平和旬間2015講演「日本の教会の平和に対する使命〜戦後70年司教団メッセージをめぐって〜」

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    日本の教会の平和に対する使命〜戦後70年司教団メッセージをめぐって〜

    2015年8月8日 麹町教会にて
    東京教区補佐司教 幸田和生

    (1) 戦後70年メッセージの採択まで

    皆さん、こんにちは。今日は東京教区の平和旬間行事にお集まりくださいまして、ありがとうございます。暑い中ですが、8月を迎え、平和について考え、平和のために祈り、平和のためにできることをしようという、この平和旬間を大切にしたいと思います。今年も例年のようにこの麹町教会ヨセフホールで講演会があり、その後、平和巡礼ウォーク、カテドラルでの平和を願うミサという流れです。

    講演会にはこれまでいろいろな人を呼んできていますね。先日、日比谷野外音楽堂で、安保関連法案に反対する集会に参加しましたが、そのとき高田健さんとか落合恵子さんとか、そういう人が壇上にいらっしゃいました。それを見て前に平和旬間に呼んだ方だなあと思っていました。これまでそういう有名な方を呼んでお話を聞いたりしましたが、今年はなぜか私です。司教を呼べば講師料がかからない、そういう理由でしょうか? 冗談はさておき、今回呼ばれたのは、戦後70年の司教団メッセージの草案を書いたということで、このメッセージについて話してくださいということでした。

    70年のメッセージは、小さなパンフレットになっています。ぜひお読みいただきたい。もちろん読んでいらっしゃるとは思いますが、今日終わったら、もう一度読んでほしいと思います。

    この戦後70年にあたり、司教団メッセージを出そうということは去年から話し合っていました。どのように準備しようかということで、社会司教委員会に準備が任されました。社会司教委員会は、難民・移住移動者、カリタスジャパン、部落差別・人権、正義と平和というような、日本の司教団のなかで社会的な働きをする司教の集まりです。私はたまたま、この委員会の副委員長でしたので、草案を準備する役目を仰せつかりました。

    去年から、社会司教委員会で何度か話し合い、この草案を準備し、できれば早く出したほうがいいだろう、ということになりました。6月に定例司教総会があるので、そこで決めてもいいのですが、日本の政治の動きがあまりに急だから、できるだけ早い方がいいだろうということで、2月の臨時司教総会に草案を提出、採択、発表できるように準備しました。臨時司教総会は、臨時と言いながら結局毎年あるんです。この2月で合意に達しなければ、6月までかかってもいいからと、とにかくメッセージを出す準備をしてきました。2月の臨時司教総会で出したところ、いくつかの修正意見がありましたが、短時間の審議で決まり、採択されました。

    司教団メッセージというものは多数決でなく、基本的に司教全員が同意しないと、司教団メッセージにはなりません。ですからそう簡単には決まらないのでは?と思っていたのに、今回はあっという間に決まりました。それは日本の司教たちが、今の政治状況に非常に危機感を強くしているからだと感じました。

    時々、司教団は随分、左寄りのことを言うようになった、と言われます。そんなことないと思います。日本の政治があまりにも急に右寄りになっただけじゃないでしょうか。私たちは変わっていないつもりですが、日本全体があまりにも右傾化してしまったので、目立つのかもしれません。とにかく、今の日本の動きに対する大きな危機感から、できるだけ早くこのメッセージを出そうということになりました。

    ★ 日本の教会・司教団の平和への取り組み

    日本の教会、カトリック教会、司教団の平和への取組みがどう進んできたのか、まず、お話します。

    もちろん、1945年の敗戦そして原爆などの経験から、いろいろなところで平和への取り組み、平和への祈りが続きました。それは忘れてはならないことです。しかし、大きく日本の教会、司教団として平和に取り組むようになったきっかけは、1981年にヨハネ・パウロ二世教皇が日本にいらして、広島で平和アピールを出されたことです。これが大きな刺激になりました。

    「戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。このヒロシマほどこの平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。」(冒頭の言葉)

    ヨハネ・パウロ二世教皇はこのメッセージの中で、核兵器だけではなく、戦争そのものにはっきり「ノー」と仰いました。こういうメッセージをわたしたちはいただいたのです。カトリック信者だけではなく、日本の社会に大きな印象を残したメッセージでした。

    カトリック教会の司教団では、このメッセージにこたえるように、次の年から「日本カトリック平和旬間」というものを始めました。広島の原爆の日、8月6日から長崎の原爆の日(9日)をはさんで終戦の15日までの10日間を特別な祈りの期間として、実行するようにしたのです。

    次の流れとしては1986年が大切な年です。東京でアジア司教協議会連盟(FABC)総会がありました。そこにアジアの司教が大集合しました。アジアの司教たちを迎えて、当時の司教協議会の会長、白柳誠一東京大司教がミサの説教をしました。そのなかで、日本の戦争責任についてはっきりと語ったのです。一番、中心のところはこの部分です。

    「わたしたち日本の司教は、日本人としても、日本の教会の一員としても、日本が第二次世界大戦中にもたらした悲劇について、神とアジア・太平洋地域の兄弟たちにゆるしを願うものであります。わたしたちは、この戦争にかかわったものとして、アジア・太平洋地域の二千万を超える人々の死に責任をもっています。さらに、この地域の人々の生活や文化などの上に今も痛々しい傷を残していることについて深く反省します。」

    1986年の白柳大司教の言葉です。私はこの言葉を引用しようと思って、インターネットで探しました。「白柳誠一」とかで検索をかけたら、「反日」って出てきてびっくりしました。白柳誠一という人は、こういうことを言った、とんでもない、日本の威信を傷つける人間だ、と言われていたのです。すごくショックを受けました。大司教さんは、およそ反日と呼ばれるような方ではありません。でも、この言葉、当たり前に私たちは受け取りますが、時代によって、特に最近はこういうことを言えば反日だと言われてしまう、そういう動きもでてきているのですね。

    時代の流れとしては、この時代は特に、戦争責任ということを見つめ直す時期だったと思います。プリントにも書きました。1985年、ドイツ敗戦40年にあたって、ワイツゼッカー大統領が「荒れ野の四十年」という演説をしました。「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」という有名な言葉をおっしゃいました。ナチス・ドイツの大きな人道的罪があり、その反省をもとに、戦後ドイツは歩んできたが、40年たつと、ネオナチのような動きも出てきて、過去をなかったかのようにして、悪がなかったように、動き始める現実もある。そういうなかで、もう一度過去としっかり向き合わなければ、その過去の罪に向き合わないといけないと、語られたのです。この演説は日本でも大きな反響を呼びました。

    日本でもこの頃、日本の戦争における加害責任について、はっきりと考えられるようになってきました。今もいろいろなことで原点になっていると思います。河野談話が出されたのは1993年です。これは従軍慰安婦について国家の関与を認めた官房長官としての談話でした。村山談話はもちろん、戦後50年の1995年のことでした。日本の加害責任をきちんと見つめようという動きがありました。

    教会でも白柳大司教の言葉に代表されるように日本の国の加害責任、またそのなかで、教会としての責任もきちんと見つめようという動きが強くなったと思います。この白柳大司教の言葉は、アジアの司教たちが来たから何か言わなければ、と1人で考えたのではありませんでした。総会の前に司教たちが集まり、どのようにアジアの司教に話すか、一緒に考えてこのように謝罪、反省することになったのです。個人ではなく、司教団の代表としての言葉です。

    プリントに1988年、本島等長崎市長の「天皇の戦争責任」発言のことも書きました。本島市長は、「天皇に戦争責任があると思う」とはっきりと市議会で言い、それが問題になり、その後銃撃され、死にかけました。幸い、命をとりとめました(残念ながら去年亡くなられました)。「天皇の戦争責任」ということで話題になりましたが、本島市長は天皇だけではなく、日本全体に、戦争の加害責任があると考え、当時の日本の制度上、天皇に責任がないとは言えないと言ったのです。日本に戦争の加害の責任があるということをきちんと見つめようとした。でも、この本島市長の発言に暴力的に反対する人もいたわけです。

    このように1980年代から90年代にかけて、加害責任が見つめられました。1995年に司教団は「平和への決意〜戦後50年にあたって」という平和メッセージを出しました。そして、60年、70年と出しました。

    ★ 特別に平和についての使命を感じる理由

    日本の司教団は、特別に平和についての使命を感じています。平和という問題について、特に自分たちが何かしなくてはならないという想いが強いです。それには理由があります。日本のこれまでの歩み、日本が広島、長崎、という原爆の悲惨な経験をしているだけではなく、ほんとうに大きな戦争の惨禍を経験した。同時に、それ以上に加害の歴史をもっている。周辺の、アジアの国々を傷つけた侵略と植民地支配の歴史を持っている。そして心ならずもその戦争に対して教会が積極的に協力してしまったこともありました。その反省があるので、日本の司教団としては平和のことについては、何もせずには、黙ってはいられないと強く感じてきているのです。

    今年のメッセージは最初のほうで第二バチカン公会議の言葉を引用しています。司教団は社会問題について発言し、特に戦争や平和のことについては多くのメッセージを語りますが、ときどきお叱りをうけます。「なぜそんな政治的な問題について発言するのか?」これに対する答えが『現代世界憲章』の冒頭の言葉にあります。

    「現代の人々の喜びと希望、苦悩と不安、とくに貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦悩と不安でもある。真に人間的なことがらで、キリストの弟子たちの心に響かないものは何もない」(『現代世界憲章』1)

    70年メッセージのこの部分の「注」には、フランシスコ教皇の文章も引用しました。

    「司牧者には、科学の貢献を受け入れつつ、人間の生活に作用するすべてのことがらについて意見を表明する権利があります。もはや、宗教は私的な領域に限定されるべきもので、天国に行くために霊魂を整えるためだけにあるなどと主張することはできません」(使徒的勧告 『福音の喜び』182)

    今の教皇は、社会・経済の問題、特に貧しい人たちや環境の問題に、積極的に発言し関わっています。人間の生活のことがらの全てのことに意見を表明する権利があると。私たち日本の司教団も政治的問題というよりは人間のいのちの問題として、特に平和の問題については沈黙できないと考えています。

     

    (2) 戦後50年〜70年メッセージ・主な論点

    これまで司教団はメッセージを出してきました。大筋には、平和を大切にしようということがあり、それは当たり前のことです。そのために祈り、それが神様のみ旨だからあくまで平和を求めていこう、ということにも異論はない。でも、微妙に論じられてきた点、変化してきた点があると思います。

    ★ 戦前の日本の戦争責任と教会の戦争責任について

    そのひとつは、戦前の日本の戦争責任と教会の責任をどのように表現するか、ということ。特に教会が戦争のときに、本当に正しい態度をとったかどうかということ、戦争に協力してしまったという問題をどのように見ていくのか、という問題。年配の司教たち(私よりも20年~30年年長の司教たち)は、自分の身近な先輩や同年代の人たちが戦争に深く関わっていたことを知っています。そのなかで、苦しんでいたことも知っている。教会が被害者だった面もあります。特にカトリック教会は外国の宗教とか、外国とつながった宗教と見られ、スパイのように疑われたこともある。そういう面で、教会は被害者だった、教会も苦しんだのだ、という見方もできます。その時代の先輩たち、同世代の人たちへの配慮もありました。戦争した人も好きでしたわけでないという思いもあり、戦争責任について、あまり強く言うのはどうだろう?という考えがあったと思います。一方では、やはり率直に、日本の加害責任を認めなくてはという考えもあり、せめぎ合いがあった。戦後50年の時は司教団の中でそういう意見のくい違いがあったそうです。私はもちろんその場にはいませんでしたが、戦後60年のメッセージを決めるとき、私は司教になったばかりで、司教総会に参加していました。そのときも、大きく対立、というか思いの隔たりがありました。私は議論を聞いていて、これは絶対にまとまらないと思いました。これだけ思いがずれて、開いているのなら、1つのメッセージにするのは不可能だと思いました。でも最終的に、6月の司教総会で採択されたのです。ある司教は半ば「棄権」のようになりましたが、でも反対はしなかったのです。思いの違いはある、でも、今この時点で、日本の教会として平和に対するメッセージを出すべきだ、という点では全員一致していました。そのとき私は、すごいな、と思いました。こういう司教団に入れてもらえてよかったとそのときは神様に感謝しました。いや、そのときだけ、ってことはないですよ…。でもこのときが本当に初めての司教総会で、感動したんです。

    日本の司教団メッセージとして、一貫して述べていること。まず加害者としての日本の確かに責任はあった。でも、日本人にも大きな被害があった。そのなかで、教会共同体として、戦争について責任があった、ということ。それは、50年、60年、70年のメッセージで、一貫して引き継がれています。

    ★ 平和憲法と福音の教えの関係について

    これは、50年、60年、70年と少しずつ違ってきています。戦後50年には、平和憲法については何も述べていません。そこには、政治的問題に入り込まないように、という配慮があったでしょう。それ以上に1995年の時点で、今ほど平和憲法が脅かされるという危機を感じていなかったのでしょう。だから、平和憲法については述べられていませんでしたが、その後何があったか。9.11以降のアメリカの戦争、対アフガニスタン、対イラク、など。世界は暴力の連鎖に陥っていく。

    そういう中で戦後60年(2005年)のメッセージを出すことになりました。戦争によって、安全を確保しよう、平和を実現しようとする、というのは私たちの道ではない。そのことを60年メッセージは、はっきりと言いました。それを「非暴力」という言葉で強調しています。非暴力を貫き、対話によって平和をつくることが大切だと言ったのです。その例としてガンジーの非暴力による抵抗の精神、そして日本国憲法のことを言っています。そこには危機感があったと思います。世界が暴力の連鎖に向かう中で非暴力ということを強調したのが60年メッセージです。

    70年メッセージはもっとはっきりと日本国憲法について触れています。

    日本はかつての戦争の加害の体験、そして被害の体験、というひどいことを体験して、そのうえに平和憲法というものを持つことになったと言ったあと、

    「一方、世界のカトリック教会では、東西冷戦、ベルリンの壁崩壊などの時代を背景に軍拡競争や武力による紛争解決に対して反対する姿勢を次第に鮮明にしてきました。

    ヨハネ二十三世教皇は回勅『地上の平和』において「原子力の時代において、戦争が侵害された権利回復の手段になるとはまったく考えられません」と述べています。第二バチカン公会議の『現代世界憲章』は、軍拡競争に反対し、軍事力に頼らない平和を強く求めました。1981年、ヨハネ・パウロ二世教皇が広島で語った平和アピールのことば、「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です」にも、はっきりとした戦争に対する拒否が示されています。

    以上の歴史的経緯を踏まえるならば、わたしたち日本司教団が今、日本国憲法の不戦の理念を支持し、尊重するのは当然のことです。戦争放棄は、キリスト者にとってキリストの福音そのものからの要請であり、宗教者としていのちを尊重する立場からの切なる願いであり、人類全体にとっての手放すことのできない理想なのです。」

    このように述べるようになりました。そして、「注」の部分で、日本国憲法の前文と9条をそのまま引用しています。

    この本文の中で、「軍拡競争や武力による紛争解決に対して反対する姿勢を次第に鮮明にしてきました」と言っていますね。カトリック教会は戦争に対して絶対的にノーと言って来たかというと、必ずしもそうではありませんでした。伝統的に「正戦論」というのがあり、「正しい戦争もありうる」という立場をとってきました。しかし、それは戦争を肯定するための理論ではありませんでした。止むをえず戦争するとしても、最低限これこれこういう条件が必要だと述べる、つまり安易に戦争させないために、厳しい条件が必要だと言ってきた理論がこの「正戦論」でした。もう一つは、戦争をしたとしてもその中であまりにも非人道的なことがないよう、「戦争の中であってもこういうことだけはしてはいけない」「これをしたら正しい戦争とは言えない」そういう制限をつくろうとした、それが「正戦論」です。正戦論は戦争を肯定するための理論ではなかったのですが、戦争というものをある程度、やむを得ないという見方があったのも事実です。

    しかし、1945年以降の軍拡競争、核兵器の時代となり、教会はどんどん、戦争そのものに反対する姿勢を鮮明にしていくようになりました。ヨハネ23世教皇の「地上の平和」は1963年の4月11日に発表されました。その前年にキューバ危機がありました。核兵器を積んだと思われるソ連の艦船がキューバにやってきて、アメリカがそれを迎え撃とうとする、という核戦争の一歩手前のたいへんな危機がありました。そういうなかでヨハネ23世が仲介をして危機が回避されたとも言われています。とにかく、この現実を見て、ヨハネ23世はこの時代、戦争が物事を解決することはあり得ない、とはっきりと言いました。軍事力によらず、対話によって平和を築くことが絶対に必要だと言いました。その姿勢は第二バチカン公会議『現代世界憲章』にも受け継がれていきます。

    ヨハネ・パウロ二世教皇はいつも強く戦争に反対し続けました。『カロル』というヨハネ・パウロ二世(本名:カロル・ヴォイティワ)の伝記映画をご覧になったでしょうか。ヨハネ・パウロ二世は、ポーランドで青春時代を過ごし、その中で、ナチス・ドイツの侵攻、戦争の悲惨さを経験したので、教皇在任中、あらゆる戦争にノーと言い続けた、そういう方です。そのようにカトリック教会は戦争にはっきりと「ノー」と言うようになったのです。

    戦争が変わったという面もあります。20世紀に経験した戦争は軍隊と軍隊が戦うような戦争でなく、「全面戦争」とか「総力戦」と言われるものでした。国中のすべての国民を巻き込んだ戦争で、都市の空爆など、犠牲になるのは兵士だけではなく、すべての国民、男性・女性・子どもすべてが犠牲になります。そういうなかでは戦争そのものに「ノー」と言わざるをえません。それが現代の教会の姿勢です。

    その中で、「日本国憲法の平和主義が、福音的」だとか、「イエスの教えにかなっている」という言い方はどうかなと思います。平和憲法にキリスト教の教えが影響している、という話もありますが、むしろ平和憲法は1945年までの、日本のあのひどい体験を基にして、生みだされた憲法だとは思います。そして1945年以降、教会の教えのほうがある意味、日本の憲法に近づいてきたというべきなのではないでしょうか。

    そういうところから、70年メッセージでは、私たちは日本の司教団として、「日本国憲法の不戦の理念を支持します」とはっきりと表明しています。今までよりももっとはっきりと、この憲法を守るという姿勢を鮮明にしているわけです。その理由はもちろん「危機感」です。今の安倍首相の集団的自衛権の行使容認という憲法解釈の変更、閣議決定によって憲法解釈をかえて、実質的に憲法を葬り去るやり方。そういうやり方、そして今の安全保障法案の問題、その中で、この憲法を守るという姿勢をはっきりさせるべきだと考えています。

    そして、これは「キリストの福音そのものからの要請」だと言っています。これについては、今更かもしれませんが。でも、福音のイエスの言葉を思い出したいと思います。

    「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。」(マタイ26・52)

    山上の説教ではこうありました。

    「『目には目を、歯には歯を』と命じられ「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」(マタイ5・38,39)

    「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」(マタイ5・43-45)

    イエスのこれらの言葉を真剣に受け取るならば、やはり、戦争ということは本当に考えられない。攻撃されたから攻撃するとか、攻撃されそうだから前もって相手をたたくとか、そういうことにはならないですよね。

    パウロのエフェソの手紙の中には、こうあります。

    「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」(エフェソ2・14-16)

    二つのもの、とはユダヤ人と異邦人。当時どうしようもないと考えられていたこの対立をキリストが十字架によって乗り越え、一つにしてくださった、その十字架による平和ということがパウロの語っていることです。そう考えると、私たちはキリスト者として、戦争によって、軍事力によって、物事を解決するということには重大な疑問をもたざるを得ないし、やはり、それは違うはずだと思い続けているはずです。

    (3) 今、安全保障法案を前にして

    本当に切迫しています。

    安倍内閣の出している安全保障法案ですけれども、この法案が憲法違反であるということは、ますます明らかになってきています。国会によばれた憲法学者3人が与党側の呼んだ学者も含めて、みんな憲法違反だと言った。そこから大きく流れが変わりました。

    本当に誰が考えてもやっぱり「これは憲法違反だ」と多くの人が思うようになり、大きな反対運動になっています。これほど多くの国民が反対し、疑問を呈し、議論が尽くされていないと感じ、でも、敵はなぜこうも強い?(「敵」って言っちゃった!)「相手」はなぜこうも強い?

    「廃案に」と言う声がこれほど高まっているのに、そう簡単に廃案にしないのはなぜ?

    私が最近特に思っているのは、やっぱり戦争で儲かる人がいるということです。軍備増強で、儲かる人がいる。子どものころから、大人に教わってきました、「世界中すべての人が平和を願っている」と。子ども心に不思議だったのは、そうだとしたら、なぜ、戦争はなくならないの?ということ。大人になってわかったのは、世界中すべての人が平和を願っているのではないということです。戦争によって儲かる人がいて、儲かる企業がある。それがすごく大きな問題だと思います。

    その点はもっと真剣に考えないといけないですね。戦争することで儲かる人がいるんです。原発再稼働で儲かる人がいる。オリンピックで儲かる人がいる。それが現実。そこを見ながら、それでも「ノー」という必要があると感じます。

    私たち自身はどこに立っているか? 微妙なところかもしれません。もしかしたら、戦争で儲かっている人たちと、私たちはつながっているかもしれない。軍需産業とまでいわなくても、大企業とつながっているかも。その社員の人がいるかもしれません。いろんなかたちでつながっているかもしれない。私たちは、どこかで、戦争でもうかる人とつながっているかもしれない、ということは認めないといけないのではないでしょうか。

    それでも、やっぱり、目先の利益ではなく、大きな目を持たなくてはいけないわけです。目先の利益ばかりを追い求める、こういう動きがあまりにも大きな犠牲を生む。特に次の世代に、取り返しのつかない犠牲を強いるのだから、やはり「ノー」と言わなくてはいけない。真剣に考えなくてはなりません。

    目先の利益だけでなく、信仰者として、この世の、この世界のことだけでなく、本当に神様との関係の中で、現実を見て、今、何を決断すべきかをいつも問い返す必要があると思います。こういうことを言っていると、理想論のように聞こえるかもしれない。「お前は司教だから、そんな理想的なことを言う」と。でも、私は、あまり理想論を言うつもりはないです。いきなり自衛隊や軍隊をゼロにしろ、とか言うつもりはありません。軍隊で勤めている人のことを、『現代世界憲章』でも認めています。「祖国への奉仕に専念して戦線に従事している者は、自分が諸国民の安全と自由のための奉仕者であると考えるべきである。この任務に正しく従事している間、彼らは真に平和の確立に寄与している」(GS79)そういう面も100%否定はできません。ですから理想論でなく、今、この国の決断が平和に向かおうとしているのか、戦争に向かおうとしているのか? もっとはっきしているのは、軍拡なのか軍縮なのか? そういう点をはっきり見なくてはならないと思うのです。この安全保障法案の次には、来年度予算がある。予算は、この法律にもとづき、防衛費が確実に増えていく。そういう方向性になっているのではないか?だとしたらノーと言わざるをえません。

    もうひとつ、最近悩ましく思うこと、難しいと思っている問題は格差と貧困の問題です。フランシスコ教皇が言うように、今この世界には格差が広がっている、ある人々は社会から排除され、まったく切り捨てられている。これが今の時代の状況です。日本にも、そういう格差はあり、広がっている。そういう中で、自衛隊が若者をリクルートしているという話を聞きます。高校3年生の子どもに、防衛省から手紙がきて、自衛隊について誘うようなことが書かれている、そういう現実があるわけです。

    格差が広がり、非正規雇用がどんどん広がっています。非正規雇用というのは、結局、今はなんとか食べられる程度の収入はあるが、将来にわたって安定した生活の保証がないということ。そういう中で不安定な状況の若い人がたくさんいます。それが、もしかしたら戦争につながる面もあるかも、と感じます。これは難しい問題です。

    あまりすっきりとまとまらないまま話していますが、一方で、景気がよくなれば、なんとかなるだろう、右肩上がりで日本はよくなる、というのはもはや考えられないと思います。「アベノミクス」というのは、目くらましみたいなものだったのではないか(こんなこと言っていいか、わかりませんが)。確かに一部の企業は儲かったと言っている。でも国民の底辺の生活が上向いたとはとうてい思えない。そういう中で、格差社会の底辺におかれている若者の多くは自尊感情を持てなくなっているかもしれません。自分が価値のある人間で、社会から尊重されていると思えない。そこから、他の民族への嫌悪感、自分たちのほうがすぐれているという優越感、日本という価値に固執する、というような扇動に乗りやすくなってしまうことがあるのではないか。

    そう考えると、どうしたらみんなが仕事をきちんともって、安定した暮らしをできるのか。こういうことも平和のためにものすごく必要なことです。この社会で生きていて、安定して将来の自分の生活を思い描ける状態、そういう状態がどんどんなくなっていったら、やっぱり、変な方向に行ってしまうとすごく感じます。

    ある人は、欲と情念が、国や政治を動かしていると言っていました。「欲」とは「損得」ですよね。損得ばっかりが今の政治を動かしているように感じられます。それから、「情念」というのは「好き嫌い」。あの国はいやだ、嫌いだ、そういうことで、国の政治が動くのはものすごく危険だと思います。ここに集まる私たちは、「人権や平和、ひとりひとりの人間の尊重が大切。国籍、民族による差別は絶対によくない」と当たり前に思っているけれど、欲や情念が、あまりにも大きな力になっている現実を見つめなくては、結局そちらの力に押し流されてしまうかもしれません。

    ヘルマン・ゲーリングの言葉もプリントに載せました。

    ある時に読んで、本当に恐ろしいと思いました。ゲーリングはナチスの高官でした。戦後生き残って、ニュルンベルク裁判にかけられたんです。そこで、ギルバートという心理分析官に語った言葉です。皆さんもよくご存知かもしれません。

    「もちろん、普通の人間は戦争を望まない」とゲーリングは言うのですね。普通の人間にとって、戦争がいいことのはずがない。戦争にいった若者は、運が良くても無傷で帰るくらいで、何も得なことはない。そう言っています。

    「しかし最終的には、政策を決めるのは国の指導者であって、民主主義であれファシスト独裁であれ議会であれ共産主義独裁であれ、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。(中略)とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。」

    恐ろしい言葉です。でも私たちの政府がいま、やろうとしているのはこのことではないでしょうか。政府のいうことにだまされないように。

    日本人は戦時中、さんざん政府にだまされていました。だから戦後、政府にだまされないように、と思ったはすです。しかしいつの間にか、日本人は政府のいうことを信じるようになってきたように思います。55年体制というものがありました。社会党が合同したのに対抗して、保守勢力も合同して自民党ができました。社会党に政権が渡らないようには、55年体制で自民党は、なるべく国民のすべてがうまくいくようにと、国民政党のような柔らかな政策をとってきました。その中で皆、なんとなく政府の言うことを信じるようになりました。政府に任せておけば、そんなにひどいことにはならない、と。

    でも今、ほんとうに政府の言うことを疑ってみることが必要だと思います。

    オリンピックのスタジアムを見直そうなどと言っています。戦後70年の首相談話でこれまでの政府見解を踏襲するとか、最低賃金を引き上げるとか、沖縄で辺野古の基地建設を一ヶ月中断するとか。なんとなくご機嫌取りみたいなことをいろいろ言っていますね。

    すべてはこの安全保障法案を通すまでじゃないでしょうか。これさえ通せば、もう戦争する国のほうに向かっていく。後戻りできなくなる。そんな感じで必死にこの法案を通そうとしているように見えませんか? 

    確かに戦争に向かって動き始めれば止められなくなります。いま、私たちはかろうじて戦争反対を叫ぶことができます。しかし、戦争をしようとする人たちから見れば、第一の敵は外国ではないのです。国内の戦争反対の声です。邪魔なのは国内の戦争反対者だから、その声を抹殺しようとする。民主主義も何もかも、戦争になってしまえば全部吹っ飛びます。それは覚悟しなくては。後になって「だまされた」では済まないと思うのです。

    日本国憲法には遵守義務があり、憲法が最高法規だと言っています。このことも言っておきたいです。

    「第98条。この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」

    本当に力強い言葉です。首相が憲法に反する法案を作って、国会がそれを成立させても、その法律は憲法違反ならば無効なのです。だから、たとえ何があっても「あれは違憲です」と言えます。「あれは無効」と言ったらいい。通っちゃったら仕方ない、と諦めるべきではありません。

    「第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

    そう考えれば、今の安全保障法案はありえない話です。その中で圧倒的に多くの人が反対しているのは当然ですし、たとえ成立したとしても無効だと言い続けることができます。

    しかしまた、法案が成立するとその方向に向かって動き始めてしまうというのも現実なのです。それを考えながら、法案に対して真剣に向き合っていかなくてはいけません。

     

    (4) 「時間は空間にまさる」

    こういう話をしていても、「それでも自衛は必要ではないか」とおっしゃる方がいらっしゃいます。気持ちはわかります。「最低限の自衛は必要。とくに、日本をめぐる安全保障環境は変わったと。いまは厳しくなったのだ」という人もいます。

    確かにそうかもしれませんが、では、アメリカの戦争はどうだったか? アフガニスタン、イラクでの戦争は安全保障、平和に役立ったか?ということには疑問を感じます。アメリカがどれほど多くの民間人を殺し、それにより、どれほどの憎悪や復讐心が生まれたか。それによってテロがどれほど拡大したか。そう考えると軍事力でものごとを解決しようとするアメリカのやり方に、はっきり「ノー」と言いたくなります。安全保障関連の法律というのがアメリカの戦争に加担することになるということを、もっと真剣に問わなくてはならないです。

    また「島も守る」っていうのも、私にはわかりません。あの小さな島のために、自衛隊員が死んだり、中国の若者が死んだりしないでほしいと思います。中国があの島をとりにきた。それに対して日本の自衛隊が奪い返した。それで物事は終わるわけありませんね。武力衝突は一度起こればどんどん拡大し、悲惨なことになるに決まっています。あの島を守るってなんなのか。本気で考えれば、そんな簡単なことではないです。まして、アメリカが日本と一緒にその島を守ってくれるなんて、誰も本気で思っていないと思います。

    京都大学の教職員有志の言葉ではありませんが、戦争っていつも防衛を理由に始まるのです。岡田大司教が紹介した太平洋戦争開戦の詔勅にもありましたね。いつも防衛を口実にして始まる。それをやっぱり考えて、その上で判断しなくてはいけない。

    今ここで私が言いたいのは、武力によって物事は解決しないということ。たしかに悲惨な、ひどいことは起こるかもしれません。しかし、それは武力によっては解決できないことをはっきりと私たちが見なくてはいけないことです。逆に、武力によらない解決方法があるか? 対話を続ければなんとかなるのか?そう問われたら、それだって、そんな簡単なことでないと分かっています。

    武力によって問題を解決することはできないし、武力によらなくても問題を解決することはできない、だとしたら、その中でどう生きるか、これが私たちに問われていることです。

    そんな中で、私が示唆を与えられたのはフランシスコ教皇の使徒的勧告『福音の喜び』の中の言葉です。フランシスコ教皇はこの勧告の終わりのほうで平和について語っています。第4章です。

    平和についてのフランシスコ教皇の見方は、私たち日本にいる人間とは、ちょっと感覚が違うところもあります。「とにかく戦争をしてはいけない」ということが日本人には強いですが、彼が強調するのは別の面です。プリントに引用した言葉はこれです。

    「平和な社会とは、融和でも、あるいは単に、他の一部の社会を支配することによって暴力がなくなることでもありません。平和が、貧しい人々を黙らせ鎮める社会組織の正当化の口実となるならば、それは偽りの平和も同然です。」(218)

    彼は、ラテンアメリカ、アルゼンチンの現実で生きてきたから、たとえば、軍事政権があって、その力で国内の平和が保たれる、というような平和には「ノー」と言っています。そういう面で私たちとは少し感覚的に違うところもあるでしょう。

    しかし、フランシスコ教皇も平和を願っています。そして、平和のための4つの原理、そこで最初に言うのが「時間は空間にまさる」という原理なのです。

    「空間を優先させることは、現在の時点ですべてを解決しようとする、あるいは、権力と自己主張が及ぶ空間のすべてを我が物にしようとする愚かな行為へと人を導きます。」(223)

    今、この世界を空間的に見るとですね。すると、あそこにはあんな危険な国家がある、あそこにはテロリスト集団がいる、ひどいことをしている、なんとかやめさせよう、ということになり、ではあそこを空爆するしかない、これが空間的発想です。空間だけを見て物事を解決しようとすると、何とか、力を使って悪いことを止めなければ、となる。でも、それは愚かな行為だというのです。

    「時を優先させるということは、空間の支配よりも、行為の着手に従事するものです。」(223)

    今、この瞬間の世界を空間的にみるのでなく、時間の流れ、時のプロセスを大切にする。今すぐには解決できないかもしれないが、それでも今できることを少しずつ、少しずつ、積み重ねていくこと、そのほうが平和のために大切である、と言うことだと思います。

    それがヒントになりました。70年メッセージの草案の中では、「時間は空間にまさる」って書いたのですが、他の司教たちから「それは通じない、なんだかわからない」と言われて削られてしまいました。ですからこの言葉は使いませんでした。しかし、メッセージの中にその考えを取り入れたつもりです。

    メッセージの終わりのほうにこうあります。

    「平和の実現のためには、このような状況を変えること、世界の貧困や環境の問題、格差と排除の問題に取り組むことが不可欠です。わたしたち一人ひとりにも地球規模の問題に対する無関心を乗り越え、自分の生活を変えることが求められています。わたしたちにできることは、すべての問題を一気に解決しようとせずに、忍耐をもって平和と相互理解のための地道な努力を積み重ねることです。」

    これは本当に大切だと思っています。この世界の問題を一気に解決する、魔法のしかたがあるわけじゃないのです。この私たちの今の歩みが平和につながるかどうか、それが問われると思います。

    東京教区の平和旬間委員会で作成した「平和のための祈り2015」も同じ考えです。これは、戦争に反対するという言い方をせずに、平和のために祈ろうと思って、そう考えた祈りです。今読んだメッセージの箇所と内容は同じです。積極的に平和な世界に歩むというのはどういうことなのか、平和な世界の実現のために努力するとはどういうことか? そのことを祈りの中で表そうとしているのが、この「平和のための祈り2015」です。

    そして、この祈りは、昨年までの祈りと違い、「わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」というような結びの言葉を省きました。70年メッセージの終わりにも書かれていますが、わたしたち日本のカトリック教会は小さな存在だから、わたしたちだけで働くのでなく、他の教派、他の宗教、平和を願うすべての人と連帯しながら平和の道を歩もう、と。それが司教団の呼びかけている姿勢です。そのために、この祈りもできるだけ多くの人と一緒に祈ることができるようにと考えました。祈りですから、「神よ」という言葉は使ってあります。しかし、その後は平和を願うすべての人が一緒に願う、祈ることができるようにということで考えてあります。

     

    (5) 結び:平和のためのキリスト者の使命

    最後に、平和のためのわたしたちキリスト信者の使命について、お話しします。

    戦前の教会が戦争に協力してしまったことをお話しました。戦前の教会の指導者、司教や司祭は、戦争に協力したくてしたのではないかもしれません。多くの場合は信者を守るためだったのではないでしょうか。小さな小さなカトリック教会が、日本でただでさえ肩身の狭い思いをしていた。その中で教会が戦争に反対するとどれだけ信者が迫害にあうかということで、信者を守るために戦争に協力せざるをえなかったかもしれません。しかし、結果的にはそれは悪かったと言わざるをえないのです。それがアジア・太平洋地域のものすごい数の人々に大きな被害を与えることに協力したのだから、大きな反省をしなくてはならない。

    しかし、かつてと今で大きく違うのは、戦前の戦争には反戦思想がなかったということです。「戦争そのものが悪だ」という想いがそれほど強くなかったかと思います。でも今、日本のカトリック司教団、多くのキリスト者はみんな戦争そのものが悪であり、絶対に拒否すべきと考えています。その時に、これから先、本当にどんなことがあっても、戦争に対して「ノー」という、そう言い続けることが私たちの大きな使命だと思います。

    祈りによる心の変革。

    わたしたちは、やはり平和をただ人間の力で実現するものというのでなく、平和は神のたまものであって、祈りを通してしか実現しないと知っています。その祈りの中で、わたしたちは平和を願うのです。戦争のない平和な世界を願うのです。わたしたちの心が、憎しみ、暴力、復讐、人を差別する心、排斥する心、そういうものから解放され、本当にキリストの心に結ばれなくてはならない。それも祈りによってしか実現しないことです。

    そして、あくまでも、人間を守るというところに立ち続けることです。どんなことがあっても、「人間を守る」。「命を守る」と言ってもいいです。本当に神さまに造られた、かけがえのない存在である「人間」というものを大切にする。この信仰の確信に基づく態度をわたしたちは取り続けなくてはならない。そのために極端なナショナリズムに対しては、はっきりとノーと言わなくてはならないし、民族差別、国籍による差別に対して、はっきりとノーと言う必要がある。そういう使命を与えられています。

    小さな、小さな教会ですが、それでも、わたしたちは、人権と平和のために神さまから大きな使命を与えられています。神さまはすべての人をご自分の子どもとして大切にしておられる。だとしたら、わたしたちはどんな国の、どんな民族も、お互いに兄弟姉妹として尊重し合う。この信仰の核心を曲げることはできません。

    前にどこかで聞いた瀬戸内寂聴さんの言葉で、「たとえ殺されても戦争に反対する」という言葉がありました。それを聴いたときはそんな状況が間近にあるとは思えませんでした。でも、もしかするとそういう時代に向かおうとしているのかもしれません。そういう面ではすごく怖いです。でも、やっぱり、「たとえ殺されても戦争には反対する」。わたしたち、キリスト信者はそうでありたい。本当にそういう思いで、すべての人の平和と一人ひとりの人間の尊重のために、これからも祈り続け、働き続けたいと思います。皆さん、一緒に歩んでいきましょう。

    それでは、「平和のための祈り2015」をご一緒に唱えて、結びといたします。

     「神よ、戦後70年にあたり、心からの願いをささげます。
     あらゆる差別をなくし、いのちと人権を尊重する社会をつくることができますように。
     国と国、民族と民族が、対話と相互理解の努力を続けることができますように。
     無関心を乗り越え、格差と貧困の問題に取り組むことができますように。
     地球環境を大切にし、すべての生きものと共存することができますように。
     神よ、わたしたちに、武力によらない平和への道を歩ませてください。」

    アーメン。ありがとうございました。