晃華学園中学校高等学校 新校舎落成感謝ミサ説教

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2008年1月12日 晃華学園にて

 

聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 1.26-29
福音朗読 ヨハネ15.11-17

 

晃華学園中学校高等学校新校舎落成、おめでとうございます。

晃華学園はカトリックの学校であります。そこでカトリック教会のわたくしが落成式に出席することになりました。カトリックは宗教です。宗教とは人生の意味を教えるものです。わたしたちの人生にはどんな意味があるのでしょうか。人はどこから来てどこへ行くのでしょうか。何のために人は生きるのでしょうか。すべて宗教はこの問いに答えるものだと思います。 

カトリック教会はこの問いに次のように答えます。

「神はご自分の幸せにあずからせるためにわたしたち人間をお造りになった。神は人間がご自分を求め、知り、愛するように人間を助け導いておられる。」

人は幸せになるために生まれてきたのであり、そのために生きているのです。そのためには神の導きに従わなければなりません。神の御心はイエスが言われたように、「わたしがあなた方を愛したようにあなたがたも互いに愛し合いなさい」ということです。神を愛するものは兄弟を愛するはずです。「目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」(ヨハネの手紙一 4.20)。 

人を愛するというのは人を大切にすることです。大切にするというのはその人によいこと、正しいこと、幸せになることを望み、そのために力を尽くすことです。人を愛するとは、その人の望みどおりにすることではないし、人を甘やかすことではないし、間違いをよしとすることでもありません。是々非々、よいことはよい、悪いことは悪いです。 

旧約聖書に出てくる神はイスラエルの民が約束をたがえ、偶像崇拝に陥ったことに激しく怒ります。しかし、他方彼らをゆるし、贖い、救おうとされます。間違いは間違いとしながら、ゆるし受け入れるのです。ゆるしには痛みが伴います。新約聖書では痛みは十字架の愛として啓示されました。イエスの弟子たちもイエスを裏切り見捨てました。イエスは十字架に架けられます。復活したイエスはペトロをはじめとする弟子たちに現れ、「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ20.19)と言って弟子たちへのゆるしを宣言します。神の愛はゆるす愛です。ゆるすということはその人をなくてはならない大切な人であると認めている、ということに他なりません。 

互いにゆるし大切にし合う、ということはすべての人が守り実行すべき掟です。わたしたち人類は同じ神によって造られた神の家族です。国籍が違います、文化が違います、民族、宗教、立場が違います。しかし、その違いを尊重しながら、わたしたち人類は皆同じ人間として尊敬し合い、共に平和のために働かなければなりません。そしてもう一つ大切なことがあります。わたしたち人類はお互いに大切にし合うだけではなく、自分の住みかであるこの地球をも大切にしなければならないということです。これは正月元旦の教皇ベネディクト16世の平和メッセージの教えであります。わたしたちは神の創造の作品であるこの自然のおかげで生きているのです。人類は自然との和解と調和、ふさわしい関係の中ではじめて神の国の完成に奉仕し、神の幸福に与る者となります。人を愛する人は自然をも愛するはずです。このようにして神から愛されていることを信じるわたしたちは、互いに愛し合い、神の造られたこの世界と環境を大切にします。そして神のうちに真の自分自身を見出し、神の至福に与るのです。 

晃華学園の皆様には、広い心で人類の幸福と平和のために働いていただきたい、そのためのよき準備を、このカトリック学校である晃華学園でしていただきたいと心から願っています。