使徒ヨハネ粕谷甲一神父 一周忌追悼ミサ説教

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    2012年2月18日 幼きイエス会(ニコラ・バレ)聖堂にて

     

    第一朗読 ローマ8・14-23

    福音朗読 ヨハネ14・1-6

     

    使徒ヨハネ粕谷甲一神父様は、2011年2月9日帰天されました。2月14日に葬儀ミサ・告別式が行なわれ、わたくし岡田が司式と説教をいたしました。

    その際申し上げましたが、粕谷神父様はカトリック司祭の召命を生きながら、同時に、いわば「教会の外で」神の愛を証しする使命に生きました。

    カトリック信者が少数者である日本の社会で、どのようにしてイエス・キリストの愛を現し伝えていくのか、ということが、神父様がわたしたちに残された大きな宿題だと思います。

    神父様帰天後一ヶ月、東日本大震災が起こりました。同時に福島の原子力発電所の事故が勃発し、わたしたちは放射能汚染の恐怖と不安の中におかれることになりました。他方、それ以前から続いている不幸な出来事として、自死者は連続14年間3万人を超えています。

    2011年を一字で現す漢字は「絆」であるといわれています。わたくしは、二つの絆を考えます。

    まず、神様との絆、それは信仰ということです。主イエスは「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われました。この信仰を深めたいと思います。

    道とは天の父への道、永遠の命への道であります。イエスは、「わたしを通らなければ誰も父のもとへ行くことができない」とも言われました。わたしたちはまず「道」であるイエスとしっかりとつながっていなければならないのです。

    おりしも教皇ベネディクト16世は、『信仰年』を宣言されました。2012年10月11日から信仰年が始まります。

    わたしは何を信じているのか?なぜイエスを信じているのか?自分の信仰を確かめるときではないでしょうか。自分の言葉と行動で自分の信仰を現し伝えることが求められています。

    もう一つの絆は隣人との絆です。「孤独」という問題があります。人とのつながりが見えないまま自死を迎える人は少なくはないのではないでしょうか。

    新しいつながりを創りたいと願っています。新しいネットワークを創りたいです。それは、神の愛を現し伝えるための絆です。

    2月11日は『世界病者の日』でした。カテドラルでミサをささげました。病者はこころからいやしと救いを求めています。たとえ肉体の癒しが得られなくとも、神の恵み、神の愛に触れたいと病者は心から望んでいます。わたしたちはその人々へ向かって神の愛を伝える使者ではないでしょうか。

    今日の聖書朗読で使徒パウロは言っています。

    「被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれる。」(ローマ8・21)

    大震災以来、この箇所を何度も黙想しています。この宇宙も今解放を待っている、贖いを待っている、とパウロは言います。人間はこの世界の一部、被造物の一部ではないでしょうか。

     

    粕谷神父様は地上の旅を終わり、道であるイエスに導かれて天の父へとお帰りになりました。神父様に残された課題に誠実に応えることができますよう、ご一緒に祈りましょう。

    アーメン。