教区の歴史

教区の歴史

聖香油のミサ説教

2008年03月20日

2008年3月20日 東京カテドラル聖マリア大聖堂にて

 

「主の霊がわたしの上におられる。

貧しい人に福音を告げ知らせるために、

主がわたしに油を注がれたからである。

主がわたしを遣わされたのは、

捕らわれている人に解放を、

目の見えない人に視力の回復を告げ、

圧迫されている人を自由にし、

主の恵みの年を告げるためである。」

 

毎年、聖香油のミサではこの箇所が読まれます。ルカ福音書に引用されているイザヤの預言のことばです。(ルカ4.18‐19)

2008年の東京教区の神の民に向けて告げられるこのみことばはどんな意味を持っているのでしょうか?どんなメッセージを持っているのでしょうか?いまの時代、この世界で「捕らわれている人、目の見えない人、圧迫されている人...」とは誰のことでしょうか?どんな人のことでしょうか?

主の霊を受けてわたしたちは、東京という大都市、その近くに住む人々へ、よい便りを告げ知らせ、解放、回復、自由をもたらすために派遣されています。 

2008年6月28日よりパウロ年が始まります。パウロはローマの信徒への手紙など多くの教えを新約聖書に残してくれました。わたしはパウロの年にあたり、特にパウロの手紙を読みながら、この課題、つまり「解放、回復、自由とは何か」をパウロから学びたい。皆様にも是非そうするようお勧めします。

パウロはその熱烈な信仰の証しを、殉教という冠によって完結させました。殉教とは信仰のあかしです。実に、わたしたちの教会は使徒ペトロ・パウロをはじめとする殉教者の教会です。そして日本の教会も殉教者の教会であります。 

日本は多くの殉教者を出しました。その殉教者の中からペトロ岐部と187人の殉教者が、日本の教会の歴史上初めて日本で列福されます。(長崎 2008年11月24日)188人の中で司祭は4人、修道士は1人だけで、残りの183人はすべて日本人の信徒です。この人たちはいのちを捧げて信仰を証ししました。この信徒の堅固な信仰は現代を生きるわたしたちにとって大きな励ましであります。現在は火あぶりなどで処刑されるという殉教はないでしょう。しかし、もともと殉教とは「あかし」ということであり、現代においても信仰のあかしという意味での殉教がなければなりません。現代社会を生きる信徒が力強く信仰をあかしすることは何よりの宣教であります。 

先日2月3日、わたしは潮見教会で「エリザベス北原怜子 帰天50周年記念ミサ」を捧げました。そのとき外側志津子さんという方の「記念講演」があり、わたしも拝聴いたしました。講師の外側志津子さんは28歳で帰天された北原さんの最後の6年を共に生きた方です。わたしは外側志津子さんの話を聞いて、大変感動いたしました。

敗戦後の日本は貧しい人々でいっぱいでした。北原さんは「蟻の町」の中の三畳のバラックに住み、病気に苦しみながら、最後まで貧しい人と共に過ごし、愛によって、自分のすべてを神に捧げ、愛の「証し」を全うした方です。北原さんは自分で事業をおこしたとか、何か特別なことをしたわけではありません。彼女の日々の生き方が信仰のあかしでありました。

彼女は笑顔の人でありました。いつも笑顔で、自分の部屋の窓から人々へ優しく声をかけ、人々の励まし、癒し、助けとなっていました。北原さんは「常に笑顔と優しさを忘れずに自分の信念を貫いた」と外側志津子さんは証言しています。北原さんは病と闘いながら、貧しさのなかで祈り、共に生き、28歳で亡くなるまで、「蟻の町」に留まりました。この生き方の中に豊かな聖霊の賜物が見られます。 

この50年間、日本は焼け野原の中から立ち上がり大きな経済発展を遂げました。しかし、それと引き換えに失ったものも少なくはありません。それは例えば、人へのいたわりと優しさ、暖かい心のふれあい、隣近所との細やかな助け合い、貧しくとも心豊かな暮らし方、自然との豊かな交わりとかかわり、神・仏を敬い畏れる心...といったことなどです。 

現代は競争と管理の社会です。大人も子どもも忙しく追い立てられるように時間を過ごし、強いストレスを強いられています。わたしたちは自分の欲望に振り回され、また同時に社会の巨大な圧力に苦しめられています。人々は、真実が見えない状態、いわば「無明」(むみょう)の中にあり、光の届かない闇の中にいます。教会の使命は、その闇を照らす光となり、人々の歩みを導く灯火となることであります。経済的には富んでいても、精神的に貧しく、心が傷ついている人が多い現代において、北原さんのような純粋・明朗・率直な信仰のあかしが特に貴重であると思います。キリストの光がわたしたちの心を照らしてくださいますように、わたしたちが、キリストの光のしるしとなって歩むことができますように祈りましょう。