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2006年10月29日

年間第30主日 (2006/10/29 マルコ10・46-52)

教会暦と聖書の流れ

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  イエスのエルサレムへの旅は、ガリラヤに始まり、ヨルダン川を下ってきて、エリコの町に到着します。ここまでは130kmほどで、エリコからエルサレムまでは残り30km足らずです。マルコ福音書では、この話の後(11章)はもうエルサレム入りの場面ですので、エルサレムへの旅も終わりに近づいていることになります。イエスに従うことのできなかった金持ちの男(10・17-22)やイエスの受難の道を理解していなかった弟子たち(10・35-45)の姿と対照的に、イエスに従っていったバルティマイの姿が伝えられています。

福音のヒント

   (1) 47節でバルティマイは、イエスのことを「ダビデの子」と呼びますが、これは彼自身がそう考えたというよりも、彼が聞いていた周りの人々の噂だったのでしょう。ダビデは紀元前1000年ごろのイスラエルの王で、「ダビデの子」というメシア(救い主)の呼び名には、ダビデ王の再来である理想的な王のイメージがあります。ローマ帝国の支配下にあった当時のユダヤでは、ローマの支配を打ち破り、ユダヤ人を解放してくれる王を意味していました。イエスに対するこのような期待は、イエスがエルサレムに近づくに従って膨れ上がっていたようです(マルコ11・10参照)。
 「わたしを憐れんでください」は物乞いをするときにいつもバルティマイが使っていた言葉なのでしょうか。イエスの周りにいた人々はこのバルティマイを黙らせようとします。王・メシアかもしれないイエスは重要人物で、何の役にも立たない「盲人の物乞い」など用がないと人々は考えたのです。しかし、イエスは彼の叫びを聞きます

  (2) 49節の「安心しなさい」はむしろ「勇気を出しなさい」と訳したほうが原文のニュアンスに近いでしょう。「お呼びだ」と訳された言葉は、直訳では「彼があなたを呼んでいる」です。
 50節「上着を脱ぎ捨て、躍り上がって」はバルティマイが「盲人の物乞い」であったことを思えば、たいへんなことでしょう。この上着はおそらく彼の唯一の財産でした。そして、彼は目が見えないのですから、ふだんはそれを肌身離さず持ち歩き、歩くときは事故のないように細心の注意をもって歩いていたはずです。それなのに彼は、自分の持ち物も自分の安全も手放すかのようにイエスのもとに向かいます。
 それは「イエスが自分を呼んでいる」と知ったからです。この方は自分を邪魔者扱いしない。すべての人に邪魔者扱いされる中で、イエスという方だけは自分に目を留め、自分を呼んでくださる! バルティマイのこの喜びを感じとれるでしょうか。

  (3) イエスはバルティマイに「何をしてほしいのか」と問いかけます。9・36でイエスが弟子のヤコブとヨハネに聞いたのと同じ問いです。自分たちに高い地位を約束してほしい、というヤコブとヨハネの願いにイエスは答えませんでした。しかし、バルティマイの願いには答えます。バルティマイの願いは「先生、目が見えるようになりたいのです」というものでした。これも自分の利益を求めている願いではないでしょうか。二人の弟子の願いとバルティマイの願いは、どこが違うのでしょうか。バルティマイの願いは単なる願望以上のもの、苦しみの中からの必死の叫びだったということは大切でしょう。イエスは受難と死に向かう旅の最後まで、このような叫びに耳を閉ざすことはないのです。

  (4) 「あなたの信仰があなたを救った」は、マルコ福音書では、5・34で出血の止まらない病気がいやされた女性に向かって言われた言葉でした。この「信仰」は、イエスをダビデの子であると信じるような頭の中の信仰ではありません。「この方ならなんとかしてくださる」という必死の思いでイエスに向かっていった態度そのものです。自分の希望と信頼のすべてを神とイエスにかける、と言ってもいいかもしれません。
 52節の「なお道を進まれるイエスに従った」は、直訳では「その道の中でイエスに従った」です。この道はもちろんイエスのエルサレムへの道、受難と死に向かう道です。バルティマイは「行きなさい」と言われたにもかかわらず、イエスに従うことを選びました。 このバルティマイの姿は、結局のところ財産を頼りにしてイエスに従うことのできなかった金持ちの男や、自分たちの栄誉を求めていた弟子たちの姿とはっきりと対比されています。マルコ福音書はバルティマイの中に「十字架への道を歩むイエスに従う人」の典型的な姿を見ていると言えるでしょう。
ただし、イエスに従っていた弟子たちはイエスが逮捕されたとき、皆逃げてしまっています(マルコ14・50)からバルティマイはその時どうしたのか、と考えたくなるかもしれません。マルコ福音書はこれについて何も語っていません。ただマルコは、この箇所でこの人をはっきりと「バルティマイ」という名で紹介しています。マタイやルカにもこの話は伝えられていますが、いやされた人の名前はありませんし、そもそもイエスによっていやされた人の名前が伝えられていることはめずらしいことです。もしかしたら、バルティマイは、マルコのいた教会の中で知られていた人物だったのではないでしょうか。だとしたら、彼はこの出会いをきっかけに、生涯イエスに従い続けたと想像することもできるでしょう。

  (5) バルティマイはイエスに出会って救われた、という喜びと感謝の心からイエスに従いました。十字架への道を歩むイエスに従うということは、おそらく能力や努力の問題ではないのです。イエスの弟子たちは最後までイエスに従うことができませんでしたが、それで終わりになったのではなく、復活したイエスとの出会いによって、再び弟子として歩み始め、そして多くの弟子が殉教していくことになりました。彼らを突き動かしていたものも、復活したイエスが自分たちに姿を現し、声をかけ、再びご自分の弟子として受け入れてくださった、という喜びと感謝ではないでしょうか。
もしも、わたしたちの中にそういう経験があったとすれば、バルティマイの物語は、今のわたしたちの物語にもなるでしょう。

投稿者 ct : 14:51 | コメント (28)

2006年10月22日

年間第29主日 (2006/10/22 マルコ10・35-45)

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 場面はエルサレムへの旅の途中で、マルコ福音書の3回目の受難予告(10・32-34)に続く箇所です。「受難の道を歩むイエスに従う」というテーマは先週の福音(10・17-31)から続いています。これまで2回の受難予告同様、ここでもイエスの受難の道について無理解な弟子たちの姿が表われていますが、この弟子たちに向けて、イエスの受難と死の意味がもっともはっきりと語られることになります。

福音のヒント

   (1) ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、ペトロと並んで弟子たちの中でもっともイエスの近くにいた弟子です。彼らは「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが」(35節)とイエスに語りかけます。この遠慮がちな頼み方は、彼ら自身、自分たちの願いがイエスの思いとは違うかもしれないという予感を持っていたことを表しているのかもしれません。二人の願いは、「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」というものでした。イエスが何度もご自分の受難を予告していたにも関わらず、彼らはそれを受け入れることができず、ただイエスが栄光を受けることしか考えていません。二人の願いは、その栄光のときに、他の弟子を差し置いて自分たちに特権的な地位が与えられるように、という願いです。
 「」は普通、救いと喜びのシンボルです。しかし、日本語にも「苦杯をなめる」という表現があるように、苦しみのシンボルにもなります。ここではもちろん「苦しみの杯」の意味です。「洗礼」もわたしたちにとっては救いと喜びのシンボルですが、洗礼(ギリシア語の「バプティスマbaptisma」)の元の意味は「水に沈めること、浸すこと」ですから、死のイメージもあります。ここでは「死」のイメージで語られています。イエスは、自分と同じ苦しみと死を引き受けることができるか、と問いかけます。

  (2) 二人の弟子はどこまでこの言葉を理解していたのか分かりませんが、39節で「できます」と答えます。イエスの栄光にあずかるためなら、彼らはどのような苦しみにも耐える覚悟ができていたのでしょう。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる」。ヨハネの最期は正確に伝えられていませんが、ヤコブは実際に後に殉教することになりました(使徒言行録12・1-2参照)。しかし、イエスは報いとして彼らに地位を約束しません。「定められた人々にゆるされる」というのは、「神がお決めになることだ」ということで、あなたにもわたしにも関係ない、というのです。
 他の10人は腹を立てます。彼らが腹を立てたのは、自分たちも同じようなことを考えているのに、ヤコブとヨハネが抜け駆けしようとしたからでしょう。そうでなければ腹を立てる必要はないのです。「人よりも先になりたい、上に立ちたい」という願望がいかに強いかを感じさせられます。そこから自由になることは簡単ではないのです。

  (3) 「異邦人」は「あなたがた(弟子たち)」と対比させられていますから、ここでは「神やキリストを知らない人々」の意味だと言えるでしょう。「支配し」「権力を振るっている」は明らかに悪い意味で、人々を苦しめる権力の乱用のことです。
 「仕える者」はギリシア語で「ディアコノスdiakonos」です。「仕える」は「人のために働くこと」を表す言葉です(なお今のカトリック教会で使われる「助祭」という言葉の原語がこれです)。「僕(しもべ)」はギリシア語では「ドゥーロスdulos」で、こちらは働きの内容よりも「主人」との関係を表す言葉です。ここでは両方とも同じような意味で使われています。「仕える」「僕になる」ということには、「人のためにサービスする」という面がありますが、もう一つには「自分を低くする、自分を無にする」という面もあると言えるでしょう。

  (4) 45節には、新共同訳聖書では翻訳されていない「なぜなら」という言葉があります。ここで弟子たちが「仕える者」「僕」になるべき理由が示されるのですが、それはイエスご自身の生き方がそうだから、ということになります。この45節は、マルコ福音書の中でもっとも明確にイエスの使命と死の意味が語られる箇所です。
 イエスが来たのは「仕えるため」でした。これは生涯の最後の受難に向かう歩みだけでなく、これまでのイエスの歩み全体を貫く姿勢を表しています。「身代金」と訳された言葉はギリシア語で「リュトロンlytron」です。本来は奴隷を解放するために支払う代金のことを意味したので「身代金」と訳されています。しかし、この言葉はイスラエルの歴史をとおして、神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放した、その神の救いのわざを指すようにもなりました。イエスの死は人々を解放し、命に導くためのものなのです。
 なお「多くの人」という言葉は、日本語では「すべての人ではない」というニュアンスに聞こえてしまうかもしれません。しかし、元のアラム語では「すべての人」の意味も含まれているそうです。イエスの十字架がもたらす救いを特定の人だけに限定して考えることはできないでしょう。

  (5) マルコは生き方全体から死だけを切り離して、そこに意味があるというのではなく、イエスの死を「仕える」というイエスの生き方の頂点として示しています。このことは大切です。だからこそ、マルコはイエスのなさったこと一つ一つをていねいに伝え、その生き方をわたしたちがしっかり見つめるように促しているのだ、と言えるでしょう。
 「仕える」「僕になる」という生き方は、現代では流行(はや)らない生き方でしょうか。わたしたちの社会は、「人は皆、平等であり、皆、上昇志向があり、だから競争に勝つことが大切で、結局勝った者が得をする」という社会だと言えるかもしれないからです。イエスはそのような考え方、生き方に挑戦してきます。「仕える者になる」「僕になる」という生き方の中にこそ、もっと豊かな神とのつながり、人とのつながりがあるのだ・・・。わたしたちはこのイエスの言葉をどのように生きることができるのでしょうか?

投稿者 ct : 14:40 | コメント (0)

2006年10月15日

年間第28主日 (2006/10/15 マルコ10・17-30)

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 マルコ福音書の2回目の受難予告(9・31)の後、受難の道を歩むイエスに従うとはどういうことかを示す言葉や物語が続いています。きょうの箇所の冒頭の「イエスが旅に出ようとされると」はガリラヤからエルサレムへの旅のことです。ここでは、「イエスに従う」ということが、よりはっきりとしたテーマとして現れています。

福音のヒント

  (1) ある人がイエスに「善い先生」と呼びかけ、教えを乞います。この人はイエスの素晴らしさを認め、その教えを聞こうとしてイエスに近づいてきたようです。しかしイエスはなぜか「善い」という言葉にこだわります。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」(18節)。イエスは「善い者」であるはずですから、不思議な感じもありますが、イエスはここで、ご自分にではなく、次節の神の掟にこの人の心を向けさせるために、あえてこのように言っているのかもしれません。
 19節の「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」は十戒の言葉です(出エジプト記20・12-16、申命記5・16-20)。十戒は神に救われた民の神との関係、他の人との関係の根本を規定したものですが、ここではその後半の人間関係についての掟が引用されています。この人は「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言います。この人は道徳的に立派な人だったと言えるでしょう。
 イエスはこの人に対して「あなたに欠けているものが一つある」(21節)と言い、財産をすべて貧しい人に施し、イエスに従うことを求めます。この厳しさはなんでしょうか。イエスご自身が受難への道を歩み始めていることと関係があるのでしょうか。
 イエスの要求の厳しさは、精一杯受け止めるべきでしょう。実際に2000年のキリスト教の歴史の中で、多くの人がこのようなイエスの呼びかけに応えようとしました。キリスト教とはそういう人々の歩みそのものだと言ってもよいのです。

  (2) ただし、だからと言ってイエスの呼びかけに応えられない自分はダメだと決めつけるべきでもないでしょう。イエスはこの金持ちの男のすべてを否定したとは思えません。「慈しんで」(21節。ギリシア語で「アガパオーagapao」)という言葉には、イエスの深い愛が感じられます。イエスはすべての人にこのような要求をしているわけでもありません。ルカ19・1-10に徴税人の頭(かしら)で金持ちであったザアカイの物語があります。ザアカイはイエスに出会い、救いを受け取ったとき、「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します」と言いました。イエスはザアカイのこの決意を良しとしています。なぜ、きょうの箇所ではすべてを捨てて、貧しい人に施す、ということが要求されているのでしょうか?

  (3) イエスはこの男に「あなたに欠けているものが一つある」(21節)と言います。それはこの人の生き方の問題に気づかせるためだったのではないでしょうか。イエスの言葉を聞いて、彼は「悲しみながら立ち去」りました。こうして、彼が「自分の財産」を頼りにしていたことが明らかになってしまうのです。
 25節の「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」という言葉は、もちろん、それが不可能だ、という意味です。これを聞いて、弟子たちは驚き、「それでは、だれが救われるのだろうか」と言います。当時のユダヤ人にとって、財産は神からの祝福のしるしでした。また、ある程度の財産があり、生活に余裕があったほうが、律法に忠実な生活を送れるという考えもあったでしょう。イエスはそのような考えとまったく違うことを言っています。なぜでしょうか。それはもちろん、財産があれば、自分の財産を頼りにして、神に信頼する生き方を見失うということを意味しているのでしょう。

  (4) イエスが常に指し示していたのは、すべての人の父(アッバ)である神への信頼に生きることでした。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」(27節)という言葉は当たり前のことを言っているようですが、実は大切なことを言っています。救いの根拠は「人間にできること」ではなく「神の愛」なのです。ここに登場した金持ちの人は、永遠の命を得るために「自分に何ができるか」ということを考えていました。それは「富や功績があり、その上何をすれば」という「人間にできること」の世界でした。イエスが「善い」という言葉を退けたのも「自分の善い生活」を自負したこの人に、それが本当に頼りになるものではない、と気づかせるためだったのかもしれません。この人に必要だったのは、神に信頼し、兄弟の必要に心を開くことだったのです。
 ザアカイの場合は、罪びとの自分を愛してくださるこの神の救いをイエスとの出会いによって知りました。だから、感謝と喜びのうちに財産を手放す決意をしたのです。
 
  (5) ペトロは「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」(28節)と胸を張ります。イエスはご自分に従う者の受ける報いを約束しますが、「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」(31節)とも言います。ここでもほんとうは人間の功績の問題ではないのです。神はすべての人を愛し、救ってくださる方。だから、誰が一番ということではないのだ、ということになります。
 ところで29-30節で、捨てるものの中にあって、「今この世で」受けるものにないのは「父」です。これは、「父は天の父だけ」ということではないでしょうか。
 「捨てることによって、受ける」ということは言葉で説明できることではないでしょう。むしろわたしたちが実際に、福音のために何かを捨てたという経験があれば、そこでもっと豊かなものを受けたという体験もあるのではないでしょうか。
 福音は自分を誇ったり、自分を責めたりするためにあるのではありません。わたしたちをより豊かな生き方に招くためのものです。わたしたちが本当に頼りにしているものは何でしょうか? 今のわたしにとって、イエスに従うとはどういうことなのでしょうか? 

投稿者 ct : 16:59 | コメント (56)

2006年10月08日

年間第27主日 (2006/10/8 マルコ10・2-16)

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 マルコ福音書では、2回目の受難予告(9・31)の後に、イエスのさまざまな行動や言葉が伝えられています。先週の箇所(9・38-50)に続くきょうの箇所では、当時、社会的な立場・評価の低かった女性と子どもに対するイエスの態度が示されています。ここには、イエスがいのちがけで伝えようとした父(アッバ)である神の心がよく表れていると言えるでしょう。

福音のヒント

  (1) イエスの時代の「離縁」の問題と現代の「離婚」の問題は同じではありません。圧倒的な男性優位の社会でしたから妻の側からの離婚の申し出や協議離婚などありえず、「離縁」といえば、それは一方的に「夫が妻を離縁すること」だったのです。
 この「離縁」について、申命記にはこう規定されていました。「人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる」(申命記24・1)。この律法は「離縁」のために2つの条件をつけています。1つは「何か恥ずべきことを見いだし」です。夫が妻を離縁するためには、妻の側に明らかな落ち度がなければならないのです。もう1つは「離縁状を書いて彼女の手に渡し」で、これは追い出された女性に再婚の可能性を保証することでした。ただ家を追い出されただけでは、前の夫との関係が切れていないので、再婚できません。男性優位の社会の中で女性が一人で生きていくのは、非常に困難なことでした。そこで、追い出される女性にせめて再婚の可能性を保証することが求められたのです。これは紀元前のイスラエル社会の中では、女性の立場を少しでも守ろうとしている規定だと言えます。

  (2) ところで、イエスの時代、律法学者の間にヒレル派とシャンマイ派という有力な2派があったことが知られています。この箇所についての解釈はこの2派で分かれていました。シャンマイ派は「何か恥ずべきこと」を妻の側の異性関係の問題と解釈したのに対して、ヒレル派は「何か」と「恥ずべきこと」を分けて読み、この「何か」にはもっといろいろなことが含まれるとしました。有名な例は「夫の食べ物を過って焦がしてしまう」というのがあります。つまり、妻のどんな小さな落ち度でも、夫が気に入らないとなれば、離縁する正当な理由になるのです。一般にこのヒレル派の解釈が通用していました。だから、きょうの箇所でイエスの対話の相手も「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」(4節)と言い、「何か恥ずべきこと」という条件は無視しています。「離縁状さえ書けば、妻を離縁してよい」これが当時の一般的な考えでした。律法学者は皆、男性でした。何百年かの間に、この律法は男性に都合のいいように解釈されていったのです。

  (3) イエスは当時の社会の中で、夫に追い出され、路頭に迷う多くの女性たちを見ていたのでしょう。断固として離縁に反対します。神の心は、夫が妻を離縁することを許すことではない、とイエスは主張します。そして、モーセの時代よりもさかのぼり、人間の創造の物語について語ります。「神は人を男と女とにお造りになった」(6節)は創世記1・27の引用です。神にかたどって創造された男女が神の前に対等であることを語る箇所です。「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」(7-8節)は創世記2・24の引用です。そして結論として、イエスはこう言います。「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」(9節)。
 妻とは何か? それは神が与えてくださったかけがえのないパートナーではないか。妻を自分の都合がよければ家に置いておき、都合が悪くなれば追い出せるようなものと考えるのはおかしいではないか・・・ということでしょう。イエスは律法の規定や結婚という制度を守ろうとしているのではなく、その中に生き、苦しんでいる一人ひとりの人間(ここでは弱い立場にいた当時の女性たち)を守ろうとしているのではないでしょうか。このように見るとイエスの言葉は「新しい律法」ではなく、まさに「福音」(よい知らせ)なのです。

  (4) 11-12節は一般的に離婚を禁じる言葉ですが、ここには「妻を離縁して他の女を妻にする者」(つまり男性)だけでなく「夫を離縁して他の男を夫にする者」(女性)のことが書かれています。これは前に述べたように、イエスの生きていたユダヤ社会ではありえないことでした。しかし、初代教会が地中海沿岸に広がる中では、このような地域もあったと考えられます。こう考えると、これはイエスご自身の言葉ではなく、初代教会の人々がイエスの言葉を受け取って、それを厳格に守ろうとする中で、付加された言葉のようです。
 初代教会の人々は、イエスの言葉を「新しい掟」として受け取りました。キリスト教は結婚の絆を非常に重要視し、神聖なものと考えるようになりました。それは確かに古代社会一般の中で女性の立場を守る役割を果たしたと言えるでしょう。しかし、掟には危険があります。「掟さえ守ればいい=離婚さえしなければいい」となってしまう危険です。本来のイエスの言葉の意味は「離婚してはいけない」という掟ではなく、結婚とは、互いに相手を神が結び合わせてくださったかけがえのない相手として大切にすることではないか、ということだったのではないでしょうか。

  (5) イエスの時代のユダヤでは子どもは「無能力者」の代表でした。人間として価値を認められるのは、律法を学び行なうことであり、この基準からすれば、無知で無力な子どもは無価値であると見なされていました。イエスの弟子たちでさえ子どもたちを追い払おうとしたのは、そういう社会だったからです。イエスは違います。14節「神の国はこのような者たちのものである・・・」。アッバ(父)である神は人の能力や功績にかかわらず、すべての人を愛し、それゆえ小さく無力な者に目を注いでくださる。人は誰でもその神の愛を恵みとして受け入れ、信頼をもって自分をゆだねていくのが本来のあり方ではないか!
 イエスはわたしたちの人に対する見方に挑戦してきます。「自分にとって都合がいいかどうか、どれだけ役に立つか」という見方ではなく、目の前の人を神が出会わせてくださった人、同じ神の子ども・自分の兄弟として見るべきではないか、ということです。

投稿者 ct : 11:25 | コメント (0)

2006年10月01日

年間第26主日 (2006/10/1 マルコ9・38-43,45,47-48)

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 先週の箇所(マルコ9・30-37)でイエスは2回目の受難予告をし、ご自分の十字架の道に弟子たちを招きました。先週の箇所では「仕える者になりなさい」「子どもの一人を受け入れる」ということが言われていましたが、それに続くきょうの箇所でも、イエスに従う弟子たちの生き方が示されると考えたらよいでしょう。つまり、ここには、弟子たちの生き方についての教えだけでなく、イエスご自身の十字架の道がどのようなものであるかということも示されていると言えそうです。

福音のヒント

    (1) 「ヨハネ」はもちろん、ヤコブの兄弟である弟子のヨハネです。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました」(38節)。イエスの名を使って悪霊を追い出す、しかし、自分たちとは歩みを共にしない、これはイエスの地上での活動の時代よりも、後の教会の時代の中にありそうな問題です。イエスは弟子たちの狭いグループ意識を批判します。「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである」という言葉はイエスの非常に広い、開かれた心を示しています。これは、イエスが十字架に向かう中で、敵意や憎しみを受け止め、すべての人を愛し続けた姿とつながります。ルカ9・50にも同様の言葉があります。 
 一方、マタイ12・30とルカ11・23には、まるで正反対のような、「わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている」(マタイ)という言葉があります。これらの箇所は「悪霊」につくか「神の霊」につくか、の二者択一を迫る文脈なので、厳しい言葉になっているようです。

  (2) マルコ9・41「キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」という言葉も、狭いグループ意識に凝り固まらないイエスの心を示しています。
 これと似た言葉をマタイは違う文脈の中で伝えています。「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(マタイ10・42)。マタイのほうは、弟子たちを派遣するにあたって、弟子たちが迫害を受けることを予告する、という文脈の中でのことです。マタイの「小さな者」は迫害されているキリスト信者のことだと言えるでしょう。マルコの箇所の「あなたがた」は、より一般的にイエスの弟子たちのことを言おうとしているようですが、やはりそこには迫害されている「小さな者」であるキリスト信者のイメージがあるかもしれません。なぜなら続く42節にはやはり「小さな者」のことが語られているからです。41節と42節を苦しむ人々への態度を示す言葉として、内容的につながるものとして読むこともできるのでしょう。

  (3) きょうの箇所全体を一つの教えと考えることは難しいようです。37節の「子供」、41節「キリストの弟子」と42節「小さな者」がイメージとしてつながり、42節の「つまずかせる」と43、45、47節の「つまずかせる」が言葉の上でつながっていますが、内容的には別なことを述べています。さらに、きょうの箇所の後、50節までも「地獄」「火」「塩」という言葉でつながっているだけで、内容的にはそれぞれ別な教えだと考えられます。
 どうしてこのようなことがあるのでしょうか? イエスの言葉は最初から文字に書きとめられたのではなく、口伝えで語り継がれていきました。人々の記憶にたよっていたので、このように、言葉やイメージ、あるいは似ている文章構造によって短いイエスの言葉が結び合わされ、記憶しやすい形で伝えられていったのだと考えられます。もちろん、内容的にもまったく無関係な言葉とは考えられません。これらの言葉全体は、イエスの弟子にふさわしい生き方を指し示す言葉として大切に伝えられていったのでしょう。

  (4) 「つまずかせる」は本来、「人の歩く道に罠を仕掛ける、道に障害物を置く」という意味です。「罪に誘う、神への道から引き離す」という意味に受け取ればよいでしょう。ただし、42節の「つなずかせない」は、もっと一般的に「小さな者を軽んじ、小さな者に悪いことをしないように」という警告の言葉だと受け取ったほうがよいかもしれません。イエスの目はいつも「小さな者」に注がれていました。同じように「小さな者」を大切にすることが弟子たちに求められるのです。
 43節以降の「手があなたをつまずかせる」「片方の足が・・・」「片方の目が・・・」は非常に強い言い方です。実際に手や足や目が人に罪を犯させるのではありませんし、もしそうだとしても手や足や目を取り去ることは考えられません。これは明らかに誇張された表現で、「自分のつまずき」つまり「自分を神から引き離し、罪に誘うもの」を一切捨て去るようにという強い警告です。「地獄」と「命・神の国」の対比も警告を強めるためですし、同じような警告が3度繰り返されるのも、この警告の厳しさをより強めています。
 なお、新共同訳聖書のこの箇所を見ると、44、46節は省かれていて、そこに短剣のような記号「†」が付けられています。これは新共同訳が元にしたギリシア語聖書(底本)で省かれている箇所の印です。写本によってはこの二箇所には「地獄では蛆(うじ)が尽きることも、火が消えることもない」という48節と同じ言葉があるのですが、現代の学者は本来のマルコ福音書になかったと考えています。写本が書き写されていく中で、3つの警告の形を統一するために付け加えられていったようです(なお、この言葉はイザヤ66・24の引用)。
 とにかく、ここではわたしたちに向かって、罪から絶縁するという厳しさが求められていることになります。ただし、それは、日常の小さな罪から離れるということよりも、神と人への愛からわたしたちを引き離す決定的な罪の誘惑(=つまずき)のことと考えてもよいのではないでしょうか? 43節以下が42節と内容的なつながりがあるとするならば、「小さな者を軽視し、小さな者の歩む道を邪魔する」という心のあり方こそが、もっとも重要な罪の問題だと言えるかもしれないからです。
 わたしにとって「小さな者」とは、「わたしをつまずかせるもの」とは何でしょうか?

投稿者 ct : 15:58 | コメント (30)