合同追悼ミサ説教-マルコ金井久師・パウロ三木 平原陽一師納骨式-

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    2010年11月7日 カトリック府中墓地にて

     

    第一朗読 イザヤの預言(イザヤ25・6a,7-9)

    第二朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙(二コリント4・14-51)

    福音朗読 ヨハネによる福音(ヨハネ6・37-40)

     

    本日のヨハネの福音でイエスは言われました。

    「わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行なうためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行なうためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心とは、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしはその人を終わりの日に復活させることだからである。」

    復活はわたしたちの信仰の中心であります。復活は罪と悪への勝利であります。神の愛の勝利であります。旧約聖書において、しばしば神は「怒る神」として現われます。しかし同時に「赦し慈しむ神」として自分を現します。イエスは罪人を赦す神の愛を説き、そして自ら父へ自分を迫害する者の罪の赦しを祈って死んでいきました。

    「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか、知らないのです。」(ルカ23・34)

    司祭はこの神の愛、キリストの生き方を自ら生き伝えるものとして派遣されています。

    今日はその使命を終えて主のもとへ帰られた二人の司祭のご遺骨をお納めします。お二人は司祭としてキリストの福音、神の愛、神の赦しを宣べ伝えるために生涯をささげました。

    神はすべての人が救われて真理を知るにいたることを望んでおられます。そのためにイエス・キリストをお遣わしになりました。そしてキリストは教会を建て、司教・司祭を福音宣教の奉仕者とされました。お二人は熱心な福音宣教者でありました。

     

    金井久神父様は2009年12月4日に亡くなられました。神父様は地上の最後のときまで聖書を教えることに熱心でした。

    旧約聖書に「ヨブ記」があります。神はサタンにヨブを試みることを赦されました。そこでヨブは大きな苦しみを受けることになります。

    「サタンはヨブに手を下し、頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかからせた。ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった」(2・7-8)

    ヨブは正しい人、義人でした。何故義人が苦しまなければならないのか?これは非常に大きな、大切な問題です。

    ヨブ記に次のようなヨブのことばがあります(19・25-26)。 

    「わたしは知っている。わたしを贖う方は生きておられる。ついに塵の上に立たれるであろう。この皮膚が損なわれようとも、この身をもってわたしは神を仰ぎみるであろう。」

    金井神父様はヨブ記の講義にことのほか熱心に取り組み、最後まで続けようとなされました。

    この箇所は復活の信仰の先触れとも考えられます。ここに復活の信仰を読み取ることができるのではないかと考えられます。生前に是非一度金井神父様のヨブ記の講義を聞きたかったと思います。

    金井神父様に司教として病者の塗油を授けることができたのはわたしの幸せでありました。穏やかに死を受け入れました。司祭として復活の神秘を生き、またそれを説いた方であると思います。

     

    2010年5月8日、平原陽一神父様がなくなられました、最後の5ヶ月、非常に苦しい闘病の日々を過ごされました。

    現代は生きづらい時代、ストレスの多い時代です。司祭の務めも時として非常に辛いことがあります。平原神父は最後まで司祭の務めを果たそうと力を尽くし、自分の弱さと戦った人です。ご自分の死を通して十字架の神秘に与り、もろもろの問題・課題から解放されたとわたしは信じます。

    司祭の務めは福音宣教であります。彼は非常に熱心にその務めを遂行しました。ミサの執行には大いなる熱意を示しました。

    司祭は司教の協力者であります。そのことを平原さんほど強くわたしに意識させ、教えてくれた方はおりません。司祭としてもっと働きたいと熱望していたが、かなえられなかったことが多々あったと思われます。今は一切の苦しみから解放され、主のもとで安らかに憩っていただけるよう、共に祈りましょう。