2006年11月26日

王であるキリスト (2006/11/26 ヨハネ18・33b-37)

教会暦と聖書の流れ

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 教会の暦は待降節第1主日から新しい1年が始まりますので、きょうの「王であるキリストの祭日」は年間最後の主日ということになります。「王」という言葉は現代のわたしたちにとって馴染みにくい言葉ですが、この祭日のテーマは、神の国の終末的な完成を祝うことです。この日の朗読箇所は3年周期の各年でずいぶん異なっています。今年(B年)は、イエスが逮捕され、ローマ総督ピラトから尋問される場面です。

福音のヒント

    (1) イエスは最終的にはローマ総督ピラトによって十字架刑に処せられることに決まりましたが、その罪状は「ユダヤ人の王」というものでした。この罪状は「ローマ帝国に対する反逆者」を意味しています。イエスが誕生したとき、すでにパレスチナはローマ帝国の支配下にありましたが、いちおうはヘロデ大王と呼ばれる王がいて、ローマ帝国を後ろ盾としてパレスチナを支配していました。イエスが成人して活動していたころ、ガリラヤ地方にはヘロデ大王の息子ヘロデ・アンティパスという領主がいましたが、ユダヤ地方はローマ帝国の直轄領になっていました。つまり「ユダヤ人の王」はいてはならないわけであり、もし誰かが自分を「ユダヤ人の王」だと主張すれば、ローマの支配に対する反逆者ということになるのです。

  (2) 「王」という言葉はギリシア語で「バシレウスbasileus」と言います。この言葉から「国=バシレイアbasileia」という言葉が生まれました。これは英語で言えば「King」と「Kingdom」の関係ですので、「バシレイア」は「王国」と訳したほうが正確かもしれません。また「王としての支配」「王であること」「王になること」という意味もあります。現代の国家には「共和国」という王のいない国がありますが、古代では王なしに国は考えられませんでした。ピラトはイエスが「わたしの国(バシレイア)」(36節)と言った言葉を聞いたので、「それでは、やはり王(バシレウス)なのか」(37節)と問い詰めるのです。
 
  (3) 「この世には属していない」(36節に2回)と訳されている箇所は、直訳では「わたしの国はこの世の中からのものではない」です。「~の中から」というところには「エックek」という前置詞が使われています。新共同訳のように「この世に属していない」ととることもできますが、むしろ「この世に根拠をおいていない」という意味にとったほうがよいかもしれません。
 イエスのバシレイアは、この世のバシレイアと違います。それは宗教的領域と世俗的領域というような領域の違いというよりも、因(よ)って立つ根本原理の違いです。イエスの身を守るために弟子たちが戦うというのは、この世の原理でしょう。これは力の原理です。一方イエスは「真理について証しする」のであり、イエスのバシレイアは、人間の力ではないものに根拠を置いているのです。

  (4) 「真理」という言葉はギリシア語で「アレーテイアaletheia」ですが、この言葉にはもともと「隠されていないこと」という意味があります。ギリシア人にとって、真理とは、「そのものの外見の覆いを取り去った本質」というようなニュアンスがあります。一方、ヘブライ語は「エメト」です。これは「アーメン」という言葉と同じ語根で「確かなもの、頼りになるもの」を表します。
 ヨハネ福音書にはこの「真理」という言葉がよく使われていますが、この両方のニュアンスがあるようです。それは決して抽象的・哲学的な真理ではなく、「何よりも確かで、頼りになる神ご自身をイエスが言葉と生き方をとおして現す」ということを示しているのです。きょうの箇所の続きで、ギリシア・ローマ文化の中に生きるピラトは「真理とは何か」(38節)と問いかけますが、イエスは何も答えません。この対話はここで終わっています。イエスの語る「真理」は抽象的な哲学論議の問題ではないのです。この真理とは、イエスの生涯、特に十字架の死と復活の中に現されるものなのです。

  (5) 「真理」という言葉は人間によって悪用されてきた面もあります。ある人々が、自分たちは「真理」を持っていると主張し、その「真理」を振りかざすところから、生きている人間の喜びや苦しみを無視した残虐な行為に走ることができるとしたら、真理とは非常に危険なものではないでしょうか。
 イエスの真理は違います。イエスがあかしする「真理」とはなんでしょうか? それはヨハネ福音書の内容に即して言えば、「神が愛であること」だと言ったらよいのではないでしょうか。
 1・17-18「律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。」
 3・16「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
 13・1「イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。」
 15・9-10「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。」

  (6) この真理はイエスの生涯をとおして示されました。そして、最終的にいつかそれが明らかになるのだ、と信じるのが終末についての信仰です。イエスが王となるということは、「神の愛がすべてにおいてすべてとなる」ことだといってもよいのでしょう。そしてそう信じるときに今のわたしたちが何を大切にして生きるか、が問われてくるのです。

投稿者 ct : 12:06 | コメント (0)

2006年11月19日

年間第33主日 (2006/11/19 マルコ13・24-32)

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 教会暦で年間最後の3つの主日(第32、33主日と王であるキリストの祭日)は「終末主日」と呼ばれます。世の終わりの救いの完成に目を向ける内容になっています。今年(B年)では、きょうの第33主日にもっともはっきりと「終末主日」の性格が表れています。ちなみに、次週の日曜日「王であるキリスト」の福音はヨハネ福音書が読まれますので、今年主に読まれてきたマルコ福音書の朗読は、きょうが最後ということになります。

福音のヒント

  (1) きょうの箇所はマルコ13章5節から13章の最後(37節)まで続く長い説教の一部です。13章の初めにこの説教が語られた状況が記されています。「イエスが神殿の境内を出て行かれるとき、弟子の一人が言った。『先生、御覧ください。なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう。』イエスは言われた。『これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。』イエスがオリーブ山で神殿の方を向いて座っておられると、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかに尋ねた。『おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、そのことがすべて実現するときには、どんな徴(しるし)があるのですか。』イエスは話し始められた」(13・1-5)。
 ガリラヤから出てきた弟子たちはエルサレムの都の壮麗な神殿の建物を見て圧倒されます。彼らはこれこそ確かなものだと思ったのでしょう。それに対して、イエスは「これは滅びていくものだ」ということを語り、神殿を見ながら弟子たちに向けてこの遺言のような説教を語りました。イエスはこの中で、偽(にせ)キリストの出現、戦争や天災、弟子たちへの迫害、神殿の崩壊などというこれから起こることを語ります。そしてその後、最後に起こることを語るのがきょうの箇所です。

  (2) 24-27節には、旧約聖書から採られたさまざまな表現が用いられています。「太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる」(24-25節)は、イザヤ13・10などに見られる表現で、決定的な神の裁きの日の到来を表すしるしです。
 「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来る」(26節)というのは、ダニエル7・13に基づいています。
 「夜の幻をなお見ていると、見よ、『人の子』のような者が天の雲に乗り、『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた。諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え、彼の支配はとこしえに続き、その統治は滅びることがない」(7・13-14)
 本来、「人の子」という言葉は人間一般を指す言葉でしたが、この箇所から特別な意味が生まれました。それは「神が最終的に遣わす審判者」の意味です。この箇所でマルコは、栄光のうちに再び来られるキリスト(再臨のキリスト)を「人の子」と呼んでいるのです。

  (3) そもそも聖書の中で「世の終わり」についてのメッセージが語られる背景には「迫害」という厳しい現実がありました。紀元前2世紀に書かれたダニエル書はその典型です。この時代はギリシアから起こったヘレニズム王朝がパレスチナを支配していました。特にセレウコス朝シリアのアンティオコス4世エピファネス王の時代に、ユダヤ人に対する厳しい宗教迫害が起こりました。神殿にはギリシアの神々の像が持ち込まれ、ユダヤ人は先祖伝来の律法に従って生活することを禁じられました。熱心なユダヤ人の中には殉教する人もいました。神に忠実であればあるほどこの世で苦しみを受けるという時代だったのです。その中で「この悪の世は過ぎ去る。神の支配が到来し、正しい者は救われる」と語り、迫害の中にいた信仰者を励まそうとしたのがダニエル書です。迫害の最中ですから、直接的な表現は許されません。そこで時代を紀元前6世紀という過去に設定し、捕囚の地バビロンでダニエルという人が見た幻として、今起こっていることと将来起こることを描くのです。

  (4) ですから基本的に終末のメッセージは希望のメッセージなのです。たとえ現実がどんなに不条理で悲惨であっても、この時代は過ぎ去り、最終的に神のみ心が実現する!
 23節までの説教でイエスが予告した「偽キリストの出現、戦争や天災、弟子たちへの迫害、神殿の崩壊」などという出来事は、マルコにとってほとんどすべてがもうすでに現実に起こっていることでした。その中で、実は救いの日は近づいているのだ、と語るのです。「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい」(マルコ13・28-29)。
 一方、32節には、「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである」という言葉があり、続く33節には「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである」とあります。ここでは終末がいつであるかは分からないという面が強調されていて、むしろ警告のメッセージになっています。世の終わりはまだ先のことだと思い、生き方がなまぬるくなり、自分の利益や目先の快楽に振り回されているとき、「そうではない。神の決定的な裁きは突然やってくる」と語ることによって、神のみ心にかなう生き方をするように、と警告するのです。
 わたしたちの現実はどうでしょうか? わたしたちの中には両面があると言えるのかもしれません。苦しみの中で必死に生きている現実と目先の利害に振り回されている現実。そのわたしたちにとってきょうの福音はどのように響いてくるでしょうか。

  (5) イエスはこの中で「わたしの言葉は決して滅びない」(31節)と語ります。13章の初めで、弟子たちは目に見える神殿こそが確かなものだと思い、そこに信頼を置こうとしました。しかしイエスは、それは結局滅び去るもので頼りにならないと説きます。そして、だからこそ決して滅びないものに弟子たちの目を向けさせているのでしょう。「愛は決して滅びない」(〓コリント13・8)というパウロの言葉も思い出されます。わたしたちにとって、「決して滅びないもの」とは、本当に頼りにすべきものとは何でしょうか?

投稿者 ct : 16:01 | コメント (0)

2006年11月12日

年間第32主日 (2006/11/12 マルコ12・38-44)

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 マルコ福音書では11章のはじめでイエスはエルサレムの町に入り、神殿の境内でさまざまな人と出会いました。商売をしている人、祭司長・民の長老・律法学者、ファリサイ派やヘロデ派、サドカイ派という人々です。彼らは当時の社会の中で富や権威を持っている人々でしたが、彼らとイエスとの対立は深まるばかりでした。唯一イエスが評価したのが、最後に出会った一人の貧しいやもめの姿です。イエスはこの後、神殿を出て行き、その東にあるオリーブ山から神殿を見ながら、弟子たちに向けて神殿の崩壊を予告し、「決して滅びない」(13・31)ものへの信頼を説いていくことになります(13章)。

福音のヒント

   (1) イエスの時代のエルサレムの神殿には多くの富が集まってきました。そこには祭司やサドカイ派など神殿と結びついた裕福な人々がいました。サドカイ派の中にも律法学者はいましたが、律法学者の多くはファリサイ派に属していました(マルコ2・16参照)。ファリサイ派は律法とそれを何世代もの学者が細かく解釈していった「口伝律法」を大切にし、厳密に守ろうとした派です。中でも律法に精通していた律法学者は、律法によって民衆を指導していたので、人々の尊敬を集めていました。

  (2) イエスの律法学者やファリサイ派の人々に対する批判は、マタイ23・1-36やルカ11・39-51にも伝えられています。マルコのこの箇所で、イエスは何を批判しているのでしょうか。それは結局のところ、彼らの行動のすべてが「人に見せるため」(マタイ23・5参照)だということでしょう。彼らは祈りまでも自分が人より優位に立つための手段にしてしまっているというのです。
 福音書の中でこのような律法学者への批判が語られるとき、それは教会の指導者への警告でもあります。いや、特別な指導者だけでなく、この律法学者の姿は、わたしたち皆の生き方への問いかけだとも言えるでしょう。自分は人からどう評価されているか、少しでも人から評価されるためにはどうしたらいいか? わたしたちもそのような思いから完全に自由だとは言えないでしょう。しかし、そこにとどまっている限り本当の意味での神とのつながり、人とのつながりを生きることにはならないのです。
 この批判の中には「やもめの家を食い物にする」(40節)という言葉も出てきます。これは41節以下のやもめの話との関連でマルコが別の伝承から挿入した言葉でしょうか。やもめにとって夫の遺産の相続問題は死活問題だったでしょう。このような遺産相続などのもめごとの裁定も律法学者の役割でした。やもめの弱い立場に付け込んで当時の律法学者たちは自分の利益を上げていたということでしょうか。

  (3) この律法学者と正反対の立場にいるのが「やもめ」です。やもめ(寡婦)は、寄留の他国人や孤児(みなしご)と並んで社会的弱者の代表でした。
 「寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。
 寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く」(出エジプト記22・20-23参照)。
 寄留者とは、周囲に自分の守ってくれる同胞のいない人々です。孤児は自分を守ってくれる親がいない子どもであり、寡婦は古代の男性中心の社会の中で自分を守ってくれる夫を失った人でした。彼らの後ろ盾は神しかいないのです。そしてだからこそ、この人々を大切にすることを律法は要求していたのです。

  (4) 当時の神殿の境内には、神殿の建物から一番遠いところに「女性の庭」と呼ばれる部分があって、女性はそれより奥には入れませんでした。この女性の庭にあった賽銭箱(さいせんばこ)は、13個のラッパ型をした雄牛の角(つの)が並んでいたものだったそうです。今回のイラストはその想像図ですが、正確な形はよく分かりません。レプトン銅貨はユダヤの最も小額の貨幣で、その価値は1デナリオンの128分の1でした。1デナリオンは1日の日当と言われていて、その128分の1ですから、今でいえば、せいぜい50円玉ぐらいの価値でしょうか。なお、クァドランスはローマの青銅貨で、で、1デナリオンの64分の1(1レプトンの倍)にあたります。イエスが賽銭を入れる様子を見ていたというのは、不思議な感じがしますし、なぜ、このやもめの献金が彼女の生活費の全部だと分かったかというのも不思議です。しかし、もちろん、この箇所ではそういうことは問題ではなく、神の前での人間の真実のあり方が問われているのです。

  (5) 彼女が賽銭箱に入れたものは「生活費のすべて」(44節)と言われていますが、「生活費」と訳されたギリシア語の「ビオスbios」には「人生」「生活」の意味もあります。「生活のすべてを神に差し出した」と受け取ることもできるでしょう。
 全財産を差し出してしまえば、残るものは何もありません。このやもめの献金はやはり無謀でしょうか? この日のミサの第一朗読で読まれる列王記上17章の物語も似ています。干ばつの中で預言者エリヤからパン一切れを差し出すように求められたサレプタのやもめは、最後の一握りの小麦粉でパンを作り、それを差し出します。すると「主が地の面(おもて)に雨を降らせる日まで/壺(つぼ)の粉は尽きることなく/瓶(かめ)の油はなくならない」(列王記上17・14)という神の言葉が実現した、という話です。すべてを差し出したところに神の救いの力が働くという体験がわたしたちの中もあるでしょうか。
 イエスの受難・死・復活の道とは、まさにそういう道だったとも言えるでしょう。
 神殿で出会った商人や金持ち、社会的・宗教的指導者たちの姿にイエスは心を動かされませんでした。彼らの生き方とイエスの生き方はあまりにもかけ離れていました。イエスが最後に出会ったのがこの貧しい一人の女性です。そしてイエスはこの人の姿以外に、神殿には真実なものは何もない、と言うかのように、神殿を後にします(マルコ13・1参照)。

投稿者 ct : 16:23 | コメント (0)

2006年11月05日

年間第31主日 (2006/11/5 マルコ12・28b-34)

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 先週の福音(マルコ10・46-52)の舞台はエリコでしたが、きょうの箇所はかなり飛んでいて、エルサレムの神殿の境内での場面になっています。その間に、イエスはエルサレムに入り、当時の宗教的・社会的指導者たちとの間でさまざまな対話をしました。これらの対話は、3年周期の主日のミサの朗読配分の中で、A、B、C年に割り振られていて、今年(B年・マルコの年)は、それらの対話の結びにあたるこの箇所だけが読まれます。

福音のヒント

   (1) イエスがエルサレムの神殿の境内で対話した相手は、祭司長・律法学者・長老(11・27以下)、ファリサイ派・ヘロデ派(12・13以下)、サドカイ派(12・18以下)などで、皆、当時のユダヤ人社会の宗教的・社会的な指導者たちでした。多くの対話はイエスに対して攻撃的な内容なので「論争物語」とも言われますが、きょうの箇所は論争とは言えません。イエスとここに登場する律法学者の意見は一致しているからです。

  (2) 29-30節の「イスラエルよ、聞け・・・」は、申命記6・4-5の引用です。これに続けて申命記には次の言葉があります。「今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい」(申命記6・6-9)。この箇所がいかに大切にされていたかが分かります。今回のイラストに描かれているのは、この申命記6・4-9などの聖句を記した小さな羊皮紙の入った小箱を額と腕につけたユダヤ人の姿です。このような習慣はイエス時代にすでにあり、福音書の中で「聖句の入った小箱」(マタイ23・5)と言われているものがこれにあたります。この申命記6・4-5が最も大切な掟であることは、ユダヤ人の誰もが認めていたことでしょう。
 神を愛するとはどういうことでしょうか。キリシタン時代の人は「神の愛(ラテン語のカリタスcaritas)」のことを「御大切(ごたいせつ)」と訳したと言われます。「愛」とは「大切にすること」だといえば、日本語としてはもっとも分かりやすいかもしれません。

  (3) もう1つの掟「隣人を自分のように愛しなさい」はレビ記19・18にあります。新共同訳聖書では、レビ記17-26章のはじめに「神聖法集」という見出しが付けられていて、この部分が大きな1つの律法集であることが分かります。19章はその中心ともいえる箇所です。「あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である」(19・2)という言葉にこの神聖法集の根本的な考え方が表れています。「聖」であることとは、単に祭儀的な意味での「聖」ではなく、むしろ対人関係において神のように「貧しく弱い立場にいる人を大切にすること」が求められています。その中にこの隣人愛の掟があります。
 「隣人」という言葉は確かに近い人々を表す言葉です。ルカ10章では「隣人とは誰か」が問題になり、イエスは有名な「善いサマリア人」のたとえを語ることになりました。

  (4) レビ記も決してユダヤ人だけを愛すればいいと教えてはいません。「寄留者があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である。」(レビ記19・33-34)。
 ここで大切なのは、「寄留者を愛せ」という掟の根拠は、神がエジプトに寄留していたイスラエルの民の苦しみを見、叫び声を聞き、痛みを知り、救ってくださった(出エジプト記3・7参照)という神の救いのわざだということです。つまり、あなたがたには寄留者の苦しみが分かるはずだから、寄留者を大切にしなさい、ということであり、同時にまた、神が愛してくださったように、あなたがたも愛するべきだ、ということでもあります。
 イエスの時代のファリサイ派や律法学者の問題は、掟を守ることによって神の救いにあずかることができると考え、自分の力で救いを勝ち取ろうとしたことでした。掟の前提にすべての人を救ってくださる神の愛があることを忘れ、自分の力に頼ろうとした結果、彼らは神との生きた関係を見失い、また、貧しく律法を知らない人々を「罪びと」として切り捨てることになってしまったのです。イエスが批判したのはまさにこの点でした。
 
  (5) 律法学者は「第一の掟」についてたずねますが、イエスは2つの掟を語りました。この2つの掟を結び付けたことは確かにイエスの考えをよく表しているでしょう。ただし、この2つを最も大切な掟だとする考えはイエスだけのものとも言えないようです。実際、ルカ10章でこの2つの掟を語るのはイエスではなく、律法学者のほうです。
 この箇所でも最も重要な掟について、イエスと律法学者の意見は一致しています。イエスの言う「あなたは神の国から遠くない」(34節)という言葉は、律法学者の答えを評価するものですが、神の国を明確に約束しているとも言えません。問題は掟をどう考えるかではなく、その掟をどう生きるか、です。マルコ福音書の中で神の国が確かに約束されるのは「幼子」でした(10・14-15)。イエスが指し示しているのは、神の愛に対する幼子のような信頼を持ったとき、神と人への愛が沸き起こってくるという世界なのでしょう。
 マルコはこの対話で、11・27から始まった当時の宗教的指導者たちとイエスとの対話を締めくくります。「もはや、あえて質問する者はなかった」(34節)。誰もイエスに反論できませんでした。しかし、彼らの多くがイエスに対して抱いていた反感は変わりません。本当の対立は、議論の中身ではないのです。律法の基準に基づく自分たちの地位や名誉を守ろうとした当時の社会的・宗教的指導者たちと、すべての人の父(アッバ)である神に信頼し、貧しく小さな人々とともに歩むイエスの生き方が対立しているのです。

投稿者 ct : 16:17 | コメント (0)

2006年10月29日

年間第30主日 (2006/10/29 マルコ10・46-52)

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  イエスのエルサレムへの旅は、ガリラヤに始まり、ヨルダン川を下ってきて、エリコの町に到着します。ここまでは130kmほどで、エリコからエルサレムまでは残り30km足らずです。マルコ福音書では、この話の後(11章)はもうエルサレム入りの場面ですので、エルサレムへの旅も終わりに近づいていることになります。イエスに従うことのできなかった金持ちの男(10・17-22)やイエスの受難の道を理解していなかった弟子たち(10・35-45)の姿と対照的に、イエスに従っていったバルティマイの姿が伝えられています。

福音のヒント

   (1) 47節でバルティマイは、イエスのことを「ダビデの子」と呼びますが、これは彼自身がそう考えたというよりも、彼が聞いていた周りの人々の噂だったのでしょう。ダビデは紀元前1000年ごろのイスラエルの王で、「ダビデの子」というメシア(救い主)の呼び名には、ダビデ王の再来である理想的な王のイメージがあります。ローマ帝国の支配下にあった当時のユダヤでは、ローマの支配を打ち破り、ユダヤ人を解放してくれる王を意味していました。イエスに対するこのような期待は、イエスがエルサレムに近づくに従って膨れ上がっていたようです(マルコ11・10参照)。
 「わたしを憐れんでください」は物乞いをするときにいつもバルティマイが使っていた言葉なのでしょうか。イエスの周りにいた人々はこのバルティマイを黙らせようとします。王・メシアかもしれないイエスは重要人物で、何の役にも立たない「盲人の物乞い」など用がないと人々は考えたのです。しかし、イエスは彼の叫びを聞きます

  (2) 49節の「安心しなさい」はむしろ「勇気を出しなさい」と訳したほうが原文のニュアンスに近いでしょう。「お呼びだ」と訳された言葉は、直訳では「彼があなたを呼んでいる」です。
 50節「上着を脱ぎ捨て、躍り上がって」はバルティマイが「盲人の物乞い」であったことを思えば、たいへんなことでしょう。この上着はおそらく彼の唯一の財産でした。そして、彼は目が見えないのですから、ふだんはそれを肌身離さず持ち歩き、歩くときは事故のないように細心の注意をもって歩いていたはずです。それなのに彼は、自分の持ち物も自分の安全も手放すかのようにイエスのもとに向かいます。
 それは「イエスが自分を呼んでいる」と知ったからです。この方は自分を邪魔者扱いしない。すべての人に邪魔者扱いされる中で、イエスという方だけは自分に目を留め、自分を呼んでくださる! バルティマイのこの喜びを感じとれるでしょうか。

  (3) イエスはバルティマイに「何をしてほしいのか」と問いかけます。9・36でイエスが弟子のヤコブとヨハネに聞いたのと同じ問いです。自分たちに高い地位を約束してほしい、というヤコブとヨハネの願いにイエスは答えませんでした。しかし、バルティマイの願いには答えます。バルティマイの願いは「先生、目が見えるようになりたいのです」というものでした。これも自分の利益を求めている願いではないでしょうか。二人の弟子の願いとバルティマイの願いは、どこが違うのでしょうか。バルティマイの願いは単なる願望以上のもの、苦しみの中からの必死の叫びだったということは大切でしょう。イエスは受難と死に向かう旅の最後まで、このような叫びに耳を閉ざすことはないのです。

  (4) 「あなたの信仰があなたを救った」は、マルコ福音書では、5・34で出血の止まらない病気がいやされた女性に向かって言われた言葉でした。この「信仰」は、イエスをダビデの子であると信じるような頭の中の信仰ではありません。「この方ならなんとかしてくださる」という必死の思いでイエスに向かっていった態度そのものです。自分の希望と信頼のすべてを神とイエスにかける、と言ってもいいかもしれません。
 52節の「なお道を進まれるイエスに従った」は、直訳では「その道の中でイエスに従った」です。この道はもちろんイエスのエルサレムへの道、受難と死に向かう道です。バルティマイは「行きなさい」と言われたにもかかわらず、イエスに従うことを選びました。 このバルティマイの姿は、結局のところ財産を頼りにしてイエスに従うことのできなかった金持ちの男や、自分たちの栄誉を求めていた弟子たちの姿とはっきりと対比されています。マルコ福音書はバルティマイの中に「十字架への道を歩むイエスに従う人」の典型的な姿を見ていると言えるでしょう。
ただし、イエスに従っていた弟子たちはイエスが逮捕されたとき、皆逃げてしまっています(マルコ14・50)からバルティマイはその時どうしたのか、と考えたくなるかもしれません。マルコ福音書はこれについて何も語っていません。ただマルコは、この箇所でこの人をはっきりと「バルティマイ」という名で紹介しています。マタイやルカにもこの話は伝えられていますが、いやされた人の名前はありませんし、そもそもイエスによっていやされた人の名前が伝えられていることはめずらしいことです。もしかしたら、バルティマイは、マルコのいた教会の中で知られていた人物だったのではないでしょうか。だとしたら、彼はこの出会いをきっかけに、生涯イエスに従い続けたと想像することもできるでしょう。

  (5) バルティマイはイエスに出会って救われた、という喜びと感謝の心からイエスに従いました。十字架への道を歩むイエスに従うということは、おそらく能力や努力の問題ではないのです。イエスの弟子たちは最後までイエスに従うことができませんでしたが、それで終わりになったのではなく、復活したイエスとの出会いによって、再び弟子として歩み始め、そして多くの弟子が殉教していくことになりました。彼らを突き動かしていたものも、復活したイエスが自分たちに姿を現し、声をかけ、再びご自分の弟子として受け入れてくださった、という喜びと感謝ではないでしょうか。
もしも、わたしたちの中にそういう経験があったとすれば、バルティマイの物語は、今のわたしたちの物語にもなるでしょう。

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2006年10月22日

年間第29主日 (2006/10/22 マルコ10・35-45)

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 場面はエルサレムへの旅の途中で、マルコ福音書の3回目の受難予告(10・32-34)に続く箇所です。「受難の道を歩むイエスに従う」というテーマは先週の福音(10・17-31)から続いています。これまで2回の受難予告同様、ここでもイエスの受難の道について無理解な弟子たちの姿が表われていますが、この弟子たちに向けて、イエスの受難と死の意味がもっともはっきりと語られることになります。

福音のヒント

   (1) ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、ペトロと並んで弟子たちの中でもっともイエスの近くにいた弟子です。彼らは「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが」(35節)とイエスに語りかけます。この遠慮がちな頼み方は、彼ら自身、自分たちの願いがイエスの思いとは違うかもしれないという予感を持っていたことを表しているのかもしれません。二人の願いは、「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」というものでした。イエスが何度もご自分の受難を予告していたにも関わらず、彼らはそれを受け入れることができず、ただイエスが栄光を受けることしか考えていません。二人の願いは、その栄光のときに、他の弟子を差し置いて自分たちに特権的な地位が与えられるように、という願いです。
 「」は普通、救いと喜びのシンボルです。しかし、日本語にも「苦杯をなめる」という表現があるように、苦しみのシンボルにもなります。ここではもちろん「苦しみの杯」の意味です。「洗礼」もわたしたちにとっては救いと喜びのシンボルですが、洗礼(ギリシア語の「バプティスマbaptisma」)の元の意味は「水に沈めること、浸すこと」ですから、死のイメージもあります。ここでは「死」のイメージで語られています。イエスは、自分と同じ苦しみと死を引き受けることができるか、と問いかけます。

  (2) 二人の弟子はどこまでこの言葉を理解していたのか分かりませんが、39節で「できます」と答えます。イエスの栄光にあずかるためなら、彼らはどのような苦しみにも耐える覚悟ができていたのでしょう。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる」。ヨハネの最期は正確に伝えられていませんが、ヤコブは実際に後に殉教することになりました(使徒言行録12・1-2参照)。しかし、イエスは報いとして彼らに地位を約束しません。「定められた人々にゆるされる」というのは、「神がお決めになることだ」ということで、あなたにもわたしにも関係ない、というのです。
 他の10人は腹を立てます。彼らが腹を立てたのは、自分たちも同じようなことを考えているのに、ヤコブとヨハネが抜け駆けしようとしたからでしょう。そうでなければ腹を立てる必要はないのです。「人よりも先になりたい、上に立ちたい」という願望がいかに強いかを感じさせられます。そこから自由になることは簡単ではないのです。

  (3) 「異邦人」は「あなたがた(弟子たち)」と対比させられていますから、ここでは「神やキリストを知らない人々」の意味だと言えるでしょう。「支配し」「権力を振るっている」は明らかに悪い意味で、人々を苦しめる権力の乱用のことです。
 「仕える者」はギリシア語で「ディアコノスdiakonos」です。「仕える」は「人のために働くこと」を表す言葉です(なお今のカトリック教会で使われる「助祭」という言葉の原語がこれです)。「僕(しもべ)」はギリシア語では「ドゥーロスdulos」で、こちらは働きの内容よりも「主人」との関係を表す言葉です。ここでは両方とも同じような意味で使われています。「仕える」「僕になる」ということには、「人のためにサービスする」という面がありますが、もう一つには「自分を低くする、自分を無にする」という面もあると言えるでしょう。

  (4) 45節には、新共同訳聖書では翻訳されていない「なぜなら」という言葉があります。ここで弟子たちが「仕える者」「僕」になるべき理由が示されるのですが、それはイエスご自身の生き方がそうだから、ということになります。この45節は、マルコ福音書の中でもっとも明確にイエスの使命と死の意味が語られる箇所です。
 イエスが来たのは「仕えるため」でした。これは生涯の最後の受難に向かう歩みだけでなく、これまでのイエスの歩み全体を貫く姿勢を表しています。「身代金」と訳された言葉はギリシア語で「リュトロンlytron」です。本来は奴隷を解放するために支払う代金のことを意味したので「身代金」と訳されています。しかし、この言葉はイスラエルの歴史をとおして、神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放した、その神の救いのわざを指すようにもなりました。イエスの死は人々を解放し、命に導くためのものなのです。
 なお「多くの人」という言葉は、日本語では「すべての人ではない」というニュアンスに聞こえてしまうかもしれません。しかし、元のアラム語では「すべての人」の意味も含まれているそうです。イエスの十字架がもたらす救いを特定の人だけに限定して考えることはできないでしょう。

  (5) マルコは生き方全体から死だけを切り離して、そこに意味があるというのではなく、イエスの死を「仕える」というイエスの生き方の頂点として示しています。このことは大切です。だからこそ、マルコはイエスのなさったこと一つ一つをていねいに伝え、その生き方をわたしたちがしっかり見つめるように促しているのだ、と言えるでしょう。
 「仕える」「僕になる」という生き方は、現代では流行(はや)らない生き方でしょうか。わたしたちの社会は、「人は皆、平等であり、皆、上昇志向があり、だから競争に勝つことが大切で、結局勝った者が得をする」という社会だと言えるかもしれないからです。イエスはそのような考え方、生き方に挑戦してきます。「仕える者になる」「僕になる」という生き方の中にこそ、もっと豊かな神とのつながり、人とのつながりがあるのだ・・・。わたしたちはこのイエスの言葉をどのように生きることができるのでしょうか?

投稿者 ct : 14:40 | コメント (0)

2006年10月15日

年間第28主日 (2006/10/15 マルコ10・17-30)

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 マルコ福音書の2回目の受難予告(9・31)の後、受難の道を歩むイエスに従うとはどういうことかを示す言葉や物語が続いています。きょうの箇所の冒頭の「イエスが旅に出ようとされると」はガリラヤからエルサレムへの旅のことです。ここでは、「イエスに従う」ということが、よりはっきりとしたテーマとして現れています。

福音のヒント

  (1) ある人がイエスに「善い先生」と呼びかけ、教えを乞います。この人はイエスの素晴らしさを認め、その教えを聞こうとしてイエスに近づいてきたようです。しかしイエスはなぜか「善い」という言葉にこだわります。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」(18節)。イエスは「善い者」であるはずですから、不思議な感じもありますが、イエスはここで、ご自分にではなく、次節の神の掟にこの人の心を向けさせるために、あえてこのように言っているのかもしれません。
 19節の「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」は十戒の言葉です(出エジプト記20・12-16、申命記5・16-20)。十戒は神に救われた民の神との関係、他の人との関係の根本を規定したものですが、ここではその後半の人間関係についての掟が引用されています。この人は「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言います。この人は道徳的に立派な人だったと言えるでしょう。
 イエスはこの人に対して「あなたに欠けているものが一つある」(21節)と言い、財産をすべて貧しい人に施し、イエスに従うことを求めます。この厳しさはなんでしょうか。イエスご自身が受難への道を歩み始めていることと関係があるのでしょうか。
 イエスの要求の厳しさは、精一杯受け止めるべきでしょう。実際に2000年のキリスト教の歴史の中で、多くの人がこのようなイエスの呼びかけに応えようとしました。キリスト教とはそういう人々の歩みそのものだと言ってもよいのです。

  (2) ただし、だからと言ってイエスの呼びかけに応えられない自分はダメだと決めつけるべきでもないでしょう。イエスはこの金持ちの男のすべてを否定したとは思えません。「慈しんで」(21節。ギリシア語で「アガパオーagapao」)という言葉には、イエスの深い愛が感じられます。イエスはすべての人にこのような要求をしているわけでもありません。ルカ19・1-10に徴税人の頭(かしら)で金持ちであったザアカイの物語があります。ザアカイはイエスに出会い、救いを受け取ったとき、「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します」と言いました。イエスはザアカイのこの決意を良しとしています。なぜ、きょうの箇所ではすべてを捨てて、貧しい人に施す、ということが要求されているのでしょうか?

  (3) イエスはこの男に「あなたに欠けているものが一つある」(21節)と言います。それはこの人の生き方の問題に気づかせるためだったのではないでしょうか。イエスの言葉を聞いて、彼は「悲しみながら立ち去」りました。こうして、彼が「自分の財産」を頼りにしていたことが明らかになってしまうのです。
 25節の「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」という言葉は、もちろん、それが不可能だ、という意味です。これを聞いて、弟子たちは驚き、「それでは、だれが救われるのだろうか」と言います。当時のユダヤ人にとって、財産は神からの祝福のしるしでした。また、ある程度の財産があり、生活に余裕があったほうが、律法に忠実な生活を送れるという考えもあったでしょう。イエスはそのような考えとまったく違うことを言っています。なぜでしょうか。それはもちろん、財産があれば、自分の財産を頼りにして、神に信頼する生き方を見失うということを意味しているのでしょう。

  (4) イエスが常に指し示していたのは、すべての人の父(アッバ)である神への信頼に生きることでした。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」(27節)という言葉は当たり前のことを言っているようですが、実は大切なことを言っています。救いの根拠は「人間にできること」ではなく「神の愛」なのです。ここに登場した金持ちの人は、永遠の命を得るために「自分に何ができるか」ということを考えていました。それは「富や功績があり、その上何をすれば」という「人間にできること」の世界でした。イエスが「善い」という言葉を退けたのも「自分の善い生活」を自負したこの人に、それが本当に頼りになるものではない、と気づかせるためだったのかもしれません。この人に必要だったのは、神に信頼し、兄弟の必要に心を開くことだったのです。
 ザアカイの場合は、罪びとの自分を愛してくださるこの神の救いをイエスとの出会いによって知りました。だから、感謝と喜びのうちに財産を手放す決意をしたのです。
 
  (5) ペトロは「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」(28節)と胸を張ります。イエスはご自分に従う者の受ける報いを約束しますが、「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」(31節)とも言います。ここでもほんとうは人間の功績の問題ではないのです。神はすべての人を愛し、救ってくださる方。だから、誰が一番ということではないのだ、ということになります。
 ところで29-30節で、捨てるものの中にあって、「今この世で」受けるものにないのは「父」です。これは、「父は天の父だけ」ということではないでしょうか。
 「捨てることによって、受ける」ということは言葉で説明できることではないでしょう。むしろわたしたちが実際に、福音のために何かを捨てたという経験があれば、そこでもっと豊かなものを受けたという体験もあるのではないでしょうか。
 福音は自分を誇ったり、自分を責めたりするためにあるのではありません。わたしたちをより豊かな生き方に招くためのものです。わたしたちが本当に頼りにしているものは何でしょうか? 今のわたしにとって、イエスに従うとはどういうことなのでしょうか? 

投稿者 ct : 16:59 | コメント (54)

2006年10月08日

年間第27主日 (2006/10/8 マルコ10・2-16)

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 マルコ福音書では、2回目の受難予告(9・31)の後に、イエスのさまざまな行動や言葉が伝えられています。先週の箇所(9・38-50)に続くきょうの箇所では、当時、社会的な立場・評価の低かった女性と子どもに対するイエスの態度が示されています。ここには、イエスがいのちがけで伝えようとした父(アッバ)である神の心がよく表れていると言えるでしょう。

福音のヒント

  (1) イエスの時代の「離縁」の問題と現代の「離婚」の問題は同じではありません。圧倒的な男性優位の社会でしたから妻の側からの離婚の申し出や協議離婚などありえず、「離縁」といえば、それは一方的に「夫が妻を離縁すること」だったのです。
 この「離縁」について、申命記にはこう規定されていました。「人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる」(申命記24・1)。この律法は「離縁」のために2つの条件をつけています。1つは「何か恥ずべきことを見いだし」です。夫が妻を離縁するためには、妻の側に明らかな落ち度がなければならないのです。もう1つは「離縁状を書いて彼女の手に渡し」で、これは追い出された女性に再婚の可能性を保証することでした。ただ家を追い出されただけでは、前の夫との関係が切れていないので、再婚できません。男性優位の社会の中で女性が一人で生きていくのは、非常に困難なことでした。そこで、追い出される女性にせめて再婚の可能性を保証することが求められたのです。これは紀元前のイスラエル社会の中では、女性の立場を少しでも守ろうとしている規定だと言えます。

  (2) ところで、イエスの時代、律法学者の間にヒレル派とシャンマイ派という有力な2派があったことが知られています。この箇所についての解釈はこの2派で分かれていました。シャンマイ派は「何か恥ずべきこと」を妻の側の異性関係の問題と解釈したのに対して、ヒレル派は「何か」と「恥ずべきこと」を分けて読み、この「何か」にはもっといろいろなことが含まれるとしました。有名な例は「夫の食べ物を過って焦がしてしまう」というのがあります。つまり、妻のどんな小さな落ち度でも、夫が気に入らないとなれば、離縁する正当な理由になるのです。一般にこのヒレル派の解釈が通用していました。だから、きょうの箇所でイエスの対話の相手も「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」(4節)と言い、「何か恥ずべきこと」という条件は無視しています。「離縁状さえ書けば、妻を離縁してよい」これが当時の一般的な考えでした。律法学者は皆、男性でした。何百年かの間に、この律法は男性に都合のいいように解釈されていったのです。

  (3) イエスは当時の社会の中で、夫に追い出され、路頭に迷う多くの女性たちを見ていたのでしょう。断固として離縁に反対します。神の心は、夫が妻を離縁することを許すことではない、とイエスは主張します。そして、モーセの時代よりもさかのぼり、人間の創造の物語について語ります。「神は人を男と女とにお造りになった」(6節)は創世記1・27の引用です。神にかたどって創造された男女が神の前に対等であることを語る箇所です。「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」(7-8節)は創世記2・24の引用です。そして結論として、イエスはこう言います。「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」(9節)。
 妻とは何か? それは神が与えてくださったかけがえのないパートナーではないか。妻を自分の都合がよければ家に置いておき、都合が悪くなれば追い出せるようなものと考えるのはおかしいではないか・・・ということでしょう。イエスは律法の規定や結婚という制度を守ろうとしているのではなく、その中に生き、苦しんでいる一人ひとりの人間(ここでは弱い立場にいた当時の女性たち)を守ろうとしているのではないでしょうか。このように見るとイエスの言葉は「新しい律法」ではなく、まさに「福音」(よい知らせ)なのです。

  (4) 11-12節は一般的に離婚を禁じる言葉ですが、ここには「妻を離縁して他の女を妻にする者」(つまり男性)だけでなく「夫を離縁して他の男を夫にする者」(女性)のことが書かれています。これは前に述べたように、イエスの生きていたユダヤ社会ではありえないことでした。しかし、初代教会が地中海沿岸に広がる中では、このような地域もあったと考えられます。こう考えると、これはイエスご自身の言葉ではなく、初代教会の人々がイエスの言葉を受け取って、それを厳格に守ろうとする中で、付加された言葉のようです。
 初代教会の人々は、イエスの言葉を「新しい掟」として受け取りました。キリスト教は結婚の絆を非常に重要視し、神聖なものと考えるようになりました。それは確かに古代社会一般の中で女性の立場を守る役割を果たしたと言えるでしょう。しかし、掟には危険があります。「掟さえ守ればいい=離婚さえしなければいい」となってしまう危険です。本来のイエスの言葉の意味は「離婚してはいけない」という掟ではなく、結婚とは、互いに相手を神が結び合わせてくださったかけがえのない相手として大切にすることではないか、ということだったのではないでしょうか。

  (5) イエスの時代のユダヤでは子どもは「無能力者」の代表でした。人間として価値を認められるのは、律法を学び行なうことであり、この基準からすれば、無知で無力な子どもは無価値であると見なされていました。イエスの弟子たちでさえ子どもたちを追い払おうとしたのは、そういう社会だったからです。イエスは違います。14節「神の国はこのような者たちのものである・・・」。アッバ(父)である神は人の能力や功績にかかわらず、すべての人を愛し、それゆえ小さく無力な者に目を注いでくださる。人は誰でもその神の愛を恵みとして受け入れ、信頼をもって自分をゆだねていくのが本来のあり方ではないか!
 イエスはわたしたちの人に対する見方に挑戦してきます。「自分にとって都合がいいかどうか、どれだけ役に立つか」という見方ではなく、目の前の人を神が出会わせてくださった人、同じ神の子ども・自分の兄弟として見るべきではないか、ということです。

投稿者 ct : 11:25 | コメント (0)

2006年10月01日

年間第26主日 (2006/10/1 マルコ9・38-43,45,47-48)

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 先週の箇所(マルコ9・30-37)でイエスは2回目の受難予告をし、ご自分の十字架の道に弟子たちを招きました。先週の箇所では「仕える者になりなさい」「子どもの一人を受け入れる」ということが言われていましたが、それに続くきょうの箇所でも、イエスに従う弟子たちの生き方が示されると考えたらよいでしょう。つまり、ここには、弟子たちの生き方についての教えだけでなく、イエスご自身の十字架の道がどのようなものであるかということも示されていると言えそうです。

福音のヒント

    (1) 「ヨハネ」はもちろん、ヤコブの兄弟である弟子のヨハネです。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました」(38節)。イエスの名を使って悪霊を追い出す、しかし、自分たちとは歩みを共にしない、これはイエスの地上での活動の時代よりも、後の教会の時代の中にありそうな問題です。イエスは弟子たちの狭いグループ意識を批判します。「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである」という言葉はイエスの非常に広い、開かれた心を示しています。これは、イエスが十字架に向かう中で、敵意や憎しみを受け止め、すべての人を愛し続けた姿とつながります。ルカ9・50にも同様の言葉があります。 
 一方、マタイ12・30とルカ11・23には、まるで正反対のような、「わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている」(マタイ)という言葉があります。これらの箇所は「悪霊」につくか「神の霊」につくか、の二者択一を迫る文脈なので、厳しい言葉になっているようです。

  (2) マルコ9・41「キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」という言葉も、狭いグループ意識に凝り固まらないイエスの心を示しています。
 これと似た言葉をマタイは違う文脈の中で伝えています。「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(マタイ10・42)。マタイのほうは、弟子たちを派遣するにあたって、弟子たちが迫害を受けることを予告する、という文脈の中でのことです。マタイの「小さな者」は迫害されているキリスト信者のことだと言えるでしょう。マルコの箇所の「あなたがた」は、より一般的にイエスの弟子たちのことを言おうとしているようですが、やはりそこには迫害されている「小さな者」であるキリスト信者のイメージがあるかもしれません。なぜなら続く42節にはやはり「小さな者」のことが語られているからです。41節と42節を苦しむ人々への態度を示す言葉として、内容的につながるものとして読むこともできるのでしょう。

  (3) きょうの箇所全体を一つの教えと考えることは難しいようです。37節の「子供」、41節「キリストの弟子」と42節「小さな者」がイメージとしてつながり、42節の「つまずかせる」と43、45、47節の「つまずかせる」が言葉の上でつながっていますが、内容的には別なことを述べています。さらに、きょうの箇所の後、50節までも「地獄」「火」「塩」という言葉でつながっているだけで、内容的にはそれぞれ別な教えだと考えられます。
 どうしてこのようなことがあるのでしょうか? イエスの言葉は最初から文字に書きとめられたのではなく、口伝えで語り継がれていきました。人々の記憶にたよっていたので、このように、言葉やイメージ、あるいは似ている文章構造によって短いイエスの言葉が結び合わされ、記憶しやすい形で伝えられていったのだと考えられます。もちろん、内容的にもまったく無関係な言葉とは考えられません。これらの言葉全体は、イエスの弟子にふさわしい生き方を指し示す言葉として大切に伝えられていったのでしょう。

  (4) 「つまずかせる」は本来、「人の歩く道に罠を仕掛ける、道に障害物を置く」という意味です。「罪に誘う、神への道から引き離す」という意味に受け取ればよいでしょう。ただし、42節の「つなずかせない」は、もっと一般的に「小さな者を軽んじ、小さな者に悪いことをしないように」という警告の言葉だと受け取ったほうがよいかもしれません。イエスの目はいつも「小さな者」に注がれていました。同じように「小さな者」を大切にすることが弟子たちに求められるのです。
 43節以降の「手があなたをつまずかせる」「片方の足が・・・」「片方の目が・・・」は非常に強い言い方です。実際に手や足や目が人に罪を犯させるのではありませんし、もしそうだとしても手や足や目を取り去ることは考えられません。これは明らかに誇張された表現で、「自分のつまずき」つまり「自分を神から引き離し、罪に誘うもの」を一切捨て去るようにという強い警告です。「地獄」と「命・神の国」の対比も警告を強めるためですし、同じような警告が3度繰り返されるのも、この警告の厳しさをより強めています。
 なお、新共同訳聖書のこの箇所を見ると、44、46節は省かれていて、そこに短剣のような記号「†」が付けられています。これは新共同訳が元にしたギリシア語聖書(底本)で省かれている箇所の印です。写本によってはこの二箇所には「地獄では蛆(うじ)が尽きることも、火が消えることもない」という48節と同じ言葉があるのですが、現代の学者は本来のマルコ福音書になかったと考えています。写本が書き写されていく中で、3つの警告の形を統一するために付け加えられていったようです(なお、この言葉はイザヤ66・24の引用)。
 とにかく、ここではわたしたちに向かって、罪から絶縁するという厳しさが求められていることになります。ただし、それは、日常の小さな罪から離れるということよりも、神と人への愛からわたしたちを引き離す決定的な罪の誘惑(=つまずき)のことと考えてもよいのではないでしょうか? 43節以下が42節と内容的なつながりがあるとするならば、「小さな者を軽視し、小さな者の歩む道を邪魔する」という心のあり方こそが、もっとも重要な罪の問題だと言えるかもしれないからです。
 わたしにとって「小さな者」とは、「わたしをつまずかせるもの」とは何でしょうか?

投稿者 ct : 15:58 | コメント (3)

2006年09月24日

年間第25主日 (2006/9/24 マルコ9・30-37)

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 先週の箇所は、いわゆる「ペトロの信仰告白」と「最初の受難予告」の箇所(マルコ8・27-35)でしたが、きょうは少し飛んで、2回目の受難予告と言われる場面です。マルコ福音書の3回の受難予告では、いつも同じパターンがあります。  (i) イエスはご自分の死と復活を弟子たちに予告する。  (ii) 弟子たちはそれを理解できず、見当はずれなことを考えている。  (iii)イエスはその弟子たちにご自分の受難の道の意味を語り、弟子たちを同じ道に招く。  この2回目の受難予告でも同じパターンが見られます。

福音のヒント

   (1) 弟子たちは「途中でだれがいちばん偉いかと議論し合って」いました。「何を議論していたか」と問われても彼らは「黙って」います。それがイエスの考えや生き方と合わないことを知っていたからです。情けない弟子たちの姿です。この弟子たちに向かってイエスは「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(35節)と言われます。これは3回目の受難予告の後の言葉とよく似ています。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ10・43-45)。9・35の言葉も一般的な教えというより、イエスの受難の道に弟子たちを招く言葉なのです。
 「人よりも先になりたい、上になりたい、偉くなりたい」という思いから自由になることは難しいことです。弟子たちは、実際にイエスの受難と死の姿に接することによって、そこから解放されていきました。わたしたちはどうしたら解放されるのでしょうか? 
 
  (2) ここまでの話と37節の子どもについてのイエスの言葉「子供の一人を受け入れる者は・・・」はうまくつながらないように感じられるのではないでしょうか。マタイやルカもそのように感じたようです。平行箇所(同じような話を伝える箇所)で、マタイ18・4では「自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ」という言葉が加えられていますし、ルカ9・48では「あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である」という言葉が加えられています。もしかしたら、マルコ福音書は「子どものようになること(=子どもであることを受け入れること)」と「子どもを受け入れること」を区別していないのかもしれません。
 マルコ福音書では、年間第27主日に読まれる10・13-16にも子どもが登場します。そこではこう言われています。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」。子どもに関するイエスの言葉はいろいろな形で伝えられていったようです。マルコはたまたまその一つをきょうの箇所で伝えているという見方もできるでしょう。

  (3) だとしたら、36-37節は前の部分と切り離して受け取ることもできるでしょう。「子どもを受け入れる」とは本来どういうことでしょうか? これと似ている表現は、福音書の次のような箇所にも見られます。
 「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。・・・はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(マタイ10・40,42)。ここでは、迫害を受けているイエスの弟子に対する態度のことが問われているようです。
 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25・40)。ここでは「飢えている人、のどが渇いている人、旅をしている人、裸の人、病気の人、牢にいる人」が「最も小さい者」と呼ばれています。
 イエスの時代、人間は律法という基準でその価値をはかられていました。当時の社会では、子どもは「無能力者」の代表で、子どもであること自体には価値がないと考えられていました。一人前の人間は律法を学び、律法を忠実に守る人間だ、という考えで人間を評価すれば、子どもであるということは、欠陥でしかなかったのです。迫害されている弟子や助けを必要としている小さな人々と「子ども」のイメージはつながっています。この人々を大切にすることこそが、イエスと神を大切にすることだということになるでしょう。

  (4) 現代の子どもたちはイエスの時代の子どもたちとは違って律法の基準ではかられているわけではありません。しかし、「どれだけ役に立つか」という経済的基準ではかられている面はあるのではないでしょうか。「少子化」の問題が叫ばれる中で、子どもの数がもっと必要だと言われます。しかしそれは、社会の安定のため、今の大人のために役に立つものとして子どもの数を必要としているに過ぎないのではないでしょうか? 大人の都合(役に立つか、立たないか?)で子どもを見る見方は、極端な場合、子どもたちを欲望の道具にしてしまったり、犯罪や虐待の対象にしてしまうことだってありうるのです。
 子どもに対するイエスの見方は、当時の社会の一般的な見方とも現代の産業社会の見方とも違っていました。イエスは人間を律法の基準や経済的価値で見ることをせず、すべての人を神の子として見ました。父である神はすべての人を愛し、特に小さい者に目を注がれる方です。そこで、子どもの小ささと無力さ、そしてその子どもが示す「絶対的な信頼」(子どものように神の国を受け入れること)は、神の前で、だれもが本来そうあるべき姿(ある意味での理想・模範)だということになります。
 わたしたちはどうしたら、自分自身の小ささや無力さを受け入れることができるのでしょうか? また、わたしたちがイエスの眼差しをもって子どもを受け入れるとは本当にどういうことなのでしょうか?

投稿者 ct : 15:23 | コメント (0)

2006年09月17日

年間第24主日 (2006/9/17 マルコ8・27-35)

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 耳が聞こえず口のきけない人をいやした先週の箇所(マルコ7・31-37)からは少し飛んでいます。きょうの箇所は、いわゆる「ペトロの信仰告白」と「最初の受難予告」の場面です。ガリラヤでのイエスの力強い活動を伝えるマルコ福音書の前半(1・1~8・30)と十字架と復活への道を歩む後半(8・31~16・8)のターニングポイントとも言える重要な箇所です。

福音のヒント

  (1) この出来事の起こった場所は「フィリポ・カイサリア地方」です。「カイサリア」は「ローマ皇帝(カエサル)」から取られた名ですが、地中海沿岸にある町「カイサリア」と区別するために「フィリポ・カイサリア」と呼ばれました(フィリポはヘロデ大王の息子の名)。ガリラヤ湖に北から注ぎ込むダン川の源流にあたる異邦人の地であり、異教の神パンの神殿がありました。この出来事が異邦人の土地で起こったことに特別な意味があるのでしょうか。イエスは一時的に活動の地であるガリラヤを離れて、これから先の道を確かめようとしていたのではないか、という見方もあります。あるいは、ローマ世界の真っ只中でイエスへの信仰を生き、そして迫害を受けていたマルコの教会にとっては、この状況に親しみが感じられたという考え方もあります。

  (2) 「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」というイエスの問いかけに答えて、当時の人々のイエスについてのうわさが紹介されています。このようなうわさは、6・14-15にも伝えられていました。「洗礼者ヨハネ」は6章でヘロデ・アンティパスによって殺されています。「エリヤ」は北イスラエルの有名な預言者で、紀元前9世紀の人です。列王記下2章で、生涯の終わりに生きたまま天に上げられたと伝えられています。そこでエリヤは決定的な神の介入のときに、再び天から遣わされると信じられるようになりました(マラキ3・23-24参照)。もちろん、マルコにとってこのようなうわさはイエスを正しく理解しているとは言えないものです。 
 イエスは次に弟子たちに向かって、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と問いかけます。ずっとイエスと共に歩み、イエスのなさることを見てきた弟子たち自身の判断を迫るのです。その時、「あの人はこう言っています」とか「この人にこう教えられました」ではなく、自分の判断として、自分とイエスのかかわりの中で、自分にとってイエスという方はどういう方なのかを答えなければならないのです。これは、わたしたち一人一人への問いかけだとも言えるでしょう。

  (3) 「あなたはメシアです」の「メシア」はギリシア語原文では「クリストスchristos(=キリスト)」です。「メシア」はアラム語ですが、どちらも「油注がれた者」を意味する言葉です。本来はイスラエルの王が即位するときに油を注がれました(祭司や預言者の場合もあります)。油を注ぐことは神からの特別な使命が与えられ、その使命を果たすための力(神の霊)が与えられることのシンボルでした。「油注がれた者」は、神から遣わされる決定的な「救い主」を意味するようになっていきました。新共同訳の新約聖書は「クリストス」という言葉が救い主の称号として使われている箇所は「メシア」、イエスの固有名詞のように使われている箇所は「キリスト」と訳し分けています。
 ペトロはイエスのこれまでの活動を見てきて、イエスをキリスト(救い主)であると宣言しました。もちろん、これは正解です。しかし、イエスはここでそのことを口止めしています。それは、ペトロの思い描いていたキリストの姿が「栄光に満ち、この世で勝利を収める王」であり、受難のイエスの後に従う姿勢が欠けていたからでしょう。

  (4) 31節は「受難予告」と呼ばれるものの最初のものです。「必ず・・・なっている」はギリシア語では「デイdei」という非人称動詞が使われていて、「・・・ねばならない」とも訳されます。単なる必然を表すというよりも、神が定めたことを表す表現です。
 この受難予告を特別な未来予知能力によるものと考える必要はないでしょう。イエスの活動は多くの人々に信頼と希望を取り戻させましたが、一方ではユダヤの指導者層からの反発と敵意も高まっていたからです。また、神は従う者を決して死の中に見捨てない、という復活への確信と希望をイエスの時代の人が持つことも自然でした。なお「三日」は正確な日付を表すのではなく、「短い期間」を表す一つの表現だと考えることができます。
  31節の「人の子」という言葉は本来、人間一般を指す言葉でしたが、ダニエル7・13-14「夜の幻をなお見ていると、/見よ、『人の子』のような者が天の雲に乗り/『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み 権威、威光、王権を受けた」という箇所のため、特別な意味を持つようになりました。それは最終的に神から遣わされる栄光に満ちた審判者・救済者という意味です。もちろん、旧約聖書には「受難の人の子」という考えはありませんが、マルコはイエスの受難と「人の子」を結び付けます。そこには人間としてすべての人と連帯しているイエスの姿、人間としての苦しみをとことん味わわれた(だからこそすべての人の救いとなる)イエスの姿を見ることもできるのではないでしょうか。

  (5) ペトロは、自分の考えるキリスト像に合わないことを言うイエスをたしなめます。もちろんイエスの無事を願ってのことでもあります。それに対するイエスの言葉、「サタン、引き下がれ」は厳しい言葉です。サタンは人間を神から引き離す力のシンボルと考えればよいでしょう。神に従う道としての受難の道からイエスを引き離そうとすることはサタンの働きなのです。続いて、イエスはご自分の十字架への道に弟子たちを招きます。十字架刑に処せられる人は処刑場まで自分の十字架を担いで行きました。「十字架を背負う」は死そのものというよりも、死に至る苦しみと辱めを意味しているようです。わたしたちにとって「自分の十字架を背負ってイエスに従う」とはどういうことでしょうか?
 なお、「命を救う」「命を失う」というときの「命」は、この世の命と永遠の命の両方の意味で用いられています。

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2006年09月10日

年間第23主日 (2006/9/10 マルコ7・31-37)

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 ファリサイ派・律法学者と「汚(けが)れ」について論じ合った先週の福音(マルコ7・1-23)の後、イエスはティルスという異邦人の地に行きます。そこで異邦人の女と出会い、彼女の娘をいやしますが、同じ話はA年にマタイ福音書から読まれる(マタイ15・21-28)ので、ここでは省略されているようです。イエスに対して批判的なファリサイ派・律法学者の姿と、イエスに出会い、イエスによって信頼と希望を取り戻していく異邦人・障害者・貧しい人々の姿が対比されていく中で、マルコ福音書は前半の頂点とも言えるペトロの信仰告白(8・29)へと向かっていきます。その中できょうのいやしの物語が伝えられています。

福音のヒント

    (1) 「ティルス」はガリラヤ地方より北の地中海に面した町で、「シドン」はそれよりもさらに北にあります。「デカポリス地方」はガリラヤの南東に位置していますから、マルコの描くイエスの行程には少し無理があります。挙げられている地名はいずれも異邦人の土地ですから、マルコはガリラヤを中心にしたイエスの広い活動地域を示そうとしているだけかもしれません。ただし、マルコ7・24には「イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられた」とありますから、積極的に神の国の福音を告げるために異邦人の地に向かった、とは考えにくいでしょう。なぜイエスがこれらの地方に行かれたのかはよく分かりません。なんにせよ、ここでイエスは再びガリラヤ湖に戻ってきました。これはガリラヤ湖東岸のデカポリス地方(異邦人の土地)のことでしょうか。それとも北西岸のガリラヤ地方(ユダヤ人の土地)のことでしょうか。どちらとも取れますが、きょうの話は特に異邦人の間で起こった話だと考える必要もなさそうです。

  (2) この箇所でイエスは自ら病人を見つけ出していやすのではなく、人々が病人をイエスのもとに連れてきていやしを願います。これは多くのいやしの物語に共通していることです。またここで「イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し」(33節)とあります。さらに「イエスは人々に、だれにもこのことを話してはいけない、と口止めをされた」(36節)とも言われています。イエスは治癒の奇跡を人に見せびらかして名声を得ようとはせず、むしろこのような奇跡によって自分を理解されたくないと考えているようです。
34節の「深く息をつき」はイエスの心の激しい動きを表していますが、ローマ8・23,24では「うめく」と訳されている言葉です。これは苦しみの中で救いを求めて叫ぶことです。だとすると、イエスが目の前の人の苦しみに深く共感し、その人のうめきと一つになって自分もうめくところからいやしが起こるのだと言えるかもしれません。イエスが行なった数々の「いやし」はすべてこのようなことだと考えてもよいのではないでしょうか。

  (3) 33節「指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた」は民間に伝わるいやしの物語によく見られる動作だったようです。ここで特徴的なのは「エッファタ」というイエスの言葉でしょう。イエスの言葉がアラム語のまま伝えられている箇所は他にもありました。たとえば、マルコ5・41の「タリタ・クム(少女よ、起きなさい)」です。おそらく聞いていた人々の耳に強烈に残る声であり、響きであったので、これらの言葉はアラム語のまま伝えられたのでしょう。マルコはこれらの言葉を、現実に働きかけて現実を変える、神の子の力ある言葉として伝えています。
 イエスは聞こえない耳に向かって「エッファタ」と呼びかけました。他の人々は「この人の耳はどうせ聞こえない」と思っていたのでしょうが、イエスは、自分の語りかけが必ずこの人に届くという信頼と希望をもって語りかけるのです。このイエスの信頼と希望がこの人に伝わり、この人は変えられていったとも言えるのではないでしょうか。わたしたちは、このようなイエスの力強い呼びかけを聞くことができるでしょうか。
 
  (4) 37節「この方のなさったことはすべて、すばらしい」という群集の反応は、創世記1・31「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」を思い出させるかもしれません。これは神の天地創造の業(わざ)の結びにある言葉です。「耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」は、イザヤ35・5-6「そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う」が背景にあるようです。こちらは神の救いが実現する時の有り様を語る預言者の言葉です。マルコは群集の口をとおして、神の創造と救いの業(わざ)が、神の子であるイエスの上に実現しているということを伝えようとしているのでしょう。

  (5) きょうの話と8章の盲人のいやしの話はマルコ福音書だけが伝える話です。マタイやルカはこのような素朴ないやしの物語に興味を示さなかったのかもしれませんが、マルコはこれらの話を大切に伝えようとします。マルコの文脈をよく見ると、これらの話は特別な意味があるようにも思えます。次のようなつながりを見てみましょう。
  7・31-37 耳の聞こえない人のいやしの物語
     8・18 「目があっても見えないのか耳があっても聞こえないのか」という言葉。
  8・22-26 目の見えない人のいやしの物語
 そしてこの直後に、8・27-29のペトロの信仰告白「あなたはメシア(キリスト)です」があります(次週の福音)。このように見ると、2つのいやしの物語は単に肉体的ないやしがテーマであるというよりも、イエスについての理解・悟りを表す象徴的な意味を持っているのではないかと考えられます。弟子たちもこの人々のようにイエスに触れて心の目と耳が開かれていかなければ、イエスのことを本当に理解することはできない、とも言えますし、これらの箇所でいやされた人の中に、イエスを知るという、弟子のあるべき姿が示されている、とも言えるでしょう。わたしたちはどうでしょうか?

投稿者 ct : 11:59 | コメント (0)

2006年09月03日

年間第22主日 (2006/9/3 マルコ7・1-8,14-15,21-23)

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 年間第17~21主日までの5週間にわたってヨハネ福音書6章が読まれてきましたが、きょうから再びマルコ福音書の朗読に戻ります。年間16主日はマルコ6・30-34でしたが、その後、マルコ福音書は、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与え、湖の上を歩いて舟をこぎ悩んでいた弟子たちに近づき、さらに、多くの病人をいやしたイエスの姿を伝えています。そして、きょうの箇所になります。直前に出てくる地名は「ゲネサレト」で、これはガリラヤ湖の北東岸の町の名です。

福音のヒント

  (1) マルコ福音書では、イエスの活動はずっとガリラヤ地方を中心に行なわれていて、ただ生涯の最後にイエスはエルサレムに行き、そこで十字架にかかって死ぬことになります。ヨハネ福音書ではイエスは活動中に何度かエルサレムとガリラヤを行き来していますし、エルサレムでの活動も伝えられています。マルコは、神の国を告げるイエスの活動の場であった「ガリラヤ」とイエスを十字架につけた町である「エルサレム」を対比させている、という見方もできるでしょう。ここでも、「エルサレムから来た」という言葉に、その人々がイエスに敵対的な人々であるという意味が込められているようです。

  (2) ファリサイ派は律法を熱心に学び、厳格に守ろうとしていたユダヤ教の一派でした。彼らは、律法学者たちが何世代もかけて作り上げてきた律法解釈を大切にしていました。それがこの箇所では「昔の人の言い伝え」(3節)と言われているものです。イエスの時代には文字に書かれることなく、律法学者たちが口伝えで受け継いできたので「口伝律法」と呼ばれています。なお、これが後の時代に「ミシュナ」や「タルムード」という膨大なユダヤ教文書になって現代まで伝えられていくことになりました。
 「ファリサイ」という言葉の本来の意味は確かではありませんが、一説によると「分離する」という言葉から来ていて、「律法を知らない汚(けが)れた民衆から分離した者」あるいは「罪や汚れから分離した者」の意味ではないかと考えられます。ファリサイ派は「清さと汚れ」に敏感でした。ここでいう「手を洗わない」は現代の衛生観念の問題ではありません。手を洗うのは、宗教的な清めのためです。なお、4節に「市場(いちば)から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない」とあります。「市場」は異邦人と接触する場であり、特に汚れを移されやすい場であると考えられていました。
 「汚れた」と訳されている言葉は、ギリシア語で「コイノスkoinos」です。この言葉は本来は「共通の」という意味でした。「交わり」とか「一致」と訳される「コイノニアkoinonia」という言葉はここから来ています。ファリサイ派にとって、特別に清められていないもの=「共通のもの」は皆汚れていたのです。

  (3) ファリサイ派の人々のイエスに対する批判は、イエスご自身の行動だけでなく、むしろイエスの弟子やイエスが関わっていた人々についてのことが多かったようです。ここでの「手を洗わない」という問題もそうですが、他にも「なぜ断食しないのか?」(マルコ2・18)、「なぜ安息日に麦の穂を摘むのか?」(2・23-24)といったイエスの弟子たちに対する非難が伝えられています。イエスの弟子たちは「無学な普通の人」(使徒言行録4・13)であり、ファリサイ的な敬虔さから程遠かったのでしょう。当時の宗教者の基準からは評価されないそんな弟子たちを、イエスはいつも弁護してくれました。
 しかしここには、ただ単に弟子たちへの思いやりというだけでなく、もっと根本的なイエスの生き方が表れていると言うべきでしょう。イエスは「分離」ではなく「交わり(コイノニア)」を重んじました。イエスにとってすべての人は「アッバ(父)である神の子」であり、その人間を「清いか、汚れているか」「正しい人か、罪びとか」で分けることよりも、すべての人を神の子として、この神との交わりの中に招き、人と人との兄弟姉妹としての交わりの中に招くこと、これがイエスの使命であり、メッセージだったのです。

  (4) 6-7節にはイザヤ29・13が引用されています。14-15節は、宗教的な清めにこだわっていた当時のファリサイ派に対する一般的な反論でしょう。イエスが問題にしているのは、さまざまな清めの儀式ではなく、人間の心のあり方です。21-22節では、心の中から出て人を汚すものとして、「みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別」が挙げられています。もちろん、どれも大きな問題ですが、特に「悪口、傲慢」というところに注目してもよいかもしれません。それはまさにきょうの箇所でのファリサイ派や律法学者の問題だからです。「自分たちは宗教的な清めのためにいつも努力している、それなのにイエスの弟子は手を洗わない!」そう言って、彼らは自分たちの優越感から他者を見下し、非難するのです。
 わたしたちの中にも同じ問題がないとは言えないでしょう。自分は真面目で熱心だと思えば思うほど、その基準を人に押し付けて、他人を「汚れた人間」「ダメなやつ」として裁いてしまう危険があります。それはイエスの心とどれほど遠いことでしょうか?

  (5) 省略されている箇所には次のような言葉があります。18-19節「すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる」。下線の部分は分かりにくい箇所ですが、「彼はすべての食べ物は清いと言われた」と訳すこともできます。そうだとすれば、これはイエスの言葉ではなく、マルコの解説でしょう。旧約聖書の律法には食べてよいものと食べてはいけないものについてのさまざまな規定(食物規定)がありました。しかし、初代キリスト教会はユダヤ教の食物規定を乗り越えていきます。それは異邦人をキリスト信者として受け入れるために必要なことでした。このことはイエス自身の教えにさかのぼることなのだ、とマルコは言いたいのではないでしょうか。

投稿者 ct : 11:47 | コメント (0)

2006年08月27日

年間第21主日 (2006/8/27 ヨハネ6・60-69)

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 年間第17主日から始まったヨハネ6章の朗読の結びです。ヨハネ6章は、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与えた出来事から始まって、パンをめぐるイエスと人々との対話が続いてきました。最終的に今日の箇所で、イエスの話を聞いた人々は、「実にひどい話だ」と言いますが、それは「わたしは天から降(くだ)ってきたパンである」(33-40節)、「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」(53節)というようなイエスの言葉を理解できなかったからだと考えられるでしょう。

福音のヒント

  (1) ヨハネ福音書は1世紀末か2世紀初めに書かれたと考えられています。紀元80年にユダヤ教のラビたちは、キリスト信者をユダヤ教の会堂から追放するという決定を下しました。もはやキリスト教とユダヤ教徒の対立は決定的になってしまった時代にヨハネ福音書は書かれました。この箇所の背景には、このような厳しいユダヤ教との対立、そしてその結果、キリスト者の中にユダヤ教に戻ろうとした人がいたことがあるのではないかと考えられます。福音書のイエスの言葉はテープレコーダーに記録されていたようなものではありません。ヨハネ福音書は長い年月をかけて、イエスを信じないユダヤ人との論争の中で、イエスの言葉を思い起こし、拡大していったと考えてよいでしょう。

  (2) 62節「人の子がもといた所に上(のぼ)る」はもちろん「天に上る、神のもとに上る」ことを意味しています。6章では「天から降(くだ)ってきたパン」という言葉が何度も繰り返されてきましたが、この言葉と対応しています。ヨハネ福音書において、イエスは「神のもとから来て、神のもとに帰る」(ヨハネ3・13、13・3、20・17参照)方なのです。またヨハネ福音書の「上る」は「天に上る」だけでなく、「十字架の木の上に上げられる」ということとも結びついています(3・14参照)。十字架の時は、イエスが愛である神の姿を完全に現し、愛である神と一つになる時だからです(ヨハネ13・1参照)。
 
  (3) 63節では「霊」と「肉」が対比されています。「霊肉二元論」という言葉がありますが、これは人間の中に「霊」と「肉」があってそれが対立する原理である、という考えです。聖書の中では霊や肉は人間を構成している2つの部分ではなく、人間の二通りのあり方を表す言葉だと言うべきでしょう。「肉」は神とのつながりのない人間のあり方を指し、「霊」とは神とのつながりの原理を指すのです。根本にはいつも、創世記2・7の「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」という生命観があります。人は神によって生かされたものであって、その人を生かす神とのつながりの原理が「霊(=命の息)」なのです。
 イエスの生涯と言葉のすべては、この神とのつながりこそが人を生かすものであることをはっきりと示していました。これを見失い、人間が自分の力に頼って生きようとすること(これが「肉」です)の中に本当の命はないのです。
 現代のわたしたちは人間の力、知恵、努力が重んじられる世界に生きています。ですから人間の弱さや限界というものはなかなか認められなくなっているかもしれません。しかし根本的に、人間には弱さや限界があり、それでも大きな力が自分を生かしてくださっている、というところにこそ信仰の世界は成り立っていると言えるのではないでしょうか。

  (4) 「イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである」(64節)とか「父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない」(65節)という言葉は、信じる人と信じない人を神が前もって決めている、という意味ではないでしょう。これらの言葉は、イエスを信じることは人間の力によるのではなく、神の恵みによるということを強調しているのです。「信じるか信じないかは人間の決断の問題だ」ということと「信仰は神の恵みだ」ということは人間の頭で考えると矛盾しているように思えます。しかし、その両方が真実であることをわたしたちは体験的に知っているのではないでしょうか?
 また、このような言葉は、神の計画に対する信頼の表れでもあります。すべては神の計画の中にあり、人間的に見て不条理なことや理解に苦しむことも実は神の大きな救いの計画の中にあり、人間が拒否しても裏切っても神の救いの計画は確実に実現に向かっているという信頼を表す言葉なのです。そして、イエスはこの神の計画全体に決定的な意味で参加している方なので、「最初から・・・知っておられた」ということになるのです。

  (5) 「このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった」(66節)。ここでいう「このため」は「これまでのイエスの説教全体を聞いてつまずいたため」という意味でしょう。このように多くの弟子が離れて行ったという記録は他の福音書にはありません。ここにも(1)で述べたような、ヨハネの時代の厳しい状況が反映しているのかもしれません。ともかく、これはショッキングな言葉です。わたしたちがショックを受けるのは、この言葉が他人事ではなく、自分たちの現実にもあてはまるかもしれないと感じるからではないでしょうか。わたしたちが「イエスから離れ、イエスと共に歩まなくなる」危険を感じるのはどんなときでしょうか?
 68-69節「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」。このペトロの答えは模範的です。もちろんわたしたちもそのように答えたいのです。しかし、こう答えれば○で、こう答えなければ×というふうに自分や他人を裁かないほうがよいでしょう。「あなたがたも離れて行きたいか」(67節)。わたしたちはいつもこの問いの前に立たされているのです。「父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない」とイエスが言われるとおり、この問いにペトロのように答えることができるとすれば、それは神の恵みによる以外にないでしょう。

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2006年08月20日

年間第20主日 (2006/8/20 ヨハネ6・51-58)

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 年間17主日で、イエスが5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与えた話(ヨハネ6・1-15)が読まれ、そこからパンについてのイエスとユダヤ人との間の長い対話が始まりました。きょうの箇所はその頂点とも言える箇所です。ヨハネ福音書は最後の晩さんの席での聖体制定を伝えていませんが、この箇所で聖体の豊かな意味を語ろうとしています。

福音のヒント

  (1) 51節は先週の箇所の結びでもありました。ここには「わたしが・・・パンである」と「わたしが与えるパン」という、似ていて少し違う表現が使われています。「わたしがパンである」はこれまでずっと語られてきたことですが、そのまとめとして、イエスを信じることの中にこそ永遠の命があるということが再度語られています。「わたしが与えるパン」のほうは「聖体」という新しいテーマの始まりと考えればよいでしょう。
 最後の晩さんでの聖体制定を伝えるマタイ、マルコ、ルカ、Ⅰコリントは「これはわたしの体である」というイエスの言葉を伝えていますが、ここでは「わたしが与えるパンとは、・・・わたしの肉のことである」と言われています。「体」ではなく「肉」という言葉が使われているのは「血」との対比を鮮明にするためでしょう。「肉を食べ」の「食べる」はギリシア語では「トラゴーtrago」という動詞が使われていますが、これは普通に食事をするというよりも、もっと生々しい表現です。「血」は6章のこれまでの対話にはない言葉で、ここで突然のように語られ始めます。もちろん、それはイエスの血である聖体のぶどう酒のことを意識しているからです。

  (2) 「血」については、レビ記17章に次のような規定があります。
 「10 イスラエルの家の者であれ、彼らのもとに寄留する者であれ、血を食べる者があるならば、わたしは血を食べる者にわたしの顔を向けて、民の中から必ず彼を断つ。11 生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。12 それゆえ、わたしはイスラエルの人々に言う。あなたたちも、あなたたちのもとに寄留する者も、だれも血を食べてはならない。13 イスラエルの人々であれ、彼らのもとに寄留する者であれ、食用となる動物や鳥を捕獲したなら、血は注ぎ出して土で覆う。14 すべての生き物の命はその血であり、それは生きた体の内にあるからである。わたしはイスラエルの人々に言う。いかなる生き物の血も、決して食べてはならない。すべての生き物の命は、その血だからである。それを食べる者は断たれる。」
 「血の中に命がある、だから決して食べてはならない」というのが律法の教えでした。ですから「わたしの血を飲む」というイエスの言葉は人々に衝撃を与えたようです(60節参照)。この言葉は、もちろん十字架で流されたイエスの血によって、人々が罪から解放され、永遠の命がもたらされた、ということ抜きには理解できない言葉です。イエスにとっては「血は自分の命であるからこそ、この血を飲ませ、命を与える」ということになります。

  (3) 56節の「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる」にはヨハネ福音書に特徴的な表現が見られます。「わたしの内におり」はギリシア語原文では「エン・エモイ・メネイen emoi menei」ですが、ここで使われている動詞「メノーmeno」は「とどまる」とか「つながっている」と訳されることもあります。ヨハネ15章でぶどうの枝がぶどうの木につながっているというときもこれと同様の表現が使われていて、15・1-9には繰り返しこの表現があります。次の箇所も典型的です。「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(14・20。ここでは動詞は省略)。これは「相互内在」とも言われるほど深い、互いの結びつきを表す表現なのです。
 57節の「生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる」にも、ヨハネ福音書の中で非常に重要な表現が使われています。「~ように~も」はギリシア語では「カトースkathos~カイkai~」と言いますが、次のような箇所に使われています。「父がわたしを愛されたように、わたしあなたがたを愛してきた」(15・9)、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしあなたがたを遣わす」(20・21)。父とイエスの関係が、イエスと弟子たちの関係に波及し、弟子たちの生き方を根本から新たにしていくのです。

  (4) このように見てくるとヨハネ福音書は、聖体のパンとぶどう酒をいただくことに魔術的な効果があるというよりも、聖体をいただくことはイエスと結ばれ、イエスによって生きることそのものを意味している、ということを強調していると言えるでしょう。この背景にはどんな現実があったのでしょうか? ヨハネの時代の教会の中に、聖体をいただくことを単なる儀式として軽んじる傾向があったのでしょうか? あるいは逆に、実際に聖体のパンとぶどう酒をいただきながら、それが単なる形式になってしまっていて、心からイエスに結ばれて生きていない人々がいたのでしょうか?
 結びの58節で「これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる」というときの「これ」「このパン」は、「わたしはパンである」というイエスご自身のことであり、同時に「わたしが与えるパン」すなわち「聖体」でもある、という両方の意味があるようです。イエスを信じることと聖体をいただくこと、この2つのことは別のことではなく、結局は1つのことなのだ、と言うのがヨハネの結論だと言えそうです。
 教会は聖体をいただくために信仰と罪のない状態が必要であると言ってきました。しかしそれはただ単に洗礼とゆるしの秘跡を受けているかいないか、という外面的な規則の問題ではなく、わたしたちがいつも信仰と愛によってイエスに結ばれて生きようとしているか、という問いかけなのだと受け取ったらよいのではないでしょうか。
  

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2006年08月13日

年間第19主日 (2006/8/13 ヨハネ6・41-51)

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 三年周期の主日のミサの聖書朗読配分で、今年(B年)は主にマルコ福音書を読む年ですが、その途中(年間17~21主日)にヨハネ福音書6章の朗読が入り込んでいます。今年は先週の8月6日が主の変容の祝日に当たっていたので、本来年間第18主日に読むはずのヨハネ6・24-35は読まれませんでしたが、きょうの箇所も年間第17主日に読まれた5つのパンと2匹の魚の出来事(6・1-15)に関係しています。

福音のヒント

   (1) ヨハネ福音書は1世紀末か2世紀の初めに書かれたと考えられています。紀元80年にユダヤ教はキリスト信者を会堂から追放するという決定をしました。ヨハネにとってはユダヤ人=ユダヤ教徒がキリストを受け入れないということは現実のことになっていました。ヨハネ福音書には「ユダヤ人」という言葉がたびたび使われていますが、イエスの時代のユダヤ人というよりも、キリストを受け入れないことが決定的になった時代のユダヤ教の人々を指すような表現です。この箇所での人々の反応も、ヨハネ福音書が書かれた時代のユダヤ人全般の反応だと考えたらよいでしょう。また、この箇所のイエスの言葉は、イエスが語った言葉そのものというよりも、長い年月をかけてイエスの言葉が受け継がれ、ユダヤ教に対するキリスト教の反論として拡大していったものだと見てもよいでしょう。

  (2) 「パン」はもちろん、人の命を生かすもののシンボルです。「天から降ってきた」というのは、人を真に生かすものは神から来るということを表しています。
 この箇所には「この世の命」と「永遠の命、復活の命」についてのいろいろな表現が見られます。聖書の根本的な生命観は、創世記2・7の「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」という箇所によく表れています。人は神とのつながりによって生きるものであって、神とのつながりを失ったらただ滅び行くものでしかない、という見方です。
 イスラエルの民の厳しい宗教的迫害(紀元前2世紀)の体験をとおして、この神とのつながりは、この世の命の中だけのことでなく、この世の命が終わった後、死を超えて完成されるという信仰が形作られました。それが「復活の信仰」です。
 一方、47節の「信じる者は永遠の命を得ている」は現在形になっています。これは死後の命について語っているのではなく、今、神とのつながりに生きるとき、そこにもう永遠の命が始まっているということを意味しています。「死なない」(50節)という言葉も、この世の命のレベルで死なない、という意味ではなく、「神とのつながりの中にある命は決して滅びない」ことを表しています。今もうすでにわたしたちが永遠の命を生きていると感じられるとしたら、それはどういうことでしょうか?

  (3) 49節に「マンナ」という言葉が出てきますが、この箇所全体の背景には旧約のマンナの話があります(なお、新共同訳の旧約では「マナ」と表記されています)。マンナはイスラエルの民がエジプトを脱出し、荒れ野を旅していた時に、神から与えられた食べ物でした。これについて、出エジプト記16章にはこう述べられています。
 「15 モーセは彼らに言った。『これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。16 主が命じられたことは次のことである。「あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。」』17 イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。18 しかし、オメル升で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。19 モーセは彼らに、『誰もそれを、翌朝まで残しておいてはならない』と言ったが、20 彼らはモーセに聞き従わず、何人かはその一部を翌朝まで残しておいた。虫が付いて臭くなったので、モーセは彼らに向かって怒った。21 そこで、彼らは朝ごとにそれぞれ必要な分を集めた。日が高くなると、それは溶けてしまった。」
 ここにマンナという食べ物の特徴が表れています。荒れ野での飢え渇きという厳しい状況の中で、神はすべての人に必要なものを日々与え、一人ひとりが今日必要なものを与えられます。そこではすべての人が平等でした。人間が持ち物を蓄えようとするところから人と人との間に不平等が生まれ、そこに争いが生じるようになるのではないでしょうか。だとしたらマンナによって生きることは、理想の生き方だとも言えるでしょう。本当に神によって生きること、人と人とが愛と平和のうちに生きること、それがマンナの示している世界であり、5つのパンの出来事をとおして示されている世界なのです。わたしたちの世界はどうでしょうか? あまりにも聖書からかけ離れた世界だと嘆いていても仕方ありません。この現実の中でわたしたちには何ができ、何が求められているのでしょうか?

  (4) 44節「父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることはできない」という言葉から、イエスを信じる人と信じない人を神が前もって決めていると考えるべきではありません。ヨハネ福音書はユダヤ教との決裂が決定的になった時代に書かれています。この表現は、ユダヤ人がイエスを受け入れなかったことも神の計画の一部だったということを言い表そうとしているのかもしれません。あるいは、イエスを信じることが人間の力ではなく、神の恵みによることだということを強調しているのかもしれません。 
 「命のパンであるイエスを食べる」とはどういうことでしょうか。それはイエスのもとに来て、イエスを信じることだと言えます(35節)。一方きょうの箇所の最後に「わたしが与えるパン」という表現が現れ、それは「わたしの肉」であると言われています。これまでの箇所と密接に関係しながら、ここからから新しいことが言われています。51節の終わりから、直接「聖体(エウカリスティア)」のことが語られていて、それは58節まで続いています。この箇所については来週の福音で味わうことになります。

投稿者 ct : 11:20 | コメント (3)

2006年08月06日

主の変容 (2006/8/6 マルコ9・2-10)

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 わたしたちは主日のミサの聖書朗読配分に基づいて福音書を読んでいますが、きょうは年間主日の流れを離れて、8月6日の主の変容の祝日の福音を読みます。キリストの出来事を祝う祝日(主の祝日)が年間の主日に重なった場合、主の祝日のほうを優先して祝うことになっているのです。 実は、この日の福音の箇所は、今年(B年)の四旬節第二主日とまったく同じです。この「福音のヒント」もほとんどそのまま使っていますが、四旬節中に読むのと広島の原爆記念日に読むのとでは、受け取る側にとって何かの違いがあるのではないでしょうか?

福音のヒント

  (1) この「高い山」とはどこのことでしょうか。伝統的にはガリラヤ地方エズレル平原にあるタボル山だとされています。平野の中にお椀を伏せたような形で、標高は558メートルです。それほど高い山とは言えないでしょう。もう一つの可能性は、「ヘルモン山」です。こちらは2800メートル級の山々で、現在ではスキー場もあるそうです。マルコ福音書のこの箇所の直前に出てくる地名は「フィリポ・カイサリア地方」です(8・27)。フィリポ・カイサリアとヘルモン山はそう遠くありません。きょうの箇所は「六日の後」という言葉で始まり、前の話とのつながりを感じさせますので、ヘルモン山だと考えてもよいかもしれません。なお、今回はタボル山の写真を掲載しました(8月6日は、タボル山上にある教会の献堂記念日でもあるそうです)。

  (2) 直前の箇所は、8章のいわゆるペトロの信仰告白と最初の受難予告です。
 「31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。32a しかも、そのことをはっきりとお話しになった。b すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。33 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。『サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。』34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。『わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。』」
 マルコ福音書は3回の受難予告を伝えますが、いつも同じパターンがあります。
  ①イエスがご自分の受難・死・復活を予告する(8・31-32a)。
  ②弟子たちはそれを理解できず、見当はずれのことを考えている(8・32b)。
  ③イエスは弟子たちに受難の道の意味を語り、同じ道に弟子たちを招く(8・33-35)。
 きょうの出来事はこれと密接に結びついています。8・31-35が言葉による受難予告であったとすれば、きょうの箇所9・2-13は「出来事による受難予告」と言ってもよいでしょう。

  (3) モーセは律法を代表する人物、エリヤは預言者を代表する人物です。「律法と預言者」は旧約聖書の中心部分を表し、イエスの受難と復活が聖書に記された神の計画の中にあることを示しています。なお、ルカ福音書はイエスとこの2人が話し合っていた内容は「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について」(ルカ9・31)であったことを伝え、この出来事とイエスの受難・死の結びつきを明確にしています。
 ペトロが仮小屋を建てようと言っているのは、この光景のあまりの素晴らしさが消え失せないように、3人の住まいを建ててこの場面を永続化させよう、と願ったからでしょう。しかし、この光景は永続するものではなく、一瞬にして消え去りました。今はまだ栄光のときではなく、受難に向かうときだからです。マルコ福音書は、ここで弟子の無理解を描こうとしているのでしょうか(上記②の要素)。

  (4) 雲は「神がそこにおられる」ことのしるしです。イスラエルの民の荒れ野の旅の間、雲が神の臨在のシンボルとして民とともにありました(出エジプト記40・34-38参照)。雲の中からの声は、もちろん神の声です。「これはわたしの愛する子」という言葉は、ヨルダン川でイエスが洗礼を受けられたときに天から聞こえた声と同じです(マルコ1・11)。洗礼の時から「神の愛する子」としての歩みを始めたイエスは、ここからは受難の道を歩むことになりますが、その時に再び同じ声が聞こえます。この受難の道も神の愛する子としての道であることが示されるのです。「これに聞け」の「聞く」はただ声を耳で聞くという意味だけでなく、聞き従うことを意味します(申命記18・15参照)。受難予告で「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マルコ8・34)と言われていたことと対応していると言ったらよいでしょう。これは上記③の要素にあたります。

  (5) イエスの変容の姿は、受難をとおってイエスが受けることになる栄光の姿でした。それはイエスの受難と栄光を実際に経験する前の弟子たちには理解できないことだったでしょう。弟子たちがこの出来事の意味を理解できるようになったのは、復活後のことでした。ところで、今のわたしたちにとっては、イエスの受難も栄光も、もうすでに知っていることです。苦しみの先に栄光が待っていると知っているから、わたしたちは今の苦しみを耐えていくことができるのでしょうか。それだけでなくむしろ、どんな苦しみの中でも、神とのつながり・イエスとのつながりを感じることができる、だからこそ、イエスと共に「神の愛する子」としての道を歩むことができる、とも言えるでしょう。
 かつての戦争の悲惨な出来事を思い起こす時期になりました。そして今もこの世界の平和を脅かすさまざまな出来事があって、人々の心を不安にさせているかもしれません。そんな中でわたしたちは、「これ(イエス)に聞け」という言葉をどこまで深く受け取ることができるかが問われているのではないでしょうか。

投稿者 ct : 14:40 | コメント (1)

2006年07月30日

年間第17主日 (2006/7/30 ヨハネ6・1-15)

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 主日のミサの朗読配分は、マタイの年、マルコの年、ルカの年の3年周期になっています。ヨハネ福音書はほとんどの箇所にイエスの死と復活というテーマが現れているので、四旬節や復活節に集中して読まれます。ただし、ヨハネ1・19~2・11(イエスと最初の弟子たちの出会い=年間第2主日)と6章(パンについての話)だけは年間主日の流れの中に組み込まれて読まれることになっています。今年はマルコの年で、先週の箇所(マルコ6・30-34)に続くのは、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与える話(6・35-44)ですが、きょうの福音では同じ話をヨハネ福音書から読みます。そして、きょうから5週間、ヨハネ福音書の6章が読まれていくことになります。このようにして、主日のミサの中で4つの福音書をバランスよく読むことができるようになっているのです(ただし、今年の場合は、来週8月6日が「主の変容」の祝日に重なるので、少し例外です)。

福音のヒント

   (1) 写真はカファルナウムの近くにある「パンと魚の教会」と呼ばれる教会の祭壇の下のモザイクです。5世紀ごろに作られたものだそうです。きょうの福音の出来事が古代の教会の中で大切にされていたことが分かります。この出来事が起こった場所は正確には分かりません。「向こう岸」とありますが、異邦人の地のことではなくカファルナウムの周辺の地だったようです。
 「山」は特別に「神がご自身を現す場」「神との出会いの場」です。「過越祭」はエジプトの奴隷状態からの解放という、神の救いのわざの原点を記念するイスラエル最大の祭りです。ヨハネ福音書は、この出来事をとおしてイエスの神性が現れ、新しい過越とも言うべき大きな救いが示されることを伝えるために、この場所と時を選んでいるようです。

  (2) 「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」(5節)というイエスの問いはヨハネ6章全体にかかわる大きな問いです。この問いの本当の答えは、6・35にあるイエスの宣言、「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」ということだからです。もちろん弟子たちは、ここではまだ、そのことは理解できていません。「二百デナリオン」は200日分の日給にあたりますからたいへんな額です。とても自分たちの手には負えない、と考えて「足りないでしょう」「何の役にも立たないでしょう」と言うのです。このようなつぶやきはわたしたちの中にもあるかもしれません。

  (3) 11節「イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた」。「感謝の祈りを唱え」はギリシア語で「エウカリステオーeucharisteo」ですが、マルコ、マタイ、ルカでは「賛美の祈りを唱え(エウロゲオーeulogeo)」という言葉が使われています。賛美と感謝の違いはあまり問題になりません。どちらもこのパンが神から与えられたものであることを確認し、このパンを与えてくださった神に賛美と感謝をささげているのです。「分け与える」は他の福音書では「パンを裂いて与える」というような表現になっていますが、動作としては同じです。これは最後の晩さんのときの動作、そしてミサの中での司祭の動作にもつながる大切な表現です。

  (4) パンを食べたすべての人は満腹しました。男の数が5千人ですから女性や子どもを入れれば1万人ほどの人がいたことになるでしょう。この不思議な出来事は4つの福音書すべてに伝えられていますが、このような出来事をどう考えればよいのでしょうか。
 第一朗読で読まれる列王記下4・42-44には同じような出来事が伝えられています。そこでは、紀元前9世紀の預言者エリシャが大麦パン20個を100人の人に食べさせ、人々は食べきれずに残したという話になっています。5つのパンで5千人というのはもっと奇跡的な出来事であることが強調されていますが、正確な数字だと考えなくてもよいのではないでしょうか。この話のもとには、弟子たちのなんらかの体験があったはずです。それは「大勢の人がいて、パンは絶対に足りないと思ったのに、イエスを中心にそのパンを分け合ったとき、そこにいたすべての人が満たされた」というような体験だったのかもしれません。

  (5) 「パンの屑(くず)」(12,13節)の「屑」と訳された言葉は、原文では「裂かれたもの」を意味する言葉が使われていますから、正確には「パンのかけら」と訳したほうがよいかもしれません。「十二」はイスラエルの部族を象徴する数だとも言われますが、ただ単に完全さを現す意味で「十二」という数になっているのかもしれません。とにかくここでは、イエスのもとにある豊かさが強調されていると言えるでしょう。
 「イエスのもとにある本当の豊かさ」とは何でしょうか。11節のイエスの動作にその秘密があるのではないでしょうか。イエスは食事の際の動作の中で、神とのつながり、人と人とのつながりをはっきりと示しています。目の前にパンがあってそれを自分が食べるから満たされるのではなく、わずかなパンでもそれを与えてくださった神とのつながりを思い、そこにいるすべての人とのつながりを大切にしていただくときに満たされる。わたしたちの中にもそのような体験があるのではないでしょうか。

  (6) この出来事に対する人々の反応は、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」というもので、決して否定的なものではありませんでした。しかし、イエスは「人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしている」と受け取ります。イエスが十字架につけられた時の罪状書きはまさに「ユダヤ人の王」というものでした(ヨハネ19・19)。ここでの「王」もローマ帝国の支配を打ち破り、ユダヤ人をローマから解放してくれる政治的指導者の意味でしょう。イエスの力を見た人々はイエスにこのような期待をかけ、イエスを自分たちの王に祭り上げようとしたのです。わたしたちはイエスに何を期待しているのでしょうか。そして、イエスはわたしたちに何を求めているのでしょうか。

投稿者 ct : 10:44 | コメント (1)

2006年07月23日

年間第16主日 (2006/7/23 マルコ6・30-34)

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 イエスが12人の弟子を派遣した先週の箇所の結びには、「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」(マルコ6・12-13)とありました。続く14-29節には、弟子たちがイエスとともにいなかった時間を埋めるかのように、洗礼者ヨハネの殉教の物語が伝えられていますが、きょうの箇所は、内容的には13節から続いています。  この後、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与える話が続きますが、実は、来週の福音は同じ話をヨハネ福音書から読むことになり、ヨハネ6章の朗読が5週間続きます。年間主日のマルコの朗読が再開されるのは、年間第22主日(マルコ7章)からです。

福音のヒント

   (1) 30節の「使徒」という言葉は、マルコ3・14でも使われていました。「そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった」(3・14-15)。ギリシア語では「アポストロスapostolos」で、「アポステローapostello(遣わす、派遣する)」という動詞から来ています。意味は「遣わされた者」です。遣わされた者の使命は「神の国を宣べ伝え、悪霊を追い出す」ことですが、これはイエスがしてきたことと同じだと言えます。「使徒」はイエスの近くにいた12人の弟子、初代教会では、復活したイエスに出会い、イエスから派遣された特別な人を指す言葉ですが、福音書を読むときは、いつもわたしたち自身が「遣わされた者」であることを忘れないようにしましょう。2000年前のガリラヤとユダヤでイエスがしていたことを、今のわたしたちが自分の置かれた場でなんとかしていこうとするとき、わたしたちも「使徒」だと言えるはずです。

  (2) イエスは群衆の「飼い主のいない羊のような有様」(34節)を見ます。羊は弱い動物なので、群れを離れると滅んでしまいます。「飼い主=羊飼い=牧者」の役割は、羊の群れを一つにまとめ、野獣から守り、草のあるところに導くことでした。右上の写真は、イスラエル占領下にあるゴラン高原(ガリラヤの北西にあたる)で見かけた羊と羊飼いです。この羊飼いはドゥルーズ人というアラブ系の人のようでした。イスラエル人の先祖も羊飼いでしたので、旧約聖書には「飼い主のいない羊」のイメージがたびたび現れます。
 一番印象的なのはエゼキエル34章でしょう。エゼキエルは、人々を守らず、かえって人々から奪い取るだけのイスラエルの牧者たち(指導者たち)を厳しく批判してこう言います。
 「3 お前たちは乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた動物を屠(ほふ)るが、群れを養おうとはしない。4 お前たちは弱いものを強めず、病めるものをいやさず、傷ついたものを包んでやらなかった。また、追われたものを連れ戻さず、失われたものを探し求めず、かえって力ずくで、苛酷に群れを支配した」
 そして民の姿を次のように表現しています。
 「5 彼らは飼う者がいないので散らされ、あらゆる野の獣の餌食となり、ちりぢりになった。6 わたしの群れは、すべての山、すべての高い丘の上で迷う。また、わたしの群れは地の全面に散らされ、だれひとり、探す者もなく、尋ね求める者もない。7 それゆえ、牧者たちよ。主の言葉を聞け。8 わたしは生きている、と主なる神は言われる。まことに、わたしの群れは略奪にさらされ、わたしの群れは牧者がいない
 そして、神ご自身が「わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする」(11節)、また「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる」(23節)と約束されます。イエスはこの牧者として人々に目を注いでいます。

  (3) 34節の「深く憐れみ」は、ギリシア語では、「スプランクニゾマイsplanknizomai」という言葉です。この言葉は、新約聖書の中で12回使われていて、そのうちマタイ福音書に5回、マルコに4回(この箇所のほか、1・41、8・2、9・22)、ルカに3回使われています。この言葉は他の箇所でも説明しました(C年年間第15主日の「福音のヒント」など)が、「スプランクノン(はらわた)」という名詞に動詞の語尾をつけたもので、「はらわたする」と訳した人もいます。「目の前の人の苦しみを見たときに、こちらのはらわたがゆさぶられる」ことを表します。相手の痛みをわがことのように感じてしまう深い共感(コンパッションcompassion)表す言葉なのです。イエスの愛の行いはいつもここから出てきていると言ってもいいのでしょう。
 きょうの箇所で、この深い共感からイエスがしたことは「教え始められた」ということでした。マルコはいつものように教えの内容を伝えていません。もちろんそれは「神の国(神が王となること)」についての教えです。「王」と「羊飼い」のイメージはつながっています。この箇所のイエスの教えは、「野の獣の餌食となり、ちりぢりになった」(エゼキエル34・5)羊たちを一つの集め、力づける牧者としての言葉だと考えればよいでしょう。わたしたちもそのようなイエスの言葉を聞くことがあるでしょうか。

  (4) 現代社会に生きているわたしたちの多くはたぶん疲れています。31節でイエスは弟子たちに「しばらく休むがよい」と言われましたが、わたしたちもこの言葉を必要としているかもしれません。
 ただし、この場面の弟子たちは簡単には休めなかったようです。群集が押し寄せてきたからです。きょうの箇所の後の5つのパンと2匹の魚の話では、弟子たちは「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」(37節)と命じられ、大群衆にパンを配るのを手伝わされています。結局のところ、休むことはできなかったのでしょうか。
 イエスが「教え」「パンを分け与える」。これは「ことばの典礼」と「感謝の典礼」からなる「ミサ」そのものではないでしょうか。いろいろな休み方がありますが、本当の休みはイエスのもとにいて、イエスとともに時を過ごし、イエスの言葉を聞き、イエスの食卓にあずかること。そう感じられたらどんなに素晴らしいことでしょう?

投稿者 ct : 11:47 | コメント (2)

2006年07月16日

年間第15主日 (2006/7/16 マルコ6・7-13)

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 先週の福音で、ナザレでの活動の後、「イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった」(6・6)とありました。イエスの活動が広がっていくのに伴い、12人の弟子が派遣されることになります。マルコ福音書では、3章で12人の弟子が選ばれていました。「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった」(3・13-15)。ずっとイエスのそばにいて、イエスのなさることを見てきた弟子たちが、いよいよ派遣されるのがきょうの場面です。

福音のヒント

  (1) なぜ「二人ずつ組にして」なのでしょうか? これについてはいろいろな意味が考えられるでしょう。申命記19・15には、「いかなる犯罪であれ、およそ人の犯す罪について、一人の証人によって立証されることはない。二人ないし三人の証人の証言によって、その事は立証されねばならない」という規定があります。これは裁判のときに複数の証人がいればその証言は確かであるということですが、神の国をあかしする場合も同様に考えられているのかもしれません。また、二人が一緒に旅をするならば互いに助け合うことができ、心強いことも確かです。さらに言えば、互いに助け合い、愛し合う姿をとおして神の国・神の愛を伝えることができる、と言えるかもしれません。「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(ヨハネ13・35)。「いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです」(Ⅰヨハネ4・13)。わたしたちの中でも同じことが言えるでしょうか?

  (2) マタイ10・5-15、ルカ9・3-5、さらにルカ10・2-12(72人の派遣)にも弟子の派遣にあたっての同じような指示がありますが、細部には違いがあります。複数の伝承に基づいて各福音書ができていますが、弟子たちの使命と心構えは、基本的には共通しています。
 「杖」は野獣や盗賊から身を守るために用いられることもあり、旅には必要なものと考えられていました。マタイやルカには杖と履物についても禁じることばがありますが、マルコのほうが現実的かもしれません。旅をするのに必要最小限のものは許されるのです。「袋」は食べ物やお金を入れておく袋のようです。「下着は二枚着てはならない」は重ね着を禁じているわけですが、これは野宿のときに着る外套のようなものを持っていくな、という指示かもしれません。だとすれば、弟子たちはどこかの家に泊めてもらうべきだと考えられていることになります(10節参照)。弟子たちには、誰の世話にもならなくてもよいようにすべてを自分で準備しておくことではなく、人と出会い、宿のことでも食べ物のことでも人の世話になることが求められている、と言えるでしょう。必ず迎え入れてくれる人がいる、という約束の背景には、もちろん、神がすべてを配慮してくださるから、ということがあるはずです。
 わたしたちは、小さいときから「自分のことは自分でしなさい」と教えられてきました。それはそれで大切なことであるはずです。しかし、神からの派遣(ミッション)を生きるときには、神への大きな信頼と、人との出会いに対する信頼が大切だということでしょうか。

  (3) もちろん、すべての人がイエスの弟子たちを受け入れてくれるとは限りません。受け入れられない場合に「足の裏の埃(ほこり)を払い落とす」というのは絶縁を意味する表現だそうです。使徒言行録13・51や18・6では、使徒パウロが同じような仕草をしています。これは「あなたたちのことは神の裁きに任せる」ということであり、自分が恨んだり、自分で復讐しようとはしない、ということだと言ってもよさそうです。それにしても「絶縁しなさい」というのは、冷たく聞こえるかもしれません。むしろ「救いのメッセージを受け入れない人がいることは仕方ない。その人々をどうにかしようとするよりも、救いのメッセージを必要としている人のところ向かえ」という意味で受け取ることもできるのではないでしょうか。弟子の派遣にあたってのイエスのこれらの指示は、文字通り実行すべきことというよりも、「愛する」という唯一の掟のもとで受け取るべきでしょう。

  (4) 7節の「汚れた霊に対する権能」は悪霊を追い出す力のことです。12-13節には「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」とありますが、これはイエスがなさってきたことと同じことです。「宣教する」と訳された言葉はギリシア語では「ケリュッソーkerysso」で、直訳では「宣(の)べ伝える」です。「何かの教えを宣べる」というよりも、「神の国を宣べ伝える」のです。これこそがイエスの活動の中心でした。「イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた。」(マルコ1・14-15)。
 イエスは悪霊を追い出し、多くの病人をいやしましたが、「油を塗って」いやしたという記録はありません。ここにはむしろ初代教会の実践が反映しているようです。ヤコブの手紙5・14-15にこうあります。「あなたがたの中で病気の人は、教会の長老を招いて、主の名によってオリーブ油を塗り、祈ってもらいなさい。信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦(ゆる)してくださいます。」病者の塗油の秘跡のときに読まれる箇所ですが、初代教会の中でこのような実践のあったことが確かめられます。
 復活したイエスの派遣は全世界に向けて世の終わりまで続く派遣ですが、きょうの箇所の派遣は地理的にも時間的にも限定されたものでした。しかし、ここで弟子たちが派遣され、自分たちも働くことができたという体験は、彼らにとって貴重なものだったでしょう。イエスはこのようにして、少しずつ弟子たちを成長させてくださったと言えるのではないでしょうか。そしてわたしたちをも・・・・。

投稿者 ct : 14:53 | コメント (5)

2006年07月09日

年間第14主日 (2006/7/9 マルコ6・1-6)

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 先週の福音では、出血の止まらない女性の病気がいやされ、会堂長ヤイロの娘がイエスによって生き返らされました。そこでは「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」(5・34)「恐れることはない。ただ信じなさい」(5・36)というように、「信じる」ことが大きなテーマでした。きょうの箇所は先週の続きの箇所ですが、ここでも「信じる」というテーマが大切だといえるでしょう。

福音のヒント

   (1) イエスの育った故郷は、ガリラヤのナザレという村でした。右の写真は、マリアが天使からお告げを受けたことを記念して建てられた「告知教会」から見た今のナザレの町並みです。今は何万人もの人が住む町ですが、イエスの時代には特に大きな町ではなく、有名な町でもありませんでした。ナザレには会堂があり、安息日ごとにユダヤ人たちがその会堂に集まって礼拝していました。他の町や村で病人をいやしたイエスの評判はナザレの人々にも届いていたのでしょう。ナザレの人々は会堂で語るイエスに注目しています。

  (2) マルコはイエスが教えたことの内容をいちいち伝えません。それはいつも「神の国の到来の福音」(マルコ1・14-15参照)であったと考えればよいでしょう。ルカ4・16-30には、イエスの活動の初期の出来事として、ナザレの会堂での出来事が伝えられています。そこでイエスはまず、イザヤ書の61章(1-2節)を朗読しました。
 「『18 主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ、/圧迫されている人を自由にし、19 主の恵みの年を告げるためである。』20 イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。21 そこでイエスは、『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し始められた」
 苦しむすべての人を解放する神の救いの時が、今まさに始まっている。これがイエスの神の国のメッセージでした。人々はイエスのメッセージそのものには反対していません。ただ、それを語るのが自分たちの良く知っているイエスであることにつまずくのです。

  (3)「この人は、大工ではないか」の「大工」とは家を建てる人というよりも、家の内装や家具を作る職人だったようです。アラム語では「いとこ」にあたる言葉がないので、この箇所の「兄弟」「姉妹」という言葉の中にはいとこも含まれているそうです。教会の伝統では、母マリアはヨセフと結婚してからも生涯処女のままで、イエス以外に子どもがいなかったと言われてきましたが、それと矛盾するわけではありません。
 ナザレの人々は「つまずいた」(3節)と言われ、また「不信仰」(6節)とも言われています。ナザレの人々はなぜイエスにつまずいたのでしょうか? なぜ信じなかったのでしょうか? いろいろな理由が考えられますが、以下の(4)と(5)で2つのことを考えてみましょう。

  (4) 大工の子は大工になる。それが村の常識でした。「この村の一員であり、この家族に属し、この職業についている」ナザレの人々は、イエスの村での立場をよく知っていたので、かえってその見方を超えることができず、イエスが、預言者として神との特別なつながりの中で活動していることを理解できなかったのではないでしょうか。だから「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけ」だと言われるのです。
 わたしたちが人を見るときも、やはり、社会的な評価を超えられないことがありそうです。あの人はどういう家柄で、どんな職業で、どんな資格があって・・・。しかし、本当に見るべきなのは、その人の中にある神とのつながりの部分なのではないでしょうか。

  (5) ナザレの村は生活と信仰のコミュニティー(共同体)でした。自分たちの中心に神がいてくださることを人々は安息日の礼拝をとおして確認していました。そこには律法による秩序があり、その秩序からはずれた人は排除されました。一方、イエスは「アッバ(お父さん)」である神のもとで、すべての人が兄弟姉妹として生きる道を示しました。そして、実際に村のコミュニティーから排除されているような人々と関わっていきました。病気のために汚れているとされた人々、悪霊に取りつかれていると言われて見捨てられていた人々、職業によって罪びとのレッテルを貼られてしまっていた人々・・・。イエスはこの人々も神の子であることを、言葉と行動をとおして伝えていきました。ここにも、イエスのメッセージと活動がナザレの人々に受け入れられなかった理由があったでしょう。
 イエスはアッバのもとでの新しいコミュニティーを作り出していきます。イエスから始まるこの新しいコミュニティーは、地縁・血縁を超え、社会的な立場の違いを超え、男女の壁を超え、民族の壁を超えて共に生きるコミュニティーなのです。わたしたちのコミュニティーはそうなっているでしょうか?

  (6) ナザレの人の「不信仰」とは、イエスを「預言者」として受け入れないこと、つまり、イエスによってもたらされた神の国のメッセージを受け入れないということでした。
 5-6節「そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた」というのは不思議な言葉に聞こえるかもしれません。イエスが人をいやす力を持っているならば、相手の信仰とは無関係にイエスはその人々をいやすことができたはずではないでしょうか。しかし、ここでは、イエスの行なう奇跡は相手の信仰に左右されるというのです。先週の箇所の「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」でも、「いやし」における信仰(信頼)の役割が重視されていました。福音書の中で「信じること」とは、「何かの信仰箇条に同意する」ということではなく、「神に信頼して、自分を委ねていくこと」です。そしてそれは神の救いを受け取るために、必要不可欠な人間の態度なのです。

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2006年07月02日

年間第13主日 (2006/7/2 マルコ5・21-43)

教会暦と聖書の流れ

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 先週の福音でガリラヤ湖の嵐を静めた(マルコ4・35-41)後、イエスは向こう岸の異邦人(ゲラサ人)の地に渡り、そこで悪霊に取りつかれた人をいやしました(5・1-20)。そこから再びユダヤ人の地に戻って来てきょうの箇所になります。きょうの福音では、2つのいやしの物語が伝えられています。おそらくここでは「信じる」というテーマが重要だと言えるでしょう。この「信じる」というテーマは、先週の箇所(5・40)にも来週の箇所(6・6)にもはっきりと表れています。

福音のヒント

  (1) きょうの箇所は、21-24節と35-43節のヤイロの娘の話の間に、25-34節の出血の止まらない女の話が挟まれる、サンドウィッチのような形になっています。
まず、25-34節について見てみましょう。「出血の止まらない女」と言われていますが、これは一種の婦人病のようです。彼女は肉体的にも経済的にも苦しんでいましたが、それだけではない苦しみもありました。レビ記15・25-27にこういう規定があります。
 「もし、生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚(けが)れており、生理期間中と同じように汚れる。この期間中に彼女が使った寝床は、生理期間中使用した寝床と同様に汚れる。また、彼女が使った腰掛けも月経による汚れと同様汚れる。また、これらの物に触れた人はすべて汚れる。その人は衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている
 彼女は、重い皮膚病の人と同じように「汚れた者」というレッテルを貼られ、神から断ち切られていましたが、同時に汚れを移さないよう、人に近づくことも禁じられていて、人との交わりからも断ち切られていました。

  (2) 人に近づくことが許されなかったので、彼女は「群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた」のです。このような行為は、いやしの力を盗むことで許されないと考えられていたようです。彼女は「すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた」とあります。イエスも「自分の内から力が出て行ったことに気づ」きます。イエスと彼女は、二人の間で起こったことを体で感じたようです。そしてイエスは彼女を見つけ出そうとします。なぜでしょうか?「ただ病いがいやされたということで終わるのではなく、イエスに出会い、イエスと人格的な交わりを持つことが本当の信仰だからだ」という説明もあります。もちろんそうとも言えます。しかし、もっと単純に、「いやしを盗んだ」彼女の後ろめたさと恐れを取り除くためだったと言ってもよいかもしれません。イエスは彼女の態度を「信仰」として評価し、彼女の心に「安心」を与えていくのです。

  (3) 「あなたの信仰があなたを救った」(34節)は福音書の中で何度か繰り返される言葉です(マルコ10・52、ルカ7・50、17・19など参照)。これは不思議な言葉です。「神が救った」あるいは「イエスが救った」というのが本当ではないでしょうか。
 「信仰」と訳された言葉はギリシア語では「ピスティスpistis」で、36節の「信じる(ピステウオーpisteuo)」の名詞形です。「信じること、信頼」と訳すこともできます。福音書の中で語られる「ピスティス」とは、頭の中で「神がいる」とか「イエスはキリストである」と信じている、ということではありません。あきらめや不安を乗り越え、神に信頼を置いて生きるという態度なのです。きょうの出血症の女性のように、この人なら自分を救ってくれると信じて、必死の思いでイエスに向かって行く姿勢そのものが「ピスティス」だと言ったらよいでしょう。すべての人の父であり、すべての人に救いの手を差し伸べておられる神に対して、イエスご自身が深い信頼を寄せていました。イエスは同じ信頼を人々の中に呼び覚まします。神の救いを受け取るためにはこの「ピスティス」が不可欠なので(マルコ6・6、来週の福音参照)、イエスは「ピスティス」を最大限に評価したのでしょう。

  (4) イエスがこの女性に関わっている間に、ヤイロの娘が死んだという知らせが届きます。出血病の女性の話は、ヤイロの話の展開に重要な意味を持っています。ヤイロや他の人々は、娘が生きているうちにイエスを呼べば助かる、しかし、死んでしまってはいくらイエスが来てももう遅いと考えていたはずです。イエスはこのヤイロに向かって「恐れることはない。ただ信じなさい」(36節)と言います。出血症の女性の話は、ヤイロの娘の話に「信じる」というテーマを導き出す役割を持っているのです。このサンドウィッチのような物語の展開はただ単に時間的にそのように起こったというだけでなく、テーマの関連があるからこそ、このような形で伝えられてきた、と言えるでしょう。

  (5) 「ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネ」は最初の弟子で、特にイエスに近い弟子だったようです。彼らだけを連れて行ったこと、また「死んだのではない。眠っているのだ」というイエスの言葉は、どちらも奇跡を隠そうとしているのだと言えるでしょう。イエスはこの奇跡を人々に見せびらかすためにしたのではありません(なお、死は眠りに過ぎないという考えは、イエスの復活を知った初代教会の人々の確信でもあります)。
 「タリタ・クム」はアラム語です。新約聖書は1世紀の地中海周辺地域の共通語であったギリシア語で書かれましたが、イエスが話したアラム語がそのまま残されている箇所がいくつかあります(マルコ7・34、15・34参照)。これらの言葉がアラム語のまま伝えられたのは、イエスの声の響きが聞いている人の耳によほど印象的に残ったということではないでしょうか。言葉には「ものごとを説明する」という働きがありますが、もっと根源的には「相手に働きかけ、相手を変える」働きがあります。創世記1・3の「光あれ」のような力強い言葉として、イエスの言葉は人々の耳に(また、死んでしまったこの少女の耳にも)響いたのでしょう。ここには、必ずこの人にわたしの声が届くはずだ、というイエスの深い信頼(ピスティス)を感じとることができるでしょう。イエスは同じように、きょうもわたしたちにやさしく力強い声で語りかけてくださっているはずです。

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2006年06月26日

年間第12主日 (2006/6/25 マルコ4・35-41)

教会暦と聖書の流れ

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 四旬節~復活節という長い期間を終え、三位一体の主日とキリストの聖体の祭日を祝った後、教会の暦は再び年間主日の流れに戻ります。年間主日のミサの福音のテーマは、イエスの活動の様子を順を追って思い起こすことです。今年はマルコ福音書を通してイエスの活動の跡をたどっていきます。マルコ4・1に「イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、湖の上におられたが、群衆は皆、湖畔にいた」とあり、そこからイエスはさまざまなたとえを用いて神の国について語りました。きょうの箇所の冒頭にある「その日の夕方になって」は、この場面からつながっているようです。

福音のヒント

  (1) 「向こう岸」はマルコ5・1を見ると「ゲラサ人の地方」でした。ゲラサはガリラヤ湖東南のデカポリス地方の地名ですが、ガリラヤ湖からは遠いので少し不自然な感じがします。マルコは、デカポリス地方の中心であった「ゲラサ」という町の名を挙げて、その地方全体を指しているのでしょうか。「デカポリス」とはギリシア語で「10の町」の意味です。そこはユダヤ人から見れば異邦人の世界でした。イエスが異邦人の土地に向かおうとしたのは、異邦人にも神の国の福音を告げるためだったと考えてよいでしょう。「向こう岸に渡ろう」と呼びかけるイエスご自身は、神のみ心に従い、自分のすべきことを自覚していますが、弟子たちはそうではなかったようです。38節の「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」という弟子たちの叫びは、「本当は行きたくないのに先生が言うから船出した、その結果がこんなありさまだ」という不平のようにも聞こえます。

  (2) ガリラヤ湖は、大きさとしては茨城県の霞ヶ浦よりやや小さい湖です。すり鉢状の地形になっていて、突然嵐が起こることがあったようです。「艫(とも)」は船の一番後ろの部分です。イエスが眠っている姿は、恐怖にうろたえている弟子たちの姿と対照的です。イエスが「風を叱り、湖に、『黙れ。静まれ』と言われた」というのは悪霊に対する態度とよく似ています。マルコ1・25では、イエスが悪霊に向かって「『黙れ。この人から出て行け』とお叱りになる」という表現がありました。海や湖は人にとって危険に満ちた場所で、しばしば悪霊の住みかとも考えられていたようです。表現から見ると、きょうの話は「悪霊を追い出す」話と似たものがありますが、全体として見れば、いやしの奇跡というよりも、やはり自然現象に働きかけた奇跡だと言えるでしょう。

  (3) このような奇跡の話を素直に信じられるでしょうか? 信じられるという人もいれば、とても信じられないという人もいるでしょう。もちろん今となってはそこで実際に何が起こったかということは確かめようもありません。ただし、このような話を初代教会の人が考え出した単なる作り話だと片付けることはできないでしょう。弟子たちはイエスと一緒にいたときに、何かしらこのような不思議な体験をした、それが語り伝えられ、今の福音書のような形で書き記されたのだ、と考えるほうが自然です。もちろん実際には、ガリラヤ湖であるとき急に嵐にあい、なぜかその嵐が急に止んだというだけだったのかもしれません。しかし、そこにいた弟子たちはその出来事をとおしてイエスをまったく特別な、神からの力を持った方と見るようになっていったのです。このような弟子たちの体験と共通するものは、わたしたちの中にもあるかもしれません。

  (4) イエスは「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」(40節)と言われますが、ここでは「怖がること」と「信じること」が対比されています。「怖がること」は必ずしも悪いことではないはずです。実際にわたしたちの回りにはいろいろな危険があるのですから、恐怖心や警戒心を持たなければ人は生きていけないはずです。ただ、問題は「恐怖」にとらわれて、わたしたちが何もできなくなってしまうことです。危険は確かにある、しかし、それでも本当にすべきことをしていくことができる、それが「神に信頼する」ことだと言ったらよいかもしれません。信頼とは、恐怖心や不安を乗り越える力なのです。
 40節の「怖がる」と41節の「恐れ」は違います。「恐れ」には「畏(おそ)れかしこむ」の意味もあります。ギリシア語では「恐れ」も「畏れ」も「フォボスphobos」で区別がありません。「恐れ(畏れ)」は不信仰を意味しません。それは神の存在と圧倒的な力に触れた人間の当然の態度だと言ってもよいでしょう。
 「いったい、この方はどなたなのだろう」という疑問でこの話は終わっています。マルコはここで、答えを出しません。この問いへの一つの答えは8章にあります。その時まで、イエスと共にいて、イエスのなさることを見てきたペトロが、「あなたはメシア(キリスト)です」(8・29)という信仰告白をすることになります。ただ、きょうの箇所では、マルコはイエスとは誰かということの答えを出すよりも、イエスの姿をしっかり見つめ、イエスの素晴らしさを感じ取るよう、読者に促しているのではないでしょうか。

  (5) 初代教会の中で、このような出来事はどんなときに思い出されたのでしょうか。教会の活動がうまく進まないとき、嵐の中の舟のように、逆風のためにこぎ悩み、舟が沈みそうに感じるとき、しかも、イエスがまるで「眠っておられ」るかのように、なんの助けも感じられないときだったのではないでしょうか。その中でこの出来事を思い出し、イエスへの信頼を取り戻し、困難を乗り越えることができた、そういう体験が初代教会の中に何度も何度もあったでしょう。わたしたちの中にもそういう体験があるでしょうか?  イエスが復活して今もわたしたちと共にいる、ということは、もしかしたら平穏な無風状態のときよりも、嵐のような困難の中でこそ、深く受け止めることができるのかもしれません。そのとき、わたしたちは「向こう岸に渡ろう」「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」というイエスの言葉を、わたしたち自身に向かって語られる、復活のイエスの力強い励ましの言葉として聞くことができるのではないでしょうか。

投稿者 ct : 15:22 | コメント (3)

2006年06月18日

キリストの聖体 (2006/6/18 マルコ14・12-16, 22-26)

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 聖体の制定を記念するミサは、聖週間中の聖木曜日に行なわれる「主の晩さんの夕べのミサ」です。しかし、復活節が終わった後、改めてキリストの聖体の祭日を祝います(本来は聖霊降臨後の第二木曜日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では日曜日に移して祝われています)。この日も先週の三位一体の主日と並んで、四旬節・復活節のまとめと言えるでしょう。聖体の秘跡とはイエスの受難・死・復活にわたしたちが日々結ばれて生きるための秘跡だからです。B年の福音朗読は、マルコ福音書の最後の晩さんの箇所です。

福音のヒント

  (1)  過越祭は春の祭で、元来は農耕生活に関連した祭だったようですが、エジプト脱出という救いの出来事の記念祭として祝われるようになりました。イスラエルの民がエジプトの奴隷状態から解放された救いの歴史の原点を記念する過越祭は、1年でもっとも大きな祭でした。過越祭に始まる1週間の祭の期間が「除酵祭」です。「酵母を取り除く祭」の意味で、過越祭に続く7日間、酵母の入っていないパン(種なしパン)を食べました。
 マルコ福音書はイエスと弟子たちとの最後の晩さんが「過越の食事」であったとはっきり述べています。ヨハネ福音書では日付が1日ずれています(ヨハネ18・28参照)が、いずれにせよ、イエスの受難を過越祭と結びつけ、イエスの死が人々を罪の支配から解放し、神との和解をもたらすもの(新しい過越)であると考えているのです。

  (2) 水がめを運ぶのは当時、女性の仕事でした。ですから、男性が水がめを運んでいれば、特別な目じるしになります。イエスはこの過越の食事をする場所の手配を誰かに頼み、しかも、それを普通には分からない方法で弟子たちに教えようとしたことになります。弟子たちにとってこのことは「すべてがイエスによってあらかじめ整えられていた」と感じさせることだったでしょう。わたしたちにもそういう経験があるかもしれません。
 それにしても、イエスはなぜこのように暗号のような指示をしたのでしょうか。一つの考えはこうです。ご自分に迫っている危険を予感し、受難が避けられないことを知っていました。その中で、イエスは外部の人に分からない場所でこの食事をしようとしたのです。それは「誰にも邪魔されずに、どうしてもこの食事だけはしておきたい」というイエスの思いの表れではないでしょうか(ルカ22・15参照)。わたしたちはこの食事に込めたイエスの思いをどれほど深く受け取ることができるでしょうか。

  (3) 「パンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて」は、5つのパンを大群衆に分け与えたとき(マルコ6・41)の動作とまったく同じです。ユダヤ人の食事の際には、家長に当たる人がそのようにするのが普通だったと言われています。しかし、イエスはここで特別なことを言いました。「体」は人間全体を指す言葉で、「これはわたしの体である」は「これはわたしだ」という意味だと言えます。これを食べることは、イエスと一つに結ばれることです。イエスは世を去る前に、ご自分と弟子たちの絆を永遠のものにしようとしたと言ったらよいでしょう。
 杯についての言葉は、新共同訳では「わたしの血、契約の血」となっていますが、原文では「血」という言葉は1度しか使われていません。直訳では「契約の、わたしの血」です。「契約の血」は出エジプト記24・8にある言葉です(第一朗読)。牧畜民族にとって「契約」と「血」は切り離せないものでした。それは、その契約がお互いの血を賭けたもの、命がけのものであることを表したのです。「これは・・・わたしの血」は「これはわたしの体」という表現に似ていますが、ここには「多くの人のために流される」という言葉が加えられています。「多くの人」はヘブライ語的な表現で、意味としては「すべての人」です。イエスは自分の死をすべての人の救いのための死であると自覚していたことになります。

  (4) 「契約」という言葉は聖書の中で「神と人との特別な関係」を表す言葉です。出エジプト記24章で結ばれた契約は、シナイ契約と呼ばれています。紀元前13世紀、神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から救い出し、その救いを体験した民は神との特別な関係を生きることになります。これを表すのが「契約」という言葉です。そこではイスラエルの民が神に対し、人に対してどう生きるべきかを示す道として「律法」が与えられました。しかし、イスラエルの民は神との関係、人と人との正しい関係を見失っていきます。そこで紀元前6世紀のバビロン捕囚時代の預言者たちは、「新しい、永遠の契約」を予告することになります。典型的なのはエレミヤ書31章です。「来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、『主を知れ』と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない」(エレミヤ31・33-34)

  (5) イエスの死によって実現したのはまさにこの「新しい契約」だ、というのが新約聖書の中心テーマです。それはどういう意味でしょうか。イエスの生涯全体の歩みを見れば、イエスという一人の人の中で上のエレミヤのことばが完全に実現していたと言えるでしょう。もう一つには、わたしたちがイエスの十字架の姿を見たときに、神の深い愛の心を悟り、エレミヤのこの言葉を生きるものに変えられていくという面もあるはずです。それこそが聖体の意味でもありますが、本当にわたしたちの中で実現しているでしょうか。
 25節の「ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」は受難予告のような言葉です。しかし同時に「神の国で新たに飲むその日まで」ということによって、最終的な完成に向かう意識が強調されています。「新しい契約」は確かにイエスによって実現しました。しかし、最終的にわたしたちが神と完全に一つに結ばれるのは将来のことだとも言えます。そこに向かって歩むための糧として、聖体が与えられているのです。

投稿者 ct : 12:08 | コメント (1)

2006年06月11日

三位一体の主日 (2006/6/11 マタイ28・16-20)

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 教会の暦では四旬節から復活節にかけて、イエスの受難、死、復活、昇天、聖霊降臨を記念してきました。聖霊降臨の主日で復活節は終わりましたが、その次の日曜日は三位一体の主日という特別な祭日です。この日は「三位一体」という神学的な教えを考える日というよりも、イエスの受難・死を見つめ、その復活を知り、聖霊降臨を祝ったわたしたちが、大きな救いの出来事を振り返りながら、父と子と聖霊である神の働き全体を味わう日だと考えればよいでしょう。B年の福音の箇所は、マタイ福音書の結びの部分です。

福音のヒント

  (1) 弟子たちは、イエスの墓で告げられていたとおり(28・7,10)、ガリラヤでイエスに会います。「山」はマタイ福音書の中で、特別に神との出会いの場、神の啓示の場です(マタイ5・1、17・1など)。17節に「しかし、疑う者もいた」という訳がありますが、直訳では「しかし、彼らは疑った」であり、11人全体が「ひれ伏しながらも疑った」と受け取ることができます。ここで疑いを克服するのはなんらかの目に見えるしるしではなく、18-20節のイエスの言葉です。17節の「権能」は「権威」とも訳されますが、日本語の言葉としてはあまりいい響きではないかもしれません。内容としては、「父である神がイエスに、すべてのことをゆだねた」と受け取ればよいでしょう。

  (2) 19節のイエスの命令には4つの動詞が使われています。「行く」「弟子にする」「洗礼を授ける」「教える」です(「弟子にする」も「洗礼を授ける」も原文ではそれぞれが1つの動詞です)。このうちギリシア語で命令法が使われているのは「弟子にする」だけです。その他は分詞の形なので、形の上から見て、この命令の中心は「弟子にする」ことだと言えます。「行く」のは「弟子にする」ためですし、「洗礼を授ける」と「教える」は「弟子にする」ことの具体的な内容なのです。マタイ福音書でのイエスの活動は、ガリラヤ湖で4人の漁師を弟子にしたことから始まりました(4・18-22)。そしてすぐに、山上の説教で弟子たちの生き方を教えました(5-7章)。この福音書全体をとおしてのイエスの活動を「弟子作り」だと言ってもよいでしょう。そして、この「弟子作り」というイエスの使命が、ここからイエスの弟子たちに受け継がれていくのです。もちろん、弟子たちの使命は自分たちの弟子を作ることではなく、「わたし(イエス)の弟子」を作ることです。

  (3) 「洗礼を授ける」はギリシア語では「バプティゾーbaptizo」で、本来の意味は「(水に)浸す、沈める」です。「名によって」の「名」は単なる呼び名というよりも、そのものの本質を表すものです。「~によって」は「~の中に」という前置詞が使われています。
 「父と子と聖霊」という言い方は聖書の中でこの箇所だけにあります。ここにはマタイのいた教会での洗礼式の式文が反映しているようですが、ただ単に「父と子と聖霊という名を言いながら洗礼式を行なう」ということよりも、この洗礼が、「父と子と聖霊という神のいのちの中にその人を沈める」ことなのだということが大切でしょう。

  (4) マタイ福音書の結びに当たる「共にいる」(20節)という約束は、この福音書全体の結論とも言える言葉です。すでに誕生前からこのように約束されていました。
 「『見よ、乙女(おとめ)が身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(マタイ1・23)
 イエスの生涯と活動全体が「神がわたしたちと共におられること」を表すものでした。そして、いまやそれは「復活して神と共に永遠に生きる方・キリストが共にいてくださる」という約束になっているのです。
「いつもあなたがたと共にいる」は力強い約束です。わたしたちはそれをどんなふうに感じることができるでしょうか。自分のうちにイエスがいて、内面で自分を支え導いてくださると感じる人もいるかもしれません。また、イエスが自分の人生の歩みに寄り添い、目に見えないがいつも共に歩んでくださると感じる人もいるでしょう。わたしたち一人ひとりにとっての「共にいてくださるキリスト」のイメージを分かち合えたらよいでしょう。

  (5) マタイ福音書にあるイエスの言葉では、次の3つの箇所がヒントになるでしょう。
18・20 「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」
 イエスは信じる者の集いの中にいてくださるという約束ですが、大きな組織としての教会というよりも、共に祈る小さな集いを思い浮かべたらよいのではないでしょうか。信仰の道を一緒に歩んでくれる仲間とのつながりの中にイエスが共にいることが感じられるという体験は、わたしたちの中にもきっとあるはずです。
26・26-27「取って食べなさい。これはわたしの体である。・・・皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」
 教会が集まって賛美と感謝をささげ、パンとぶどう酒を用いてイエスの愛を記念するとき、キリストは共にいてくださいます。この「共にいてくださるキリスト」は奉仕者の手をとおして、病気や高齢で教会に来られない人にも届けられます。聖体はいつも、わたしたちがキリストに結ばれた者、「キリストの体」である教会共同体のメンバーであることを思い起こさせてくれます。多くの人が、特に苦しみや困難の中で、聖体のイエスによって支えられたという経験を持っているでしょう。
25・40「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」
 わたしたちが日々出会う人、特に苦しみの中にあり、助けを必要としている人をとおして、今も生きておられるキリストに出会う、このような体験もわたしたちの中にきっとあるのではないでしょうか。それぞれの体験を分かち合ってみましょう。

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2006年06月04日

聖霊降臨の主日(2006/6/4 ヨハネ15・26-27, 16・12-15)

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 聖霊降臨の主日のミサの福音は、毎年同じヨハネ20・19-23を読むことができますが、ここではB年のための任意の箇所を取り上げます。復活祭から50日目に聖霊降臨を祝うのは、使徒言行録2章(第一朗読)にあるペンテコステ(五旬祭)の日の出来事に基づいています。イエスは復活して神のいのちに上げられますが、弟子たちには聖霊が注がれます。弟子たちはこの聖霊に駆り立てられて、福音を告げ知らせ始めました。その意味で聖霊降臨は過越(すぎこし)の神秘の完成であり、同時に教会の活動の出発点なのです。

福音のヒント

  (1) ヨハネ福音書13~16章には、最後の晩さんの席で語られたイエスの多くの言葉が伝えられていますが、その中に、聖霊をおくる約束が4箇所あります。14・16-17、14・26、15・26、16・7-15。この約束は、ヨハネ福音書ではイエスの復活の日に実現しています。「彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。・・・』」(20・22)。きょうの福音の箇所は15章と16章の聖霊の約束が組み合わされていますが、わたしたちにとっても単なる未来の約束ではなく、すでにわたしたちの中に実現していることとして聖霊降臨の出来事を味わいましょう。

  (2) 「弁護者」はギリシア語で「パラクレートスparakletos」です。「パラ」は「そばに」、「クレートス」は「カレオーkaleo(呼ぶ)」という動詞から来ていて「呼ばれた者」の意味です。裁判のときにそばにいて弁護してくれる人を「パラクレートス」と言ったので新共同訳聖書は「弁護者」と訳しますが、もっと一般的に「そばにいて助けてくれる方」と受け取って「助け主」や「慰め主」と訳されることもあります。
 ヨハネの第一の手紙2・1には「御父のもとに弁護者(パラクレートス)、正しい方、イエス・キリストがおられます」という言葉があります。これは復活して神のもとに上げられたイエスのことですが、イエスこそが第一の「パラクレートス」であるということができます。そこで、ヨハネ福音書14・16では聖霊について「別のパラクレートス」という言葉が使われているのです。

  (3) 「真理の霊」の「真理」とはなんでしょうか。真理はギリシア語では「アレーテイアaletheia」と言います。「アレーテイア」の本来の意味は「隠されていないこと」です。ギリシア人にとって、真理とはふつうは目に見えないそのものの本質が明らかにされることだと言えるでしょう。一方、真理と訳されるヘブライ語は「エメト」です。この言葉は「アーメン(確かに)」という言葉と同じ語根で、「確かなもの、頼りになるもの」を表します。ヨハネ福音書の「真理」には「隠されている神のほんとうの姿を明らかにする」というギリシア語的なニュアンスと「本当に確かで、頼りになるもの」というヘブライ語的なニュアンスの両面があると考えられます。
 「ヨハネ福音書における真理とはイエスご自身のことである」といった人がいます。イエスこそ、神の本当の姿を明らかにした方であり、わたしたちの救いのために本当に確かで頼りになる方であることは間違いありません。聖霊の働きは、何よりも真理であるイエスにわたしたちを結びつけることだと言ったらよいかもしれません。人間の力を超える何かしら大きな力を感じたとしても、それを聖霊の働きだということはできません。大切なのは、その力がわたしたちをイエスとその生き方(愛)に結びつけるかどうかなのです。

  (4) 15章では「証(あか)しをする」ということが聖霊の役割です。15・18~16・4でイエスは弟子たちが受けることになる迫害を予告します。厳しい迫害の中でイエスをあかしするのは弟子たちのはずですが、まず第一に「聖霊が証しをする」と言われるのはなぜでしょうか。迫害の中でも人がキリストへの信仰に踏みとどまり、キリストを証しするとすれば、そこには人間の力を超えたものが働いている、それが聖霊(神の霊、イエスの霊)なのだ、ということでしょう。わたしたちが特別な困難に直面したとき、自分の力ではどうにもならないような現実に直面したとき、それでもわたしたちがキリストに従って生きようとすることができたとしたら、それを聖霊の働きと呼んでもいいのではないでしょうか。

  (5) 16・13で「その方」と訳されている言葉は男性形の指示代名詞ですが、もちろん聖霊のことを指しています。「霊(プネウマ)」はギリシア語では中性名詞なので、中性形の指示代名詞(訳せば「それ」)が使われてもおかしくないのですが、ヨハネはあえて男性形で書いています。これは「パラクレートス」が男性形だからでしょうか。聖霊とは、素朴に言えば「神の(あるいは復活したイエス)の目に見えない働き」と言うことができます。しかし、ヨハネ福音書は、単なる「働き」ではなく、弟子たちのうちにとどまり、いつも弟子たちとともにいて、支えてくださる「方」という面を強調して、聖霊のことを人格を持つもののように語っているのだと考えられます。
 ここでの聖霊の働きは「真理をことごとく悟らせる」ことです。「真理をことごとく」と訳された部分は「真理全体」とも訳せるような言葉が使われています。「悟らせる」には「道案内する、導く」という意味の言葉が使われています。イエスはこれまで、いろいろな言葉を語ってきました。しかし、これからは聖霊が弟子たちを導くのです。聖霊の導きは、イエスがこれまで語ってきたことと別のことではなく、イエスが語られたことを、わたしたちにもっと深く理解させ、わたしたちがわたしたちの現実の中でイエスの言葉をどう生きるべきかをはっきりと示すことだと言えるのではないでしょうか。
  「聖霊」を人間の頭で抽象的に理解しようとすることは無理なことです。目に見えない神の働き、復活して目に見えないが今もわたしたちとともにいてくださるイエスの働きが、聖霊の働きなのです。聖霊という言葉よりも大切なのは、わたしたちの日々の生活の中に、わたしたちの集いの中に、今も神が、キリストが共にいて、何かをしてくださっているということでしょう。わたしたちはどのような時にそう感じることができるでしょうか。

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2006年05月28日

主の昇天 (2006/5/28 マルコ16・15-20)

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 使徒言行録によると、復活したイエスは40日にわたって弟子たちに姿を現した後、天に上げられました(1・3-11、第一朗読)。本来、主の昇天の祭日は復活祭から40日目の復活節第6木曜日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では日曜日に移して祝われます。
きょうの箇所はマルコ福音書の結びですが、写本によってはこの部分がないものもあり、後の時代の人の付加した部分だと考えられます(マルコ福音書は本来16・8で終わっていたようです。B年復活の主日の「福音のヒント」参照)。ここにはイエスの死後起こったことがコンパクトにまとめられています。すなわち、弟子たちへの出現、派遣命令、イエスの昇天、イエスが弟子たちとともにいつづけること、です。

福音のヒント

  (1) この箇所の前、9-11節でマグダラのマリアへの出現(ヨハネ20・11-18参照)が、12-13節で他の二人の弟子への出現(ルカ24・13-35)が語られていますが、弟子たちは彼らの言葉を聞いてもイエスの復活を信じなかったと言われています。そしてここでは、「その不信仰とかたくなな心をおとがめになった」とあります。これらの言葉は昔の弟子たちを批判するために伝えられているのではなく、復活を信じることの難しさを語りながら、それでも信じるように読者を励ます意味があるのではないでしょうか。この箇所では、イエスの言葉が弟子たちを信じるものに変えていきます。わたしたちもきょう、このイエスの言葉に耳を傾けようとします。

  (2) 15節からが復活したイエスの言葉、いわゆる派遣命令です。この派遣命令の特徴は、「全世界に行ってすべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」というように範囲が非常に広いことです。生前のイエスによる弟子たちの派遣が限定的だったのと対照的です(マルコ6・7-13)。弟子たちの使命は「福音を告げること」ですが、これはマルコ福音書で言えば、これまでイエスがなさってきたことそのものです。「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた」(1・14-15)。告げるべき福音の内容はキリスト教のさまざまな教えというよりも、「神の国の到来」でした(その意味で「宣教」ではなく、「告知」という言葉をここでは使います)。「神の国」のメッセージは、別な言葉で言えば、「父(アッバ)である神は、すべての人を例外なく子どもとして愛してくださっている」というメッセージだったと言えるのではないでしょうか。「福音告知」とは「神は愛であることを伝えること」だと言ってもいいはずです。そう考えれば、決して言葉だけで伝わるものでないことは明らかでしょう。

  (3) 16節の「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける」は信仰か不信仰かの決断を迫る言葉です。洗礼を受けていない人が多い日本のような国では、多くの人がこのような言葉に戸惑いを感じるかもしれません。
 ここで、信じるか信じないかの前提に「福音が告げられている」ことがあるということは大切です。弟子たちが告げる福音(神が愛であること)は言葉だけではなく、弟子たちの生き方のすべてをとおして伝えられるはずのことです。そういう福音告知が前提にあって、福音が告げられた人に決断が問われているのです。だとすれば、わたしたちが教会外の人をどう見るかではなく、まず第一にわたしたち自身が生き方と言葉のすべてをもってこの福音を告げているか、が問われるのではないでしょうか。

  (4) 信じるものに伴うしるしは、17節では「悪霊を追い出し、新しい言葉を語る」ことです。ここで「言葉」と訳されているのはギリシア語の「グロッサglossa」です。本来「舌」を意味する言葉ですが、英語のtongueのように「言語」の意味もあります。
 Ⅰコリント12、14章で「異言(いげん)」と訳されるのもこの言葉ですが、きょうの箇所では、何かしら特別な、不思議な言葉というよりも「神から与えられる言葉のたまもの(カリスマ)全体」と考えればよいでしょう。
 聖霊降臨の日に、「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(使徒言行録2・3-4)とありますが、この「舌」も「言葉」も「グロッサ」です。その日、使徒たちが語った言葉は、民族や言語の壁を越えて人間同士のコミュニケーションを可能にする言葉でした。悪霊が人を神から引き離し、人と人との関係を破壊する力だとすれば、逆に聖霊は神と人、人と人とを結ぶ力です。ほんとうにわたしたちの働きが神と人・人と人を結ぶものであれば、どれほど力強い「しるし」になるでしょうか
 18節の「蛇(へび)」は人間を害するもののシンボルです。その「蛇」や「毒」に打ち勝ち、病人をいやすというのがもう一つの「しるし」です。こんなことは今のわたしたちには不可能だと思われるかもしれません。しかし、福音書が伝えるイエスの「いやし」をどのように受け取るかによって、わたしたちの課題にもなるのではないでしょうか。イエスのいやしとは「病気によって神からも、他の人からも切り離されていた人を、神との交わり、人との交わりに連れ戻し、そこからその人自身が立ち上がることができるように助けること」と見ることもできるでしょう。だとすれば、今のわたしたちの中にもそのような「しるし」があるのではないでしょうか。 

  (5) 19節でイエスは天に上げられますが、20節では「主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった」と語られ、イエスが遠くへ去っていったのではないことをはっきりと示しています。「天」とは時間空間を超えた神の領域です。ですからイエスは目に見える姿、手で触れることのできる形ではいなくなりますが、同時に目に見えない形で、弟子たちとともにいてくださるのです。これこそが復活の完成だと言えるでしょう。

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2006年05月21日

復活節第6主日 (2006/5/21 ヨハネ15・9-17)

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 きょうの箇所は先週の「ぶどうの木と枝」のたとえに続く箇所です。
 ヨハネ福音書13-16章は、最後の晩さんの席で、イエスが世を去るに当たって、世に残していく弟子たちに向けて語られた遺言のような長い説教を伝えています。しかし、14章の終わり(31節)には「さあ、立て。ここから出かけよう」というイエスの言葉があって、そこで一旦この場面が終わっているようです。おそらく15章以下は、後から拡大された部分でしょう。15-16章では13-14章と同じようなテーマが繰り返され、より深められていると考えたらよいと思われます。きょうの箇所の愛の掟も、13章ですでに一度語られていました。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(13・34-35)。この箇所を重ね合わせながら、きょうの箇所を味わうと良いでしょう。

福音のヒント

  (1) 先週の箇所の「枝がぶどうの木につながっている」ときょうの箇所の「愛にとどまる」には同じ動詞(ギリシア語の「メノーmeno」)が使われています。9-10節は1-8節のぶどうの木と枝のたとえの結論だと言えるでしょう。10節の「掟」の内容については、12節で明らかにされます。11節の「これらのこと」は1-10節全体を指しています。「喜び」はイエスとわたしたちが、ぶどうの木と枝のように愛によってつながっていることなのです。

  (2) 12節の「互いに愛し合いなさい」はあまりにも有名なイエスの言葉です。ここでイエスは確かに命令法で「愛し合え」と言い、さらに「これがわたしの掟である」(17節では「これがわたしの命令である」)と言っています。しかし、「愛とは命令されたから愛するというようなものか」という疑問を感じる人がいるかもしれません。愛というのは心の中から自然に湧き上がるもので、命令されて義務的に愛するというのは、ほんとうの愛ではない、と言うこともできるかもしれません。そんなことを考えるとき、「わたしがあなたがたを愛したように」という言葉はとても大切になります。イエスは愛の掟をただの命令として弟子たちに与えているのではなく、イエスが弟子たちを愛した、その愛に基づいて、弟子たちに互いに愛し合う生き方を命じているのです。弟子たちの側からすれば、「イエスがわたしたちを愛してくださった。そのようにわたしたちは互いに愛し合うべきだ」ということになりますが、このとき、弟子たちにとってイエスの愛は単なる模範ではなく、弟子たちが愛することの根拠だと言えるのではないでしょうか。「このわたしを愛してくださった」というイエスの愛を深く受け取ったからこそ、弟子たちは愛することができるし、愛さずにはいられなくなる。これは義務や命令の世界ではなく、恵みの世界です。「掟」や「命令」と言っても実は外面的な規則のようなものではなく、わたしたちの内面に働きかけて、わたしたちの生き方を新たにしていく神の導きによることなのです。

  (3) 12節の言葉についてはもう一つの疑問もあるかもしれません。それは、「互いに愛し合う」というのは仲間うちの愛であって、内向きの姿勢に聞こえるが、イエスはそんなことを教えたのか、という疑問です。これについては、13節の「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」という言葉から考えてみましょう。
 「友のために・・・」という言葉は、わたしたちが互いに愛し合うときの愛について語っている言葉でしょうか? むしろイエスが弟子たちを愛したその愛が「友のために命を捨てる」愛だったと言うのではないでしょうか。ここでイエスは「敵のために命を捨てる」とか「自分に対する裏切り者のために命を捨てる」とは言いません。イエスははっきりと「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」(15節)と宣言されます。さらにその理由として「父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と言われます。ここで「友」という言葉が使われているのは、イエスと弟子たちとの心のつながりを表すためではないでしょうか。イエスがここで語っている愛は、外面的な行為としての愛の業よりも「友としての愛」、ほんとうに深く心のつながりがあるものとしての愛なのだということは大切でしょう。ほんとうの愛は一方通行ではありえないはずです。この箇所でのテーマは、弟子たち相互の間に深い心の結びつき(友としての愛)が生まれることであって、もちろん、ほかの人を愛さなくてもよい、ということが言われているのではないのです。
 なお、「命を捨てる」は10・11、17-18と同じく普通の「置く」ということばが使ってありますから、「差し出す」とか「投げ出す」と訳したほうがよいかもしれません(B年復活節第4主日の「福音のヒント」参照)。

  (4) 16節には「選び」というテーマが出てきます。聖書の中にある神の選びは、人間の選びとはまったく異なります。人間は一番良いものを選ぼうとしますが、神はむしろ一番弱く、貧しいものを選ばれます。それはすべての人を救うためなのです。イスラエルの民の選びもキリスト者の選びもそういうものでした(申命記7・7、Ⅰコリント1・26-29など参照)。人間が優れているから神に選ばれ、救われるのではなく、神がすべての人を救おうとしておられるから、ある人を選び、その人をとおしてほかの人々に救いをもたらそうとされるのです。だから「選ばれてラッキー!」ということで終わるのではなく、救いを受けた人間には、ほかの人々の救いのために働く使命が与えられるのです。
 ここでのイエスの選びも同じです。最後までイエスについていくことのできない弱い弟子たちをイエスは選び、友と呼びます。「わたしが選んだ」ということも「友と呼ぶ」ことも、特定の弟子たちのことではありません、イエスの弟子となったすべてのキリスト信者のことです。そのわたしたちの中に「互いに愛し合いなさい」というイエスの言葉が実現するならば、イエスは復活して今もわたしたちのうちに生きていてくださると言えるのでしょう。そのように感じる体験がわたしたちの中にもあるのではないでしょうか。

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2006年05月14日

復活節第5主日 (2006/5/14 ヨハネ15・1-8)

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 復活節第5、第6主日の福音では、ヨハネ福音書の最後の晩さんの席でのイエスの言葉が読まれます。世を去るにあたってイエスが弟子たちに語られた遺言のような言葉ですが、なぜ、これが復活節に読まれるのでしょうか。
 これらのイエスの言葉はほとんどが「わたしは去っていくが、何かを残していく、その何かのかたちでわたしはずっとあなたたちと共にいる」という約束です。この約束は、福音書を書いているヨハネにとっては将来のことではなく、すでに自分たちの中で実現した現在のことでした。今のわたしたちもこのイエスの言葉が、わたしたちの中で現実になっているに気づくときに、イエスが今も生きていることを確信できるのです。復活節は、ただ単に2000年前にイエスが死者の中からよみがえった、ということを祝う季節ではありません。復活して今も生きておられるキリストとの深いつながりを味わう季節なのです。

福音のヒント

  (1) ぶどうの木はパレスチナで古くから栽培され、イスラエルの人々にとって馴染み深い植物でした。ぶどうの木は大きな木ではなく、幹(みき)もそれほど太くありません。ここで「ぶどうの木」というのは「ぶどうの幹」のことではなく、幹も枝も含めた木全体のことです。ぶどうの枝と幹がつながっている、というイメージではなく、枝はぶどうの木全体の一部だというイメージを思い浮かべながらこのたとえを読むとよいでしょう。
 ここで「~につながっている」と訳される語は、ギリシア語では「メノー・エンmeno en」で、9節以降で「~にとどまる」と訳される言葉と同じです(「エン=~のうちに」だけで動詞が省略されている箇所もあります)。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる」(9-10節)。これはきょうの箇所全体を理解するために大切な言葉です。「ぶどうの木」のたとえが示そうとしていることは、まさにこのことだからです。

  (2) 4節の「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている」も「わたしのうちにとどまりなさい。わたしもあなたがたのうちにとどまる」と訳すことができます。枝が木全体の中にとどまっている、というイメージは分かりやすいと思いますが、ぶどうの木全体が一つ一つの枝のなかにとどまっている、というイメージはどうでしょうか? ぶどうの一房一房の中にぶどうの木全体が含まれている、というと、現代人にはDNAの話のように聞こえるかもしれません。とにかく、ヨハネ福音書は「互いが互いのうちにとどまる」という表現で両者の深い交わりを表そうとしています。
 「キリストがわたしのうちにおられる」と感じるのはどんなときでしょうか。「わたしがキリストのうちにいる」ということは、どんなときに感じられるでしょうか。それを自分たちの経験の中に見つけることができれば素晴らしいことでしょう。

  (3) 2節「手入れをなさる」は原文では、3節「清くなっている(カタロスkatharos)」という形容詞から派生した動詞です。「清くする」が普通の意味ですが、「枝を清くする」というのは「刈り込む」「剪定(せんてい)する」とことを表しています。農夫によって適切に刈り込まれるからこそ、ぶどうは豊かな実りをもたらすのです。「わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている」も「イエスの言葉によって刈り込まれる」というイメージなのかもしれません。イエスの言葉は、わたしたちにとって時として厳しいこと・痛いことがありますが、それがわたしたちにとって大きな成長のチャンスでもあった、そんな経験はわたしたちにもあるのではないでしょうか。

  (4) イエスの言葉がわたしたちのうちにとどまる(7節)と言いますが、イエスの「言葉」「掟」は究極的には「愛」しかありません。この直後に「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」(12節)と明確に宣言されます。
 「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」(7節)という約束がありますが、このような約束は、ヨハネ14・13-14、15・16、16・23-24でも繰り返されます。もちろん誰の中にも「祈りがかなえられなかった」という苦い経験があるでしょう。わたしたちはこのイエスの約束をどう受け止めるべきでしょうか。ここでは、キリストの愛に結ばれてわたしたちが願うことは、わたしたち自身が愛する者になる、わたしたちの中に愛が実現することだ、と言えるかもしれません。そしてわたしたちのこの願いと祈りを支えるものは、イエスご自身が苦しみと死を味わい、愛によって死を越えて、愛そのものである神と一つに結ばれた、という信仰なのです。何度も繰り返される「実を結ぶ」ということも「わたしたちの中に愛が実現する」ことそのものだと言えるでしょう。そして、それは「イエスの弟子になる」こと、「父が栄光を受ける」ことにつながっています。

  (5) このように見てくると、「イエスというぶどうの木につながっている」ということは洗礼やミサへの参加などよりももっと根本的な生き方の問題だということがわかります。もちろん、ミサや秘跡をとおしてイエスにつながることは大切です。でもそれはもっと大切な、目に見えないイエスとのつながりを生きること、そして、わたしたち自身が愛する者に変えられていくことを表しているものなのです。
 2節「つながっていながら、実を結ばない枝」や6節「つながっていない人」に対する厳しい言葉は、キリスト信者でない人を断罪するための言葉ではなく、キリストを知ったわたしたちがキリストから離れないようにと警告するための言葉です。わたしたちはキリスト信者でなくとも、愛によってキリストにつながっている人を知っています。その人々についてここでは直接的には何も述べられていません。ここで問いかけられているのは、キリストの愛を知ったわたしたち自身の生き方の問題なのです!

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2006年05月07日

復活節第4主日 (2006/5/7 ヨハネ10・11-18)

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 復活節第4~第6主日のミサの中では、ヨハネ福音書のイエスのことばが読まれます。これらの箇所は、復活して今も生きておられるイエスと今のわたしたちとのかかわりを味わうために選ばれた箇所です。第4主日には毎年、ヨハネ10章の「羊と羊飼い」のたとえが読まれますが、ここには良い羊飼いとして羊にいのちを与えるイエスと羊であるわたしたちとの深いつながりが示されています(ちなみにA年には1-10節、C年には27-30節が読まれます)。

福音のヒント

  (1) パレスチナの羊飼いは半遊牧生活であったと言われます。羊飼いは50~100頭の羊の群れを追って、草のあるところを求めて旅していきます。羊は弱い動物なので、一頭だけでいたら野獣に襲われて滅んでしまいます。羊飼いの役割は、羊を一つの群れに集め、狼や盗人から羊を守り、草のあるところに羊を導くことでした。夜になると羊は各地に設けられた囲いに入れられました。この囲いは羊飼いたちが何世代もかけて作り上げたもので、誰の所有というわけではなく、いろいろな羊飼いの羊が混じって夜を過ごします。朝になって囲いを出るとき、羊たちはちゃんと自分の羊飼いを知っていて、自分の羊飼いについていくのだそうです。羊飼いのほうも一匹一匹を見分けることができたといわれます。こういう当時の実際の羊飼いの生活が背景にあって、きょうのたとえが語られています。

  (2) ヨハネ10章のイエスの言葉は、9章の終わり(41節)から続いています。9章は「生まれながらの盲人のいやし」の物語でした。安息日について律法の中では、「それを汚す者は必ず死刑に処せられる。だれでもこの日に仕事をする者は、民の中から断たれる」(出エジプト記31・14)と言われていましたが、その安息日にもかかわらず、イエスは泥をこねてその人の目に塗り、その人をいやしました。このことは、言わばいのちがけの行為でした。このイエスの行動が背景にあって、羊と羊飼いのたとえが語られ、「わたしは良い羊飼いである」(10・11)と宣言されるのです。
 ヨハネ福音書には「わたしは○○である」というイエスの宣言がいろいろな箇所にあります。「わたしがいのちのパンである」(6章)、「わたしは復活であり、いのちである」(11章)、「わたしは道、真理、いのちである」(14章)などなど。これらは単なる自己主張ではありません、非常に具体的な生き方に基づくイエスの自己紹介であり、そのイエスに出会った人々の信仰告白のことばでもあるのです。

  (3) 「良い羊飼い」の「良い」はギリシア語では「カロスkalos」という言葉が使ってありますが、この言葉は普通「美しい」と訳されます。「外見的に美しい」ことや「目的にかなって美しい」ことを表す言葉です。ここでは「役に立つ」という意味で用いられているようです。狼が来て逃げ出す羊飼いは役に立たない羊飼いであるのに対し、羊のために命を差し出す羊飼いが「役に立つ良い羊飼い」なのです。
 11節の「命を捨てる」は17-18節でもくわしく語られています。「命」はギリシア語で、「プシュケーpsyche」です。ここでは肉体的な命の意味でも、神からの永遠の命の意味でも使われています。「捨てる」(11,15節)は「ティセーミtithemi」で、本来「捨てる」という意味はなく、普通は「置く」と訳される言葉です。「命を投げ出す」「命を差し出す」という意味に取ったらよいでしょう。ヨハネ福音書ではイエスは能動的に、愛のゆえに命を差し出すのです。18節の「掟」は「神が定めたこと」の意味で受け取ればよいでしょう。

  (4) 16節の「この囲い」とは何でしょうか。教会の中のある一つのグループを想定していて、他のキリスト信者が「この囲いに入っていない他の羊」なのでしょうか。しかし、もっと広く、キリスト信者ではない人も「他の羊」だと考える可能性があります。
 ヨハネ17章のイエスの祈りの中にこのような言葉があります。「また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。」(17・20-21)。ここで言う「すべての人」はキリストを信じるすべての人のことです。ヨハネ福音書が書かれた時代、キリストを信じる人と信じない人(特にユダヤ人)との対立は決定的になっていたので、この福音書では「イエスを信じる人々」と「信じない世」を対立させる雰囲気があります。しかし「世」の人々はすべてイエスを信じない(イエスの羊でない)、と断定しているのではないことにも注意すべきでしょう。16節の「声を聞き分ける」は「声に聞き従う」とも訳すこともできます。イエスの声は「互いに愛し合いなさい」とわたしたちに呼びかける声です。その声に聞き従う人とは誰のことでしょうか。

  (5) 14-15節の「知っている」はただ単に知識として知るという意味ではなく、お互いの関わりを表すことばです。日本語でも「○○さんを知っていますか」という言い方は単に「その人について知識がありますか」という意味ではなく、「その人と会ったことがありますか。どんな交際がありますか」という意味でしょう。ここでは「イエスがわたしたちを」「わたしたちがイエスを」「父がイエスを」「イエスが父を」知っていると言うことによって、父である神とイエス、そしてわたしたちの深い結びつきが示されています。9章でいやされた人が、「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです」(25節)と言った言葉も思い出されます。彼にとってイエスを知るとは、イエスについての知識の問題ではなく、イエスによって自分が変えられたという体験そのものでした。
 イエスは良い羊飼いとしてわたしたち一人ひとりを知っていてくださいます。わたしたちはどのようにイエスを知っていると言えるでしょうか。

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2006年04月30日

復活節第3主日 (2006/4/30 ルカ24・35-48)

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 先週に続いて、復活したイエスと弟子たちとが出会う場面が読まれますが、きょうの箇所はルカ福音書です。有名なエマオの弟子の話(ルカ24・13-35)の結びに、2人は「時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた」(24・33-34)とありました。きょうの箇所では、そこに再びイエスが姿を現します。

福音のヒント

  (1) 35節の2人の弟子は、エルサレムの弟子たちの集いを離れ、失意のうちにエマオに向かっていましたが、復活の主に出会って「十一人とその仲間」(33節)のもとに帰っていきます。イエスとの出会いの体験を告げ知らせたくて、他の弟子たちのもとに走るのです。弟子たちは復活したイエスとの出会いの体験を分かち合い、その集いの中で再びイエスに出会うことになります。ここに教会の原点の姿があるのではないでしょうか。
 「あなたがたに平和があるように」は先週のヨハネ20・19,21,26にも伝えられている復活したイエスのあいさつです。「罪のゆるし」というテーマも共通しています。この箇所の背景にはヨハネ20・19-29と同じ口伝えの伝承があったようです。
 復活したイエスの姿は、エマオの弟子の場合は「見知らぬ旅人」の姿でしたが、ここでは弟子たちからは「亡霊」(ギリシア語では「プネウマpneuma」)と見られています。イエスはご自分が生きていることを示すために、手と足を見せ、魚を食べてみせることまでしました。このことを通してイエスが弟子たちに分からせようとしていることは「まさしくわたしだ」(39節)ということです。

  (2) ルカ10章で、イエスがエルサレムに向かう旅に出たときに、先に72人を派遣するという話がありました。そこでは、「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい」(10・5)と言われ、また、「そこで出される物を食べ、また飲みなさい」(10・7)とも命じられていました。きょうの箇所では、復活されたイエスご自身がまさにそのようにしています。イエスはみずから、派遣される弟子たちのあるべき姿を示そうとされている、と言えるかも知れません。
 使徒言行録10章で、ペトロがコルネリウスの家で行なった説教との関連も指摘されます。「平和」(36節)、「食事」(41節)、「宣べ伝え、証しする」(42節)、「罪のゆるし」(43節)など、ほとんどの要素がきょうの箇所と共通しています。ルカは、これこそが弟子たちの証言の内容でもあるのだ、と言おうとしているのではないでしょうか。

  (3) 弟子たちはイエスの手足や、魚を食べるところを見て信じたというわけではありません。彼らが本当に信じる者に変えられるのは、45節で「イエスは、・・・彼らの心の目を開いて」というところです。わたしたちが信じるようになるためにも、わたしたちの内面に働きかけるイエスと聖霊の働きに心を開くことが必要でしょう。
 「モーセの律法と預言者の書と詩編」(44節)は、旧約聖書全体を指す言葉です。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』」(46-47節)は旧約聖書のある箇所の引用というよりも、それが旧約聖書全体をとおして告げられていた神の計画だということでしょう。「まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたこと」(44節)とは何でしょうか? この日の朝、イエスの墓に行った女性の弟子に告げられた言葉はこうでした。「まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか」(ルカ24・6-7)。そう言われて「婦人たちはイエスの言葉を思い出した」(24・8)とも言われています。
 イエスのおっしゃるとおりだったのだ、とイエスの言葉を思い出す、という体験はわたしたちの中にもあるのではないでしょうか。イエスが語られた多くの言葉をわたしたちは知っています。でも、イエスの言葉がわたしたちの中で実現している、と感じたときに、イエスはほんとうに今も生きている、と感じることができるのではないでしょうか。

  (4) 47節の「赦し(ゆるし)」はギリシア語で「アフェシスaphesis」ですが、この言葉は、イエスの活動の最初期にナザレの会堂でイエスご自身が読んだイザヤ書(61・1-2)の中にもありました。「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ、/圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」(イザヤ61・1-2参照)。「解放」「自由」と訳されている言葉は両方とも「アフェシス」です。この「アフェシス」というイエスのミッション(使命)は復活を境に、エルサレムから始まって全世界へと広がっていきます。
 「罪」とは「神との断絶」であり、そこに「いのち」はないのですから、「罪の赦しを得させる悔い改め」とは、「人が神に立ち帰り、神と人とが一つに結ばれ、神のいのちを生きること」だと言ったらよいでしょう。
 なお、「悔い改めが、・・・宣べ伝えられる」のであって、使徒たちが宣べ伝えるとは言われていません。もちろん使徒たちも宣べ伝えるはずですが、ここではむしろ「あなたがたはこれらのことの証人となる」と言われています。それは「悔い改めを宣べ伝える」のが神の働き、復活されたイエスの働きだからではないでしょうか。使徒たちは、過去のイエスの出来事の証人であるだけでなく、今、自分たちの中で神が、復活のイエスがなさっていることの証人なのです。復活したイエスが今の自分たちの中に働いていて、神と一つに結ばれるいのちを自分たちが生きているということをあかしする、それは、言葉よりも生き方によるあかしだと言うべきではないでしょうか。わたしたちもこの証人としての使命をいただいているのです。

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2006年04月23日

復活節第2主日 (2006/4/23 ヨハネ20・19-31)

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 復活節主日の福音のテーマは次のようにとらえることができるでしょう。復活の主日は復活の朝の「空の墓」の物語、第2、第3主日は「復活したイエスと弟子たちとの出会い」の物語、第4~第6主日は「目に見えないがイエスがともにいてくださるとはどういうことか」を示すヨハネ福音書の箇所。復活節第2主日の福音は毎年同じで、「週の初めの日の夕方」と「八日の後」にイエスが弟子たちに姿を現したヨハネ福音書20章の箇所です。このような箇所は2000年ほど前のある日の出来事であると同時に、今のわたしたちのイエスとの出会いの物語として読むこともできるでしょう。
 なお、今回の「福音のヒント」は昨年のものとほとんど同じです。

福音のヒント

   (1) 「弟子たちはユダヤ人を恐れて」(19節)とあります。先生であるイエスが逮捕され、殺されていった、自分たちにもどんな迫害が及ぶか分からない、町にはイエスの残党を探して捕らえようとしている人がいるかもしれない。弟子たちは恐怖におびえ、1つの家に閉じこもり、中から鍵をかけて災いが過ぎ去るのを待っていました。
 そこへイエスが来て、弟子たちの集いの「真ん中に」立ちます(26節もそうです)。復活したイエスは時間と空間を超越した方ですから、戸をすり抜けてきたと考える必要はありません。イエスは「あなたがたに平和」と言います。これは普通のあいさつのことば(ヘブライ語なら「シャローム」)でもありますが、21、26節で繰り返されるところを見ると、よほど印象的なことばだったと言えるかもしれません。
 弟子たちが求めていたのは自分たちの身の安全でした。しかし、本当の平和は鍵をかけて閉じこもるところにはありません。いくら鍵をかけていても心は恐怖でいっぱいなのです。本当の平和はイエスがともにいてくださるところから来ます。イエスが共にいてくださる、だから何も恐れることはない、これがキリストの平和です。この平和に満たされたとき、扉を内側から開いて出て行くことができるのです。ミサの最後に「行きましょう、主の平和のうちに」と言われるとき、いつも思い出したい場面です。

  (2) 復活したイエスとの出会いは、弟子たちにとってゆるしの体験でもありました。「ゆるし」とは「和解、関係回復」の出来事です。父との縁を自ら断ち切ってしまった放蕩息子を、父親が再び子として受け入れること(ルカ15・11-32)、これがイエスの語るゆるしのもっとも明快なイメージです。イエスを見捨てて逃げてしまった弟子たちはイエスの弟子であることにおいて失格者でした。しかし、復活したイエスは、弟子たちを責めるのではなく、再び弟子として受け入れ、新たに派遣していきます。

  (3) 「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」(21節)。これまで父である神に派遣された者としてイエスが地上で行ってきたことを、今度は弟子たちが行っていくことになります。そして弱い人間である弟子たちが、この使命を果たすことができるように「聖霊」という神からの力が与えられるのです。弟子たちの使命の中心は「ゆるし」。あるいは「愛」と言ってもよいでしょう(ヨハネ13・34-35、15・12参照)。「ゆるし」は「愛」の典型ですからです。23節の「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る」は、ゆるすもゆるさないも弟子たちの好きにしてよいという意味ではなく、だからゆるしなさい、あなたがたが人をゆるすことによって、神のゆるしがその人の上に実現するのだ、と受け取るべきでしょう。人からゆるされる(愛される)ことをとおして神のゆるし(愛)を実感することができたという体験はわたしたちの中にもあるのではないでしょうか。

  (4) 「トマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった」(24節)。ルカ24章のエマオの弟子も他の弟子たちから離れていきましたが、イエスの死という出来事は、弟子たちのコミュニティーをバラバラにしてしまう出来事でもあったようです。トマスもまた、最後までイエスに従うという覚悟(ヨハネ11・16参照)を果たせなかった自分にも他の弟子たちにも失望して、弟子の集いから離れていたのかもしれません。しかし、このトマスにイエスが生きているという知らせが届きます。トマスにとって「主を見た」というほかの弟子の言葉は、とても信じられない言葉であったと同時に、信じれば自分の人生のすべてが変わる、という言葉でもありました。トマスは、もしそれが本当ならば自分で確かめたかったのです。だからこそ、「八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた」のではないでしょうか。そしてイエスはトマスを信じる者に変えてくださいました。
トマスはコミュニティーの中で、コミュニティーの真ん中にいるイエスに出会いました。わたしたちはどこで復活のイエスに出会うことができるでしょうか。

  (5) 「見ないのに信じる人は、幸いである」(29節)は、わたしたちへの祝福のことばだと言えるでしょう。使徒たちの後の時代のキリスト信者は皆「見ないで信じている者」だからです。イエスの復活を信じるとは「イエスと神とのつながりは死によって断ち切られなかった、イエスとわたしたちとのつながりも死によって断ち切られない」と信じることです。イエスの復活を信じることは「愛を信じる」というのと似ています。「目に見えないものは信じない」と言い張ることも可能ですが、「信じること」は単なる知的興味の問題ではなく、わたしたちの生き方の根幹にかかわることなのです(トマスにとってはまさにそうでした)。
 「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるため」(31節)のギリシア語原文は「信じていない人が信じるようになるため」とも「信じている人が信じ続けるため」とも読むことができます。ヨハネ福音書はいつもすでに信じているわたしたちをイエスとのより確かな交わりへと導いてくれるのではないでしょうか。

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2006年04月16日

復活の主日 (2006/4/16 マルコ16・1-7)

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 イエスが十字架で死んだのは今で言えば、金曜日の午後3時ごろでした。古代ユダヤでは日没から新しい一日が始まったので、この日を1日目とすると、金曜日の日没から土曜日の日没までの「安息日」が2日目、土曜日の日没から日曜日の日没までの「週の初めの日」が3日目ということになります。きょうの福音にあるように、週の初めの日の朝早くイエスの墓に行くと墓は空だったので、イエスは土曜日の日没に始まる3日目の夜のうちに復活したと考えられてきました。復活徹夜祭のミサは光の祭儀や入信の秘跡をもって復活を祝うもので、単なる前夜祭ではなく、復活祭のメインのミサだと言うべきでしょう。このようなわけで、ここでは「復活の主日・日中のミサ」の福音、ヨハネ20・1-9(毎年同じ)ではなく、「復活徹夜祭」の福音、マルコ16・1-7(マタイ、ルカと3年周期)を取り上げます。

福音のヒント

    (1) 当時の墓は洞穴のようになっていて、入口が円盤型の大きな転がる石でふさいでありました。「白い長い衣を着た若者」(5節)はもちろん天使です。
 5節に「婦人たち」という言葉がでてきますが、原文では主語が省略されています。15・40で「婦人」と訳されているのはギリシア語の「ギュネーgyne」ですが、この言葉は大人の女性一般を指す言葉です。「婦人」という日本語は、既婚女性、特に専業主婦を指すニュアンスがあるので、現代ではあまり使われなくなっています(「婦人会」なんて言っているのは教会だけ?)。マルコ15・41で十字架のイエスを見守っていた女性たちは「イエスに従って来て世話をしていた人々である」と言われていますが、直訳では「彼に従い、彼に仕えてきた」です。この「従う」「仕える(ディアコノーdiakono)」は弟子の生き方の中心を表す言葉です(マルコ10・43-45参照)。マルコ福音書では男の弟子たちはイエスが逮捕されたとき、皆逃げてしまいました(マルコ14・50)が、女性の弟子たちは、最後までイエスに従い、イエスが十字架で息を引き取り、墓に納められるのを見届けています(15・40-41,47参照)。マルコ福音書は、この女性たちこそイエスの本当の弟子だという見方をしているのではないでしょうか。
 初代教会には、復活の第一の証人をペトロや男の弟子たちだという伝承(Ⅰコリント15・5など)と、女性の弟子たちだという伝承(ヨハネ20・11-18など)があったようです。マルコは、ペトロの名を挙げて、男の弟子たちが最初の証人であったという伝承に従いながら、ここでは女性の弟子たちの役割を大きく取り上げています。

  (2) きょうの箇所は7節で終わっていますが、続く8節には次のような言葉があります。「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」。この女弟子たちの反応をどう考えるべきでしょうか。単純に考えて、もし彼女たちが実際に誰にも何も言わなければ、復活したイエスと弟子たちとのガリラヤでの出会いは起こらないことになるので、実際には後で話したはずだと考えてもよいかもしれません。ただしマルコは、復活とはこの女性の弟子たちにも信じられないほどの、人間の理解を超えた出来事だと言いたいのでしょうか。

  (3) 新共同訳聖書を見るとマルコ16・8に続いて、「結び 一」(9-20節)と「結び 二」がありますが、これは後の時代の人が書き加えたもののようです。確かに8節の「恐ろしかったからである」で終わるのはあまりにも唐突で、その後の出来事を付け加える必要を感じた人々の気持ちも理解できます。その後の出来事とはもちろん、他の福音書にあるように、実際に弟子たちが復活のイエスに出会うという出来事です。
 もしも16・8がこの福音書の本来の結びの言葉だったとすれば、マルコはあえて、復活したイエスとの出会いの物語を書かなかったということになります。それはなぜでしょうか。マルコは空の墓までは「過去の出来事」であり、復活したイエスとの出会いは、今の自分たちの中で起こっている「現在進行中の出来事」だから書く必要がないと考えたのではないでしょうか?

  (4) 復活したイエスとの出会いの場についても、エルサレムとガリラヤという2通りの伝承があったようです。ヨハネ20章はエルサレム、21章はガリラヤ、ルカ24章はエルサレム、マタイ28章はガリラヤでの出会いを伝えています。マルコはこの箇所で「ガリラヤ」でイエスに会えるという天使の約束を伝えます。わたしたちにとって「ガリラヤでイエスに会う」とはどういうことでしょうか? 2つのことを考えてみましょう。
 (a) マルコ福音書でイエスの活動はガリラヤから始まりました(マルコ1・14)し、ほとんどの活動はガリラヤで行なわれています。そう考えると「ガリラヤでお目にかかれる」は、福音書の第1ページに帰っていくことだと言えるかもしれません。もう一度、マルコ福音書を最初から丹念に読めば、福音書が伝えるイエスの言葉や行ないは過去のことではなく、今もわたしたちの間に生きておられるイエスが同じ福音を語り、同じ救いのわざをなさっている、と感じ取れるのではないでしょうか。
 (b) ガリラヤはイエスと弟子たちにとって、故郷であり、生活の場でした。わたしたちにとっても、復活したイエスとの出会いの場は、自分たちの生活の場の中でのことだと言えるのではないでしょうか? わたしたちは聖書を読み、聖書の中で復活したイエスに出会うのではありません。福音書は昔イエスという方がいたというだけでなく、今もわたしたちの現実の中でともにいてくださる、ということを伝えています。本当にそのイエスを感じること、そこにわたしたちの救いといのちと喜びの源があるのではないでしょうか。

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2006年04月09日

受難の主日 (2006/4/9 マルコ15・1-39)

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 教会の暦では、この週の木曜日・主の晩さんの夕べのミサから復活の主日までを「聖なる過越の三日間」と呼び、年に一度3日間かけて、「キリストの受難・死から復活のいのちへ」という「過越(パスカ)」を記念します。毎年この中の聖金曜日の典礼でヨハネ福音書の受難朗読が行われます。一方、主日のミサでも、復活の主日の前の週の日曜日に、イエスの受難を記念します。こちらは3年周期でマタイ、マルコ、ルカ福音書が読まれます。今年はマルコで、長い形としてマルコ14・1~15・47を読むこともできます。
 なお、この日のミサの開祭の部分で枝を用いて「主のエルサレム入城」が記念されます。

福音のヒント

  (1) マルコ14・53-64に、最高法院での裁判が伝えられています。そこでイエスは、「神の子、メシア」であると自称した罪で死刑判決を受けました。きょうの箇所は、ローマ総督ピラトのもとでの裁判の場面から始まります。ユダヤは当時、ローマ帝国の直轄領になっていました。紀元26~36年までユダヤ、サマリアなどの地方をローマ総督として治めたのがピラトです。つまり、ユダヤ人の王はいないはずで、誰かが「ユダヤ人の王」を自称すれば、ローマの支配に対する反逆者ということになります。「お前はユダヤ人の王なのか」というピラトの答えに対するイエスの答え「それは、あなたが言っていることです」(2節)は直訳では「あなたは言う」であって、「あなたが言っているとおりです」という賛同の意味にもとれますが、「あなたはそう言っています」つまり「それは自分には関係ない」というような意味にも取れます。いずれにせよ、イエスは最終的にローマ帝国に対する反逆者=政治犯として十字架刑に処せられました。

  (2) 「祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだ ・・・ 祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した」(15・10-11)。マルコ福音書で群集はいつもイエスに好意的でした。マルコは、イエスの死の責任がユダヤ人の宗教的・社会的指導者たちにあると見ています。イエスは裁判で自分を「神の子」「ユダヤ人の王」であると言ったから死に定められたのではなく、イエスのそれまでの活動とメッセージ全体が当時のユダヤ人指導者たちの目に危険なものと映ったから死に追いやられていったと考えたほうがいいでしょう。

  (3) きょうの長い箇所の中で、イエスはたった2回しか話していません。イエスの沈黙はイザヤ53・7を思い起こさせます。イザヤ52・13~53・12の「苦しむ主のしもべ」の姿が背景にあるのでしょう。上のピラトへの言葉以外にイエスが語るのは「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」(34節)だけです。まったく絶望の叫びのように聞こえる言葉です。しかし、これは詩編22の冒頭の言葉で、この受難物語の背景には詩編22があることも確かです。十字架のイエスをののしった人々の言葉は、詩編22・9「主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら/助けてくださるだろう」を連想させます。「その服を分け合った、/だれが何を取るかをくじ引きで決めてから」(マルコ15・24)は、詩編22・18-19の引用と言えるような文章です。
 詩編22は苦しみのどん底からの祈りですが、単に苦しみの叫びでは終わりません。苦しみの中からの祈りは、次第に賛美と感謝に変わっていきます。それは「主は貧しい人の苦しみを/決して侮らず、さげすまれません。御顔を隠すことなく/助けを求める叫びを聞いてくださいます」(25節)と確信しているからです。この詩編はイエスの時代まで、何世代にも渡って苦しみのどん底にいる人々によって歌い継がれ、イエスの後にも、多くの人がこの詩を自分の祈りとして歌い続けてきました。イエスはそれらの、苦しみのどん底にある人々の一員として死んだと言ったらよいでしょうか。

  (4) 38節の「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」は神と人とを隔てているものが取り払われることを暗示しているようです。39節では、ローマ軍の将校である百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と言います。この言葉は重要です。マルコ福音書は「神の子イエス・キリストの福音の初め」(1・1)という言葉で始まり、イエスを最初から神の子として紹介してきました。しかし、人間がそのことを初めて認めるのは、この、イエスが息を引き取ったときだったのです。マルコにとって「神の子」は力強く華々しい方ではなく、「仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」(10・45)方なのです。
 マルコの教会がおそらく迫害の中にあったことも大切でしょう。自分たちが迫害の最中(さなか)にあり、無力でただ苦しみ、神からも見捨てられたように思ったとき、十字架のイエスもまたそうだったのだ、と感じることはどれほど大きな励ましになったことでしょう。十字架のイエスの姿は今のわたしたち一人一人に何を語りかけているのでしょうか。

  (5) マルコの受難物語では、3人の人が象徴的な役割を果たしているようです。1人は「バラバ」。イエスはある意味で彼の身代わりになって死にました。それはイエスの死によって救われたすべての人の象徴ではないでしょうか。もう1人は「シモンというキレネ人」。彼は「自分の十字架を背負って」(マルコ8・34)イエスに従う弟子の象徴ではないでしょうか。さらに「百人隊長」。彼はイエスの死を見て、信仰告白するキリスト信者の象徴だと言えるでしょう。彼らの姿は、わたしたちを十字架のイエスに近づけるヒントになるのではないでしょうか。

投稿者 ct : 14:06 | コメント (1)

2006年04月02日

四旬節第5主日 (2006/4/2 ヨハネ12・20-33)

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 四旬節と復活節の根本的なテーマは、イエスの死と復活(過越)にあずかることです。ヨハネ福音書はある意味で、すべての箇所がこのテーマだと言えるので、この季節によく読まれます。きょうの箇所は、第3、第4主日よりも、さらに直接的にイエスの受難と結びつく箇所です。イエスの受難の時、栄光の時が迫っています。

福音のヒント

  (1) 20節の「祭りのとき」は「過越祭(すぎこしさい)の期間」で、「ギリシア人」はギリシア語を話す異邦人のことを指す言葉です。異邦人からイエスに会いたいと頼まれた弟子のフィリポは、なぜかこのことを直接イエスに伝えず、アンデレに話し、二人一緒にイエスのところに行ってそれを伝えました。この回りくどいやり方は何を意味しているのでしょうか?実際にこの異邦人たちはイエスに会ったのでしょうか?この出来事と23節「人の子が栄光を受ける時が来た・・・」以下のイエスの言葉はどうつながるのでしょうか?
 一つの考えはこうです。「弟子たちは驚き、戸惑っているが、イエスのことが異邦人にも知られ、異邦人にも救いがもたらされることが、決定的な救いの時のしるしである、とヨハネ福音書は考えている」 確かに32節にある「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう」という言葉につながるかもしれません。なお、「上げられる」には「天に上げられる」と同時に「十字架の木の上に上げられる」の意味があります(先週の「福音のヒント」参照)。
 別のことも考えられます。「弟子たちは異邦人までイエスのところにやってきたのを見て、イエスの地上の名声に心を奪われていた、その弟子たちに向かってイエスはご自分の道、受難の道を予告した」 共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)の受難予告には、いつも「弟子の無理解」というテーマがありました。イエスが受難を予告しても弟子たちはそれを理解しないのです。この共観福音書の受難予告と同様のパターンがここにも見られるのではないか、ということも考えられるかもしれません。

  (2) 「栄光」はギリシア語では「ドクサdoxa」です。この言葉には「輝き」という意味があります。ヘブライ語で栄光と訳される言葉は「カボード」です。カボードの元の意味は「重さ」だと言われます。カボードは「そのものの真の価値」というニュアンスがある言葉だと言えるでしょう。ヨハネ福音書は両方のニュアンスを掛け合わせ、「そのものの真の素晴らしさが輝き出ること」の意味で「栄光」という言葉を用いていると言えそうです。ここでは「ドクサゾーdoxazo」という動詞の形が使われていて、「栄光を現す」(能動態 28節)「栄光を受ける」(受動態 26節)と訳されていますが、「輝かす」「輝かされる」と訳してもいいでしょう。ただし、それは表面的な輝きやこの世的な成功ではなく、十字架の中にある輝きなのです。

  (3) 「一粒の麦」のイメージは大切でしょう。現代人の見方からすれば、地に落ちた麦はもちろん死ぬわけではありません。しかし、麦粒は麦粒であることを守ろうとすれば、1つの麦粒のままです。麦粒が自分を壊し、養分や水分を受け入れ、ほかのものとつながってこそ、豊かないのちが育っていきます。イエスのいのちはまさにそのようないのちでした。自分の中に閉じこもって、自分を守ろうとするのではなく、自らを壊して、神とのつながり、人とのつながりに生きようとしたいのちだったのです。この言葉は、イエスご自身のいのちについて語りながら、もちろん、わたしたちにも同じように生きることを呼びかけています。わたしたちはどんないのちを生きようとしているでしょうか。
 25節の「命を愛する」「命を憎む」は分かりにくい表現かもしれません。これも一粒の麦のイメージで捉えたらよいでしょうか。「命を愛する」は一粒の麦が自分を守り、一粒のままでいようとすること。「命を憎む」は、一粒の麦が自分を壊して、もっと大きないのちになっていくこと。すなわち、もっと豊かな神とのつながり、人とのつながりの中にあるいのちへとよみがえる、というイメージで受け取ってはどうでしょうか。

  (4) この25節の言葉は、マルコで最初の受難予告の後に語られる言葉(マルコ8・35)に似ています。26節の「従う」もマルコ8・34でも使われている言葉です。「仕える」は、マルコ福音書では3度目の受難予告の後にあります。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ10・44-45) これはまさにイエスと弟子たちの生き方の中心を表すようなことばです。ヨハネはマルコと共通の伝承を用いているようです。

  (5) 27節「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか」は、マルコ14・35-36のゲツセマネの祈りを思わせるような言葉です。しかし、ヨハネ福音書では「しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ」と続きます。「この時」は「栄光を受ける時」(23節)であり、「この世が裁かれる時」(31節)、「地上から上げられるとき」(32節)でもあります。イエスの十字架の時は、イエスが神とはどういう方であるかを現し、神がイエスとはどういう方であるかを現す栄光の時なのです。イエスが極限の愛(13・1)を示すことによって、「神が愛である」ことを完全に現す時なので、悪(愛に反するこの世の支配者)に対する決定的な勝利が現れる時でもあるのです。
 ヨハネは十字架の表面的なみじめさや悲惨さには目もくれません。そうでなく、そこに現れる「愛である神」を見るのです。これもわたしたちへの大きな招きでしょう。

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2006年03月26日

四旬節第4主日 (2006/3/26 ヨハネ3・14-21)

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 四旬節と復活節の根本的なテーマはイエスの死と復活にあずかることです。ヨハネ福音書はある意味で、すべての箇所がこのテーマだと言えるので、この季節によく読まれます。先週の箇所に続き、ヨハネ3章1節からイエスとニコデモとの対話が始まりますが、その中できょうの言葉が語られています。

福音のヒント

  (1) ヨハネ3・1で、ニコデモは「ファリサイ派に属する」「ユダヤ人たちの議員であった」と紹介されています。彼はイエスに尊敬の念を持って近づいていったようです。このニコデモとの対話の中で、きょうの言葉が伝えられています。ただし、3・16-21はイエスの言葉というよりも、福音記者ヨハネの言葉と考えることもできます(聖書のギリシア語本文には「 」のようなしるしはありません)。
 ニコデモには「新たに生まれる」(3,7節)というイエスの言葉が理解できませんでした。この「新たに」はギリシア語ではanothen(アノーテン)という言葉で、「新しく」という意味の他に「上から」という意味もあります。イエスは「上から、すなわち神から生まれること」について語っているのに、ニコデモのほうは「もう一度母親の胎内に入って生まれる」ことだと思っているので、話がかみ合わないのです。自分の努力で一生懸命律法を守ることによっていのちが得られると考えたファリサイ派のニコデモには、イエスが語られる「神からのいのち、神の霊によって生かされるいのち」が理解できなかったようです。

  (2) 「天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない」(13節)の「人の子」はもちろんイエスご自身のことです。そして、この言葉は続く14節の「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない」とつながっています。「モーセが荒れ野で蛇を上げた」話は民数記21・4-9にあります。紀元前13世紀、モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民は、荒れ野の厳しい生活に耐え切れず、神とモーセに不平を言いました。その時、「炎の蛇」が民を噛み、多くの死者が出て、民はようやく回心しました。「主はモーセに言われた。『あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。』モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た」(21・8-9)。古代の人々にとって、蛇は不思議な力を持つ存在で、人間を害するもの=罪や悪のシンボルでもありましたが、同時に、いやしと救いのシンボルにもなりました。この2面性が十字架の2面性とも通じるのでしょう。十字架もまた、のろいと死のシンボルでしたが、キリスト者にとっては救いといのちのシンボルになったからです。
 
  (3) とにかく、ヨハネ3・14節の「上げられる」は、直接には十字架の木の上に上げられることを意味しています。ここにヨハネ福音書の一つの特徴があります。ヨハネは受難の物語を始めるに当たって、こう言います。「さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(13・1) ヨハネは十字架のイエスの中に「愛の極限の姿」を見ています。ヨハネにとって「神は愛」(Ⅰヨハネ4・7)であり、それゆえ、十字架において、イエスは「愛である神」と完全に一つになるのです。ですから、十字架は挫折ではなく、栄光の時であり、ヨハネ福音書では「十字架に上げられる」ことと「天に上げられる(神のもとに行く)」ことが一つのことになっていると言えるのでしょう。

  (4) 次に、14節から16節をよく見てみましょう。
  14 モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。
  15 それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。
  16a 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
  16b 独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
 このように並べてみると、15節と16節bはほとんど同じことを言っているのに気づきます。だとしたら、14節と16節aも同じことを言っているのではないかと考えられます。つまり、「独り子をお与えになった」ということには、ただ「イエスを世に遣わした」というだけではなく、「十字架の死に至るまで与えつくした」という意味のあることが分かります。ヨハネはそこに神の愛の最高の表れを見るのです。

  (5) 18-21節の「裁き」のイメージは大切です。ふつう「裁き」というと「神が人に善し悪しをつけること」と考えがちですが、ここではそうではありません。神は圧倒的に光をもたらす方であって、その光を受け入れないことが(つまり闇の中にとどまることが)裁き(救われない状態)であるというのです。創世記の1章を思い出します。「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた」(創世記1・3-4)。神はこの闇の世界に、光だけをお造りになりました。闇とは、その光のない状態なのです。
 ヨハネ福音書は、イエスの圧倒的な愛を体験し、ここにこそ、光と救いといのちがある、と確信したところからすべてを語っています。だから、この方を受け入れる(信じる)か否か、に救いのすべてがかかっているのです。ここでは、「客観的に考えて、キリストを信じない人は救われるかどうか」というようなことは問題になっていません。根本にあるのは「愛の体験、光の体験」なのです。わたしたちにもそのようなイエスとの出会いの体験があるでしょうか。

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2006年03月19日

四旬節第3主日 (2006/3/19 ヨハネ2・13-25)

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 四旬節第3~5主日の福音は年によって雰囲気が違います。A年は伝統的な洗礼志願者のための福音(ヨハネ4、9、11章)、C年は回心をテーマとした箇所が読まれます。今年(B年)はイエスの「死と復活」を直接テーマとする箇所が選ばれています。四旬節のさまざまな性格が年毎に表れていると言えるでしょう。そういう意味で、今日の箇所の中心テーマは「三日で建て直される神殿」すなわち「死んで三日目に復活するイエスの体」です。

福音のヒント

  (1) マルコ福音書などでは、イエスはずっとガリラヤ地方で活動していて、生涯の最後に1度だけエルサレムの都に上り、そこで殺されたという印象がありますが、ヨハネ福音書ではイエスは何度もガリラヤとエルサレムを行き来しています。「過越祭(すぎこしさい)」の季節にエルサレムに行くのは自然なことでしょう。ただし、この箇所でわざわざ「過越祭」について言及されているのは、イエスの「死と復活」を暗示するためかもしれません。イエスが殺されたのは過越祭の時でしたし、イエスは死からいのちへと過ぎ越す新しい「過越」そのものだからです。この「過越」はきょうの福音の重要なテーマです。

  (2) 牛や羊や鳩は神殿でいけにえとしてささげられる動物でした。また、当時流通していたギリシャやローマの貨幣では神殿への献金ができないので、イスラエルの伝統的な貨幣に交換してもらう必要もありました。これらの商売は神殿にとって必要なものでした。イエスはなぜ彼らの商売を妨害しようとしたのでしょうか。
 ヨハネ福音書ではイエスの活動の初期の話ですが、マタイ、マルコ、ルカ福音書では同じ出来事が生涯の最後に起こっています。そこでイエスは「わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである」というイザヤ56・7の言葉を引用しています(マルコ11・17など)。イエスにとって神殿は純粋に「祈りの家」であるべきだったので商売を否定したということでしょうか。だとしたら神殿そのものは否定されていないということになります。ヨハネ福音書でも詩編69・10を引用した「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」という言葉が伝えられていますが、これは「あなたの家(神殿)に対する熱心さでわたしの心はいっぱいになっている」という意味です。少なくとも周囲の人々には、イエスが神殿を大切にしようとしていると見えたのでしょう。

  (3) しかし、ヨハネ福音書では、神殿そのものが過去のものになっていて、イエスと共に新しい時代が始まっている、という面が大切です。その意味で、2・1-11のガリラヤのカナでの婚宴の話と対になっています。そこでは古い時代の象徴である「清めの水」が新しい時代の象徴である「ぶどう酒」に変えられました。エルサレムの神殿は実際には紀元70年にローマ軍によって破壊されます。イエスの死から40年ほど後のことですが、ヨハネ福音書が書かれた時代から見れば、過去の出来事になっていました。しかしヨハネ福音書は、イエスが登場したとき、すでに石造りの神殿の時代は終わったと見ているのです。
 ヨハネ福音書は奇跡のことを「しるし」と言います(2・11参照)。奇跡は単なる不思議な出来事ではなく、イエスとはどういう方かを表す「しるし」なのです。しかし、ただ単に奇跡に驚いてイエスを信じる態度は否定されています。三日で建て直される神殿とは、もちろん「死んで三日目に復活するイエスの体」のことです。究極のしるしは「イエスの死と復活」だと言ってもいいでしょう。そこでこそ、イエスとはどういう方かが明らかにされるからです。神殿の本来の意味は「神がそこに住まい、人が神と出会う場」です。イエスという方において、特に死んで復活したイエスという方において、神は人と共におられ、人は神に出会うことができる。わたしたちもこの新しい時代に生きています。

  (4) ヨハネが伝えるイエスの言葉「わたしの父の家を商売の家としてはならない」(16節)の背景には、ゼカリヤ書の結びにある「その日には、万軍の主の神殿にもはや商人はいなくなる」(14・21)という言葉があるのかもしれません。「その日」は救いの完成の日です。なぜ、その日には神殿から商人の姿がなくなるのでしょうか。ゼカリヤ書は直前でこう言います。「(その日には、)エルサレムとユダの鍋もすべて万軍の主に聖別されたものとなり、いけにえをささげようとする者は皆やって来て、それを取り、それで肉を煮る」(14・21)。「鍋」は日常生活の象徴です。その日には、日常生活のすべてが聖化されるので、もはやエルサレムの神殿で行なわれるいけにえの儀式は不必要になる、だからいけにえの動物を売る商人もいなくなる。つまり日々の生活が神との出会いの場になるという預言だと考えられます。これもイエスによって始まった新しい時代の特徴です。わたしたちの日々の生活の中でそれを感じることができるでしょうか。

  (5) 23-25節は何でしょうか。「イエス御自身は彼らを信用されなかった」(24節)の「信用する」は原文では23節の「信じる」と同じ動詞です。ここで「しるし(奇跡)を見てイエスを信じる」という態度が否定的に見られているのは明らかです。奇跡によってイエスを信じても、いつか(特に十字架を前にした時に)人は離れていくであろうということが予告されているようです。この箇所には、もしかしたら3章のニコデモとの対話への導入の意味もあるかもしれません。ファリサイ派の議員であったニコデモは「神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできない」(3・2)と言いますが、彼が本当にイエスを信じるようになったのは、イエスの死の後のことだったようです(19・39参照)。わたしたちもイエスの死と復活を見つめるように招かれています。

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2006年03月12日

四旬節第2主日 (2006/3/12 マルコ9・2-10)

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 四旬節に、いわゆる「主の変容」の箇所を読むのは、教会の古い伝統です。このイエスの栄光の姿は、イエスが受難と死をとおって受けられる栄光の姿が前もって現されたのだと考えられます。この日の福音の中に、「イエスの受難・死・復活にあずかる」という四旬節の大きなテーマが示されています。
 四旬節には、「洗礼志願者の準備」、「回心」とその具体的な表れとしての「祈り・節制・愛の行い」など、さまざまなテーマがありますが、そのすべてはきょうの福音のテーマ「イエスの受難・死・復活にあずかること」とつながっています。

福音のヒント

  (1) この「高い山」とはどこのことでしょうか。伝統的にはガリラヤ地方エズレル平原にあるタボル山だとされています。平野の中にお椀を伏せたような形で、標高は558メートルです。それほど高い山とは言えないでしょう。もう一つの可能性は、「ヘルモン山」です。こちらは2800メートル級の山々で、現在ではスキー場もあるそうです(写真は1月のヘルモン山)。マルコ福音書のこの箇所の直前に出てくる地名は「フィリポ・カイサリア地方」です(8・27)。フィリポ・カイサリアとヘルモン山はそう遠くありません。きょうの箇所は「六日の後」という言葉で始まり、前の話とのつながりを感じさせますので、ヘルモン山だと考えてもよいかもしれません。

  (2) 直前の箇所は、8章のいわゆるペトロの信仰告白と最初の受難予告です。
「31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。32a しかも、そのことをはっきりとお話しになった。b すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。33 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。『サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。』34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。『わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。』」
 マルコ福音書は3回の受難予告を伝えますが、いつも同じパターンがあります。
 ①イエスがご自分の受難・死・復活を予告する(8・31-32a)。
 ②弟子たちはそれを理解できず、見当はずれのことを考えている(8・32b)。
 ③イエスは弟子たちに受難の道の意味を語り、同じ道に弟子たちを招く(8・33-35)。
 きょうの出来事はこれと密接に結びついています。8・31-35が言葉による受難予告であったとすれば、きょうの箇所9・2-13は「出来事による受難予告」と言ってもよいでしょう。

  (3) モーセは律法を代表する人物、エリヤは預言者を代表する人物です。「律法と預言者」は旧約聖書の中心部分を表し、イエスの受難と復活が聖書に記された神の計画の中にあることを示しています。なお、ルカ福音書はイエスとこの2人が話し合っていた内容は「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について」(ルカ9・31)であったことを伝え、この出来事とイエスの受難・死の結びつきを明確にしています。
 ペトロが仮小屋を建てようと言っているのは、この光景のあまりの素晴らしさが消え失せないように、3人の住まいを建ててこの場面を永続化させよう、と願ったからでしょう。しかし、この光景は永続するものではなく、一瞬にして消え去りました。今はまだ栄光のときではなく、受難に向かうときだからです。マルコ福音書は、ここで弟子の無理解を描こうとしているのでしょうか(上記②の要素)。

  (4) 雲は「神がそこにおられる」ことのしるしです。イスラエルの民の荒れ野の旅の間、雲が神の臨在のシンボルとして民とともにありました(出エジプト記40・34-38参照)。雲の中からの声は、もちろん神の声です。「これはわたしの愛する子」という言葉は、ヨルダン川でイエスが洗礼を受けられたときに天から聞こえた声と同じです(マルコ1・11)。洗礼の時から「神の愛する子」としての歩みを始めたイエスは、ここからは受難の道を歩むことになりますが、その時に再び同じ声が聞こえます。この受難の道も神の愛する子としての道であることが示されるのです。「これに聞け」の「聞く」はただ声を耳で聞くという意味だけでなく、聞き従うことを意味します(申命記18・15参照)。受難予告で「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マルコ8・34)と言われていたことと対応していると言ったらよいでしょう。これは上記③の要素にあたります。
 イエスの変容の姿は受難のイエスに従うよう弟子たちを励ますものでしたが、弟子たちは結局従うことができませんでした。イエスが逮捕されたとき、「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(14・50)と、マルコははっきり書いています。受難予告を理解できず、最後までついて行けなかった昔の弟子たちをマルコは非難しようとしているのでしょうか。そうではなく、自分たちも同じ過ちを犯す危険があると警告しているのでしょう。弟子たちは実際にイエスの死と復活が起こった後で、本当の意味で理解し、従う者となりました。わたしたちはもうすでにイエスの歩まれた道を知っています。そのわたしたちをイエスはご自分の道に招いてくださっています。今のわたしたちにとってイエスに「聞く=聞き従う」とはどういうことでしょうか。

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2006年03月05日

四旬節第1主日 (2006/3/5 マルコ1・12-15)

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 「四旬節」は復活祭の準備の季節です。「四旬節」という言葉は「40日間」を意味します。復活祭までの日曜日を除く40日間が断食の期間とされたので、灰の水曜日が四旬節の始まりの日になりました。そもそも復活祭に入信の秘跡(洗礼・堅信・聖体)を受ける人の準備期間であり、今もこの四旬節第1主日に洗礼志願式が行われます。また、教会全体が主の過越(死と復活)にふさわしくあずかるための準備期間と考えられるようにもなりました。

福音のヒント

 (1)  きょうの箇所は2つの部分からなっています。イエスの活動開始に先立つ荒れ野での誘惑(12-13節)と、イエスの活動開始の部分(14-15節)です。四旬節第1主日には四旬節の原型となった40日の荒れ野の誘惑の場面が、3年周期でマタイ、マルコ、ルカ福音書から読まれます。マタイやルカは誘惑の内容を伝えますがマルコはもっと簡潔です。
 イエスを荒れ野に送り出すのは、"霊"です。新共同訳聖書は、以前の口語訳聖書で特別に「聖霊」の意味で「御霊(みたま)」と訳されていた箇所を「"霊"」と表記しています。この霊は1・10で「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて"霊"が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった」と描かれています。洗礼のとき以来、一貫してイエスの行動を導くのは神の霊なのです。

 (2)  「荒れ野」についてはA年四旬節第1主日の「福音のヒント」を参照してください。「サタン」はヘブライ語で「告発する者」「敵」を意味する言葉です。人を神から引き離す力の元締めがサタンだと考えればよいでしょう。「誘惑」と訳された言葉には「誘う」と「試す」の両方の意味がありますが、ここでは「神から離れるように誘うこと」です。
 主の祈りの文語訳は「われらを試みに引きたまわざれ」となっていましたし、新共同訳のマタイ6・13では「わたしたちを誘惑に遭わせず」と訳されています。しかし、誘惑や試練は必ずあるものなので、「誘惑や試練にあわせないでください」と祈ることは考えにくいでしょう。今教会で唱えられている主の祈りでは「わたしたちを誘惑に陥らせず」となっていて、「誘惑があってもそこに陥ることのないように守ってください」と理解しています。このほうが、きょうの箇所のイメージにもつながるでしょう。

 (3) マルコは「野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた」と述べています。これは何を意味しているのでしょうか。この箇所の背景に旧約聖書のイメージがあるとすると、1つ思い浮かぶ箇所はイザヤ書11章です。
 「6 狼は小羊と共に宿り/豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち/小さい子供がそれらを導く。7 牛も熊も共に草をはみ/その子らは共に伏し/獅子も牛もひとしく干し草を食らう。8 乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ/幼子は蝮の巣に手を入れる。9 わたしの聖なる山においては/何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように/大地は主を知る知識で満たされる。10 その日が来れば/エッサイの根は/すべての民の旗印として立てられ/国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く」
 ここで、野獣はもはや人を害するものではなくなっています。神の救いが実現する終末的な平和の状態が描かれているのです。「野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた」をこのような終末の時がもう始まっている描写と見るのが一つの可能性です。
 
  (4) 別の箇所ですが、詩編91では野獣と天使が同時に現れます。
 「3 神はあなたを救い出してくださる/仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。4 神は羽をもってあなたを覆い/翼の下にかばってくださる。・・・(中略)・・・11 主はあなたのために、御(み)使いに命じて/あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。12 彼らはあなたをその手にのせて運び/足が石に当たらないように守る。13 あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり/獅子の子と大蛇を踏んで行く。14 『彼はわたしを慕う者だから/彼を災いから逃れさせよう。わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。15 彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え/苦難の襲うとき、彼と共にいて助け/彼に名誉を与えよう。16 生涯、彼を満ち足らせ/わたしの救いを彼に見せよう。』
 ここでは危険がまだ続いています。しかし、その中でも天使(御使い)に象徴される神の確かな保護がある、というのです(ちなみにこの詩編の11-12節は、マタイ4・6、ルカ4・10-11でイエスを誘惑するために悪魔が引用する箇所です)。もしかすると、このほうがこれから始まるイエスの歩み全体には合っているかもしれません。十字架に至るまでイエスは神に従い、悪と戦い、神によって復活させられたからです。このイメージはまた、困難や危険に満ちたわたしたちの現実にもあてはまるのではないでしょうか。

 (5) 活動開始の箇所が読まれるのは「悔い改めて福音を信じなさい」ということばのためで、四旬節が回心の季節であることを明らかにします。「悔い改め」はギリシャ語(名詞形)で「メタノイア」と言います。「メタ」は「変える」、「ノイア(ヌース)」は「心」の意味です。元来は「心を変えること」を意味しましたが、新約聖書では「全身全霊で主に立ち帰る」ことを意味しています。「メタノイア」とはただ単に過去の過ちを後悔し、自分の罪深さを思うだけではありません。むしろ、神に心を向け、神に立ち戻ることなのです。それは「心と生き方の方向転換」と言ってもよいでしょう。そのため、教会では「メタノイア」を「回心」と訳しています。わたしたちの心と生き方はどこを向いているでしょうか。それを神に向け直すとはどういうことなのでしょうか。

投稿者 ct : 14:32 | コメント (0)

2006年02月19日

年間第7主日 (2006/2/19 マルコ2・1-12)

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 先週の重い皮膚病の人のいやしに続く場面です。イエスのもとには大勢の病人が押し寄せてきました。ここでは「病気のいやし」と「罪のゆるし」が深く結びついています。

福音のヒント

  (1) 2節「御(み)言葉を語っておられると」とありますが、マルコはイエスのメッセージの内容をその都度伝えることをしません。根本的なメッセージはいつも同じで、神の国の福音(1・14-15)と考えればよいでしょう。4節「屋根をはがして」と言いますが、当時の家の壁は丈夫でしたが、屋根は小枝を渡して、軽く土で固めたものだったので、簡単にはがれたようです。「床(とこ)」は担架のようなものと考えればよいでしょう。
 5節の「その人たちの信仰を見て」というときの「信仰」は病人を運んできた人々の信仰ですが、この言葉は日本語で「信仰」というよりももっと広い「信じること」を意味しています。頭の中で「イエスは神の子キリストである」と信じるというよりも、この方ならなんとかしてくれると信頼してイエスに向かっていく態度だと言ったらよいでしょう。イエスはそのような態度を評価しているのです。なお、この人々の姿に、最も弱く、苦しんでいる人を囲んで集う教会の原点を感じ取ることもできるのではないでしょうか。

 (2) 「子よ、あなたの罪は赦(ゆる)される」(5節)とはどういうことでしょうか。イエスの時代、病気は悪霊の仕業であるという考えがありましたが、病気や障害は罪の結果である、という考えもありました。何らかの罪を犯したからこのような不幸がこの人の上に臨んだのだ、と考えられたのです。イエスはこのような見方に同調しているのでしょうか。
 ヨハネ9・1-3に次のような話があります。「イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』」イエスは病気や障害という人の不幸を罪の結果であると見ていません。イエスは過去にさかのぼって原因を説明するのではなく、「今、神がこの人に何をなさろうとしているか」ということだけを見つめています。
 この箇所でも、イエスはこの人の病気の原因はこの人の罪であると宣言しようとしているのではなく、この人を「子」として受け入れ、罪をゆるすことが神の望みなのだと宣言していると受け取ればよいでしょう。

 (3) 「中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易(やさ)しいか」(9節)。イエスはどちらを易しいと考えているのでしょうか? 意外に答えにくい問題かもしれません。しかし、本当は難易度の比較が問題ではないのでしょう。当時の人々にとって「罪をゆるす」ことと「病気をいやす」ことは同じだったので、イエスはその両方を彼にもたらそうとしていると考えればよいのでしょう。この人の罪がゆるされる、という目に見えない現実は、この人が床を担いで歩く、という目に見える出来事によって明らかにされるのです。

 (4) 「人の子が地上で罪を赦す権威を持っている」(10節)の「人の子」という言葉は元来、人間一般を指す言葉でした。しかし、ダニエル7・13で天の雲に乗ってくる方が「人の子のような者」と言われたことから、最終的に神から遣わされる救い主・審判者の意味を持つようになりました。ここでは「イエスがそのような特別な方だから赦すことができる」という意味でしょうか。しかし、「人間一般が罪を赦す権威を持っている」と考える可能性もあります。マルコ2・27-28「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある」の場合の「人の子」は「人間一般」の意味だと考えるのが自然でしょう。また、マタイ9・8ではきょうの箇所と同じ話の結びに「人間にこれほどの権威をゆだねられた神を賛美した」とあり、そこでも「人間一般に罪をゆるす権限が与えられている」と考えられるからです。
 「神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか」(7節)という律法学者の考えは確かに正論かもしれません。律法学者は、病気に苦しむ人に「罪びと」のレッテルを貼り、罪は神しかゆるせないから自分たちは何もできない、と考えました。そして、目の前の人の苦しみを見て見ぬふりしている自分たちの態度を正当化してしまうのです。イエスはまったく違います。イエスはその人の苦しみに向き合います。そして「神はこの人を決して見捨てていない」という確信を持って彼と関わっていくのです。

 (5) 「罪」とは根本的に言えば「神から離れること」です。普通は人間が自己中心から神に背くことを罪と言いますが、イエスの目の前にあった罪の問題は、むしろ病気であるがゆえに「罪びと」のレッテルを貼られ、神からも人からも見放されてたようになっていた人々の問題でした。神が罪をゆるすということは、傷つき、失われた人間との関係を神のほうが取り戻そうとされることです(ルカ15章の放蕩息子のたとえの父親の姿を思い出しましょう)。イエスはすべての人に対するこの神のゆるしを確信していました。イエスは神のゆるしを目の前の苦しむ人にもたらします。逆に、律法学者のような態度は、神の望みであるゆるしが人に届くのを妨げてしまいます。わたしたちもイエスのように、神のゆるし(=神の思い、神の愛)を人に届けることができるでしょうか。それは「ゆるしの秘跡」だけのテーマではなく、わたしたち一人一人の人との関わり方の問題でしょう。

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2006年02月12日

年間第6主日 (2006/2/12 マルコ1・40-45)

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 マルコ福音書は1章39節で、イエスの活動をまとめて「ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された」と述べています。「悪霊を追い出す」ことは「病人をいやす」ことと密接に結びついていました(先週の「福音のヒント」参照)。きょうの箇所は一人の病人とイエスとの出会いを伝えています。

福音のヒント

 (1) 「重い皮膚病」は聖書の中で以前は「らい(病)」と訳されていましたが、1996年の「らい予防法」廃止を契機に新約聖書・新共同訳で「重い皮膚病」と訳されることになりました。差別的なニュアンスのある「らい(病)」という言葉を避けるためであり、また、聖書の中のこの病気が現代医学の「ハンセン病」と同じだとは言い切れないからです。しかし、「重い皮膚病」と言ってしまうとあまりに漠然としていて、古代から続くハンセン病の患者たちの大きな苦しみを感じることができなくなってしまうかもしれません。
 聖書の世界で「重い皮膚病」の人々が負わされていた苦しみはレビ記の規定から想像できるでしょう。「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚(けが)れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない」(レビ13・45-46) 。「伝染病」という考えはなくても、「汚(けが)れがうつる」という考えはありました。「汚れている」とは「聖である神」と対極にいる、神からもっとも遠い人間だということです。また、この病は「神に撃たれたもの」とも考えられました。「宿営の外」は共同体から追放されることを意味しています。神との関係も人との関係も完全に絶たれてしまうのです。肉体的な苦しみだけでない、大きな苦しみがその人を襲っていたことになります。このような苦しみを理解せずに、きょうの箇所を理解することはできません。

 (2) 「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」「よろしい。清くなれ」(40-41節)は、直訳では「あなたが望むなら、あなたはわたしを清めることができます」「わたしは望む清められよ」です。単純で力強いイエスの言葉です。イエスは彼に触れました。触れることは相手の苦しみを共に荷おうとする動作だとも言えますし、「あなたは神からも、人からも断ち切られた人間ではない」という宣言だったとも言えるでしょう。
 病気や苦しみに対するイエスの態度はどのようなものだったのでしょうか。確かにイエスは人々を苦しみから解放しようとされました。しかし、最後にはご自分の身に降りかかってくる苦しみを受け入れました。病気や苦しみについて考えるとき、この両面を考えないわけにはいきません。どちらの場合も、イエスにとって大切なことは神とのつながり、人とのつながりを生き抜くことだったと言えばよいでしょうか。

 (3) 「深く憐れんで」は「はらわたを揺さぶられる」という言葉(C年年間第15主日の「福音のヒント」参照)ですが、写本上の問題があります。古代の多くの写本が現存していますが、各写本によって微妙な違いがあります。この箇所では「深く憐れんで」が「怒って」となっている写本があるのです。「深く憐れんで」のほうが分かりやすいことは確かです。しかし、書き写す際にわざわざ難しく書き換えることは考えにくいので、本来「怒って」だったと考えるべきかもしれません。「怒って」だとすれば、その怒りは何に対するものでしょうか。もちろん、目の前の病人に対してではないはずです。この人を苦しめている何ものかに対する怒りだと言ったらよいでしょうか。いずれにせよ、イエスは目の前の苦しむ人との出会いの中で心を揺さぶられ、その人を助けます。イエスは「神の国の到来」を証明しようとして「いやし」を行なったのではないようです。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい」(44節)という言葉にも、このようないやしの奇跡から自分を理解されたくないというイエスの思いを感じ取ることができるでしょう。

 (4) 「祭司に体を見せ」は社会復帰のための条件でした。当時、重い皮膚病と判定するのも、それが清められたことを判定するのも祭司の役割でした。肉体的にいやされても、祭司によって清いと宣言されなければ、もといた村や家族のところに帰ることはできないのです。イエスはただ単に彼の肉体的な病をいやすだけでなく、彼と人々との絆(きずな)を取り戻そうとしていると言ってもよいでしょう。

 (5) イエスによるいやしについて、アルバート・ノーランという南アフリカのドミニコ会司祭は次のように書いています。「イエスのいやしの活動が成功したことは、宿命論に対する信仰と希望の勝利として見られねばならない。病気を自分の定めとして諦めていた病人が、自分たちは治ることができるし、そうなると信じるよう勇気づけられたのだ。イエス自身の信仰、そのゆるぎない確信が病人のうちにこの信仰を呼び覚ました。信仰は、人々がイエスとの接触をとおして彼から獲得したある態度であった」(『キリスト教以前のイエス』篠崎榮訳。新世社)。わたしたちの時代もある種の宿命論(あきらめ)に満ちているかもしれません。「どうせ世界は変わりっこない」「あんな人はダメに決まっている」「どうせ自分はダメな人間だ」などなど。もちろん、イエスが受難の道を受け入れたように、人間には受け入れなければならないこともあります。しかしあきらめてはいけないこともあるはずです。イエスの信仰(確信)は、神はすべての人のアッバ(父)であり、どんな人をも決して見捨てることなく、ご自分の子として愛してくださる、ということでした。イエスのこの確信は現代のさまざまな形の宿命論(あきらめ)に挑戦してくるのではないでしょうか。

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2006年02月05日

年間第5主日 (2006/2/5 マルコ1・29-39)

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 先週の箇所で、イエスは安息日に会堂で教え、悪霊に取りつかれていた人をいやしました(マルコ1・21-28)。今日の箇所はその続きで、同じ日の出来事です。29節「すぐに」、32節「夕方になって日が沈むと」、35節「朝早くまだ暗いうちに」と時間を追って、カファルナウムでのイエスの活動の様子が伝えられています。

福音のヒント

   (1) 30-31節にシモンのしゅうとめについての短い話があります。「手を取って起こされる」というイエスの動作は印象的です。イエスは病気の人に触れて、その人をいやしました。イエスに触れられることは、病人にとってどれほど大きな励ましだったでしょう。
 「病気をいやす」ということと「悪霊を追い出す」ということは現代人にとっては別のことと感じられますが、イエスの時代には明確に区別されていませんでした。悪霊は先週の「福音のヒント」でも述べたように「人を神から引き離す力、人と人との間を引き裂いていく力」と考えたらよいでしょう。当時の人々は「悪霊」という目に見えない、人間の力を超えた悪の力が、病気を引き起こすと考えました。ここでの「熱は去り」も「悪霊が去った」というふうに考えられたのかもしれません。その人を苦しめている悪の力が追放され、その人が神とのつながり、人とのつながりを取り戻すこと、それがイエスの行っていたことだと言えるでしょう。

 (2) 「もてなす」はギリシア語で「ディアコノーdiakono」です。「仕える、奉仕する」と訳されることが多い言葉です。この言葉はマルコ福音書の中で、イエス自身の生き方を表す言葉として、また弟子たちの生き方を指し示す言葉として重要です。マルコ10・43-45にこうあります。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」
 つまり、「もてなす=仕える」人となったシモンのしゅうとめは、イエスの弟子になっていった、とも言えるでしょうし、イエスと同じように「愛と奉仕に生きる者」になっていった、と言ってもいいでしょう。ただ単に肉体的ないやしが問題なのではなく、イエスのいやしを体験することによって、その人の生き方が変わる、ということが大切なのではないでしょうか。わたしたちにもそのような体験があるでしょうか。

 (3) 34節「多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである」は現代人には不思議に感じられる言葉かもしれません。1・24でも汚れた霊に取りつかれていた人はイエスに向かって「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」と言いました。なぜ、悪霊はイエスの正体を知っていたのでしょうか。それは「人間の力を超えた霊的な力によって」と言うしかないでしょう。しかし、イエスが誰であるかを知っていても悪霊はイエスとの関わりを拒否するので、悪霊にとってイエスを知っていることは救いにならないのです。当たり前のことですが、これはわたしたちにも問われることかもしれません。わたしたちもイエスが「神の子、キリスト」であることを知っています。しかし、ただ単に頭で理解していてもそれだけでは何の役にも立ちません。問われているのは、わたしたちが、そのイエスという方とどのような関わりを持っているか、なのです。
 「ものを言う」は原文では普通の「話す」という言葉が使われていますが、面白い訳です。例えば、「肩書きがものを言う」という表現が日本語にはありますが、「ものを言う」は「悪霊が力をふるう」ことと同じだったとも言えます。イエスはそれを許さないのです。

 (4) マルコ福音書によれば、イエスの活動は「宣教し、悪霊を追い出す(=病人をいやす)」というものでした。「宣教する」と訳されたギリシア語の「ケリュッソーkerysso」は、「告げる、のべ伝える」という意味です。何をのべ伝えるかといえば、1・14-15にあった「神の福音」、すなわち「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」ということです。イエスが告げたのは「神の国の到来」でした。イエスの周りに集まった人々は、悪霊に取りつかれていた人が正気になり、病人が立ち上がるのを見て、確かにここに「神の国」が始まっていると感じたことでしょう。今のわたしたちにとって、神の国の到来はどのような形で実現していると言えるでしょうか?

 (5) 35節のイエスの祈りはどのようなものだったのでしょうか。イエスは何を祈っていたのでしょうか。マルコは祈りの内容を伝えませんが、祈りの後でイエスは「近くのほかの町や村へ行こう」と弟子たちに呼びかけます。それはイエスが祈りの中で受け取った「神の望み」だったのではないでしょうか。人間的な見方をすれば、イエスの活動はカファルナウムで成功しています。悪霊の力は打ち破られ、病人は立ち上がり、イエスは多くの人の賞賛を受けています。カファルナウムに留(とど)まることに何の問題もないのです。しかし、イエスは祈りの中で、人間の思いとは違う「神の望み」を見いだしていったのではないでしょうか。ゲツセマネの祈りもまさにそういう祈りでした(マルコ14・36)。
 神が一般的に何を望んでおられるか、ということは聖書に書いてあります。しかし、今、この状況の中で、このわたしに神が何を望んでおられるかということは聖書に書いてありません。それは一人一人が祈りの中で、沈黙のうちに語りかける神の言葉として受け取るしかないのです。イエスの祈りも多くの場合、そういうものだったのではないでしょうか。

投稿者 ct : 11:18 | コメント (0)

2006年01月29日

年間第4主日 (マルコ1・21-28)

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 先週の箇所でイエスは神の国の福音を告げる活動を始め、まずガリラヤ湖で4人の漁師を弟子にしました(1・14-20)。それに続く箇所がきょうの箇所ですが、38節までは時間を追って出来事が進行していき、全部が丸一日の間に起こっています。マルコは、イエスのガリラヤでの活動の様子を、カファルナウムでの典型的な一日を語ることによって、伝えようとしているのでしょう。

福音のヒント

  (1) カファルナウムはガリラヤ湖の北西岸にある町です。「安息日」は今で言うと、金曜日の日没から土曜日の日没までにあたり、労働を休み、礼拝を行うための日でした。エルサレムのユダヤ人は神殿で礼拝しましたが、地方には町ごとに会堂があり、ユダヤ人はそこに集まり礼拝を行っていました。写真は200年ごろに建てられたカファルナウムの会堂跡ですが、土台部分はイエス時代のものと言われています。
 会堂で説教することに、特別な資格はいらなかったようです。イエスは教え始めます。「律法学者のようにではなく、権威ある者として」とはどういうことでしょうか。律法学者は、律法と口伝(くでん)律法をもって民衆を指導していました。口伝律法とは、昔の律法を今の生活の中でどのように実行するか、についての何世代にも渡る律法学者たちの解釈を集めたものです。「神はかつてモーセにこう命じられた、だからこうしなければならない」というのが律法学者の教えでした。イエスのメッセージは「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1・15)というものでした。これは昔の聖書の言葉の解釈ではなく、神が今まさに何かをなさろうとしている、というメッセージでした。そこに人々は神から来たまったく新しいもの(=権威)を感じ、驚いたのでしょう。

 (2) 「汚(けが)れた霊」とは何でしょうか。「霊」はヘブライ語で「ルーアッハ」、ギリシア語で「プネウマ」と言いますが、これは元来「」や「」を意味する言葉です。古代の人々は人間の力を超えた、目に見えない大きな力を感じたときに、それを「ルーアッハ、プネウマ」と呼んだのです。その力が神から来るものであれば「聖霊」といい、神に反する悪い力であれば「汚れた霊=悪霊」ということになります。
 この悪霊が人の病気を引き起こすとも考えられましたが、特に精神疾患のような、他の人とのコミュニケーションができなくなるような状態が「悪霊に取りつかれている」と考えられました。聖霊が「神と人、人と人とを結びつける力」だとすれば、悪霊は「神と人、人と人との関係を断ち切る力」だと言うことができるでしょう。
 事実、この箇所で悪霊はイエスとの関係を拒否します。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」(24節)は、直訳では、「ナザレのイエス、我々とあなたの間に何(の関係があるのか)?我々を滅ぼしに来たのか?あなたが誰かは分かっている、神の聖なる者だ」となります。神から来たイエスとの関係を拒否することが、悪霊の悪霊たる所以(ゆえん)なのです。
 イエスは悪霊を沈黙させます。神との関係を拒否しているのは、目の前の人の本当の部分ではなく、何かしらその人を神と人から引き離そうとしている力だとすれば、その力を自由にさせておくわけにはいかないのです。イエスは悪霊を問題にしているのではなく、「悪霊に取りつかれている」と考えられていたその人自身を見ているのではないでしょうか。結果として起こったことは、その人が正常な人との交わりを取り戻し、神とのつながりを取り戻したということだったはずです。

 (3) このような見方は、あまりに現代的な解釈だと思われるかもしれません。イエスが悪霊を追い出したということをもっと素直に、そのまま受け取ってもいいのかもしれません。しかし、イエスが「悪霊」という実体のあるものを退治したように受け取ると、科学文明に生きる現代人には、『エクソシスト』の映画のような、特異な超常現象の世界としか感じられない恐れがあります。古代の人にとって「汚れた霊=悪霊」はもっと身近なものでした。現代人は、人間がほとんどの現象を理解し、コントロールできると考えますが、古代の人にとって、人間の理解や力を超えたものは周囲にたくさんあったのです。
 現代のわたしたちにとって、悪霊とはなんでしょうか? わたしたちの周りにも「神と人、人と人との関係を引き裂いていく、目に見えない大きな力」が働いていると感じることはないでしょうか。神への信頼を見失い、人と人とが支え合って生きるよりも一人一人の人間が孤立し、競争に駆り立てられ、大きなストレスが人に襲いかかり、それが最終的に暴力となって爆発してしまう・・・そんな、一人の人間ではどうすることもできないような得体(えたい)の知れない「力」が悪霊だと言ってもいいのではないでしょうか?

 (4) 27節の「権威ある新しい教えだ」という人々の驚きの言葉は、22節とよく似ています。人々はイエスの教えの内容に驚いただけでなく、この出来事をとおしてイエスの言葉が現実を変える力を持っていることに驚くのです。「神の国は近づいた」というメッセージは、イエスが悪霊に苦しめられ、神や人との交わりを喪失していた人を、神や人との交わりに連れ戻すことによって、もうすでに実現し始めたのだと言ってもよいでしょう。
 何かの現象を「悪霊の仕業だ」と言ったり、誰かのことを「あの人は悪霊に取りつかれている」と非難しても何も始まりません。むしろ、悪霊に覆われてしまっているような現象や人の、もっと深い部分にどのように触れ、つながりを取り戻していくことができるか。わたしたち一人一人に問われているのではないでしょうか。

投稿者 ct : 12:11 | コメント (212)

2006年01月22日

年間第3主日 (マルコ1・14-20)

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 今年の年間主日のミサの福音では、主にマルコ福音書を用いてイエスの活動の歩みを思い起こしていきます。イエスはヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたとき、聖霊に満たされ、神の「愛する子」と宣言されました(マルコ1・9-11)。そして荒れ野で悪魔の誘惑を退けた(1・12-13)のち、きょうの箇所から神の子としての活動を始めるのです。

福音のヒント

  (1) マタイ福音書4・12では「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」とあり、ヨハネの逮捕がイエスのガリラヤ行きの理由だったような印象がありますが、マルコは「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き」と言うだけです。マルコはヨハネの活動の時期とイエスの活動の時期をはっきり区別しようとしているのでしょう。準備の時は終わり、いよいよ神の救いが実現するときが来たのです。ヨハネはユダヤの荒れ野で活動していました。そこからエルサレムの都の人々に回心のメッセージを告げました。一方、イエスが活動の場として選んだのは、エルサレムの都からは遠い、ガリラヤという自分の故郷であり、人々の生活の場でした。
 
  (2) 「福音」はギリシア語で「エウアンゲリオンeuangelion」で「良い知らせ」を意味します。「神の福音」はここでは「神からの良い知らせ」の意味で受け取ればよいでしょう。「時は満ち」は神の計画の中での決定的なときが来たことを表しています。「神の国」の「国」は「バシレイアbasileia」です。この言葉は「王(バシレウスbasileus)」から来ています。「王であること」「王となること」「王としての支配」「王が治める土地(=王国)」の意味で用いられます。「近づいた」は文法的には完了形になっていて、「近づいたがまだ来ていない」の意味ではなく、「近づいてもうここに来ている、ある意味で実現し始めている」という意味があります。
 ローマ帝国がユダヤ人を支配し、貧しい人が苦しんでいても、神は遠くにいて沈黙していると感じていた当時の人々に対して、イエスは「神が王となられる」と語りました。神は遠くから人間を眺めているような方ではない。神は近づいてきて、今まさに救いのわざを行おうとしておられる。それはまさに救いのメッセージ=「福音」でした。

 (3) これに対して人間に求められることは「悔い改めて、福音を信じ」ることです。「悔い改め」はギリシア語で「メタノエオー」で、もとの意味は「心を変える」ですが、単に道徳的な反省を意味する以上に、聖書の中では全身全霊で「主に立ち帰る」ことを表す言葉です。「福音を信じなさい」の「福音」の内容は「神の国の到来」そのものを指しています。「信じる」はただ「本当だと思う」だけでなく、そこに「信頼を置いて自分をゆだねる」ことを意味しています。
 15節の言葉は、マルコがイエスのメッセージをまとめたものです。マルコ福音書は、他の福音書よりもイエスの説教をわずかしか伝えていませんが、イエスが「教えた」と言うとき、いつもこのメッセージが語られているのだと考えればよいでしょう。

 (4)  マルコはイエスの活動の最初のこととして、4人の漁師を弟子にする話を伝えています。漁師は特に貧しく、身分の低い人ではありませんでした。使徒言行録4・13でペトロとヨハネは「無学な普通の人である」と言われています。特別な教養(律法についての知識)があるわけでもない普通の人をイエスは弟子にします。
 ところで、考えてみるといきなり見知らぬ人に声を掛けられてついていくというのは不自然ではないでしょうか。ルカはそう考えたらしく、まず、イエスの言葉を聞き、イエスのなさったこと(不思議な大漁の出来事)を見てから、ペトロたちがイエスに従ったという話を伝えています(ルカ5・1-11)。マルコはこの話を実際に起こった話というよりも、「イエスに従うとはこういうことなのだ」ということを示す典型的な物語として伝えている、と考えたほうがよいかもしれません。
 普通に考えれば、弟子のほうが師事したい先生を見つけて、弟子入りを願うのではないでしょうか。それなのにここではイエスのほうが弟子を選ぶことになっていることも特徴的です。わたしたちはどうでしょうか。わたしたちのほうがイエスの素晴らしさを知って、イエスに従っていこうと思ったという面もあるでしょう。しかし同時に、それよりも前にイエスのほうが自分を呼んでいてくれたと感じることもあるのではないでしょうか。
 「神の選び」は、その人が優れているからその人を選ぶというのではありません。選びの根拠は人間にではなく、神にあります。神はすべての人を救うために、もっとも弱く貧しい人々を選ばれるのです(申命記7・6-8、Ⅰコリント1・26-31参照)。

 (5) 最初の弟子になったこの4人は、15節のイエスの神の国への招きに最初に応えた人だとも言えるのではないでしょうか。イエスのメッセージは自分と関係ないところで、自分に関係なく、神の国が実現していくというメッセージではありませんでした。それは「悔い改めて、福音を信じる」ことを求めるメッセージなのです。自分のすべてを神に向け直し、この神の国の到来のメッセージに信頼を置き、そこに自分をゆだねていく、その時、神の国はある意味でもう始まっていると言ってもよいでしょうか。おそらくわたしたちにとっても事情は同じです。自分の周囲の世界を見渡しても(いくらテレビを見ていても)、神の国の始まりは見えないかもしれません。しかし、自分がイエスのメッセージに応えて生きようとしたとき、自分の周りで何かが変わり始めるのではないでしょうか。

投稿者 ct : 16:34 | コメント (3)

2006年01月15日

年間第2主日 (ヨハネ1・35-42)

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 年間第2主日には毎年、ヨハネ福音書からイエスの活動の最初のころのエピソードが読まれます。年間主日のミサの福音は3年周期で、マタイ・マルコ・ルカ福音書をもとにイエスの活動を思い起こし、ヨハネ福音書は主に四旬節や復活節に読むようになっています。ただ、この活動の最初の部分だけは年間第2主日に読まれるのです。
 内容的には「イエスが姿を現し、人々がイエスの光に出会う」というものであって、「栄光の現れ」(「主の公現」の福音のヒント参照)という降誕節のテーマを引き継いでいます。

福音のヒント

 (1) ヨハネ福音書1・1-18は一般的に「序文」と言われています。実際の物語は19節から始まりますが、29節、35節、43節に同じ「その翌日」ということばがあり、2章1節には「三日目に」ということばがあります。このように日付を追っていくのはこの部分だけですので、特別な意味がありそうです。1・19からの日を「1日目」を数えると、29節が「2日目」、35節からが「3日目」、43節からが「4日目」、2・1の「三日目」は「4日目」から数えているので「6日目」ということになります。「6日間」は創世記第1章の天地創造を思わせます。ヨハネ福音書は「新しい創造」とも言うべき、神のわざがここに始まったことを印象づけようとしているのでしょう。そのクライマックスは2・11の「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた」です。

 (2) 「神の小羊」という言葉にはいろいろなニュアンスが含まれています。1・29では「世の罪を取り除く神の小羊」と言われました。ここで「取り除く」と訳されたギリシア語の「アイローairo」は「取る」の意味ですが、「取り去る」だけでなく、「取り上げる、負う」というような意味もあります。自分の身に「罪をにない」人々を「罪から解放した」というイエスの十字架の救いのわざを暗示するのが、「神の小羊」という言葉なのです。
 もちろん、この場面で洗礼者ヨハネが二人の弟子にこう言っても、聞いた人には何のことか分からなかったでしょう。この言葉の意味よりも、むしろここでは「この方だ、この方を見なさい」とヨハネが指し示していることが大切なのです。

 (3) ヨハネ福音書の中でのイエスの第一声は「何を求めているのか」というものです。「○○しなさい」でも「○○するな」でもなく、相手の求めていることに耳を傾け、それを受け取ろうとしてくださる言葉です。イエスはわたしたちにもまずそう問いかけてくださっているのではないでしょうか。
 これに対する二人の答えは「ラビ、どこに泊まっておられるのですか」というもので、質問に対する答えの形にはなっていません。「ラビ」はヘブライ語で教師に対する尊敬を表す呼び名です。38-39節にある3回の「泊まる」はギリシア語では「メノーmeno」という言葉が使ってありますが、この言葉はヨハネ福音書の中で大切な使われ方をしています。

 (4) 典型的なのはヨハネ15章です。「1 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。・・・4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない」ここで「~につながっている」と訳されているのは「メノー・エン」です(「エン」は「~のうちに」という意味の前置詞)。これは15・9以下で「~のうちにとどまる」と訳されます。「9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。10 わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる」つまり、「メノー」はヨハネ福音書の中で父とイエス、イエスとわたしたちの深い結びつきを表す特別な言葉だと言えます。
 だとすれば「どこに留まっておられますか」は単に滞在先をたずねているだけでなく、「あなたはいったいどういう方か。神とどのような関係にあるか」という問いでもあるのです。また、この問いの中には「あなたのおられるところにわたしたちも行きたい。そして、あなたとともに時を過ごしたい」という意味も込められているのではないでしょうか。そう考えれば、この言葉は「何を求めているのか」とイエスから問いかけられたわたしたち自身の答えでもあると感じられるでしょう。
 イエスは「来なさい。そうすれば分かる」 (別訳では「来て、見なさい」)と言います。これもわたしたちに向けられた招きの言葉として受け取ることができるでしょう。

  (5) 福音書は直接イエスに出会った人たちが書いたものではなく、イエスに出会った人々の思い出が人から人へと語り継がれ、最終的に今の形で書き記されたと考えられます。ヨハネ福音書を最終的に書いたのは使徒ヨハネではないと考えられていますが、著者は使徒ヨハネから伝えられた古い伝承を用いていると考えることはできるでしょう。この箇所も、使徒ヨハネ自身のイエスとの最初の出会いの記憶に基づいているのでしょうか。
 「午後四時ごろのことである」という言葉は「その日は、イエスのもとに泊まった」の理由だと考えることもできますが、それだけでなく、夕方に近い午後の日差しの中でイエスと初めて出会った、その感動と強烈な印象を伝えている言葉なのかもしれません。それは何十年経っても昨日のことのように思い出せる印象的な出会いの時だったのでしょう。
 わたしたちにとっての「午後四時」と言えるような体験があるでしょうか。

投稿者 ct : 16:07 | コメント (0)

2006年01月08日

主の公現(2006/1/8 マタイ2・1-12)

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 公現の祭日は本来は1月6日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では1月2日から8日までの間の日曜日に移して祝われます。「公現」はギリシア語では「エピファネイアepiphaneia」で「輝き出ること」です。イエスにおいて神の栄光の輝きが現れたこと、イエスが神の子キリストとして現されたこと、それは待降節・降誕節全体の大きなテーマだと言えます。福音は毎年同じ箇所で、マタイ福音書の話が読まれます。マタイはルカとはまったく違うイエスの幼年時代の物語を伝えています。無理やり1つの物語にしてしまうより、それぞれの物語を通して神が語りかけているものを受け取るとよいでしょう。

福音のヒント

   (1) 「占星術の学者」について、キリスト教の伝統の中では「3人の博士」や「3人の王」のイメージが強くあります(3人という数は聖書には書かれていません。贈り物の数からいつの間にか3人ということになったようです)。この「占星術の学者」と訳されたことばはギリシア語では「マゴスmagos」です。メディア(今のイラン)の一部族であり、祭司階級でもあった「マギ」に属する人、の意味です。彼らは占星術や魔術にすぐれていたと言われています。この人たちについては2つの見方があることを考慮しておくとよいでしょう。1つは、天文学を究めた当時最高の知識人という見方。もう1つには、ユダヤ人にとっては、怪しげな異教徒で、まことの神を知らない人々という見方です。もちろんどう見るかによってこの箇所全体のイメージが変わってきます。どちらが正しいか、というよりも、2つの見方の両方でそれぞれに味わってみると聖書の読み方が豊かになるのではないでしょうか。

 (2) ベツレヘムはエルサレムの南7kmほどのところにある町です。マタイ福音書はイエスがベツレヘムでお生まれになったことを、旧約の預言の成就と見ています。ベツレヘムはダビデ王の出身地であり、「ダビデの子孫である理想的な王=メシア」はベツレヘムで生まれるという伝承がありました。6節で引用されているミカ書もそのひとつです。ヘブライ語原文に基づく新共同訳のミカ5・1はこうなっています。
  「エフラタのベツレヘムよ/お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
  お前の中から、わたしのために/イスラエルを治める者が出る」
 ミカは紀元前8世紀の南ユダ王国で活動した預言者です。ミカは当時さびれていたベツレヘムの町(いと小さき者)から救い主が誕生すると預言し、人間の思いを超えた神のすばらしい計画を見ていますが、マタイはこの町の重要性を考えて「いちばん小さいものではない」と変えているようです。

 (3) ヘロデは紀元前37~前4年、パレスチナを王として支配しました。ローマ帝国からユダヤの王として認められていたヘロデですが、純粋なユダヤ人ではなくイドマヤ人の血を引いていたのでユダヤ人からは正当な王と認められませんでした。そこで「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」の知らせを聞いたときに自分の地位を脅かす存在と感じて不安になったのです。この箇所の後に、この幼子を抹殺しようとしてベツレヘム周辺の幼児を大量虐殺した話があります(マタイ2・16-17)。
 「メシア=キリスト=油注がれた者」という言葉には、このように「王」のイメージがつきまといます。ただ、「イエスが王である」ということの本当の意味は、降誕物語だけでなく、その生涯全体を見つめなければ見えてきません

 (4) 学者たちが幼子を訪問したこの出来事は、イエスによってもたらされた救いが民族の壁を越えてすべての人にもたらされる、ということを示しています。この物語の中に、救いの大きな広がりを感じることができるでしょう。2000年前にユダヤやガリラヤに始まった救いの知らせは、今のわたしたちにも届けられています。どうやってわたしたちのところまでこの知らせが届いたかを考えてみたらよいかもしれません。このわたしはどうやって(だれから)この福音を受け取ったのか、そこからさかのぼっていくと2000年の歴史の中でどのようにこの福音が広がってきたかが見えてきて、そこに神の大きな救いの計画を見いだすことができるのではないでしょうか。
 
 (5) 「拝む」という日本語はほとんど死語かもしれません。ギリシア語の「プロスキュノーproskyno」には本来「~に対してキスする」という意味があります。人間に対しても用いられることがあります(使10・25)が、原則としては神または超越的存在に対する礼拝の意味で用いられることばです。「黄金、乳香、没薬」にそれぞれシンボリックな意味を見ることもできますが、敬意を表す贈り物と考えればよいでしょう。彼らは精一杯の敬意と賛美と喜びをこの幼子に示したのです。

 (6) 学者たちは「星の導き」によって救い主に出会いました。また「夢のお告げ」(12節)でヘロデ王の危険な考えを察知しました。人はいろいろな仕方で神を知り、神と出会うことができます。ふだん信仰心など持っていないようにみえる日本人が、正月には突然のように神社仏閣にお参りしたり、初日の出を拝んだりするのは、何かしら超越的なものを感じているからでしょう。それらを「間違った信仰心」ということはできません。自分たちは何かしら大きな力に守られていると感じそのことに感謝し、今年一年の幸いを願う、という心はすべての人の中にある共通のもの、だと言えるでしょう。そういう意味で、キリストを信じるわたしたちはすべての人のつながりを感じることができるでしょう。

投稿者 ct : 16:48 | コメント (2)

2006年01月01日

神の母聖マリア (2006/1/1 ルカ2・16-21)

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 1月1日は「神の母聖マリア」の祭日ですが、福音の箇所は主の降誕・夜半のミサの続きです。日本の社会ではクリスマスの飾りが取り払われ、お正月飾りになっていますが、教会ではクリスマスの祝いが続いているのです。大きな祝日は8日間かけて祝う伝統があり、きょうは降誕祭を締めくくる「降誕八日目」に当たります。教会はお生まれになったイエスの光の中で新年を迎えると言うこともできるでしょう。
なお、パウロ6世教皇はこの日を「世界平和の日」と定めました。年の初めにあたって人にはそれぞれの願いがあります。しかし、人類共通の願いとしてすべての人の平和を祈るよう教会は呼びかけています。

福音のヒント

   (1) 羊飼いたちが天使から聞いた救い主のしるしは「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」(ルカ2・12)というものでした。ベツレヘムの村には他にも赤ちゃんがいたでしょう。しかし、「飼い葉桶に寝ている乳飲み子」はイエス以外にいないのです。イエスの時代の羊飼いは、町の人々から罪びと同様に見られ、蔑まれていました(主の降誕・夜半のミサの「福音のヒント」参照)。もし、お生まれになった救い主が、金のベッドに寝かされ、立派な宮殿のような場所にいたら羊飼いたちは近づくこともできなかったでしょう。この幼子が飼い葉桶の置かれた家畜小屋のようなところにいたからこそ近づくことができたのです。羊飼いたちの喜びは、天使のお告げどおり救い主が誕生した、というだけでなく、その救い主がこれほど自分たちの近くに来てくださった、ということだったのではないでしょうか。

 (2) 17-18節には羊飼いたちが人々にこのことを話し、人々が「不思議に思った」とあります。この人々の反応は19節のマリアの姿と対比されているようです。「マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」と訳されていますが、マリアはただ不思議に思っていたのではありません。
「心に納める」は少年イエスがエルサレムで迷子になり、神殿で見つかる、という話の結び(ルカ2・51)でも使われています。「記憶の中にしっかり留めておく」ことを意味します。「思い巡らす」は「しっかりとよく考える」の意味です。
 マリアは幼子イエスの誕生にまつわる出来事のすべてをしっかり記憶の中に留めました。聖霊によって宿り、ダビデの王座を受け継ぐはずの子が、家畜小屋のようなところで貧しく生まれたこと。そして最初に訪ねてきたのが当時の人々から蔑まれていた羊飼いたちだったこと。それはマリアにとっても確かに不思議なことだったでしょう。しかし、マリアはそれについて熟考し、そこに神の働きを見つけていくのです。
 エリサベトを訪問したとき、マリアは神の働きをこう賛美しました。
 「主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、
 権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、
 飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます」(ルカ1・51-53)。
すべての人を救う神の働きが、人間の目からは不思議に見える仕方で実現し始めていることをマリアは深く味わっていたのでしょう。
 わたしたちも過ぎた1年のことを「心に納めて、思い巡らし」ます。良かったこと、悪かったこと。思い通りに行ったこと、行かなかったこと。予想していたこと、予想外のこと。さまざまな出来事の中に、神がおられることを感じることができるでしょうか。

 (3) 羊飼いたちが探し当てた幼子は、病気をいやしてくれるわけでも、パンを増やしてくれるわけでも、立派な説教をしてくれるわけでもありませんでした。羊飼いたちの辛く厳しい現実は何も変わらないのです。それでも「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」(20節)。この羊飼いたちの喜びは、この現実の中に救い主が来てくださった、ということだと言えるのではないでしょうか。問題や困難な状況はなくならないかもしれません。しかし、わたしたちは神から見捨てられているのではなく、神はわたしたちとともにいてくださるのだ、という喜び。わたしの人生はただの無意味な出来事の連続ではなく、キリストがともにいてくださる人生だと感じられる喜び。マリアとヨセフと羊飼いたちを包んでいたこの小さな喜びの光が、全世界に広がり、今のわたしたちにまで伝えられています。
 
 (4) 「八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である」(21節)。割礼はアブラハムとの契約のしるし(創世記17・10-11)であり、神の民イスラエルの一員となるしるしです。「イエス」という名は旧約聖書では「ヨシュア」にあたり、「主は救い」「主は救う」という意味があります。
 イエスは成人してからさまざまなことをしたと伝えられています。しかし、キリスト教はイエスが力強く語り、行動した姿よりも、何もできない無力なイエスの姿を最も大切にしてきました。それが「飼い葉桶の幼子」の姿であり、「十字架のイエス」の姿なのです。その姿は、2000年にわたって、貧しく無力で苦しみに満ちた人生を送るすべての人を励まし続けてきたのです。
 「君は一人ぼっちじゃない。ぼくがいるよ。ぼくはみんなの喜び、苦しみ、悲しみを一緒に担うために生まれてきたんだよ。だれでも安心してぼくのところに来ていいんだよ」
 わたしたちも、幼子イエスのそんな無言の呼びかけを聞き取ることができるでしょうか。

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2005年12月25日

主の降誕・夜半のミサ(2005/12/25 ルカ2・1-14)

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 今年は12月25日が日曜日にあたり、主日に降誕祭を祝うことになります。主の降誕の祭日のミサには早朝や日中のミサもありますが、ここでは「夜半のミサ」の福音を取り上げます。ルカ福音書だけが伝える、イエスが誕生した夜の物語です。
 この箇所の前半(1-7節)はローマ帝国の支配に翻弄された貧しい家族の中で1人の男の子が誕生する物語で、後半(8-14節)でその子の誕生の意味が解き明かされます。

福音のヒント

   (1) 1-2節で、ルカは歴史家のように皇帝や総督のことを述べますが、同時にこれは、当時の世界で圧倒的な力を持っていたローマ帝国の支配地域の片隅に生まれたこの赤ん坊こそが、実は「すべての人のメシア(王)である」という対比を印象づけようとしているのでしょう。紀元前63年ローマのポンペイウス将軍がパレスチナを占領して以来、ユダヤ、サマリア、ガリラヤなどの地方はローマの植民地になっていました。ローマは傀儡(かいらい)政権であるヘロデ王家を立て、ユダヤ人の宗教的な自由を認めつつ、植民地の住民に税金をかけることによって利益を得ていました。この税を徴収するために行なわれたのが「住民登録」でした。身重のマリアを連れたヨセフは、このローマ皇帝という強大な支配者に振り回され、苦しい旅を強いられたのです。

 (2) 「ベツレヘム」(4節)はダビデ王の出身地で、こう預言されていました。「エフラタのベツレヘムよ/お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのために/イスラエルを治める者が出る。彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる」(ミカ5・1)。
 7節の「初めての子」は、後にも子どもが生まれたことを意味していません。「長子」としての特別な権利を持った子どもとしてイエスが生まれたことを表しています。「飼い葉桶」はイザヤ1・3「牛は飼い主を知り/ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは知らず/わたしの民は見分けない」を背景にしているとも言われます。「宿屋」と訳された言葉は「宿をとるところ」の意味で、大きな家の客間も指す言葉です。「彼らの泊まる場所がなかったからである」は直訳では「彼らのために場所がなかったからである」です。

 (3) 「羊飼い」はイスラエルの人々にとって馴染み深い職業でした。先祖は皆、羊飼いでした。ダビデ王も若いとき羊飼いであり(サムエル上16・11)、さらに神ご自身が羊飼いにたとえられました(詩編23など)。そういう意味で「羊飼い」をプラス・イメージで捉えることもできるでしょう。しかし、逆にマイナス・イメージもあります。イエスの時代、多くのユダヤ人は町や村に定住するようになっていました。その人々から見れば、羊飼いというのは「流れ者、野宿者」であり、ほとんど罪びとと大差ない連中と思われていました。彼らも「自分のために場所がない」と感じていた人々といえるかもしれません。
 「自分のために場所がない」と感じることはとてもつらいことでしょう。身近にそう感じている人はいるでしょうか。わたしたち自身もそう感じることがあるでしょうか。
 この羊飼いたちに、救い主誕生の知らせがもたらされます。彼らに示されたしるしは、「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」というものでした。きょうの箇所を特徴づける「貧しさ」は、「貧しい人は、幸いである。神の国はあなたがたのものである」(ルカ6・20)という福音のメッセージにつながっていると言えるでしょう。

 (4) 「主の天使」「主の栄光」(9節)は神がそこにおられ、人間に語りかけることを表しています。羊飼いたちに告げられた天使の言葉(10-12節)のうち、「民全体」は直接には「イスラエルの民全体」を指す言葉ですが、ここにルカは「神の民となるすべての人」の意味を込めているようです。「大きな喜びを告げる」の「告げる」は「福音を告げる」という言葉が使われています。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」の「今日」は、ルカ福音書では特別に、「救いが実現している時である今」を意味しているようです(4・21, 19・5,9, 23・43など参照)。

 (5) 14節「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ」の「御心に適う」はギリシア語では「エウドキアeudokia」という言葉です。「エウ」は「良い」という意味で、「ドキア」は「思う」という動詞から来ています。「良く思うこと=好意」が元の意味ですが、聖書の中では特別に「神がお喜びになること」を意味します。「神がお喜びになる人」「御心に適う人」とは誰のことでしょうか? 「神はすべての人に好意を向けているはずだ」と考えれば、誰かを排除する言葉ではなく、すべての人を指していると受け取ることもできるでしょう。なお「御心に適う人」は「善意の」と訳されたこともありましたが、その場合「神のよい思い」ではなく「人間のよい思い」の意味になってしまいます。「平和」は単に争いのない状態ではなく、神の恵みに欠けることのない(それゆえ争いがない)状態を指します。ルカ19・38では「祝福、平和、栄光」がセットになっていますが、これらは別々のことではなく、密接につながっていると考えたらよいでしょう。降誕の夜は、そのすべてに満たされる時なのです。
 貧しく無力な人々に近づくために、イエスは貧しく無力な幼子の姿で世に来られました。救い主が誕生しても、この人々の現実が変わるわけではありません。しかし、マリアとヨセフと羊飼いたちは、この幼子の中に神の救いの約束の実現を見て、喜びに満たされました。わたしたちはこの幼子の中にどんな喜びを見つけることができるでしょうか。

投稿者 ct : 15:38 | コメント (0)

2005年12月18日

待降節第4主日(2005/12/18 ルカ1・26-38)

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クリスマスの直前の日曜日には、イエスの誕生に直接関係する出来事が読まれます。今年(B年)の箇所はルカ福音書1-2章のイエスの誕生と幼年時代の物語から採られた、いわゆる「受胎告知」(あるいは「お告げ」)の場面です。イエスを身ごもったマリアという一人の女性の中に、神の救いの働きがもう始まっているのです。

福音のヒント

    (1) 28節は「アヴェ・マリアAve Maria」の祈りの冒頭に引用されている大切な言葉です(「マリア」という固有名詞は聖書本文にはなく、後の時代に付け加えられました)。
 「おめでとう」のギリシア語「カイレchaire」は直訳では「喜べ」ですが、一般的なあいさつの言葉として用いられていました。ゼカリヤ9・9やゼファニヤ3・14のギリシア語訳(七十人訳)にもこの言葉が使われています。このゼカリヤ書の箇所は有名な箇所です(日本語訳では「カイレ」が分かりにくいのですが・・・)。「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者/高ぶることなく、ろばに乗って来る/雌ろばの子であるろばに乗って」これは救いの到来を預言した言葉で、イエスのエルサレム入城にあたって引用される箇所です(マタイ21・5など)。シオンはエルサレムの神殿のある丘の名前で、「娘シオン」「娘エルサレム」はエルサレムの町全体(あるいはその住民)を指しています。旧約の預言との関連から考えると「カイレ」は、単なるあいさつではなく、旧約の民が長く待ち望んでいた神の救いが、今、実現していることを感じさせる「喜べ」なのです。
 「主があなたと共におられる」は、旧約のギデオンが士師として召し出されるときに天使から告げられた言葉です(士師記6・12)。神ご自身が人間に向かって「わたしはあなたと共にいる」というのも、モーセや預言者たちの召命の場面によく見られる表現です(出3・12、エレミヤ1・8など)。どちらも弱い人間が神の救いの道具として選ばれるときに与えられる神の力強い助けを約束する言葉であり、ここでもマリアに特別な使命が与えられることが暗示されています。

 (2) 同じ28節の「恵まれた方」は、原文では「ケカリトーメネーkecharitomene」で、文法的には「完了形受動分詞」です。完了形には「以前からずっと恵まれていて今も恵まれている」というニュアンスがあるので、「聖母マリアの無原罪の御宿り」の教義につなげて考えることもできます。また、この完了形にはただ単に「恵まれた方」以上の強い意味があるとも考えられ、ラテン語ではgratia plena(「恵みに満ちている」という意味) と訳されています。日本語のAve Mariaの「聖寵満ちみてる」(文語)、「恵みあふれる」(口語)は同じ解釈から来ています。

 (3) 「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」は「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ」(イザヤ7・14、マタイ1・23)とよく似た表現です。この「おとめ」はヘブライ語では「アルマー」で、単に「若い女」を意味する言葉ですが、古代のギリシア語訳では「処女」の意味がある「パルテノスparthenos」と訳されました。イエスを身ごもったマリアが処女であったことについてはさまざまな解釈がありますが、処女とは、単純に「子どもを産むことができない女」と考えてもよいのではないでしょうか。高齢のエリサベトが子どもを身ごもったのも神の働きですが、男を知らないマリアが身ごもることはまったく人間の力ではなく、完全に神の力によることです。救い主イエスの到来は人間の力によって実現するのではなく、「聖霊」=「いと高き方の力」(35節)によってもたらされる神の恵みの出来事なのです。
 
 (4) 「なりますように」と訳された言葉はギリシア語では「ゲノイトgenoito」です。ラテン語では「フィアットfiat」と訳され、ある英語訳では「Let it be」と訳されて、多くの人に親しまれてきた言葉です。これは信仰者の模範としてのマリアの姿をもっともよく表わす言葉だと言えるでしょう。
 マリアにとって、天使のお告げを受け入れることは決して簡単なことではありませんでした。この時点でマリアの妊娠を知ったヨセフがマリアを受け入れてくれるという保証はありません。常識的には婚約は破談になり、マリアはシングル・マザーにならなければならないところでしょう。それでもマリアは神の言葉を受け入れ、自分を神の言葉にゆだねました。マリアにとって、神の言葉は自分と関係ないどこかで実現するのではなく「この身に(わたしに)」実現するのです。主の祈りの「み心が行なわれますように」やゲツセマネの祈りの「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(マルコ14・36)も思い出すことができます(ラテン語では「行われますように」はいずれもfiatです)。
 わたしたちにも「フィアット」と心から祈ることがあるのではないでしょうか。 

 (5) 神はマリアの受諾を必要としたのでしょうか。マリアに何も告げなくとも(あるいはマリアが断ったとしても)救い主を産ませることはできたかもしれません。しかし、神は天使をとおしてマリアに語りかけ、マリアが自由に応えることを求めたのです。神の救いを「握手」のイメージで考えると良いかもしれません。神の救いの手は人間に差し伸べられています。マリアはそれに応えて自分の手を差し出し、そこで初めて「握手」(本当の意味での救い)が成り立つのです。そういう意味では、このマリアの受諾から救いの時代が始まっていると言ってもよいでしょう。わたしたちは神の差し出される手(神のことば)にどのように応えているでしょうか。

投稿者 ct : 10:18 | コメント (0)

2005年12月11日

待降節第3主日(2005/12/11 ヨハネ1・6-8,19-28)

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先週のマルコ1・1-8と同様、洗礼者ヨハネのことが読まれますが、きょうの箇所はヨハネ福音書から採られています。
 待降節は「愛と喜びに包まれた待望の時」(「典礼暦年に関する一般原則」39)と言われますが、特にこの第三主日は伝統的に「喜びの主日」と呼ばれ、救い主が確かに来られる、もうそこまで来ておられるという喜びの雰囲気をもって祝われます。

福音のヒント

 (1) ヨハネ1・1-18はこの福音書の「序文」と言われますが、6-8節はその中から採られています。ヨハネ福音書のはじめはこうなっています。
 「1 初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。2 この言は、初めに神と共にあった。3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」
 「言(ことば)」はギリシア語で「ホ・ロゴスho logos」(hoは冠詞)と言います。この「ホ・ロゴス」とは何でしょうか。昔からいろいろな人がいろいろな解釈をしてきましたが、やはり「光あれ」という言葉で創造のわざを始められた神の言葉のイメージが大切です(創世記1章参照)。「言」とは無からすべてのものをお造りになった「神の力強い働きかけ」そのものだということができるでしょう。そして、1・14には「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」とあります。「肉」は人間のことですが、「滅び行く、弱いものとしての人間」を指す言葉です。神の力強い働きかけが、一人の弱く、滅び行く生身の人間となったというのです(このヨハネ1・1-18は「主の降誕・日中のミサ」で読まれる福音です)。
 きょうの箇所はそのイエスの登場、すなわち「世に来てすべての人を照らす光」であるイエスを証しし、指し示す人として洗礼者ヨハネを伝えています。

   (2) 序文のあと、1・19から福音書の物語が始まりますが、そこでの洗礼者ヨハネについての見方も同様です。ヨハネ福音書は他の福音書と違ってヨハネの生活や活動についてまったく伝えませんし、イエスがヨハネから洗礼を受けたという出来事さえ伝えません。この福音書では、ヨハネは「わたしはメシアではない」と公言し、「わたしは・・・声である」と宣言します。他の福音書も「荒れ野に叫ぶ者の声」というイザヤ40・3を引用してヨハネの登場の意味を語りますが、ヨハネ自身が声であると明言するのはヨハネ福音書だけです。ヨハネ福音書にとって、洗礼者ヨハネはあくまでも「イエスを指し示す人」なのです。
 先週に続き、きょうの福音でもイエスは「後から来られる方」として予告されているだけで、直接は登場していません。しかし、本当のテーマは「イエスご自身」です。待降節の福音の箇所は、洗礼者ヨハネを見つめるためではなく、ヨハネが指し示した、来るべきイエスに心を向けるために選ばれている箇所なのです。

 (3) 「証しする」という言葉は深く受け取りたい言葉です。日本語では「証言する、証人となる」と訳したほうが具体的なイメージが湧くかもしれません。それは単に言葉で自分の考えを述べる、ということではありません。ある事件の証人とはその出来事を確かに見たり経験したりした人を意味します。自分が「見たこと、経験したことを語る」のが「証言する」ということなのです。洗礼者ヨハネは何らかの仕方で神から「後から来られる方」を示されたからこそ、その方について証言したのでしょう。
 「証しする」のは言葉だけではないはずです。「キリストの証人となる」というとき、いくら言葉で語っても伝わらないと感じることが多いでしょう。もちろん、「わたしはこのような体験の中でイエスを知った、イエスの愛を感じた」というような言葉には力があります。しかし、もっとも力強いのは、イエスと出会って人が変えられた(救われた)、ということがその人の生き方の中に表れるときではないでしょうか。教会の「殉教者」という言葉の原語は、もともと「証しする人」の意味でした。殉教者とは、言葉よりもその生涯と死をとおして、キリストを証しした人々なのです。キリスト教は、難しい神学ではなく、言葉と生き方による「証し」によって受け継がれてきた、と言っても過言ではありません。わたしたちにとってイエスを証しするとはどういうことでしょうか?

 (4) ヨハネは「光について証しをするため」(1・7,8)に来ました。そして「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らす」(1・9)と言われます。
 「闇の中に光が輝く」ということは、待降節~降誕節全体を貫くテーマです。待降節と降誕節は「苦しみの季節」と「喜びの季節」と言った別々のテーマではなく、この一つのテーマが別の面から取り上げられていると考えたらよいのではないでしょうか。待降節は「わたしたちの救われていない部分、闇に覆われている部分、救いを必要としている部分」から救い主を見つめていきます。これは誰の中にもある面でしょう。そして、降誕節は「その闇の中にもうすでに輝いている、小さな、しかし確かな光」である幼子イエスを見つめるのです。これもわたしたちがどこかで経験していることではないでしょうか。
 クリスマスが来ても、わたしたちの闇が、苦しみが、問題がなくなるわけではありません。それでも「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光に打ち勝たなかった」(1・5。後半は新共同約とは別の訳)。クリスマスが冬至の季節に祝われるのもそのことと関連があるようです。寒い冬は確かに続いている。しかし、もう光の時が闇の時よりも長くなり始めているのだ。古代の人々が感じたこの喜びをわたしたちも感じとれるでしょうか。

投稿者 ct : 16:57 | コメント (0)

2005年12月04日

待降節第2主日(2005/12/04 マルコ1・1-8)

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 毎年、待降節第2・第3主日のミサの福音には洗礼者ヨハネが登場します。ヨハネは救い主を待ち望んでいた旧約時代の人々の代表(その最後の人)だと言えるでしょう。大切なのは、洗礼者ヨハネを見つめることではなく、ヨハネが指し示した来(きた)るべき方=イエスを見つめることです。きょうの箇所にはまだイエスが登場しませんが、わたしたちにとって「イエスの到来」は2000年前にすでに起こったことです。教会の暦と朗読配分は、その到来の意味を待降節・降誕節全体をとおして味わうよう招いているのです。

福音のヒント

  (1) 「神の子イエス・キリストの福音の初め」(1・1)は、「神の子であり、キリストであるイエスの福音の初め」とも訳すことができます。新共同訳聖書は、ギリシア語の「クリストスchristos」が称号として用いられているときは「メシア」、イエスを指す固有名詞のように用いられているときは「キリスト」と訳し分けていますが、キリストもメシアも「油注がれた者」という意味の言葉で、「神から特別な使命を与えられ遣わされた方=救い主」を指します。1・1はマルコ福音書の冒頭の言葉ですが、福音書全体のテーマを表す言葉だとも言えるでしょう。この福音書はイエスが「神の子」であり、「キリスト」であるということを伝えようとしています(8・29、15・39参照)。そして、マルコがそのことを伝えるためにとった方法は、ヨルダン川での洗礼に始まり、イエスがどのように歩まれたかを物語ることでした。十字架の死に至るイエスの歩みをていねいに見つめれば、イエスが「神の子、キリスト」であることが分かると言いたいかのようです。
 
  (2) 「イエスの福音の初め」と言いながら、マルコはまず最初に旧約聖書の2つの箇所を引用し、洗礼者ヨハネの活動を伝えます。「預言者イザヤの書に」と言いますが、実際には後半だけがイザヤ40・3から採られた言葉で、前半はマラキ3・1の引用です。マルコは洗礼者ヨハネの活動を単なる人間の活動ではなく、洗礼者ヨハネの登場そのものを神が昔から準備していたこと(神の計画)と見ているのです。そして、ヨハネとイエスはこの同じ神の計画の中にいるのです。そういう意味では「イエスの福音」は洗礼者ヨハネとともに始まっていると言えるのでしょう。なおここで「イエスの福音」とは「イエスが告げ知らせた良い知らせ」(マルコ1・14参照)だけでなく、「イエスの到来、活動、生涯すべてを通して告げられた神からの良い知らせ」という意味になります。

  (3) 洗礼者ヨハネは「悔い改めの洗礼を宣べ伝えた」とあります。「洗礼(バプティスマ)」の元の意味は「水に沈めること」「水に浸すこと」です(洗礼者ヨハネの洗礼も古代のキリスト教の洗礼も人の全身を水の中に沈めるものでした)。いったん水の中に沈み、そこから立ち上がることは、神から離れている古い自分に死んで、神によって生きる新たないのちに生まれ変わることを意味していました。そういう意味で、洗礼者ヨハネにとって「洗礼」は「悔い改め(回心)」のしるしだったのです。
 ヨハネが「らくだの毛衣を着、腰に皮の帯を締め」ていたのは列王記下1・8に伝えられる預言者エリヤの姿と同じです。洗礼者ヨハネは「荒れ野」にいて、「いなごと野蜜を食べ」ていました。つまりほとんど断食の日々を過ごしていたことになります。彼は神の裁きに備えて回心を呼びかける預言者だったのです。
 「聖霊で洗礼を・・・」(8節)の「霊」はギリシア語で「プネウマ」と言います。マタイやルカでは「聖霊と火による洗礼」となっていますが、これは本来、「風(プネウマ)に飛ばされ火で焼かれるもみ殻」のイメージだったようです(A年待降節第2主日の福音のヒント参照)。洗礼者ヨハネが予想していた「来るべき方」は神の裁きをもたらす方だったのでしょう。しかしキリスト教は、実際に到来したイエスの姿に合わせて洗礼者ヨハネの言葉を解釈しました。「聖霊で洗礼を授ける」は「聖霊に浸す」というイメージです。古代の人々は目に見えない大きな力を感じたときそれを「霊=プネウマ」と呼び、それが「神からの力」であれば「聖霊」と表現したのです。聖霊の基本的な働きは、神と人とを結び合わせることです。キリスト教の洗礼とは単なる回心のしるしではなく、「人を神に結びつけ、神の子とし、神のいのちにあずからせる」ものなのです。

  (4) イエスが到来する以前、イスラエルの人々は神が遠くにいると感じていました。そこには、「自分たちの罪が神と自分たちの間を引き離している」という面と、「苦しむ人々を神がほうっておかれているのではないか」という両面がありました。2000年前の「イエスの到来」はこの旧約時代の人々の救いへの待望を満たすものでした。2000年前にイエスが来て、確かに決定的な救いのわざを行ってくださったとわたしたちは信じています。しかし、わたしたちの中に神の救いが完全に実現しているとも言えないでしょう。だからこそ、いつか神との決定的な出会いの時がある、これがキリスト教の終末(キリストが再び来られる時)についての確信です。
 それは裁きの時でしょうか、救いの完成の時でしょうか。新約聖書の中に両方の表現が見られます。確かなことは、「そのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(Ⅰコリント13・12-13)ということ、そして「愛は決して滅びない」(13・8)ということです。そこからどのような「回心」がわたしたちに求められているかを考えてみてはどうでしょうか。

投稿者 ct : 11:08 | コメント (0)

2005年11月27日

待降節第1主日(2005/11/27 マルコ13・33-37)

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 「待降節」と訳されたラテン語の「adventusアドヴェントゥス」(英語ではadvent)は、本来は「到来」を意味する言葉です。2000年前にイエスが世に来られたことを思い起こしながら、栄光のうちに再び来られることに思いを馳せます。この2重の意味での「到来」とそこに向かう人間の姿勢としての「待望」がこの季節のテーマです。第一主日には毎年、年間の終わり(終末主日)のテーマを受け継いで「目を覚ましていなさい」という、終末に向かう姿勢を問いかける言葉が読まれます。3年周期の主日のミサの聖書朗読配分はB年が始まりました。今年は主にマルコ福音書が読まれる年です。

福音のヒント

 (1) マルコ福音書13・5から始まる終末についての説教の結びの部分です。この箇所の直前には、「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである」(32節)という言葉があります。「その日、その時」とは、「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来る」(26節)ときのことです。これはダニエル書7章13節から採られた表現です。ダニエル書の物語の舞台は紀元前6世紀、捕囚時代のバビロンですが、実際に書かれたのは、紀元前2世紀のセレウコス王朝シリアの支配下で起こったユダヤ人に対する宗教的迫害の時代でした。ダニエル書7章は、「獣」のようなヘレニズム帝国が猛威をふるうが、いつか「人の子のような者」が神から遣わされて、正しい裁きを成し遂げる、という救いと解放のメッセージです。この「時」は決定的な神の介入の時なのです。

  (2) 聖書の終末についてのメッセージには2つの面があります。
 (a) 悪が栄えるこの時代はいつか終わり、神の正しい支配が訪れる、と語り、迫害の中にある信仰者を励ます希望のメッセージ、という面(上のダニエル書はその典型)。
 (b) 日々の出来事に追われて本当に大切な物を見失っているときに、神の最終的な判断の目から見て、何を大切にして生きるべきかを語る警告のメッセージ、という面。
 マルコ13章の説教にはその両面があります。きょうの箇所の「目を覚ましていなさい」はもちろん、(b)の面が強いメッセージだと言えるでしょう。
 「目を覚ましている」とはどういうことでしょうか。きょうの箇所の「門番には目を覚ましているようにと、言いつけておく」(34節)から考えると、とにかくその時がいつ来てもいいように警戒している、というように感じられるかもしれません。しかし、終末に向かう姿勢として求められているのが「いつ来るかいつ来るか、とビクビクしている」ということであるとは考えにくいでしょう。「目を覚ましていなさい」というのは分かりやすいようでいて、意外に分かりにくい言葉なのかもしれません。

  (3) 「目を覚ましていなさい」という言葉のニュアンスは、マタイ、マルコ、ルカで少しずつ異なっているようです。先週までのA年の「終末主日」に読まれたマタイ福音書によれば、それは「主人に言われたとおりにしている」(24・46)ことであり、結局のところ、助けを必要としている人に対する愛を持って生きること(25・31-46参照)ということになるでしょう。ルカ福音書は「人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい」(21・36)と語り、「祈ること」すなわち「来(きた)るべき神とイエスに希望と信頼を置いて生きること」を「目を覚ましている」ことだと考えているようです。
 終末についての言葉は、今のわたしたちの現実を無視する教えではありません。むしろいつか来る終わり(そのもっとも分かりやすいイメージはわたしたち自身の死です)に向かって、今をどう生きるかを問いかけることにあるのです。それは日々の生活の中で信仰と愛をもって生きるように励ます教えなのです。

     (4) マルコではどうでしょうか。マルコ福音書の文脈をていねいに見てみましょう。11-12章はイエスのエルサレムでの活動を伝えています。イエスは神殿の境内で当時の有力者たちと対決しました。イエスは彼らの中に真実なものを見いだすことはできませんでした。神殿で見かけた人々の中で唯一イエスの心を打ったのは、レプトン銅貨2枚という自分にできる精一杯のものを神に差し出した貧しいやもめの姿だけでした。イエスはこれ以外にここには真実なものはない、と見定めたかのように神殿を後にします。
 しかし弟子たちは違いました。「先生、御覧ください。なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう」と弟子の一人が叫びます(13・1)。ガリラヤの田舎から出てきた弟子たちは、エルサレムの都にそびえる神殿の壮麗さに心を奪われていました。これに対するイエスの答えは「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない」(13・2)というものでした。イエスはこの神殿もいつか滅びるもので、これが本当に頼りになるものではない、と言うのです。
 そしてオリーブ山の上からエルサレムとその神殿を見ながら語るのが、13・5-37の説教です。イエスは目に見えるものではなく、目に見えないもっと確かなものに弟子たちの目を向けさせます。この説教の中には「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(31節)という言葉もあります。このように見てくると、「目を覚ましている」とは目に見える、滅びゆくものではなく、目に見えない本当に確かなもの、決して滅びないものに心を向けていることだと言えるのではないでしょうか。今、わたしたちが生きている現実をどう見るか、その中で何が真実で、何が信頼すべきものなのか、そう問いかけていると言っていいのかもしれません。今年の待降節を迎えたわたしたちにとって、「目を覚ましていなさい」という呼びかけはどう響くでしょうか。

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