新神学院への期待

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    ・・・「一粒会だより」第54号 2009.7 掲載

    キリシタン時代、小神学校はセミナリオ、大神学校はコレジオと呼ばれていました。コレジオはセミナリオより少し遅れて1581年、豊後府内(今の大分市)で始まりました。その後、迫害の影響などで、山口、島原半島、天草、長崎とその場所を変えています。家康の禁教令により1614年に閉鎖に追い込まれるまで、日本人司祭の養成だけでなく、キリシタン本の出版などの活動が盛んに行なわれました。

    今年の春、東京カトリック神学院と福岡サンスルピス大神学院が合同し、日本カトリック神学院がスタートしました。と言っても、練馬と福岡のキャンパスはそのまま残り、入学後2年間の哲学科生と最終学年(助祭)が東京キャンパスで、途中の神学科1~3年生が福岡キャンパスで養成を受けることになります。いろいろ不安や心配の声も聞こえますが、400年前のコレジオのことを思えば、今回の変化もたいしたことではないのでしょう。むしろわたしは今回の合同に大きな期待を持っています。

    一つは日本の全16教区の神学生が一緒に生活し、学ぶことの効果です。先日、わたしの神学生時代のクラス会がありました。クラス会と言っても、神学院の学年は入れ替わりが激しいので、前後2・3年が一緒になります。2泊3日で、内容は温泉とミニ巡礼、そしてミサ。ふだん違う教区で働いているからこそ、たまに会って一緒の時を過ごし、話したり、励ましあったりできることが貴重なのです。そして、神学生時代の数年間をともに過ごした仲間たちはやはり特別な絆で結ばれていると感じます。お互いの欠点も分かっていますが、同時に信頼できる面、すばらしい面もよく知っています。全国の教区司祭の間にそのような心のつながりが生まれることには大きな意義があると思います。

    もう一つの期待は、東京教区の神学生にとっての新しい体験が始まることです。これまで東京教区の神学生は初年度養成の那須を除けば、ほとんどの期間を東京の神学院で過ごしてきました。那須と言っても関東地方でしたが、これからは、養成期間の半分を遠く離れた福岡で過ごすことになります。東京にいるとどうしても東京中心の発想になりがちなので、そこを離れて日本の宣教を考えることには大きな意味があると思います。東京教区の神学生が、日本全体という視野の中で、特に長崎や九州の伝統に触れながら、力強い宣教者として育ってほしいと願っています。

    それにしても、神学生の志願者がいなければすべては始まりません。皆様、司祭召命のための祈りをよろしくお願いします。