内山賢次郎神父葬儀説教

2017年2月28日 東京カテドラルにて

[聖書朗読箇所]

説教

内山賢次郎神父様は、2月24日午後4時43分、天の父のもとへと旅立たれました。
1925年10月9日にお生まれになり、同じ日に八王子教会で洗礼を受けられました。
そして、1954年12月21日に司祭に叙階されました。白柳枢機卿様と一緒でした。
そのときから、東京教区の司祭として、いろいろな小教区で奉仕され、2012年4月30日からペトロの家に入居されております。
因みに、ペトロの家は、2010年11月に、竣工、祝別されております。

内山神父様は、「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われたキリストに仕え、キリストを伝え、そして、キリストのみわざを行う司祭として、長い年月をお献げくださいました。

誰にとっても、「死」ということは、人生の非常に重要な出来事です。わたくしども、キリスト信者は、「死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活が終わった後も、天に永遠の住み家が備えられている」と信じています。これは今日唱えるミサの叙唱にある言葉です。主イエスは、わたしたちのために、天に住み家を用意してくださっております。「主イエス・キリストは、ご自分の血によって、わたしたちを義とされた」と、今日の朗読、ローマ書で述べられております。

わたしたち人間は、本来、神の似姿として造られ、神との親しい交わりのもとに置かれておりましたが、その神との交わりを失ってしまいました。イエス・キリストはご自分のいのちを、天の御父にお献げになり、わたしたちのために、すべての人のために、神との交わりを回復してくださいました。わたしたちは、そのように信じております。

内山神父様の、91年の生涯、生まれてすぐに洗礼を受けられ、そして、司祭への道を歩み、司祭になるまでは、この日本という国は、戦争という不幸な時代を経験しておりましたが、戦争が終わって、司祭になり、そして、司祭の道を歩まれました。

いま、日本の教会、東京教区は、さまざまな問題や課題に直面しております。神父様が、最後まで、力を振り絞って、司祭としての生涯を受けられたことを、日々目の当たりにしました。わたくしどもは、神父様にならって、それぞれ、自分の務めを忠実に果たしていきたいと考えております。

今日、みなさまにお渡しした記念のカードをご覧いただきますと、聖句は、マタイ6章の山上の説教から採られております。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」。
さまざまな、日常の出来事の中で、このイエスの言葉、「神の国と神の義を求める」というわたしたちの生き方を深く心に刻んで、これからも、みなさん、ご一緒に歩んでまいりましょう。

聖書朗読箇所

第一朗読 ローマ 5・5-11
福音朗読 ヨハネ 14・1-11

(福音本文)
〔そのときイエスは言われた。〕「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」
トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」
フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。

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