2017年関口教会聖母の被昇天ミサ、洗礼・堅信式の説教

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    2017年8月15日、カテドラル大聖堂

    [聖書朗読箇所]

    聖母の被昇天の祭日を迎えました。
    聖母の被昇天という教えは、わたしたちの教会が、初代教会以来、今日まで大切にしてきた聖母についての大切な信仰理解の一つであり、1950年、教皇ピオ12世によって教義であると宣言されました。
    神は、主イエス・キリストの母、汚れのない、おとめマリア、体も魂も、ともに天の栄光にあげられました。このことを記念する祭日が、聖母の被昇天の日です。
    わたしたちは、聖母にならい、聖母とともに、永遠の喜び、そして、復活の栄光に入ることができるという信仰を、今日、改めて、新たにし、そして、希望を強く持ちたいと思います。

    今日の福音は、ルカの1章、何度もわたしたちは、この福音を聞いて、読んできました。今日、わたくしは、このルカの福音から、2つのことを、みなさまと一緒に味わいたいと思います。

    「そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。」(ルカ1・39)
    「そのころ」というのが、いつなのかと言いますと、ルカの福音によると、マリアは天使のお告げを受けて、救い主の母になるということになりました。
    少女マリアは、「お言葉のとおり、この身に成りますように」(ルカ1・38)とお答えになりました。そのときに、彼女は神の母になったと、わたしたちは信じています。
    そして、「そのころ」とは、そのすぐ後に起こった出来事のように、読むことができます。
    「出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った」。
    5月31日が、毎年、聖母の訪問の日となっていて、この箇所が読まれていますが、何か、唐突な感じがします。

    エリサベトの家は、どちらにあるのか。ナザレからエルサレムの方向というと、ずっと南に下って、エルサレムから、さらに先になる。何というところなのかが、よく分かりませんが、フランシスコ会の聖書を見ると、アイン・カレムという地名が出ていて、クエスチョンマーク?が付いています。いずれにせよ、その辺まで行ったということになります。
    大変な距離でして、100キロメートル、150キロメートルかもしれません。いまでも大変な距離ですが、当時、交通の不便な時代に、ひとりの少女、うら若い女性が、どうやって、そちらまで行ったのでしょうか。
    「歩いて行ったのか、あるいは、馬車のようなものがあったのか」という疑問を、わたくしが漏らしたところ、「少女マリアが、馬に乗って、ナザレからアイン・カレムに行く場面を描いた絵が、ある修道院付の聖堂の壁に描いてある」と、ある人が教えてくれました。
    その絵を送っていただいたので見ましたが、そこにはおとめマリアの勇ましい騎馬の姿が出ています。従者がひとりいるみたいです。
    当時はそのようにして遠い距離を移動したのでしょうか。それとも、やはり歩いて行ったのでしょうか。あるいは、既に、交通が、ある程度発展していて、駅から駅へと人を乗せてくれる場所のような制度があったのかどうか、よく分かりません。
    どのように行ったのかを、全く考えたことがありませんでしたが、あるときから、気になるようになりました。

    そのような重大な出来事、ガブリエルからのお告げに、「はい」と承諾し、すぐに、ひとりで、そのように遠いところへ行くだろうか。家族と相談したのだろうか。何よりも、ヨセフ自身とそのような話をしたのだろうか。
    何も書いておらず、分かりませんが、非常に身軽に、果断にと言うか、すぐに決心して、ぱっと実行したことだけは確かでしょう。
    わたしたちが、何となく抱いている、聖母マリアのイメージというものは、そのようなものではないように思いますが、決断力、実行力のある果断で活動的な女性の姿をうかがうことができます。

    それから、エリサベトと会ったときの、有名なマリアの賛歌は、教会が、毎日、晩の祈りで唱えている、大切な祈りで、マグニフィカートと呼ばれる祈りですが、この祈りも、旧約聖書の伝統の中で、おのずから生まれてきた、少女マリアの口を衝いて出てきた祈りなのかもしれません。

    この内容を、改めて読んでみると、かなり、驚くべきことが言われています。
    主はその腕で力を振るい、
    思い上がる者を打ち散らし、
    権力ある者をその座から引き降ろし、
    身分の低い者を高く上げ、
    飢えた人を良い物で満たし、
    富める者を空腹のまま追い返されます。

    どの時代も権力者がいて、金持ちがいて、貧しい人、弱い人を圧迫し、苦しめている。そのような状況があります。
    今年の東京教区の平和旬間は、『こどもと貧困』というテーマを取り上げましたが、貧困という問題が、日本の社会にも、厳然として存在しているのです。
    まして、2千年前の、パレスチナの社会、神様はそのような状況を、決して「よし」とはされないはずです。
    「良くないという状況を、変えなければならない。ひっくり返さなければならない」という理解は、秩序の転倒という、恐るべき、革命的な考えかもしれませんが、そのようなことを、神様は望んでおられるという意味に取ることができないこともないです。

    マリア様について、無原罪の聖母、被昇天の聖母という、信仰理解は大切な伝統ですが、その背景となる、一人のおとめマリアの姿に注目することも大切だと思います。天使のお告げを受けた直後のナザレの少女マリアの姿、その心のうちを、わたしたちは、今日、新たな思いを抱き、これからの教会のあるべき姿を学ぶことができるのではないかと思います。
    「わたしたちの社会は、力による支配の社会、その力、権力、財力、その他のいろいろな力によって、支配されている。しかし、それではいけないのだ」という思いが、わたしたちのうちにあり、少女マリアの思いを、わたしたちも自分の思いとし、日々の生活の中で、平和の実現のために、力を尽くしたいと思います。

    なお、今日は、この後、洗礼式と堅信式が行われます。みなさんと一緒に、洗礼の恵み、堅信の恵みをお受けになり、洗礼を受けたわたしたちも、その恵みを思い起こし、決心を新たにし、そして、洗礼のときの決心、堅信のときの決心を、もう一度思い起こして、信仰者の生涯、わたしたちの生涯が、平和を実現する者の生涯となるよう、神の恵みを祈り求めたいと思います。