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2006年07月30日

年間第17主日 (2006/7/30 ヨハネ6・1-15)

教会暦と聖書の流れ

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 主日のミサの朗読配分は、マタイの年、マルコの年、ルカの年の3年周期になっています。ヨハネ福音書はほとんどの箇所にイエスの死と復活というテーマが現れているので、四旬節や復活節に集中して読まれます。ただし、ヨハネ1・19~2・11(イエスと最初の弟子たちの出会い=年間第2主日)と6章(パンについての話)だけは年間主日の流れの中に組み込まれて読まれることになっています。今年はマルコの年で、先週の箇所(マルコ6・30-34)に続くのは、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与える話(6・35-44)ですが、きょうの福音では同じ話をヨハネ福音書から読みます。そして、きょうから5週間、ヨハネ福音書の6章が読まれていくことになります。このようにして、主日のミサの中で4つの福音書をバランスよく読むことができるようになっているのです(ただし、今年の場合は、来週8月6日が「主の変容」の祝日に重なるので、少し例外です)。

福音のヒント

   (1) 写真はカファルナウムの近くにある「パンと魚の教会」と呼ばれる教会の祭壇の下のモザイクです。5世紀ごろに作られたものだそうです。きょうの福音の出来事が古代の教会の中で大切にされていたことが分かります。この出来事が起こった場所は正確には分かりません。「向こう岸」とありますが、異邦人の地のことではなくカファルナウムの周辺の地だったようです。
 「山」は特別に「神がご自身を現す場」「神との出会いの場」です。「過越祭」はエジプトの奴隷状態からの解放という、神の救いのわざの原点を記念するイスラエル最大の祭りです。ヨハネ福音書は、この出来事をとおしてイエスの神性が現れ、新しい過越とも言うべき大きな救いが示されることを伝えるために、この場所と時を選んでいるようです。

  (2) 「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」(5節)というイエスの問いはヨハネ6章全体にかかわる大きな問いです。この問いの本当の答えは、6・35にあるイエスの宣言、「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」ということだからです。もちろん弟子たちは、ここではまだ、そのことは理解できていません。「二百デナリオン」は200日分の日給にあたりますからたいへんな額です。とても自分たちの手には負えない、と考えて「足りないでしょう」「何の役にも立たないでしょう」と言うのです。このようなつぶやきはわたしたちの中にもあるかもしれません。

  (3) 11節「イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた」。「感謝の祈りを唱え」はギリシア語で「エウカリステオーeucharisteo」ですが、マルコ、マタイ、ルカでは「賛美の祈りを唱え(エウロゲオーeulogeo)」という言葉が使われています。賛美と感謝の違いはあまり問題になりません。どちらもこのパンが神から与えられたものであることを確認し、このパンを与えてくださった神に賛美と感謝をささげているのです。「分け与える」は他の福音書では「パンを裂いて与える」というような表現になっていますが、動作としては同じです。これは最後の晩さんのときの動作、そしてミサの中での司祭の動作にもつながる大切な表現です。

  (4) パンを食べたすべての人は満腹しました。男の数が5千人ですから女性や子どもを入れれば1万人ほどの人がいたことになるでしょう。この不思議な出来事は4つの福音書すべてに伝えられていますが、このような出来事をどう考えればよいのでしょうか。
 第一朗読で読まれる列王記下4・42-44には同じような出来事が伝えられています。そこでは、紀元前9世紀の預言者エリシャが大麦パン20個を100人の人に食べさせ、人々は食べきれずに残したという話になっています。5つのパンで5千人というのはもっと奇跡的な出来事であることが強調されていますが、正確な数字だと考えなくてもよいのではないでしょうか。この話のもとには、弟子たちのなんらかの体験があったはずです。それは「大勢の人がいて、パンは絶対に足りないと思ったのに、イエスを中心にそのパンを分け合ったとき、そこにいたすべての人が満たされた」というような体験だったのかもしれません。

  (5) 「パンの屑(くず)」(12,13節)の「屑」と訳された言葉は、原文では「裂かれたもの」を意味する言葉が使われていますから、正確には「パンのかけら」と訳したほうがよいかもしれません。「十二」はイスラエルの部族を象徴する数だとも言われますが、ただ単に完全さを現す意味で「十二」という数になっているのかもしれません。とにかくここでは、イエスのもとにある豊かさが強調されていると言えるでしょう。
 「イエスのもとにある本当の豊かさ」とは何でしょうか。11節のイエスの動作にその秘密があるのではないでしょうか。イエスは食事の際の動作の中で、神とのつながり、人と人とのつながりをはっきりと示しています。目の前にパンがあってそれを自分が食べるから満たされるのではなく、わずかなパンでもそれを与えてくださった神とのつながりを思い、そこにいるすべての人とのつながりを大切にしていただくときに満たされる。わたしたちの中にもそのような体験があるのではないでしょうか。

  (6) この出来事に対する人々の反応は、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」というもので、決して否定的なものではありませんでした。しかし、イエスは「人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしている」と受け取ります。イエスが十字架につけられた時の罪状書きはまさに「ユダヤ人の王」というものでした(ヨハネ19・19)。ここでの「王」もローマ帝国の支配を打ち破り、ユダヤ人をローマから解放してくれる政治的指導者の意味でしょう。イエスの力を見た人々はイエスにこのような期待をかけ、イエスを自分たちの王に祭り上げようとしたのです。わたしたちはイエスに何を期待しているのでしょうか。そして、イエスはわたしたちに何を求めているのでしょうか。

投稿者 ct : 10:44 | コメント (1)

2006年07月23日

年間第16主日 (2006/7/23 マルコ6・30-34)

教会暦と聖書の流れ

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 イエスが12人の弟子を派遣した先週の箇所の結びには、「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」(マルコ6・12-13)とありました。続く14-29節には、弟子たちがイエスとともにいなかった時間を埋めるかのように、洗礼者ヨハネの殉教の物語が伝えられていますが、きょうの箇所は、内容的には13節から続いています。  この後、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与える話が続きますが、実は、来週の福音は同じ話をヨハネ福音書から読むことになり、ヨハネ6章の朗読が5週間続きます。年間主日のマルコの朗読が再開されるのは、年間第22主日(マルコ7章)からです。

福音のヒント

   (1) 30節の「使徒」という言葉は、マルコ3・14でも使われていました。「そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった」(3・14-15)。ギリシア語では「アポストロスapostolos」で、「アポステローapostello(遣わす、派遣する)」という動詞から来ています。意味は「遣わされた者」です。遣わされた者の使命は「神の国を宣べ伝え、悪霊を追い出す」ことですが、これはイエスがしてきたことと同じだと言えます。「使徒」はイエスの近くにいた12人の弟子、初代教会では、復活したイエスに出会い、イエスから派遣された特別な人を指す言葉ですが、福音書を読むときは、いつもわたしたち自身が「遣わされた者」であることを忘れないようにしましょう。2000年前のガリラヤとユダヤでイエスがしていたことを、今のわたしたちが自分の置かれた場でなんとかしていこうとするとき、わたしたちも「使徒」だと言えるはずです。

  (2) イエスは群衆の「飼い主のいない羊のような有様」(34節)を見ます。羊は弱い動物なので、群れを離れると滅んでしまいます。「飼い主=羊飼い=牧者」の役割は、羊の群れを一つにまとめ、野獣から守り、草のあるところに導くことでした。右上の写真は、イスラエル占領下にあるゴラン高原(ガリラヤの北西にあたる)で見かけた羊と羊飼いです。この羊飼いはドゥルーズ人というアラブ系の人のようでした。イスラエル人の先祖も羊飼いでしたので、旧約聖書には「飼い主のいない羊」のイメージがたびたび現れます。
 一番印象的なのはエゼキエル34章でしょう。エゼキエルは、人々を守らず、かえって人々から奪い取るだけのイスラエルの牧者たち(指導者たち)を厳しく批判してこう言います。
 「3 お前たちは乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた動物を屠(ほふ)るが、群れを養おうとはしない。4 お前たちは弱いものを強めず、病めるものをいやさず、傷ついたものを包んでやらなかった。また、追われたものを連れ戻さず、失われたものを探し求めず、かえって力ずくで、苛酷に群れを支配した」
 そして民の姿を次のように表現しています。
 「5 彼らは飼う者がいないので散らされ、あらゆる野の獣の餌食となり、ちりぢりになった。6 わたしの群れは、すべての山、すべての高い丘の上で迷う。また、わたしの群れは地の全面に散らされ、だれひとり、探す者もなく、尋ね求める者もない。7 それゆえ、牧者たちよ。主の言葉を聞け。8 わたしは生きている、と主なる神は言われる。まことに、わたしの群れは略奪にさらされ、わたしの群れは牧者がいない
 そして、神ご自身が「わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする」(11節)、また「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる」(23節)と約束されます。イエスはこの牧者として人々に目を注いでいます。

  (3) 34節の「深く憐れみ」は、ギリシア語では、「スプランクニゾマイsplanknizomai」という言葉です。この言葉は、新約聖書の中で12回使われていて、そのうちマタイ福音書に5回、マルコに4回(この箇所のほか、1・41、8・2、9・22)、ルカに3回使われています。この言葉は他の箇所でも説明しました(C年年間第15主日の「福音のヒント」など)が、「スプランクノン(はらわた)」という名詞に動詞の語尾をつけたもので、「はらわたする」と訳した人もいます。「目の前の人の苦しみを見たときに、こちらのはらわたがゆさぶられる」ことを表します。相手の痛みをわがことのように感じてしまう深い共感(コンパッションcompassion)表す言葉なのです。イエスの愛の行いはいつもここから出てきていると言ってもいいのでしょう。
 きょうの箇所で、この深い共感からイエスがしたことは「教え始められた」ということでした。マルコはいつものように教えの内容を伝えていません。もちろんそれは「神の国(神が王となること)」についての教えです。「王」と「羊飼い」のイメージはつながっています。この箇所のイエスの教えは、「野の獣の餌食となり、ちりぢりになった」(エゼキエル34・5)羊たちを一つの集め、力づける牧者としての言葉だと考えればよいでしょう。わたしたちもそのようなイエスの言葉を聞くことがあるでしょうか。

  (4) 現代社会に生きているわたしたちの多くはたぶん疲れています。31節でイエスは弟子たちに「しばらく休むがよい」と言われましたが、わたしたちもこの言葉を必要としているかもしれません。
 ただし、この場面の弟子たちは簡単には休めなかったようです。群集が押し寄せてきたからです。きょうの箇所の後の5つのパンと2匹の魚の話では、弟子たちは「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」(37節)と命じられ、大群衆にパンを配るのを手伝わされています。結局のところ、休むことはできなかったのでしょうか。
 イエスが「教え」「パンを分け与える」。これは「ことばの典礼」と「感謝の典礼」からなる「ミサ」そのものではないでしょうか。いろいろな休み方がありますが、本当の休みはイエスのもとにいて、イエスとともに時を過ごし、イエスの言葉を聞き、イエスの食卓にあずかること。そう感じられたらどんなに素晴らしいことでしょう?

投稿者 ct : 11:47 | コメント (2)

2006年07月16日

年間第15主日 (2006/7/16 マルコ6・7-13)

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 先週の福音で、ナザレでの活動の後、「イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった」(6・6)とありました。イエスの活動が広がっていくのに伴い、12人の弟子が派遣されることになります。マルコ福音書では、3章で12人の弟子が選ばれていました。「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった」(3・13-15)。ずっとイエスのそばにいて、イエスのなさることを見てきた弟子たちが、いよいよ派遣されるのがきょうの場面です。

福音のヒント

  (1) なぜ「二人ずつ組にして」なのでしょうか? これについてはいろいろな意味が考えられるでしょう。申命記19・15には、「いかなる犯罪であれ、およそ人の犯す罪について、一人の証人によって立証されることはない。二人ないし三人の証人の証言によって、その事は立証されねばならない」という規定があります。これは裁判のときに複数の証人がいればその証言は確かであるということですが、神の国をあかしする場合も同様に考えられているのかもしれません。また、二人が一緒に旅をするならば互いに助け合うことができ、心強いことも確かです。さらに言えば、互いに助け合い、愛し合う姿をとおして神の国・神の愛を伝えることができる、と言えるかもしれません。「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(ヨハネ13・35)。「いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです」(Ⅰヨハネ4・13)。わたしたちの中でも同じことが言えるでしょうか?

  (2) マタイ10・5-15、ルカ9・3-5、さらにルカ10・2-12(72人の派遣)にも弟子の派遣にあたっての同じような指示がありますが、細部には違いがあります。複数の伝承に基づいて各福音書ができていますが、弟子たちの使命と心構えは、基本的には共通しています。
 「杖」は野獣や盗賊から身を守るために用いられることもあり、旅には必要なものと考えられていました。マタイやルカには杖と履物についても禁じることばがありますが、マルコのほうが現実的かもしれません。旅をするのに必要最小限のものは許されるのです。「袋」は食べ物やお金を入れておく袋のようです。「下着は二枚着てはならない」は重ね着を禁じているわけですが、これは野宿のときに着る外套のようなものを持っていくな、という指示かもしれません。だとすれば、弟子たちはどこかの家に泊めてもらうべきだと考えられていることになります(10節参照)。弟子たちには、誰の世話にもならなくてもよいようにすべてを自分で準備しておくことではなく、人と出会い、宿のことでも食べ物のことでも人の世話になることが求められている、と言えるでしょう。必ず迎え入れてくれる人がいる、という約束の背景には、もちろん、神がすべてを配慮してくださるから、ということがあるはずです。
 わたしたちは、小さいときから「自分のことは自分でしなさい」と教えられてきました。それはそれで大切なことであるはずです。しかし、神からの派遣(ミッション)を生きるときには、神への大きな信頼と、人との出会いに対する信頼が大切だということでしょうか。

  (3) もちろん、すべての人がイエスの弟子たちを受け入れてくれるとは限りません。受け入れられない場合に「足の裏の埃(ほこり)を払い落とす」というのは絶縁を意味する表現だそうです。使徒言行録13・51や18・6では、使徒パウロが同じような仕草をしています。これは「あなたたちのことは神の裁きに任せる」ということであり、自分が恨んだり、自分で復讐しようとはしない、ということだと言ってもよさそうです。それにしても「絶縁しなさい」というのは、冷たく聞こえるかもしれません。むしろ「救いのメッセージを受け入れない人がいることは仕方ない。その人々をどうにかしようとするよりも、救いのメッセージを必要としている人のところ向かえ」という意味で受け取ることもできるのではないでしょうか。弟子の派遣にあたってのイエスのこれらの指示は、文字通り実行すべきことというよりも、「愛する」という唯一の掟のもとで受け取るべきでしょう。

  (4) 7節の「汚れた霊に対する権能」は悪霊を追い出す力のことです。12-13節には「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」とありますが、これはイエスがなさってきたことと同じことです。「宣教する」と訳された言葉はギリシア語では「ケリュッソーkerysso」で、直訳では「宣(の)べ伝える」です。「何かの教えを宣べる」というよりも、「神の国を宣べ伝える」のです。これこそがイエスの活動の中心でした。「イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた。」(マルコ1・14-15)。
 イエスは悪霊を追い出し、多くの病人をいやしましたが、「油を塗って」いやしたという記録はありません。ここにはむしろ初代教会の実践が反映しているようです。ヤコブの手紙5・14-15にこうあります。「あなたがたの中で病気の人は、教会の長老を招いて、主の名によってオリーブ油を塗り、祈ってもらいなさい。信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦(ゆる)してくださいます。」病者の塗油の秘跡のときに読まれる箇所ですが、初代教会の中でこのような実践のあったことが確かめられます。
 復活したイエスの派遣は全世界に向けて世の終わりまで続く派遣ですが、きょうの箇所の派遣は地理的にも時間的にも限定されたものでした。しかし、ここで弟子たちが派遣され、自分たちも働くことができたという体験は、彼らにとって貴重なものだったでしょう。イエスはこのようにして、少しずつ弟子たちを成長させてくださったと言えるのではないでしょうか。そしてわたしたちをも・・・・。

投稿者 ct : 14:53 | コメント (5)

2006年07月09日

年間第14主日 (2006/7/9 マルコ6・1-6)

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 先週の福音では、出血の止まらない女性の病気がいやされ、会堂長ヤイロの娘がイエスによって生き返らされました。そこでは「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」(5・34)「恐れることはない。ただ信じなさい」(5・36)というように、「信じる」ことが大きなテーマでした。きょうの箇所は先週の続きの箇所ですが、ここでも「信じる」というテーマが大切だといえるでしょう。

福音のヒント

   (1) イエスの育った故郷は、ガリラヤのナザレという村でした。右の写真は、マリアが天使からお告げを受けたことを記念して建てられた「告知教会」から見た今のナザレの町並みです。今は何万人もの人が住む町ですが、イエスの時代には特に大きな町ではなく、有名な町でもありませんでした。ナザレには会堂があり、安息日ごとにユダヤ人たちがその会堂に集まって礼拝していました。他の町や村で病人をいやしたイエスの評判はナザレの人々にも届いていたのでしょう。ナザレの人々は会堂で語るイエスに注目しています。

  (2) マルコはイエスが教えたことの内容をいちいち伝えません。それはいつも「神の国の到来の福音」(マルコ1・14-15参照)であったと考えればよいでしょう。ルカ4・16-30には、イエスの活動の初期の出来事として、ナザレの会堂での出来事が伝えられています。そこでイエスはまず、イザヤ書の61章(1-2節)を朗読しました。
 「『18 主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ、/圧迫されている人を自由にし、19 主の恵みの年を告げるためである。』20 イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。21 そこでイエスは、『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し始められた」
 苦しむすべての人を解放する神の救いの時が、今まさに始まっている。これがイエスの神の国のメッセージでした。人々はイエスのメッセージそのものには反対していません。ただ、それを語るのが自分たちの良く知っているイエスであることにつまずくのです。

  (3)「この人は、大工ではないか」の「大工」とは家を建てる人というよりも、家の内装や家具を作る職人だったようです。アラム語では「いとこ」にあたる言葉がないので、この箇所の「兄弟」「姉妹」という言葉の中にはいとこも含まれているそうです。教会の伝統では、母マリアはヨセフと結婚してからも生涯処女のままで、イエス以外に子どもがいなかったと言われてきましたが、それと矛盾するわけではありません。
 ナザレの人々は「つまずいた」(3節)と言われ、また「不信仰」(6節)とも言われています。ナザレの人々はなぜイエスにつまずいたのでしょうか? なぜ信じなかったのでしょうか? いろいろな理由が考えられますが、以下の(4)と(5)で2つのことを考えてみましょう。

  (4) 大工の子は大工になる。それが村の常識でした。「この村の一員であり、この家族に属し、この職業についている」ナザレの人々は、イエスの村での立場をよく知っていたので、かえってその見方を超えることができず、イエスが、預言者として神との特別なつながりの中で活動していることを理解できなかったのではないでしょうか。だから「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけ」だと言われるのです。
 わたしたちが人を見るときも、やはり、社会的な評価を超えられないことがありそうです。あの人はどういう家柄で、どんな職業で、どんな資格があって・・・。しかし、本当に見るべきなのは、その人の中にある神とのつながりの部分なのではないでしょうか。

  (5) ナザレの村は生活と信仰のコミュニティー(共同体)でした。自分たちの中心に神がいてくださることを人々は安息日の礼拝をとおして確認していました。そこには律法による秩序があり、その秩序からはずれた人は排除されました。一方、イエスは「アッバ(お父さん)」である神のもとで、すべての人が兄弟姉妹として生きる道を示しました。そして、実際に村のコミュニティーから排除されているような人々と関わっていきました。病気のために汚れているとされた人々、悪霊に取りつかれていると言われて見捨てられていた人々、職業によって罪びとのレッテルを貼られてしまっていた人々・・・。イエスはこの人々も神の子であることを、言葉と行動をとおして伝えていきました。ここにも、イエスのメッセージと活動がナザレの人々に受け入れられなかった理由があったでしょう。
 イエスはアッバのもとでの新しいコミュニティーを作り出していきます。イエスから始まるこの新しいコミュニティーは、地縁・血縁を超え、社会的な立場の違いを超え、男女の壁を超え、民族の壁を超えて共に生きるコミュニティーなのです。わたしたちのコミュニティーはそうなっているでしょうか?

  (6) ナザレの人の「不信仰」とは、イエスを「預言者」として受け入れないこと、つまり、イエスによってもたらされた神の国のメッセージを受け入れないということでした。
 5-6節「そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた」というのは不思議な言葉に聞こえるかもしれません。イエスが人をいやす力を持っているならば、相手の信仰とは無関係にイエスはその人々をいやすことができたはずではないでしょうか。しかし、ここでは、イエスの行なう奇跡は相手の信仰に左右されるというのです。先週の箇所の「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」でも、「いやし」における信仰(信頼)の役割が重視されていました。福音書の中で「信じること」とは、「何かの信仰箇条に同意する」ということではなく、「神に信頼して、自分を委ねていくこと」です。そしてそれは神の救いを受け取るために、必要不可欠な人間の態度なのです。

投稿者 ct : 15:44 | コメント (1)

2006年07月02日

年間第13主日 (2006/7/2 マルコ5・21-43)

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 先週の福音でガリラヤ湖の嵐を静めた(マルコ4・35-41)後、イエスは向こう岸の異邦人(ゲラサ人)の地に渡り、そこで悪霊に取りつかれた人をいやしました(5・1-20)。そこから再びユダヤ人の地に戻って来てきょうの箇所になります。きょうの福音では、2つのいやしの物語が伝えられています。おそらくここでは「信じる」というテーマが重要だと言えるでしょう。この「信じる」というテーマは、先週の箇所(5・40)にも来週の箇所(6・6)にもはっきりと表れています。

福音のヒント

  (1) きょうの箇所は、21-24節と35-43節のヤイロの娘の話の間に、25-34節の出血の止まらない女の話が挟まれる、サンドウィッチのような形になっています。
まず、25-34節について見てみましょう。「出血の止まらない女」と言われていますが、これは一種の婦人病のようです。彼女は肉体的にも経済的にも苦しんでいましたが、それだけではない苦しみもありました。レビ記15・25-27にこういう規定があります。
 「もし、生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚(けが)れており、生理期間中と同じように汚れる。この期間中に彼女が使った寝床は、生理期間中使用した寝床と同様に汚れる。また、彼女が使った腰掛けも月経による汚れと同様汚れる。また、これらの物に触れた人はすべて汚れる。その人は衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている
 彼女は、重い皮膚病の人と同じように「汚れた者」というレッテルを貼られ、神から断ち切られていましたが、同時に汚れを移さないよう、人に近づくことも禁じられていて、人との交わりからも断ち切られていました。

  (2) 人に近づくことが許されなかったので、彼女は「群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた」のです。このような行為は、いやしの力を盗むことで許されないと考えられていたようです。彼女は「すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた」とあります。イエスも「自分の内から力が出て行ったことに気づ」きます。イエスと彼女は、二人の間で起こったことを体で感じたようです。そしてイエスは彼女を見つけ出そうとします。なぜでしょうか?「ただ病いがいやされたということで終わるのではなく、イエスに出会い、イエスと人格的な交わりを持つことが本当の信仰だからだ」という説明もあります。もちろんそうとも言えます。しかし、もっと単純に、「いやしを盗んだ」彼女の後ろめたさと恐れを取り除くためだったと言ってもよいかもしれません。イエスは彼女の態度を「信仰」として評価し、彼女の心に「安心」を与えていくのです。

  (3) 「あなたの信仰があなたを救った」(34節)は福音書の中で何度か繰り返される言葉です(マルコ10・52、ルカ7・50、17・19など参照)。これは不思議な言葉です。「神が救った」あるいは「イエスが救った」というのが本当ではないでしょうか。
 「信仰」と訳された言葉はギリシア語では「ピスティスpistis」で、36節の「信じる(ピステウオーpisteuo)」の名詞形です。「信じること、信頼」と訳すこともできます。福音書の中で語られる「ピスティス」とは、頭の中で「神がいる」とか「イエスはキリストである」と信じている、ということではありません。あきらめや不安を乗り越え、神に信頼を置いて生きるという態度なのです。きょうの出血症の女性のように、この人なら自分を救ってくれると信じて、必死の思いでイエスに向かって行く姿勢そのものが「ピスティス」だと言ったらよいでしょう。すべての人の父であり、すべての人に救いの手を差し伸べておられる神に対して、イエスご自身が深い信頼を寄せていました。イエスは同じ信頼を人々の中に呼び覚まします。神の救いを受け取るためにはこの「ピスティス」が不可欠なので(マルコ6・6、来週の福音参照)、イエスは「ピスティス」を最大限に評価したのでしょう。

  (4) イエスがこの女性に関わっている間に、ヤイロの娘が死んだという知らせが届きます。出血病の女性の話は、ヤイロの話の展開に重要な意味を持っています。ヤイロや他の人々は、娘が生きているうちにイエスを呼べば助かる、しかし、死んでしまってはいくらイエスが来てももう遅いと考えていたはずです。イエスはこのヤイロに向かって「恐れることはない。ただ信じなさい」(36節)と言います。出血症の女性の話は、ヤイロの娘の話に「信じる」というテーマを導き出す役割を持っているのです。このサンドウィッチのような物語の展開はただ単に時間的にそのように起こったというだけでなく、テーマの関連があるからこそ、このような形で伝えられてきた、と言えるでしょう。

  (5) 「ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネ」は最初の弟子で、特にイエスに近い弟子だったようです。彼らだけを連れて行ったこと、また「死んだのではない。眠っているのだ」というイエスの言葉は、どちらも奇跡を隠そうとしているのだと言えるでしょう。イエスはこの奇跡を人々に見せびらかすためにしたのではありません(なお、死は眠りに過ぎないという考えは、イエスの復活を知った初代教会の人々の確信でもあります)。
 「タリタ・クム」はアラム語です。新約聖書は1世紀の地中海周辺地域の共通語であったギリシア語で書かれましたが、イエスが話したアラム語がそのまま残されている箇所がいくつかあります(マルコ7・34、15・34参照)。これらの言葉がアラム語のまま伝えられたのは、イエスの声の響きが聞いている人の耳によほど印象的に残ったということではないでしょうか。言葉には「ものごとを説明する」という働きがありますが、もっと根源的には「相手に働きかけ、相手を変える」働きがあります。創世記1・3の「光あれ」のような力強い言葉として、イエスの言葉は人々の耳に(また、死んでしまったこの少女の耳にも)響いたのでしょう。ここには、必ずこの人にわたしの声が届くはずだ、というイエスの深い信頼(ピスティス)を感じとることができるでしょう。イエスは同じように、きょうもわたしたちにやさしく力強い声で語りかけてくださっているはずです。

投稿者 ct : 10:58 | コメント (1)