奉納物の製作について・小教区のリーダーの皆さんへ

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2009.8.2
教会学校委員会 

今年も東京教区教会学校委員会が主催する「こどものミサ」が、10月11日(日)午後2時00分から、東京カテドラルにておこなわれます。こどものミサでは、毎年参加される小教区毎に、奉納物を準備していただき、当日のミサで奉納するという形をとっています。

そこで、ミサに参加される小教区の教会学校の皆さんに、「当日持参していただきたいもの(奉納物の製作)についての説明」と、奉納物を作るため、またミサの準備のために、「ミサまでに、ぜひこどもたちと行なっていただきたいカテケージス(教え)」と、「今年のこどものミサのテーマについて」を、以下のようにまとめました。説明の順番が逆になりますが、よろしくご確認いただきたいと思います。

  1. ミサのテーマとテーマについて
  2. ミサまでに行なっていただきたいカテケージス(教え) 
  3. 当日持参していただきたいもの(奉納物の製作)の説明

 

 


 

1.ミサのテーマとテーマについて

今年のこどものミサのテーマは
「あなたは今日、わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23・43)
 -両手いっぱいの愛-
としました。

今年のテーマとなっている聖書の言葉は、ゴルゴダ(されこうべという意味)の丘の十字架の上で、イエスさまが言われた言葉です。イエスさまの両側には二人の犯罪人が十字架につけられていましたが、そのうちの一人に向かって言われた言葉です。一度ルカ23章32~49節をお読みいただいたらよいと思います。

人々はイエスさまを十字架につけると、犯罪人も一人は右に一人は左に十字架につけました。

イエスさまの十字架の周りにはいろいろな人たちがいました。人々はくじを引いてイエスさまの服を分け合いました。民衆は立って見つめていました。

議員たちはあざ笑って言いました。

「他人を救ったのだ。もし神からのメシア(救い主)で選ばれた者なら、自分を救うがよい」

兵士たちもイエスさまに近寄り、侮辱して言いました。

「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ」

十字架にかけられていた犯罪人の一人も、イエスさまをののしって言いました。

「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ」

しかし、もう一人の犯罪人がたしなめて言いました。

「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない」

そして「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言いました。するとイエスさまは言われました。

「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」

 

議員たち、兵士たち、そして犯罪人の一人にとって「救い」とは、この世の困難や苦しみから逃れることでした。つまりこの場合、十字架から降りることです。しかし、イエスさまは十字架から降りませんでした。なぜでしょうか?それはわたしたちを「救う」ためです。

イエスさまの「救い」とはなんでしょうか。それは、わたしたちからすべての恐れを取り除くことです。わたしたちを取り巻く恐れの根本を滅ぼすこと、それがイエスさまの「救い」です。

わたしたちを苦しめる怒りや憎しみ、暴力も争いも、すべてその根底には恐れが潜んでいると言われています。そしてその恐れの根元を突きつめていくと、究極的な根源には「死」があります。人間をすべて無に帰するかに見える「死」、この世の究極の支配者。これがすべての恐れの根源だと言えるでしょう。

しかし、イエスさまはすべての恐れの根源である死を、滅ぼして下さいました。ご自分の死によって滅ぼして下さったのです。天のおん父が、永遠という愛、死に打ち勝つ愛、初めもなく、終わりもないいのちによって人間を愛しておられることを知っておられたイエスさまは、おん父への信頼の中で、進んで死を受け取られました。おん父への信頼の中で十字架につけられ、両手に釘を受けられたのです。おん父が死を超える愛によって、人間をしっかりとつないでくださっていることを知っていたからです。

死によってもけっして断ち切られることのないいのちをいただいていることを、信じていたからです。

けれども、わたしたち人間は、そのように天のおん父を信じることができません。そのことを「罪」といいます。「罪」のためにおん父の愛を信じられないわたしたちは、結局、死がもたらす恐れの支配から抜け出すことができません。イエスさまはそんなわたしたちをあわれみ、そんなわたしたちの罪のために、十字架にかかってくださったのです。わたしたちが、恐れに囚われたままになっているのを許すことがお出来にならなかったのです。その十字架の愛が、わたしたちの恐れの根源をうち滅ぼし、わたしたちを「救って」くださったのです。

もう一人の犯罪人は、そのイエスさまの愛に気付きました。そして、死を超える絆であるイエスさまの愛を知り「あなたの御国においでになる時には、わたしを思い出してください」といいました。彼は死を超えるいのちであるイエスさまに、ただつないでいただきたかったのではないでしょうか。彼、もう一人の犯罪人は、自分の救いの無さに目を向けたのでなく、イエスさまの救いに目を向けました。これこそが「必要なただ一つのこと」(ルカ10・42)でした。

イエスさまは「はっきり言っておくが、あなたは今日、わたしと一緒に楽園にいる」と言われました。死を超える愛であるお方、イエスさまと一緒にいるところ、そこが楽園というところではないでしょうか。そしてそれは死んでからではなく、「今日」、「今」、そしてすでに「この世」において始まっているところです。それが、わたしたちがいつもつながっているようにと招かれているところ、イエスさまと一緒というところなのだと思います。

わたしたちはイエスさまの十字架の愛に気付かないでいます。そして感謝もできないでいるかもしれません。そんなわたしたちが、心からイエスさまに「ごめんなさい」そして「ありがとうございます」をいえるような、そのようなこどものミサの時を迎えたいと、今年のテーマを設定いたしました。

 

 

2.ミサまでに行なっていただきたいカテケージス(教え)

今年のテーマ「あなたは今日、わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23・43)を受けて、当日のミサの福音の箇所はルカ23・32~49としました。そして今年のこどものミサでは、福音を普通に朗読するのではなく、「福音劇」という形で表したいと思います。

そこで、事前に福音の内容に親しんでおいていただくために、リーダーのみなさんに子どもたちといっしょにやっていただきたいことがあります。簡単に以下のようにまとめてみました。

 

1.当日の福音 ルカ23・32~49を子どもたちに読んで聞かせる。

イエスさまの十字架の場面です。リーダーのみなさんが、一度子どもたちの前で声を出して、読んで聞かせてほしいと思います。

もし、すこし大きめの十字架(磔刑像・・・イエスさまがはりつけにされているもの)がありましたら、子どもたちに見せて説明をしたらいいと思います。

 

2.子どもたちに問いかける。

「どうしてイエスさまは十字架から降りなかったのでしょう?」

十字架の下でののしる人々、議員たちも、兵士たちも、十字架にかけられた犯罪人の一人も、「自分(と我々)を救ってみろ」と言いました。それは十字架から降りて、自分(と我々)を救ってみろという意味でした。でも、イエスさまは決して十字架から降りませんでした。「どうして、十字架から降りなかったのでしょう?」

この問いは、子どもたちには難しい問いだと思います。そしてわたしたち大人にも難しい問いです。これが正解と言えるような答えはありません。しかし、ただひとつだけはっきりとしているのは、イエスさまが「降りたかったけれど、降りられなかったのではない」ということです。イエスさまははっきりとしたご自分の意志で、十字架から降りなかったのだと思います。

子どもから答えは出ないかもしれません。またいろいろな答えがでるかもしれません。どの答えにも「そうかもしれないね」と、答えてくれたことを大切にしていただいたらいいと思います。

 

3.リーダーの考えを言う。

「リーダーはこうではないかと思う」という言い方で、お考えを伝えてあげてください。リーダーがこの福音の箇所を読まれて、本当にそう思うということを伝えてくださったらいいと思います。「人間のいのちが死で終わらないことを、身をもって教えてくださるため」、とか、「神さまがいつもみんなといっしょにいてくださる。死んでもいっしょにいてくださる。そのことをわたしたちすべてに伝えるため」とか「わたしたちの心からすべての恐れを追い出すため」とか「わたしたちの苦しみを全部苦しんでくださったから」とか「わたしたちが恐れる時、いつもイエスさまがいっしょにいてくださるため」とか、いろいろな言い方があると思います。テーマについて、を参考にしていただければありがたいです。 

 

4.イエスさまに手紙を書く

 (わたしたちへの愛のため、わたしたちから全ての恐れを取のけるために十字架にかかり、十字架から降りず、十字架の上で死に、復活してくださった)「イエスさまに、お手紙を書こう。」投げかけの言葉はさまざまになると思いますが、こどもたちにイエスさまへの手紙を書かせていただきたいと思います。手紙の内容は、イエスさまへの感謝、質問、疑問、お願い、お祈り、など、さまざまだと思いますが、自由に書かせていただいていいと思います。その時、できればリーダーも一緒に書いていただくと、子どもたちもより一生懸命に取り組むと思います。子どもたちが書いた手紙は、奉納する十字架(後述)の中に入れていただいて、十字架と共に奉納できるようにしていただきたいと思います。

 

 

3.当日持参していただきたいもの(奉納物の製作)の説明

今回の奉納は、小教区(聖堂共同体)ごとに、1.「十字架」と2.「イエスさまへの手紙」を奉納していただきます。十字架と手紙はひとつにまとめて、一人の子どもが運べるようにしていただきます。(いずれも当日持ってきてください)

製作していただく奉納物については、当日のスムーズな進行のため、ある程度の制約をこちらで決めさせていただきました。ご協力のほどよろしくお願いします。

 

1.《十字架》

以下の要領で、各小教区で十字架を作ってください。

◇個数:小教区毎に1個
◇機能:十字架が自立すること(祭壇の前に奉納した際、立てかける場所が ありません。ですので、台座を設けるなどして、もたれることなく立つ十字架にしてください。)
◇大きさ:高さ30センチ以上(あまり小さいと会衆席から見えないため)  台座の奥行き38センチ以下(祭壇の前の階段に置くため38センチは階段の幅です) (ただし子ども一人で持って奉納できる大きさ・重さ以下(厳守))
◇材質:可燃物が望ましいです。  (とくに、当日持ち帰りを希望されない教会の十字架は、教会学校委員会で適切に後処理を行いますので、処理があまり難しくないもので作って頂きますようお願いします。)

 

作り方について

決まった作り方はありませんが、

◇子どもが一人で運べるように、なるべく軽いものでお作りください。段ボールやボール紙などでお作りになれるのではないかと思います。
◇十字架が自立するように、台座等をご工夫ください。なお、台座ではなく、何らかの工夫によって十字架を自立させても構いません。
◇十字架は、後述するイエスさまへの手紙と一体とすることができるよう、あらかじめ配慮して製作していただければと思います。(たとえば、手紙を台座の中に入れたり、また十字架の周りに貼ることができるようにしたりするなど。できあがった「十字架&手紙」は一人のこどもで運べる大きさにしてください)

 

2.《イエスさまへの手紙》

◇子どもたち(一人ひとり)からイエスさまへお手紙を書いてください。 

・ 手紙の紙質,大きさや色などについて、特にきまりはありません。

・ わたしたちのために十字架にかかってくださり、また十字架から降りずにいのちを捧げられたイエスさまへのお手紙を、書いてもらいます。(お手紙の内容については、「2.ミサまでに行なっていただきたいカテケージス(教え)」を参照してください)

 ◇書いた手紙を十字架と一緒にして、一人の子どもで運べるようにしてください。(たとえば、台座の中にいれていただいても、十字架の周りに貼っていただいても、十字架の中に入れていただいても構いません。いずれにしても,十字架と手紙が一体となるようにして下さい)

 

十字架&手紙の奉納

◇「十字架&手紙」はミサの中で奉納します。
・ 各教会1名の代表者(厳守)が、中央通路を通り、祭壇まで進みます。祭壇の前で大司教様にお渡しします。(例年奉納の行列が長くなってしまうので、代表者は必ず1名でお願いします。)
・ 「十字架&手紙」を持ち帰りたい教会は、ミサ当日に会場の受付で申し出て下さい。ミサ後お返しいたします。

 

以上、説明が大変長くなりましたが、よろしくお願いいたします。

ご質問等ございましたら、下記お問い合わせ先までご連絡ください.

 

問い合わせ先:
東京教区 教会学校委員会 担当司祭
稲川圭三神父(カトリック八王子教会 主任司祭)
電話:042-622-1642
fax: 042-627-6490
e-mail: all_saints@nifty.com

 

 


*今年ミサの中で歌われる曲は次の通りです。

 

ミサの曲 

入祭:「大きな愛に」

アレルヤ:「アレルヤ心を開き」

奉納:「ガリラヤの風かおる丘で」「両手いっぱいの愛」

感謝:「感謝の賛歌」上村さん作曲

平和:「キリストの平和」を3回繰り返して歌う。

拝領:「あの空はどうして青い」「神さまのぬくもりのしるし」「フレンズ」

閉祭:「アーメンハレルヤ」

 

※入祭の歌「大きな愛に」、奉納の歌「両手いっぱいの愛」と、拝領の歌「神さまのぬくもりのしるし」の楽譜を送付しました。事前に練習していただけたら幸いです。(当日ミサ前にみんなで練習します)

*参加確認ハガキの内容の覚えです。ご確認下さい。

 

 


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