お知らせ

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東京教区ニュース第14号

1975年10月01日

和解はカテドラルから 示そう一致と平和

ローマへの聖年巡礼も峠を越え、東京教区では今年はじめから予告している通り、10月26日(日)午前11時からカテドラルの前庭で聖年のミサを行なう。このミサでは特に副題の「刷新と和解」が主眼とされる。皆が心を1つにして集まり、同じ祭壇を囲んで行なうミサこそ和解、そして神と人類の関係を樹立するために、まず神と個人との関係を直すことこそ刷新だという。また当日にはバザーも行なわれ、その収益はおもに東京カリタスの家、しおん会、憩いの家建設の支援にあてられることになっている。聖年行事実行委員会はこのためいろいろと準備をすすめてきたが、このほど同委員会では今までに決まったことをまとめ、10月26日に向かって、全教区民の聖年意識の昂揚に資したいとしている。

10.26聖年集会
聖年の結びに教区をあげて

浜尾司教の書簡
旧約時代、イスラエルの人びとは自分たちの先祖がモーセにひきいられ、エジプト人の責苦から脱出できたことを感謝して、50年ごとに喜びと感謝の祭りを行いこの年を「ヨベルの年」と呼び、神聖なものと見なしていました。
1千300年、ボニファチオ8世教皇はこの監視を復活させ、神である父からの恵みにこたえ、特に償いのわざに励むことをすすめ、「聖なる年」を定めました。1470年、パウロ2世教皇はそれを25年ごとと改め、今日に至っています。
東京教区でも、すでにいろいろなところで「聖なる年」にふさわしい催しが行われていますが、教区をあげての行事として、10月26日(日)午前11時からカテドラル前庭でミサを行なうことになっています。
できるだけ多くの人びとが集まり、司教、司祭、修道者、信徒が1つのミサをささげることによって、和解と刷新を自らにも、また外部にも示したいと思います。そして同時に教会こそが一致と平和の象徴であり、道具であることをも表わしたいと思います。
また、この機会に東京カリタスの家、しおん会、司祭の老後施設のためのバザーも行なわれます。行動によっても、他人のためになることをして和解をはかりたいと考えています。
教区民が1つのところに集まるということは、そう滅多にもてるチャンスではありません。
10月26日のミサの意義をよくお考えの上、なるべく多くの方がお誘い合わせの上お集まりになるよう望んでいます。

1つの祭壇
10月26日の日曜日には、教区内で働く司祭達が白柳大司教を中心に合同ミサをささげるため、やむを得ない場合をのぞいて当日のミサは行なわない。しかし、つとめの都合とか、身体の具合が悪くてカテドラルでのミサに与れない人びとのためには、それぞれのところで早朝または夕方にミサが行なわれることは当然のことと実行委員会は見ている。
式場のカテドラル前庭には教区の8ブロックの標識がたてられるが、これはブロック単位を目指してのものではなく、参加者が少しでも顔見知りの人と一緒にミサに与るための便法。だれがどこにいても一向さしつかえないばかりかむしろ教区が1つであることを示すものとして、各自が望むところでミサに与ることが好ましいとされる。ミサのテキストは実行委員会が当日までにつくるが、このような教区的集まりでいつも問題となるのが聖歌のテンポである。これについても実行委員会は当日の成果をカセットテープにとり、ブロック世話係りあて送り届けてある。各母体はこれを十分に理解し、練習してから参加されるよう望まれている。
またお年寄、体の不自由な人々のために、聖堂内からもミサに与れるよう会場がつくられる。
聖体拝領のためには混乱を避けるため、各区画に司祭が出向いて聖体を授けることになっている。
なおミサの献金は、教区活動のためとしてその用途を大司教に一任することになっている。

施設支援バザーも
今回バザーは聖年の副題が刷新と和解できるため、福祉活動を対象に企画されている。まず教区に福祉機関である「東京カリタスの家」のため、次に荻窪教会がはじめた知恵おくれの子どもの施設「しおん会」のため。それに加えて高円寺教会から起った司祭の老後施設「憩いの家」建設のための3つでこれらを支援することがバザーのおもな目的となっている。
実際の仕事は「東京カリタスの家」の賛助会員と婦人同志会とが担当しているが、全教区を上げての刷新と和解であるため、よりひろく呼びかけることになり、既に5月ごろから小教区、修道院などを通じて全信徒に趣旨の徹底をはかってきた。その実行委員会プランを紹介すると、
(1)バザーに出品し、販売する希望者を公募したが、締切りの8月31日現在8件で、9月8日実行委員会ではこれを調整し、各関係者に通知した。
(2)バザーのラッフル券は250円で4綴りであるが、今回の催しは行動で刷新と和解を示すためのものであるから、参加できなくてもそれぞれの分に応じて協力することが望まれている。
ラッフル券の各教会への配達も多少の手違いはあったものの順調にすすみ、各小教区にその地域内の修道院の分も届けられ、さらに各修道会にはその旨通知されるなどかなりきめのこまかいもの。なおこのラッフル券の半券はのち抽選のときに使うため、買い上げた方がたには面倒でも半券に住所・氏名を記入し、必ず送り返してほしいと実行委員会では強く望んでいる。
商品は特賞のいすずジェミニ、1等の東芝全自動洗濯機、2等はセイコー男女1組の腕時計、3等はオリベッティ・タイプライターなど100等まで。
(3)家庭の死蔵品、半端もの、古着などの提供も大いに望まれる。実行委員会ではできれば10月15日から20日までの間に大司教館内聖年バザー係に届けてほしいとしているが、教会などに相当数のものを集められれば、うけとりにゆく方法もあるので連絡してほしいと言っている。

聖年ミサで用いる典礼聖歌
シオンよ喜べ(71)・回心の祈り(57)・栄光の賛歌(99)・新しい歌(13)・アレルヤ(92)・わたしたちは神の民(166)・愛といつくしみのあるところ(109)

信仰のふところ 山小屋風の五日市

現在の教会の歴史は浅い。1967年から小教区となる。8年前である。建物は戦後1956年頃東京教区神学生の夏期合宿所として使用されるようになった。現在教会集会所である本屋は、昭和初年の建築で、国鉄の寮などにもなり、何人かの人の手に渡って、戦後教会のものとして買われたと聞く。山小屋風のしゃれた別荘建築である。
しかし、五日市という山村とカトリックの関係は古い。明治10年代、ギリシャ正教と前後して、この土地にカトリックが入ったと伝えられている。確かなことは、明治17、8年頃、内山安兵衛という豪農がカトリック信者であり、多くの若者がそこに出入りし、また寄宿し、また寄宿して、例の明治憲法の発布に先立って、民衆の間に民主国家の成立を願って幾つかの憲法草案をつくって国に意見を出したといわれる時期、ここに流れ住んだ。
東京都の教会の中で、大島教会を除けば、地続きでは最もへき地で最も小さな規模の教会である。信徒数約50名、20世帯余りで、日曜は10数名の人々のささやかなミサが朝夕2回捧げられる。東京で、たたみじきの聖堂の教会というのも、恐らく他に例がないと思う。
人数が少ないだけに、家庭的であって、青年会、婦人会、壮年会などというものはつくっても2,3人ずつになってしまうから、五日市教会メンバー皆が1つの会を開いて何でもいっしょにやることにしている。
秋川荘を中心に、教会外の活動の方がここでは盛んである。神学生別荘としては、学生数の減少やフリー・タイムの増加で最近利用されなくなったが、都内の教会の青少年や、特に学生たち、カト研はじめいろいろなサークルやクラブの合宿所として多くの人から利用されている。秋川渓谷が、ベランダのすがすがしい流れを見せる都会のオアシスの地として、その存在の意義は大きい。
もう1つは市民運動の広場であるという特質である。これは他の教会に余り例がないと思う。自然保護活動、緑を守る会をはじめ、反戦活動の集まりを行なうほか、現在では部落解放のたたかいにも参加、市民運動の拠点として重要な役割りをになっている。

ひろば

私は過去の太平洋戦での戦没者の遺族です。またキリスト教遺族の会会員でもあります。この欄をかりて会の目的と活動の一端を紹介しようと思います。
数年前より国会が開かれるたびに、靖国神社国家護持を法制化しようとする靖国神社法案の動きが注目されています。日本遺族会の強力な圧力のもとで政府自民党は同法案の強行採決をすきあらばともくろんでいます。また法案に反対する宗教者を中心とする勢力の野党派などこれをめぐって国論は2つに別れています。教区でも靖国問題実行委員会をはじめとする団体および有志の方がたが、プロテスタントや他の宗教の人びとと連帯して同法案阻止のために闘っています。
キリスト者遺族の会は、靖国神社法案反対運動の中で同法案に反対するキリスト教徒の戦没遺族が結成した会です。発足以来6年の月日を経ている今日、毎回靖国神社法案反対デモでは、小川武満会長を中心とする小さな集団で会のゼッケンをつけて先頭を歩いています。背中には「再び英霊をつくるな」とかかれてあります。私たちキリスト者遺族の会は、肉親を過去のいまわしい戦争で失った遺族として、戦争を憎み心より平和を求めていた遺族にとって過去の戦争は決して偉業ではありません。私たちの肉親は決して好んで戦場に行ったのではない、英霊ではない、あやまった国策の犠牲者なのだ、遺族は私たちの代だけで沢山だという信念で、同法案に反対しつづけています。また遺族の立場として肉親の慰霊は、遺族の信仰箇条にしたがって行なうものであり、特定の宗教儀式を強要されるべきではないと考えます。とくに私たちキリスト者として肉親を祭神とすることはできません。教区のみなさんの中で戦没者遺族の方がいらっしゃれば入会をお勧めしたいと思います。

(徳田教会  海老名 幹雄)

あした葉

いささか旧聞に属することで恐縮だが、終戦記念日8月15日の前後には各地において、また各団体によって、平和のためにいろいろな催しが企画された。平和の礎となった戦没者の霊の冥福を祈り、国内はじめ国際間でも争いのない真の平和のきたらんことを願うためであろう。//平和はいつの時代でも人類の悲願であった。そして平和のためという旗印による運動は、しばしばあらゆるイデオロギーや教義を超え、互に異なったものをも1つに結んでしまう魔力をもつ。にもかかわらず、平和は口でいうほど簡単にはやってこないようだ。訪れたように見えてもうわべだけだったり、またほんの束の間だけだったりする。//また平和のための戦いならば異なったもの同士をも1つにさせるという言葉自体が何か矛盾概念の羅列のように見える。人は同じものを愛するが故に一致するときよりは、同じものを憎むが故に一致するときのほうがその結束が一層固いといわれる。勿論、それが本当の固さかどうかきわめて疑わしいが・・・・・・。共通の敵があるがゆえに団結するというのであったり、ましてや異なっているものがこんなにも一致できるものだという一種の感傷にしかすぎないものであったりするなら、その結束はまことに小児的なものといわねばなるまい。//そもそも結束や一致ということが、それ自体すでに2つ以上の異なったものの存在を前提としているとすれば、何かの拍子で異なったものが切り離されたものに逆行することもまたたやすい。内ゲバや仲たがいなどという言葉もあるように、もしこの断絶が平和のために共闘しているものの間にあらわれたとしたらなんという矛盾と恥さらしであろうか。無論このザマの要素は各自が無意識のうちに宿している毒物のようなものだが、人間の業(ごう)だなどと諦め、これの除去や鎮和への努力を放棄することは許されない。平和のために手を組んで戦うのは結構だが、その平和が、戦うもの同志の間に先ず見られることこそ肝腎だと考える。  (S・A)

連帯こそ急務 福祉事業の原点に帰れ

教区としての社会福祉事業にはセンターに「東京カリタスの家」があり、スタッフの献身的な努力によって家族福祉の問題に焦点をあてながら地域社会に奉仕している。また教区としてもこれを支援し、家庭生活上の問題に対する諸々の相談活動を、多くのボランティアの協力を得て広げてゆくことを今年の活動方針の1つとしている。しかしそれとは別に、教区内の社会福祉の施設=団体等の相互の連絡、協議、調整をはかることも、個々の家庭の問題を援助してゆく上において絶対に必要であることが早くからいわれていた。諸施設、団体にはそれぞれの歴史、事情もあり、また現にユニークな活動で実績をあげていることなどを思えば、この問題をただ画一的に取り扱うのには大きな注意と慎重さを要する。にもかかわらず勇気をもってこの問題にふれ、それぞれの福祉活動を教区共同体的視点でとらえようとする声が関係者の一部から出ている。このほど編集係ではそれらの人びとに集まってもらい、問題点や今後の抱負などを話し合ってもらった。

共同体の証し 利用者の共感も大切

福祉の問題は、その対象者、従事者、および管理者の3側面からとらえるのが一般的であるが、さらに地域住民すべての者の立場からも見なおされてゆく必要があろう。しかし、現実には国の定めた社会福祉の枠=制度の中にしかその存続を全うできないとすれば、これらの側面に対する国権の干渉もふまえて考えるべきである。また同時に、キリスト教社会福祉事業を考えるにあたっては、さらにキリスト福音的使命と精神を具体的にどのように個々の活動の中に表わしてゆくかを常に念頭におかなければならない。すなわちその限りにおいてキリストの教会と無関係にはキリスト教社会福祉事業はあり得ないと考える。
勿論、財政をかなめとする現実的存続の問題が、最も重大な関心事のはずであって見れば、ことさら国権に背を向け、いたづらに孤高を楽しむの愚に出るべきではない。しかし、キリスト教社会福祉事業にはそれなりの使命と特徴があるはずである。これを放棄してまで国権にこび、必要以上の迎合的態度にでることは自らの魂を売るに他ならない。

くびき負う覚悟
またこのような気概あってこそ国の定めた制度からの限界の、なおその中で、カトリシズムならではの特徴を高らかにかかげ通してゆくことができると考える。このことのためには、まずなによりも事業にたづさわる当事者およびその周辺の人びとが、1つの組織としてのキリスト教社会福祉事業とは一体何なのかを今一度原点から考えなおしてみる必要があり、すでにその時期にきているのではなかろうか。キリストのくびきを負う覚悟なくして慣習の中に安易に居すわり、なおかつキリスト教社会福祉事業を組織として標榜すること自体が1つの幻想であると思われる。
しかし、このことはなにも従事者およびその周辺の人びとだけの問題ではない。先に、福祉事業を考えるにあたっておもな側面を指摘したが、ここではとくに社会福祉サービスの利用者の関心とそれへの共感が大きな意義をもつ。国家と宗教というジレンマの中にあって、キリスト者としてまた教会として今何ができるか、何をせねばならぬかの問題に、痛みとともに取組まなければならない。

まず現状の認識
すなわち、およそ社会福祉事業は利用者もろとも共同体全部の手で成し遂げてゆかなければ、という姿勢が課題として問われているのではなかろうか。その点にこそ共同体のあかしとしてのキリスト教社会福祉事業の方向を指摘したい。
しかし教区民の共感をうるにせよ、その協力を期待するにせよ、まず教区内の社会福祉事業の現実が紹介され、問題点がほり起こされて認識されることが先決である。そのための第一歩としてまずそれに気づいたものが集まり、問題点を出しあってたしかめ、そこで話されたことがらを逐次教区民に知らせる作業からはじめねばなるまい。とにかくこの小さな願いをこめた者が一緒に話し合う機会をつくってゆきたいと計画している。やがてそれが大きな運動にひろがってゆくことが期待される。

地で行く「慰霊表敬」

三木首相は8月15日、自民党決定で靖国神社に正式参拝した。たとえ私人の資格であっても、首相の地位にあるものが、宗教法人靖国神社に参拝したことは、戦後はじめてである。同党はこの数年靖国神社法案を国会に出してきたが、野党や、宗教・民主団体の反対で廃案、前国会にはいわゆる表敬法案を出そうとしたがこれも目的を達しなかった。こんどのやり方は、国会の審議を省き、首相参拝という既成事実をつくって、靖国神社国家護持の突破口をひらこうとするものである。
また、同日日本武道館で行なわれた政府主催の、全国戦没者追悼式では、場内の中央にある柱の文字が、従来の「全国戦没者追悼之標」から「全国戦没者の霊」とかえられた。これは日本遺族会からの強い要望によったものといわれる。「霊」の記載のある標に向かって参列者が黙祷を捧げることは「慰霊」という宗教行為をすることに他ならないのではないかとの疑いがもたれる。政府がこれまで「追悼之標」としてきたのは、このような違憲の疑いを避け、宗教無宗教を問わず、国民の誰もが違和感なく参加できるようにとのはからいからではなかったか。それとの対比からみても、戦後30年の今回敢えて「戦没者之霊」とかえたことは理解に苦しむ。
さらに日本遺族会主催の「全国戦没者慰霊及び慰安の催し」は今年はじめて政府主催付属行事として同じ所で開かれ、しかも会場費は国の負担であったときく。これらを思いあわせると、政府はまさに「慰霊表敬」を地で行く感があり、時の勢いはもはや法案云々の次元ではなくなってきた。
反対する側も、推進側が既成事実を一つ一つ積み上げてゆきということに対して、今後どのように対処すべきかが問われる時期にきている。これは単なる法案論のレベルのものよりはるかに困難なものである。反対世論の形成のため教会の内外に問題を訴えることが急務であり、あわせて分断工作に対抗するため、他の宗教との結束をますます強固なものにしなければならない。

拡充めざす3施設

東京カリタスの家
「カリタスの家」は正しくは、「財団法人東京カリタスの家」とよばれる。教区の福祉相談機関として昭和44年、4人のボランティアで発足し、創立5周年目の昨年10月、都から財団法人として認められた。「キリスト教の精神にもとづき、都内の福祉向上をめざしてそこに住む人々の家庭生活機能に対する社会的援助を行ない、住民の福祉に貢献する」ことが目的という。
家庭生活相談部、ボランティアビューロー、青少年アフターケア部の3つがあり、より包括的な家族福祉機関として総合的な立場からのサービスを行なっている。なおボランティアや、協力会員を募るよびかけ、活動資金の援助などこの施設を支援することは本年度の教区活動方針の1つでもある
知恵おくれの子どもたちに愛の灯をと、昭和41年、荻窪教会は信者の総意によってたとえわづかな人数でも収容できる保育園をつくるために立ち上がった。

しおん会
現在園児11名、指導員4名で楽しい笑い声を部屋いっぱいにひろげている。しかし保育中は子どもと両親とは隔離されており、両親は一切顔を出さない。母親に甘えては十分な保育ができないからだという。
何といっても財政面は深刻で年間約170万円が不足、植木市やチャリティ・ショウなどで不足額を捻出している。また武蔵のブロックが活動の中心となって、バザーや募金などで教区民の協力を呼びかけている。
司祭老後施設「憩いの家」建設運動は、昭和41年1月、高円寺教会で発足した。教区司祭の老後の保障については、かねてよりその不安が指摘されていた。老後の安定をはかり、司祭方が何らの懸念なく充分に活躍されるようにというのがその趣旨。具体的なプランは司祭方へのアンケートをまってたてられるという。

憩いの家
この運動は教区が推進機関となって行なうというよりは、信徒からもり上がってきた信徒の運動としてすすめられてゆくところに特色があり、高く評価される。募金の方法としては、1円硬貨と古切手の収集がおもであるが、できれば全国にこの運動をひろげたいと関係者らはいっている。

典礼法規・教会法メモ 2

それぞれの司教は自らの判断と責任において管轄司教区内で、手に受ける聖体拝領の仕方の導入を許可することができる。但し、信徒を驚かせるようなこと、聖体の尊崇の念を失わせるおそれのあることは避けねばならない。
(1)手で受ける仕方が強制されてはならない。この仕方が適法とされる所でも、口で受ける仕方ができるよう配慮する必要がある。これは個人の信仰心を乱さないため、また信徒間に対立をおこさせないためである。
(2)手で受ける仕方の導入のため、信徒がその意味をよく理解し、秘跡に対するふさわしい尊敬を保つよう、十分な教育を必要とする。
(3)聖体をふつうのパンや、単に祝別されたものと同一視しないようにしなければならない。かえってキリストの神秘体の一員となった信者の尊厳を感じ、聖体の偉大な現実への信仰を深めねばならない。
(4)自席にもどる前に拝領しおわらねばならない。具体的方法については、古代教会の伝統が伝えている方針に従うのがよかろう。
(5)小片が落ちたり、とび散ったりしないように。手は清潔にするように。
ホスチアを御血にひたす両形色の聖体拝領の場合は、必ず口で受けること。

聖年行事裏話

聖なる年を世の人々に告げるにはカテドラルでなく外部へ進出しようとの声があり、実行委員会は会場として、武道館、日大講堂、都体育館などを接渉した。武道館は借用費だけで160万円、日大講堂は学生優先なので、約束してもその後に学生からの申し出がある場合には解約になるという不安定なもの。都体育館は、スポーツのためだけ。こんな具合で結局カテドラルでと決まる。初めからのカテドラル組みもこれで安心。
聖なる年の教区規模での行事は昨年12月には、前期布教司牧協議会で決定され、準備委が活躍していた。しかし、教区規模でとのことゆえ、4月1日に始まる第2期布教司牧協議会員の参加も必要であるし、50年度教区活動方針案が承認されるのは3月21日の教区代議員会とあって、実行委が結成されたのは4月中旬。
それにもかかわらず、一応の手続きが行なわれてきたのは準備委の熱心さによるものである。準備委の中、第2期布司教委にならなかった方がたに心から感謝したい。
今まで教区規模での行事の準備会はカトリック・センター、司教館が用いられていたが、この聖なる年の準備が、準備委、実行委を通して聖母病院応接室で行なわれたことも珍しい。そして、そのように応接室を提供してくださった聖母病院にも感謝を表わしたい。
今回の行事について連絡の通知は20通近いものであり、布司教委、ブロック会議員、教会委員、司祭協、小教区等相当数に上っている。教区全体の意識高揚のためには、このくらいの努力が必要であることは、逆に淋しい気がしないでもないが・・・・・・。

資産運用に協力を

教区財政委は7月1日「資産運用相互協力制度」を発足させた。当制度は、東京教区が、それに属するすべての小教区および付属施設が自分の小教区の自立のみを目指すのではなく、互に協力しながら、1つの共同体をつくってゆくのを目的とするという。資金の使途、申請金額、融資期間等の審査にあたっては、教区の運営方針を基本とし、相互扶助の精神にそって(1)事業計画(2)融資金額(3)返済計画について審査する。融資希望の申込みは原則として、6月末、12月末締切りの2回。
当制度の運用のため、運営委員として、浜尾史郎司教、塚本伊和男師および福川正三、友石進、岡田敬一、小野豊明、小林章雄の各氏が大司教から任命された。

74年度典礼講話集

「生きた典礼をめざす集い」の講話が分冊で出されている。
*鈴木範久氏「イニシエーション」140円
*ワルケンホスト師「神の民の身分をうけること」60円
*ネメシェギ師「秘跡のシンポリズム」100円
*ウマンス師「新しい入信の秘跡」80円

ヨハネ会忍野へ

八王子に修道院をおき、甲の原学院等で働いていた聖ヨハネのシスター方は、富士聖ヨハネ学園開設にともない、修道院を閉鎖して下記に移った。
〒401-0594 山梨県南都留郡忍野村忍草2748番地  ℡0555-23-5155

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ブロック便り

避けたいマンネリ
<多摩>本年度の教区活動方針の1つの柱である青少年活動の活発化の一環として、ブロックではこの夏、青少年リーダー研修会(2泊3日、参加者約20名)、高校生合同錬成会(4泊5日、参加者約50名)、中学生合同錬成会(4泊5日、参加者約70名)を行なった。テーマは昨年につづき「キリストを知ろう。友達を知ろう。」という共通のもの。
中学生を対象としたものは今年で3年目、高校生のものは2年目であり、ブロック全体の支持、リーダーの養成など、軌道に乗ってきた面もあるが、同時にマンネリを避けるための見直しの必要性も反省されている。
なお、高校生とそのリーダーを中心とした2回目のバレー・バスケット・ボール大会が、8月31日に純心学園体育館で行なわれ、今年は100名近い若者が集まった。
合同錬成会のリーダーたちは、ややもすると錬成会屋に堕しがちであるが、これを反省して、大学生リーダーと社会人リーダーの2つのグループが、近く1泊の錬成会を企画している。

<武蔵野>10月12日(日)高円寺教会で、教区の聖年担当黙想指導司祭の沢田氏を招いて錬成会を行なう。
午後1時から講演があり、続いてグループに分かれて討議。4時から武蔵野ブロックで働く司祭達による共同司式ミサが行なわれることになっている。

「江戸殉」も定着
<城南>9月1日から1週間「江戸殉教者記念週間」として毎夕6時半から高輪教会でミサがおこなわれた。
5日(金)には浅草教会の今田師が記念講演、7日(日)午後1時からは浜尾司教を中心とした共同司式ミサ、つづいてブロックの青年の集いが開かれた。

<千葉>9月21日、辺田の聖母マリア幼稚園で、10時から沢田師の講演、11時からミサ、午後は小運動会で多数が参加した。

青年問題に力点
<中央>中央ブロックの最大の関心は青年に集中した感がある。青年が何故教会にこないのか。青年会が体をなさない教会もある。一言でいえば、それは青年にとって教会に魅力がないからである。教会は青年の悩みにこたえてくれない。多くの新興宗教やゲバ棒ですらあれだけ純真な青年たちを惹きつけているのに、一体これはどうしたことであろうか。
こう考えると青年の問題は実は大人の信者の問題、教会のあり方の問題にほかならない。愛の実践のバロメーターの面をもっている。このような観点からブロックでは昨年から青年の問題に取組んできた。
このほど2つの計画が具体化されてその成果が期待されている。
(1)青年の合同錬成会。10月4、5日、戸塚の聖母の園で。指導は浜尾司教ほかで、テーマは「青年は小教区で何をすべきか」
(2)現状把握。各母体と青年のかかわりについて1月9日までに、各母体から報告書提出。
またこれと平行して、大島教会への援助も続けてゆくことを申し合わせた。

懸念の「中学生」
<城東>第2期第4回ブロック会議は、本部より白柳大司教が特別に出席、7月20日、浅草教会で開かれた。
布司教の活動状況について報告を聞いた後、懸念の「中学生司牧問題」について、再び活発な討議が進められた。この問題は当ブロックの提案により、教区の本年度活動方針の一部に組みこまれた、いわくづきのもの。
できるものから次第に積み上げていこうとする「現実的実践派」と、根深い問題の本質をえぐり出すのを先決とする「慎重審議派」との間で活発な討議がくりひろげられたが、遂に結論に達せず、次回の継続審議となった。

ヤスクニ慎重に
<城北>7月13日、第4回ブロック会議が豊島教会で開かれた。10月26日に行なわれるせいねんしゅううかいについてじっこういいんかいからせつめいがあった。また第1、2回布司教の会合報告もなされたが、その中で靖国神社問題は政治的なものであるので、もう少し慎重に考えたらどうかとの提案があった。ブロックではこれを布司教にもってゆくことにした。中学生の司牧、ブロック会議のあり方についても活発に論議された。なお9月14日育英工専体育館で白柳大司教司式のもとに「聖なる年のミサ」が行なわれた。