東京教区ニュース第160号

1999年03月01日

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目次

教会に新たな召命の道-東京教区終身助祭制度を導入-

3月7日、カテドラルで、今井康雄さん(63歳)が助祭に叙階されます。今井さんは、日本での終身叙祭の第1号です。開かれた教会作りの課題に取り組む日本の教会にとって、終身助祭制度は、活性化の鍵を握ると言っても過言ではありません。制度の導入に際して研修を重ねてきた終身助祭養成委員会の作成した資料に基づいて考察してみました。

終身助祭制度の復活

新約聖書には、初代教会で、使徒が本来の使命に専念するために、信徒に奉仕する奉仕者を選んだことが記されています。「私たちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。あなた方の中から”霊”と知恵に満ちた評判のよい人を7人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。私たちは、祈りとみ言葉の奉仕に専念する」(使徒言行録6・1〜6)この記述からすると、使徒が祈りとみ言葉の奉仕に専念するために、食事分配を担当する「教会の奉仕者」、使徒たちの助手、すなわち、助祭として適切な7人が選ばれたと理解できます。この7人こそが初代の終身助祭です。つまり、司教や司祭とは別に、教会の奉仕職としての終身助祭が、教会運営、福音宣教の場で確固とした地位と役割を得ていました。しかし、10世紀頃を過ぎると、教会の宣教・司牧活動が次第に司祭中心になっていき、終身助祭が姿を消していきました。その終身助祭の再興(復活)を決定したのは、第二バチカン公会議だったのです。

なぜ、この制度が再興されたのか

1000年近くとだえていた終身助祭制度を、再度、採用しようとした理由は、第二バチカン公会議そのものの使命と関連しています。それは、苦しむ人の「うめき」に応える教会作り、つまり、世界に開かれた教会にしていこうという意図にほかなりません。第二バチカン公会議が、教会のあり方と本来の使命を明確に打ち出した「教会憲章」の中で、教会が複雑な現代社会の要請に応えていくために、今後、助祭職を聖職位階の永続的な段階として再興することができると宣言しました。そして、この終身助祭制度をどのように活用するかは、教皇自身の認可のもとに、その地域の司教に委ねるとも言っています。つまり、この制度の再興は、その地域がその必要性を感じる範囲で実現するよう、地域の司教に委ねられたのです。ヨーロッパやアメリカでは、すでにその制度が採用され、教会活動を支える大きな力になっています。日本では、過去に何度か、司教会議で話題になりました。はじめは意義を認めても、採用は時期早尚ということで見送られてきましたが、1994年の定例司教総会で導入を決定し、具体的なことは各教区の教区長に任せるということにしました。そして、全国にさきがけて、東京教区が採用と養成に踏み出しました。それはひとえに白柳枢機卿の決断によるものです。

終身助祭とは、どういう役割か

「教会憲章」は、終身助祭のアイデンティティを、次のように記しています。「助祭は、秘跡の恩恵に強められて、司教およびその司祭団との交わりの中で、典礼と言葉と、愛の奉仕において神の民に仕える」この記述からすると、終身助祭は、決して司祭の補佐ではなく、独自の召命による奉仕職であることがわかります。今まで、ともすると、助祭は、司祭になるまでのひとつのプロセスとしか理解されていませんでした。しかし、終身助祭は明確に独自の使命を持っており、それは、キリストの奉仕職なのです。この奉仕職を、さらに詳しく細分すると3つに分けられます。すなわち、み言葉の奉仕、典礼の奉仕、愛の業の奉仕の3つです。これを、現実の役割にふりあててみると、小教区に派遣されて、主任司祭の協力者として、助任司祭のような働きも可能になってきます。また、その人の能力と経験を生かして、地域への宣教の道も開かれていくことでしょう。その人の能力や経験を生かすということなら、これまで教会が踏み出すことのできなかった分野への宣教も可能になっていくことでしょう。「開かれた教会」作りは、第二バチカン公会議の中心テーマであったと同時に、現在の日本の教会がかかえる中心テーマでもあります。社会はますます多元化し、細分化しています。教会が少しでも、社会の要請に応えようとする時、終身助祭の役割は決して小さくはありません。まさに、1000年ぶりに開かれた新しい召命の道ともいうべきでしょう。キリストが、神の身でありながら、人々の中に、しかも、それまで神と縁のないとされていた所に進んで入っていったように、この新しい召命者は、キリストの愛を背負って、人々の中に入っていく使命を果たすことになっていくに違いありません。

どういう人が終身助祭になれるのか

前述の新約聖書・使徒言行録には、「あなた方の中から、”霊”と知恵に満ちた評判のよい人を選びなさい」とあります。これが一つのヒントになります。なにしろ、1000年ぶりの制度復活であり、モデルがないので、どのような人が選ばれていくのかまったくの未知数です。ただ、叙階の秘跡を受け、生涯、助祭として生きていくわけですから、明確な召命感を持っていることと、共同体の信徒のサポートが必要です。また、教会憲章の中でも述べられているように、男性信徒に限られています。司祭召命とちがうのは、独身者だけではなく、既婚者にも道が開かれていることです。既婚者にも終身助祭への道が開かれているということは、家族の理解と協力がなくてはなりません。特に伴侶である奥さんの協力なしには不可能です。服務形態、つまり、働きの形にはフルタイムもあれば、パートタイムの形もあります。

終身助祭制度を育てていくために

3月7日は、東京教区にとって画期的な日となります。それは、今井康雄さんが終身助祭に叙階される日です。今井さんは、これまで助祭叙階に必要な養成を受け、それを終了しました。教区としては、叙階許可願いをローマに出し、認可を待っていましたが、それが、昨年12月末に出たのです。日本司教団が、終身助祭制度導入を決定して初めての方となります。今井さんに心からお祝いを申し上げると共に、これからこの制度を育て、定着させる受け皿を作っていくという課題が残されました。司教・司祭のみならず、信徒の協力がどうしても必要です。

教書を読んで下さい

白柳枢機卿は、近いうちに終身助祭制度に関する教書を出す意向です。この教書には、制度の背景と養成の流れまで詳しい説明が盛られているということです。21世紀の日本の教会に活力をもたらす終身助祭制度を育てていきましょう。
(西川哲彌神父)

「父である神」の年を迎え キリスト生誕2000年に向け 第4回リレー式 祈りと黙想の集い 1998年12月31日20時〜1999年1月1日6時30分

東京教区大聖年特別準備委員会は、1998年12月31日20時から、1999年1月1日6時30分まで、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、第4回リレー式祈りと黙想の集いを開催した。祭壇に登る階段には、「父である神」の年を現す文字が、カップローソクで表現された。祈りの集いは、「天のおん父への賛美」を若者と祈ることから始まり、続いて修道者とともに、「おん父のかわきに応えて」祈った。白柳枢機卿司式ミサの後、「いける神」に、「聖なる神」に、「ねたむほど愛される神」に、心をあわせて祈り、森司教司式のミサで締めくくった。

金祝・銀祝おめでとうございます(東京教区内在住司祭)

[金祝]
ハヤット ジェームス師(東京教区)
水谷九郎師 (東京教区)
グリフィン ジェラルド師(聖コロンバン会)

[銀祝]
小林祥二師(東京教区・札幌月寒教会、 働く人の家へ出向)
平原陽一師 (東京教区)
酒井俊雄師 (東京教区)
小平正寿師 (フランシスコ会)
南雲正晴師 (フランシスコ会)
中谷 功師 (フランシスコ会)
フェルテス ヘロニモ師(ドミニコ会)
藤川長喜師 (サレジオ修道会)
鈴木 茂師 (サレジオ修道会)
松岡洸司師 (イエズス会)
赤波江謙一師 (聖パウロ会)

東京教区の新神学生を紹介します

イグナチオ・デ・ロヨラ 渡辺泰男(40歳)

私は高校の時に、人間関係に悩み疲れて、自殺を考えていた時に、キリストのことを知り、プロテスタントの救世軍でキリスト者になりました。救われた喜びのうちに、主への奉仕への思いを秘めて、東京神学大学に行き、「聖餐式」(聖体拝領)の初体験をしました。救世軍では「聖餐式」がなく悩み、東神大も1年で中退、教会放浪、結局カトリック教会へ。召し出しなき私であることを求め、坐禅を取り入れた『霊操』(黙想)行う門脇神父と出会いました。禅的『霊操』1カ月で、主の思し召しを味わい応え、イエズス会へブラザー志願者として入会。終生誓願の前の黙想において、主への憧れよりも、教会内のステイタスなイエズス会士への憧れであったことを悟らされ、教区司祭志願へ変更しました。神学院へ受け入れが許された今、修道会入会前よりは、遙かに静かな喜びを味わっています。過去の経験を生かし、主への奉仕の心を祈りと共に育んでいるところです。「ガリラヤの家」に共に向かう新入生は、過去、何らかの形で関わった方々のため、ちょうど復活のイエスに出会うために向かう弟子たちの思いです。

洗礼者ヨハネ 吉田純一(28歳)

生後1ケ月半くらいの赤ちゃんでしょうか。後に今の私になるという赤ちゃんが洗礼を授けられている写真を見たことがあります。私が堅信を受けたのは小4の時だったのですが、自分に与えられた信仰の恵みがほんの少しわかりかけてきたのは、10代の終わりの頃でした。その恵みを与えてくださった方に対する感謝の気持ちと、その恵みを、もっと主体的に生きてみたいという思いが次第に大きくなり、司祭になりたいと思うようになったのだと思います。しかし、霊的にも人間的にも未熟な私には、その後の道はやはり険しく、2つの修道会を出入りすることになってしまいました。つまり、これが3度目の挑戦となる訳ですが、2度あることは3度あるのか、それとも3度目の正直となるのか、今は非常に複雑な気持ちです。正直なところ、不安で一杯です。けれども、幸か不幸か、ほかの2人の新入生とは以前から顔見知りなので、いくぶんリラックスして新しい生活を始められそうです。今はただただ、皆様のお祈りと温かいご支援を切にお願い致したく存じます。

アンセルモ 川口 薫(41歳)

1957年4月27日生まれの41歳です。大学生の時に麹町教会で洗礼をうけました。その後、福祉関係の仕事に就いていましたが、障害者やお年寄りとの関わりの中で司祭職への望みを抱くようになり、27歳で修道会に入会しました。修道会で10数年を過ごしましたが、退会。病院で医療ソーシャルワーカーとして働いていました。その間も司祭職への望みは失っていませんでしたが、私なりに時間をかけて識別してきました。今年、教区で司祭職を志すことを決意し、幸い、東京教区で受け入れていただくこととなりました。振り返ってみますと、最初に司祭職を目指してから随分長い歳月が流れました。けれども、私にとっては必要な月日だったと思っています。修道院でお世話になった方々、親しく相談にのってくれた友人の司祭、今、私を支え応援してくださっている多くの人々に心から感謝しています。「わたしについて来なさい」ガリラヤ湖畔で語られた主の言葉に答え、生涯、主と共に歩んでいきたいと望んでいます。

教区教会委員連合会 新年の集い開かれる

1月10日(日)13時30分から、カテドラル構内で、東京大司教区教会委員連合会の新年の集いが開催された。(当番教会は五井教会)各小教区の教会委員たちは、まずケルンホールで、井上洋治神父の「キリスト教の土着化について」の講演を聞いた後、カトリックセンターの祝賀会で、親睦を深めた。

訃報

グレゴリオ 塚本昇次神父(東京教区司祭)

略歴
1911年5月25日八王子に生まれる
1937年3月28日司祭叙階
1937年4月沼津・藤枝教会に赴任
1939年9月カトリック新聞社社長
1941年11月フィリピンへ出向
1943年4月麹町教会主任
1944年3月召集
1945年6月洗足教会主任
1969年9月高円寺教会主任
1970年7月梅ケ丘天使幼稚園園長
1999年1月6日帰天 (87歳)

OB等の手でJOC50周年集会

1949年、小倉で始まった日本のJOCは今年創立50周年を迎え、各地で記念行事を行ないます。この50年間、多くの男女青年労働者がJOCに参加してきました。青年たちは、創立者カルデン枢機卿等が実践の中で編み出した「見る-判断-実行」方法で、現実の生活、諸問題を見直し、働く青年の中で、働く青年のため、働く青年自らの運動を実践し、養成されてきました。JOCを出てからも、JOCでつちかわれた精神を生かして、社会の多様な分野で活躍しています。JOC50周年を機会に集って共同で神に感謝を捧げ、親睦と交流を深め、21世紀社会への再出発の機会としようと「日本JOC創立50周年記念東日本集会」を準備しています。JOCに関わった信徒否かを問わない多くの人たち、司祭、修道者の参加が呼びかけられています。各教会での周知を要講します。

日時 3月22日(休日)午前10時より
場所 潮見カトリック教会
問合せ JOC書記局内
日本JOC創立50周年記念 東日本集会実行委員会
(3681)6712
JOC:カトリック青年労働者連盟(Jeunesse Ouvriere Chretienne internationale)

東京教区 司祭人事異動

1月25日付で東京大司教区司祭の人事異動が発表された。なお、異動は復活祭の後に行われる。(括弧内は旧任地等)

[教区司祭]

・目黒教会 主任司祭 立花昌和 師 (成田教会主任)
・秋津教会 主任司祭 ゴン・クァン・ディン 師 (豊田教会主任)
・鴨川教会 主任司祭 加藤英雄 師 (秋津教会主任)
・豊田教会 主任司祭 福島健一 師 (鴨川教会主任)
・成田教会 主任司祭 猪熊太郎 師 (関口教会助任)
・本所教会 主任司祭代行 五十嵐秀和 師 *大司教館付兼務
・立川教会 助任司祭 古賀正典 師 *病気静養より復帰
・関口教会 助任司祭 伊藤幸史 師 (立川教会助任)
・高輪教会 協力司祭 深水正勝 師 *枢機卿秘書兼務
・町田教会 協力司祭 油谷弘幸 師 *大司教館付兼務
・大司教館付 浦野雄二 師 (町田教会助任)

[修道会・宣教会司祭]

・田園調布教会主任司祭 谷津良勝 師 (板橋教会主任)
・三軒茶屋教会主任司祭 湯沢民夫 師 (田園調布教会主任)
・板橋教会 主任司祭 戸村悦夫 師 (長崎本原教会主任)
・田園調布教会助任司祭 浜田 了 師 (板橋教会協力司祭)
・田園調布教会助任司祭 井上 強 師 (新司祭)
・三軒茶屋教会助任司祭 松本 巌 師 (アメリカ研修より帰国)
・目黒教会 助任司祭 フェルテス・ヘロニモ 師 (高松八幡浜教会主任)
・麹町教会 助任司祭 オチョワ・サトルニノ 師 (福岡泰星学園)

「大聖年」 に関する祈りと詩の募集

1、大テーマ
『キリストが誕生して2000年を迎えて』

2、「祈り」または「詩」
形式は自由です。内容は、キリスト誕生2000年を迎えて、イエスご自身やイエスの教え、自分の信仰や今の社会、人間について思うことを聖書の言葉や神学用語を使わないで、自分の言葉で表現したもの。

3、応募先
〒112-0014 文京区関口3丁目16番15号
東京大司教館事務局
「大聖年祈りと詩」募集係

4、各作品はオリジナル未発表のものに限り、いずれも応募作品は返却しません。

5、締切日は、1999年3月末日とします。

なお、採用作品の著作権は主催者に属することをあらかじめご承知願います。応募者には、記念品等の贈呈を予定しています。

東京大司教区大聖年特別準備委員会

社会を救うのは男か女か 女性と教会委員会主催講演会(1)

痛ましい事件が続発する現代、社会生活の基盤である家族・夫婦・親子関係がゆらぎ、多くの悩みや痛みが生じている。経済状況も厳しくなった。男性も女性もどう生きていきたいのか、どう生きればいいのか、自分自身の道を模索する時代がきた。東京教区・女性と教会委員会(顧問・森一弘司教)は、行き詰まった日本社会のなかで、”モデルがない”といわれる男性像・女性像を、女性の視点を中心に、社会・家庭・教会の側面から探ろうと3回シリーズの講演会を企画した。

その第1回は98年12月5日、「社会を救うのは男か女か」と題し、関口会館に『妻たちの思秋期』『父よ、母よ』の著者、フリージャーナリストの斉藤茂男氏と、サンケイリビング編集長の山谷えり子氏をパネリストとして迎え、40名余りの参加者とともに現代社会の、男性、女性、子どもの窮状をみた。

斉藤氏は、現代社会を示すのは子どもだと言う。低学年の子どもたちに、心身の異変が起き、心身症が起きている。繁栄のつけが子どもの消化器系に出ているのだと言う。「子どもが感じている存在の空虚感を大人はわかっているか」「自己否定する子どもの発する信号をどうするのか」「魂が置き去りにされてきた戦後の価値観の一つひとつを検討する必要がある」と提示。「子どもたち自身が自分の存在を受容し、『自分らしく生きていこう』とし始めると社会が変わる」と語った。また、朝日新聞の新企画「専業主婦の憂鬱」に大きな反応があったが、その投書内容が、20年前の『妻たちの思秋期』の取材時の状態と同じであったと述べた。

山谷氏は、「バブル崩壊後、男性にはより厳しい競争社会となった。母親も、小学生の50パーセント、中学生の65パーセント、高校生の40パーセントが働いている。そんななか普通の子がいきなりキレるようになり、逆に家庭内での児童虐待が増加している」、「昔は、家族に時間軸と空間軸があったが、今は時間軸だけとなって広がりをなくし、神からいただいている男性・女性の恵みも伝えられてこなかったのではないか」、「まず女性としてのすばらしいモデル、聖母マリアをみつめることを勧めたい」と語った。

次回は5月15日(土)、同じく午後1時半より関口会館で、「家庭を救うのは男か女か」と題して、家庭内に潜む痛みを共有しながら、”救い”の道を探っていく。     (Sr.緒方真理子)

東京教区生涯養成委員会 主催 第12回 生涯養成コース

「現代人の目でこれまで語り伝えられてきたカトリックの教えを問い直してみよう」 その2

東京教区生涯養成委員会が行っている生涯養成コースは、12回目を迎え、1月23日13時30分から、関口会館ケルンホールで、百瀬文晃神父を講師に「三位一体とカテムージス」をテーマに講演会を開催した。百瀬神父講演要旨は次の通り(講師自身によるまとめ)。

百瀬文晃神父講演要旨

三位一体とカテケーシス

問題提起-三位一体の教えをどのように理解し、人々に伝えるべきか。

(1)三位一体の教えは、キリスト教の根本教義でありながら、理解しにくく、説明しにくいと思われている。多くの司祭が説教壇で、多くの教師が教壇でとまどっている。
(2)三位一体の教えは、今日でもしばしば誤解を生んでいる。誤解は、その否定へとつながる。その典型はエホバの証人の主張(三位一体の教えは聖書になく、異教の思想の混入)など。

三位一体の教義の形成過程とその真意の確認

(1)新約聖書は、旧約聖書の一神論の基礎の上に、父・子・聖霊の3者について語る。この双方をどのように矛盾なく統合することができるか、これは古代のキリスト者が避けて通れない問題であった。教父たちはさまざまな誤謬を退け、使徒継承の信仰を守るために、イエス・キリストにおける救いの神秘をギリシア哲学の概念を用いて説明した。こうしてニカイア・コンスタンティノポリス信経(381年)には三位一体が明確にうたわれるようになった。
(2)その教義の中心は、イエス・キリストにおいてなされた決定的な神の救いのわざである。この原点を忘れてはならない。「神の神内における三一性は、神の救いの営みにおける三一性であり、またその逆も真である」(カール・ラーナーの命題)。

原点である救いの歴史への立ちもどり

(1)イエスの生涯と福音は、イエスこそ私たちに決定的な形で神を啓示する方であることを告げる。イエスは、自分と出会う者が真に神と出会うことを告げる。
(2)復活体験を経て、使徒たちは、「イエスこそ神の子キリストである」という信仰をいだくに至った。その信仰には、後の教義で説明される三一論的な構造がすでにある。

今日の福音宣教と要理教育の方法への帰結

(1)福音宣教と要理教育は、まず人々をイエス・キリストとの出会いに導くものでなければならない。イエス・キリストと出会う者が真の神と出会うという信仰には、事実上、三位一体の信仰が含蓄されている。
(2)人々にこの信仰内容を十分に理解させた上で、初めて歴史の上で形成された教義の「三位一体」について、その言葉の由来と意味を説明しなければならない。

<東京教区生涯養成委員会主催第12回生涯養成コース>

「現代人の目でこれまで語り伝えられてきたカトリックの教えを問い直してみよう」(その2)

-私たちは、「三位一体」をどのように理解し、どのように伝えてきたか-

今回は、「三位一体の理解」にしぼって、深めていこうという企画を立てました。広く皆様のご参加をお待ちしています。

第2回 2月13日(土)
13時30分〜16時30分
「三位一体と教会」
講師 小笠原優師(横浜教区)

第3回 3月20日
13時30分〜16時30分
「三位一体と信仰生活」
講師 星野正道師(カルメル会)

会場 東京教区関口会館
ケルンホール
参加費(3回通し)1500円
申込・問い合わせ先
〒112-0014 東京都文京区関口3-16-15 東京教区事務局・東京教区生涯養成委員会生涯養成コース係 電話03-3943-2277 FAX03-3944-6677郵送またはFAXで。参加費は当日会場で。

CTIC 東京国際センター通信

日比国際青少年ツアー 自己発見への旅

3年ほど前、私の属する修道会(聖母被昇天会)の会議に出席するためフィリピンに出かけた際に、在日フィリピン人妻たちや、彼女たちの子どもについて、「日本の教会が彼らをどのように支援しているのか」との問いをきっかけに、次のようなことが話し合われました。

在日日比の子供たちの多くは、ごく普通の幸せな生活を送っていますが、子どもたちの中には、心理的、情緒的に不安定な立場に置かれている者がいることも事実です。日本人とフィリピン人との間に生まれた「ダブル」であることだけで、学校や地域社会でいじめられている場合があります。そのため、子どもたち自身が自己のアイデンティティ(自己認識)を発見し、両親の文化を理解し、地域社会で幸せに生きる必要があります。日比の国際児たちは、ありのままの自分を認めて欲しいと思うと同時に、社会に積極的に参加し、貢献したいと考えているのです。ですから、私たち大人は、そんな子どもたちの気持ちを理解し、その実現に向けて努力する責任があるのです。

このような会話を経て、「日比国際青少年ツアー」の企画が生まれ、昨年夏、試験的に中学・高校4人とスタッフ2人でフィリピンに赴きました。ツアーは、98年7月25日から8月5日までの12日間でした。ツアー中の活動の最も中心的な目的は、何といっても参加した子どもたちに、自分自身の「ルーツ」に深く関わるフィリピンの文化や歴史を知ってもらうことです。この目的を果たすために、子どもたちは、数々の歴史的名所、旧跡や博物館を訪れました。この目的と並行して重要だったのが、現在のフィリピン社会が直面する地域差、社会階級差を認識することでした。このため、子どもたちは都会および地方の多様な状況を小旅行やホームステイを通し習いました。

具体的には、地方の農家に滞在したり、都市下層社会の家族および富裕な家庭の子女と交流し、また、マニラ在住の父親不在の日比国際児たちとも交歓会を持ちました。さらに、自分たちのユニークなルーツを発見するという点では、ツアー中と帰国後に旅行の評価や反省会を持ち、共に祈りました。こうした反省会から見えてきたことは、参加した子どもたちにとって、互いの理解を深めるために、彼らの母の国で共に行動したことの意義です。それは、子どもたちがフィリピンでの12日間を共に過ごしたこと、つまり自分自身の「内なる旅」を共有したということです。

フィリピンでの小旅行や家庭滞在は、子供たちの心に色々な衝撃をもたらしました。中でも最も大きく複雑なもの、それはフィリピン社会の貧富の差と家族関係でした。貧困層の人々はその日の糧を得るのに精一杯です。しかし、そのようなその日暮しの状況にありながら、家族は皆明るく仲良く協力しあって暮らしているのです。ツアーに参加した子どもたちは全員、そのようなフィリピン貧困層の家族の在り方に感動を覚えた、と帰国後の感想に記しています。日本では想像もできないような貧しさであるにもかかわらず、明るく生きる暮らしぶりを見て、参加した子どもたちは「みんな何で幸せそうなの?」という問いを心の中で反復しているようでした。
(CTICスタッフ・レメ ディオス)

「外国人支援金」にご協力をお願いします

郵便為替 00150-5-120640
カトリック東京国際センター賛助会
〒136-0071東京都江東区亀戸1-21-5モンドビル5F
TEL(03)3636-1981 FAX(03)3636-1985
<運営委員長>森 一弘  <代表>大原 猛

-蛇のように賢く、鳩のように素直な心で- 千葉の風土に、キリストの息吹を 東京大司教区の聖コロンバン会の歴史(3)

それからお祭りのこと、8月の始まりから、人々は近くの神社に集まって踊りの練習しをしていました。それまで、私にとっては、見たことのないアトラクションでした。非常に魅力的なものでした。自分も踊りに加わってもいいと途中で分かってきましたが、やはり恥ずかしがり屋ですから遠慮しました。踊る人々の器用な手つき、節の音楽も、皆私にとって珍しいものばかりで、私の心の奥底に深く入っていきました。

私たち宣教師は、特に、任地に長年間滞在する場合は、その文化・文明に影響されるのです。私は日本の文化から無形のもの、描写しがたいものをいただいたと信じています。たとえば、日本人は大自然に対して、深い愛情をもっていると言えます。私が館山に来てまもなく、城山に日曜学校の子供たちと先生たちと一緒に遠足に行きました。そのとき、子供たちの野生の植物や花に対する興味や、知識の豊富さに驚き、羨ましく思いました。私は子供の頃、学校でそのようなことを教わったことがありませんでしたから。また、先祖に対して深い尊敬と親しみを感じていることに感銘しました。アイルランドの歴史によれば、キリスト教以前のケルト人も、先祖や死者に対して、同じような親しみを示す慣習があったそうですが、時代が経つにつれてそれは薄らいでいってしまったようです。

日本語については、私の知識は全く浅いものですが、知れば知るほどその美しさを楽しみます。たとえば、その豊かな熟語、華麗な文体、きれいな比喩、民族の知恵を含んだことわざ、また敬語の使い方など、そういうものに非常に心惹かれています。日本の文化における《調和》の位置、とても《調和》が大切と思われていることに驚きました。また対人関係において、人が対立を避けて、他人にいやな気持ちを起こさせないように、出来るだけ柔らかく話すのです。つまり先に相手の気持ちを探ってから、意見などを交わすようにする印象を受けます。ですから日本語を話す時、私たち西洋人が、ぶっきらぼう、または無遠慮という風に受け取られるのではないかと思います。

第二バチカン公会議前までは自分たちが派遣された国々の文化・文明をよく知り、尊重するというトレーニングを受けませんでした。しかし公会議後は、そういうことが強調されるようになり、私たちも前のような態度を反省させられたのです。その後聖コロンバン宣教会が使うようになった、その新しい姿勢を描写する詩をここで紹介させていただきたいと思います。

『よその国民、よその文化、ちがう宗教に近づくには、
宣教師の私たちに課せられた最初の本分は、
靴を脱いで、うやうやしく近づくことです。
それは、私たちにとって、
神聖なところへ接近することだから、
そうでなければ、
人々の大切な夢を、
踏み付けにすることになるからです。
否、もっと重大なことは、
神ご自身が、
私たちよりずっと以前に
すでに
この地におられることを
忘れてしまうかも
知れませんから』
(続く)

シリーズ 揺れる司祭像(5) 司祭とは 加藤英雄神父(秋津教会)

イエス様を見ます、イエス様の姿を思います。イエス様は神殿に籠って祈る方ではなかった。神殿の中で病を癒すことをもっぱらとしている方ではなかった。人々の中を歩いて行った方だった。人々と出会う方だった。人々の生活を見、聞き、生活に触れた方だったと思います。司祭はイエス様の姿を見なさいと言われます。司祭像を考えなさいと言われた時、イエス様のことを考えました。私は司祭に叙階されて10年になります。毎日ミサの中でイエス様の姿を見ていますが、教会の中にいて、町に出ていない自分に気がつきます。もし町を歩く司祭が祈る、聖書を読むとすれば何と大変だろうと思ってしまいます。

ところで、司祭は神様のことを考える時間と場所をもらっている、神様の神秘に入ってゆける時間と場所をもらっているように思います。神秘の世界に入って行くと言いましたが、神秘の世界にご聖体があると思います。種なしパンがキリストになる。これはどう考えても分かりません。いくら見つめてもパンはパンなのです。頭の中で考えます。イエス・キリストが新しい体になった。み言葉によってパンがキリストになった。頭の中でパンになったキリストを思います。そして信じます。ご聖体はキリストである。復活のイエス様がご聖体としておられる。見える形でおられる。理解します。私は神様のみ言葉とみ業を信じます。でもこのパンがキリストであるとは理解出来なかったのです。ある時、私は命をなくすような病気をしました。命が自分のものでないことをはっきりと知らされた時、パンがキリストであることが体で分かったのです。私たちに食べられてゆくパンが神様であることの凄さが分かったのです。あなたに噛まれてもあなたのうちに入って行きたいという神様の心を知ったのです。神様の命を生きるということが分かったのです。

司祭の祈りはもっと隣人のためでありたいと思います。祈りの出発は神様への信頼です。神様から力、慰めをいただくことです。祈りは自分の霊性のためではありません。教会に集う仲間のために祈りたいと思います。祈りを求めている人のために祈りたいと思います。

もう一つ、独身の問題を考えました。神父は独身です。独身の問題は複雑のようです。人の体の問題、神学の問題、信心の問題があるのでしょう。司祭職には独身はそれ程必要ではないよと言うことを聞きます。私はこんな話を聞きました。両親と一緒に生活出来ない子供たちがいます。お母さんに甘えられない生活を送っています。子供たちが中学生、高校生になると自分を求めます、自分の生活を求めます。そして入れられている場所に反抗します。ある時、高校生の少年が言いました。あのお姉さんの俺たちの頃はどうだったんだよ。何していたんだよ。今だってそうだ。仕事が終われば家に帰るんじゃないか。先生たちだって同じだ。家に帰って自分の思うとおりの生活をしているんだ。少年たちにとって、一人で生活している神父がここにいると言うことは大きな意味を持つことだと思い至ったのです。

司祭は神様の道具だといわれます。道具になれればいいと思います。隣人のために働き、祈り、喜べばいいと思います。ある神父さんが言いました、「司祭は何年やっても前がある」と。

教会・修道院巡り (65) 『 カノッサ修道女会 』

カノッサ修道女会は、1808年にイタリアのヴェロナで、聖マダレナ・カノッサによって創立された。当時はナポレオン侵略時代にあたり、創立者マダレナ・カノッサは、悲惨な状況のもとで、不安や荒みを目の当たりにして、真の幸せを見出すために、何とかして神への方向づけが必要だと感じ、貧しい子どもたちのための教育や、小教区での信仰教育、病人訪問、また信仰教育に携わる人々の養成を始めた。さらに、黙想会を通して、社会人(当時の貴族階級の婦人たちや庶民)の信仰を深め、慈善活動への参与を促した。その活動は、イタリア国内で次第に広がり、1828年に、教皇レオ12世によって、正式に修道会として認可された。会員たちは、愛徳の娘、貧しい人のはしためとしての召命を神の賜物としていただく。この恵みは、霊性への歩みを通して神にお返しするものであり、小遣い、苦労、配慮、思いのすべてを捧げながら、人々に広げていく。

十字架に付けられたイエスは、「インスビレーションを与える源」であり、深い内的態度、つまり従順、謙遜、清貧、神と人々への惜しみない献身を繰り返し生きるために、たえず立ち帰るべき「模範」となっている。そして十字架に付けられたイエスの精神(愛、優しさ、柔和、謙遜、熱意と剛毅の精神、甘美、寛大、忍耐に満ちあふれる精神)によって、使徒職の場にあっても、修道院においても、会員たちの存在と働きのすべてが生かされるものとなる。「イエスが愛されないのは、知られていないからです」「キリストが知られ、愛されるように」との創立者の思いは、会員たちに受け継がれ、1860年に、海外宣教地として香港に派遣された。

香港管区から日本に会員が派遣されたのは、1951年のことである。第二次世界大戦後、女子教育を中心に日本での宣教活動が始められた。1952年には、福岡県大牟田市に明光学園中・高等学校が、1955年には、東京都世田谷区にマダレナ・カノッサ幼稚園が、1961年には、鹿児島県大口市に大口明光学園中・高等学校が、1978年には、熊本県水俣市に明光幼稚園がそれぞれ創立された。その他、名古屋教区においては小教区での要理教育、青年司牧、幼児教育などの手伝いをしている。また本部修道院には、カノッサ・ハウスを設けて、黙想希望者を受け入れている。毎年数回、青年男女のための黙想会、ボランティア活動なども企画され、活用されている。なお本会には、社会にあって創立者の精神を生きる女性のための存世カノッサ会もあり、日本では30数名がその使命に参与している。
(シスター奥薗)

生涯養成委員会主催 春の一泊交流会へのお誘い

日々の生活において、私達信徒は、どのような時にキリストに出会うでしょうか?キリストを感じ取るでしょうか?神の愛を深く受けるでしょうか?希望の春、新緑の多摩の地で後藤神父を囲んだ「講話」「ミサ」「分かち合い」を通して、それらを見つけ出してみませんか?一人でも多くの方々のご参加をお待ち申し上げております。

講話とミサと分かち合い「日常における私の信仰生活」

講師 後藤文雄神父(吉祥寺教会司祭)
日時 4月17日(土)13時〜4月18日12時迄
場所 サンピア多摩
東京都多摩市落合2-31-1
募集人員 40名
申込締切日 3月24日(水)
参加費 13000円 (ツイン・一泊夕・朝食付・宿泊費・会場費)
◆宿泊不要の方は5000円
(会場費・夕食代)
申込方法 (1)申込書を郵送又はファックスで左記まだお送り下さい。
〒112-0041 文京区関口3-16-15
東京教区事務局 生涯養成委員会一泊交流会宛
FAX 03-3944-6677
(2)参加費 13000円をお振り込み下さい。
郵便口座 00140-6-769130
宗教法人・東京教区生涯養成委員会
お問い合わせ・ご連絡は
電話 0424-61-0093(伊藤まで)

アジア特別シノドスの示唆するもの

東京教区・修道女連盟恒例の研修会は、1月4日、聖心女子大で、白柳枢機卿、シノドス事務局担当の小田武彦師とシスター弘田蹟枝(メルセス会)を講師に迎え、アジア特別シノドスの報告が行われた。シスター弘田がシノドス参加で見たこと、感じたことに焦点を絞ってみた。

救いを討論する教会

アジアの教会の特徴は、対話する教会である。アジア司教協議会(FABC)は、諸宗教、諸文化、貧しい人々との対話を過去25年間実践してきて、今回アジア特別シノドスでそれが再確認され、また奨励された。アジアは祈りの伝統を持つ諸宗教の大陸で、キリスト者は少数派である。日常的な生活で諸宗教の人々と対話なしにキリスト者は生きて行けない現実がある。対話の姿勢で大切なのは、相手に耳を傾け、心を開き、謙虚に学びながら、自分が変えられる柔軟性、自由な心、恐れない心で正しい関わりを生み出すことだ。インドネシアの枢機卿は、閉会のことばで、「アジアの人々にキリストを知らせるもっとも良い方法は、学問的な概念よりも、人間的な体験、復活した主との深い神体験で、生き方が変えられた人々の無言の証し、人間への関わり方や態度が大切で、もっとも効果的である」と言われた。

21世紀に向かって生きる

シノドスから考えさせられた21世紀を生きる教会の姿が、最後に語られた。物中心の文化には、どんな人間も大切にされ、いのちが優先されるという価値観が欠落している。社会が必要としている文化の価値観は、すべてを受けとめるあわれみ、やさしさ、正義や自由が体験できる人間関係、分かち合いだ。そのためには女性的な価値観が大切にされ、人々との関わり方を育てることである。教会にとって、女性の参加は、救いの具体的な中身で、貧困や女性の人権が大切にされないなら、その状況を掘り起こして具体的に行動しよう。批判するだけでなく代表案を考えて。例えば大聖年のヨベルの年へ向けて債務帳消し運動など。教会が希望や救いの福音になるため女性の使命があり、修道女はまして……。教会が女性の声や批判に耳を傾け、受け入れるならアジアの教会には希望がある。黙っていてはいけない、女性の証言は大切、とシノドスから学び、謙遜な心で実行していると。
(シスター石丸脩子)

「世界広報の日」 に「日本カトリック映画賞」の授賞式と上映会

1月27日の当広報委員会とOCIC・JAPAN合同会議において、日本カトリック映画賞の授賞式と上映会が6月4日(金)午後中野ゼロホール(小)で開催されることが決定した。授賞作品は『ユキエ』-松井久子監督、感謝状は『ビヨンド・サイレント』を輸入配給した株式会社パンドラ。詳細は次号で。

わが輩はペトロである(4) 側にいるだけでいい

この教会の敷地はかなり広いので、安心を求めて教会の庭に身を寄せる猫は多い。O神父は食事をせがまれるのが嫌なのか、時々大声で私の仲間たちを威嚇し追い払おうとするので、仲間の猫たちのO神父に対する評判はすこぶる悪い。O神父の嫌がらせや迫害にもめげず、それでも教会に住みついた猫たちが数匹はいる。外国猫とのダブルなのか、ぬいぐるみのような体毛のジュリアと彼女の娘のペトロ・ジュニア。それにトラのようなシマ模様のパウロと呼ばれている猫である。ペトロ・ジュニアは私の体毛と似ていることからO神父がジュニアと名付けたが、周りの人から「この猫はメスなので、ペトロ・ジュニアと言うのはおかしい」と言われても、O神父は「猫の名前には、オス、メスの区別がない」と言い張った。パウロもO神父が付けた名前だが、何故O神父がこの名前を選んだのかを知らない。名前を付けられたからと言って、仲間たちがO神父に気を許している訳じゃない。ジュリアはO神父の姿を見かければ何時でも逃げられる体勢をとっているし、パウロは一定の距離を保って近づこうとしない。

O神父との関わりが長いことと餌を貰う関係上、私は少しづつ、O神父に心を許すようになり、信頼感を抱くようになったが、3年以上もO神父と知り合っているにもかかわらず、ジュリアは決してO神父に親しさを示そうとしない。それはかつて、O神父から威嚇された経験によるのだろうが、猫の気持ちを少しも理解せず、自分の思い込みだけで私たちに接するO神父の感受性に問題があるようだ。

私がO神父の前で、信頼と愛情のしるしとして寝転んでお腹を見せると、O神父は飛び退き、薄気味悪そうに「何だお前、ノミでもいるのか」と言う。
ノミがいる時には、私たち猫は足や口でノミ退治するのであって、人間じゃあるまいし、背中を何かにこすりつけるような真似はしない。何度も私が愛情のサインを送っても、O神父は私がノミのために背中を掻いているのだと思い込み、気味悪がって私に手を触れようとしない。私がO神父に身体をこすりつければ、ノミの大群が彼に乗り移ったかのように大仰に服をパタパタはたくし、うっかり私に触れようものなら、直ぐ手を洗いに行く。私は何度傷つけられ、もう関わるのをやめようと何度思ったことだろう。

O神父は信号のシグナルには敏感で、青信号になるや否や間髪を入れず車を発進させるのに、猫や人間のシグナルには無頓着のようだ。この教会には小さな畑があるが、この畑を耕しているMさんという人は、私たちが発進するメッセージを敏感に受け止めてくれる。私たちのサインを受け止められるのは、Mさんが動物が好きだからという理由だけでなく、思い込みやおしゃべりをせずに、ありのままの私たちを受け止めてくれるからだ。
私たちのために時間を厭わず側にいて見守ってくれる彼に、私たちは心から安らげるのだ。それは人間も猫も変わらないように思う。今日もO神父の前で私が寝転ぶと、O神父は「何だお前、まだノミがいるのか。冬だというのに」と言った。私はしばらくO神父と付き合うのはやめた。

東京教区「集会司式者・聖体奉仕者」 認定者(任期1999年1月1日〜2000年12月31日)

98年9月13日から11月8日にかけて、東京教区関口会館地下ケルンホールで行われた「東京教区集会司式者・聖体奉仕者養成講座」が終了した。同講座を修了し、11月28〜29日の一泊黙想会に参加し、認定願いを提出した、次の64名が集会司式者・聖体奉仕者に認定された。

集会司式者及び聖体奉仕者認定者リスト(認定の役務・氏名・所属教会・順不同・敬称略)

聖体奉仕者 22名

内田あやこ 高円寺
佐藤友孝 高円寺
吉居武継 高円寺
森田百合子 高幡
関口律子 麹町
高橋 操 麹町
鳥山欣也 麹町
松本喜代子 麹町
本野和子 麹町
山田秋穂 麹町
木村一雄 三軒茶屋
塗矢あかね 三軒茶屋
船木幸子 三軒茶屋
鈴木奈保子 三軒茶屋
池上昭江 秋津
高橋千恵子 秋津
吉岡木綿子 松原
坂上友子 赤羽
小泉宗一 船橋
斎藤 浩 多摩
赤沼瑞枝 田園調布
赤沼良博 田園調布

集会司式者・聖体奉仕者 42名
戸谷芳夫 荻窪
山下玲子 葛西
土屋みよ子 蒲田
西田富子 関口
三村文蔵 関町
横山幹憲 関町
阿久津早智子 喜多見
岩村和之 喜多見
荒井佳代子 高円寺
仁賀田美江子 高幡
森 明彦 高幡
高瀬しづ 三軒茶屋
高橋一枝 三軒茶屋
内藤哲次 三軒茶屋
内藤亨江 三軒茶屋
松本文恵 三軒茶屋
馬場幸夫 秋津
細渕礼子 秋津
広部千恵子 初台
藤田美世子 松原
清本日出夫 世田谷
野口直美 成田
田甫英子 西千葉
加納礼子 青梅
永田昌代 赤堤
丹羽道綱 足立
塚本 清 多摩
田中昌子 調布
吉田友子 調布
阿部靖彦 田園調布
岩出玲子 田園調布
川田 茂 田園調布
河野 潔 田無
関根利展 徳田
大浦雪子 梅田
内山恵美子 八王子
平松なみ子 八王子
藤原洋子 豊田
長島千鶴子 麻布
及川信幸 立川
平問志野 立川
尹 恩京 立川

インターナショナルデー‘99 INTERNATIONAL DAY‘99

第9回インターナショナルデー
1999年4月25日(日)東京カテドラル
Sunday, 25th April, 1999 St.Mary’s Cathedral
テーマ:心をひらいて
Theme:Open Your Heart

毎年春に行うインターナショナルデーは、東京教区の国際交流の祭りです。さまざまな国の祈りと聖歌がこだまし、民族料理の香りが漂い、ダンスや民謡の歓声が響きます。父である神の年に、心をひらいて、皆でいっしょに楽しいひとときを過ごしましょう。
Once a year in the springtime,Tokyo Archdiocese celebrates its global character with the International Day Festival. Every year people come together to pray and sing at the International Mass,to enjoy foods from all over the world and to watch the cultural performances.

問い合わせ:伊藤幸史神父 090-2678-1400
Information:Fr. Leo Schumacher Toshima Church 03-3957-2540

VIVID

聖書で祈る

◇日時 3/7 (土) 〜3/8 (日) ◇指導者:雨宮慧師 (東京教区司祭) ◇対象:女性信徒 ◇四旬節の黙想 ◇日時 3/16 (火) 10:00〜16:00 ◇指導者:Sr.マグダレナT.A. ◇対象:信徒・求道者 ◇召命を考える一日の祈りの集い ◇日時 4/29 (木) 10:00〜16:00 ◇指導者:星野正道師 (カルメル会司祭) ◇対象:女子青年 以上、 3つの申込み締切りは、 期日5日前まで

聖書に親しむ集い―西暦2.000年に向けて―

◇日時 1999年1月より11月まで毎月最終木曜日14:00〜15:30 (7・8月は休み) ◇指導者:Sr.マグダレナT.A. ◇対象:キリスト教信者 ◇持参品:聖書

「十字架の使徒職」 の集い

◇内容:洗礼による司祭職を生き、 司祭方のために祈る信者の集い ◇日時 (1) 毎月第2金曜日14:00〜15:30 (2) 毎月第1木曜日14:00〜15:30 ◇指導者:本会会員 ◇対象:信徒・求道者

キリスト教講座

◇毎週木曜日10:00〜11:30※上記すべて、 問い合せ・申込み先は、 三位一体の聖体宣教女会 「祈りの家」 まで 〒189-0003 東村山市久米川町1-17-5 TEL042-393-3181・FAX042-393-2407

聖地イスラエルってどんな国?―大聖年の巡礼の旅にそなえて―

◇日時 3/14・4/11・5/9・6/13・7/4・10/3・11/7・12/5の各日曜日14:00〜16:00 (勉強会後、 希望者のために主日ミサがあります) ◇場所 真生会館 (JR 「信濃町駅」 徒歩1分) ◇講師:M・ルドールズ師 (パリ外国宣教会) ・井上弘子氏 (「道の会」) ◇対象:聖地と聖書に興味がある方なら、 どなたでも ◇内容:大聖年にそなえ、 真の意味での 「巡礼」 を考える。 聖地の歴史・地理・風土を、 スライドなどの資料により紹介する ◇会費1回¥1.000 (9回分一括払い¥8.000) ◇申込み・問い合わせ先〒164-0011 中野区中央2-42-4-103 TEL・FAX03-3369-5044・e-mail:hiroko@mars.dti.ne.jp井上弘子/TEL0492-86-6291瀬川眞佐子

四旬節のための1日黙想会

◇指導者:V.デ・スーザ師 (イエズス会司祭) ◇日時 3/19 (金) 10:00〜16:00 (15:00ミサ) ◇場所 麹町教会アルペ・ホール ◇対象:信徒・未信徒、 男女誰でも ※但し、 麹町教会所属信徒は除く ◇定員 80名 ◇会費 ¥1.000 (昼食代・通信費) ◇持参品 筆記用具 ◇申込み方法・締め切り ハガキに住所・氏名・電話番号・所属教会を記入のうえ、 3/10 (水) までに下記へ ◇問い合わせ・申込み先 〒156-0043世田谷区松原2-39-19 TEL03-3328-8800山形伸子まで

パシー・ビューザンヴァル少年聖歌隊演奏会 LES PETITS CHANTEURS DE PASSY-BUZENVAL

◇日時 4/22 (木) 18:00開演 ◇場所 東京カテドラル聖マリア大聖堂 ◇入場料 ¥2.500 (当日券¥3.000) ◇チケット販売:チケット・セゾン、 チケットぴあ、 スペース・セントポール、 サンパウロ ◇主催:ザベリオ合唱団 ◇後援:カトリック東京大司教区、 カトリック新聞社、 東京ラ・サール同窓会 ◇問い合せ先 TEL・FAX042-525-4817新垣まで

黙想会のお知らせ

◇日時 3/24 (水) 13:30〜16:00 ◇場所と内容 (1) 13:30〜14:30ミサと第1講話 (於:東京カテドラル聖マリア大聖堂) (2) 15:00〜16:00 第2講話 (於:ケルンホール) ◇テーマ:御父について ◇指導者:ヘロネス・フローレンス師 (イエズス会司祭・上智大学人間学教授) ◇会費¥700

特別聖書講座新シリーズ―みことばを生きるために―

◇日時 3/4 (木) ・4/8 (木) 13:30〜16:00 ◇テーマ:今月の主日の聖書朗読から ◇講師:稲川保明師 (東京教区司祭) ◇場所 関口会館2階 (カテドラル構内) ◇参加費¥500 ※問い合せ先は、 上記、 いずれも、 03-3447-2231 森脇/03-3844-7066 滝口/0423-78-9377 武藤まで

イエズス会社会司牧センター アンソレーナさんと“開発”を語ろう―新しい分野における“開発”の試みと発展―

◇講師:ホルヘ・アンソレーナ氏 (1994年マグサイサイ賞・国際理解部門受賞、 上智大学講師、 日本建築学会員) ◇時間 いずれも水曜日毎回18:30〜20:30 ◇日程・内容 (1) 4/14チベット (2) 5/19ネパール (3) 6/16タイ (4) 7/14パキスタン ◇場所 真生会館学習センター ◇交通手段:JR 「信濃町駅」 下車徒歩1分 ◇会費 各回¥1.000 ◇問い合わせ・申込み先・主催〒162-0054 新宿区河田町7-14 TEL03-3359-7655・FAX03-3358-6233イエズス会社会司牧センター (担当:川地千代)

高円寺教会・生涯養成講座 「吉山登神父様の聖書に親しむ話」(旧約聖書から)

◇企画 高円寺教会・生涯養成の会 ◇講師:吉山登師 (レデンプトール会司祭) ◇日時 4/18・5/16・6/20・9/26・10/17・11/21・2000年1/16・2/20 (月の第3日曜日、 9月のみ第4日曜日) 9:30ミサ後、 11:00〜12:30 ◇会費一括払い¥3.000/1回払い¥500 ◇場所・申込み・問合せ先 〒116-0003 杉並区高円寺南2-33-32 カトリック高円寺教会 TEL03-3314-5688・FAX03-3314-8954 (受付時間10:00〜16:00)

「VIVID」次号は、4月1日(木)発行、4月4日(日)に各教会で配布予定
情報掲載ご希望の方は2月28日(日)までに必要事項を記入の上、郵便かFAXにて下記住所までお送りください。※1999年度より、編集の都合上、締切日が早くなります。ご注意下さい!
〒112-0014 東京都文京区関口3-16-15 カトリック関口教会
TEL: 03-3945-0126 FAX: 03-3945-2798
猪熊太郎