教区の歴史

教区の歴史

使徒ヨハネ粕谷甲一神父・ネラン・ジョルジュ神父納骨式ミサ説教

2011年05月28日

2011年5月28日 カトリック府中墓地にて

 

第一朗読 使徒たちの宣教(使徒言行録16・1-10)

福音朗読 ヨハネによる福音(ヨハネ15・18-21)

 

今日はお二人の東京教区司祭、使徒ヨハネ 粕谷甲一神父様と、ジョルジュ・ネラン神父様の納骨式を行います。

粕谷神父様2月9日に亡くなられました。ネラン神父様は3月20日です。お二人の帰天の日の間にはおよそ40日がありますが、この間に3月11日が含まれています。この日、東日本大震災が起こりました。いまわたしたちは大きな悲しみと不安のなかでこの災害と戦っています。粕谷神父様は震災の前に帰天されましたが、ネラン神父様は震災を病院で体験しています。機会があればお二人に、震災についてどう思うか、お聞きしたかったと思います。

粕谷神父様の経歴を見ると、司祭としての活動の場は、主として教区・小教区の外にありました。それは真生会館の館長をしながら学生の指導を通して福音宣教することであり、開発途上国の人々、あるいは避難民を救援し支援することでありました。ネラン神父様の活動も、大学、真生会館、サラリーマンが集う酒屋(バー)などで、やはり小教区・教区という教会組織の外でありました。ネラン神父様はかねがね、「日本の教会には司牧はあっても宣教はない」と厳しく批判していました。

こうしてお二人の経歴を振り返ってみるとは具体的な働きの場として共通のところがあります。それは「真生会館」です。学生時代に真生会館で指導を受けてから司祭の道に入った者の一人としてお二人の生涯を、感謝を持って思い起こします。そしてさらに、お二人がわたしたちに残してくださった生き方に学びながら、これからの日本の教会のあり方を真摯に追求していきたいと考えております 。

東日本大震災に際して教皇様はご自分の代理として、教皇庁開発援助促進評議会議長ロベール・サラ枢機卿様を派遣されました。サラ枢機卿様は仙台教区訪問の感想を問われて少数者である日本のカトリック信者のあり方に言及されました。「たとえ人数が少なくともそれは問題ではない。大切なのはいまの日本の社会でキリストの愛を実践することだ。愛は巌をも砕く力をもっている。」

そのためにはわたしたちのなかでの連帯・協働(力をあわせて働く)・一致が大切です。

主イエスは言われました。「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。」(ヨハネ15・12)

わたしたちカトリック教会は内輪の問題のために多大のエネルギーを消費しています。足元をしっかり見つめなければならないことは確かですが、あまりにも内輪の問題に拘泥(こうでい)すると外に向かうエネルギーが枯渇します。

いまは互いに忍耐し受け入れあい、力をあわせて日本列島の住民のためにわたしたちの力を合わせるときではないでしょうか。

「無縁社会」といわれた日本の社会を大震災が直撃しました。いまこそひとり一人の人が大切にされる社会、人と人とのつながり大切にされる人々のありようを追求するときです。それはもしかして、過激な発言と行動を伴うことかもしれません。この世の常識、あるいはいまの社会の価値観に反することになるかもしれません。イエスは言われました。

「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたは世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だがあなたがたは世に属していない。わたしがあなた方がたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。」(ヨハネ15・1819)

世から受け入れられないことを覚悟しての思い切った福音宣教(福音化)が求められています。

お二人の遺志を大切にしながら、日本社会の福音化に励んでまいりましょう。