東京教区修道女連盟新年会ミサ説教

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2008年1月4日 聖心女子大学聖堂にて

 

新年明けましておめでとうございます。

2007年はまことに感慨深い年でありました。皆様よりお祈りいただき、また種々の形で助けていただきました。厚く御礼申し上げます。神様が教区とわたくしを支え助け導いてくださったとしみじみ感じています。2008年を迎えるにあたり、神様に心から感謝いたします。 

実際この一年、悪の存在ということを考えさせられました。今日のミサの朗読は使徒ヨハネの手紙です。この中でヨハネは悪魔について述べています。わたくしには次の箇所が強く印象に残りました。

「悪魔の働きを滅ぼすためにこそ神の子が現れたのです」(3.8)。

最近、悪魔の存在ということを感じます。この世界にも、そしてわたしたちの心の中にも悪の力が働いていると感じます。司祭はいつもミサの聖体拝領前、主の祈りの後で次のように祈ります。

「いつくしみ深い父よ、すべての悪からわたしたちを救い、現代に平和をお与えください。あなたのあわれみに支えられ、罪から解放されて、すべての困難に打ち勝つことができますように。」

しみじみ本当にそうだと思いながらこの祈りを唱えております。 

今日の福音は同じ使徒ヨハネによる福音であります。「二人の弟子」ということばが出てきます。この二人とは多分、使徒ヨハネとアンデレのことでしょう。「午後四時ごろのことである」ということばはヨハネが自分の召命の始まりを回顧してのことばではないでしょうか。マタイの福音では別な召命の話が出てきますが...。そしてアンデレは兄弟ペトロにイエスのことを話します。このペトロをイエスはケファ、「岩」と名づけました。今日のヨハネの福音では三人の使徒の召命が語られているということになります。ヨハネとアンデレ、そしてシモン・ペトロの召命です。ケファ「岩」と名づけられたペトロに向かってイエスは「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」(マタイ16.18)と言われました。ペトロは教会の礎となった人であり、最初のローマの司教です。 

さて先日、日本司教団はアド・リミナでペトロの後継者である教皇様にお会いしました。アド・リミナとはAd Limina Apostolorumのこと。司教による使徒座定期訪問のことで、5年ごとに司教は聖ペトロとパウロのお墓参りをすることになっているのです。アド・リミナのときにはペトロの後継者である教皇様とお会いし、また教皇庁いろいろな省(福音宣教省など)や評議会などを訪問いたします。今回は昨年の12月10日から15日にかけて行われました。前回のアド・リミナは2001年の3月だった思いますので、実際は約7年ぶりのアド・リミナでした。 

12月15日、教皇様は日本司教団全員とお会いになり、お言葉をくださいました。それは事前に送付された各教区と司教協議会よりの報告、また司教協議会会長の挨拶に対する応答、指導、励ましともなるものでした。教皇様は歓迎の言葉のあとすぐに、濱尾枢機卿様逝去への哀悼の意を表され、枢機卿の奉仕に対する感謝を述べられました。ついで日本の教会が昨年、聖フランシスコ・ザベリオの生誕500年を祝ったことに言及され、「現代日本の文化的状況の中で、キリストの知らせを生き生きとした仕方でもたらすための新しい方法を探る」よう励まされ、自分たちが抱いている希望について説明するよう促さなければならない(一ペトロ3.15参照)と言われました。また、最近発表された希望についての回勅『Spe Selvi』(スペ・サルヴィ)を引用し、人々、とくに若者たちへ、人生を支える希望を伝えるようにと言われました。この希望は世俗の文化の魅力が与える偽りの希望ではなく、神から来る希望、すべての人を照らす光であるキリストを告げ知らせることによって伝えられる希望です。また多国籍化している日本の教会では教会人口の半数が移住者である。すべての人が教会に受け入れられていると感じるような普遍の教会として成長するように。過去60年間国際政治において日本が取ってきた立場を特徴づける平和への証は他の国々が日本から学ぶべきことである。「皆様が日本の国民生活における公的な事柄に関して発言を続け、さまざまな声明の広報と宣伝に努めてくださるよう勧めます」と激励されました。 

さらに、ペトロ岐部と187殉教者は闇の中でも希望もって生きた信仰の証であるとも言われました。2008年、日本のカトリック教会は殉教者の証にならい、現代の日本社会にあって人々の希望のしるしとなることができるよう、殉教者の取次ぎによって祈りましょう。