カトリック赤堤教会

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名称

カトリック赤堤教会

教会堂名

王であるキリスト

創立年月日

1967年5月

主任司祭

ジャン・ガブリ M.E.Q. (ケベック外国宣教会)

協力司祭

モーリス・ラベ M.E.Q. (ケベック外国宣教会)

信徒数

548人 (2016年12月31日現在)

主日のミサ

日曜日 9:00 / 11:00 ※夏季は9:00のみ

週日のミサ

初金ミサ:第1金曜日 10:30

宣教協力体

世田谷北

教会学校

  • 土曜学校 14:30-16:30
  • 日曜学校 10:00-10:30

聖書講座

  • 木曜日 19:00
  • 水、土曜日 10:00

諸活動

  • ボーイスカウト世田谷9団
  • ガールスカウト東京91団

住所

〒156-0044 東京都世田谷区赤堤3-20-1 [Google地図]

電話

03-3321-0019

Fax

03-3328-4636

身障者設備

スロープ(またはバリア・フリー)

ホームページ

http://www7a.biglobe.ne.jp/~akatsutsumi_catholic/

 

交通案内

東急世田谷線「松原駅」より、徒歩2分。
小田急線「経堂駅」より、徒歩10分。
 

歴史

戦争の余燼がまだあちこちに残っていた1949年、その前年に中国から引き揚げてきたケベック外国宣教会の3人の司祭によって 、赤堤教会の活動が始まりました。 遠藤周作氏の小説にも出てくる、玉電松原駅の埃っぽい道の竹薮の先の荒れ果てた庭の中の日本家屋が最初の教会でした。

背が高く結核後にもかかわらず活動されたブーレ神父、漢字に詳しく美声のパラン神父、若い金髪のブレン神父方が、赤堤で最初のミサを捧げ、マリア幼稚園を開き 、ボーイスカウト活動を始めました。

そのころ、毎週日曜日、50人ぐらいの信者と20人のボーイスカウトが,幼稚園の質素な狭い講堂に集まってミサにあずかっていました。 その後ガールスカウトも結成され、教会、幼稚園、ボーイスカウト、ガールスカウトの4つの団体は協力し合って小教区共同体を発展させてきました。

御聖堂を建設するために教会が1960年から始めたバザーは、最初の収益は5万円でした。 1963年、幼稚園とボーイスカウトが加わった最初の合同バザーの日は 、あのケネディー大統領の暗殺の日11月22日、日本の11月23日でした。
その後ガールスカウトも加わってバザーは4団体合同で行いことにない、この近隣地域では最大規模のバザーとなりました。

1967年に念願の御聖堂が完成しました。 1972年世田谷教会の巡回教会になり、その後、1974年に小教区に昇格して現在の赤堤教会となった。 典礼暦の最後の主日は、王であるキリストの主日で 、赤堤教会の保護者の主日でもあります。 また御聖堂はケベックの司祭たち、とくにカロン神父により設計されました。 明るいカナダの雰囲気が伝わってきます。
 

現状

ロワゼール、ベランジュ、デュポン神父を経て、現在再びロワゼール主任司祭のもと、約281世帯、490人の信者が 、家庭的な共同体の中で信仰生活を送っています。 信徒会は、第二バチカン公会議の開かれた教会の精神を基礎にして、司祭と信徒、修道者が共に共同責任を持って歩もうと 、司祭と信徒の役割分担、委員特に会長、副会長職の任期制等、東京教区のナイス2の先進的提案を取り入れた信徒会規約を持っています。

赤堤教会の土曜学校は、リーダーの方々やシスター方のおかげでとても活発で、子供たちが楽しく集まってきています。 またフィリピンのミンダナオ島のカガヤン・デ・オロの子供たちへの支援を、いろいろな活動を通じて行なっています。 同じ街に住む未信者の音楽家の人たちが御聖堂で演奏するチャリティーコンサートもその一つで、かなりの回数を重ねています。 現在は、世田谷ファミリー宣教協力体の同じメンバー、お隣の松原教会と、お互いバザーの手伝いをし合っています。

教会の庭は、ベンサン神父、ラベ神父が丹精こめた花々が咲きみだれています。 赤いクリスマスのイルミネーションが光り輝く大きなもみの木と、復活祭のころにそれは素晴らしく咲きそろう何本もの桜の大木は 、経堂、赤堤、桜上水、松沢の名物になりました。

ヨハネ・パウロ2世の教えを胸に、白柳枢機卿、岡田大司教、幸田司教、ロワゼール主任司祭と共に、赤堤教会は信徒の霊性を高めつつ、日本の教会の一員であるという意識を持って、より一層地域に開かれたカトリック教会を目ざしていきたいと願っています。 (滝島 恵一郎)