木更津教会司牧訪問(堅信式)説教(年間第18主日)

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2013年8月4日 年間第18主日 木更津教会にて

[聖書朗読箇所]

説教 

木更津教会の皆さん、今日は司牧訪問のために皆さんの教会を訪問しました。

8月6日より『平和旬間』が始まりますが、6日は広島に原爆が投下された日です。

この8月6日から8月15日までの10日間、特に平和のために祈り、平和のついて学び、また平和のために何をしたらよいのか、何をしてはいけないのか、ということを学ぶようにいたしましょう。*

ヨハネ二十三世教皇によって開催された第二ヴァチカン公会議開始50周年を記念してベネディクト十六世は「信仰年」を宣言しました。昨年の10月11日より今年の11月24日までが「信仰年」であります。きょう12名のかたは「信仰年」の期間中、堅信をお受けになります。

今年はまたヨハネ二十三世が回勅『地上の平和』を発表してちょうど50周年にあたります。核戦争の危険の迫っていた50年前の東西冷戦の最中、教皇は大国の政治指導者たちをはじめとしてすべての人に、戦争を避け、平和を築くため努力し協力するよう、呼びかけました。皆さん、ことしの『平和旬間』にはぜひこの回勅を勉強してください。

平和を考えるときにいつも思い出すことばがあります。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」

ユネスコ憲章の前文にある言葉です。このことばはすべての人が深く心に刻むべき戒めです。

平和は神の賜物であると信じております。こころに神の平和が与えられるよう絶えず祈らなければなりません。

戦争の原因はまずわたしたちの心の中にあります。それは憎しみ、恨み、疑い、敵対心、利己心、人を受け入れない不寛容などであり、この悪い思いが人を戦争へ駆り立てます。

今日の福音で問題とされている「貪欲」も争いの原因ではないかと思います。

この話に登場する金持ちは多くの財産を大きな倉にしまって安心を得ようとします。しかし、金持ちの命はその計画を立てたその夜に取りさられてしまいます。財産は人に安心と幸福を保証するものではありません。

第二次世界大戦に敗れた日本は、戦争の悲惨さを身にしみて体験し、戦争放棄を宣言し、もっぱら国を挙げて経済成長に邁進してきました。その結果、確かに生活は便利で快適になりました。

しかし、いまやわたしたちはおびただしいモノに囲まれ、わたしたちの心はモノに捉えられ、モノにこだわり、モノに振り回されています。これは偶像崇拝の現象ではないか、とさえ思われます。

今日の第二朗読でパウロは言っています。

「上にあるものを求めなさい。・・・地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。貪欲は偶像崇拝にほかならない。互いに嘘をついてはいけません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主にならう新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。」(コロサイ3・1,5-10)

わたしたちは地上のものへの執着を捨てなければなりません。日々自分を捨てて小さなささげものをささげるならば、わたしたちは少しずつでも、日々新たにされるでしょう。

平和旬間を迎えるにあたり、自分自身の心をみつめ、自分自身の心を清くしていただき、自分を通して神のみ心が行われるよう祈りましょう。

「平和」とはただ戦争がない、争いがない、という状態ではありません。それは神のみ心が行われ、神の恵みが満ちている状態です。平和とは神のみ心がもたらす「秩序」であり、それは平和の君であるキリストによってもたらされます。

ヨハネ二十三世は『地上の平和』で述べました。

「その秩序とは、真理を土台とし、正義によって築かれ、愛によって生かされ、最後に、自由によって実践されるのです。」

堅信を受けられる皆さん、この言葉を深く味わい、平和のために働く使徒となってください。

 

*本日の『聖書と典礼』7ページを参照のこと。参考になります。後で読んでください。