朗読奉仕者選任式ミサ説教

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2014年2月23日 年間第7主日 東京カテドラル

[聖書朗読箇所]

候補者
ミカエル 泉 雄生(ゆう)
パウロ  野口邦大(くにひろ)

 

説教

「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」(マタイ5・44-45)

イエスは敵への愛を説き、敵への愛を自ら実行し、十字架の上で敵のために祈りながら生涯を終えました。

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているか知らないのです。」(ルカ23・34)

今日の第一朗読レビ記で次にように言われています。

「心の中で兄弟を憎んではならない。・・・復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」(レビ19・17-18)

わたしたち人間は自分に害を与えるものに対して憎しみを持ち、恨みを抱きいてしまいます。敵を愛するということは難しいとわたしたちは感じます。

仏教で言う、四苦八苦の中に「怨憎会苦(おんぞうえく)」という苦しみがあります。これは、「怨み憎む相手と会わなければならない苦しみ」という意味です。人を憎み怨んでいる状態も苦しみです。そのような苦しみからわたしたちは解放されなければなりません。解放を求めて聖霊の助けを祈りましょう。

ところで「愛すること」は必ずしも「好きになること」ではありません。「敵を好きになりなさい」とイエスが言っているわけではないのです。普通の人間にとって「敵」とは言わないまでも誰か好きになれない,嫌な人がいるものです。それは仕方がないことですが、イエスが言われたのは、「自分を迫害する者のために祈りなさい」です。敵のために祈るとは、敵を呪う、のではなく祝福を願うこと、神の恵みを願うこと、相手のために善を願うこと、そして相手のために善を行うことです。

なぜそうするのか、と言えばそれは、わたしたちが「天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるから」(5・45)です。

使徒パウロも説いています。「誰に対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。」(ロ-マ12・17)「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」(ローマ12・21)

聖書は一貫して、誰に対しても悪意を抱かず善を願い、善を行うよう教えています。

愛とは誰に対しても、敵と思われる人にも、同じ人間としてのつながりを認めることではないでしょうか。

わたしたちはみな、罪人であり、欠点を持ち、過ちを犯します。お互いまず謙遜に、ありのままの自分自身の欠点、弱さを認めたいものです。

神はこのようなわたしたち罪人を愛し、受け入れ、罪を赦してくださるのです。欠点があってもかけがえのないものとして大切にしてくださいます。

「罪を憎んで人を憎まず」と言います。神は罪を退けますが、罪人を愛し、罪を赦します。

わたしたちの戦いの相手は、実は自分に害を与える敵ではなく、むしろ、「罪」という悪、罪を犯させる悪の力です。

主の祈りは

「わたしたちを誘惑に陥らせず、悪からお守りください」

という祈りで結ばれます。この悪は「悪の力、悪霊」と考えることも出来ます。わたしたちは悪からの攻撃にさらされています。すべての悪からわたしたちを救ってくださるよう、謙遜な心で信頼をこめて祈りましょう。

きょう朗読奉仕者選任式を受けるお二人は特に今日のイエスの言葉を深く心に刻んでいただきたいと思います。