本郷教会ミサ説教(待降節第四主日-お告げの祈り-)

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    2011年12月18日 本郷教会にて

     

    第一朗読 サムエル(サムエル下7・1-5,8b-12,14a、16)

    第二朗読 ローマ16・25-27

    福音朗読 ルカ1・26-38

     

    今日は待降節第四主日です。また今日のミサの集会祈願(各年共通公式祈願)は次のような祈りでした。

    「恵み豊かな父よ、わたしたちの心にいつくしみを注いでください。みことばが人となられたことを信仰によって知ったわたしたちが、御子の苦しみと死を通して復活の栄光にあずかることができますように。」※1

    実は『お告げの祈り』の祈願文と同じ祈りです。表現が少し違う部分がありますが、ラテン語の原文は同じあり、まったく同じ祈願文であります。カトリック教会は日に三回、『お告げの祈り』を唱え、聖母マリアの信仰を黙想する、と言うよい習慣を持っています。

    この祈りは今日の福音に基づいています。天使ガブリエルがおとめマリアに現れて、マリアは聖霊によって救い主の母となる、と告げられます。そのときマリアは「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と答えましたが、「神にはできないことは何一つない」と言われてマリアは言いました。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」この「なりますように」はラテン語でFIAT(フィアット)です。

    FIATというイタリアの車があります。さすがイタリアの国は信心深いなあ、と思っておりましたが、よく聞いてみると、FIATとは、Fabbrica Italiana Automobili Torino の頭文字だそうです。車の名前あるいは車の製造会社の名前らしいです。

    偶然なのかそれともマリア様のフィアットになるように名前も付けたのかな、と思いますが、多分語呂合わせのようにして命名したのでしょう。

    天使がおとめマリアに現れて「神の母となる」というお告げをして、マリア様は「お言葉通りこの身になりますように。」「なりますように」、これがフィアットです。

    聖霊によって救い主の母となる、ということは実に大変なことです。誰がそれを信じてくれるでしょうか?許婚(いいなずけ)のヨセフになんと説明したらいいでしょうか?

    婚外の婚前妊娠は姦通とみなされ、石ころしの刑を受けなければなりませんでした。「はい」と答えることは大変なリスクが伴います。恐ろしい危険が予想されます。それでもおとめマリアは「フィアット」と答えたのでした。

    神はご自分の救いの計画を実行するに際して一人のおとめの承諾をもとめました。彼女は神を信じ神に従いました。彼女の信仰と従順の結果、神は人となられたのです。

    神様はマリア様だけでなく、わたしたちにも同意と協力を求められます。神様は人間の協力を求めています。信仰による同意、従順、服従を求めています。わたしたちの自分の意思、自分の心を神様にささげることができます。これは実に光栄なことです。

    あなたは神様から何を求められているでしょうか?マリア様にならってわたしたちも「はい、お言葉通りこの身になりますように」とお答えするようでありたいです。

     

    ※1 文語の祈り文は次の通りです。

    主よ、われら天使の告げを以て(もって)、御子キリストの御託身を知り足れば、願わくはその御苦難と十字架とによりて、ついに御復活の栄えに達するを得んため、われらの心に聖寵を注ぎ給え。われらの主キリストによって願い奉る。