チェレスティーノ・カヴァニヤ神父通夜の祈り・説教要旨

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2014年4月20日18時 立川教会にて

「神はすべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。」(テモテ一2・4)

またイエスは言われました。「わたしは道である、真理であり、命である。わたしを通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14・6)

チェレスティーノ・カヴァニヤ神父の出身地は北イタリヤのベルガモの近くのボナーテというところです。ボナーテの住民は皆カトリック信者で、チェレスティーノ神父のご両親や家族の皆さんも熱心な信者です。チェレスティーノ神父も幼い時から教会に通いミサの侍者をしていたそうです。

まだ子どもであったチェレスティーノの心に司祭になりたいという望みが生れたのは熱心な宣教者の影響によると、本人から聞きました。

ミラノ外国宣教会に入会したチェレスティーノ神父はわずか23歳で司祭に叙階されました。78年に来日、日本語の勉強のあと佐賀県の鹿島に派遣されました。彼はよく「肥前鹿島」の教会時代の思い出を話していました。

その後山梨県の教会を担当し、また同時に東京の仏教の大学(駒澤大学)で仏教を勉強し、日本語で修士論文を書きました。

1990年より10年間、東京の府中教会主任司祭、2000年より11年まで教区本部、そして11年より立川教会へ赴任しました。

東京教区では24年間、福音宣教のために働きました。

彼の関心は日本における福音宣教にありました。イエス・キリストの福音を現代の日本の文化と社会のなかでいかに宣(の)べ伝えるのか、という課題がチェレスティーノ神父の最大の課題であったと思います。

とはいえ11年間も事務局長として、教区本部の仕事に没頭しなければなりませんでした。わたしはほぼ11年、彼と一緒に生活し、彼に助けられて大司教の仕事をしてきました。それは苦労の多い、ストレスの伴う任務でありました。

「道、真理、命」であるイエスをどのように、どのような表現で、どのような方法で、人々に表し伝えるのか、という課題をわたしたちは持っています。

現代の荒れ野とも言える東京という街の立川教会で、やっと、幼児より望んできた福音宣教に専念できる状況を迎えたばかりなのに、神はチェレさんをお召しになりました。悲しいことです。

今日はチェレさんの働きに心からの感謝をおささげし、永久の安息をお祈りいたします。