パウロ藤井泰定神父葬儀ミサ・告別式説教

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    2013年2月25日 東京カテドラルにて

     

    第一朗読 一コリント15・35-37,42-45

    福音朗読 ヨハネ6・37-40

     

    (福音本文)

     (そのときイエスは言われた。)「父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

     

    パウロ藤井神泰定父さんは2月21日、主のもとへ召されました。本当に突然のことであり、わたしたちは大きな悲しみをおぼえております。

    きょうはご一緒に、藤井神父さんの生涯を偲びながら、神父さんを通してわたしたちに与えられている神様の恵みに感謝し、わたしたちの信仰と希望を新たにしたいと思います。

    藤井神父さんは昨年の春の司祭人事異動で仙台教区へ派遣されました。4月8日が昨年の復活祭でした。

    その日、わたくしは藤井神父さんが主任司祭として司牧していた麻布教会で神父さんと一緒にミサをささげました。

    麻布教会は六本木ヒルズのそばに位置しています。東京の中心地にある教会から、藤井神父さんは、自ら志願して、東日本大震災の被災地の教区である仙台教区へ赴任したのでした。

    「新しい創造」基本計画のために奮闘している仙台教区を支援することを藤井神父さんは希望しました。それは藤井神父さんの強い願いでした。

    神父さんは、たびたび仙台から帰省されて、司教館に泊まり、わたしたちと短い会話を交わしておられました。このように突然なくなられるという様子はまったく感じられませんでした。残念です。

    神父さんは広島県の福山の出身です。東京の大学に入学して東京の教会で洗礼を受け、1970年に東京教区の司祭に叙階されました。

    それ以来、原町田教会、豊田教会、東京カトリック神学院、浅草教会、ケルン教区、八王子教会、麻布教会で司祭として奉仕されました。43年の司祭生活でした。

    神父さんは、手紙やメールの挨拶でいつも「インマヌエル」という言葉を使っていました。

    「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」(イザヤ7・14)

    イザヤ書にある有名なことばです。「インマヌエル」とは「神はわたしたちとともにおられる」という意味であります。ご承知のようにこのイザヤの言葉はマタイの福音に引用され、イエスの誕生の予言とされました。(マタイ1・22-23)

    藤井神父さんはどのような意味で、どのような気持ちで、「インマヌエル」と唱えていたのでしょうか?

    「神はいつもわたしたちと共にいてくださる」という信仰を確かめ、深めていたのではないかと思います。

    福山から始まった藤井泰定さんの人生の旅は、ドイツ滞在を経て、仙台という被災地で終了し、神のみもとに旅立たれたのでした。

    イエスは言われました。

    「わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」(ヨハネ6・39-40)

    すべての人は永遠の命へと召されています。永遠の生命とはイエス・キリストを通して与えられる復活の命です。

    人生は困難であり、人は苦難と悲惨から逃れられません。イエスはインマヌエルとしてわたしたちと同じ人間になり、わたしたちの苦悩をその身に負い、罪からの解放のための生涯を全うされました。イエスは十字架のくるしみをとおして、世界に存在する悪と罪に打ち勝ちました。

    藤井神父さんの生涯はこの主イエスの生涯に倣おうと努めて生きた生涯であったと思います。

    試練と困難の多いわたしたちのこの世界ですが、知恵と勇気を持って、そして、いつもわたしたちと共に居てくださる主なる神への信仰をあらたにしながら、明日ヘ向かって共に歩んでまいりましょう。