2002年3月10日 田村路加助祭叙階式説教

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    2002年3月10日  田村路加助祭叙階式説教

     

    2002年3月10日、多摩教会

     

     今日の朗読の中で聖パウロは教えています。

    「あなた方は、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい」。

    「あなた方は光の子である」。この言葉に注目したいと思います。

    わたしたちは「神よりの神、光からの光」であるイエス・キリストによって光の子とされたのです。キリストの出会い、キリストを信じ、キリストの光を受けて、神の子とされ、キリストの兄弟となる光栄を受けました。洗礼式のときの受洗者は復活のろうそくの灯火から光を受けて光の子となったことをあらわします。洗礼を受けるものはキリストの死と復活にあずかり、キリストの復活をあかしするものとなるのです。

    ところで、光の子となるためにはキリストに出会いキリストを信じるという体験が必要です。本日のヨハネの福音は、生まれつき目の見えない盲人がイエスによって目が見えるようになった、という話を伝えています。この盲人はイエスと出会い、イエスを「道、真理、いのち」であると認めるにいたりました。そしてこの自分の体験をほかの人に伝えようと望むようになったのです。

    この盲人の体験はわたしたち教会の誕生に原点にある体験です。わたしたちはキリストの救いを知り、キリストから光を受けて、その光で周囲を照らすという使命を与えられています。

    第2ヴァチカン公会議が教えるように、諸国民の光であるキリストの働きに参与することこそ教会の使命です。

    この教会の使命は神の民全員の任務です。しかし、全員が同じ働きをするわけではありません。神の民のなかから公的な役務者が選ばれます。公的役務者の役割はさらに、司教、司祭、助祭に分かれます。

    いまわたしたちが行っている祭儀はこの助祭の叙階式です。

    助祭には、独身者の助祭と妻帯者の助祭がいます。後者は終身助祭と呼ばれ、教会の中で司教のもとで、奉仕の任務を担当しています。日本の教会でも今後の教会の福音化の働きの中で、終身助祭の働きを認めて生かしていくことが切に求められます。

    独身の助祭の多くは司祭叙階を前提としています。きょう助祭に叙階される田村路さんは司祭となることを望み、司祭に叙階される前に、いま助祭の務めを受けようとしています。

    助祭の務めの中でとくに心に留めるべき務めは、愛の行いである奉仕の仕事です。あなたは、とくに貧しい人、病む人、心身の問題に苦しむ人、外国からの寄留者、孤独に苦しむ人たちのことを心に留めてください。人とのために働くにはあなた自身がいつも主なる神との親しさを保ち、神への信頼と希望に生きていることが必要です。

    あなたの存在と行いが多くの人の助け、慰め、希望となるよう、日々の言動を整えてください。そして、これからの長い道を、聖霊の導きに信頼して、忍耐と希望に支えられながら歩んで行ってくださるようつよく望み、そのために祈ります。