聖書と教え

ミサと祈り

聖書について

聖書のはじめ(創世記1,2章)に天地創造の物語が載っています。聖書によれば、この世界も人間も唯一の善い神がお造りになったもので、本来良いものでした。人間は神によって造られたものであり、神とのつながりを失えば、滅びるしかない、はかない存在です。しかし、人間は神との関係を忘れ、自分さえ良ければという行動に走り(これが「罪」と呼ばれるものです)神との関係を見失い、人間同士の関係もおかしくしてしまいました。創世記3~11章で語られるのは、人間の罪の歴史、人間がどんどん神を離れ、人と人との関係を壊していってしまう歴史です。

しかし神は、ご自分と人間との関係を取り戻そうとされ、アブラム(アブラハム)という人を選び、特別に親しい関係を結ぼうと働きかけました(創世記12章)。神がアブラハムを選んだのは、アブラハムをとおして全人類との関係を取り戻すためでした。アブラハムには神との親しい関係を生きるという使命が与えられます。そしてこの使命はアブラハムの子孫に代々受け継がれることになりました。

出エジプト記は、紀元前13世紀の出来事です。エジプトに移住したアブラハムの子孫は、次第に奴隷のように扱われるようになっていました。モーセを指導者としてこの奴隷状態から自由の地へと脱出した彼らは、それを神の救いのわざとして受け取りました。そして、神との特別な関係を生きる「神の民」となります(これを「契約」と言います)。神の民となったイスラエルは神と共に生き、人間同士お互いを大切にして生きるという使命を与えられました(律法・十戒)が、実際の歴史の中では、神を忘れ、強い者が弱い者を虐げることを繰り返してしまいます。そこで、たびたび預言者と呼ばれる人々が現れ、民とその指導者の罪を指摘し、神に立ち返るように呼びかけました。同時に預言者たちは最終的に神と人、人と人との関係が回復される希望を語っています。この民族の栄光と挫折の歴史、そして神の救いへの希望を記した諸文書が集められて「旧約聖書」を構成しています。この聖書はイエス・キリスト以前に書かれたもので、ユダヤ教とキリスト教の共通の正典です。

新約聖書は紀元1世紀のはじめに生きたイエスという方についての証言です。その生涯とことばを伝える4つの福音書と、それ以外の初期キリスト教文書からなっています。新約聖書は、旧約聖書の救いの希望をイエスという方が実現したと語ります。イエスこそが、その生涯、特に死と復活を通して、神と人・人と人とを結ぶ「新しい生きた道」を開かれた方です(ヘブライ人への手紙10章20節)。新約聖書とは、このイエスについての証言であり、イエスの道を歩むようにという招きであり、同時に最終的にいつか神と人・人と人が一つに結ばれる希望を語る文書なのです。

「新約」とは、モーセの時代の古い契約(旧約)に対して、イエス・キリストによって実現した神との新しいきずなを表す言葉です。旧約・新約聖書はわたしたちキリスト信者にとって永遠の規範としての価値を持つ正典です。

聖書講座・入門講座

多くの教会では聖書や教会の教え(教理・要理ともいいます)を学ぶ講座を催しています。キリスト教にはじめて触れる方でも参加できる講座がいろいろあります。詳細及び最新情報は各教会へお問い合わせください。

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