パリ外国宣教会のマラン師が築地居留地の一部を東京市から借入、8月から仮聖堂の建設開始、守護の聖人を聖ヨゼフとする。

1878年日本北緯総代牧区長として、オズーフ司教が着任し、築地を司教座とする。(日本南緯総代牧区長は長崎のプチジャン師)

1878年(明治11年)聖ヨゼフ司教座聖堂(煉瓦作り)献堂式。

1890年日本は東京、大阪、長崎、函館の4司教区となり、築地は首都大司教座となる。(1920年司教座が現在地関口に移転するまで)

1923年(大正12年)関東大震災により、聖堂、司祭館その他焼失同年12月に木造の仮聖堂落成。1927年現在の聖堂が建てられた。

1924年4月仮聖堂を使って、聖ヨゼフ幼稚園を始める。

1942年4月聖ヨゼフ幼稚園は文部省より正式に認可される。私立幼稚園は現在中央区の中で唯一つ。

2)現状

長年続いていた都心の過疎化現象は、中央区で見る限り止まり、平成10年度は前年度に比べ人口が297名増加、平成11年度は1319名、平成12年度は2619名、今年度は10月末までに3157名増加している。これは高層マンションがあちこちに作られているためであろうとは区役所の統計係の言。

この影響によるのか、来年度の入園希望者が去年より増え定員を超過したのは4~5年ぶりという状況。

教会の在籍信者数は殆ど変わらず、約360名で平均年齢60歳、活動可能人数は約120名というところ。典礼面と福祉の活動は地道に動いていて、司祭が介入しないでも自主的に進められている。青少年教育の面が大変弱く、早急に手を打つ必要がある。先ずすることはリーダー養成。

3)宣教

主日のミサ=7時(現在7~10名参加)、9時半(40~60名参加)、18時半(7~10名)

週日のミサ=7時、第1、第2水曜には正午からもミサあり。

水曜正午のミサは、この近辺に働いている信者が、昼休みの時間を利用して時には静かな祈りの時をもてたらよいと考えて約7年前に始め、平均して5~8名が参加し、ミサ後各自弁当を持ち寄って会食している。

 

これからの方針としては、

水曜のミサについてさらにPRすること。

夕刻の退社時刻(18時ころ~約1時間)月2回ミサまたは講演会などを開いて、この教会に親しみを持ってもらい、そこから福音に近づく機会を作る、ことなどを考えている。

 

(7)本郷教会の特色

本郷教会は1927年12月18日、聖ペトロの名のもとに誕生した。築地、神田、浅草、本所、麻布、関口についで東京市内、7番目の古い教会である。レイ大司教様が関口台の司教館から本郷に移って本郷教会の司牧にあたり、その後正式に主任司祭となられた。昭和初期の本郷教会の雰囲気は、主任司祭を中心に一致し、祈りを大切にして、家族ぐるみで交わり、明るく暖かいものであった。また、信者の中に田中耕太郎氏をはじめ、大学関係者が多く、かれらを取り囲む学生たちで、若さと教養あふれる雰囲気があった。1945年4月14日、東京大空襲によって、由緒ある武家屋敷の面影を残した日本家屋の聖堂、司祭館その他すべては灰塵に帰した。信者の家庭も多くの被害を受けたが、互いに助け合い励まし合いながら聖堂の再建に努力した。1996年6月には聖堂、司祭館、信徒会館が再建された。聖堂は3階で、本郷通りに面している。レイ東京大司教の名をとったレイ・ホールは本格的なホールで、コンサートなども開かれる。

 

現在の特色は以下のとおりである。?

1.在籍信徒約470名であるが、主日のミサに与る信徒は約140名ぐらいで、毎日の朝ミサには約10名の出席がある。

2.信徒の在籍年数は比較的長く、年齢構成は高い。また、転出入数も少ない部類である。

3.毎月の維持費を拠出している信徒は、約150名。財政的には建物が大きいだけに経常経費、建物の維持管理費の占める割合が高く厳しい状況にある。

4.伝統的に神父様を中心にした家庭的で祈りを大切にする教会で、信徒同士の助け合い・気遣いのあるのが特色である。

5.聖体奉仕者・集会司式者養成講座に積極的に参加している。

6.建物は、献堂以来5年余であり、バリヤフリーを心掛け福祉的視点で建設されている。

(例)聖堂(三階建て)、信徒会館(五階建て)ともにエレベーターを設置し、聖堂では車椅子用のスペースや、1階には身障者用のトイレを設置している。また、聴覚障害者用のループアンテナの設置及び補聴器も設置している。

7.聖堂1階に談話室・厨房を設け、2階にはレイ記念ホールを設け多目的に音楽会・披露宴(収容人員150名)などが可能である。

8.聖堂1階には小聖堂を設け、入口前の床にラビリンス*を描いた。

9.C・I・C(視覚障害者のためのテープ録音奉仕)の積極的活動を支援している。

10.山友会などへの社会奉仕活動など多く福祉活動にも参加している。

11.収益事業として34台収容の立体駐車場を設け、運営している。その収益金は、建設時の大司教館からの借入金返済に充当している。

12.立体駐車場については、年間かなりの維持費用(メンテナンス)を要する点が問題である。

 

* ラビリンスは、古代ギリシャの時代から世界中のさまざまな文化や、宗教の中に存在してきた。本郷教会のラビリンスは、1220年にフランスのシャトル大聖堂の床に造られた(シャトルラビリンス)と呼ばれるタイプのもので、世界でも34箇所あり、日本では唯一のものである。その時代は、十字軍遠征の最中でエルサレムへの聖地巡礼は危険であり、多くの人はこのラビリンスの上を歩いて、巡礼の代わりとして祈り瞑想していたと伝えられる。

 

4.小教区の再編成に向けた今後のプログラム

 

中央地域協力体においては、「新しい一歩」で提案された課題について、より多くの信徒の意識を高めることを第一の目標としてアンケートなどを実施してきた。その結果、全ての信徒に対しては言えないが、かなりの効果があったと評価する。この課題に取り組む前の中央地域協力体としての活動は、2ヶ月に1回程度の会合を開催し、様々なテーマについて各小教区での実状など情報交換の場でしかなく、協力体として共同して何かを実施することはなかった。しかし、この課題に取り組むべく協力体の会合を重ねる内に、これまでには見られなかった連携意識を強く持てるようになった。

小教区再編成に向けて次の段階の第一は、信徒が互いの教会間で「なじむ」ことが必要である。2章でも述べたように、小教区の中でも運営、典礼や行事などが異なり、慣習なども様々である。そこで、組織的な再編成実施の前に、予めというか心の準備として、教会同士の交流を積極的に進めたい。その具体的な方法としては、ミサの交流、司祭の巡回による司式、講演会開催などが挙げられる。

現在、各小教区では規模こそ異なるものの、ミサ、典礼を中心に宣教司牧を行っている。これまでにも「開かれた教会」に向けて様々なアイデアや要望があった。しかし、その実施に際しては、規模が大きすぎる、支援・実行するメンバーおよび施設・設備が不十分などの理由で、一つの小教区だけでは実現が困難であった。今後は、例えば、福祉関連での連携、フォークミサへの参加、合同コンサートやバザーなど、小教区再編成に向けて、地域協力体として連携して積極的に行いたい。

なお東京大司教区としては、各地域協力体の「新しい一歩」に対する意見を十分把握した上で、各小教区の司祭+信徒代表からなるチームに対して、その小教区の特徴・問題点・連携の考え方などを十分時間をかけてヒアリングしたり、また大司教様やプロジェクトチームの司祭と各地域協力体メンバーとの意見交換会を設けるなど、着実に次のステップに進むのが望ましい。折角の機会であるので、拙速にならぬよう慎重に且つ英断を持って再編成に関するプロジェクトを進めるのがよいのではないか。

 

5.教区としての宣教司牧の強化について

 

教会とはキリストを信じる人々の聖霊に満たされた共同体である。そして福音宣教を強化することは私たちカトリック教会・司祭および信徒の大きな使命である。「教区としての宣教司牧の強化」について、課題は主として以下の点に絞られるであろう。またそのための重要な方策を掲げる。

(1)「内(各教会の信徒)」へ「開かれた教会」の試み

今回の中央地域協力体のアンケートでも「教会が一部の古い信徒のものになっていて、新しい信徒が入りにくい」という指摘があった。確かに各教会とも年配の古い信徒が多く、入りにくいという感覚を持つ新しい信徒が多いようである。今後は新しい信徒や初めて教会に来る人に対して、今まで以上に温かく迎える心構えと応対方法、新たな信徒でも教会活動に気軽に参画できるシステム作りが必要であろう。

(2)「横(東京教区・地域協力体内の教会・信徒)」へ「開かれた教会」の試み

「新しい一歩」の主題への対応で最も大切なのがこの東京教区内に開かれた教会への試みである。このため中央地域協力体では各教会同士がどのような連携を取ることが出来るかを議論した。その結果①合同広報活動(ホームページの(HP)作成)、②ミサの交流、③福祉関連での連携、④フォークミサへの参加、⑤合同コンサート・バザー。⑥合同講演会等のアイデアが出された。いずれにしても教会委員等の少数者だけが交流するのではなく、マスとしての信徒の交流が作られることが大切である。またその前提として各教会の司祭の間での連携が重要であることは言うまでもない。

(3)「外(一般社会)」へ「開かれた教会」の試み

中央地域協力体に属する各教会は都心の交通至便で、ビジネス・教育の中心に近い場所に位置している。このため主日のみならず日常的に多くの人に対して福音宣教の機会と場を提供できる利点を有している。一例として築地教会では毎月第1・第2水曜日の正午にミサを行いサラリーマンなどへの福音宣教活動をしている。また各教会とも結婚式の申し込みが多いが、予備的宣教と言う意味で結婚式はカトリックの教えを知って貰う絶好の機会である。また勤務時間後の夜の聖書研究や入門講座の要望もある。このように都心にある利点と意義の大きさを生かして活動をする必要があるが、そのためには現行の小教区主任司祭のみでは限界があり、より多人数の司祭の活動や信徒の協力が求められよう。

(4)教区と修道会の連携強化

中央地域協力体に限らず、東京大司教区には修道会が司牧の中心的役割を果たしている教会が多数ある。それぞれはまた地域の中で重要な宣教の役割を担っているが、それぞれの教会が真の「開かれた教会」となるためには、今後は教区と修道会の連携をより一層強化し、宣教司牧協力チームへのシスターやブラザーの参加を期待したい。

(5)広報・宣伝の必要性

インターネットと携帯端末が生活の隅々まで入り込むIT(情報技術)社会の到来となり、社会での情報の影響が大きく変化している。このような中でHPを作成してインターネット上で教会活動・中央地域協力体の活動をアピールし福音宣教に役立てることは必要である。事実神田教会では、HP開設以来ミサへの参加者・結婚式申し込みの増加など確実な広報効果があると報告している。もちろんこれらITの活用は現在では若い世代が中心であり、ITに馴染みのない方々のために従来型の広報誌・講演会・ポスター・ちらし・電話網等による内外への広報活動は今後とも必要である。このような新旧の広報活動を通じ「要理教育の充実」、「心のケア」、「福音宣教者養成」「人種と差別問題」「家族と家庭問題」など教会に課せられたさまざまな課題の解決に向けたアピールが可能であろう。

(6)適切なシステム作りの必要性

上記(1)~(3)の「開かれた教会」およびそのための広報・宣伝の重要性に加えて、これらを実現するための方策が求められている。司祭や信徒の意識の改革が必要であるとしばしば言われるが、それを実現する分かりやすく取り組みやすいシステムを提案し実現することが望ましい。一例であるがミサ交流にしても、実際にそのような主日を設けてある教会で合同ミサを行うなど継続的なシステムを作ることから始めるのが望ましい。

 

6.再編成に向けてのグループ化について

7月に教区から問題提起された「新しい一歩」による教区再編成についての「地域協力体としての方向づけについて」各教会委員代表が9月から月1回ペースで会合を持ち協議してきたところである。9月の会合において「中央地域協力体統一アンケート」を各教会で実施し、その結果を見ることにより、協力体全体の方向が見られるのではないか、との結論になり附属資料に添付した「統一アンケート」を各教会において実施した。

後述するように中央地域協力体に所属する教会は特徴があり、しかも所属信徒数も一万人以上から数百人までと開きが大きく、アンケート結果も配布数にしたがった単純な加重平均を取らざるを得なかったが、一応全体の意向が反映された結果となっていると考えられる。

しかしながら、当協力体は、性格・性質の異なった教会が混在しているため、アンケート結果をそのまま解釈できない非常に難しい面がある。

そこで、当協力体を大ざっぱに分類してみるとつぎのようになろうと思われる。

(A)主要教区教会や大修道会教会として信徒数(外国人信徒数も含む)が極めて多い教会。

(B)歴史・格式および相応しい聖堂を持ち、社会現象等により一時見られた近隣信徒数の減少も最近回復傾向にあり、また交通至便でより広範囲な信徒も対象とした教会。

(C)地域の信徒数もある程度確保できており、地域の中で独自に運営できる教会。

と、事情が異なる3分類になろうと思われる。これら事情の全く異なるものを、2ないし3グループにすることは至難の業である。そこで当協力体としては、中央地域協力体の特性を考慮し、別添附属資料のアンケート結果を参考資料として考慮するとともに、各教会の実態を正確に踏まえた上で、教区の総合的判断に委ねたいとの結論を出さざるを得なかった。教区において、他の地域協力体の意見、また他の大司教区の動向なども踏まえ、最良・最善の判断をされることを切に願うものである。

しかしここで是非留意すべきこととして各教会から示された意見を以下に示す。

(1) 必ずしも中央地域協力体内部だけでの連携・グループ化のみではなく近隣の地域協力体内教会との連携も視野に入れて頂きたい。

(2) 一律に教会の規模や場所等でグループ化等の案を出さないで頂きたい。

(3) 再編成に当たっては信徒数ではなく、主日ミサの出席者数を考慮するべきである。

(4) 中央地域協力体の特性を見極めつつ、慎重に議論し且つ対処して頂きたい。

(5) ①宣教のための有用性 ②司牧の拠点としての有用性 ③交通の利便性 ④経済的自立性などからどのような小教区を残すかを判断すべきである。また現在有用性を有している小教区に混乱や活動の低下を強いるような負担はあたえるべきではない。

(6) 現在ある小教区共同体を崩さないことが重要である。もしその共同体を分ける必要がある場合も構成員に理由を説明し、理解を得た上で自主性に任せること。

(7) 主任司祭が交代しても、急激な或いは無理な変化が起きないように、教区の方針を明確に打ち出すことが重要である。つまり司祭は赴任先の共同体に奉仕する姿勢で司牧の任を果たすのが必要と言うことを教会全体が認識することが必要である。

 

7.終わりに

冒頭でも述べたように、今回の「新しい一歩」に示された小教区再編成は、よりよい福音宣教司牧のために如何に東京大司教区の教会を「開かれた教会」にするかと言う課題を解決するためのものである。今回の中央地域協力体の統一アンケートに示された回答でも分かるように、まだまだ我々の教会は「内」(教会内信徒)に対しても、「横」(東京教区の他の教会)に対しても、「外」(一般社会)に対しても十分に開かれているとは言い難い。

しかし今回の一連の会合の議論の中でも教会間の連携に関するアイデアが生まれてきた。そのうちの幾つかのものはすぐにでも実行出来そうなものである。今回の議論の場こそが連携の端緒になるものである。しかしこれは極めて限られた人の間の連携である。今後はより多くの信徒が参加出来る連携の催しが必要であろう。再編成の方向はその中から自ずと見出せると言ったら少し楽観的ではあろうか?いずれにしても何らかの具体的な動きとして結実し文字通り「新しい一歩」がこの中央地域協力体として踏み出せればよいと考えられる。なお、これらの一環としてすでに中央地域協力体のホームページも開設してあるので、(http://www.catholickandachurch.org/chuuouchiiki.htm)ご活用頂ければ幸いである。

 

本意見書に関する議論に参加した方々(敬称略、順不同)

麻布教会 吉池好高司祭、笹淵裕司、酒井三貴子、牧野早智

大島教会 浦野雄ニ司祭(寄稿)

神田教会 稲川保明司祭、小林直人、浅野基宣、池本加津子、越原由香、武田毅

麹町教会 池尻廣幸司祭、小川哲次、鈴木靖規、長谷川直樹、戸川宏一、太田昭代、

柳原佳子、滝田かよこ、牧口慶子

関口教会 岩橋淳一司祭、国吉光、田宮悠紀子、堀江元、岡野憲一、竹内和幸、

田村恵子、豊島恵一、野田淳子

築地教会 川原謙三司祭、高橋務、矢崎光雄、梅川慶子、漆原清江

本郷教会 井手雄太郎司祭、朝倉孝吉、鋤柄光則、石井達、結城康博、山口佳余子、

堀江治、斉藤壽一

 

 

 

アンケート

大司教メッセージ『新しい一歩 ―21世紀の福音宣教にむけての小教区再編成―』を受けて、東京大司教区中央地域協力体およびそこに所属する各教会も具体的に動き出す必要があります。今回中央地域協力体としての意見をまとめるため、アンケートにより皆様方のお考えをお聞きすることになりました。皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

2001年9月         カトリック東京大司教区・中央地域協力体

 

 

Ⅰ.現在、東京教区には、個々の小教区では対応しきれず、教区全体として取り組まねばならない緊急で重要な課題が山積しています( 『新しい一歩』Ⅱ―8,Ⅳ―2参照 )。そのため、小教区以外で働く多くの司祭を必要としています。あなたは、このような問題の存在を知っていますか。

1.知っていた   2.『新しい一歩』で初めて知った   3.知らなかった

Ⅱ.司祭は高齢化し、召命も減少しているため、小教区へ派遣できる司祭数が減少し、いまの小教区の数(約80)をそのままで維持することは、すでに困難になっています( 『新しい一歩』Ⅱ―6参照 )。日曜日にミサのたてられない教会も出てきています。あなたはこのような状況を知っていますか。

1.知っていた   2.『新しい一歩』で初めて知った   3.知らなかった

Ⅲ.現行の小教区制度のもとで、教会はややもすれば内輪のニーズが優先され、外に対して閉鎖的となりがちで、傷つき倒れた人々にとって近づきやすい共同体とはいい難い面があると指摘されています( 『新しい一歩』Ⅱ―1,Ⅲ―3参照 )。あなたは、〇〇教会がこれまで、神を求め、悩み、苦しんでいる人たちが近づきやすい、開かれた共同体であったと思いますか。

1.開かれていた   2.ある程度開かれていた   3.閉鎖的だった

☆ 閉鎖的だったとお答えの方にお聞きします。〇〇教会には何が足りないと思いますか。あるいは、どうすれば開かれるようになるでしょうか。下記にご記入ください。

 

Ⅳ.〇〇教会に所属されている方にお聞きします。あなたが〇〇教会に所属されたきっかけは何ですか。

1.最寄りの教会だから   2.洗礼を受けた教会だから   3.親戚・知人が所属しているから  

4.通うのに便利だから   5.大きな教会だから      6.その他(          )

Ⅴ.〇〇教会に所属されていない方にお聞きします。あなたは洗礼を受けていらっしゃいますか。また、本日〇〇教会に来られた理由を教えていただけますか。

1.洗礼を受けている   2.洗礼を受けていない

 

Ⅵ.中央地域協力体に所属する各教会は、歴史も古く東京教区の中でそれぞれ大きな役割を果たしていますが、一方では都心にあるために社会的に様々な要因による問題を抱えており、その状況も一様ではありません。しかし、「新しい一歩」で表明されているように、「明日のよりよい教区作り」を目指して、各地域の協力体の中での再編成のあり方が問われています。そこで、このような中でもし再編成を取組むならば、どこの教会とのグループ化が望ましく、またご理解とご賛同を頂けるでしょうか?(2つ以上でも結構です。)

1.麻布教会 2.大島教会 3.神田教会 4.麹町教会 5.関口教会 6.築地教会 7.本郷教会   

8.その他(     教会)(具体的な教会名)    (なお、現在の所属教会以外を必ず、ご選択下さい)

 

Ⅶ.将来的には、新しい地域協力体に、司祭、助祭、修道者、信徒からなる宣教司牧協力チームが編成されることが目指されています( 『新しい一歩』Ⅳ―1―②参照 )。もし、協力を要請されたら、あなたは宣教司牧協力チームに参加しようと思いますか。

1.参加する   2.ある程度協力する   3.参加しない   4.分からない

Ⅷ.『新しい一歩』に関してのご意見がありましたら、ご自由にご記入下さい。

 

 

ご協力ありがとうございました。差し支えなければ下記の項目にもお答えください。

年 齢:10代  20代  30代  40代  50代  60代  70代  80代    性 別:男  女

〇〇教会に所属している方へ:所属してから何年ですか。  ~5年  5~10年  10~20年  20年以上    

所属していない方へ:いつから〇〇教会にいらっしゃっていますか。  今日始めて  時々  (  )位前から

 

 

 

アンケートにおけるコメント集計 (2001年11月)

Ⅲ.現行の小教区制度のもとで、教会はややもすれば内輪のニーズが優先され、外に対して閉鎖的となりがちで、傷つき倒れた人々にとって近づきやすい共同体とはいい難い面があると指摘されています。あなたは、〇〇教会がこれまで、神を求め、悩み、苦しんでいる人たちが近づきやすい、開かれた共同体であったと思いますか。もしそうでなかったら何が足りないと思いますか。あるいは、どうすれば開かれるようになるでしょうか。

 

 

【麻布】今年発足の教会運営委員会の基本方針「開かれた教会を目指す」をスローガンに、教会誌での情報公開や、行事でのコミュニケーション作り、新しい信徒への積極的なアプローチをすることにより「閉鎖的である」という考えは徐々に払拭しつつある。しかし、信徒の輪に溶け込み難い雰囲気、横の関係が一部である、外部への発信がないなど閉鎖的であると言うコメントもある。

 

【神田】主任司祭の努力やホームページ(HP)開設で、以前より開かれてきたと考えられる。特に結婚式情報の取得などのためもあり、HPへのアクセスは日常極めて多い。しかし、昔からの人達で固まっていて入りにくい、一部の人たちだけが全てを握り新しい人が入って行きにくい、などの意見があり、もっと色々な講座や、仕事を持つ者も参加出来る聖書研究会などを開いて欲しい、外部との交流を活発化すべき、などの提言があった。

 

【麹町】主な意見は以下の通り。(1)教会をはじめて訪れた人(信者、未信者含む)に対しての対応が不充分、冷たい。(2)教会内の隣人(見知らぬ人)に対してのお互いの声かけ、交流、気配りが不足している。(3)教会が大きすぎる(信徒数が多い)ためか諸事にわたり行き届かない事が多い。(4)お年寄り、ハンデキャップパーソン、社会の底辺の人々への肉体的な奉仕、貢献が少ない。(5)昔からの信者、古い仲間だけで固まっている、村を作っている。(6)掲示または人による案内が不足している。など。

 

【関口】現状については、(1)入りにくい・冷たい(建物が近づきがたい、気軽に足を運べる雰囲気がない)、(2)挨拶がない(教会が大きすぎて挨拶もない、教会を訪れても誰も声をかけてくれない)、(3)一部の人のもの(古い信者同士の仲良しクラブ化)、(4)共同体の姿勢が問題(カトリック教会全体が閉鎖的)、などの指摘がある。解決法としては(1)声をかけあう、隣人になる(気軽に声をかける、初めての人に配慮)、(2)構内の整備(案内板、窓口など)、(3)地域にとけこんだ活動(地域社会へ存在をアピール)、などが必要である。

 

【本郷】主要な意見は次の通り。色々な接し方に対応した窓口があるとよい。信徒の日常的交流があるとよい。少人数なので外から入りにくい。相談する信徒が欲しい。心とやさしさが足りない。楽しく集まれる環境(キャンプ、スキー)があるとよい。入りやすい、親しみ安い入門講座があればよい。閉鎖的で役員のみのクラブでないようにして欲しい。セミナ-・講演会などで地域の学生、外国人へのアピールをしてはどうか。など。

 

 

 

Ⅷ.『新しい一歩』に関してのご意見がありましたら、ご自由にご記入下さい。

 

【麻布】今回、アンケートでの協力者の大多数が年齢も高く、信者歴も長いため、大司教様への意見を遠慮される傾向になっていると判断される。18%の回答が出ているが、内容的には期待と賛同のものばかりである。小教区再編での反対意見はなかった。教区の状況を受け止めて、その中で協力を伴いながら改革をともに考えるという意見が大勢であった。特に多い意見としては修道会との連携を期待している点である。

 

【神田】あまり意見は多くなかったが、主要な意見は次の通り。(1)東京教区内での神田教会の役割を果たすために必要な方策を取って来ている。すなわち①教会施設の改装・整備、②聖フランシスコ・ザビエル遺骨安置、③土井枢機卿様司教座復活など。また東京教区への経済的支援も非常に大きなものがあり、最近ではホームページの開設により新たな方のミサへの参加も増えている。神田教会は東京教区にとって重要な教会であるので、再編によりその利点や、神父様や信徒の努力が損なわれないように是非留意して欲しい。(2)都心部に位置する各教会は、交通アクセスが良く、周辺文化の集積度が高いために、「集客力」が高く、多くの人々を引き付けることが出来る。代表的教会が連帯を深め、人事及び情報・ノウハウの交換を密にすることは、「社会に受け入れられる教会」となるために重要。また地域協力体内の連絡のため、インターネットを活用することも必要。

 

【麹町】(A)小教区の再編に関する主要な意見は次の通り。(1)小教区の問題がどこにあるのかよく伝わってこない。再編とは具体的にどのようなことか。各小教区の現状を知りたい。学習会を開いたらどうか。教会報などで伝えたらどうか。(2)宣教する共同体作りへの奉仕活動に協力したい。宣教司牧協力チームに賛成。(3)「新しい一歩」を読んで問題点が良くわかった。(4)司祭団、修道者に問題はないか、また教区と修道会の司祭どうしの協力はできないのか。など。(B)教会全体に関する主要意見としては、(1)カトリックの伝統を守って欲しい。教皇に従いもっと霊的なものが欲しい。(2)弱い立場の人々が見落とされないように信徒への心配りが必要。(3)司祭、信徒とも愛が不足している。意識の改革が必要。(4)教会が仲良しグループの集まるところになっては困る。エリート意識も払拭すべき。独善的になってはいけない。(5)信徒自身が自立すべき。自分の出きることをする。(6)若い人、奉仕したい人が動きやすい(参加しやすい)条件作りが必要。など。

 

【関口】(1)『新しい一歩』が良い提言とする意見としては、1)現状打破としてよい、2)自分のこととして受け止められる、3)司祭職の実態に信徒の実態も加味して歩き始めるのが良い、4)今までの閉鎖的・内向きな教会からの脱皮を評価、など。(2)協力したいとする意見では、1)大変必要、2)大司教様にお任せするが協力をする、3)教会統合など実情に応じた対応には協力、4)「広報・宣伝」「サービス・ケア」などのプロチームを育成しステップアップする態勢作り、など。(3)これからのあり方では、1)教会単位ではなく、ダイナミックな共同体の出現を期待、2)プロジェクトチームに信徒・修道者も参加を、3)神父様方の意思統一を期待、4)教会同士の心を開いた近所付き合いが大切、など。(4)、具体的指示では、1)もっと具体的な指示が欲しい。2)分かりやすくアピールして欲しい、など。(5)その他では、1)子供ミサ、英語ミサをやってはどうか、2)修道会の神父の派遣などを考えて欲しい、3)色々な機会で聴くまたは話し合う場は欲しい、など。

 

【本郷】主要な意見は次の通り。(1)各教会がしっかりした体制作りをすることが必要。(2)一般信徒が司祭の働きをサポートするとよい。(3)新しいぶどう酒に新しい皮袋を。(4)将来の教会のあり方について啓発される。(5)共同司牧の説明をやるべき。(6)ミサ典礼だけではなく、価値観や倫理を伝える信者の役割が大切。(7)教会がただ待っているだけでは、信徒が減るのは必至。(8)本郷教会では小さなグループがある。開かれていくために何をするか考えたら良い。(9)統合ではなく司祭巡回がよい。(10)誰にでもできる一歩は、神に真剣に祈ることから。など。

 

 

 

中央地域協力体アンケート集計結果 (2001年10月 )

Ⅰ.現在、東京教区には、個々の小教区では対応しきれず、教区全体として取り組まねばならない緊急で重要な課題が山積しています( 『新しい一歩』Ⅱ―8,Ⅳ―2参照 )。そのため、小教区以外で働く多くの司祭を必要としています。あなたは、このような問題の存在を知っていますか。(全て回答は%表示、以下同じ)

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
1(知っていた) 65 68 46 59 72 73 64
2(初めて知った) 19 22 18 20 21 14 19
3(知らなかった) 12 11 35 20 3 11 15
4(無回答) 0 0 2 0 3 2 1

 

 

Ⅱ.司祭は高齢化し、召命も減少しているため、小教区へ派遣できる司祭数が減少し、いまの小教区の数(約80)をそのままで維持することは、すでに困難になっています( 『新しい一歩』Ⅱ―6参照 )。日曜日にミサのたてられない教会も出てきています。あなたはこのような状況を知っていますか。

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
1(知っていた) 70 70 51 60 76 76 67
2(初めて知った) 16 19 15 19 21 13 17
3(知らなかった) 14 11 33 21 3 9 15
4(無回答) 0 0 1 1 0 2 1

 

 

 

Ⅲ.現行の小教区制度のもとで、教会はややもすれば内輪のニーズが優先され、外に対して閉鎖的となりがちで、傷つき倒れた人々にとって近づきやすい共同体とはいい難い面があると指摘されています( 『新しい一歩』Ⅱ―1,Ⅲ―3参照 )。あなたは、所属教会がこれまで、神を求め、悩み、苦しんでいる人たちが近づきやすい、開かれた共同体であったと思いますか。

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
1(開かれている) 3 3 24 8 10 17 11
2(ある程度) 65 51 55 51 62 66 58
3(閉鎖的) 27 41 17 34 28 14 27
4(無回答) 5 5 4 7 0 3 4

 

 

 

 

Ⅳ.当該教会に所属されている方にお聞きします。あなたが当該教会に所属されたきっかけは何ですか。

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
1(最寄教会) 48 19 11 31 36 51 33
2(受洗教会) 33 26 28 23 32 23 28
3(親戚・知人) 9 18 9 7 0 8 9
4(交通至便) 1 32 16 12 20 8 15
5(大教会) 0 0 6 6 0 0 2
6(その他) 8 14 13 8 20 7 12
7(無回答) 1 5 16 13 4 3 7

 

 

 

Ⅴ.当該教会に所属されていない方にお聞きします。あなたは洗礼を受けていらっしゃいますか。また、本日当該教会に来られた理由を教えていただけますか。 

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
1(信者) 12 0 35 69 75 22 36
2(未信者) 0 5 11 31 25 0 12
4(無回答) 88 95 54 13 0 78 55

 

 

 

Ⅵ.中央地域協力体に所属する各教会は、歴史も古く東京教区の中でそれぞれ大きな役割を果たしていますが、一方では都心にあるために社会的に様々な要因による問題を抱えており、その状況も一様ではありません。しかし、「新しい一歩」で表明されているように、「明日のよりよい教区作り」を目指して、各地域の協力体の中での再編成のあり方が問われています。そこで、このような中でもし再編成を取組むならば、どこの教会とのグループ化が望ましく、またご理解とご賛同を頂けるでしょうか?(2つ以上でも結構です。)

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
麻布教会と連携 0 5 20 3 45 1 12
大島教会と連携 1 0 3 0 3 0 1
神田教会と連携 10 0 31 13 21 24 17
麹町教会と連携 22 14 0 29 21 21 18
関口教会と連携 9 22 23 0 0 29 14
築地教会と連携 23 11 10 3 0 6 9
本郷教会と連携 3 38 6 18 4 0 11
その他 22 14 7 21 7 7 13
無回答 0 27 0 13 17 12 12

 

その他 目黒22件 浅草2件   豊島13件 浅草2件
高輪14件 上野1件   徳田3件  
渋谷2件 暁星1件   聖母病院2  
      他 3件  

 

 

Ⅶ.将来的には、新しい地域協力体に、司祭、助祭、修道者、信徒からなる宣教司牧協力チームが編成されることが目指されています( 『新しい一歩』Ⅳ―1―②参照 )。もし、協力を要請されたら、あなたは宣教司牧協力チームに参加しようと思いますか。

 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
1(参加) 8 11 17 22 24 21 17
2(協力) 31 68 43 43 31 33 41
3(不参加) 9 11 7 3 17 18 11
4(不明) 20 11 33 32 28 25 25
5(無回答) 9 0 0 0 0 4 2

 

 

回答者年齢

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
10代 0 0 1 1 0 0 0
20代 1 0 6 8 1 2 3
30代 9 14 16 16 14 14 14
40代 11 16 19 16 10 8 13
50代 14 24 18 16 21 22 19
60代 35 22 21 19 34 22 25
70代 19 19 11 14 7 22 15
80代 9 0 3 5 7 8 5
無回答 2 5 5 5 3 2 4

 

 

回答者性別 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
男性 12 19 14 17 24 24 18
女性 62 43 32 36 31 43 41
無回答 26 38 54 47 45 34 41

 

 

回答者所属歴 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷 平均
5年以下 10 16 33 19 16 22 19
5~10年 4 8 21 14 16 13 13
10~20年 10 22 19 17 20 15 17
20年以上 55 43 27 18 32 38 35
無回答 21 11 0 32 16 13 16

 

回答総数(人数) 

  麻布 神田 麹町 関口 築地 本郷
設問Ⅰ 77 37 934 251 29 101
設問Ⅱ 77 37 934 251 29 101
設問Ⅲ 77 37 934 251 29 101
設問Ⅳ 77 37 1094 318 25 101
設問Ⅴ 77 37 805 85 4 101
設問Ⅵ 77 37 689 314 29 101
設問Ⅶ 77 37 860 254 29 101

 

 




東京教区再編成  「新しい一歩」に対する各地域、各教会の意見文書




カトリック東京大司教区教区長メッセージ(新しい一歩)に対する提言

2001年12月15日

 

岡田大司教様
教区再編プロジェクトチーム様

城東地域協力体 事務局

 

主の平和

城東地域協力体では大司教様の指針を受け、教区の再編成に対して9~11月の第三日曜日に集まりを開催し、議論を重ねましたが、各小教区での事情が様々な面で異なることもあり、現段階では、「城東地域協力体の意見」として集約し、まとめることはできませんでした。

 

そこで、11月18日(日)に本所教会にて行われた会議の出席者と、その際に出された主な意見をご報告し、さらに各小教区の意見として集約され、現段階で当事務局まで報告がきている内容をお知らせいたしたいと思います。

よろしくご査収のほどお願いいたします。

 

11月18日の会議で出された主な意見

日時:11月18日(日)14:00~16:30

場所:本所教会

出席者:司祭・・・橋口(赤羽)、吉川(本所)

信徒代表・・・安藤、上沼(赤羽)、浅草(鈴木徳)、渡辺、稲川(梅田)、米林(上野)、藤井(亀有)、寺本、猪野(本所)

アシジの聖フランシスコ宣教修道女会・・・Sr菅内、サレジアンシスターズ・・・Sr原

 

主な意見:

・ (橋口神父) 再編に対して、各教会に共通の理解がないので議論ができない。制度上の問題ではなく、司祭間の協力がまず第一で、再編の前の段階。司祭が少ない時代に発展したようになれないか。宣教師は信徒が担った。熱情がなければならない。これをどうするかが議論されるべき。管理のしやすさではない。どんなに制度を変えても、人が働かなければ何にもならない。

・ 財政問題が内包されているのなら、すべての情報を開示した方が皆の再編の動機づけになる。

・ いろいろな面を見直すよい機会ではある。2~3小教区のグループに分けた方が協力体制は作りやすい。

・ 再編の必要性を、教区内の多くの信徒がもっと感じるように、具体的な再編理由を知らせてほしい。教区全体で共通認識を持てるとよい。

 

各小教区、修道会の意見

次のページから、以下の内容で各小教区の意見をご報告します。

 

 

赤羽教会 浅草教会 梅田教会 上野教会 亀有教会 本所教会 サレジアン・シスターズ

 

 

 

赤羽教会

これまでの流れ

★ 教区ニュース第1998年11月158号

白柳枢機卿様からの諮問課題A「司祭の高齢化と召命の減少に伴うこれからの小教区司牧に対する修道会・宣教会司祭の協力について」同B「地域の修道会・宣教会と小教区の相互理解と協力について」に対する答申を当時の宣教司牧評議会が提出。

 

諮問課題Aに対する具体的提案として

(1) 教区長と男子修道会・宣教会の管区長・地区長(責任者)との公式の話し合いの場を設置することを提案いたします。

(2) 教区長と東京大司教区に存在する男子修道会・宣教会の院長との話し合いの場(あるいは教区本部と修道会・宣教会院長とのネットワーク)を設置することを提案いたします。

(3) 小教区を担当する司祭と修道会・宣教会司祭との間の情報を交わす窓口・機関を設置することを提案いたします。

 

諮問課題Bに対する具体的提案として

(1) 一年に何回かは、同じ地域で別々の主日のミサをするのではなく、ひとつの場(小教区の聖堂、学校の聖堂など)に集う機会をもつことを提案いたします。

(2) 小教区における宣教司牧活動に男女修道者(修道女・修道士・修道司祭)が参加する可能性を拡げることを提案いたします。

(3) 小教区との関係を常に考慮に入れバランスを取りながら、小教区の家庭集会の拠点のひとつとして、修道院を活用する可能性を考えていただくことを提案いたします。

(4) 青少年の司牧など、幼稚園・学校教育・家庭・小教区で共通している課題について、様々な協力を推進していくことを提案いたします。

 

★ 1999年教区ニュース166,167,168

「新しい千年期の教会作りに向けて」 アンケートについて、宣教司牧評議会資料、司祭研修会報告(3頁/12頁中)

 

★ 1999年 当時教区長であられた白柳枢機卿様の下、教区信徒に宛て「新しい千年期の教会作りに向けてのアンケート」が行われました。

このアンケートは、2001年3月に開催される予定だった合同評議会の議題となる「東京教区の小教区の統廃合と共同宣教司牧の可能性について」の予備的な調査として行われた。

「司祭の高齢化・召命の減少に伴う司祭の不足と流動化する日本社会の状況を反映した宣教司牧の多様化」に対処していくために信徒の考えや意見を聞くためのものでした。

 

★ 2000年4月教区ニュース172号

アンケートについて森司教様が「試分析」として集計結果を解説。

 

★ 2001年3月教区ニュース180号

教区再編のプロジェクトチームが始動。

 

★ 2001年6月25日大司教メッセージ『新しい一歩』を発表

(7月15日までにこのメッセージに関しての意見、質問を小教区から提出する様要請。)

 

★ 2001年7月22日教区集会開催される

 

★ 2001年7月教区ニュース185号

大司教メッセージ『新しい一歩』の発表と教区集会の報告。

 

★ 2001年9月

7月に行われた“教区集会”の記録が教区から出された。

 

★ 2001年9,10月教区ニュース186号

小教区再編成「ボールは各地域協力体に」

 

★ 2001年11月教区ニュース187号

プレ司祭集会 信徒同様、司祭もとまどっています

・小教区の存在は教区長との契約

・「修道会が小教区を司牧するのは、本来の使命ではない」とは?

・修道会の人事権は司教にはないということを自覚するべきである

 

赤 羽 教 会

2001年11月17日

1.大司教様のビジョンをもっと行き渡らせてください。

 

a・今、何故「再編成」をしなければならないのか理解できるように。

今年6月に発表された「新しい一歩」にあるメッセージに書かれている【「決意表明」(P.5)、Ⅳ,小教区の再編成と教区としての宣教司牧の強化(P.5)、2,教区としての宣教司牧の強化(P.6)等】にあるような事はなぜ再編成をしなければすすめられないのか、説明されていません。

現況の小教区制度のどの部分がどのように現実に沿っていないのか、説明がされていませんし、また信徒達はその必要性を現実の問題として捉えられない人が大勢います。そして、仮に再編成したときの将来のビジョンが良く分かりません。

b・「廃統合」から「再編成」

昨年、岡田大司教様が東京教区長に着任されてから今まで使われていた「廃統合」から「再編成」へと表現が変わっていますが、目的の変化・経緯を説明していただきたい。

c・大司教様とプロジェクトチームとの考えに差はないのでしょうか?

 

2,教区と修道会、宣教会との協力についての話し合いはどのようにすすんでいますか?

 

3,召命について真剣に取り組んで欲しい。

召命については「新しい一歩」には一言も書かれていませんが、どの様に取り組もうとしているのでしょうか?

 

4,地域協力体は基盤になれるのでしょうか?

“城東地域協力体”に関しては、基盤になり得ない。

協力体の集会でも問題の理解度にばらつきがあり話し合いがむずかしい

 

 

 

浅草教会

再編成問題――岡田大司教の教区再編成指針をうけて

(地域協力体のため)

1) まずは現在の小教区内の協力から出発する。 入門クラス推進チーム

 

福音宣布(司牧宣教)へ協力    結婚準備

葬儀準備

堅信準備

福音宣布チーム(対内、対外)

病院訪問

聖書全体から福音の喜びを受け取る「聖書読み」

翌日のミサへの協力

 

2)   1)を基本として、各共同体間の協力をはかる。

上からの構想でなく、下からの構想とする。

 

 

以上

 

 

 

梅田教会

01.11.04 「小教区再編成」 P8 の5つの項目についての具体的意見

 

( 1) カトリック教会は一つである。修道会と教区の教会に分ける事という考え方は間違いである。教区司祭と修道会司祭のそれぞれのカリスマで協働すればよい。

 

( 2) 教区が修道会ときちんと契約をして事務的に運べばよい。

 

( 3) 教区の地域協力体分割については、どんな理由にしろ見直したらよい。見直す必要がある。

 

( 4) 司祭が減少しても、信徒が燃えているなら、それでよいではないか。

 

( 5) 自分に近い教会に行くのがよい。共同体に所属するのが大切。司祭同士の協力が大切。

 

( 6) どの教会も同じ形の宣教をするのは無理だと思う。個人個人が派遣された場所で宣教する。

 

( 7) 共同体の作り直しについて、もう少し具体策を出して頂かないと、信徒一人一人が具体策を出すのは無理なような気がする。

 

( 8) 教区の所属をきちんと地域に限定してきた。現代は急速な移動が多く、既存の方法では無理がある。滞日外国人をもふまえた方法が必要である。

 

( 9) ミサの後の時間を、ここが“ふるさと”と感じられる時間にしたい。人との繋がりが大切。

 

(10) 再編成後の協働司牧になったら、今の梅田のカリスマ(例えば滞日外国人の幼児洗礼)を小教区に生かす事ができる。

 

(11) 開かれた教会を実行していくために、信徒に現在→未来の対比を具体的に示さないと、誤解と動揺をあたえてしまう。

 

(12) 修道会運営の教会のこれから20年を考え(老朽化も考慮に入れ)、一ブロック一教会とし(各修道会)、閉鎖、教区移譲、縮小し、修道会本来の仕事に移行していけば。

 

(13) 小教区の壁を取り除くのに、修道会の働きを期待する。

 

(14) 信徒の横のつながりは各々が「参加・協力」する事に努力し、共同体(互助会)意識を養っていく事につとめ、わかちあい、祈り、学ぶ場を広げ、教会から社会へ向かう。

 

(15) 信徒の把握は本部で全部出来る(パソコン入力)

 

(16) 「新しい一歩」を読んで、司教様の決意と信徒への協力、理解・賛同への希望は良くわかりました。司教様がこの事について一般信徒と速く対話集会を持たれる事を望みます。

 

以上

 

 

上野教会

(上野教会アンケート用紙)
信徒各位

2001.10.7
カトリック上野教会信徒会

 

岡田大司教メッセージ「新しい一歩」に関するご意見・要望の集約

 

カトリック上野教会信徒会では、岡田大司教のメッセージ「新しい一歩」に関するご意見・要望を皆さんに求めます。下記の設問に対して具体的・積極的なご意見・要望をお願いします。10月14日までに聖堂内のBOXに投函してください。集約したご意見・要望を10月21日の城東地域協力体の打ち合わせで発表いたします。

 

 

1.司祭の高齢化と神学生の減少に伴って今後教区は司祭の不足が避けられない状況に置かれます。あなたは、どう対応したら良いと考えますか。

次の項目のうち適当と思われるものを選んでください。

 

1 現状のまま何とか頑張る

2 司祭を教区内の複数の教会に常駐し、そこからそれぞれの教会に派遣をする。司祭は複数の教会を担当し、教会に常駐しない。

3 地域(ブロック)毎に一つの教会を選び、そこに複数の司祭を配置し地域内の各教会に派遣する。司祭は複数の教会を担当し、選定教会以外には常駐しない。

4 教会の数を司祭の数に見合ったものに整備縮小する。

5 外国人司祭を増やし、各教会に常駐できるようにする。そのために早急に外国人司祭の要請をはかる。

6 その他(下記に具体的にご意見・要望をお書きください)

 

 

 

2.上記設問を踏まえて今後近隣教会との関わりはどうしたら良いですか。

 

 

以上(ご協力ありがとうございました)

 

 

 

2001.10.14

カトリック上野教会 信徒会

岡田大司教メッセージ「新しい一歩」に関する意見

問1

1. 信者として今まで通りにと願ってもこのままではといった思いもあります。

未来に向かって新しい出発の為に再編成も必要です。

いつも先頭に立たれているのは神様です。私は従います。

 

2. 主に信頼してみんなで犠牲にしながら真剣に信じて叫び祈る。

それこそが最大の解決だと思います。

 

3. 東京教区の統一した信徒会則が必要。

 

4. 城東地域の小教区を再編成し、司祭が常駐できる教会にする。

それぞれの信徒の希望に沿って教会を選ぶ。

現状のまま残る教会があっては不公平と感じます。

 

5. 地域協力体を基盤として世話人司祭を選任し、地域共同体の一体化事務会計を目指す。

 

6. 実状が詳細に判りませんので如何にしたら良いか答えに困っています。

 

7. 司祭が常駐しなければ、信者が減少しその教会は維持できなくなる。

 

8. 外国人司祭を増やすという事は、外国国籍信徒を受け入れる事と平行して進めたら良いと思う。

 

問2 近隣教会との関わりについて

1. 小教区のあるいろいろな事情を、地域共同体に融和させる為の話し合いを継続して行う。

 

2. もっと交流を深めて、共同で何かをやれたら良い。

私達一人一人が協力しなければならないと思っています。

3. 共同黙想会・研修会・一日バス巡礼などで交流を深める。

4. 福祉に関する事、又は何らかのイベントを計画してお互いに集まる機会を多くするように努力する。

5. 歴代の司祭の中には、個性が強く他教会との交わりを嫌っている司祭がいる。

 

岡田大司教メッセージアンケート集計結果 <回収数:16通>

 

1.・・・・・・・2               2.・・・・・・・・7

2.・・・・・・・3                       17

3.・・・・・・・7

4.・・・・・・・3

5.・・・・・・・5

6.・・・・・・・10

 

 

 

 

亀有教会

「新しい一歩」についての意見

何とかまとまった意見を提言したいと思いましたが、私たち信徒の意識が乏しいと考える現状です。私たち信徒が持っている実状を申し上げて意見とさせて頂きます。

 

1.(今回の)問題点に積極的に取り組もうという意識があまりない。

 

2.会議等での発言は、後日さらなる議論を要求されるという誤解などもあり、なかな積極的な意見が出てこない。

 

3.日々の行事等に追われ、教会委員に任せている面が多く、積極的にこの問題に関わろうとしない。

 

以上のような現状で、現在のところ、「亀有教会の意見」としては集約されていません。

 

12月14日  亀有 藤井

 

 

 

本所教会

 

(本所教会アンケート用紙と集計結果) 
信徒各位

2001.11.4
本所カトリック教会 教会委員会

 

岡田大司教メッセージ「新しい一歩」に関するアンケート

本所教会では『新しい一歩』を400部取り寄せ、連絡ポストに入れました。 

また、同誌の8㌻の7月1日、7月22日の各集会の様子は議事録等で報告しました。

この大司教の呼びかけに対して12月15日までに地域協力体を通して我々信徒の具体的、積極的な意見、要望が求められています。

 

そこで本所教会は、このアンケートを実施し、11月18日に開かれる城東地域協力体会議に報告しなければなりません。皆様のご協力をお願いします。

回答数 44名

(1) 現在東京教区には、個々の小教区では対応しきれず、教区全体として取り組まなければならない緊急で重要な課題が山積しています。その為小教区以外でも働く多くの司祭を必要としています。

あなたはこの様な問題の状態を知っていましたか。(数字を○で囲んで下さい)

 

 1.知っていた  27名     2.「新しい一歩」で知った  13名     3.知らなかった  4名

 

(2) 司祭は高齢化し、召命も減少している為小教区に派遣できる司祭数が減少し、今の小教区の数(約80)をそのまま維持することは、既に困難になっています。日曜日のミサもたてられない教会も出てきています。あなたはこの様な状況を知っていましたか。(数字を○で囲んで下さい)

 

 1.知っていた  28名     2.「新しい一歩」で知った  13名     3.知らなかった  3名

 

(3) 次の項目のうち適当と思われるものを選んでください。(数字を○で囲んで下さい 複数可)

 

 5名   1.現状のまま何とか頑張る。

 

 10名   2.司祭を教区の一箇所に集め、そこからそれぞれの教会に派遣する。司祭は複数の教会を担当し、

教会に常駐しない。

 

19名 3.地域毎に一つの教会を選び、そこに複数の司祭を配置し地域内の各教会に派遣、司祭は複数の教会を担当し、選定教会以外には常駐しない。

 

8名   4.教会の数を司祭の数に見合ったものに整備縮小する。

 

13名   5.外国人司祭を増やし、各教会に司祭が常駐できる様にする。そのために早急に外国人司祭の要請をはかる。

 

(4) 上記の設問を踏まえて今後の近隣教会との関わりについてご意見が有りましたらどうぞ。

 

以上

ご協力有難うございました。

 

 

 

城東地域再編について 

 

平成13年11月30日

本所教会 寺 本 恵 一

 

本所教会では、岡田大司教のメッセージ「新しい一歩」に対するアンケートを 11月4日より11月11日に行い、その結果を城東地域協力体会議に報告、協力体が纏めて12月15日に大司教に報告することになりました。

さて、6月25日に発表された「新しい一歩」を当教会では400部を取り寄せ信徒各位に配布、7月1日の教会委員会連合会、7月22日の教区集会等の様子は議事録をもって知らせ理解を深めてもらい、

大司教のご要望に答える様努めた。

情報を与えるばかりだったので、信徒がどのように考えてくれたのか、確かめる為のこのアンケートにより理解することが出来た。

また、東京大司教区の将来に就いて現状に併せての考えを書いてもらった。

 

大司教は、地域協力体を二つか三つに分けるお考えのようです、それにはどうしたらよいかを問いかけておられます。

これに対しては、このような意見も有りました。

 

1案
分割はしない。

 

2案
Aグループ    浅草   上野   本所
Bグループ    赤羽   足立   梅田
           亀有   町屋   三河島

 

3案
Aグループ    浅草   上野   本所 梅田   町屋
Bグループ    赤羽   亀有   足立   三河島

 

他に、総武地域協力体が東京都側と千葉県側に分かれるような場合。

東京都側に    葛西   小岩   潮見   本所

【小岩 本所 は幼稚園が有る。】

 

また、中央地域協力体が分かれるような場合。

築地   神田   上野   浅草

 

上記二案は、JR総武線 JR山手線 バス路線 地下鉄等交通の便がよく、会合等に都合が良いと思います。

 

 

以上

 

 

 

サレジアン・シスターズ

教 区 再 編 成 に つ い て

各小教区の現実からの意見を参考に熟慮、識別と云うことになるとは思いますが、一つの意見としては再編成に先立って、教会共同体の各役割の於いて「牧者・リーダー・信徒など、それぞれの現状認識、養成がしっかり行われて」準備されることが大事ではないかと思います。

 

城 東 地 域 協 力 体 サレジアン・シスターズ 

 




『新しい一歩』への意見 総武地域協力体

2001年12月1目

7月1日の東京教区教会委員会連絡会での趣旨説明に始去り、7月22日の教区集会、9月30日の総武地域協力体地域集会の中で討議され、各教会で検討されたことを総武地域協力体として集約しました。

(1)小数区の再編成の基本構想について6月25目付け岡田大司教書簡「新しい一歩」で提起された小教区再編成の問題に関しては、そのご趣旨に賛成します。

1.教会本来の使命である福音宣教を遂行する為、小教区制度改革に係わる問題点の一つとして司祭の高齢化と司祭の減少により、現在の小教区をそのまま維持することが難しくなってきていることは明らかであり、小教区の再編成とそれに伴って共同司牧の道に進んでいかねばならないことはよくわかります。 

2.また、共同司牧の問題を教区で考えて行くときに、小教区単位ではなく地域協力体をベースにして討議することを求められたのも、当然の過程と思います。もともと、地理的なものである小教区というものを再編成するときに、隣接した地域でものごとを考えるのは当然ですし、他に方法もないだろうと思います。ただし、実際に再編成の区画整理をするときには、地理的条件・歴史的条件を考慮して再編成の構想を考えていただきたいと思います。

 

(2)教区としての宣教司牧の強化について「問題と課題」の中で8項目の問題を挙げられていますが、その殆どは司教・司祭側の問題であり、信徒としては如何ともしようのない部分が多いと思います。主任司祭は教区長の任命によるものであって、信徒の要請によって特定の神父が主任司祭として小教区に派遣されてくるわけではありません。信徒側に人事権がないという厳然たる事実があります。 

1.共同司牧になれば、小数区が閉鎖的な社会になることを防ぐことができるでしょう。現在の小数区(複数)が集まってひとつになり、そこに複数の司祭が任命される形態になるのですから、悪い意味での○○神父色という従来の主任司祭制度の中での弊害が払拭されることは期待できます。 

2.司祭が交代しても大きな混乱が生じないようにしたいという点に関しては、どなたが来られても、従来となんら変わることがないと期待するのは無理があるとしても、教会運営の面では統一性が必要かと思います。とくに教会の運営管理という面では信徒側がもっと積極的にこれにかかわり、司祭の負担を軽減するべきですし、また、司祭側もそれを受け入れて頂ければ活動範囲が広がるものと考えます。例をあげれば、財務・会計・事務(婚姻登録、転出転入の記帳、信者名簿の管理など)・建物を含む教会施設及び設備機器の管理・保守、などという事項は信徒に任せてしまうのが良いと思います。信徒の中には、社会で豊富な知識と経験を持った方々がたくさんいるはずですので、これを信徒に任せれば、司祭の負担はかなり軽減され、高齢化・人数の減少への効果的な対処策になります。

それでも、信徒数1,000人以上の教会で主任司祭一人の状態では、地区集会の指導・各種勉強会・研究会・個人相談・病院訪問・其の間に冠婚葬祭のミサが入ったりすることを思うと、信徒からみても司祭の限界を感じます。

 3.典礼においても、従来主任司祭が交代すると、こまかい部分で変化があったりしています。各教会の伝統的習慣にもそれなりの理由があるはずですので、教義的に間違っていないかぎりその地域の特色を尊重して維持してゆけば信徒側の混乱も防ぐことができると思います。

4.財務格差の問題がいちばん重くのしかかってくると思います。現在各小教区で集まった月定献金・通常献金の教区への分担は一律15パーセントとなっていますが、これを所得税の累進課税のような方式にして、新しい共同司牧区になってもその中での共通の運営経費として徴収・管理することを提案します。例えば2種類の分担金を作り、教区へ分担するものと新しい共同司牧区に分担するものとに分けることが必要になると思います。

5.複数司祭と修道者・信徒による共同司牧をすれば、司祭個人の資質の違いを平準化することができます。組み合わせの妙によって、それぞれの資質を生かした幅の広い福音宣教が可能となるでしょう。司教の采配に期待いたします。

6. 国際化の問題は複雑であると認識しています。地域的な色彩が濃いのが現状です。たとえば全国的に見ても、ある地域には南米からの信徒が多く、別の地域ではフィリピン人の信徒が多いという現象があります。いっぽう、アジア系の外国人が編入してくることをあからさまに拒絶している小教区もあると聞きます。理想的なことを言えば、主日の目本語のミサに小数区内のすべての外国人も一緒にあずかり、共同体としての活動にも日本人信徒と同じように参加するというのがベストでしょうが、教会の物理的な広さ、言語・生活習慣の違いからこれは難しいことです。属人教会の発展をサポートすることもあわせて考慮することを提案いたします。

 

 

(3)総武地区の更なる分割について

総武地区の更なる分割について、司教様の提案される「小数区再編成」には賛成です。協力体として一つの意見に集約することは致しませんでした。提案された案を併記致します。地理的な再編成を立案するに当たり、面のみで考えず、公共交通機関、道路交通など線での配慮と、それぞれの小数区の歴史的発展過程も考慮の上、立案くださるようお願いします。 

1. 総武地域協力体の6教会をそのま妾1グループとする。

2. 潮見・市川・小岩・葛西で1グループ、松戸・豊四季で1グループの2分割。

3. 歴史的発展状況と交通機関を考慮して、潮見・葛西・築地〈中央地域協力体)で1グループ、市川・小岩・松戸・豊四季で1グループの2分割。

4. 松戸・豊四季・市川・習志野(千葉協力体)、どこの教会へも1時間以上の時間が掛かりまた、公共交通機関の料金が際立って高いという問題がある地域、白井地区の教会新設を再編成という趣旨に沿って考慮していただく事をお願いいたします。

5. 先に述べたように公共交通機関、道略交通事情などを考慮すると、豊四季は他教区である取手との共同司牧も考えられます。

  

(4)修道会との関係について

再編成、共同司牧を実施するにあたって修道会の協力が得られなければ理想とされる容にする事は難しいと考えられ圭す。特に小数区を経営する修道会の理解と臨力は不可欠です。

総武地域協力体には修道会経営の小教区はアウグスチノ会の葛西教会1箇所です。現在も地域協力体に積極的に参加し、協力しています。今後も再編成、共同司牧に積極的に協力していただけるよう協力体として依頼していく考えです。




第2回多摩地域協力体 全体集会 記録と資料

日時:  2001年11月25日(日)午後3時から5時20分まで
場所:  カトリック町田教会 信徒ホール「福音の広間」
出席者:
東京教区 岡田武夫大司教
あきる野 10人、青梅 10人、高幡 15人、立川 8人、多摩 9人、豊田 15人、八王子・泉 8人、泉町 2人、町田 23人  合計101名

岡田大司教の挨拶

多摩地域の皆さん、本日は町田教会にお集まりいただき私の提起した問題について、貴重な時間をとってくださり、ありがとうございます。先週私たちも千葉の方で司祭の集会をもち話し合いをしました。かなり率直な意見の交換もありました。今各地域で話し合いをして、その結果を集約して私の方にお知らせいただくことになっております。それをもとに来年1年かけて具体的な案を詰めたいと考えています。私の考えが、どのように伝わっているのか、不安で、また説明が不十分であるようにも感じています。皆さんの声もよくきいて、どのように詰めていったらよいか、考えていきたいと思っています。

東京教区をどのように進めていったらよいかについて、白柳枢機卿、森司教様が着手されたことを受け取って、それを私なりに考え、進めていかなければならないと考えています。教会の仕組みには教区というものがあって、いろいろな問題は最終的には全部教区長に来るようになっていて、私が責任をとることになるわけですが、あらゆる問題を即決することは無理です。それで今までよりも横の関係を密接にして取り組んでいただいて、一緒に考え、その上で私が(最終的には)責任をとるようにしたい。また多くの修道会に教区を委託しているが、教区との関係が明確でない面もあり、各修道会とも話し合いを進めていく予定です。

今までの皆さんの意見には2通りあり、その1つは具体的なことをもっと提示せよとの意見、もう1つは信徒の意見もよく聞いて進めて欲しいとの意見です。決められたものが快く受け入れられ、実行しやすいものであることが望ましいので、皆さんの声をよく聞いてから決めたい。そして教会の歴史の上でも、現在の共同体が、今までよりも元気が出て、輝くようにしたい。どこかを犠牲にして全体を良くするというのではなく、全部の教区の存在について横のつながりを考えて行きたい。すでにいろいろな意見が出ているようなので、ぜひ宜しくおねがいします。

 

 

各小教区の提言・発表

あきる野教会

提案というわけではなく、こういう意見が出ましたとの報告。

あきる野教会についての概要と新しい一歩について、まとまってはいないがここにでてきた率直な意見。5年前に福生、五日市両教会が一緒になって設立され、今まで何もないところに出来た。教会のあり方について信徒、司祭がともに考え、4つのビジョンが立てられている。墓前、自然に囲まれた、東京教区の教会、手づくりの教会。多くの人が追悼会等に利用している。出てきた意見としては、具体的なことがないので検討しにくい。指摘されている再編成以外にも多くの問題がある。神父と信徒の関係など。多くの問題を順位をつけて検討する必要。提案、信徒側の問題もある、再編成より協力が大事、その他。

 

青梅教会

10、11月2回に分けて信徒の聴取した概要のみ。小教区の配置がアンバランス。3教会を1つにしてはどうか。修道会との密接な関わりも大事である。神父がいなくてもある程度運営できる体制が必要。もっと大きな再編成を将来的には考えた方がよい。もっと女性の力を期待。司祭の老齢化などは小教区ではどうにもならないが、修道会に期待。集会司式者、聖体奉仕者の活用。一般信徒も老齢化しているが、公教要理など司祭の人材不足を補う形もあり得る。地域が広いので福祉の面などで他教会との協力が期待される。

 

質問:高齢者向けの神父とはどのような意味か。答:いろいろなタイプの方が居られるという話題がでたときに、老人ホームなどが多いので、それに適した神父様も居られるのではないか。

質問:要旨にある「もう少しうまく活用」とは。答:集会などに出てくる人が固定化されている。他の人も出てこられるようにすることも期待。

 

高幡教会

アンケート調査によって皆の声を書いてもらった(添付、補足資料)。

基本構想に期待すること–小教区の枠を超えて交流でき活性化が図れる。福音宣教について情報が集まるので視野が広がり積極的になる。施設を共同利用できる。

心配なこともある–神父がいないときがあるとミサなどで地理的に困る。財政の調整がむずかしくなる。何より大事な司祭との心の交流がなくなるのではないか。

そのため、司祭の代理になれる人が必要。助祭制度の確立、司祭を増やすと同時に任期を10年くらいにする必要。

福音宣教に対して、自信はあまりないが、活動のグループはかなりある。学生とのつながりのグループ、聖体奉仕者グループなど。宣教のための教育機関をつくるという考えもある。

再編成については、2分割なら多摩、豊田、立川、(八王子または町田)、3分割なら豊田、多摩、(立川)。こういう教会と結びつきたいというのではなく、その方が自然ではないかとの意味。今後の進め方、手続きなどについては、協力体の中で話し合い、教区の具体案に合意してから次のステップに進む。ゆっくり対応するのがよい。

 

立川教会

10月に信徒総会を行い(80名参加)ここで意識調査をした結果を報告。小教区制にかなり限界を感じている、1人の司祭に限度がある、司祭同士の協力が必要、財政と建築に関して教区全体の方針が必要、教区としての課題が増大、など。

主任司祭は今までになくはっきりと、このままでは社会の要求に応えていないと言っている。しかし信徒は、こうしたらどうかとの意見は今の所出てきていない。一粒会を活発にする、本部の献金を20%にしてはどうか、司祭の問題なのか、または信徒が教会をどのように考えるか、小教区の自立が問題である、など。多摩地域内での利便性を活かしていきたい。

 

質問:本部への献金を20%にする意見には動機があるか。答:多分動機は聖堂の建築(7年前)と関係して出てきた考えである。また司祭の養成等も考え、余分に出しても良いという機運もある。

 

多摩教会

小教区再編成について、居住地域ごとに集会を開きその発言をまとめた。

個人としての発言、あまり緊急性が感じられない、大きな変化には不安がある。

しかし共同体の一員としては、信徒同士の交わり、協力の必要性、司祭が多忙すぎて信徒はその役割を負担しなければならない、との意識はある。祭壇奉仕者が必要、小教区が一緒に活動するためには信徒の意識改革が必要で、これは私の教会などという閉鎖的な考えは改めなければならない。

東京教区の一員として–多くの信徒は、司祭の減少について理解しているが、これは再編成で解決される問題ではない。「協力」ということの意義や具体性が伝わってこない。 東京は(地方に比し)恵まれている方である。常駐の司祭がいなければ少人数の司祭が複数の小教区を受け持つのは当然で、改革とはいえない。また、協力教区は交通の便で考えるべきである。教会内部のことばかりやっていても信者は増えない。もっと外に向けて宣教活動をすることが求められている、等の意見。

これまで漠然とした危機感が次第に現実のものとして示されてきて不安が感じられる。具体的なビジョンを早く示して欲しいという声が多かった。小教区再編成に反対ではない。

 

豊田教会

キャッチボールをすぐに投げ返すのではなく、準備体操をしてから投げ返すこととし、「新しい一歩」に関しての意識調査を行った。自分達に何ができるのだろうかという問題意識と同時にみんなに考えてもらう意味である。皆の心が動いた項目は1)小教区の限界について、共同体は閉鎖的ではいけない、内輪優先してはいけない。2)司祭交代時の混乱について、活動に影響があってはいけない 3)一人の司祭の限界について、小教区の枠を超えることが必要、共同司牧の時機 4)司祭人事について、人数人材面での困難性は理解できる 5)司祭同志は話し合うべき 6)司祭の高齢化、召命の減少 7)小教区の財政格差 8)小教区の枠を超える必要性 等。

これをまとめたものが資料の3枚目である。豊田教会は 1. 家庭的 2. 活動の内容、外への発信の例。ブラジル献金PRの問題、修道会との関係。3. イメージは明るい未来の豊田教会。もっと分かりやすい、具体的な形を。

 

八王子教会

私たちは再編成の問題について、たまたま信徒総会があり、そこで、提案することを了承された個人的な試案があるのでこれを説明。この試案は次のとおりである。

多摩地区をいくつかにするのではなくて、1つの小教区にしてしまう。(9カ所の教会および修道会、宣教会の位置を示してある地域の地図を示して説明)名称は(仮称)多摩教会とする。

本部は立川に置く(交通の便)。各支部の委員が毎月定期的に集まり全体の活動を決めていく。維持費、献金も本部に集約する。司祭は教区より派遣された人数をもとの各支部に配置する。本部には必ず1名。順番は町田、八王子、多摩、青梅、高畑、あきる野、豊田、泉町の順とする。(4名だったら多摩まで、5名だったら青梅まで、となる)。

現在の各教会の活動はそのまま存続する。各支部間で交流を拡げる。

この地域の宣教会、修道会もこの教会の協議会委員として参画する。

 

質問(小塚):立川を中心にする考えについて、大きな教会は自分達のところにふりかかってくる、といった意識は全くない。豊田、泉町などは危機感をもつであろう。意識のちがいがあるが、このような意識が受け入れられるか。答:大きな所は来て当たり前という話しも出るであろう。

 

町田教会

小教区の当面する課題 1)地域交流は近いところが自然であるから、小田急沿線や横浜教区との交流がある。多摩地域の教会とはほとんど交流がないのが現状である。2)新聖堂はできたが、維持管理財政などの問題は大きい。他の地域への信徒の関心は薄い。宣教活動、運営には意見の食い違いが多く、組織化は進んでいない。しかし新聖堂完成を契機に克服されつつあると思う。

集会への提言 1)多摩地域について情報が少ないが、同じ目的を持ったグループとの交流をしたい 2)近隣教会、司祭団との交流、他教区のと交流 3)司祭で話し合い 4)青少年の研修プログラム 青少年の現実問題としてリーダーは2、3回の研修でできるものではない。子供は神父様と接し学んでいくので、神父も話し合いをもつことが大切。

共同司牧の問題点、外国人の問題、教区を超えた協力体制をもっていく必要性がある。

 

質問:町田の場合はいわゆる「神奈川都民」が多いと思うが、多摩地域よりもそういう人達と交流を望んでいる人達はどのくらいの割合か。答:大部分の人が多摩地域以外の交流の方が楽であると考えているが、多摩地域とも交流はしたいと考える人も可成りいる。

 

 

補足意見・提案など(総合討論):

(司会)次の順序で意見を求めたい(1)各教会の現状、当面している課題(2)小教区同志の交流の問題(3)これから将来の共同体・教区のあり方、この順序で。

鈴木成一(町田)私たちは他の教会のことはあまり知らない。町田は横浜のニュースが入ってくる。ある教会では合同の教会案内のパンフレットをつくっている。共同体で情報を共有するためのミサの時間その他、情報交換があってもよい。岡田司教が三つのCという表現で情報共有のことをカトリック新聞に書かれている。私たちは先の一歩を目指したい。

(司会)交流と云うことについて、どういう交流が可能かについての意見はないか。

青柳(あきる野)司会者の主旨と少し違うが、プロジェクトチームがどこまで立ち上がっているか知りたい。それによって私たちの考えも違ってくると思う。全く概略も示されていないのではないか。

(司会)司祭団に説明をして欲しいという意見か。

青柳 今日出た意見は、全体のことを考えている意見、また真剣に自分の所のことを考えている意見もあったと思う。そのように考え方にギャップがある中で、今日の会議をどういう方向にもっていこうとしているのか、位置づけが全然見えない。その辺を明確にして進めたらどうか。ただ話ししただけになってしまわないように。今のステップが見えた形で、みんなに共通の尺度をもってきていただきたい。

(司会)今後のスケジュールなどについてであれば、後で司祭団にお聞きすることでよいか。

あるいはまた、私たちが集会としてもっと積極的なビジョンをもつべきであるとお考えならば、どうかそこまで具体的にご提案ください。そうならば皆さんの反応もあると思う。

(意見)それぞれの教区で考えてもらって発表しているのだから、その中で私的な意見が可成りのウェイトを占めていると思う。そのようにばらばらの状態でこの会議はどういう位置づけになるのかが、明確でない。尺度が明確になっていない。この先どうするかについても、持って帰って報告もしなければならない。

今日はもう意見が出たので、プロジェクトチーム(PT)としてのまとまったものを出していただかないと先へ進まないのではないか。どこまで話が進んでいるといったことをいってもらった方がよい。

 (辻神父)プロジェクトチーム(PT)の一員として少し発言。大司教様が今年の夏に「新しい一歩」を出して、教区集会をした。それを受けて、各教区でそれについての集まりをやって、12月15日までに意見を出してもらいたい段階である。PTとしては具体案をまだつくっていないが、小教区のあり方、あるいは信仰のあり方の「見直し運動」は第二バチカン公会議以後の流れである。この「見直し」の精神は私達の信仰が、よりよく私たちの中だけでなく、社会の要求にどう応えていくのかという視点を強調されて、メッセージの中で8つの課題が出ていた。この課題を乗り越えるために、小教区のあり方、信仰のあり方をどう変えていくのか、具体的に話し合っていただきたい。PTが意見を出してしまうと、12月15日に意見を出してもらう意味がなくなってしまう。その後一年あるいは二年になるかもしれないが、また、メンバーも新しく加わるかもしれないが、皆様と分析し、話し合い、大司教を中心に東京教区のあり方、地域の宣教のあり方、社会にどう応えていけるのか、外に向かう視点を拡げていくための「構造改革」に手を付けていきたい。これが今の現状である。

(意見)非常に抽象的である。ブロックの線引きをつめるには、教会の収容力とか、交通の便とか司祭団のスペースとかを考慮して決めるべきではないか。外国の方にはCTICというものがあるが日本には高齢者にはそれがないとか、具体的なことが線上にあがっていないのは少しおかしいのではないか。

(司会)私たちが聞いているのは、それだから今いろいろ提言をしていて、この次にそれが出てくるだろうと期待しているが、それでよいのではないか。それでは不十分だという意見があるか。

(意見)タイムスケジュール的に先が見えることが必要である。われわれも司祭団も、一生懸命に考えているし、努力したものが見えることは大事ではないか。提案しっぱなしにならないように何とか生かしたい。2003年の何月とかいう予定はあるようだがどうなのか。

(司会)もっと積極的な提言はこのほかにないか。

辻晴子(立川)今日聞いていて司教の書いたものを読んで、具体的な提案を求められていると思った。これに最も応えているのは八王子教会の提言ではないか。他はアンケートとか、現状とかが多い。皆でもっと固まったものを持ち寄って討論しなければならない。今まで交流がなかった、そのような現状は今分かった。答えになっているのは八王子教会だけのように思う。

(司会)多摩地域としてのまとまった提言をまとめていくべきであるとの意見か。

辻(立川)そうです。

津々見(青梅)私の感想は、大司教は、これからどうしなければいけないか(ということであると)私は考えている、ナイスからこれに向けて続いているものとして受け取っている。大司教が今役職上、キリストの弟子として、どう思いますかと問いかけていると考えています。それでよいのではないか。

ナイスの時に全く知らなかったが、他の教会の人が今こうなっていると教えてくれた。いまこのような議論が行われていることをもっと知らせて欲しい。

田中(豊田)ここでみんなが問われているのは、また大司教の心配はよく分かる。司祭がどのくらい足りないのかいつ頃までにどうかといったことを示して、それを各教会で考えたらよいのではないか。

横井(青梅)青梅教会も独立してやっていけるような教会ではない。教区のお荷物のようになっているし、私もぬるま湯につかっている感じがする。大司教のいわれるのはただ小教区の再編という問題に留まらず、もっと大きな、教会そのもののような問題だ思う。何回か会合が必要と思うが、全体のスケジュールを決めて、多岐にわたった問題を、地域協力体の分科会をつくってどのようにいつ頃までにやっていくかを決めていきたい。

(司会)司教様から説明をいただきたい。

(岡田大司教)今すべての意見に応えるときではないとも思うが、多少の説明をしたい。今後のスケジュールについては、大まかなものしか決まっていない、やってみなければ分からないが、これから決める。どういう理解が頂けたのか、どのような反応があるかを集約し、それを見て、何時どのように言えばよいかを決めていきたい。私の個人の希望としては2003年の復活祭を目途にして、新しい体制で少しずつ進めたい。教会というのは一人でやるものではないので、司祭団、信徒も皆さん、修道会、それぞれの考えもあると思うので、それに合わせてできるだけ慎重に、PTの進行状況を見て決めたい。PTは数人でやっているので、できるだけ丁寧にPTの動きを説明している。どんな議論があるかは、冊子にして今までに神父様方からいただいた意見についてはすでに司祭団にはお渡ししてあり、どこまで公開するかも、判断はおまかせしてある。これはどこまでやれと言うことはない。PTは私が就任して初めてお願いして三、四人また後から三、四人加わっていただいて今日に至っている。 (私の)始めの仕事はこれからどうやっていくのかといったことで、私は直接皆さんに呼びかけなければ駄目だと司祭評議会で言っていたので、今までに長い歩みがあるが始めは私が起草したものを司祭評議会で検討して発表した。次にはその後どうするか、教区集会という企画をしたが、良かったという評価と同時に批判もある。今後の進め方については地域協力体という単位でお願いしている。間もなく12月になったらPTの方で来年に向けて進めていく。進め方についてもおたずねしているが、これについてはあまりそんなこと聞かれても困ると言う感じもあるのかもしれない。

私が一番言いたいのは先に皆さんの中で言ってくださっているように、またこれは私の任務だと言うことを就任したときに言ったが、イエス様のお仕事を引き継いで一緒にやっていきたい、特に貧しい人や心を打ち砕かれた人、途方にくれている人、あるいはこの厳しい社会の中で矛盾の中で心をすり減らしている人達にとって何が救いなのか、何が希望、憩いなのかを教会として示してして行きたい、これが使命ではないか、福音宣教ではないかと申し上げた。(これを)皆さんと共にやっていきたい。

日本の教会の流れの中にもナイスというのがあった、これは必ずしもうまくいかなかったけれども、その中で私はやはり良いことを言ったと思う。これは継続し、修正してやっていきたい。しかし今はそのままでは難しい。80箇所の教会にそれぞれ一人の司祭を配置して、その上に多数の外国の信者があり、また多数の人が首都圏で心の問題で助けを求めてきても、どうすることもできない。どこかの小教区で、カウンセリングのようなこともやっていければ信徒の方の力も結集していくことができるのではないか。

私はいろいろなことを考えているが、一人一人がキリストを自分の言葉で伝えていくための研修、分かち合い、典礼も(関根神父の前で恐縮ですが)もっと互いにしっかりやっていきたいが力も余裕がない。典礼委員会も開店休業で、もっといろんなことをやらなければいけない。自分の教会にいつも暖かく迎えてくれる神父がいないことは皆さんにも少し考えを変えていただきたい。(司祭は)日本は可成り多い方で、外国には一~二万人の信徒を司牧している教会も稀ではない。神父も高齢、病気で、フルに働けないことも多い。これもお察しください。しかし全体的に信徒の皆さんによく応えるようにしたいとは、いつも願っています。

大きな変化は外国からの多くの困難をもった人々のことです。その方々のため、専任の神父を決め、寄留者・滞在者を受け入れ、財政的にも裏付けをつくってあげたいと考え、やっております。そのようなことのために小教区のあり方を見直し、力を合わせてやっていきたい。そのためにご理解いただきたい。具体的な青写真を提示したいのですが、いきなりそのようにするのは乱暴なので、皆様に教区の事情をご理解いただき、ある程度ご理解頂けたら次の段階に進みたいと思っております。

自分の時間、体力が許す限り、皆さんにお応えしたいと思っております。神父様方も、私と全く同じでないかもしれませんが、大方同じ気持ちでいてくださると思いますので、どうぞ神父様方にもおたずねいただきたいと思います。

 

閉会の挨拶(関根神父)

大司教様より後で挨拶をするなど、めったにないことです。大司教様の魂の叫びのような声を聞いて思ったのですが、大司教が一人で決定して個人として発言するときというのは、教会の歴史を振り返ると異端になる可能性が非常に多いのです。司教様の気持ちは個人としての岡田武夫よりも、もっと司祭も含めて、信徒の皆さんの意見をよく聞いて、そして、ゆっくりと整理して、時間をかけて決めていくという気持ではないかと思います。私の気持としても、こんな重大な問題を、タイムスケジュールはどうですかといわれて、そんな議論に簡単にあわててのらなかったので、ほっとしています。

今日は王たるキリストの祝日ですけれども、私たちの教会は地上の教会だけではない、皆さんの発言を聞いていると、土地に縛られて、その中から出ている意見が非常に多いので、この際、やはり教会の基本的なこと、信仰を伝えるということに立って、単に物質的、制度的なこと、お金とかでなく、これも大切なことですけれども、もう少し拡げて見ていった方がよいのではないかと思います。

それで私は町田教会の皆さんにも、それほど積極的にこれは重大な新しい問題だと言ってお知らせしていませんでした。「新しい一歩」も教会の中で配って、なくなってまた送ってもらいましたが、お取りくださいと1回か2回呼びかけただけでまだ残っている。

しかしこれは教会として当然なことです。全部の人に情報を伝えることもできません。どんなことでも、毎週言えば同じことを何度もと言って叱られるし、こんな主任司祭の苦しみより、大司教にはもっと大きな苦しみがあるのではないかと思う。私たちに対する、世紀の始めの本当の信仰のあり方を問いかけている。そして岡田武夫という個人ではなくて、東京大司教としての責任の中で、ゆっくりと整理してくれるんだろうなと思っています。それで2003年などといわれたので実はびっくりしました。しかしその時を目途に、徐々に、といってくれましたので、ああ、そんなに急激な改革はないのだと安心しました。

けれども、教会はもっともっと変わらなくてはいけないし、私たちの信仰が生きて伝えられるために、個人としては生きられない、それではどういう風に生きたらいいのか、という問題です。

今日、町田教会に来ていただいて、有難うございます。発表にもありましたように、町田は9割5分までは横浜または城西地区との交流を望むということだと思います。しかしかつては多摩ブロックの青年達と交流もあったし、これは単に地理の問題だけではない、意識の問題もあるかと思います。どのような新しい形でどのような交流の姿が生まれるのか、将来に期待できるところです。そのような意味で、今日この様な集まりがもててよかったと思います。

 

終わりの祈りと聖歌「ガリラヤの風かおる丘」・・

 

各小教区発表要旨と資料

カトリックあきる野教会 提案要旨

あきる野教会の概要、ビジョン

・5年前に福生教会と五目市教会が閉鎖され、新しく設立された東京教区で一番所しい教会 である。

・設立時に信徒全員で、新しい教会の方向性、役割を考え、4つのビジョンとしてまとめた。

「墓前教会」「自然に囲まれた教会」「東京教区の教会」「手作りの教会」

・信徒数は少ないが、4つのビジョンに基づいて、聖堂を建築し、教会の係制度を通じて多 くの役割を担ってきた。

死者の日のミサ奉仕、追悼ミサ、葬儀や夏秋のキャンプなどでの宿泊施設の提供、近隣教 会との交流、山谷の支援活動、病者の訪問活動、各種献金の協力、インドヘの古着寄付etc.

・その甲斐があって、大変名くの方に聖堂を始めとしてあきる野教会をご利用頂いた。

・これからも聖堂建築に寄せられた多くの人の援助を忘れることなく、近隣教会との立場や 歴史の違いをお互いに認識し、それぞれが持っているテーマを共有しながら協力し合い、 お互いに豊かになるようにしていきたい。

「新しい一歩」についての話し合い結果

「新しい一歩」について、10月28目の臨時信徒総会にて話し合った内容。あきる野教会としてまとめた意見ではないが、あきる野教会信徒の率直な意見である。

全体的な内容としては、

・今回の内容は具体的でないため、検討や意見も出しにくい。早く具体的な内容(本当の問 題とそれを解決する手段、考え方)を出して欲しい。考えるための情報が不足している。 今後の進め方も含めて、早め早めに情報を出して欲しい。

・今回出された問題以外に、信徒側の問題や、信徒と神父の関係など多くの検討すべき内容 があると思われる。優先度をつけて検討を進めないと混乱してしまう。

・今回の件をきっかけに、あきる野教会とはどういう所なのか、教会にはどのような問題が あるのか、自分で考えていこうとする意見も多かった。

 

「新しい一歩」についての話し合いで出された提案、質問、意見

1.提 案

(1)バチカン公会議以降も自らを反省することなく、信徒は教会に頼ってきた。「新しい一歩」にはその内容がない。信徒側の問題も考えていかなければ成功しない。

(2)小教区よりも広いエリアで協力、解決することが重要と思う。再編成でなく協力し合える状態が良いと考える。

(3)今の段階で、あきる野教会の評価をしておかないと、地域協力体の中でも話しができない。また、あきる野教会としての特色も出せない。何をしているのか、次に何を残していくのかまとめ、教区に伝えることが必要である。そうしておけば、たとえば宣教にしても何が不足しているのか確認できるはず。

 

2.質 問

(1)問題点、課題が具体性に欠け、本当に何が問題なのか分からない。本当の問題、問題と課題のつながりはどうなっているのか教えてほしい。

(2)資料からは司教や司祭のあり方が主問題と思われるが、これらの問題が組織の再編成でどう変わるのか教えてほしい。

(3)再編成の内容や、代表者の役割や権限などはどうなるのか教えてほしい。

(4)今回の内容は、司教の意見や考えであって、司祭の意見や考えが入ってないように見えるが、どうなのか教えてほしい。

(5)司祭団の意見がまとまってないように見えるが、どうなのか教えて欲しい。

(6)あきる野教会には、お金(借金)の問題がある。聖堂を建築する前に教区ときちんと話しはしているが、これが再編成でどうなるのか教えて欲しい。

(7)今回の内容は小教区で話し合いを持つ前に、地域協力体で行なうものである。小教区で先に行なうのは、進め方が逆ではないのか。

(8)11/25から12/15まで、何を検討し、何をまとめ、どういう観点で何を報告するのかわからないので教えて欲しい。

 

3.意 見

(1)教区はこう考えているが、みなさんはどう捉えているのか、と投げかけられたと捉えた。教区とつながるような意見を信徒から出した方が良い。

(2)開かれた教会にするには、と言う投げかけも必要である。

(3)開かれた教会ということでは、あきる野教会でも話す内容、問題はある。小さな問題、小さな単位で話し合うことはいっぱいあるはず。

(4)自分たちの思いを多摩地区協力体の話し合いや教区に伝えることが重要である。死者の日のミサや追悼ミサ、葬儀、夏のキャンプの場の提供、信徒の送迎など多くの役割とやっていることがある。

(5)教区からは具体的にはまだ出てないが、方向性は出されているので、今あきる野教会の意見を出しておかないといけない。

 

4.要 望

(1)神父や信徒のそれぞれの役割がはっきりしていないため、混乱している部分がある。

  この機会に、神父の総数が減っていくという中で、それぞれの役割分担を明確にしてほしい。

(2)再編成についてのイメージは無限に考えられるが、具体的な内容が固まってないため、早く具体的な内容を出してほしい。

(3)具体的には、立川、青梅、あきる野が一緒になったらどうするか、といったように具体的に考えた方が、宣教などについても考えられそうである。早く具体的な内容を出し  て欲しい。

(4)今回の再編成に関わる話し合いは、1998年の多摩地域協力体でも話している。このような過去の経過が今回生かされてない。もっとシステム的に進めて欲しい。

(5)これから地域協力体などで出た情報を信徒にフィードバックする仕組みを作って欲しい。

(6)神父と信徒との関係や、権限、司牧とは、開かれた教会とは、など再編成以外にこれらの内容についても教区も検討して欲しい。

以 上

 

 

カトリック青梅教会 提案要旨

・小教区の配置が非常にアンバランス。固まっているところは固まっているし、無いところは全然無い。

・色々な問題が多様化してきて、一つの小教区では対応しきれないことが増えてきている。

・交通の便から考えると「立川」「あきる野」「青梅」を一つのグループにしてはどうか。

・小教区内の修道会との密接な関わり合いが必要ではないか。

・小教区独自の問題(建設等)は、小教区内部で解決すべき問題と考える。

・神父の高齢化等で人材が不足されている現状から、神父がいなくても教会はある程度運営できる形をとっていくことが必要ではないか。

・青少年の教会離れ、家族の問題、いわゆる国際化の問題については、一つの教会としては対応が非常に難しいものであり、教区全体として考えねばならない。

・実際に教会を運営しているメンバーは老人とご婦人方が主力。もう少しうまく活用されるべき。

・日本が16の教区に分かれてそれぞれがやっていくというのは非常に無駄がある。

もっと大きく分割して、例えば関東甲信越地区「東京、浦和、横浜」あたりまで含めた大きな教区の再編成を、将来的に考えるべきと思う。

・「福音宣教ということを、信者はどういう認識を持っているか」

「日曜日の御ミサの中の福音が、私たちの生活の中で福音となっているか」

「福音宣教を私たちがどのように理解しているか、認識しているか」

ということをもって第一歩の中にいかないとならない。

・静岡では、チームで担う共同司牧になっている。既に実行している地域の問題点を聞いてみると、もっと具体的なことが出てくるのではないか。

・地域協力体からの世話人司祭の選任が問題になるのではないか。

清水では1ヵ月おきに司祭が変るが、司祭によって異なることを言うので信徒が混乱し不満も多い。

共同司牧は互いに通じ合わないことが多い。

・地域の実状に即して活動するということは、青梅の実状が把握できてないと活動できない。

実状を把握するには、ボランティアをしている人たちの意見を聞いて教会としてできることを探っていく、という方法もあると思う。

・できることからやっていけばいいと思う。

・神父の高齢化、人材不足、人数不足は、小教区のつながりだけではどうにもならない。

各修道会の神父、修道者をまきこんでチームを作らないと、教会だけのグループで広い地域をカバーするのは難しい。

・集会司式者、聖体奉仕者を活用していく必要がある。

・子供が増えれば、教会の問題も自然に解決すると思う。

・日本のカトリック信者の6割は女性。その隠された秘めたものをどんどん出すためにも、集会等に行き、意見交換したほうがよい。

・教会内で挨拶が無い。思いやりがない。教会に来ても疲れて帰る。外見だけではだめ。お互いに声を掛け合うことが大切。

・司祭への召命が少ない。祈りが必要。

・再編成するというのは、現実的に皆感じている。

・現在、小教区同士の交流はほとんどない。

・女性もお互いにカを出し合うことが必要。

・どんな小さなことでも、何かできることを教会を通して一緒にするのがひとつの祈り。

・7月~1O月まで、土曜日の夕方ミサは集会司式を6回行ったが、参加者は10人前後。

そのために、神父様をお願いすることが難しくなってきている。

・年をとって、司祭という道に近い形で奉仕できる制度があってもよいのではないか。

・小教区再編成については賛成だが、東京教区の問題だけとも考えられないし、周りのところとも協力した形がとられるべき。

・半永久的な分割ではなく、問題があったら新しい見直し、再編成がとられるべきと考える。

・草加では、幼稚園にやってきた未信者を呼び込んで、信徒が公教要理を教えた。

神父が忙しくて不在でも、信徒が未信者を導くことができるのではないか。

・教会は苦しみの多い人が来るとは限らない。むしろ普通の人にも通ってもらえるように。 特別の人だけが来るところでない。

・近くの教会と合同で、青少年活動を活発にして欲しい。いくつかの教会が集まったほうが、 人材や対応がやりやすい。

・福祉の面で、立川・あきる野と一緒に行動出来たらよい。

・青梅地区は老人ホームが多いので、高齢者向けの神父を派遣して欲しい。

・神父が専属にならないのなら、情報がきちんと伝わるようにして欲しい。

 

 

カトリック高幡教会 提案要旨

「新しい一歩」への取り組みのため、アンケートを実施して全体意見をまとめようとしましたが、多岐にわたったため、代表的な意見などを発表し、全体的な傾向は補足資料を添付することとしました。

1(イ)基本構想に期待することは

・小教区の枠を越えて交流できることで、信者間の交流が教会の活性化になり、教会活動を 充実させることが出来る

・福音宣教がどういうことかで視野が広がり、宣教に積極的になれる

・中心となる教会に図書室、信徒会館等の施設を充実させ共同で利用できる

1(ロ)基本構想に心配なことは

・司祭が教会に常駐しなくなると困る。また、教会に来られる人に司祭様は今日はあちらで すとかは言えない

・ミサ等の基本的な活動が信徒に対して地理的に不便になるし、教会へ行くのが困難な方(年 配の方、障害を持つ方)が取り残される心配がある

・財政・経理含め教会間の調整が大変だし、事務の煩雑化を招き、経費の使い方に関し非常に難しい

・神父様との心の交流が教会生活の生命線である

1(ハ)基本構想に心配なことを解決するには

・教会に司祭が常駐できないのであれば、司祭の代理になれるような人の常駐が必要

助祭制度の確立なども原点に立って検討が必要

・休日担当医のような司祭が協カ体に居る必要がある

・司祭が常駐しなくなる場合は、コミュニケーションのため任期期間を延ばし(10年くら い)て欲しい

・司祭を増やす努カをすること

2 福音宣教に対しどう考えているか、どのようにしているか、何が足りないか、どうした らよいか

・隣人にキリストの愛を行動で伝えること

・身近な所でミッションをする

・福音宣教は信者として当然実行すべきですが自分は今一つ生ぬるいと感じている

・心のケア等神父様一人の肩に頼っているが、ある程度のことは信徒でも出来ることがある

・失業者のために積極的に教会を開放している姿に接し「本当の教会」とはこういうものと 感じた

3 宣教司牧の強化のためにどうすれぱよいか

・宣教のための教育機関を作り、例えば聖体奉仕者の強化のため、生涯養成講座のようなも のを小教区で実施する

・聖堂や公民館等の公共設備で行事(映画・講演・コーラス・聖書教育)をし、一般の人を 受け入れる

・カトリック系の学校から司察やシスターが出てこないことにもっと危機感を持って信仰教 育をする

・内にこもらず出かけていくこと

・修道会の司祭の方々に広く東京教区の司祭として働いて頂く

4(イ)小教区再編成2分割の場合

  多摩、豊田、立川、(八王子又は町田)

4(ロ)小教区再編成3分割の場合

  豊田、多摩、(立川)

5 小教区再編に向けてどう進めれぱよいか

・地域協カ体の中で話し合い、具申された意見からなる教区の具体案に司祭・信徒会で合意 してから次のステップに進む

・出来ることから一つ一つ進め、問題が出れぱゆっくりと対応して行えぱよい

・モデル地区で2~3年の経験を踏まえて全小教区に徹底する

 

高幡教会の活動グルーブ

受 付

教会の顔とも言える受付は、初めて教会に来られた方への案内、転入・転出の手続き、司祭不在時の電話への応対、「お知らせ」の作成など事務的なことをすべて行っております。

あゆみ編集グループ

高幡教会の機関紙「あゆみ」は、毎年5~6回発行されています。教会内の情報や読み物が掲載されています。

ミカエル・ショップ

玄関入口に小さな売店があります。十字架、御像、ロザリオ、書籍などを日曜日のミサ後に販売しています。ショーケース内にない物でも注文を承ります。平日ご利用の場合は、受付にお願いします。

平日奉仕グループ

平日(現在は週1日程度〉に、教会内の掃除・改善をはじめ、光塩幼稚園の保護者や外来者

へのおもてなし等を通じて奉仕活動を行っています。

典礼奉仕グループ

日曜日のミサを中心とする典礼には、その準備だけではなくオルガン、聖歌、先唱(ミサの進行役)、侍者などの役割にさまざまな人が奉仕しています。

冠婚葬祭グループ

結婚式や葬儀を教会で行う方々のために、式の準備から後片付けまでを担当しています。当事者と同じ地区の方々にも参画頂いております。

図書管理グループ

小聖堂に図書のコーナーがあり、どなたでもご利用になれます。教会の典礼聖歌集の修理なども行っています。

教会映画館

映画を通じて信徒や周りの人々との交流を図るために聖堂でビデオ鑑賞会を行っています。心に残る良い映画を選んで三週間に一度位のぺ一スで企画しています。映画の前後に晴佐久神父の解説があります。お寄せ頂いた感想を毎回文集にして配布しています。

姉妹教会交流会

カトリック教会とプロテスタントの教会が一致できるよう、近隣教会に呼びかけてともに祈る「交流会」を行っています。具体的には、カトリック高帽教会と由木キリスト教会で礼拝をともにする「交流会」などを行っています。

学生空間

中央大学がすぐ隣りにある当教会の特性を生かし、近隣の学生の出会いと交わりの場として教会が用いられるよう様々な活動を行っています。

聖書入門世話係

・洗礼を希望している方、または受けてもいいかなと少しだけ思っている方

・洗礼を受けるつもりはないが、キリスト教の本質を気軽に学んでみたい方

・すでに洗礼を受けているが、あらためて基本を確かめて直したい方

以上の方々を対象に、木曜日(朝10:00~12:00)、金曜日(朝10:00~12:00)、

土曜日(夜7:30~9:30)に講座を開いています。講師は晴佐久神父です。

営繕グループ

教会施設の維持・管理を行うグループです。気のつく範囲で自主的に行っております。

緑の会

意まれた環境にある高幡教会の緑を守るための会で、年間を通じ教会の庭の木や花の世話・草取りなどを行っています。

一粒会奉仕会

一粒会は、司祭・修道者の召命のために祈り、神学生養成のための献金を呼びかけ集金して本部に送金するなどの奉仕をする会です。東京教区信徒全員が会員ですが、高幡教会では「一粒会奉仕会」を作り、これを中心に活動しています。家庭で献金したものを3ヵ月毎に集めています。

定住支援グループ

毎週日曜日に教会の前でコーヒーショップを出しているグルーブです。これは、日本に暮らす滞日外国人の定住のための資金援助を目的として、カトリック東京国際センターに売上金を送金しています。

たんぽぽの会

毎週木曜日、教会の3階で活動しています。インドのマザーテレサの会に送るキルトケット(毛布)を作るのが活動の中心です。その他、山谷の「山友会」や、群馬の「あかつきの村」に中古衣料・食料品などを送っています。

アカシア会

NPO釜ヶ崎支援機構の一つである援助修道会の仕事を物品の販売や募金で協力する会です。

和解を願う会

本会では、マルク(インドネシア)での宗教抗争を私たち自身の問題として捉え、キリスト各教派・教会へも呼びかけながら、両教徒に真の信仰に基づいた「和解」を願い、その実現を支援していきたいと思います。

以 上

高幡教会補足資料

1.基本構想とは、・新地域協力体を基盤とする ・世話人司祭のもとで協力体内の調整を行う ・会計・事務を協力体として運営する、などです。(「新しい一歩」IV. 小教区の再編成と教区としての宣教司牧の強化を参考にして下さい。)

基本構想を進めるにあたり、

 

1(イ)期待することは何ですか。

小教区の枠を越えて交流できることで、信者間の交流が教会の活性化になり、教会活動を充実させることが出来る

若年層の信徒の活動・交流がより活性化する

数教会共同の企画などで、大勢の司祭や信徒で考えて活力を出すことも出来る

会計事務等の効率化が図れ、地域・教会の格差が少なくなる

中心となる教会に図書室、信徒会館等の施設を充実させ共同で利用できる

司祭と信徒が個人的な関わりに偏っているので、司祭の交替に際して混乱がない

聖書研究会、家庭集会などに色々な神父様に来て頂ける

神父様達によるリーダシップが強化される

福音宣教がどういうことかで視野が広がり、宣教に積極的になれる

信者が自主的に教会を支えて行くようになる

インターネットの活動で重複なく質の高い活動が出来る

神父の高齢化と減員・不足から再編成はやむを得ない

 

1(ロ)心配なことがありますか。

洗礼を受ける教会の決定を含め、地域社会を中心にした今までの小教区での結びつきが弱くなり、良い意味での帰属意識が薄れる

神父様との心の交流が教会生活の生命線である

ミサ等の基本的な活動が信徒に対して地理的に不便になるし、教会へ行くのが困難な方(年配の方、障害を持つ方)が取り残される心配がある

ミサが今まで通り行われるか

信徒も教会に疎遠勝ちになり、ミサに与る教会員の人数の減少が予測される

司祭が教会に常駐しなくなると困る。また、教会に来られる人に司祭様は今日はあちらですとかは言えない

常駐司祭がいない場合、病人の間題・緊急の場合の病者の塗油・通夜や葬儀の間題がある

小教区が宣教の現場であるのに司祭の宣教が不充分になる

司祭が移動するのに今の交通状態では時問が計れない(ミサの時間などが不正確になる)

小教区が無くならないようにして欲しい

今迄以上に司祭の仕事が増え司祭の体がもたない

財政・経理含め教会間の調整が大変だし、事務の煩雑化を招き、経費の使い方に関し非常に難しい

財政的に苦しい教会への負担が増え、月例献金の集まりや修繕積立金が集まり難くなる

人々が保守的なので仲々馴染めない

複数の教会の纏まりのため精神が費やされ活動が中途半端になる

信徒に自立を課している感じで不安感が残る

 

1(ハ)その場合どのようにして解決できるでしょうか。

司祭の減少に伴う小教区再編成は、他の教区の先進事例を参考に、皆で話し合いをして進めて行く

今の地域単位の活動を維持し、そこでの交流を大切に、きめこまやかに進めて行く

新地域協力体の基盤整備をしてから行う

最初から上手く行くとは限らないので、新しい機構のスタートを引き延ばさないように、とにかく一歩踏み出すこと

小教区の再編は交通の便を考慮して透明性の高い再編をお願いする

教会に行くことが信徒にとって重要であって司祭は誰が来ても構わない

世話人司祭が代表、他の司祭が小教区兼務の運営で司祭と信徒のつながりを密にする

休日担当医のような司祭が協力体に居る必要がある

ミサ頻度・時刻の見直し。開始時刻をずらすことで司祭のミサの負担を減らし外向きの宣教を増やす

教会に司祭が常駐できないのであれば、司祭の代理になれるような人の常駐が必要

司祭が常駐しなくなる場合は、コミュニケーションのため任期期間を延ばし(10年くらい)て欲しい

現在の9時11時のミサが1回となっても、この教会で行って欲しい

信者が連帯・協力してバックアップするより方法は無い

10代~30代の若い信徒の活性化を重視する

司祭を増やす努力をすること

カトリック全体をアピールする活動をもっとすべき

助祭制度の確立なども原点に立って検討が必要

 

2. 福音宣教に対してあなたはどう考えていますか、また、宣教のため現在あなたなどのよ  うな宣教活動または奉仕活動をしておられますか。そのために何が足りないか、将来ど  うしたいかを教えて下さい。

隣人にキリストの愛を行動で伝えること

キリストの聖心に自分の心のチャンネルを合わせること(祈り)

今まで無視していたものに関心をもったり何かの拘りを捨てたり、自分の心の回心が大切である

教会は信徒が皆で支えるものであり、それぞれが住んでいる地域の小教区への意識がさらに深まる。

心のケア等神父様一人の肩に頼っているが、ある程度のことは信徒でも出来ることがある

失業者のために積極的に教会を開放している姿に接し「本当の教会」とはこういうものと感じた

神と個人との繋がりがあれぱと信仰を細々と続けてきた

地域のボランティアや福祉に身を置きながら教会のミサで力と元気を頂いている

体の不自由な方と交流しミサにあずかっています

将来役立つことを考えカウンセリングの勉強をしている

身近な所でミッションをする

聖書の勉強会、家庭集会、教会活動、グループ活動などに積極的に参加している

今は教会生活の中に自分を置くことを中心に考えている

友人と会った時などなるべく神父様の話されたことを話題にして少しでも分かち合いたい

福音宣教は信者として当然実行すべきですが自分は今一つ生ぬるいと感じている

友人等に受洗を勧めているが今のままでは無理

家庭集会などリーダー的な役を推し進める人材がいない

ボランティアとして出来ることがあればして行きたい

教会が地域の奉仕活動のやり方から学ぶことが多い

宣教というと肩に力が入るので自然体で出来ればもっと広がりが出来る

外国と比較して教会に市民権が薄い感じがある

PR不足である

教会の社会への働きかけが足りない

神父の数は減少しても牧師は今も結構いて教会も小さくても沢山ある

プロテスタントとの交流を密にして助け合う

定年退職者等を終身助祭にもっと活用すべきである

 

3.宣教司牧の強化のためにどうすればよいか教えてください。

一人一人が如何に地の塩・世の光になりうるかにある

カトリックのイメージが弱者の味方と言う風に変えなければならない

内にこもらず出かけていくこと

宣教のための教育機関を作り、例えば聖体奉仕者の強化のため、生涯養成講座のようなものを小教区で実施する

現在都心の研修会が多いが、司祭の専門性を活かし各協力体に浸透するように研修をしてほしい

聖堂や公民館等の公共設備で行事(映画・講演・コーラス・聖書教育)をし、一般の人を受け入れる

若者の集まるイベント企画

司祭が福音宣教に集中できるよう司祭でなければ出来ないこと以外は多くの信徒で行う

修道会の司祭の方々に広く東京教区の司祭として働いて頂く

終身助祭の制度を見直し、もっと助祭になっていただきやすくする

カトリック系の学校から司祭やシスターが出てこないことにもっと危機感を持って欲しい

カトリック系の学校に各学年1組くらいは信徒子弟を入学しやすくする

教会に所属しない神父様達でグノレープを作り、カトリック系学校以外の学校で活動を盛んに行う

特定の教会を特定の国の人たちのミサにする

司祭の独身制に拘る必要はない

インターネットの利用などで強化する

4.小教区として新地域協力体の中で協力して行きたいと思う教会を次の中から選んで下さ  い。(次:多摩地区教会)

4(イ)2分割の場合(多摩地区が2つに分けられます)

多摩、豊田、立川、(八王子/町田)

4(ロ)3分割の場合(多摩地区が3つに分けられます)

豊田、多摩、(立川)

 

5. 小教区再編に向けて、どう進めればよいですか。お考えを教えて下さい。

出来ることから一つ一つ進め、問題が出ればゆっくりと対応して行えばよい

月1回くらい日曜日のミサを持ち回りで行うとか、日曜学校・中高生キャンプなどを合同で行う

ある程度の方向性を出し信徒の意識が深まったら、時間をかけず着実且つスピーディに行う

地域協カ体の中で話し合い、具申された意見からなる教区の具体案に司祭・信徒会で合意してから次のステップに進む

試案で試行中に経過を検討し、最終案をまとめ、正式に実施する

モデル地区で2~3年の経験を踏まえて全小教区に徹底する

現在の地域協カ体の枠内の再編成が中心でも、他の地域との再編も認めるべき

タイムリミットはきちんと設けて、信徒側の、意見を聞きながら、急がずにじっくり時間をかけて進めて欲しい

他の教区での対応を調査し、それを参考にして進める

教区の具体案に従う

2003年からの実施は時期尚早である

司祭の数の減少に合わせて実施する

進捗状況がいつも見えるようにする

 

 

カトリック立川教会 提案要旨

■立川教会信徒の問題意識調査

○カトリック立川教会臨時信徒集会

○2001年10月28目(日曜)午前11時~午後12時15分

○辻主任司祭以下、約80名の参加(所属信徒総数約1300名)

そう思う そうは思わない

・小教区制に限界を感じている  60%  40%

補足)閉鎖的社会である 多数(約半数)

補足)司祭同士の協力が現行制度で困難 多数

・司祭が交代すると大きな混乱が起きる   7%  86%

補足)小教区は主任司祭次第   多数

・一人の司祭には限度がある 100%  0%

・司祭人事に多大な困難がある 100%  0%

・司教と司祭、司祭同士の協力が大切    94%  3%

・司祭は高齢化し、人数も減少している 100%  0%

・財政と建築に関し、教区全体の方針が必要  94%  3%

・教区として対処すべき課題が増大している  96%  4%

■辻神父の冒頭説明

○35年前の第2バチカン公会議は、「時の印」といわれている。

○それは、当のヨーロッパではカトリックは、もはや社会と遊離した存在で、とくに、男性 から相手にされない存在であった。

○しかし、当時の日本で広「カトリックは、個人の問題」との認識で、ヨーロッパとは大き なギヤツプがあった。

○その後、日本でも「開かれた教会」「家庭」のテーマで、NlCEが社会的問題に取り組 んだが、結局、信徒の意識が変わることが無かった。

○現状でのカトリック教会は、宣教する上でも、教会の構造上も、社会の要求に応えていない。

○このままではジリ貧の道をたどることになると、神父達はあせっている。

■信徒の意見

・一粒会を活発化して、司祭を増やすようにしたい。

・本部への献金を、今の15%から20%へ増やしてはどうか。

・今回の課題は、ほとんどが「司教と司祭の問題」ではないのか。

補足)主任司祭より、信徒が教会をどう考えるかによる。いずれにせよ、教会は変わらなくてはならない。

・信徒の問題と捕らえるべき。

・地域の区分の仕方を検討して欲しい。

・葬儀など、小教区での地域、地域での自立が必要。

・立川教会の多摩地区での利便性(60台もの駐車場、中央線、モノレール)を生かしたい。

■現状でのまとめ

信徒総数、約1300名のうち、(問題意識の高い)約80名の状況です。自分自身が積極的に関わろうとする、緊迫感があるとは言えません。ましてや、それ以外の信徒の問題意識は、これ以下てしょう。

立川教会は、8年前(1994年)の新聖堂建築に際しては、信徒の聞に当事者意識はあったものの、それ以降は、「司祭が常に2人いる、大きな教会」、「誰かが委員として、教会運営してくれている」と、言った状況でした。「新しい一歩」を、立川教会の信徒が、「教会をどう考えるのか」、「自分に何が出来るのか」との重要な呼びかけと、捉えています。(文責教会委員長 光安秀雄)

 

 

 

多摩教会における小教区再編成の話し合い骨子

多摩教会は岡田大司教様の小教区再編成メッセージについて、これまでに信徒の居住地区ごとの集会を開き、それぞれの自由な発言をメモにまとめました。以下はそれに基づいた発言内容です。

「新しい一歩」を読み直して、個人が教会をどう意識しているかという観点を3つにまとめてみました。

1.ミサに預かり、祈る個人としての私の教会がある。

2.共同体の中の信徒として、私の教会活動がある。

3.地域協力体、東京教区、ひいては世界のカトリック信者としての私がある。

上記3つの観点を踏まえながら出された意見のいくつかを列記します。

[個人である私として]

1.自分の中に再編成の緊急性、司祭不足の緊急性が感じられない。

2.当然来るべきことが来たと思うが、大きな変化には不安がある。

3.複数の司祭から学べることは、信徒にとって大きなメリットである。

[共同体の一員として]

1.信徒同士の関わり、協力をもっと密にしてゆかなければと思う。

2.ミサの時間や教会共同体の運営に関して、司祭がどの程度関わるのか等を早くはっきり提示してほしい。

3.信徒として、教会での役割が聞違いなく増えることを意識しなくてはならない。

4.司祭がいろいろなことをせねばならず、多忙すぎる。司祭が典礼に専念するために、信徒はその他の役割を負担しなければならない。

5.信徒の祭壇奉仕者を増やしてゆく必要がある。

6.複数の司祭になると、小教区運営の一貫性が保てなくなる恐れがある。

7.複数の小教区が一緒に活動するためには、信徒の意識改革が必要だ。たとえば「これは私の教会だ」などという考え方は改めねばならない。

[多摩地域協力体・東京教区に属する私として]

1.多くの信徒は、再編成の最大の要因を「司祭の減少」と理解しているが、再編成しても司祭の減少を解決することは出来ない。再編成のキーワード「協力」ということの意義や具体性がはっきりと信徒には伝わっていないように思える。

2.小教区に常駐の司祭がいないところも多い。そういう小教区にとっては小人数の司祭が複数の司牧を行うのは当然であり、改革などといったものではない。

3.主任司祭交代のとき、混乱を生ずることがあるが、協力教会との組み合わせになれば、混乱がもっと頻発する可能性があることを覚悟しなければならない。そのような場合、教会へ来る人が減るのではないかと危惧する。

4.再編成を実施した場合、小教区にはどのような痛みが考えられのか。これが見えないと意見を出すのが困難であり、信徒個人の、あるいは小教区のエゴが出る。

5.協力教会は交通の便から考えるべきである。協力教会間ではたとえば堅信式を合同で行う。

6.今のカトりックは自身の教会内部のことばかりやっている。もっと外に向けて宣教しなければ。信者が増えれば司祭も増える。司祭は宣教活動のあり方について信徒に伝えてほしい。関連だが、若者の教会離れの理由を考え直さなければならない。どうしたら若者が教会に来るようになるのか、再編成しても教会に来る信徒だって老齢化するのだから、根本を変えなければカトリック教会の前途は厳しい。

 

上記のように、信徒としてこれまで漠然として抱えていた危機感が現実のものとして示されたことに対する不安を訴える声が多い。それゆえ、具体的なビジョンを早く見せていただきたいという意見が多かったとの印象です。

しかし、小教区再編成に反対するのではなく、これには神のご意志、聖霊が働いているのだとの認識で一致しています。

   以 上

(文責:多摩教会教会委員会委員長 鈴木真一)

 

 

カトリック豊田教会 提案要旨

(グラフはPDFファイルを参照して下さい)

 

■1「新しい一歩」に関しての意識調査(1)

I 小教区制の限界について 

(ア)共同体は閉鎖的ではいけない

(イ)内輪優先してはいけない

(ウ)司祭の横の連携を制度化すべき

(エ)多摩ブロック時代は他の教会との関係が良かった小教区の特徴がなくなるのでは

 

II  司祭交代時の混乱について

 (ア)教区活動等に影響が有ってはいけない

(イ)一貫した宣教司牧にしたい

(ウ)自己表現の差違が起因

 

III 一人の司祭の限界について

(ア)一人の能力的にも難しいと思う

(イ)小教区の枠を越える事が必要

(ウ)信徒を含めた共同司牧の時期

(エ)センター的なものからの通勤は修道者、シスターとの交流が出来れば他の教会と横の繋がりが有れば

 

IV 司祭人事に対する司教の困難性について

(ア)小教区越えた人事も理解出来る

(イ)入数人材面での困難性は判る

(ウ)交代制にしては司祭との意見等の交換は必要

 

 

■「新しい一歩」に関しての意識調査(2)

 

V 司教:司祭 司祭:司祭間の協力について

(ア)司教は共同体の声に聴くべき

(イ)司祭同士で理解し合うべき

(ウ)困難はチームワークで補う

(エ)司祭と信徒の協力が大切

(オ)司祭団司教団の問題では

 

 

VI 司祭の高齢化、人数の減少について

(ア)高齢化、召命・派遣者の減少

(イ)小教区越えた仕事が増加

(ウ)司祭が全小教区に居住は困難

(エ)司祭がやめられる事も一因では少子化にも一因が

 

 

VII 財政と建築について

(ア)小教区に財政格差が有る

(イ)鳥鍬的財政建築計画が出来ない

(ウ)全体計画があって小教区計画に

(エ)ガラス張りにして明確に維持費の考え方が不徹底では

 

VIII 教区が対応すべき課題について

(ア)外国人信徒が増大

(イ)国際化から受け入れ時期

(ウ)小教区の枠を越える必用性が

(エ)社会のニーズに答えるべき小教区が先ずまとまるべき自ら行動する人になるべき外国語ミサや日本語教室を

 

 

カトリック豊田教会 資料

■豊田教会には、こんな「良さ」があります。

・小さな共同体ですので、みんなが分かち合える仲間です。

・とても教会に対して思い入れが強く有りますが、家庭的で暖がい雰囲気が有ります。

・例え幼児が泣いたとしても、受け入れて共にミサに授かる事が出来ます。

・信徒一人一人が自身の問題と置き換える事が出来ます。

・でも、神父様がいなくなったら施設の管理が心配になります。

 

■外への発信は、こんな形で行っています。

・幼児教室の「ラッコの会」に1回/週ほど信徒ホールを提供したり

・AA活動に3回/週信徒ホールを提供したり

・あかつきの村に学資資金を送金したり

・又、特別養護老人ホームに2回/月ボランティア活動で訪問したり

・バザーの収益金から二十数年に渡りブラジル献金を継続しています。皆さんもともにそうがも知れませんが私達も立正佼式会さんと共同で祈っています。

・「お泊まり会」だって教会学校主催で続けていますが、以前行った事も有りますが、他の教会の方々との共催を望む声もあります。

・もっと、教会施設のPR(看板掲示)をして布教宣伝活動に努めようと思います。

・それから、宣教会、修道院との関わりを求める声も有ります。

 

■教区の明るい未来は豊田教会が担います。

・豊田教会の信徒の皆さんは、新しく神父様をお迎えしてとても張り切っています。

・今、豊田教会の在る多摩平地区は団地の中高層化が進められていて、街の活性化ともに大幅な人口の増嵩が見込まれます。

・「聖ルドビコ茨木豊田教会」設立当時の信仰に対する熱い思いが思い起こされます。

・日野市としては、バランスの良い入口構成を考えているようですが、社会現象にもなっている老人人口の増嵩は、高い老人医療費、寝たきり老人数、単身高齢者家庭を生み出しています。又、外国人人口も1459人(12年)を数え、雇用が不安定な経済状況の中では、母父子家庭問題、幼稚園児の待機時増蕎、等容赦なく弱者に襲いかかっているように見えます。

・一方、地理的な面より見ますと、八王子、立川、高幡、多摩の各教会との豊田教会は中心的位置に在りますので、連携を持つことは出来るのではとの意見も有ります。

・又、近い小教区で纏められたらとの一部声も在りました。

 

■でも、心配もあります。沢山の問題が幾重にも複層しているようにも思えてなりせん。  もっと具体的な形で示して頂けたら信徒にも判りやすいのですが…

 

 

カトリック八王子教会 提案要旨

1)多摩地域協力体を1つの小教区とし運営する。(仮称:多摩教会)

2)多摩教会に存在する9教会は各支部(仮称)として存続する。

3)本部は立川におく。(交通の利便性優先)

4)運営は各支部の委員が定期的(毎月)に本部に集まり全体の活動を決めていく。

5)献金・維持費等の金銭面も本部に集約し、各支部に発生した必要な運用を行う。

6)司祭は教区より派遣された人数をもとに各支部に配置される。本部には必ず1名。

 (他は町田、八王子、多摩、青梅、高幡、あきる野、豊田、泉町の順)

7)各支部で行われている活動は原則継続し、各支部間での交流を広げ活性化させる。(SVP、聖体奉仕等々)

8)多摩地域に存在する宣教会・修道会等も多摩教会の協議会委員として参画する。

 

 

 

カトリック町田教会 提案要旨

◎町田小教区の当面する課題

町田小教区は東京教区の中でも孤立していると云われるが、地域的な問題(小用急沿線という意識や、現実の交通の問題など)もあり、他の小教区との交流も決して多くないし、活発ではない。

多摩地域よりは従来から交通便利な教会や横浜教区の方が信徒にはなじみがある。

新しい聖堂は立派にできたが、新しい聖堂の維持管理、管理費の増額、東京教区への借入金返済計画の推進、なによりも財政基盤の確立等、大変である。信徒の組織化もあまり進んでいない。大部分の信徒は東京教区にも多摩地域にも関心が薄く、個性の強い信徒が多くて、お互いに分かち合ったり交流したりしない。信徒の間で一致を見いだすことはかなり難しい。しかしこのような現実の困難も、今後は新聖堂建設を契機として克服されつつあると思う。信仰を成熟させ、近隣の人々に対してもだれでも暖かく迎えられるような教会でありたいとの希望をもっている。

 

◎集会への提言として

上記のいくつかの困難にもかかわらず、多摩地域共同体への提言について、小教区の信徒の中で集会を行い、話し合いをしたところ、かなり積極的な発言、提言があった。これらを要約すると次のとおりである。

1)町田の私たちは近隣の教会所在地や主任司祭のお名前も知らないので、多摩地域共同体の今までの歴史とか今後の目標を知りたい、あるいは考えてみたい。

2)各教会の中で現在活動している信徒のグループで、同じ課題と取り組んでいる他の教会のグループと交流を密にしたい。できればグループごとの集まりを共同で行い、適当な担当司祭がおられればお願いしたい。各教会での取り組みを合同で行うことにより活動内容について活性化できる。この地域での活動が適当かどうかは、実行を通じて自ずから分かってくるのではないか。

3)近隣教会、司祭団との交流、教区のトップと他の教区のトップとの交流があれば、近隣教会との協力体制がつくれると思う。司祭で情報交換をして話し合いをして、教会コミュニティーの活性化を図ることが必要ではないか。私たちは近隣教会として、多摩地域以外に、相模原・藤が丘・百合が丘等を考えに入れて協力体制の構築を考えていきたい。

4)地域交流は近いところが自然だが、各教会広報の交換や各教会で多摩地域のニュースのコラムなどをつくり、知ることが第一ではないか。共同のホームページ作成なども検討されてよいと思う。

5)青少年の宗教教育に重点を置いた研修プログラムを近隣地域で設定して、布教体制のための研修プログラムも地域で考えたらどうか。

そのほかに地域と関連して、次のような問題も話し合われた。

◎若者の教会離れの問題

青少年の宗教教育については教会、小教区同志の交流の問題とも関係して多くの意見が出されている。

青少年、土曜学校等が活発にならないのは大人達の無関心にも原因があるのではないか。青少年の宗教教育レベルアップのための研修プログラムの創設が望まれる。他の教会と連携して、青年を海外に派遣、勉強会の開催等の経済的援助もできるのではないか。この事に関しては土曜学校のリーダー等から活発な意見が述べられた。

◎その他

共同司牧についての問題点や懸念、外国人向けの教会、外国人に対する対応などについて、地域共同体としても考えるべきではないか、等の意見があった。

あらゆる分野でバリアフリーが推進される時代に、教会の地域共同体は「超教区の協力体制」を構築する必要がある。

以 上




2001年司祭集会での『新しい一歩』の趣旨説明

2001年の司祭集会に際し、先日発表の『新しい一歩』について、あらためて趣旨を説明し、司祭団のご理解ご協力をお願いします。

 

前任者の意向を引き継いで

また東京教区司祭団の働きを尊重し、同時に、第2ヴァチカン公会議後の日本カトリック司教協議会の動きに学びつつ、自分自身の考察と体験を踏まえての、わたくし自身の決意表明と協力の要請であります。その内容は東京教区の司祭研修会と司祭集会などの流れにそって、小教区の再編成に絞っています。

 

 

教区本部の改革

ただし、わたくしが目指しているのは、単の現在の小教区を改革する、ということだけではありません。小教区の在り方を改革しながら教区自体を刷新することを目指すものです。『新しい一歩』でも述べておりますように。教区本部機構の改革と機能の充実をも視野に入れています。

新しい教会法においては、教区本部事務局は、たんなる事務執行機関ではなく、「教区全体の統治、特に司牧活動の指導、教区行政の遂行及び行使において、司教を助ける諸機関及び人々」によって構成される機関(第469条)と位置づけられています。

今回のこのメッセージの背景には、明治以来の教会の歩みがあります。昨年の森司教の講演で指摘されたように、日本のカトリック教会は、教区、小教区、宣教会・修道会などの働き適切に統合されていないという、分断の痛みにいまなお担っています。この現状を直視し、教区司教の本来の任務を明らかにすることを通して、教区内の諸勢力を結集し、さらに教区の間の連携を推進しつつ、日本の教会の福音化を強化していきたいと切に望んでおります。

 

 

福音化の使命の遂行

教会の使命は福音宣教です。(パウロ6世教皇の『エヴァンジェリイ・ヌンチアンディ』にしたがって、「福音宣教」というより「福音化」というべきかもしれません)。

この福音化を推進する責任者が司教です。

『新しい一歩』で次のように述べました。

「宣教する共同体、弱い立場の人々の救いとなる共同体として教会が刷新されるためには、小教区の在り方を根本的に見直すことが不可欠です。そしてそのためには、まず、「小教区の再編成」が緊急最重要課題である、と考えます」。

そして、この考え方の背後には、着座式で述べたわたくしの決意表明があります。司教の任務を行うに際しこのとき述べたことばを常に深く心に刻み付けて歩んでまいりたいと思います。

そこできょうあらためて皆様司祭団のご理解ご協力をいただき、主イエスにならって、この首都圏において弱い立場に置かれた人々、圧迫されている貧しい人々のやすらぎ、なぐさめ、はげまし、力、希望、救いとなり共同体の建設と発展のために力を尽くす決意を新たにしたいと存じます。

とくにいま、外国からの居留者と精神的な圧迫されて苦しんでいる多くの人々の友となり助けとなるための教会のネット・ワークをつくり広げていく必要を強く感じています。

 

 

司教のイニシャティヴとリーダーシップ

いま、困難な状況に置かれているわたしたちの教会において、教区司教のイニシャティヴとリーダーシップが切に求められております。わたくしは微力でありますので、教区の皆様、とくに司祭団のご理解ご協力を必要としております。『新しい一歩』は司祭団のなかより結成されたプロジェクト・チームでの話し合いと司祭評議会での論議をへて準備され起草されたものです。その背景には、司教としての使命・任務を遂行しなけれならない、という意識が強く働いています。「ともかくはじめなければ何もできないのではないか」という気持ちでこのメッセージを発表しました。

2001年の司祭集会においてあらため、「司教としての務めを果たしていきたいので皆様に助けていただきたい」ということを強く訴えたいと思います。

 

 

三つのC

このプロジェクトを遂行するためにもっとも大切なことは「協力」cooperationということです。協力はさまざまなレヴェルにおける協力ですが、何よりまずわたしたち、司教・司祭の間の協力です。

協力するためには相互の理解と共感が必要であると思います。それをコミュニケーションcommunicationということばで言い表しましょう。これはいろいろな意味での分かち合いです。わたしたちはこのコミュニケーションはコムニオcommunionにつながるコミュニケーションとして大切にしたいと考えます。

すでにイエス・キリストの司祭のつとめにおいて一つであるわたしたちが、自分のいただいている召命の理解を深めながら、具体的に、この課題、すなわち小教区再編成において協力することを最重要課題ととらえ、この3つのCの実行につとめるよう決意し、そのように皆様にもお願いする次第です 。

 

 

地域協力体での話し合い 

目下、各地域協力体でいくつかの設問に基づいて話し合いをしていただき、その結果を集約して12月15日までに教区事務局に提出していただくようお願いしております。この司祭集会でも同じ設問について話し合っていただきたいというのがプロジェクト・チームとわたくしよりのお願いです。

地域協力体をベースに話し合いを進めるということは一つの選択でした。「名前だけで何も機能していない地域協力体があるのにそこから出発するというのはいかがなものか」という意見があることを承知しています。それでもあえてその道を選びました。ともかく名前だけになっていても,この機会に、小教区再編成を小教区同士で考えていただくことが必要かつ有益であると考え、またこの作業と過程をへて、新しい協力の体制(態勢)が芽生え育つことが期待できると考えたからです。

 

 

来年度の具体的な課題

現在80前後の小教区・分教会を20内外の単位に総括する、という方向で準備をはじめたわけです。これは大変なことです。

再編成される20のグループには「世話人司祭」が選出されます。この役割を明確にしていかなければなりません。

また財政と会計がどうなるのか、が大きな課題です。転出入などの事務処理をどうするのか、も問題です。

どのグループもまったく同じ体制になるのか、場合によっては柔軟に対応するのか。

いっせいに新体制へ移行するのか。

その他、さまざまな課題・問題が予想されます。

とくに修道会委託教会の場合は、丁寧で慎重な協議が必要です。

すでに宣教会・修道会の責任者との話し合いの機会を二度ほど持ちましたが、これからは1月末までに、応個別に各宣教会・修道会責任者と司教との話し合いを行う予定で調整中です。

 

 

来年度の予定について

2003年復活祭以後の新体制への意向を目指して具体案の取りまとめを行いたいと考えています。

来年一年でさまざまな協議・検討を行い。最終案を作成します。それを何らかのプリセスをへて確定に持っていきます。そのプログラムは今のところ未定です。

この作業には多くのエネルギーが必要です。司教と教区事務局にはかなりな分量の通常任務があります。これに加えて新しい任務を実施することは無理であると判断し、もっぱらこの任にあたっていただくプロジェクト担当司祭を任命したいと考えております。

また、本年、突然、教区集会を実施しましたが、本年もこのような集会が必要になるでしょう。これも重要な検討課題です。

 

 

人事と教区本部機構改革

司教にとって人事異動がいかに辛い務めであるか、ということは十分ご理解いただけるものと思います。来年春の人事異動は再来年の人事を考えて、できるだけ最小にとどめたいと考えておりますが、どうしても在る程度の人事は実施しなければなりません。

なお、教区本部機構の改革の必要を述べましたが、それには当然、人事異動が伴うことになります。教区事務局のことだけではなく、諸委員会の改組も必要となるでしょう。また、再編成されたグループと司教とのコムニケーションの道筋も考えていかなければなりません。これにも人事が関係してきます。

新しいグル-プと現行の地域協力体との関係がどうなるのか、も考えていかなければなりません。

新しい教会法の規定を参照しながら、どのような可能性があるのか、じっくり検討していきたいと思います。

 

神父様方の日ごろのご苦労ご協力にこころから御礼申し上げます。

わたしたちが聖霊の恵みに助けられ、司祭の務めを最後まで忠実に果たすことができますよう、互いに祈りましょう。

 

 

2001年11月19日 

 

東京大司教 ペトロ 岡田武夫

東京大司教 ペトロ 岡田武夫

 

 

(司祭集会での講話のために用意された原稿で、当日必ずしもこの字句どおりに伝えられたわけではないことをお断りします。2001年12月30日に修正をしました。)

 




新しい一歩を踏み出すにあたって -「教区集会」を終わって-

十 主の平安

 

急なことであったにもかかわらず、去る7月22日の教区集会には各教会代表の皆様のご参加をいただき、皆様とともに東京教区の緊急重要課題について説明と意見交換の貴重な機会を持つことができました。この集会開催に協力し参加してくださった皆様に厚く御礼申し上げます。

教区集会に際して皆様より、多くのご意見、ご感想、ご質問、ご提言をいただきました。教区集会は決議の場ではありませんでしたが、皆様よりの率直な反響を知ることができたことを大変有難く感じています。その皆様の反応のなかにはすくなからぬ、戸惑いと疑問、不安の声も含まれていました。わたくしはこれを真摯に受け止め、なおご理解いただけるよう努力するとともに、いっそう皆様の叫び、願いを理解するよう努めたいと思います。

わたしたちは文字通り「新しい一歩」を踏み出したところです。これから皆様と一緒に、責任を分担しながら、「新しい一歩」の課題に取り組んでまいる所存です。

冊子「新しい一歩」の「お願いとお知らせ」(8ページ)で述べておりますように、各地域協力体・小教区で「新しい一歩」で述べていることについて話し合いをしていただくようお願いします。ここでは、話し合いのポイントとして6項目があげられておりますので参考にしてください。本日は「教区集会」の結果を踏まえてあらたに、さらに次の点にもご留意いただけますようお願いいたします。

 

  1. わたくしがこの冊子で述べていること、とくに「Ⅱ.問題と課題」をどのように受け取られたでしょうか?ご理解いただけたでしょうか?率直な感想をお聞かせください。
  2. 小教区の再編成についての具体案ができているわけではありません。それは皆様のご意見を何い、検討を重ねてからのことです。小教区再編成にはさまざまな課題・問題が伴います。順次、問題点の整理をおこない、信徒の皆様の協力をいただきながら問題の解決にあたる所存ですのでご助言をお願いします。
  3. 「小教区の統廃合」という表現は誤解を招くので使わないことにします。今存在する教会共同体を活かし発展させるための再編成であると考えています。決して事務的画一的な縮小整理を考えているわけではありません。そこで、教区・小教区の活性化のために、わたくしは各教会共同体と地域協力体にあらためて次の間いかけを行いたいと思います。

    皆様の共同体あるいは地域協力体は、どんなユニークな特色を持っていますか?どのようなことで教区と教会、社会に奉仕しますか?あなたの教会の「自慢」「売り」は何ですか?自分たちの共同体はどんな点で特に他の共同体と社会に貢献できるとお考えですか?

 

以上の問題に対する解答を地域協力体ごとにまとめてお送りくださるようお願いいたします(2001年12月15日、締め切り)。

なおわたくしはあらためて各地域協力体にお願いして、今回の「教区集会」に準じて、「地域集会」を開催していただくことにいたしました。各地域協力体の司祭のなかから各2名の「地域集会呼びかけ人」を選任し、信徒の代表と相談しながら、その準備と運営にあたっていただく予定です。その集会にはできるだけ司教はじめ、プロジェクト・チームの司祭も参加し、対話と意見交換を行います。

平和旬間を迎えるにあたり、聖母マリアの取次ぎを願いながら、主なる神の支配と平和が私たちの心と地上に行き渡りますよう祈ります。

 

2001年8月1日
東京大司教  ペトロ岡田 武夫




教区集会記録

この記録は教区集会の録音テープを起こして、少し直したものです。

参加者:  

岡田大司教

プロジェクトチーム: 岩橋神父(関口教会)、幸田神父(西千葉教会)、辻神父(立川教会)

司会: 寺西神父(小岩教会)、森山神父(吉祥寺教会)、

チェレスティーノ神父(事務局長)

記録: 江部神父(事務局)

教会代表者: 

地域 司祭 女性信徒 男性信徒 合計
中央 8 11 19 38
城東 6 10 23 39
城西 5 16 25 46
城南 7 11 25 43
城北 6 20 25 51
武蔵野 6 12 16 34
多摩 5 9 24 38
総武 3 13 20 36
千葉 7 20 30 57
合計 53 122 207 382

 

その他、自由参加: 50名位

ボランティアー (受付、交通整理、場内整理): 25名

 

1.はじめに

 

(1)教区集会開会宣言(事務局長)

(2)教区集会開催の挨拶(岡田大司教)

(3)司会・進行の紹介

(4)プロジェクトチーム司祭の紹介

 

2.祈りと聖歌

 

3.第一部

 

(1)質問用紙と質問の説明

 

(2)岡田大司教の説明

 

▼教区集会を開催するにあたって

とまどいがおありと思う。急なことであり、その主旨がよくおわかりいただけなかったのも無理がないと思う。メッセージは「新しい一歩」という題名。→主旨、気持ちをできるだけおわかりいただけるよう務めたい。きょうはその第一歩である。第一歩にすぎない。第一歩を踏み出さなければ始まらない、成し遂げられない。これから時間をかけて一緒に取り組んでいきたい私たちの共同作業の出発とご理解ください。

短い時間に、皆さんのご意見、ご感想、ご提案をおくってくださいました。心から御礼申し上げます。

 

▼きょうはその第一幕、序幕。皆さまの声をうかがいながら、これからの作業をおこないたい。

 

▼「新しい一歩」p.8《事務局からのお知らせ》、がこれからの予定を述べている。

各地域協力体でお話しくださいとお願いした。地域協力体や信者の共同体にこちらから出向いて行きたい。その前に小教区の代表者に直接お話するのがよいのではないか、という神父様方の、司祭評議会の意見をうかがい、急遽教区集会を招集した。きょう皆さんに私たちの話を聞いていただき、皆さんも他の教会の皆さんの意見を聞いていただいてお帰りいただく。教会に持ち帰り、8ページの問いかけをお考えいただき、いろいろな機会に相談いただき、その結果を地域協力体単位でとりまとめて私どもに提出していただきたい。きょうから約半年間。それは第1段階。さらに第2段階、第3段階に進みたいと希望している。

 

▼プロジェクトチームと信徒の皆さんの参加

 

▼浦野師(休暇中)。このたび新たに3人の司祭をお願いした(紹介)。3人の司祭は9月から加わっていただく。

 

▼なぜ信徒が入っていないのか。「私たちの声を聞いてください、私たちも入りたい」たいへんありがたいこと。→いま、司教と司祭でやっている。どういう形で協力いただくのか、ということを大きな課題として考えていきたい。出だしは司教と司祭であるが、きょうから信徒といっしょにやっていくプログラムを考えていきたい。

 

▼「新しい一歩」

一生懸命書いたが、うまく伝えられない。論旨が明確でない。しかし、一生懸命書いて伝えた。→東京教区のメッセージというより、私のメッセージである。私が昨年東京教区に就任して以来、自分に課せられている使命・役割をずっと考えてきた。そのような私の考え、気持ち、思いをまず皆様に披瀝しお伝えし、皆さんのご意見をお聞きし、ご協力をお願いしたい、というこちらの立場からのものである。皆さんにご協力をお願いしたが、自分の立場から書いている。当然のことだが、そのまま伝わるかどうか、立場の違いがある以上、意識の違い、この問題についての思い、温度差があるのは当然。一方的に皆さんに強制、命令することを毛頭考えていない。「私はこういう問題を持っている。私はこうしたいのです」を皆さんに話し、ご意見を聞きたい。そういうものです。

本日のことは、東京教区の歩みの中で次第に明確になってきたものである。(資料参照)

 

(資料の説明)。 いままでの歩み(資料)、急に出てきたことではない。日本の司教協議会の歩み、東京教区の歩みの中で出てきた、クローズアップされてきたものであることをご理解いただきたい。(プリントの説明)。白柳枢機卿様、森司教様お2人が精根込めて打ち込んでこられた東京教区の司牧、ご指導。その中で、特におこころを用いられたのが、この小教区の問題である。おふたりの司教様の意向をくんで、その思いをいただいて今回このようなメッセージをお送りした。

 

▼多くの方々からいろいろなご意見ご感想をいただいた。

 

▼理念:どういう理念にもとづいているのか、どういう方針なのか。もっと明確にしてほしい。ごもっともな指摘。理念とは何を指しているのか。明確でないという指摘はしっかりと受け止めていきたい。

 

▼私は、「新しい一歩」で、《東京教区の責任者として》、というところで、自分としてはどういう決意を持って東京教区の司教の努めを果たしていくか、ということを表明した。自分の旗印として、進んでいきたい。

 

▼p.4~5 ・ →この思いをどういうふうに具体化していったらいいか。→なすべきことはたくさんあるが、東京教区の今までの歩み、前任者のことがあるが、小教区の問題を一緒に取り組んでいくことが、教会をそのように変革していくのに緊急であると認識した。より開かれた共同体、互いに助け合い、宣教に励むことができる態勢に変えていきたい。いままで小教区は宣教を担ってきたと思う。しかし、小教区という制度はどちらかというと守りの姿勢、司牧の態勢、積極的に外に向かってイエスを宣教し、証しする態勢としては弱かったのではないか。そのような思いを持って、これから私たちの教会を新たにしていきたい。

 

▼多くの方々、多くの教会からご意見をいただいた。多岐にわたる意見、様々な意見をいただいた。すべて拝見し、ありがたく受け取らせていただいた。たいへん激励してくださるお手紙もある。大賛成である、しっかりやってください応援しますというご意見もある。どちらかというと冷たい反応、何をやってもあまりたいしたことはないという反応も「新しい一歩」が最後の一歩にならないようにという、忠告?もある。この機会にわたしに伝えたい、訴えたいということを書いている。→今回の集会の主旨にはずれることもある、無視することは考えていない。きょうの集会で取り上げることはしないが、そのようなご意見を持っている方がいらっしゃるということを受け止めたい。

 

▼寄せられた質問・意見に対する答えの形での話、説明

 

●「新しい一歩」の・→8項目に分けて書いた。整理した。→そこに書いてあることはそうだが、それは司祭の問題ではないか。司祭の資質、司祭が自分でしっかりやっていただくことなので、どこか変えればどうなる、というものでもない、という意見もある。司祭の、司教の問題であるが、限りある人間。→それでも自分の限界や弱さを認め、それを前提としてそれを乗り越えるために、どこをどう変えたらいいか、ということをお聞きしたい。私たちもそう思っている。

 

●召命促進をしっかりやれ、司祭が高齢化し、足りなくなった。→だからこうなった。そのためには(召命)。司祭の養成が先決ではないか。それはそのとおりごもっともだがそれをやりながら、今の状態をよくしたい。そして今の小教区のありかたは一朝一夕になったのではない。日本の社会の変動、歴史の中で一生懸命やってきたが、小教区本来の姿在り方と離れていることもまちがいない。

 

●司祭の人事異動に関する困難:それも司祭の問題なのだが、司教も司祭も限界はある限られた条件のなかで悪戦苦闘している。皆さんのご理解・ご協力をいただき、宣教司牧に立ち向かっていきたい。

 

●信徒の意見を重視し、を登用する。→どういうように信徒の役割を位置づけるのか。司教、司祭、信徒、修道者の方々と同じ教会を構成し、役割を担っていくのかを考えていきたい。これからの私たちの課題。

 

●取り組み方が性急ではないか。もっと腰を落ち着けてやったらどうか。→そのとおりだが、よく伝わっていない面も。第一歩を踏み出すわけである。これから時間をかけて問題・課題を整理し、その問題別に取り組んでいく。詳細なプログラムはこれから。性急にならないように気をつけたい。

 

●司祭の間の協力と言われるが、大丈夫か。→言われるまでもなく、司祭はたいへんなことだと思っている。教会はイエスが12使徒を任命し、力をあわせてやるようにと言われた。できないからやらないというわけにはいかない。困難でもやる。一律に、司祭が皆同じ向きを向く、同じことをするというのではない。我々一人ひとり、自分のいただいた能力や特色を生かし、互いに認めあい助け合っていけるような、教会の在り方を追求していきたい。司祭は小教区だけでなく、いろいろな仕事もしなければならない。守りの仕事もあるが、攻めの仕事もある。教区レベルでなすべきこと、あるいは日本の教会のための仕事、他の教区と力を合わせてする仕事、司教協議会、神学校の仕事もある。司祭団の協力こそ今回の課の一番大切なポイントであると考えている。

 

●修道会担当教会と教区担当の教会とのこと。→よく話し合ってほしい。会計・人事等いろいろな課題がある。しっかり、大丈夫か、と。これをやらなければ、我々の明日はない。修道会・宣教会の代表とは、先日私から主旨を話し、協力を要請した。

 

●世話人司祭:今の地域協力体を分割し3~4の共同体を一つのグループに再編成するという構想を申し上げた。仮に世話人と呼んでいるが、どういうものか、どういう役割かどういう権限か、その中身を明確にしなければならない。現在、主任司祭に与えられている権限(婚姻等)はどうなるのか等、何も決めていない。世話人司祭に対する司牧上の権限をどうするか。本来司教がなすべきことを司祭に委託しているのが、小教区の主任司祭の権限である。改めて、だれが何をしたらいいのか、ということをよく見ていかなければならない。皆さんにご不自由をかけないよう、今まで以上によく奉仕できるような態勢にしたい。司祭でなければできないことに専念していただきたい。信徒ができることはします、と。信徒・司祭・修道者のチームを作ってその協力体のなかで、まとまりのある教会の活動ができるようにしたいと望んでいる。

 

●教会における女性の参画を重視してください。いろいろなことをする用意がある声をかけてくださいと言ってくださっていることに心をとめたい。

 

●この再編成の具体的な案の提示もある。

 

●これからの進め方:こころのこもったていねいな助言もいただいた。段階的にゆるやかな移行をすすめたほうがいいのではないか。当初ゆるやかな連携、連合。助け合うことから初めて、今後の司祭の人事とにらみ合わせながら、少しずつ教会と教会の結びつきを進めていった方がいい。もう一つは、モデルケースを作って、それをよく見た上で全体におよぼしていったらいい、というご意見も。

 

●再編成を機会に、財務・財政、会計のルールを確立し、互いに共通のルールに則って円滑に教会の財務を運営するようにしたらどうかという意見も。

 

●その他、今回の小教区の再編成とは直接関係ないかもしれないが、いろいろな建設的な提案もいただいている。

 

>こころの悩みに答える、相談を受ける人を養成するコースをつくったらどうか。

>司祭・信徒が一緒に学ぶ宣教神学校のようなもの。

>アジアの視点を大切にし、アジアの国々との交流の中で、教会としての成長を。

>終身助祭を登用したらどうか。

>祈り グループで。もっと祈りを。

>「宣教」、人々を宣教に向けて派遣する、宣教を真剣に。

>教会建築のこと。再編成のなかで新築・改築等どうしたらいいか。教区全体として宣教司牧計画のなかで調和のある教会の在り方をいっしょに考えていきたい。

 

●皆さんからお聞きしたご意見を踏まえて、よく伝わっていないと考えた点を説明した

私ばかりでなく、プロジェクトチームの神父から補足をしていただければ。

 

(2)プロジェクトチームの補足(特になし)

 

(3)質問のしかた(説明略)

 

●質問用紙を整理する。この場で司教から説明していただいたほうがよい質問に答える。他はプロジェクトチームに渡し、考えていただく。

 

●用紙に書いていただいた方に質問の主旨を説明できるようにしていただく。

 

〔休憩を延長し、15:10から第二部を始める〕

〔トイレの説明〕

 

 

4.第二部 15:13~

 

(1)質問と説明

 

Q)永島(清瀬)

きょう、我々に何を呼びかけたいのか。(質問用紙)

概略概要は、様々な意見を集約し、ご紹介いただいた、という部分がその範疇に納まっていたのではないかと思う。もう少し具体的にどうお考えなのか、お話の中で「方針」というおことばがあったが、少なくともこういう方向性で進みたい、ということをもう少し具体的にお話いただきたい。そのことによって私たち信徒がどうすればよいのかということも、改めて私たち自身のこととして考えやすい。

 

A)大司教 

こころのこもった、詳しいご意見をいただいている。「もっと具体的に」、ということですが、具体的にということの中に何が入るがわかりにくいが。わたしが(皆さんに)お聞きしているのは、わたしが感じている問題について「どう思いますか」「わかりますか」、「あなたはそうだけれども我々は違うのだ」、ということをまず聞きたい。次に、東京教区の立場で今話している。でもこれは東京教区だけでは解決できないこともあるし、隣接の教会との関係も非常に重要である。

 

(他の方も)小教区の再編成よりも教区の再編成のほうが重要ではないか、とのご意見もある。それもごもっともだが、教区の再編成は東京教区の問題ではない。東京教区も努力して取り組むべきことだ。今回は小教区の問題に絞りたい。小教区のことをやれば教区の再編成につながるだろうということはいえる。教区については、1987年第1回ナイスのときに、今の教会の制度についての提案があり、その中に2つの画期的提案があった。教区の再編成と小教区の再編成があった。小教区については各教区で取り組むことだ。教区については一つの教区だけではどうにもならなくて、司教団がプロジェクトチームをつくって取り組むことになった。森司教様・島本司教様が中心になってチームが作られた。司祭や信徒の方に協力を呼びかけた。私もメンバーの1人になった。4~5年かかって、冊子の形で答申された。その中に3つの選択肢があった。

・日本全体を3つの管区に統一する。

・管区のなかで協力(財政・人材面)する。

・今の枠組みのなかでできるだけの努力をする。司教たちは第二の、管区のなかでできることから進めるということを採択した。3つの管区(管区の説明略)。管区会議を開いている。今までの具体的実りとしては、東京管区にきている外国の信徒を協力してどのように司牧していくか(手引き書→外国人と日本人をどうして区別するのか。差別ではないのか。小教区における秘跡の授与の見直し等が行われた)。まだ途上にある。教区の再編成はその段階で取り組んでいる(足踏みしている)。

 

東京教区の責任者として、「こういうふうに変えていきたい」といっている。今の小教区をより宣教に開かれた在り方としてに再編成したい。今すでに存在している地域協力体を基盤に、私たちの在り方をもう一度見直す新しい宣教チームを作るべく、そこに向かって、皆さん一緒にやっていきましょう。どういうふうにするかはこれから皆さんにと相談し具体的なことを決めていく。今はそれ以上詳しいことは申し上げられない。

 

Q)水谷(木更津)

8項目の問題、課題が再編成によってどの程度解決されるのか。

 

 

Q)中野(西千葉)

理念は十分理解した。しかし、具体的なメリット・デメリットがイメージできないので、具体例をあげて説明してほしい。

 

A)幸田(プロジェクトチーム)

「新しい一歩」の2ページ3ページにある、問題と課題が8つある。それに対して、5ページ・の再編成がある。再編成をすると、1~8の問題が解決されるはず。だけどほんとに解決されるのか。逆にデメリットもあるのではないかということだと思う。根本的には、一番私がわかっていただきたいことは、このままでは私たちの教会はどうにもならない、ということ。これがなかなかわかってもらえない。私は千葉で働いているが、千葉の人と東京の人と随分温度差がある。教区が担当している教会と修道会が担当している教会とでも温度差があると思うし、年代によっても危機感に差がある。もしかしたら司祭の間でも。それで、とにかくもうこのまま、今のままやっていくと、どうしようもなく、今30代~40代の司祭はこの先とんでもない目にあってしまう。放っておけば、一人でいくつもの教会を担当することになって、ただただ司祭は死んでいく倒れていくというふうに本気で考えている。そういうなかで何かしなければいけないというのが、再編成の一つのポイントだと思っている。

もう一つ。問題と課題の8番がすごく大切なポイント。小教区の再編成だけではなくて教区が教区としてこの社会の中でキリストの証し人として生きていく。そのための活動を充実させよう。今現在一番はっきりした活動をしているのはCTIC。それ以外に、東京教区としての活動を本気でしていこうというその点。そのことがものすごく大切なことだと思っている。すべての問題が解決されるわけでもないし、いままでの小教区が持っていた良さ、司祭と信徒の親しいつながり、などがある程度失われてしまう。電話しても神父は教会にいない。なかなかつかまらない。そういう問題も当然あると思う。そのようなデメリットももちろんあると思うが、このままではどうにもならなくなる、ということを分かっていただければと思う。

 

A)寺西

わたしは70代に入り、小教区の再編成は死んだあとだろうと思い、割合平気でこういう司会などしている。幸田神父は30代と70代のはざまで、悲壮な叫びをあげている。その辺は信徒の方と現場の司祭と悲鳴のあげ方、種類が少し違いがあるだろうと思うのでぜひ彼の悲鳴をあげているということを分かっていただきたい。

 

Q)竹岡(松戸)

スケジュール、プロジェクトチームの役割、今後のスケジュール。他にもたくさんの方々が似たような質問あり。いつごろどういうことが・・。なぜそういう質問をしたかというと、きょうの話の中で、教区全体の中でも司教様あるいは司祭が取り組む問題と、信徒だけで取り組むもの、共同で取り組むもの、いろいろなものがある。そのなかで地域協力体が今の形、新しい形かわからないが、その目標を地域協力体自身が取り組むのか、あるいはプロジェクチームが調整するのか。もう一点は目標に取り組む場合、目安があるのか、3年なのか5年なのか、10年なのか。目安があればご教示いただきたい。

 

A)大司教

今後のスケジュールの目安。今のプロジェクトチームはこの課題について問題の整理を行い、皆さんに伝え、かつ問題を解決し、私が考える教会の在り方に向けてどういう方向で歩んでいったらいいかを提示するのが使命。それを実行するためにはどういう問題があるのか、それをどう乗り越えるのかということになる。8ページにある5項目を皆さんに考えてもらいたい。皆さんのご意見ご感想を受けて来年になったら問題点を更に絞り整理し、どう取り組んでいくかプロジェクトチームを中心に取り組んでいきたい。その時点で問題別に皆さんにどういう形で参加を呼びかけるのか。どういうふうにとりくんでいったらいいのか、ということを整理したい。今の地域協力体を基盤に、あるいはそれを出発点として20内外のグループにまとめるにはどうしたらいいかをお聞きしていているそうするために、「こういう問題がある」、ということがでてくる。それを基に案をとりまとめなければならない。それには一年くらいかかるのではないか。2003年春までに具体的な案を策定できたらいいという希望をもっている。2003年春を目指したい。

岩崎師・矢野(高円寺)・武田(関町)・小川(関町) 同じような質問あり。

 

 

Q)関連して、佐久間師、阿部(成田)

地域協力体といっても必ずしもうまく連携できないような事情があって、地域協力体を越えた、他の地域協力体とのつながり・可能性もあるのではないか。

 

Q)佐久間師

城西地域協力体でいつも感じていること。東京教区大会で今日の地域協力体の基礎(ブロック)ができた。その後必要に応じて手を加えたが、教区大会の区分けが現在の地域協力体の基礎にある。そうするとその中に所属している小教区の連携は必然性がない。ときには隣接するべつの地域協力体の小教区のほうがいっしょに仕事がしやすいと考えることもある。小教区を現在の地域協力体をもとに再編成するというならば、協力体自身の再編成が必要なのではないか、と考えた。

 

A)岩橋師

仰るとおり、線引きというのは、当然、不完全なもの。だからといってくねくねと点在させるブロックもあり得ない。そのあたりはご賢察願いたい。小教区から全部ご意見を賜るととてつもない事務処理がある。小教区を越えた問題をたくさん抱えている現代の教会、他の小教区との触れ合いによっても十分見つけていける。小教区の地域であろうが、地域協力体がカバーする地域であろうが、地域を本当に意識した小教区教会活動がなかなか進みいかない現実がある。その意味で地域協力体を中心に意見を出していただきたい、という主旨に変わりはない。そのなかで、隣の教会、自分と違う地域教会のほうが組みやすい地域がある場合、その旨その地域の方々が了解していただければグループ内でのまとめとして参加していただくことは可能かと思う。原則としては地域協力体である。これを機会に地域協力体のメリットも作り出していただければ、今後の大きな力になると思う。努力していただければ幸い。

 

A)寺西

8ページの今後のことのお願いで、第一回の答申を出す場として地域協力体が指定されている。それを3~4分割する場合、地域を越えた提案も当然あってしかるべきと思う。具体的に、城西地区で出せばいいのではないか。

 

Q)阿部(成田)

新しい教会を増やすという考えはまったくないのか。(関連)

 

A)大司教

ひるんでしまう質問だが。新しい教会といった場合、普通は○○教会という信者共同体を設立し、そこに教会の建物を建てることを意味しているのだろうが、今そういう状況ではない。すでに存在している私たちの共同体、建物、土地をいかに神様のために有効に、よく組み立てて、協力して新しく教会の宣教司牧計画をするのかということではないか。いままでは小教区をどんどん増やしていくことが教会の発展と考えてきたが、教区としてすべきことが強く意識されることになって、「教区」を意識しなければならないそちらに人も金も回していかなければならない。教会を作るというとき、土地を取得し建物を建てるというだけではなく、信者の共同体をつくって増やしていくことではないか。その後建物が必要ということで後から出てくればいい。建物を建ててそこに信者を呼ぶ、という状況ではないと思う。新しい教会を作る意味→教会にアクセスしにくかった人たちの救い、喜び、憩い。その受け入れ態勢をいかにつくっていくか、それを実現するための魅力的な計画があればそれが新しい教会を作るという意味になる。今までのように新しい小教区を増やしていくということであれば、むしろ反対のことを考えている。

 

A)岩橋師(補足)

岡田大司教は一般的に答えたが、東京大司教区の信徒の一員として忘れてはならないのは、外国人とほぼ同じ数の信徒が教会を探しめぐっている。質問のなかに東京韓人教会の質問もある。「教会を与えてください」、というアンケート(答え)もあった。小教区の再編成をするときに、たぶん日本人だけの意識でやっていく可能性もあるので、これを機会にほぼ同数いる外国人信徒のため、今後の小教区はどうあるのか、それらを含んだ形から(考えなければならない)。その意味で新しい教会が必要と判断される場合には、喜んで新しい教会をつくることも(考えなければならない)。

 

A)寺西

財政と司祭の数からの大司教の答えだったが、にもかかわらず、司祭が定住しなくても自分たちの隣の教会の援助で新しいところに信徒の共同体をつくっていく、ということもいままでもしてきたし、今後も当然続けられていくべきことである。船橋→習志野に引っ越した際に別の地域協力体に移ったケースもある。時代の流れとともにこの場所ではなくて他の場所のほうが効果的であるという(習志野の)ケースもあるわけである。

 

Q)寺西

信徒を増やす、司祭・神学生を増やす、これらへの努力をどう考えているのか、そういう趣旨の質問が非常に多い。あの一言では満足しない。もう一言。

 

A)大司教

司祭を養成する、召命に努力する。これは大切、やっていかなければならないただ、今回の問題は人数の問題だけではない、ということをご理解いただきたい。人数が足りないからこうするというだけではない。私が「新しい一歩」のなかで、伝えようとしたこと(8項目)は、具体的なことを踏まえて小教区のことだけを中心に考えて、そこに司祭を配置すればいい、ということではやっていけない、ということを伝えている。その辺をご理解いただきたい。更に私たちがイエス・キリストの呼びかけに答えて一生懸命教会としてやっていくことが召命を増やすことだ、と思う。今どういう状況の中でどうしなけばならないのか、イエス・キリストが生きたように私たちも一生懸命努める中で、若い人々に「私もそういう道を選んで進んで」いっていただけるようになるのではないか。なかで、私たちが置かれている状況(首都圏での叫び)に私たちがどう開いていくのか、何をしてきたのか、何をしなければならないのか、今のような態勢でどういうことができるのか、を考えた時に、私たちは自分たちの共同体をもっと多くの人、特にいま様々な問題をもって苦しんでいる人々が近づきやすい、そういう人々に私たちが開いている教会として、わたしたち自身を変えていかなければならない。それはたいへんなこと。しかし、それをやることが召命を促進することであると私は思っている。

 

A)寺西

同様な質問が大勢寄せられている。名前を省略するのでご了承ください。

(関連して)終身助祭・女性助祭→司祭の高齢化、全小教区に配置することが困難、との関連。その育成・要望があった。広くいえば、信徒の司牧への参加、宣教への参加。チームとして司祭や修道者信徒がチームを作っていくつかの小教区がまとまった形でチームで働いていく、ということに含まれるとは思う。実際、千葉では、また都心でも養成講座をしてきている。プロジェクトチームの方、今回の今後の改革の中で、信徒のチームを作っていくための養成等について、考え・説明はないでしょうか。

 

A)岩橋

プロジェクトチームとして審議しているわけではない。東京教区として終身助祭は保留している。大切なのは、教会共同体のなかで教会を愛する(“ひたすら君”、“こよなき君”等)、密着してキリストの使命を受け継ごうと努力している共同体でそういう機運が高まり、そういうなかから召命がある。助祭についてもだれかが選ぶということではなく、神からの恵み。ふさわしい人、なっていただいたほうがいいという人がいてもいても本人はノーであればおしまい。むしろ、信徒の皆さんのなかで、教会のなかでミッションチームに入って頑張れるという希望を持つ方、それに燃える方が輩出するような共同体が大切なのではないか。あの人は特別、ひま、等といって教会共同体が一緒にならない浮いてしまう。浮いた人に教会側が特権を与えてしまうとますます浮いてしまう。それは私たちカトリック教会の共同体の、信徒が信徒を裁くという反省(ナイス・)が出ていたが、「祈る共同体から祈る人が生まれる、宣教する共同体から宣教する人が生まれる」ということだと思う。みんなが一緒になるときに必ずいいものが生まれてくる。そういう形での共同体が盛り上がることが先決。教会はきっとすばらしい人をその中から選ぶに違いない。

今回は、小教区という一つの場面で可能なことをやっていこうということである。召命についても大きい問題であるという認識は当然持っている。

 

Q)寺西師

東金教会の司祭が亡くなって、東金教会について千葉地域協力体が相談の上、暫定的ではあるが一つの解決方法を見いだしている。その中に信徒の集会祭儀を行っている。小教区再編成とそのままつながるかどうか分からないが、具体的なケースなので、話してください。

 

A)幸田師

現実をイメージとして捉えるにはいい例かも。東金教会の神父が亡くなってすぐに他の司祭が専従で行くことができなくなった。これまでのやり方だったら、隣の教会の神父が2つ掛け持ちをすることにせざるを得なかった。ところが、それも難しい。実際に隣の茂原教会の神父が2つの教会のミサをするのが無理という状態であった。千葉地域協力体では相談して、東金教会を責任者は隣の茂原の司祭がし、それ以外は千葉寺、西千葉の神父が協力して・・・。こういう場面で否応なく、司祭の協力が始まってしまう。隣の教会は知らないとはいえなくなってしまう。こういうことが司教の構想のなかで起こっていくことだろうと思っている。いっぺんに変わるのではなく、司祭が一人欠けたときに周りの司祭たちが協力しあうというようなところからこのことは、現実になっていく。それでも無理だから、実際には月に2回日本語の主日のミサ、残りの2回は信徒の集会祭儀集会祭儀は千葉では前々から奉仕者の養成もしてきた。東金教会ではよく行ってきた。

 

終身助祭、信徒の奉仕職のこと(補足):プロジェクトチームの議論の中でいままででてきたことを紹介する。聖体奉仕者、集会司式者、終身助祭等、それだけをぽつんぽつんと取り上げてきてもうまくいかなかったという現実がある。せっかく聖体奉仕者の認定をもらうために一生懸命講習を受けて認定をもらって自分の小教区に帰っても、主任司祭は「うちではそんなことしなくてもいい」、と言われたというそういう不満はたくさん聞いた。どういうことかというと、認定を受けた奉仕者が自分で何かできるとか、司祭の代わりに助祭を送ればその教会がなんとかなるとか、そういうことではない。根本は、チームミニストリー、という考え。司祭、修道者、助祭やいろんな奉仕者、信徒いっしょになって共同体に奉仕していこうという考え。そういうことをしようとしていて、そのなかでこそ、終身助祭も本当の意味で生きるだろうし、聖体奉仕者も本当の意味で生きるだろうと考えている。小教区の再編成の流れの中で、助祭や信徒の奉仕職の位置づけが見えてくると私は考えている。チームミニストリーが一番むずかしいのは司祭。これは絶望的だと思っているが、でもやるしかない。

 

Q)寺西師

先日この準備をしているときに、ある神父が、「今度の新しい一歩、再編成、一番いやなのが神父たちであって、そうであるのになんとかしようとしているのだから、そのへんをわかってもらいたい」と、司教に言ったか、司教をとおして信徒に訴えたかったのかわからないが、実際問題これを実行していくのに一番難しいのは神父たちであると自分自身も考えて痛感する。でもこのままではどうしようもないという問題の中でこれから第一歩を踏み出そうとしている。

岡野(喜多見)さん、(司教に対してだろうが)ポイントを口頭で話してください。

 

Q)岡野

基本的な質問ですが、第二ヴァチカン公会議で提案された福音宣教、ナイス、を促進するために、教会が反省と刷新をしなければならない、という話が大司教からあった反省と刷新の具体的な内容は、司教様ならびに司祭の方々はどのような問題として考えているのか。

 

A)大司教

第二ヴァチカン公会議教えに従った刷新・反省を日本の教会あげてやろうとしているということ。→典礼、司祭の養成、社会問題に対する教会のスタンス、学校施設等いろいろある。小教区という制度が現実にそぐわない部分が現実に出てきた。それをなんとかしたいので話し合っている。小教区は原則として、従来はある区域に住んでいる信者がその教会に所属して、そこでミサにあずかり、献金をし、信者としていろいろな活動をするという制度。現実にはその区割りの中に住んでいる人が必ずその教会に行って、よそに行ってはいないとかいけないとかいうことではなくなっている。それは無理もないことで、社会の現実が大いに変わってきて、制度は人のためにあるのであって、人が制度のためにあるわけではない。人々のニーズに答えて教会が変わっていかなければならない。そういうことをいえば、教区自身がそうである。首都圏の3つの教区はもともと一つの教区だった。60年の歩みのなかで3つの教区になっている。人々のなかには、教区よりもどの教会が自分のニーズによく答えてくれるかということが大切。多数の外国から来た信者がいて、毎週いろいろな教会に行って、自分たちの霊的な飢えを満たして答えてくれる教会司祭を探して移動して歩いている。彼ら彼女たちはこの教会がどの教区に属しているかなどということはさほど問題ではない。私たちは日本という異文化の中で必死で生きている人たちに生活面でも信仰面でもできる限りの援助をしたいのだが、今のままの態勢ではできないので、一生懸命どうしたらいいか考え、東京教区としてはCTICを創設してやっているが、焼け石に水。大きなニーズに対して、私たちは少しのことしかできていない。自分たちが集まってそこでお祈りをし、そこで過ごす、その中だけではいいのだが、その外にいる多くの人の飢え、渇き、痛み、苦しみに教会はどう関わっていくか、ということを考えたときに、我々は大きく変わっていかなければならないと思う。その努力が反省・刷新である。

 

Q)寺西

まだ質問用紙の細かい質問について取り上げている時間もない。積み残しもたくさんある、同じような趣旨だといって勝手にまとめてしまって自分の意が尽くせていないとお感じになっている方もあるかと思いますが、この暑い日多くの人たちはミサに出て、我々も午前中働いて、だいぶ心身ともに消耗してきている。最初に岡田大司教が「新しい一歩を踏み出すのだ」と何度も言っておられたので、今後各小教区・地域協力体で取り上げて、大いに意見を交換して、その上で具体的な意見提案を出していく、その前の一種の説明会、主旨はこうなのだというと説明会としての集会であった。岡田大司教の小冊子が何を意図して、どういうことに限っているか、という説明はもう聞いていてお分かりと思います。いろいろな質問があってもだいた答えは同じ。打ち切ってよろしいでしょうか。(拍手)

 

A)岡田大司教の結びのことば

皆様、本日はこの暑いなか、お疲れのところわざわざ教区集会にお越しいただきまして本当にありがとうございます。こころから御礼申し上げます。皆さまからの予想以上のいろいろの反応をいただき、私もこの問題の重要さを改めて認識しております。司教、司祭団から見ている問題と、皆さんから見ている問題と温度差があると思います。こういうような対話の機会も、これからも--教区レベルではどれだけできるか分かりませんが--いろいろな機会に対話を繰り返しながらほんとうにあるべき教会の姿を追求していきたいと考えています。これにも書きましたが、私たち司祭の側は、自分である役割をいただいてその中でやっていくことに慣れているので、横の連絡をよくし仲間の司祭と力をあわせてやっていくことに困難を感じていることは事実です。このままでは行き詰まっている、という大方の司祭の意識があって、痛みを伴いながら、これに取り組んでいきましょうという決意を持っていると思います。皆様が毎日のように接する神父様たち、それは人間としていろいろな限界を持っている方です。それでも私たちはお互いに認め合い、助け合って、イエス・キリストの望んでおられる教会の歩みを続けていきたいし、そうしなければならないと本当に考えております。これから私たちが教会の使命を遂行していくために、やはり教会のなかのいろいろな立場の人たちの間の理解と協力がますます大切になってくるのではないでしょうか。

きょうお越しいただいた皆様、改めて更に教会のなかで皆様に担っていただく具体的な役割を皆様自身にも考えていただき、そして私たち自身も更に具体的に考えていきたいと考えています。皆様の教会のなかではそれで問題なく完結していると思いますが、今の日本の社会に対する、よその教会に対する皆様の援助・貢献も是非考えていただきたい。

繰り返しますが、8ページにあります皆様への問いかけを、それぞれの教会・地域協力体で取り上げて、話し合って私どもにご意見をお寄せいただきたいと思います。

きょういただいたいろいろな意見、時間が足りずに取り上げられなかった意見はプロジェクトチームで整理し、できる限り誠実に、答えるようにしたいと思います。きょうお集まりの方は多数ではありますが、東京教区の信者は9万人、外国人を入れれば20万人のなかのほんの一部にすぎません。多くの人の我々の問題を分かち合っていただき、そして一緒に力を合わせてやっていけるように、いろいろな機会に情報を提供し、分かち合うようにしたいと考えております。

きょうは、「新しい一歩」として、これからいろいろな紆余曲折を経ると思いますが、目的地に向かって歩んでいきたい。私は微力ですが、そちらのほうに向かっていく意志を示し続けることがわたしの最低の任務であると思っております。どうぞこれからも皆さんのお祈り、ご支援を切にお願いする次第です。ありがとうございました。

 

 

寺西師(補足)

きょうの集会の議事録をまとめたものを、9月半ばまでには参加者の方にお渡しできると思います。そのことを踏まえて、小教区等で報告会、それに続く討議などのお役にたてると思います。8月中にまとめ、9月中にお渡しします。

 

 

5.閉会の祈りと聖歌

 

 




新しい一歩    21世紀の福音宣教へ向けての小教区再編成 (資料)

この資料は2001年7月22日(日)の 教区集会の時、プログラムと一緒に配られたものです。

経        緯

1987

11

福音宣教推進全国会議(NICE―1) → 「制度を考えるチーム」結成。
答申の中には明確に、緊急を要するものとして「小教区の抜本的見直しと再編成」が指摘されている。

1994

5

教区司教の諮問課題「これからの小教区共同体と信徒のあり方」が宣教司牧評議会(以下〝宣司評〟と表記)に対して付与される。その背景には①司際の減少②小教区を超えた協力の必要性③信徒の役割への期待④教会組織の整備へのニード⑤社会のニーズの増大などが挙げられている。

12

上記テーマに沿ったアンケート実施。

1995

3

教区総会「これからの小教区共同体と信徒のあり方」。アンケート結果をふまえて開催。

1996

3

教区総会「意識改革」をテーマに開催。

5

教区司教の諮問課題「教区のブロック制度のあり方、教区総会のあり方、宣教司牧評議会のあり方」に対し、宣司評が展開。

1997

3

宣司評答申の中で、東京教区の基本姿勢として次の2点を強調 → ①社会と共に歩む教会共同体の地域への固有の奉仕の推進をはかる。②小教区の枠を超えた連携・協力・共助を目指し、地域社会への宣教司牧の推進をはかる。

9

ブロック会議制度を解消し、新たに「地域協力体」制度に移行。また、従来の教区総会を「合同評議会」に改編。「宣教司牧評議会」も再編し、2年任期の下で再出発。
 教区司教の諮問課題「司祭の高齢化と召命の減少に伴うこれからの小教区宣教司牧に対する修道会・宣教会司祭の協力について」 → 宣司評。 翌 ’98.10月に答申提出。

1998

11

教区司教の諮問課題「小教区の統廃合と共同宣教司牧の可能性について」が宣司評に付与され、2001年春に予定する合同評議会の準備も合わせて指示される。その合同評議会の答申を受けて、教区の決定的方針を示す旨、公表。

1999

10

年度司祭研修会。同じ諮問課題をテーマに展開。前向きに指示し推進するという意見多出。まず、司祭団の中からプロジェクト・チームを発足させ交通整理をしながら具体的展望の案を策定する旨、答申。

11

宣司評、全小教区に対しテーマに沿ったアンケート実施。年内回収後、集計・分析。

2000

1

教区司教、各地域協力隊より司祭1名、計9名をプロジェクト・チームのメンバーに任命、森補佐司教を座長に2月より具体的検討に入る。

6

教区司教退任及び新教区司教任命。 → 数回にわたるプロジェクト・チームの検討結果を未完ながらもまとめ次期教区司教に提出することで、今次プロジェクト・チームは解散を余儀なくされる。

9

岡田大司教着座。小教区に関するプロジェクト続行の意向を受け、改めて司祭団で当該課題をめぐって(旧)プロジェクト・チームの中間報告(まとめ)を中心に司祭集会開催を決定。

11

司祭集会。テーマ「21世紀の東京教区の宣教・司牧のあり方 ― 小教区の統廃合の可能性を含めて」。84名参加。派生的に①予定されていた2001合同評議会の当面延期、②改めてプロジェクト・チームを再発足させ、今後の展開、スケジュールなどについての作案をすることが確認される。

12

第2次プロジェクト・チーム発足 → 今次チームは内容より段取りを主に検討するため、4名任命。

2001

1

教区司教「新年メッセージ」 → 「小教区再編成」という表現に改め、教区として不退転のプロジェクトとしての決意表明。第2次プロジェクト・チーム始動 → 今後半年間の作業及びスケジュールを検討。その延長上に教区民の協力を要請する「大司教メッセージ」の作成が主要になる。
1月~6月、教区司教と共に司祭評議会、教区事務局、プロジェクト・チームが三位一体となり、メッセージ作成に協力。

6

修道会・宣教会代表者への説明会 → 実際に小教区担当している各会に、当該プロジェクトへの理解と協力そして助言を求めるために。教区司教とPTが対応。

7

教区司教メッセージ「新しい一歩 ― 21世紀の福音宣教へむけての小教区再編成」公布。 → 全小教区教会の主日ミサにおいてメッセージ(要約)が朗読され、本文は配布される。

その後、教会委員会連合会での説明会(構想の概要とQ&A)(7月1日) ― 教区集会(小教区代表信徒)(7月22日) → 地域協力体単位の意見集約・まとめ・報告(本年12月15日期限) → 第3次PTによる整理分析(2002年3月) → → → → → → → → → → 実施(2003年4月 ― 期待値)。

(文責)カトリック関口教会司祭 岩橋淳一

 

補足説明

 

「福音宣教推進全国会議」

1984年6月の定例司教総会で、司教団は、日本の教会の基本方針と優先課題を発表した。

第1:教区、小教区を宣教共同体になるようにする。

第2:修道会、宣教会、諸事業体(学校、施設)と貝体的な協力態勢を敷く。

第3:1987年に、司教、司祭、修道者、信徒による福音宣教推進全国会議を開催し、それを目標に準備に取り組みました。英語読みの頭文字をとりNICE(ナイス)と一般に呼ばれ、1987年11月20日より23日にかけて京都で開催された。〔NICE I〕

第2回福音宣教推進全国会議は「家庭」をテーマに、1993年に行われた。〔NICE II〕

 

 

「宣教司牧評議会」(宣司評)が取り扱う事項(1985年制定、1989年改正)

a.大司教の諮問事項について答申すること。

b.大司教の指示または承認のもとに、本教区の宣教司牧活動の具体策を立案・決定し、ブロック会議等に勧奨または要請を行うこと。

c.ブロック会議等の期間または宣司評委員の提言または意向のうち、妥当と思われるものを大司教に具申または伝達すること。

d.大司教の指示のもとに、教区本部事務局とともに教区総会の準備・運営にあたること。

▲宣司評は、各ブロック会議ごとに4~5名(信徒・修道者・司祭)が推薦され、委員となっていたが(旧規約)、地域協力体発足とともに、宣教司牧評議会のメンバー構成方法に変更があった。なお、教区長交代に伴い、現在、宣教司牧評議会は招集されていない。

 

 

「地域協力体」

1997年9月より、旧「ブロック会議」に代わって「地域協力体」が発足した。「地域における宣教司牧の充実・発展のために求められる連携・協力・共助の具体的なニードを検討し、その促進ならびに推進の貝体化の責任を負う」(地域協力体の基本事項)と記されている。各地域協力体を構成する地域ならびに小教区は、「新しい一歩」の9ページから11ページを参照。なお、「東京教区ニュース」144号(1997年7月)には、地域協力体発足にあたっての基本事項や活動についての記事が掲載されている。

 

 

※現在の地域協力体は、発足時の構成小教区とは若干異なります。

 

 (教区事務局)




「教区集会」に向かって 提案と質問のまとめ

2001年7月19日 、大量に手紙、ファクス、e-mailで寄せられた文書を事務局が教区集会の準備のためにまとめました。投稿者名は省略。 

 

「新しい一歩」 7月22日の教区集会に向かって  提案

 

 

再編成

  •  再編成より、今後教会のあるべき姿を強調する。統廃合ではなく、融合化と連帯化を意識する。
  • 京都教区・大阪教区の前例を検証し、情報を取り入れる。
  • 時間をかけて進めてほしい。
  • 司祭と同数の信徒をプロジェクトチームに加える。それによって発想・構想の幅が広がる。 アンケートによって、信徒の推薦・立候補ができるよう望む。小教区にもプロジェクトチームを作るようお願いしたい。
  • プロジェクトチームから派遣された司祭が説明をする必要がある。

 

地域の分け方

  • 従来の組織(地域協力体、小教区)にとらわれない再編成。
  • 大司教様が考えていることをどうぞ、大胆に実行ください。ただし、統廃合と共同司牧は段階的に行って。
  • 地域協力体の特性を見極めつつ、20の新しい地域を決めるのに慎重に、よく話し合ってから。
  • モデルケースを設け、問題点を抽出しながら進める。
  • テストケースとして自分の教会を使っていただきたい。
  • 地域協力体は、大司教の決意表明に沿った再編成の内容を表していない。それに適った新しい名前がほしい。(地域協力体は、もともと小教区の上部組織ではないので、戸惑いを感じる)。しかし同時に、せっかく作り上げてきた地域協力体の枠組みを全く壊してしまうのはもったいない。
  • 信徒の年齢別構成(地域協力体別または全信徒)を調べることによって、今後の宣教方針が明らかになる。
  • 主日のミサの平均出席人数を把握し、考慮してグループ化する。維持費・活動費用のため。  
  • 具体的なグループ分けの提案。
  • 現地域協力体の枠ではなく、鉄道沿線(通勤通学・買い物等)に基づいたグループ分けを望む。
  • 自宅に近い教会に自由に所属する。特に都県境の居住者。

 

 

司祭

  • 司祭が教会に居住することを望まない(雑事・独善・独断化)。
  • 信者数の多い所に司祭を多く派遣するほかに、広い地域協力体に若い司祭を多く派遣する。体力的な面からも。
  • 女性司祭、司祭の妻帯。
  • 世話人司祭のほかに、信徒が調整役を担うことができる。

 

 

司祭と信徒の養成

  • 信徒と司祭の生涯教育の強化。
  • 司祭養成学校を再編成し、宣教者(司教・司祭・修道者・信徒)全員が生涯学ふことができる神学院を設ける。
  • 日本人の生活と信仰・霊的体験に基づいた日本の神学を構築する。西洋の神学の紹介・導入ではなく。
  • 聖体奉仕者・典礼委員・カテキスタ等の養成。
  • 終身助祭、集会司式・聖体奉仕者の養成と積極的実施。
  • 一粒会を再検討する。

 

 

財政や事務

  • 財政に関して、独立採算制をやめる。教会間格差・不平等をなくすため。
  • 会計・事務処理の改革を望む。
  • 教会維持費は、信徒数や地域の状況に応じて一括して集め、必要に応じて新しい共同体に配分する。
  • パソコンを使った中央での情報管理、会計処理、事務処理(洗礼台帳その他)
  • 外郭団体(YMCAのように)を作り、収益事業を行い、教会に還流させる。
  • ホームページを有効活用する(地域協力体単位)。討議に使う。そのために、スタッフを充実させる。パソコン等が使えない高齢者のために、地域グループごとに密に声かけを行う。 

 

 

修道会との関係

  •  修道会の位置づけを明確に。大司教と各修道会管区長との連絡を密に。

 

 

宣教の強化

  • 司祭が必要なとき(儀式でも、相談でも)、誰でもアクセスできるコールセンターを設けてそこから司祭の手配をする。
  • こころと生活の相談者を教区として養成する
  • 「結婚式」や「観光」目的の人たちを受け入れることができるようにする。

 

 

協力

  • 信徒の司祭への協力体制を確立する。
  • 新しい地域協力体単位で協力体制を築くことが必要。
  • 信徒のもっているタレントを活用する(登録し、必要な時に諮問し、力になってもらう)。
  • (パソコン、社会情勢、金融、経理、税務、不動産、法律、等々)。
  • 再編成のため、みんなの話し合いや分かち合いを深める。

 

 

霊的刷新

  • 教会内部を刷新し、霊に導かれて祈る共同体へと成長することを目指す。そのために、聖書によるいのり(Lectio Divina)が行われるよう推進する。

 

 

建物

  • 歴史的建造物に関する教区としての指針が必要。

 

 

幼稚園

  • 幼稚園の使命を見直し、必要なものとして残すなら、説明が必要であり、そこから理解を求めることもできる。法人化の検討も。

 

 

日本全体の教区再編成

  • 日本の教区を3つにして、助け合いを深めて、司教にもっと自由な働きをさせる。
  • 教区同士の人材や財政の交流
  • 教区の再編も含めて、日本全体で考えるときである。

 

 

 

 

「新しい一歩」 7月22日の教区集会に向かって  質問

 

 再編成

  • 再編成の具体的な進め方や時期。
  • 指摘されている現在の問題点は、教区や小教区の組織や運営の面から出てきたことなのか。
  • 長期ビジョンがほしい。スケジュールはどのようになっているか。
  • 教会運営上の一定の方針に関して、基準やルールが新たに設けられるのか。
  • 小教区としての存続が難しい(都心の)教会でも、幼稚園の存続はできないものか。

 

 

地域の分け方

  • 新しい地域協力体と小教区の関係について
  • 地域協力体を20程度に分けるという具体的根拠は何か。
  • 地域協力体の分割だけを考えていくのか。それとも現地域協力体の枠を越えた再編成も検討する余地があるのか(総武地域松戸・市川と千葉地域の習志野との関係等)。
  • 再編成に当たっては、信徒数、地域特性(教会間の距離)のいずれに重点が置かれるのか。

 

 

司祭

  • 司祭の居住地(拠点教会だけ?)
  • 司祭はどこに定住するのか。居住施設はあるのか。問題点はないのか。
  • 各地域に司祭館をひとつにして、そこから各教会に出勤。
  • 世話人司祭の選任はどうなりますか
  • 世話人司祭は過渡的存在か。将来も存置されるのなら、主任司祭とはどのような関係になるのか。
  • 司祭の召命を増やすためにどのように実行してきたか。召命について書かれていないのはなぜか。
  • 司祭が定住していない教会(聖堂)で主日のミサが行われる場合、謝礼・交通費等の負担をどうするのか。

 

 

司祭と信徒の養成

  • 信徒の自立が期待されるが、信徒に何が求められているのか(明確でない)。

 

 

財政や事務

  • 会計処理・事務処理はどのような形になるのか。修道会や教区の司祭管理はどのようにするのか。

 

 

修道会との関係

  • 修道会の教会は、小教区の再編成や地域協力体にどのように組み込まれるのか。
  • 修道会、宣教会等異なる母体からなる教会を一つの小教区に統合することで懸念される問題、特に財政上の問題はないのか。

 

 

宣教の強化

  • 専門問題のために、各地域に一人司祭を置く?それとも教区レベルで専門チーム?

 

協力

  • 司祭間のチームワークがうまく取れるだろうか。
  • 司祭どうしの協力ができるのか。また、グループ化によって、無気か無責任にならないか。

 

その他

  • 小教区統合による、墓地の管理・権利はどのようになるのか。

 




<これからの教会を考えよう> 「タイタカトリック」

小宇佐 敬二  (東京教区司祭)
2001年7月14日 

(1)

船は順調に航行しているように思われた。彼は、新天地に向かい、波を蹴立てていく船の舳に立つのが好きだった。頬をうつ風は、あたかも新天地から吹いてくるようで、未来への夢を膨らませてくれる。水平線の彼方にまだ見ぬ新天地を思い描きながら、いつものように目をつぶり、その風を思い切り吸い込むのである。そして、しばらく風を全身で味わう。髪をかき乱し、耳に響く音。衣服のあちこちが打ち震え、その振動は心地よく全身を駆け巡る。新天地への夢は彼の体から溢れんばかりに充満し、今、ここに立っていることの喜びに酔いしれるのである。

彼の中に、何か違和感が走った。ビクンと腹の底を突く違和感、こんなことは初めてである。彼ははっと目を見開き、辺りを見回した。そして、水平線に向かって目を凝らした。「何かが違う。」腹の底の違和感を、明晰な意識の上に立ち上らせ、海を見た。「海の色が違う。」「この船は新天地に向かっていない。」彼の背筋に戦慄が走り、全身に鳥肌の立つ思いがした。彼は急いでデッキを駆け戻り、船長を探した。

「船長、船長。」彼は船長室に駆け着くと、激しくドアを叩き、船長を呼んだ。

「どうぞ。」緒方船長の重々しい声が聞こえた。彼は勢い良くドアを開けると、息をきらしながら言った。

「船の、船の向きが違っていませんか、この船は新天地に向かっていないのでは。」

「わたしも気が付いています。今、くわしく調べさせているところです。」机の向こう側の椅子に、深く腰をおろして、沈痛な面持ちで緒方船長は答えた。船の航行の様子を詳しく調べさせ、いまそのデーターが届くのを待っていたようである。

そこへ、測量計測室の永川室長が急ぎ足で入ってきた。そして、緒方船長に資料を手渡しながら言った。

「確かにこの船はコースを外れています。直進しているように見えますが、実は大きく右に弧を描きながら、今、ほとんど北北西へ向かっています。このままでは、あと6時間ほどで氷海に突っ込んでしまいます。」

「やはり。」緒方船長の沈痛な面持ちは、悲痛に歪んだ。

船が氷海に入る。それは極めて危険なことである。そこには無数の氷山が浮かび、北に進むにつれ、その数は増し、やがては、大陸のように張り詰めた氷原にぶつかる。その氷原に至るまでもなく、船は氷山を避けきれず、衝突し沈没してしまうだろう。 彼は、6時間と聞いて半ば安堵した。同時に、緒方の悲痛な面持ちが理解できなかった。

「船長、操舵室にいきましょう。左に舵を取れば、コースを取り戻せるでしょう。」彼は、不可解な思いに駆られながら、緒方に言った。

船長は立ち上がり、重い足取りで操舵室に向かった。彼は緒方の後に従ったが、その重い足取りに不可解さは拭いきれない。

「この船に、操舵室はあるのだが、その舵は効かないのだよ。」緒方船長はつぶやいた。

「どうしてですか」彼は驚いてたずねた。

「この船には舵がない。そう、巨大な箱舟なんだ。いや、この船に乗っている人、全員の意思が、この船の向きを決める舵になる。動力も同じ‥。」

操舵室に入ると、緒方はあきらめの気持ちを確かめるように、操舵器を回した。何の抵抗もなく、何の反応もなく、操舵器はからからと回りつづけている。

緒方船長は操舵室を出ると、艫に向かって歩き始めた。彼もそれに従った。緒方は一言も口を開かないまま船の艫に立った。あたかも航跡を確かめるように水平線を見つめている。航跡は真っ直ぐのびているように見えるが、心なしか左に弧を描いているようにも見える。

「船長室にもどろう。何か方策があるはずだ。」緒方船長はゆっくりと歩き出した。悲壮な決意がその面持ちに浮かんだ。

緒方がこの船、タイタカトリックの船長になったのは数ヶ月前からである。それまで船長だった白八木は体調の不良を訴え引退した。舵も機関もままならないこの船を操るのに疲れたのかも知れない。

緒方は船長室に入ると、また、深く腰をおろした。

そこへ、先の一等航海士毛利が駆け込んできた。毛利は白八木船長のもとで長年一等航海士を勤めてきたが、白八木船長とともにその責任を辞し、今、この船の構造的な欠陥を調査している。

「原因が分かりました。乗客が右舷に片寄って乗り込んでいたようです。それで船のバランスがずれたのかと思われます。バラストを移動したぐらいでは、進路を取り戻すことはできないでしょう。乗客全員が甲板に上がり、全員が左舷に寄れば、船を左に回すことができるかとは思いますが」毛利は一筋の望みを船長に進言した。

「とにかく、乗員、乗客全員に、今の危機的情況をアナウンスしましょう。乗客の協力なしにはこの危機を脱することはできないのですから。」毛利とともに船長室に来ていた胡田航海士が叫んだ。

 

(2)

この船の船内は九つの居住区に分けられている。さらにその居住区は九つほどの区画に分けられ、それぞれの区画で乗客は乗務員のサービスを受けていることになっている。

かねてから緒方は乗客に対するサービスが行き届いているのか、気がかりであった。長い航海生活の中で、日常が惰性に流されているようにも感じている。乗員も乗客も航海の目的地である新天地を意識しているのか、そこでの生活に夢や期待を持っているのか、それが伝わって来ない。意思の疎通がこの船の舵取りになるはずなのだが、舵取りが思うにまかせないのは、どうも疎通という風通しがはなはだ滞っているように感じているのである。

「アナウンスすると言っても、どうすればこの情況を乗員乗客全員に伝えられるのだ。」

陰鬱な表情で緒方はつぶやくように言った。

「まず、わたしたちが手分けして、各居住区を回り、呼びかけます。何はともあれ、動き始めなければ、何もできません。」

胡田は皆をうながすように言った。

「そして、何人でもいい、1時間後に大ホールに集まってもらいましょう。」

「そう、それしかない。今、10時過ぎか。」

緒方は腕時計を一瞥して、号令をかけた。

「1時間後、午前11時に大ホールで集会を行います。そこでわれわれが陥っている情況を詳しく説明し、乗員乗客の協力をお願いしましょう。皆さんは手分けして、一人でも多くの人に集まってもらって下さい。」

彼も緒方船長の依頼を受けて、乗員乗客に事の情況を伝えることになり、階下の居住区へ降りていった。途中、この船の大ホール、パーティーや集会、懇親会などを行う数百人収容できる大ホールの脇を降っていったのだが、その大ホールが閑散としていて、ながいこと使われていないようなさまに、違和感を覚え。「この船はどうなっているのだろう。」不可解な思いをつのらせながら、彼は居住区へ降りていった。

 

階段を降りた正面に、この居住区を統括する事務室があるはずである。そこにフロントのカウンターがあるのだが、カウンターには誰も立っていない。カウンターの隅に置いてある呼び鈴を叩いてみた。チーンチーンと澄んだ音が響く。2度3度と叩いてみた。しかし、事務室からは誰も出てこない。彼は待ち切れなくなって、カウンター脇の蝶開きのドアから中に入り、事務室のドアを開けた。事務室には誰もいない。彼には即座には事態が呑み込めなかった。カウンターから出ると、どうしたものかととまどってしまった。

と、すぐ先の通路から客室係りの制服を着た乗務員があらわれた。

「そこには、誰もいませんよ。」

「でも、ここはこの居住区全体を統括しスムーズなサービスを行うための事務室でしょう。」

「この居住区は統括などされていません。みんなそれぞれ勝手にやってますからね。サービス係は乗客に頼まれたことを、適当にこなしていけばいいんですよ。」

「今、この船が大変なんです。進路をはずして、すぐにでも氷海に入ってしまう。この船は新天地には向かっていないんです。」

「船の進路のことは、上の人にまかせておけばだじょうぶです。何分わたしは今、5017号室のお客さんに、氷と水を持ってくるように頼まれまして、それに、5081号室には毛布を持っていかなければいけません。これだけのお客では客室係は手不足です。けっこう忙しいんですよ。」

客室係りの乗務員は、足早に去って行った。その向こうには厨房でもあるのだろう。

「11時にホールに来てください。船長から説明があります。」

彼は、乗客係りの後姿に呼びかけた。

「こんな非常事態なのに、氷と水でもあるまい。」彼の胸にやりきれない憤りが沸沸と湧き始めてきた。通路を右に入るとすぐ5017号室があった。彼は勢い良くドアをノックした。

「どうぞ。」

おっとりした声が答えた。

彼が中に入ると、数組のグループがテーブルを囲んでカードに興じている。酒を飲みながら、たばこをくゆらしながら、談笑しながら。見るからに穏やかな風情である。

「皆さん、今、カードどころではありません。この船は進路をはずして、今にも氷海に突っ込んでしまいそうなのです。この船は新天地に向かっていないのです。」

彼は必死の面持ちで訴えた。

「新天地に向かっていないだって。」

「はい、船は大きく進路をはずして、北北西に向かっています。」

客の一人が答えた。

「でも、そのことはわれわれにとってはどうでもいいことだ。われわれはのんびりとこのクルージングを楽しんでいる。どこに向かうかはさほど関心がない。」

「でもこのまま行けば、氷海に入り、」

彼の言葉を遮って、別の一人が言った。

「氷海のクルーズもまた乙なもんじゃないか。それに、この船が沈む訳がない。何年もこうやって走りつづけてきた。」

(これじゃ話にならない。こんな所で時間をつぶせない)彼はあせりともいらだちとも言えない気持ちにかられて、尋ねた。

「お隣りの方は何をなさっていますか。この事を皆に伝えなければならないのです。」

「隣りの人、良く知らないな、あまり関心がないもんで。それより、どうだい。一緒に楽しもう。船旅はのんびり楽しむのが一番だ。」

「わたしはこの事を皆に知らせなければなりません。それより11時に大ホールに来て下さい。船長から説明があります。」

彼はそそくさと5017号室のドアを閉めると、すぐ隣りの5018号室のドアを叩いた。

「どうぞ。」

優しげな女性の声が応えた。

豪華な色調で整えられたインテリア、テーブルには簡素にアレンジされた花が飾り付けてある。そのテーブルを囲んで、数人の初老の女性たちがお茶を飲んでいる。淡い紅茶の香りが、ほのかに漂ってくる。

「あら、よくいらっしゃいました。わたしたちは今、『新天地の夢』について分かち合っておりましたの。どうぞ、お仲間にお入り下さいませ、おいしいケーキもございましてよ。」

「それどころではないのです。今、この船は新天地には向かっていません。まもなく氷海に入り、とても危険な状態なのです」

彼のことばを遮るように、婦人は言った。

「危険だなんて、そんなことはありません。わたしたちはいつも、この船の安全のためにお祈りしていますもの。神様がいつもお守りくださっています。」

「それに、新しい船長の緒方さん、この前ちょっとお顔を拝見しましたの。とってもステキな方で、優秀なお方でいらっしゃいましてよ。もちろん、先の白八木船長もステキでございましたけど。あの方におまかせしていれば大丈夫ですよ。」

「その緒方船長が11時に大ホールに集まるように申しております。船長から詳しく説明があるはずです。ぜひ、いらして下さい。」

「はいはい、わたしどもはいつもお祈り申し上げています。それより、どうですか、お茶をめしあがって、新天地の夢をお話しくださいましな。」

「だから、それどころではないのです。このままだと船は沈んでしまうのです。そのことを皆に伝えなければなりません。」

「まあ、それは大変ですね。そのようなことにならないように、お祈りしてます。」

部屋を出た彼は、焦燥にかられる思いがした。




新しい一歩を踏み出すにあたって -小教区の再編成について-

各教会で読み上げられた文書  2001年7月1日

 

カトリック東京大司教区の皆様

 

このたびわたくしは、『新しい一歩』 –21世紀の福音宣教にむけての小教区再編成–というメッセージを発表いたしました。

東京教区では、ここ数年にわたり、宣教司牧評議会において、大司教より、の諮問課題「司祭の高齢化と召命の減少、それに伴う司祭の協力」、そして「小教区の統廃合と共同宣教司牧の可能性」等に取り組んでまいりました。

一昨年末にはアンケートが行われ、それに基づいた答申も行われました。また、司祭研修会のテーマも「司祭人事と教区の宣教ビジョン」「小教区の統廃合・再編成」等、小教区の問題に焦点をあてて行われてまいりました。

そのような動きのなかで昨年9月3日に東京大司教に就任したわたくしは、東京教区が、宣教する共同体、弱い立場の人々の救いとなる共同体として発展することを切に願い、そのためにわたしたちの教区を刷新する決意を表明いたしました。それは東京教区を司牧された前任者の大司教白柳誠一枢機卿と補佐司教森一弘司教のお 2人の意向に沿うことであり、その努力を引き継ぐことでもあると信じます。

そこでわたくしは、東京教区にとって、緊急かつ最重要課題は「小教区の再編成」であると判断し、このたび、そのための「新しい一歩」としてこのメッセージをお送りいたします。

大司教メッセージ『新しい一歩』では、今までのいきさつを説明し、改革の必要性とその理由を述べ、教区の責任者としての抱負を語った後、小教区再編成の構想を記しました。大まかに述べますと、

 

  1. 小教区再編成の出発点として、現行の地域協力体を2ないし3分割し、教区全体を20内外の協力体に再編成する。現在ある小教区はそのまま新たに設立される地域協力体に組み込まれる。
  2. 新しい地域協力体の世話人司祭の選任と、将来的に現在の小教区の役割を地域協力体が担うための準備。 
  3. 会計や事務処理、新しい共同体の位置づけ等の協議、となります。

 

すでに、各修道会・宣教会代表者への説明と意見交換を行いました。また、本日の教会委員連合会でも構想の概要が説明されます。

7月22日(日)には、カテドラルで教区集会が開催され、この構想の説明と皆さんの意見聴取が行われることになっております。その後、新しい司祭メンバーを加えた第二期プロジェクトチームを発足させます。

皆様にお願いしたいのは、各教会そして地域協力体で、今後の進め方やシミュレーションを含めた具体的・積極的な意見・提案、をしていただきたいということです。本年12月までそのような作業・検討を行い、次のステップに移っていきたいと考えております。

わたしたちは弱い人間であり、病んでおり、まちがいを犯し、罪人である集まりです。イエス・キリストがこのような貧しい者を招かれたように、わたしたちも互いにゆるしあい、受け入れあうなかで、他の教区とも連携しつつ、21世紀の福音宣教を力づよく推進するよう、力を合わせてまいりたいと存じます。「主に望みを置く人」として、皆様に支えられながら、この課題に取り組んでまいります。

皆様のお祈り、ご協力を切にお願いいたします。

 

2001年7月1日
東京大司教  ペトロ岡田 武夫

 




<これからの教会を考えよう>教会史から見る宣教司牧の共同体的性格

石井 健吾 (聖アントニオ神学院教授)
2001年6月16日

 

共同宣教司牧ということが日本の教会でも現実問題となりつつある。そのような実践方法は、しかし、全く新しいものなのだろうか。むしろ、宣教司牧の本質から来るものなのではないだろうか。 2000年にわたる教会史における宣教司牧の歩みとその共同性について教会史専門の石井健君神父に解説していただく。

 

そもそも教会の「宣教」、「司牧」はどのようにして始まったのか

ある意味で、今日の共同宣教司牧の原型はまさに初代教会の中に見ることができます。

 

(A)四福音書の場合

宣教は、派遣(ミッション)と使信(ケリグマ)として、師イエスと弟子たちの間に、共同体(コミュニティー)は、弟子たち相互の交わり(コイノニア)の中に、また、司牧(パストラル)は彼らの日常生活を支援する(デイアコニア)婦人たちとの間に、福音書の全体を通して見られます。

 

(B)使徒言行録の場合

この中で、宣教は、使徒職とその弟子、また彼らから受洗した信徒たちによって、地中海世界各地で行われたとあります。

また、司牧に関する記述は、使徒たちとその弟子の中から選ばれた人物が監督(司教)として、その地域を全権をもって司牧し、長老や助祭がそれを助けたとあります。彼らの生活は、家族的共同体を形成するもので、監督は家長、父親としてその上に立っていました。この共同体の特徴として、成員の相互扶助が挙げられます。具体例として、各自が自分の財産を(土地、家屋を売って)、自発的に持ち寄り、貧者や病人を助けたとあります(使徒4・32‐37)。また、助祭に関する記述は、共同の宣教司牧の土台が愛と奉仕であることを示します。

 

(C)司牧富簡と公同曽簡に見られる宣教司牧

(1)司牧書簡(1テモテ、2テモテ、テトスにあてた書簡)の中で、パウロは弟子の中から任命されたテモテとテトスの二人の監督に有害な異端的教えを警戒しイエスの真理のことばを忠実に守り、かつ教えるよう命じています。さらに監督、長老、助祭などの職務について詳しい注意を述べ、教会役職を強化して、内部からの崩壊を防ぐよう勧告しています。

(2)公同書簡(ヤコブ書、1、2ペトロ書、 1、2、3ヨハネ書、ユダ書の七書簡)

これらは個人ではなく、共同体にあてられたもので、内容は異端への警戒、迫害に対する信仰の確立、信徒の一致への勧めが書かれています。

全体的に見て、この時期にディアスポラのユダヤ系信徒が、名実共に共同体(パロキア)を作っています。リーダーと信徒の関係は牧者と羊、父親と子どものようで家族的きずなが強く、愛と奉仕の精神によって結ばれており、後世の共同体的宣教司牧の原型となるものと見られます。

 

司教、司祭、助祭という位階制度は宣教司牧の共同体的実践とどのような関係があるのか

 古代教会でのヒエラルキー(聖職位階)は、前述したように、人間の社会性に根ざしたもので、また信仰共同体の特色である正しい信仰の保持とその一致のために作られました。使徒たちは、まず信徒の生活を守るために奉仕者としての助祭職を、ついで共同体を秩序づけるためにリーダーとしての司教(監督)を設けました。これらは聖書的ヒエラルキーと呼ばれます。しかし、この共同体も人間社会の例にもれず、当初から自然発生的に集団をリードする長老たちの存在があり、その後に司教職を補佐する司祭たちが任命されました。この4階級が、それぞれの機能を発揮しながら共同性を作り上げていきます。

やがて、これの中心となる司教が、信徒を加えた共同体の中から選ばれていきます。その場合、助祭たちからの選出が多かったのです。したがって、5、6世紀まで、奉仕職を経験した人物が司教に任命されています。また、この司教が秘跡執行の中心的存在となり、各地の共同体を代表して、周辺の共同体と交流したり、信仰と道徳に関する会議に出席するようになりました(コイノニア)。

 

司教は、2世紀半ばには君主制(モナルキア)の頂点に立って、全権を握っていたことが、アンティオキアの聖イグナティオスの手紙からわかります。このような司教たちが集まって、各地で会議を開き、猛威を振るったグノーシスの異端から群れを守り、典礼や習慣についても合議しました。これがシノドス(司教会議、 160~170年)の始まりです。公会議には、帝国の秩序を図る皇帝の庇護のもとに帝国内の司教たちが集まって、以上の問題を論議し、教会全体の意志統一を図りました(315年、ニケアで最初の公会議)。

ヒエラルキーのもつ共同体的性格は史料で見る限り、司教の活躍に最もよく現れています。

(1)群れの先頭に立つ司牧者としては、前述の聖イグナティオスが挙げられ、福音の実践を説き、全責任を負って、殉教を辞さないタイプでした。ローマの司教たちは(聖ペトロの後継者、約30人)も、このタイプでの殉教によって、ローマ教会の位置を比類ないものとし、東西の教会から尊敬を受けるようにしました。

(2)聖ニコラス(サンタ・クロース)や聖バレンタインの場合は、その共同体のカリタス(慈愛)の業によって有名です。

(3)カッパドキアの2人の司教(聖パシレイオス、ニッサの聖グレゴリウス、ナジアンズスの聖グレゴリウス)の場合は、三位一体論の神学者で教父と仰がれましたが、助祭、司祭に加えて男女のボランティアを集めて修道共同体を作り、社会・福祉・教育事業を進める一方で、特に大パシレイオスは修道戒律や典礼(現在の第四奉献文の原型)を通して、共同体の霊性を確立しました。

(4)西方教会の学者タイプの司教団としては、ミラノの聖アンプロシウスとヒッポの聖アウグスティヌスの師弟があげられます。両者は司牧者のモブルの向上を図り、修道的規律のもとに、ヒエラルキーを構成する助祭、司祭との共住生活を行い、学問と祈りに励みました。また、その周辺に男女の修道者が宗教共同体を作っていました。

(5)ローマ司教の場合、大教皇と呼ばれる聖レオ一世と聖グレゴリウス一世は、世俗にあっては外交官や市長職を歴任しましたが、聖職者となってからは、神学者、教父、神秘家として優れた存在でした。この頃まで、司教はみなパパと呼ばれていましたが、レオ以来ローマ司教だけが、パパ(教皇)と仰がれようになりました。

グレゴリウスの場合は、新来のグルマン民族を改宗させ、 一大キリスト教共同体を作るため、ベネディクト会員を宣教師として各地に派遣し、「ヨーロッパの父」と呼ばれました。いってみれば、今日のヨーロッパ連合(EU)の精神的土台を造ったともいえます。

また、レオもグレゴリウスも司教同士の交わり(コイノニア)を重視し、拡大する教会の共同体としての発展に貢献しました。

 

そもそも、現在でも司牧の場である「小教区」はどのように形成されたのか

小教区を示すパロキァという用語は、すでに旧約聖書の中にあり、「外国からの居留者、その人たちの居留地」を示すものでした。新約聖書の中では、使徒たちが宣教の先々で、自分たちの後継者として、その町の1人の男性を選び、エピスコポス(監督・司教)に任命しました。この集団がパロキアと呼ばれるようになりまれた。ところで、信徒の数が増え、秘跡の執行(特に聖体祭儀)に手が回らなくなると、周辺の各地に礼拝所(普通の家屋)が造られ、そこに監督の代行として司祭たちが派遣されるようになり、やがてそこに司祭が常住するようになり、これがパロキアと呼ばれるようになり、その集合体が司教区(ディエチェシス)となりました。司教区と小教区の始まりはこのようなものでした。

ローマ帝国では、キリストの教会は、非合法な存在だったので、もちろん聖堂などは望むべくもなく、 一般の住居が礼拝所の役を果たしていましたが、313年に公認されると、帝国の行政区に倣って、大きな町に司教座が設置され、その領域内に多数の小教区が設定されました。

しかし、ゲルマン人のヨーロッパ侵人によって、各地の聖堂が破壊され、その復旧が不可能となったので、土地の領主たちがそれを建て直し、自分の家来を司牧管理者に任命するようになり、その土地の司教との間に紛争が起こりました。この俗人領主の設立した聖堂と小教区を私有教会(アイゲンキルヒェ)と呼んでいました。

この両者の争いの中で、小教区民の帰属や維持費としての十分の一税の納入をめぐって教会は揺れ動き、ついに「信徒は必ず一定の小教区に所属する」という規定が出されました。この時期、今日の小教区制度の土台ともいうべき、一定の区域」と「その場からの収入」という原則が生まれるのです。

後にゲルマン民族を統一し、ローマ帝国に代わるキリスト教ヨーロッパ帝国を造るカール大帝は、帝国の秩序を考え、教会との共存のため、この司教区と小教区を制度化していくのに尽力しました。ですから、今日の小教区のあり方は、中世初期(4~8世紀ごろ)にさかのぼると考えられます。

 

修道院制度は、宣教司牧の発展にどのような役割を果たしたか

確かに、修道共同体、特にベネディクト会が共同体的宣教司牧を行い、それも理想的な宣教共同体であったことは、今まで無視されてきました。わたしの見るところでは、コーロッパ・キリスト教共同体の土台は、彼らによって、据えられたと言っても過言ではありません。前述の聖グレゴリウス教皇が、ローマの自宅をベネディクト会会員にゆだねて修道院にしたうえで、自身も修道者として生活し、そこから教皇庁に通ったのは、有名な話です。

その彼が、ベネディクト会員をヨーロッパの未開の地に派遣して、ゲルマン民族のキリスト教化に尽くしたのでした。特に、アングロ人の改宗のために、49人の同会員をイングランドに送り込んだのは有名な話です。そして、アイルランド、イングランドから逆に大陸に多数の宣教者(コロンバン、ボニファチウス)が来て、各地に修道院を建て、宣教拠点にしたものです。

この修道院(50~100名の会員から成る)の周辺にゲルマン人たちが集まり、遊牧生活から農耕社会への転換がなされ、耕作(カルチャー)を通して、ギリシャ・ローマ文明へと開化され、キリスト教を信奉するようになりました。中世期には、このような大修道院が2000から3000も建てられたようです。

一方、フランク王たちも、この成果に気づき、修道者たちに援助も惜しみませんでした。しかし、800年にヨーロッパ・キリスト教帝国ができると、皇帝や王は、競って司教を貴族や領主に取り立て、こうして司教区も小教区も行政区の中に組み込まれていき、ここにゲルマン人的封建的小教区が司牧のセンターとなっていきます。つまり、この時期、ヨーロッパでは、「宣教」は、個人から団体(修道院)によって行われるものとなり、司教区や小教区は「司牧」に専念するものとなりました。

ベネディクト会ではまた、清貧をめぐる論議の中で、クリュニーやシトーの改革運動が起こり、それによって未開の地への宣教が並行して、キリスト教の領域はさらに拡大を続けました。12世紀には、アウグスチノ会とシトー会に倣って、聖ノルベルトによってプレモントレ会が創立されましたが、彼らは司祭の共住と共同生活によって、ヨーロッパ的な共同宣教司牧を作り上げました。

 

中世末期から宗教改革の中にも、共同体的な自一教司牧の発想はなかったか

13世紀から16世紀にかけて、ヨーロッパ・ゲルマン社会は、大きな転換期を迎えていました。それは、農業の発展による経済力の増大によって各地で都市化が進み、十字軍という海外遠征を支えるほどでした。この都市化は、教会にも大きなインパタトを与えました。今まで眼に一丁字のない農民の司牧をしていれば

事足りた司察たちは、「読み書きそろばん」のできる羊たちの世話をすることになったのです。

インテリ市民という信徒の出現は、彼らが自由に聖書に接することで、福音の内容と、聖職者たちのあまりにも世俗的生活、特に華美やぜいたくに流れた生活との違いに疑間を抱かせ、市民たちの間で教会改革の運動が始まったのです。彼らは最終的にヒエラルキーとその教役に反対する方向に走り出しました。

それは、今までの司教や神学者による異端とは違う、市民・信徒による集団的異端でした。教会は根底から揺さぶられ、教皇・司教団は、その対策に苦しみました。ところが、この分裂に待ったをかける「共同性」

を具現する集団が現れました。ドミニコ会とフランシスコ会という、それまでの大修道院制の修道生活とは

異なる、都市型の、名実ともに宣教・司牧共同体が登場してきたのです。

ドミニコ会は、司祭集団で聖トマス・アクイナスのような神学者を擁して、学理的にこの異端に対処し、フランシスコ会は、その使徒的・福音的貧しさの実践で異端者に接し、「兄弟的生活」によって、彼らの中に入っていきました。被らの生活に感動した、 一般市民が第三会を結成することで、ヨーロッパの共同体的な宣教司牧の新しい動きが誕生するのです。

彼らは、福音的に生きたアシジの聖フランシスコに倣って武器を携帯せず、誓約を忌避し、公職への就任を拒否することで、原始的教会の生き方を追及しました。しかし、 一方で、生産の大部分を占める農民の住む地方では、世俗領主の支配する封建制の中に組み込まれたヒエラルキーと農民信徒の間では「教える教会」と「働き、従うだけの教会」という悲劇的な分裂がありました。

 

日本での「布教・司牧」や「小教区」はどのように成立したのか

 

(A)キリシタン時代(1549~1630ごろ)

キリジタンの時代では、近世ヨーロッパのルネッサンスの影響下にある、新しい修道会、イエズス会がポルトガルの援助のもとに来日し、 一人の修道司祭が、布教と司牧を兼務しました。戦国期から安土・桃山・徳川初期を通して、ほぼ80年間に約180人のイエズス会員が来日し、主にシモ(長崎、島原、天草、豊前)とカミ(京都。大阪周辺)で活躍し、1500人余りの日本人が彼らの教役を助けました(「同宿」、「看坊」、「小者」)。

「布教」は、当時のヨーロッパの最新の技術が持ち込まれ、中でも活版印刷は目を見張るもので、多数の邦訳が出版されました。受洗者にとって、最大のプレゼントは、「ドチリナ・キリンタン」(公教要理)の翻訳で、これは宣教史の中で特筆すべきものです。

「司牧」は、その当時のヨーロッパのスタイルが使われましたが、信徒側もそれに順応したのが、大きな改宗の実を上げた理由かと考えられます。宣教の最終目的といわれる、現地邦人の司祭養成と聖職者団の育成、邦人司教による司牧の問題は、当時の日本の現状の複雑きのため思ったほどの効果は上がりませんでした。

 

(B)第二次宣教の時期(1860~)

日本の開国に始まる、 1860年代のフランス人による宣教・司牧は、修道者ではない、宣教学に習熟じたプロの聖職者団によるものです。宣教は日本全土に及び、司牧はガリカニズム(近世フランスの国家主導型教会)の中で確立された、フランス型小教区のタイプが特徴です。

布教の近代化を唱えるローマ教皇庁の指導のもと、邦人司祭の養成のための神学校が創設される一方で、司察たちのヨーロッパ派遣・留学が進められ、邦人司教によるヒエラルキーの確立が急がれました。

大正時代に入って、各国からイエズス会、フランシスコ会、ドミニコ会をはじめ男女の修道会が続々と来日し、教育・福祉。社会事業を始めることで宣教面が大きく前進しました。これらの修道的共同体が、日本宣教の拠点とし改宗の実を上げたことは否定できません。そして、昭和期に入って、国際関係の悪化の中で司教の邦人化が急がれ、現在の16司教区の誕生を見たのです。

日本の布教・司牧、またその要となる「小教区司祭」のあり方を見るとき、各時代にそれにかかわった修道者・宣教師・教区司祭の育った時代の風潮や出身地の文化・習慣にいかに大きく影響されていたかがわかります。しかし、2000年の教会史の流れの中で見るとき、この国の教会史は、前期の80年、後期の140年の2世紀足らずでしかなく、宣教・司牧の土台となる日本人キリスト者の霊性の確立のため、各国、各民族の例を待つまでもなく、かなりの時間が必要であることは論を待ちません。

 

これからの共同宣教司牧のために

今、2000年の教会史を振り返ってみるとき、その最初から「共同宣教司牧」の精神は、各時代と地域のニーズに合わせて、さまざまな組織と制度(小教区・司教団区制、教皇制、修道制など)を生み出してきたことがわかります。

しかし、最初の精神が忘れ去られ、その外枠となる制度だけが温存され、後世の人々に重荷と感じられるようになったのは残念としか言いようがありません。この制度の刷新に当たって、第ニバチカン公会議は、教会共同体のあり方を見直し、教役者と信徒それぞれの役割分担と協力、教会を一つの家とする意識(オイコノミア)と各メンバーの兄弟性の自覚を強調しています。わたしの見るところ、この公会議の指針こそが、各時代に現れた共同体的宣教司牧の精神を一層具体化し、今日的にこれを実現可能にし、教会共同体を活性化させる最上の方策と思われます。

 

(いしい・けんご)