主の降誕(夜半のミサ)説教

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2015年12月24日17時 東京カテドラルにて

[聖書朗読箇所]

説教

キリスト教徒が主・救い主と信じるイエス・キリストはローマ皇帝アウグストゥスのとき、ローマ帝国の辺境の地、ユダヤのベツレヘムで生まれました。母の名はマリア、父の名はヨセフです。貧しい彼らは生まれた幼子を馬小屋の飼い葉桶に寝かさねければなりませんでした。

今読まれたルカの福音はこの貧しい馬小屋で生まれた幼子がユダヤ人の待ち望んでいた王であるメシア=キリストである、と告げています。

きょう第二朗読では「すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました」(テトス2・11)と言っています。

イエスはすべての人々に救いをもたらすために来ました。イエスはすべての人のメシア=キリストであります。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」(イザヤ9・1)

イエス・キリストはイザヤが言う「光」としてわたくしたちのところに来たのです。キリストは闇に輝く光です。

2015年の暮れようとしています。今年もいろいろな事件がありました。悲惨で残酷な出来事、心を暗くする数々の犯罪や現象・・・皆さんの個人としての一年はいかがでしたか。どこに光があるか、という思いがおありかもしれません。

暗い出来事がわたしたちの目を覆っています。しかし、神を信じる者には闇の中に光が輝いているのです。わたしたちの心には光が注がれています。この世界の中にももちろん、光が差しているのです。

その光は普通にしていてはなかなか見えない光です。心を澄まし、静かにしないと見えません。

ひとまず日々の心配や仕事のこと、自分の問題をどこかにしまって、心静かに光のほうへ心を向けましょう。わたしたちは日ごろ自分の問題で心が覆われてしまいがちです。日ごろわたしたちの心はさまざまなこの世に思い煩いで乱されています。

「飼い葉桶に寝かされている乳飲み子」を前にしながら、信仰のうちにわたしたちの人生を神へ委ね、思慮と勇気をもって歩んでまいりましょう。幼子イエスのようにすべてを神にゆだね、思慮深く、正しく、敬虔に生活するよう心がけましょう。

神はいつも皆さんとともにいてくださいます。

カトリック教会では今年の12月8日から『いつくしみの特別聖年』という年に入りました。神のいつくしみをより深く思い、いつくしみの光に照らされて新しい人となり、神のいつくしみを実行し、伝えることができますよう祈ります。

心を開いて光である主キリストを受け入れ、日々新しい人に生まれ変わることができますように。

アーメン。