
|
|
| 名称: | カトリック木更津教会 |
| 教会堂名: | 聖コールマン |
| 創立年月日: | 1952年 |
| 主任司祭: | 使徒ヨハネ 立花 昌和 (たちばな まさかず) ※館山教会主任兼務 |
| 信徒数: | 440人 (2010年12月31日現在) ■国際ミサ参加信徒実数 :30人 |
| 主日のミサ: | 日曜日 10:00 / 14:00(国際ミサ) |
| 週日のミサ: | 月曜日〜土曜日07:00 初金曜日10:00 |
| 宣教協力体: | 安房・上総 →宣教協力体のページへ |
| 教会学校: | ○ 日曜日9:30 / 13:30 |
| 講座: |
◇ 入門講座 (随時希望により) ◇ 聖書講座 毎週金曜日10:30 |
| 福祉活動: | □ 移住者の世話 ・ 病院訪問 ・ ホームレス援助 ・ DARC |
| 諸活動: | |
| 住所: |
292-0831 千葉県木更津市富士見3-1-13 |
| 電話: | 0438-22-3873 |
| Fax: | 0438-25-3623 |
| E-mail: | kisarazu_cross@yahoo.co..jp |
| ホームページ: | http://members3.jcom.home.ne.jp/kisarazuch/ |
| 身障者設備: | スロープ(または、バリア・フリー)、トイレ |
| 交通案内: |
JR木更津駅西口より、正面富士見通りを木更津港に向って徒歩7分。 【車でお越しの場合】 館山自動車道の木更津南インターを出て5分。 ※駐車場あり |
|
【歴史】 木更津は、千葉房総半島の内房総の中央に位置する昔からの港町で、日本武尊が遠征のおり、荒れ狂う海を静めるため、身代わりとなって海中に身を投じた
妻の 弟橘姫を偲んで詠んだ句“君不去”が、地名の由来であると言われている。 木更津教会の基盤となる精神的歴史は、遥か遠く明治17年頃パリ外国宣教会伝道師ビイーグルース神父、カディヤック神父の房総伝道に遡る。川崎から帆船で木更津に上陸し、馬車と徒歩で房総を伝道された先哲の師のご苦労と、強靭なまでの信仰の深さによってその基盤が作られた。戦後の混乱期、木更津では進駐軍の蒲鉾兵舎が聖堂の時期もあった 。昭和26年(1951年)東京湾隣接地区埋め立て計画によりできた、木更津海岸埋め立て地に敷地が購入され、小さな仮の教会が建てられた。これが東京教区カトリック木更津教会の始まりである。 翌昭和27年(1952年)には、現在のマリア館に聖堂が作られた。その後 、赴任した司祭と信者たちの信仰と努力と、アイルランドの兄弟の暖かい寄付により、昭和30年(1955年)に、現在の聖堂が献堂された。
【沿革】 教会は古い商店街を抜けた所にある。正面の門を入ると、左手に、十字の柱がある平成9年に建てられた洋風司祭館、芝生の中庭をはさんで右手に、広い屋根に赤い瓦を頂いた木造平屋の聖堂、正門中央奥には、木造2階建ての旧クリストロア女子修道院、その左右に白い平屋の旧聖堂(現在は信者会館)と、子供たちの遊び場でもある庭のあるコールマン館がある。これが教会の全容である。
聖堂は、御影石の祭壇を中心に頂き、左に守護の聖人コールマン、右に幼子イエスを抱いている聖母マリア、聖堂の壁面には色彩ガラスがはめ込まれ、淡い光が差し込む素朴なまでの静寂な聖堂である
が、木更津海岸から吹き上げる海風にさらされ、少々くたびれてきており、そろそろ新聖堂を建てようという声も聞かれるが、しかしアイルランド人の設計士によるその日本的なたたずまいは、教会を訪れる方々の何物にも代え難い心の支え、憩いの場である。教会は、約670名の信者数で、近隣には新日本製鉄君津製鉄所等があり、九州の福岡、長崎等から家族共度も共々転勤してきた方も多くおられる。統計によると、1973年の信者数は、266名でそれなりに増加はしているが、東京教区では小規模な教会といえる。 【現状】 主日のミサは、祈りも歌を中心としたもので、特にテーゼの歌を沢山交えたミサは、この教会の特徴かもしれない。教会の活動は、夏の移動ミサ(蓼科高原)、秋のアガペーの集い(バザー)を中心に四季折々に合わせ活動している。教会が力を注いでいるのが、小学生・幼児の教会教育で、教会学校、幼児教室、20キロ離れた町に久留里カトリック幼稚園がある。2002年には教会献堂50周年を迎えた。 東京湾アクアライン(川崎−木更津間)開通により、東京教区内で最も海に近い教会で、今後信徒数の増加が期待されている。
【資料:教区ニュース178号(2000年11月発行)より
】 |
|
|
|
|