カルメル会司祭叙階式説教

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    2011年4月2日 上野毛教会にて

     

    司祭受階者

    パウロ古川利雅(としまさ)神父

    第一朗読 使徒パウロのローマの教会への手紙(ロマ15・14-21)

    福音朗読 ルカによる福音(ルカ22・15-20,24-27)

     

    ルカの福音は次のように述べています。

    「それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。『これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。』 食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。『この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。』

    主イエスは最後の晩餐において新しい契約の記念を定められ、十字架上の死と復活により、新しい契約を成就なさいました。

    使徒たちは新しい契約の奉仕者です。その使徒たちの中で使徒パウロは異邦人の使徒として立てられました。

    「キリストは異邦人を神に従わせるために、わたしの言葉と行いを通して、また、しるしや奇跡の力、神の霊の力によって働かれました。こうしてわたしは、エルサレムからイリリコン州まで巡って、キリストの福音をあまねく宣べ伝えました。このようにキリストの名がまだ知られていない所で福音を告げ知らせようと、わたしは熱心に努めてきました。」

    キリストの福音はわたしたちの国、日本にも伝えられました。

    いまパウロ古川利雅(としまさ)さんは、東日本大震災の衝撃のさなか、東京の上野毛教会で、カルメル会の司祭として叙階されます。

    司祭に叙階されるのは、使徒の後継者である司教の協力者となり、キリストの福音をのべ伝えるためです。

    キリストの福音をのべ伝えるとは、まず謙遜な 神の僕として、苦しんでいる人、悲しんでいる人、病み疲れている人に仕え、その思いを共にすることから始まります。主イエスは人となられた神として、わたしたち人間の弱さをともに担ってくださいました。

    キリストの福音をのべ伝えるとは、日々神のことば、キリストの言葉を学び、黙想し、深く味わい、信仰を深め、信じたことを人々に伝え、伝えたたことを実行する、ということです。

    いま人々は未曾有の災害に直面し、恐れ、不安の只中に置かれています。神様の存在、神様の愛をどのように伝え表すことできるでしょうか。このような災害の中でどのように神の愛を説くことができるでしょうか。わたしたち教会は問われています。

    災害に襲われたのはまったく不条理なことでした!天然の災害が起こることを人間には防ぎようがありません。しかし人間には災害を防ぐこと、被害を減少させることができるはずです。

    災害によって引き起こされた事故はもっぱら人間に原因があり、人災であります。事故を未然に防ぎ、あるいは少なくすることができるはずです。人災による被災者は不条理な結果を押し付けられています。

    人生は苦しみであり不条理です。この不条理のなかで、いかに神の存在と神の愛を示すことができるでしょうか。

    キリストは人生の不条理を生き、不条理な苦しみを受けて十字架にかかりました。しかし復活により死に打ち勝ち、不条理を意味ある人生に変えてくださいました。

    カルメル会の聖人たち、十字架の聖ヨハネ、アヴィラの聖テレジア、幼いイエスの聖テレジアなどのカルメル会の諸聖人は、いまこの日本にいれば、この大震災について何をいったでしょうか?どのように信仰を表し生きるでしょうか?それはいま叙階される古川さん、あなた自身の課題でもあります。

    わたくしは今回の大災害は、国境、国籍、文化の違いを超えて、人間の連帯性を示す機会となったと思います。

    またわたしたち人間が本来もっている美しさ、すばらしさ、思いやり、犠牲の心を知る機会ともなりました。

    信仰者として、また、人生の苦難の意味を学び機会であります。イエスの受難は何であったのでしょうか?神は人間の苦しみをどう見ているのでしょうか?

    「神の痛み」とイエスの受難への信仰を深めるときです。

    そして人類の反省のときです。

    このたびの震災は天罰だ、と言った人がいましたが、そうとは思いません、しかし事故による災害はわたしたちの生き方を反省するよう促しています。

    いかにわたしたちは快適で便利、自分本位の生活におぼれてしまっていたことでしょうか!

    いま最も必要なことは《希望》と言うことではないでしょうか。主イエスの復活の光がすでにこの世界に差し込んでいることを日々日本の社会の中で証しし、復活のともし火を持って周りを照らすことができますよう、聖霊の導きを祈りましょう。