年間第20主日説教―ファリーナ枢機卿を迎えて―

    image_pdfimage_print

    2011年8月14日 東京カテドラル関口教会にて

     

    第一朗読 イザヤ書(56章1,6-7節)

    第二朗読 ローマの信徒への手紙(11章13-15節、29-23節)

    福音朗読 マタイによる福音(15章21-28節)

     

    本日教皇庁のヴァチカン図書館長であり公文書館長のラファエレ・ファリーナ(Raffaele Farina )枢機卿様をお迎えして東京カテドラル関口教会聖マリア大聖堂でミサをご一緒におささげできますことを光栄でありまた意義深いことに存じます。

    今日の福音はカナンの女の話です。イエスは彼女の信仰を賞賛して言われました。「婦人よ。あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」この女性はイエスが冷たく願いを断ったにもかかわらず、それにめげず、熱心、執拗に願い続け、ついにイエスも根負けしてその願いを聞き届けたのでした。

    福音書にはイエスが誰かの信仰を褒める話が出てきます。「あなたの信仰があなたを救った」とイエスが言ってその人の信仰を人々の前で賞賛したりしています。しかしイエスを信じない人々、イエスに躓いた不信仰のユダヤ人たちはイエスを十字架につけて殺してしまいました。イエスを信じ受け入れたのは、このカナンの女とか重い皮膚病を癒してもらったサマリア人とか、ローマの軍隊の百人隊長とか、いわゆる異邦人と呼ばれる人たちでした。

    使徒パウロは熱心なユダヤ教徒でしたが回心して異邦人の使徒となりました。彼は不信仰な同胞の救いに重大な関心を持っており、彼の心には絶え間ない痛みがありました。(ローマ9・2)しかしパウロは、やがて全イスラエルが救われるときがくることを信じていました。(ローマ11・26)

    さて異邦人にのべ伝えられた福音はこの極東の国日本には、聖フランシスコ・ザビエルによって1549年にもたらされました。

    わたしたちの教会は「カトリック教会」です。カトリックとは「普遍」と言う意味です。わたしたちはミサの信仰宣言でいつも「普遍の教会を信じます」と宣言しています。普遍の教会とはすべての時代、すべての場所に妥当する教会、すべての人に救いをもたらす教会、民族、文化、言語、習慣、社会体制の相違を超えてすべての人にイエス・キリストによる救いを伝える教会、と言う意味です。この教会の普遍性はいま実現の途中にあります。教会は主イエスの再臨のときに向かって旅をしています。わたしたちの教会は旅の途中にある旅人の教会であります。

    教会はユダヤの地からギリシャの世界に伝えられ、さらにヨーロッパに広がり、そこで大きな樹木、立派な神学、典礼、制度などをもつ大木として成長しました。

    大木をそのまま他のところに植え替えようとしても風土が違うとなかなか根付きません。現在のカトリック教会は日本の風土にはなじまないのか、しっかりと日本の大地に根を下ろすには至っておりません。あらためてこの風土に種を蒔き、また苗を植えるという最初の宣教の仕方を再検討してみる必要があるのではないでしょうか。

    福音宣教に関してわたしたちの使命は次の二つに集約されます。

    日本の人々に、福音の真理を伝え証しすること、正しい権威ある教えをのべ伝え教えること。

    人々のニーズ、魂の飢え渇きに答え、わかりやすく受け入れやすい表現と方法で福音を伝えること。

    この両方が必要です。この二つの要請を両立させることが必要です、それはやさしいことではありません。そのために普遍教会の中心である教皇様と教皇庁のご理解、ご指導、ご支援が不可欠であり大切であります。これからの日本の福音宣教(福音化)のために皆さんのご理解とお祈りをお願いします。