祈りについて


信頼

イエス・キリストは神に向かって祈るとき「アッバ」と呼びかけました。アッバとはイエスが話していたアラム語で子どもが父親を呼ぶときのことばです。

イエスの祈りの特徴は神に対するこの大きな信頼でした。イエスは弟子たちにも神に向かって「アッバ」と呼びかけることを教えました。

イエスが教えた祈りは「主の祈り」と呼ばれています。

 

「主の祈り」

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。

 

 

願い

祈りについて

「苦しい時の神頼み」ということばがあり、悪い意味で使われていますが、苦しいときだからこそ真剣に祈るというのは当然のことです。苦しみの中からの叫びを神は必ず聞いてくださいます。ただ、神に祈ればなんでも自分の思い通りになるというわけではありません。むしろ、主の祈りにもあるように「み心が行われますように」という心に変えられていくことが大切です。現代の多くの人々に愛されているある祈りのことばを紹介します。

神よ、
私に変えることのできないものは、
それを素直に受け容れるような心の平和を!
変えることのできるものは、
それを変える勇気を!
そして変えられるものと変えられないものとを、
見分ける知恵を!
この私にお与えください。

 

 

賛美と感謝

祈りとは、神の前に自分のありのままを差し出すことです。そこでは後悔や自責の念がおこってくるのが当然かもしれません。そんなときには神にゆるしを願います。しかし、自分のいたらなさだけを見つめることがないようにしたほうが良いのです。むしろこのわたしを決して見捨てない神の愛と神が与えてくださっている恵みを思い、神に賛美と感謝をささげる心が大切です。日々の生活の中で祈ることも大切で、特に朝の賛美、夕の感謝、食前・食後の祈りなどが勧められています。

 

 

沈黙

伝統的に「祈りは神との対話である」と言われています。一方的にわたしが神に話すだけでは対話になりません。むしろ、神が今のわたしに語りかけていることを受け取ろうとすることが祈りの中で大切です。そのために絶対に必要なことは「沈黙」ということです。

 

 

人とともに、人のために

祈りは神とわたしが向き合う非常に内面的で個人的なことでもありますが、キリスト教では人と人とが一緒に祈ることも大切にしています。また、自分のためだけではなく、人のために祈ることも大切にされてきました。祈りは時間と空間を超えて、神のもとでわたしたちをつないでくれるものです。一緒に祈ってくれる人がいる、互いに相手のために祈り合う、ということはわたしたちにとってすばらしい体験です。

教会は祈る共同体の中心にイエスの母マリアがいて祈っていてくださると信じて次のように祈ってきました。この祈りは「アヴェマリア」と呼ばれ、多くの人に親しまれてきた祈りです。

 

「アヴェ・マリアの祈り」

アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、 
主はあなたとともにおられます。 
あなたは女のうちで祝福され、 
ご胎内の御子イエスも祝福されています。 
神の母聖マリア、 
わたしたち罪びとのために、 
今も、死を迎える時も、お祈りください。 
アーメン。