司祭集会大司教三日目のまとめの言葉のメモ

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2015年10月28日、ケルンホールにて

司祭の務めについて

  1. 司祭の務めは基本的には司教の務めと同じである。人々をイエスの弟子にすること、そのために福音を宣べ伝え、主の晩餐の記念を行い、愛の掟を教え、模範を示し、神の愛を伝え、神の愛を生きるよう人々を励ます。

     

  2. 司祭は司教の協力者である。司教の方針、希望を理解してほしい、他方、司祭の意見と自主的な判断を尊重しなければならない。

     

  3. 福音宣教と福音化はすべての信者の務めである。信徒は自分の信仰を、借り物でない自分の言葉で宣言してほしい。また自分の置かれている場で神の愛のしるしとなる存在であってほしい。

     

  4. 信徒は自分の置かれた場所で、社会がより福音の精神にかなった社会となるよう、社会の福音化のために努力してほしい。カトリック信徒の政治家は特に、政治が平和への奉仕となるよう、教会の社会教説を学び政治にそれを反映させて欲しい。

     

  5. 自死者の問題、精神疾患者の存在は深刻な問題。治療は専門家によらなければならないが、だれにでもできる慈しみの御業がある。引き続き何ができるか、考え祈りたい。

     

  6. 信徒が自分の信仰を告白し、証できるよう導き励ますのは司祭の大切な務めである。自分が出会う人々に自分の信仰を宣べ伝える準備をしているよう司祭は信徒を励ます。

     

  7. 日曜日など司祭が多忙な時に、司祭に協力して、入門講座などで、自分の言葉で求道者に信仰を伝える信徒の存在が望まれる。

     

  8. 何人かの集まりで聖書の分かち合いをするよう司祭は信徒に奨励する。その際留意すべき事項をあらかじめ確認する。

     

  9. 教会の信仰理解を体系的に理解し教授できるよう、信徒にそのための学びの機会を用意する。

     

  10. 信仰伝道の鍵となる基本的な言葉についての学びの機会が必要である。それは、例えば、愛、イエス・キリスト、聖書、教会、秘跡、などである。

     

  11. 現代人の心の飢え渇きにこたえる福音宣教の努力が求められている。そのために、現代社会の分析が大切。孤独と自死、格差と消費の社会、家庭の現実と企業の在り方について分かち合う必要がある。
    (教皇フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』の学習)

     

  12. 日本の教会と東京教区に福音宣教(福音化)の努力の歴史を知ることが必要と考える。

     

  13. 現代日本における福音宣教(福音化)の困難は何所にあるのか、司教と司祭はもっと徹底して分かち合う必要がある。

     

  14. 聖書のメッセージの中心は何か、の分かち合いが大切だと思う。

     

  15. 自分にとって心に響く聖書の箇所はどこか、についての分かち合い。
    知恵の書11・24-26 (存在の肯定)
    11:23 全能のゆえに、あなたはすべての人を憐れみ、/回心させようとして、人々の罪を見過ごされる。11:24 あなたは存在するものすべてを愛し、/お造りになったものを何一つ嫌われない。憎んでおられるのなら、造られなかったはずだ。11:25 あなたがお望みにならないのに存続し、/あなたが呼び出されないのに存在するものが/果たしてあるだろうか。11:26 命を愛される主よ、すべてはあなたのもの、/あなたはすべてをいとおしまれる。

    ヨハネ福音3:16  (永遠の命)
    神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

  16. 司祭集会についての感想
    司祭が、ほかの司祭との出会い話し合い知る会う機会となってよかった。
    共通理解を求めて今後も継続する必要がある。福音宣教推進全国会議(NICE)の精神の徹底を考えたい。遊離の問題をなお追求したい。また「教区集会」も必要かもしれない。

     

  17. 生涯養成委員会の役割は何か
    司祭集会での意見を踏まえてなお検討したい。「養成」という言葉への違和感の表明があった。名称も検討したい。
    聖体奉仕者と集会司式者が多数いるのにあまり果たすべき具体的な役割がないという指摘がある。
    通夜の司式や教会の祈りの司式他の可能性を検討したい。

     

  18. 「いつくしみの特別聖年」行事の実施と来春司祭人事異動についてご理解ご協力をお願いする。