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2006年08月27日
年間第21主日 (2006/8/27 ヨハネ6・60-69)
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教会暦と聖書の流れ |
福音のヒント
(1) ヨハネ福音書は1世紀末か2世紀初めに書かれたと考えられています。紀元80年にユダヤ教のラビたちは、キリスト信者をユダヤ教の会堂から追放するという決定を下しました。もはやキリスト教とユダヤ教徒の対立は決定的になってしまった時代にヨハネ福音書は書かれました。この箇所の背景には、このような厳しいユダヤ教との対立、そしてその結果、キリスト者の中にユダヤ教に戻ろうとした人がいたことがあるのではないかと考えられます。福音書のイエスの言葉はテープレコーダーに記録されていたようなものではありません。ヨハネ福音書は長い年月をかけて、イエスを信じないユダヤ人との論争の中で、イエスの言葉を思い起こし、拡大していったと考えてよいでしょう。
(2) 62節「人の子がもといた所に上(のぼ)る」はもちろん「天に上る、神のもとに上る」ことを意味しています。6章では「天から降(くだ)ってきたパン」という言葉が何度も繰り返されてきましたが、この言葉と対応しています。ヨハネ福音書において、イエスは「神のもとから来て、神のもとに帰る」(ヨハネ3・13、13・3、20・17参照)方なのです。またヨハネ福音書の「上る」は「天に上る」だけでなく、「十字架の木の上に上げられる」ということとも結びついています(3・14参照)。十字架の時は、イエスが愛である神の姿を完全に現し、愛である神と一つになる時だからです(ヨハネ13・1参照)。
(3) 63節では「霊」と「肉」が対比されています。「霊肉二元論」という言葉がありますが、これは人間の中に「霊」と「肉」があってそれが対立する原理である、という考えです。聖書の中では霊や肉は人間を構成している2つの部分ではなく、人間の二通りのあり方を表す言葉だと言うべきでしょう。「肉」は神とのつながりのない人間のあり方を指し、「霊」とは神とのつながりの原理を指すのです。根本にはいつも、創世記2・7の「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」という生命観があります。人は神によって生かされたものであって、その人を生かす神とのつながりの原理が「霊(=命の息)」なのです。
イエスの生涯と言葉のすべては、この神とのつながりこそが人を生かすものであることをはっきりと示していました。これを見失い、人間が自分の力に頼って生きようとすること(これが「肉」です)の中に本当の命はないのです。
現代のわたしたちは人間の力、知恵、努力が重んじられる世界に生きています。ですから人間の弱さや限界というものはなかなか認められなくなっているかもしれません。しかし根本的に、人間には弱さや限界があり、それでも大きな力が自分を生かしてくださっている、というところにこそ信仰の世界は成り立っていると言えるのではないでしょうか。
(4) 「イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである」(64節)とか「父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない」(65節)という言葉は、信じる人と信じない人を神が前もって決めている、という意味ではないでしょう。これらの言葉は、イエスを信じることは人間の力によるのではなく、神の恵みによるということを強調しているのです。「信じるか信じないかは人間の決断の問題だ」ということと「信仰は神の恵みだ」ということは人間の頭で考えると矛盾しているように思えます。しかし、その両方が真実であることをわたしたちは体験的に知っているのではないでしょうか?
また、このような言葉は、神の計画に対する信頼の表れでもあります。すべては神の計画の中にあり、人間的に見て不条理なことや理解に苦しむことも実は神の大きな救いの計画の中にあり、人間が拒否しても裏切っても神の救いの計画は確実に実現に向かっているという信頼を表す言葉なのです。そして、イエスはこの神の計画全体に決定的な意味で参加している方なので、「最初から・・・知っておられた」ということになるのです。
(5) 「このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった」(66節)。ここでいう「このため」は「これまでのイエスの説教全体を聞いてつまずいたため」という意味でしょう。このように多くの弟子が離れて行ったという記録は他の福音書にはありません。ここにも(1)で述べたような、ヨハネの時代の厳しい状況が反映しているのかもしれません。ともかく、これはショッキングな言葉です。わたしたちがショックを受けるのは、この言葉が他人事ではなく、自分たちの現実にもあてはまるかもしれないと感じるからではないでしょうか。わたしたちが「イエスから離れ、イエスと共に歩まなくなる」危険を感じるのはどんなときでしょうか?
68-69節「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」。このペトロの答えは模範的です。もちろんわたしたちもそのように答えたいのです。しかし、こう答えれば○で、こう答えなければ×というふうに自分や他人を裁かないほうがよいでしょう。「あなたがたも離れて行きたいか」(67節)。わたしたちはいつもこの問いの前に立たされているのです。「父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない」とイエスが言われるとおり、この問いにペトロのように答えることができるとすれば、それは神の恵みによる以外にないでしょう。
2006年08月20日
年間第20主日 (2006/8/20 ヨハネ6・51-58)
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教会暦と聖書の流れ |
福音のヒント
(1) 51節は先週の箇所の結びでもありました。ここには「わたしが・・・パンである」と「わたしが与えるパン」という、似ていて少し違う表現が使われています。「わたしがパンである」はこれまでずっと語られてきたことですが、そのまとめとして、イエスを信じることの中にこそ永遠の命があるということが再度語られています。「わたしが与えるパン」のほうは「聖体」という新しいテーマの始まりと考えればよいでしょう。
最後の晩さんでの聖体制定を伝えるマタイ、マルコ、ルカ、Ⅰコリントは「これはわたしの体である」というイエスの言葉を伝えていますが、ここでは「わたしが与えるパンとは、・・・わたしの肉のことである」と言われています。「体」ではなく「肉」という言葉が使われているのは「血」との対比を鮮明にするためでしょう。「肉を食べ」の「食べる」はギリシア語では「トラゴーtrago」という動詞が使われていますが、これは普通に食事をするというよりも、もっと生々しい表現です。「血」は6章のこれまでの対話にはない言葉で、ここで突然のように語られ始めます。もちろん、それはイエスの血である聖体のぶどう酒のことを意識しているからです。
(2) 「血」については、レビ記17章に次のような規定があります。
「10 イスラエルの家の者であれ、彼らのもとに寄留する者であれ、血を食べる者があるならば、わたしは血を食べる者にわたしの顔を向けて、民の中から必ず彼を断つ。11 生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。12 それゆえ、わたしはイスラエルの人々に言う。あなたたちも、あなたたちのもとに寄留する者も、だれも血を食べてはならない。13 イスラエルの人々であれ、彼らのもとに寄留する者であれ、食用となる動物や鳥を捕獲したなら、血は注ぎ出して土で覆う。14 すべての生き物の命はその血であり、それは生きた体の内にあるからである。わたしはイスラエルの人々に言う。いかなる生き物の血も、決して食べてはならない。すべての生き物の命は、その血だからである。それを食べる者は断たれる。」
「血の中に命がある、だから決して食べてはならない」というのが律法の教えでした。ですから「わたしの血を飲む」というイエスの言葉は人々に衝撃を与えたようです(60節参照)。この言葉は、もちろん十字架で流されたイエスの血によって、人々が罪から解放され、永遠の命がもたらされた、ということ抜きには理解できない言葉です。イエスにとっては「血は自分の命であるからこそ、この血を飲ませ、命を与える」ということになります。
(3) 56節の「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる」にはヨハネ福音書に特徴的な表現が見られます。「わたしの内におり」はギリシア語原文では「エン・エモイ・メネイen emoi menei」ですが、ここで使われている動詞「メノーmeno」は「とどまる」とか「つながっている」と訳されることもあります。ヨハネ15章でぶどうの枝がぶどうの木につながっているというときもこれと同様の表現が使われていて、15・1-9には繰り返しこの表現があります。次の箇所も典型的です。「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(14・20。ここでは動詞は省略)。これは「相互内在」とも言われるほど深い、互いの結びつきを表す表現なのです。
57節の「生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる」にも、ヨハネ福音書の中で非常に重要な表現が使われています。「~ように~も」はギリシア語では「カトースkathos~カイkai~」と言いますが、次のような箇所に使われています。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた」(15・9)、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」(20・21)。父とイエスの関係が、イエスと弟子たちの関係に波及し、弟子たちの生き方を根本から新たにしていくのです。
(4) このように見てくるとヨハネ福音書は、聖体のパンとぶどう酒をいただくことに魔術的な効果があるというよりも、聖体をいただくことはイエスと結ばれ、イエスによって生きることそのものを意味している、ということを強調していると言えるでしょう。この背景にはどんな現実があったのでしょうか? ヨハネの時代の教会の中に、聖体をいただくことを単なる儀式として軽んじる傾向があったのでしょうか? あるいは逆に、実際に聖体のパンとぶどう酒をいただきながら、それが単なる形式になってしまっていて、心からイエスに結ばれて生きていない人々がいたのでしょうか?
結びの58節で「これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる」というときの「これ」「このパン」は、「わたしはパンである」というイエスご自身のことであり、同時に「わたしが与えるパン」すなわち「聖体」でもある、という両方の意味があるようです。イエスを信じることと聖体をいただくこと、この2つのことは別のことではなく、結局は1つのことなのだ、と言うのがヨハネの結論だと言えそうです。
教会は聖体をいただくために信仰と罪のない状態が必要であると言ってきました。しかしそれはただ単に洗礼とゆるしの秘跡を受けているかいないか、という外面的な規則の問題ではなく、わたしたちがいつも信仰と愛によってイエスに結ばれて生きようとしているか、という問いかけなのだと受け取ったらよいのではないでしょうか。
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2006年08月13日
年間第19主日 (2006/8/13 ヨハネ6・41-51)
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教会暦と聖書の流れ |
福音のヒント
(1) ヨハネ福音書は1世紀末か2世紀の初めに書かれたと考えられています。紀元80年にユダヤ教はキリスト信者を会堂から追放するという決定をしました。ヨハネにとってはユダヤ人=ユダヤ教徒がキリストを受け入れないということは現実のことになっていました。ヨハネ福音書には「ユダヤ人」という言葉がたびたび使われていますが、イエスの時代のユダヤ人というよりも、キリストを受け入れないことが決定的になった時代のユダヤ教の人々を指すような表現です。この箇所での人々の反応も、ヨハネ福音書が書かれた時代のユダヤ人全般の反応だと考えたらよいでしょう。また、この箇所のイエスの言葉は、イエスが語った言葉そのものというよりも、長い年月をかけてイエスの言葉が受け継がれ、ユダヤ教に対するキリスト教の反論として拡大していったものだと見てもよいでしょう。
(2) 「パン」はもちろん、人の命を生かすもののシンボルです。「天から降ってきた」というのは、人を真に生かすものは神から来るということを表しています。
この箇所には「この世の命」と「永遠の命、復活の命」についてのいろいろな表現が見られます。聖書の根本的な生命観は、創世記2・7の「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」という箇所によく表れています。人は神とのつながりによって生きるものであって、神とのつながりを失ったらただ滅び行くものでしかない、という見方です。
イスラエルの民の厳しい宗教的迫害(紀元前2世紀)の体験をとおして、この神とのつながりは、この世の命の中だけのことでなく、この世の命が終わった後、死を超えて完成されるという信仰が形作られました。それが「復活の信仰」です。
一方、47節の「信じる者は永遠の命を得ている」は現在形になっています。これは死後の命について語っているのではなく、今、神とのつながりに生きるとき、そこにもう永遠の命が始まっているということを意味しています。「死なない」(50節)という言葉も、この世の命のレベルで死なない、という意味ではなく、「神とのつながりの中にある命は決して滅びない」ことを表しています。今もうすでにわたしたちが永遠の命を生きていると感じられるとしたら、それはどういうことでしょうか?
(3) 49節に「マンナ」という言葉が出てきますが、この箇所全体の背景には旧約のマンナの話があります(なお、新共同訳の旧約では「マナ」と表記されています)。マンナはイスラエルの民がエジプトを脱出し、荒れ野を旅していた時に、神から与えられた食べ物でした。これについて、出エジプト記16章にはこう述べられています。
「15 モーセは彼らに言った。『これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。16 主が命じられたことは次のことである。「あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。」』17 イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。18 しかし、オメル升で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。19 モーセは彼らに、『誰もそれを、翌朝まで残しておいてはならない』と言ったが、20 彼らはモーセに聞き従わず、何人かはその一部を翌朝まで残しておいた。虫が付いて臭くなったので、モーセは彼らに向かって怒った。21 そこで、彼らは朝ごとにそれぞれ必要な分を集めた。日が高くなると、それは溶けてしまった。」
ここにマンナという食べ物の特徴が表れています。荒れ野での飢え渇きという厳しい状況の中で、神はすべての人に必要なものを日々与え、一人ひとりが今日必要なものを与えられます。そこではすべての人が平等でした。人間が持ち物を蓄えようとするところから人と人との間に不平等が生まれ、そこに争いが生じるようになるのではないでしょうか。だとしたらマンナによって生きることは、理想の生き方だとも言えるでしょう。本当に神によって生きること、人と人とが愛と平和のうちに生きること、それがマンナの示している世界であり、5つのパンの出来事をとおして示されている世界なのです。わたしたちの世界はどうでしょうか? あまりにも聖書からかけ離れた世界だと嘆いていても仕方ありません。この現実の中でわたしたちには何ができ、何が求められているのでしょうか?
(4) 44節「父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることはできない」という言葉から、イエスを信じる人と信じない人を神が前もって決めていると考えるべきではありません。ヨハネ福音書はユダヤ教との決裂が決定的になった時代に書かれています。この表現は、ユダヤ人がイエスを受け入れなかったことも神の計画の一部だったということを言い表そうとしているのかもしれません。あるいは、イエスを信じることが人間の力ではなく、神の恵みによることだということを強調しているのかもしれません。
「命のパンであるイエスを食べる」とはどういうことでしょうか。それはイエスのもとに来て、イエスを信じることだと言えます(35節)。一方きょうの箇所の最後に「わたしが与えるパン」という表現が現れ、それは「わたしの肉」であると言われています。これまでの箇所と密接に関係しながら、ここからから新しいことが言われています。51節の終わりから、直接「聖体(エウカリスティア)」のことが語られていて、それは58節まで続いています。この箇所については来週の福音で味わうことになります。
2006年08月06日
主の変容 (2006/8/6 マルコ9・2-10)
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教会暦と聖書の流れ |
福音のヒント
(1) この「高い山」とはどこのことでしょうか。伝統的にはガリラヤ地方エズレル平原にあるタボル山だとされています。平野の中にお椀を伏せたような形で、標高は558メートルです。それほど高い山とは言えないでしょう。もう一つの可能性は、「ヘルモン山」です。こちらは2800メートル級の山々で、現在ではスキー場もあるそうです。マルコ福音書のこの箇所の直前に出てくる地名は「フィリポ・カイサリア地方」です(8・27)。フィリポ・カイサリアとヘルモン山はそう遠くありません。きょうの箇所は「六日の後」という言葉で始まり、前の話とのつながりを感じさせますので、ヘルモン山だと考えてもよいかもしれません。なお、今回はタボル山の写真を掲載しました(8月6日は、タボル山上にある教会の献堂記念日でもあるそうです)。
(2) 直前の箇所は、8章のいわゆるペトロの信仰告白と最初の受難予告です。
「31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。32a しかも、そのことをはっきりとお話しになった。b すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。33 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。『サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。』34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。『わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。』」
マルコ福音書は3回の受難予告を伝えますが、いつも同じパターンがあります。
①イエスがご自分の受難・死・復活を予告する(8・31-32a)。
②弟子たちはそれを理解できず、見当はずれのことを考えている(8・32b)。
③イエスは弟子たちに受難の道の意味を語り、同じ道に弟子たちを招く(8・33-35)。
きょうの出来事はこれと密接に結びついています。8・31-35が言葉による受難予告であったとすれば、きょうの箇所9・2-13は「出来事による受難予告」と言ってもよいでしょう。
(3) モーセは律法を代表する人物、エリヤは預言者を代表する人物です。「律法と預言者」は旧約聖書の中心部分を表し、イエスの受難と復活が聖書に記された神の計画の中にあることを示しています。なお、ルカ福音書はイエスとこの2人が話し合っていた内容は「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について」(ルカ9・31)であったことを伝え、この出来事とイエスの受難・死の結びつきを明確にしています。
ペトロが仮小屋を建てようと言っているのは、この光景のあまりの素晴らしさが消え失せないように、3人の住まいを建ててこの場面を永続化させよう、と願ったからでしょう。しかし、この光景は永続するものではなく、一瞬にして消え去りました。今はまだ栄光のときではなく、受難に向かうときだからです。マルコ福音書は、ここで弟子の無理解を描こうとしているのでしょうか(上記②の要素)。
(4) 雲は「神がそこにおられる」ことのしるしです。イスラエルの民の荒れ野の旅の間、雲が神の臨在のシンボルとして民とともにありました(出エジプト記40・34-38参照)。雲の中からの声は、もちろん神の声です。「これはわたしの愛する子」という言葉は、ヨルダン川でイエスが洗礼を受けられたときに天から聞こえた声と同じです(マルコ1・11)。洗礼の時から「神の愛する子」としての歩みを始めたイエスは、ここからは受難の道を歩むことになりますが、その時に再び同じ声が聞こえます。この受難の道も神の愛する子としての道であることが示されるのです。「これに聞け」の「聞く」はただ声を耳で聞くという意味だけでなく、聞き従うことを意味します(申命記18・15参照)。受難予告で「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マルコ8・34)と言われていたことと対応していると言ったらよいでしょう。これは上記③の要素にあたります。
(5) イエスの変容の姿は、受難をとおってイエスが受けることになる栄光の姿でした。それはイエスの受難と栄光を実際に経験する前の弟子たちには理解できないことだったでしょう。弟子たちがこの出来事の意味を理解できるようになったのは、復活後のことでした。ところで、今のわたしたちにとっては、イエスの受難も栄光も、もうすでに知っていることです。苦しみの先に栄光が待っていると知っているから、わたしたちは今の苦しみを耐えていくことができるのでしょうか。それだけでなくむしろ、どんな苦しみの中でも、神とのつながり・イエスとのつながりを感じることができる、だからこそ、イエスと共に「神の愛する子」としての道を歩むことができる、とも言えるでしょう。
かつての戦争の悲惨な出来事を思い起こす時期になりました。そして今もこの世界の平和を脅かすさまざまな出来事があって、人々の心を不安にさせているかもしれません。そんな中でわたしたちは、「これ(イエス)に聞け」という言葉をどこまで深く受け取ることができるかが問われているのではないでしょうか。