司祭月例集会 帰天司教・司祭合同追悼ミサ説教

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    2013年11月25日 東京カテドラルにて

    聖書朗読箇所 

    第一朗読 ローマ8・18-25
    福音朗読 ヨハネ14・1-6

    説教 

    皆さん、死者の月にあたり、なくなったすべての司教・司祭のかたがたの永久の平安を願ってミサをおささげいたしましょう。

    本日はとくにこの一年間に主の下に召されました司祭のかたがたを偲びたいと思います。この一年間になくなられた教区司祭はお二人です。

    お一人はマルチアリス青山和美(あおやまかずよし)神父様です。2013年1月25日、主に召されました。

    もう一方はパウロ藤井泰定(ふじいやすさだ)神父様です。2013年2月21日、帰天されました。

    青山神父様はなくなられる前にわたくし・岡田に遺言を残されました。それは比重に簡潔な内容です。それは「神と教会とあなたを信じます」というお言葉でした。

    「信仰年」を終了した今、わたくしはあらためてわたしたちの教会が直面している困難を思います。教会は罪人の集まりであり、わたしたち司祭は「土の器」に司祭の尊い使命を受けています。弱くもろいわたしたちを通して働いていてくださるのは神の霊、聖霊であります。青山神父様の最後の信仰告白を思い起こし、聖霊への信頼を新たにし、困難に立ち向かう力をいただけるよう、主なる神に祈りましょう。

    藤井神父様は昨年春の司祭人事異動により仙台教区へ派遣されました。「新しい創造」基本計画のために闘っている仙台教区を支援することは藤井神父さんの心からの希望でありました。仙台で一年も経たないうちに地上の生涯を終えられるとは誰しも予想しないことでした。本当に残念であります。

    神父さんはいつも「インマヌエル」と言う言葉を大切にし、手紙やメールの冒頭の挨拶にこの「インマヌエル」を使っていました。いうまでもなくこれは「神はいつもわたしたちとともにおられる」(マタイ1・23参照)という意味であります。藤井神父さんはさまざまな困難に出会いながら、この信仰をご自分の支えにしておられたのではないかと推察します。

    昨日で「信仰年」は終了いたしました。しかし信仰の歩みは続きます。それは世の終わりまで続く試練のときであり、悪との戦いの時であります。

    教皇ベネディクト十六世は信仰年を告げる自発教令『信仰の門』において、「信仰の創始者であり完成者であるキリスト」(ヘブライ12・2参照)にならうようわたしたちを励ましました。ナザレのイエスの生涯はすべての信仰者の生き方の基準であり模範であります。

    わたくしは『信仰年」を迎えるに際し、「大司教書簡 『信仰年』を迎えるにあたり」を皆さんに送り、以下の5項目の実行を心がけるようお願いいたしました。

    1. イエス・キリストをより深く知る。

    2. 第二ヴァチカン公会議と『カトリック教会のカテキズム』を学ぶ。

    3. 『信条」を学ぶ。

    4. 典礼と秘跡、日々の祈りと黙想

    5. 信仰の愛のあかし

    皆さん、今一度「『信仰年』を迎えるにあたり」をお読みいただき、この一年をどのように過ごされたのか、静かに振り返りのひと時を持ってくださるようお願いします。

    「王であるキリスト」の祭日、福音はイエスの屈辱的な死をわたしたちに告げています。この死は、わたしたちを贖い、わたしたちに罪のゆるしをもたらすための死でした。イエスは敵を愛し、また自分を迫害するもののために祈るように教え(マタイ5・44)、自分の教えを実行しながら地上の生涯を終えました。イエスの生涯は、罪人を赦し罪人を救われる父である神の愛を表し伝え、その愛を実行することにささげられたのです。わたしたちイエスの弟子は、主にならい、自分へ加えられる屈辱を少しでも耐え忍び、また自分を迫害し、自分を軽蔑する者のために善を願わなければなりません。使徒パウロは言っています。「誰に対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。」(ロマ12・17)「愛は隣人に悪を行いません。」(ロマ13・10)

    実に人生は試練の連続の旅路であり、悪との戦いの連続であります。イエスは悪と戦うことをわたしたちに教え、またそのために祈るように教えています。「わたしたちを悪からお救いください。」(「主の祈り」より)

    主キリストがみなさんを「光の子」(エフェソ4・8)として祝福し、支え、照らし、支えてくださいますよう、祈ります。