豊島教会創立60周年記念ミサ説教

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    2009年12月6日 豊島教会にて

     

    今日、私たちは豊島教会創立60年周年のミサをささげております。60年前といえば、1949年で、それを400年さかのぼりますと、1549年、フランシスコ・ザビエルが日本に来た年であります。

    1949年、豊島教会が創立された年、聖フランシスコ・ザビエルの右腕が日本に運ばれ、日本各地を回りました。この時、ザビエルの右腕といっしょに、ギルロイ枢機卿が来日され、仮聖堂の祝別に豊島教会に来られたということを聞きました。

    昨年11月、ペトロ岐部と187殉教者が長崎で列福されました。そして殉教者の聖遺物を教皇様に献納するために、先日ローマを巡礼しました。その際、ジェズ教会というイエズス会の教会を訪れました。このジェズ教会にザビエルの右腕が保存されているわけです。ある人が「460年前に日本に来たザビエルは、この右腕で日本人に洗礼を授けていたのですね」と言われました。ザビエルは日本に2年余り滞在した後、インドのゴアに戻り、中国への宣教の願いを抱きつつ、それが果たされないまま、1552年に上川島で亡くなりました。

    遺骸はゴアに埋葬され、右腕は切り離されてローマに移されたわけです。

    日本の教会は460年の歴史を持っております。その中で半分以上の年月は、禁教と迫害の歴史でありました。今は信教の自由が保障されていて、私たちは一生懸命宣教しておりますが、日本の教会は信者が増えません。

    先日、アジアの司教の代表者会議でバンコクに行ってまいりました。パキスタン、イスラム教の国ですが100万人以上のキリスト者がいるとのことです。マレーシアも同様です。(84万人)インド、ヒンズー教の国です。人口も多いこともありますが何千万人というキリスト者がいるということです。日本は登録されている信者が40万人あまり、外国から来ている信者を入れて100万人くらいでしょう。非常に少ないです。

    日本の人は本当に救いを求めている。私は最近いろいろな機会に言っているのですが、「教会は荒れ野におけるオアシスでなければならない」と。人が生きるのは大変なことです。その大変さを味わっている人に、慰め、励まし、希望を与える私たちの集まりでなければならないのです。私たちを見て、希望を見つけてくれるようになる。そのためにどうしたら良いのでしょうか。東京教区ニュースの1・2月号が年末に発行されます。私とペラール神父(パリ外国宣教会)の対談が掲載されます。テーマは「荒れ野におけるオアシスとしての教会」です。考えるヒントにしていただければ幸いです。

    今日は待降節第2主日です。洗礼者ヨハネの言葉として、イザヤの預言が引用されております。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る』」

    日本は460年の教会の歴史を持っていますが、まだ待降節の中にいると思います。救い主が多くの日本人の心にまだ生まれていない、という意味でのことです。クリスマスだけには、たくさんの人が教会を訪れ、クリスマスを祝います。日本人の心に本当に幼子のイエスさまが生まれるように祈りたいと思います。そのためにイエスさまを迎える道を作らないとなりません。私たちは「証し人」にならなければなりません。私たちの間に平和がある、喜びがある、互いの助け合いがある、そして神様との対話がある、そのような教会を目指してまいりましょう。

    今の時代、人間の価値が非常に低くされています。家族もばらばら、競争の社会で一人ひとりの人をかまっていられない、自分が生きるだけで精一杯という感じになっています。その人にしかない価値を認め、一人ひとりを大切にしあうのでなければ、人は神様の愛を知ることはできません。かけがえのない大切な人であるということを、互いに認めあい、ゆるしあって、受け入れあう、そういう私たちのあり方が本当に必要なのではないかと痛感します。

    聖フランシスコ・ザビエルの取次ぎによって、クリスマスに教会を訪れる人たちに、日本の教会がもっともっと神様の愛を伝えることができるよう、祈りたいと思います。

    最後に聖パウロの言葉で締めくくります。「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださいますように」(フィリピ1:6)