レデンプトール修道会日本準管区設立記念ミサ説教

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初台教会にて

[聖書朗読箇所]

聖ヨハネ・ノイマン司教記念日のミサ

説教

今日はレデンプトール会の聖人聖ヨハネ・ノイマンの記念日です。

聖ヨハネ・ノイマンはどんな人だったでしょうか。わたくしは『燃えさかる火のように』という聖ヨハネ・ノイマンの伝記を読みましたので、この伝記をもとに、皆さんとこの聖人の生涯を分かち合いたいと思います。

聖ヨハネ・ノイマンは1977年にパウロ6世によって列聖されたレデンプトール会の聖人です。新大陸アメリカにおける熱心な福音宣教者でした。1811年にボヘミヤで生まれ、アメリカにわたって司祭になり、1852年にフィラデルフィアの司教に任命され、司教として熱心でまたよい牧者の務めを果たし、1860年に帰天しました。アメリカの南北戦争勃発の前の年のことでした。わずか50年に満たない短い、「燃えさかる火のように」に激しくささげ尽くされた生涯でした。

燃えるような熱意に満ちたよい牧者である聖人はしばしば試練と苦悩の中に置かれておりました。当時の布教聖省に送った手紙の中で次のように述べています。

「今の私は、精神的に非常に悩み、たびたび昼夜眠らずに、苦悩の最中にありますので、この私のために憐れみに溢れた決定がなされるように、衷心から祈っております。」(『燃えさかる火のように』114ページ)

彼は人々のお世辞、世間の評判、自尊心の満足を求めたことは決してありませんでした。彼はひたすら神との親しい交わりの中に生き、神が望まれるように行動し、神の不滅の愛のみをひたすら慕い求めるという生涯を送った人です。(『燃えさかる火のように』まえがき、より)

聖人は実に祈りの人でした。ノイマンの祈りが残されています。それを見るとこの聖人の霊性を垣間見ることが出来ます。

「侮辱を耐え忍ぶ祈り」という祈りが残っています。

神よ、私がこれほど敏感であれば、一体どうなるでしょうか?また私には、イエズスと共に苦しみを受けるだけの用意ができていないのです。
主よ、赦してください。時によって、霊的に見える長所のために、この傲慢が頭を出しているのを意識します。
謙遜を養うために、機会があるたびに兄弟に仕えようと望みます。
彼らに会うたびに、主に出会ったかの様にふるまうつもりです。
できる時にはいつも、かれらのために釈明し、弁護します。

この祈りの背景には彼が兄弟である司祭、会員から何らかの侮辱を受けたという心の傷があったのでしょうか。

「試練の時の祈り」という祈りがあります。

失望の一歩手前にいます。
一番苦しいのは、こういう試練の最中にいても、私の心は清いのだという考えで自分を励ますことができないことです。
私自身のものは罪以外に一つもないことをよく知っています。
祈りに飽き飽きしてきて、私の努力は無駄と無意味としか見えません。
主イエズスよ、私を憐れみ、急いで助けに来てください。(中略)
主よ、私を助けてください。わたしは溺れています。(中略)
今私を攻めている精神的な試練を耐え忍ぶために、どうすればいいのか、主イエズスよ、私を憐れんでください。
愛する母マリアと聖ヨゼフ、守護の天使、私の聖なる保護者、どうぞ私のために祈ってください。

この祈りからノイマンは深刻な試練の中で主の助けを必死に祈っていたことが分かります。神への深い、強い信仰の中で彼は祈っていたのでした。

この祈りを知って、まことに感慨深い思いを受けます。

パウロは今日の第一朗読で言っています。

(わたしは)弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。(一コリント9・22-23)

よい牧者であったノイマン司教は、自分の満足、名誉、自尊心を放棄してひたすら自分の羊のために自分のすべてをささげたのでした。

自分を顧みますに、自分の名誉、評価にこだわり落ち込んだりする自分に気がつきます。聖ノイマン司教の取次ぎにより、謙遜で熱心な福音宣教者、司牧者の精神を与えてくださるよう祈ります。アーメン。