教区集会記録

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この記録は教区集会の録音テープを起こして、少し直したものです。

参加者:  

岡田大司教

プロジェクトチーム: 岩橋神父(関口教会)、幸田神父(西千葉教会)、辻神父(立川教会)

司会: 寺西神父(小岩教会)、森山神父(吉祥寺教会)、

チェレスティーノ神父(事務局長)

記録: 江部神父(事務局)

教会代表者: 

地域 司祭 女性信徒 男性信徒 合計
中央 8 11 19 38
城東 6 10 23 39
城西 5 16 25 46
城南 7 11 25 43
城北 6 20 25 51
武蔵野 6 12 16 34
多摩 5 9 24 38
総武 3 13 20 36
千葉 7 20 30 57
合計 53 122 207 382

 

その他、自由参加: 50名位

ボランティアー (受付、交通整理、場内整理): 25名

 

1.はじめに

 

(1)教区集会開会宣言(事務局長)

(2)教区集会開催の挨拶(岡田大司教)

(3)司会・進行の紹介

(4)プロジェクトチーム司祭の紹介

 

2.祈りと聖歌

 

3.第一部

 

(1)質問用紙と質問の説明

 

(2)岡田大司教の説明

 

▼教区集会を開催するにあたって

とまどいがおありと思う。急なことであり、その主旨がよくおわかりいただけなかったのも無理がないと思う。メッセージは「新しい一歩」という題名。→主旨、気持ちをできるだけおわかりいただけるよう務めたい。きょうはその第一歩である。第一歩にすぎない。第一歩を踏み出さなければ始まらない、成し遂げられない。これから時間をかけて一緒に取り組んでいきたい私たちの共同作業の出発とご理解ください。

短い時間に、皆さんのご意見、ご感想、ご提案をおくってくださいました。心から御礼申し上げます。

 

▼きょうはその第一幕、序幕。皆さまの声をうかがいながら、これからの作業をおこないたい。

 

▼「新しい一歩」p.8《事務局からのお知らせ》、がこれからの予定を述べている。

各地域協力体でお話しくださいとお願いした。地域協力体や信者の共同体にこちらから出向いて行きたい。その前に小教区の代表者に直接お話するのがよいのではないか、という神父様方の、司祭評議会の意見をうかがい、急遽教区集会を招集した。きょう皆さんに私たちの話を聞いていただき、皆さんも他の教会の皆さんの意見を聞いていただいてお帰りいただく。教会に持ち帰り、8ページの問いかけをお考えいただき、いろいろな機会に相談いただき、その結果を地域協力体単位でとりまとめて私どもに提出していただきたい。きょうから約半年間。それは第1段階。さらに第2段階、第3段階に進みたいと希望している。

 

▼プロジェクトチームと信徒の皆さんの参加

 

▼浦野師(休暇中)。このたび新たに3人の司祭をお願いした(紹介)。3人の司祭は9月から加わっていただく。

 

▼なぜ信徒が入っていないのか。「私たちの声を聞いてください、私たちも入りたい」たいへんありがたいこと。→いま、司教と司祭でやっている。どういう形で協力いただくのか、ということを大きな課題として考えていきたい。出だしは司教と司祭であるが、きょうから信徒といっしょにやっていくプログラムを考えていきたい。

 

▼「新しい一歩」

一生懸命書いたが、うまく伝えられない。論旨が明確でない。しかし、一生懸命書いて伝えた。→東京教区のメッセージというより、私のメッセージである。私が昨年東京教区に就任して以来、自分に課せられている使命・役割をずっと考えてきた。そのような私の考え、気持ち、思いをまず皆様に披瀝しお伝えし、皆さんのご意見をお聞きし、ご協力をお願いしたい、というこちらの立場からのものである。皆さんにご協力をお願いしたが、自分の立場から書いている。当然のことだが、そのまま伝わるかどうか、立場の違いがある以上、意識の違い、この問題についての思い、温度差があるのは当然。一方的に皆さんに強制、命令することを毛頭考えていない。「私はこういう問題を持っている。私はこうしたいのです」を皆さんに話し、ご意見を聞きたい。そういうものです。

本日のことは、東京教区の歩みの中で次第に明確になってきたものである。(資料参照)

 

(資料の説明)。 いままでの歩み(資料)、急に出てきたことではない。日本の司教協議会の歩み、東京教区の歩みの中で出てきた、クローズアップされてきたものであることをご理解いただきたい。(プリントの説明)。白柳枢機卿様、森司教様お2人が精根込めて打ち込んでこられた東京教区の司牧、ご指導。その中で、特におこころを用いられたのが、この小教区の問題である。おふたりの司教様の意向をくんで、その思いをいただいて今回このようなメッセージをお送りした。

 

▼多くの方々からいろいろなご意見ご感想をいただいた。

 

▼理念:どういう理念にもとづいているのか、どういう方針なのか。もっと明確にしてほしい。ごもっともな指摘。理念とは何を指しているのか。明確でないという指摘はしっかりと受け止めていきたい。

 

▼私は、「新しい一歩」で、《東京教区の責任者として》、というところで、自分としてはどういう決意を持って東京教区の司教の努めを果たしていくか、ということを表明した。自分の旗印として、進んでいきたい。

 

▼p.4~5 ・ →この思いをどういうふうに具体化していったらいいか。→なすべきことはたくさんあるが、東京教区の今までの歩み、前任者のことがあるが、小教区の問題を一緒に取り組んでいくことが、教会をそのように変革していくのに緊急であると認識した。より開かれた共同体、互いに助け合い、宣教に励むことができる態勢に変えていきたい。いままで小教区は宣教を担ってきたと思う。しかし、小教区という制度はどちらかというと守りの姿勢、司牧の態勢、積極的に外に向かってイエスを宣教し、証しする態勢としては弱かったのではないか。そのような思いを持って、これから私たちの教会を新たにしていきたい。

 

▼多くの方々、多くの教会からご意見をいただいた。多岐にわたる意見、様々な意見をいただいた。すべて拝見し、ありがたく受け取らせていただいた。たいへん激励してくださるお手紙もある。大賛成である、しっかりやってください応援しますというご意見もある。どちらかというと冷たい反応、何をやってもあまりたいしたことはないという反応も「新しい一歩」が最後の一歩にならないようにという、忠告?もある。この機会にわたしに伝えたい、訴えたいということを書いている。→今回の集会の主旨にはずれることもある、無視することは考えていない。きょうの集会で取り上げることはしないが、そのようなご意見を持っている方がいらっしゃるということを受け止めたい。

 

▼寄せられた質問・意見に対する答えの形での話、説明

 

●「新しい一歩」の・→8項目に分けて書いた。整理した。→そこに書いてあることはそうだが、それは司祭の問題ではないか。司祭の資質、司祭が自分でしっかりやっていただくことなので、どこか変えればどうなる、というものでもない、という意見もある。司祭の、司教の問題であるが、限りある人間。→それでも自分の限界や弱さを認め、それを前提としてそれを乗り越えるために、どこをどう変えたらいいか、ということをお聞きしたい。私たちもそう思っている。

 

●召命促進をしっかりやれ、司祭が高齢化し、足りなくなった。→だからこうなった。そのためには(召命)。司祭の養成が先決ではないか。それはそのとおりごもっともだがそれをやりながら、今の状態をよくしたい。そして今の小教区のありかたは一朝一夕になったのではない。日本の社会の変動、歴史の中で一生懸命やってきたが、小教区本来の姿在り方と離れていることもまちがいない。

 

●司祭の人事異動に関する困難:それも司祭の問題なのだが、司教も司祭も限界はある限られた条件のなかで悪戦苦闘している。皆さんのご理解・ご協力をいただき、宣教司牧に立ち向かっていきたい。

 

●信徒の意見を重視し、を登用する。→どういうように信徒の役割を位置づけるのか。司教、司祭、信徒、修道者の方々と同じ教会を構成し、役割を担っていくのかを考えていきたい。これからの私たちの課題。

 

●取り組み方が性急ではないか。もっと腰を落ち着けてやったらどうか。→そのとおりだが、よく伝わっていない面も。第一歩を踏み出すわけである。これから時間をかけて問題・課題を整理し、その問題別に取り組んでいく。詳細なプログラムはこれから。性急にならないように気をつけたい。

 

●司祭の間の協力と言われるが、大丈夫か。→言われるまでもなく、司祭はたいへんなことだと思っている。教会はイエスが12使徒を任命し、力をあわせてやるようにと言われた。できないからやらないというわけにはいかない。困難でもやる。一律に、司祭が皆同じ向きを向く、同じことをするというのではない。我々一人ひとり、自分のいただいた能力や特色を生かし、互いに認めあい助け合っていけるような、教会の在り方を追求していきたい。司祭は小教区だけでなく、いろいろな仕事もしなければならない。守りの仕事もあるが、攻めの仕事もある。教区レベルでなすべきこと、あるいは日本の教会のための仕事、他の教区と力を合わせてする仕事、司教協議会、神学校の仕事もある。司祭団の協力こそ今回の課の一番大切なポイントであると考えている。

 

●修道会担当教会と教区担当の教会とのこと。→よく話し合ってほしい。会計・人事等いろいろな課題がある。しっかり、大丈夫か、と。これをやらなければ、我々の明日はない。修道会・宣教会の代表とは、先日私から主旨を話し、協力を要請した。

 

●世話人司祭:今の地域協力体を分割し3~4の共同体を一つのグループに再編成するという構想を申し上げた。仮に世話人と呼んでいるが、どういうものか、どういう役割かどういう権限か、その中身を明確にしなければならない。現在、主任司祭に与えられている権限(婚姻等)はどうなるのか等、何も決めていない。世話人司祭に対する司牧上の権限をどうするか。本来司教がなすべきことを司祭に委託しているのが、小教区の主任司祭の権限である。改めて、だれが何をしたらいいのか、ということをよく見ていかなければならない。皆さんにご不自由をかけないよう、今まで以上によく奉仕できるような態勢にしたい。司祭でなければできないことに専念していただきたい。信徒ができることはします、と。信徒・司祭・修道者のチームを作ってその協力体のなかで、まとまりのある教会の活動ができるようにしたいと望んでいる。

 

●教会における女性の参画を重視してください。いろいろなことをする用意がある声をかけてくださいと言ってくださっていることに心をとめたい。

 

●この再編成の具体的な案の提示もある。

 

●これからの進め方:こころのこもったていねいな助言もいただいた。段階的にゆるやかな移行をすすめたほうがいいのではないか。当初ゆるやかな連携、連合。助け合うことから初めて、今後の司祭の人事とにらみ合わせながら、少しずつ教会と教会の結びつきを進めていった方がいい。もう一つは、モデルケースを作って、それをよく見た上で全体におよぼしていったらいい、というご意見も。

 

●再編成を機会に、財務・財政、会計のルールを確立し、互いに共通のルールに則って円滑に教会の財務を運営するようにしたらどうかという意見も。

 

●その他、今回の小教区の再編成とは直接関係ないかもしれないが、いろいろな建設的な提案もいただいている。

 

>こころの悩みに答える、相談を受ける人を養成するコースをつくったらどうか。

>司祭・信徒が一緒に学ぶ宣教神学校のようなもの。

>アジアの視点を大切にし、アジアの国々との交流の中で、教会としての成長を。

>終身助祭を登用したらどうか。

>祈り グループで。もっと祈りを。

>「宣教」、人々を宣教に向けて派遣する、宣教を真剣に。

>教会建築のこと。再編成のなかで新築・改築等どうしたらいいか。教区全体として宣教司牧計画のなかで調和のある教会の在り方をいっしょに考えていきたい。

 

●皆さんからお聞きしたご意見を踏まえて、よく伝わっていないと考えた点を説明した

私ばかりでなく、プロジェクトチームの神父から補足をしていただければ。

 

(2)プロジェクトチームの補足(特になし)

 

(3)質問のしかた(説明略)

 

●質問用紙を整理する。この場で司教から説明していただいたほうがよい質問に答える。他はプロジェクトチームに渡し、考えていただく。

 

●用紙に書いていただいた方に質問の主旨を説明できるようにしていただく。

 

〔休憩を延長し、15:10から第二部を始める〕

〔トイレの説明〕

 

 

4.第二部 15:13~

 

(1)質問と説明

 

Q)永島(清瀬)

きょう、我々に何を呼びかけたいのか。(質問用紙)

概略概要は、様々な意見を集約し、ご紹介いただいた、という部分がその範疇に納まっていたのではないかと思う。もう少し具体的にどうお考えなのか、お話の中で「方針」というおことばがあったが、少なくともこういう方向性で進みたい、ということをもう少し具体的にお話いただきたい。そのことによって私たち信徒がどうすればよいのかということも、改めて私たち自身のこととして考えやすい。

 

A)大司教 

こころのこもった、詳しいご意見をいただいている。「もっと具体的に」、ということですが、具体的にということの中に何が入るがわかりにくいが。わたしが(皆さんに)お聞きしているのは、わたしが感じている問題について「どう思いますか」「わかりますか」、「あなたはそうだけれども我々は違うのだ」、ということをまず聞きたい。次に、東京教区の立場で今話している。でもこれは東京教区だけでは解決できないこともあるし、隣接の教会との関係も非常に重要である。

 

(他の方も)小教区の再編成よりも教区の再編成のほうが重要ではないか、とのご意見もある。それもごもっともだが、教区の再編成は東京教区の問題ではない。東京教区も努力して取り組むべきことだ。今回は小教区の問題に絞りたい。小教区のことをやれば教区の再編成につながるだろうということはいえる。教区については、1987年第1回ナイスのときに、今の教会の制度についての提案があり、その中に2つの画期的提案があった。教区の再編成と小教区の再編成があった。小教区については各教区で取り組むことだ。教区については一つの教区だけではどうにもならなくて、司教団がプロジェクトチームをつくって取り組むことになった。森司教様・島本司教様が中心になってチームが作られた。司祭や信徒の方に協力を呼びかけた。私もメンバーの1人になった。4~5年かかって、冊子の形で答申された。その中に3つの選択肢があった。

・日本全体を3つの管区に統一する。

・管区のなかで協力(財政・人材面)する。

・今の枠組みのなかでできるだけの努力をする。司教たちは第二の、管区のなかでできることから進めるということを採択した。3つの管区(管区の説明略)。管区会議を開いている。今までの具体的実りとしては、東京管区にきている外国の信徒を協力してどのように司牧していくか(手引き書→外国人と日本人をどうして区別するのか。差別ではないのか。小教区における秘跡の授与の見直し等が行われた)。まだ途上にある。教区の再編成はその段階で取り組んでいる(足踏みしている)。

 

東京教区の責任者として、「こういうふうに変えていきたい」といっている。今の小教区をより宣教に開かれた在り方としてに再編成したい。今すでに存在している地域協力体を基盤に、私たちの在り方をもう一度見直す新しい宣教チームを作るべく、そこに向かって、皆さん一緒にやっていきましょう。どういうふうにするかはこれから皆さんにと相談し具体的なことを決めていく。今はそれ以上詳しいことは申し上げられない。

 

Q)水谷(木更津)

8項目の問題、課題が再編成によってどの程度解決されるのか。

 

 

Q)中野(西千葉)

理念は十分理解した。しかし、具体的なメリット・デメリットがイメージできないので、具体例をあげて説明してほしい。

 

A)幸田(プロジェクトチーム)

「新しい一歩」の2ページ3ページにある、問題と課題が8つある。それに対して、5ページ・の再編成がある。再編成をすると、1~8の問題が解決されるはず。だけどほんとに解決されるのか。逆にデメリットもあるのではないかということだと思う。根本的には、一番私がわかっていただきたいことは、このままでは私たちの教会はどうにもならない、ということ。これがなかなかわかってもらえない。私は千葉で働いているが、千葉の人と東京の人と随分温度差がある。教区が担当している教会と修道会が担当している教会とでも温度差があると思うし、年代によっても危機感に差がある。もしかしたら司祭の間でも。それで、とにかくもうこのまま、今のままやっていくと、どうしようもなく、今30代~40代の司祭はこの先とんでもない目にあってしまう。放っておけば、一人でいくつもの教会を担当することになって、ただただ司祭は死んでいく倒れていくというふうに本気で考えている。そういうなかで何かしなければいけないというのが、再編成の一つのポイントだと思っている。

もう一つ。問題と課題の8番がすごく大切なポイント。小教区の再編成だけではなくて教区が教区としてこの社会の中でキリストの証し人として生きていく。そのための活動を充実させよう。今現在一番はっきりした活動をしているのはCTIC。それ以外に、東京教区としての活動を本気でしていこうというその点。そのことがものすごく大切なことだと思っている。すべての問題が解決されるわけでもないし、いままでの小教区が持っていた良さ、司祭と信徒の親しいつながり、などがある程度失われてしまう。電話しても神父は教会にいない。なかなかつかまらない。そういう問題も当然あると思う。そのようなデメリットももちろんあると思うが、このままではどうにもならなくなる、ということを分かっていただければと思う。

 

A)寺西

わたしは70代に入り、小教区の再編成は死んだあとだろうと思い、割合平気でこういう司会などしている。幸田神父は30代と70代のはざまで、悲壮な叫びをあげている。その辺は信徒の方と現場の司祭と悲鳴のあげ方、種類が少し違いがあるだろうと思うのでぜひ彼の悲鳴をあげているということを分かっていただきたい。

 

Q)竹岡(松戸)

スケジュール、プロジェクトチームの役割、今後のスケジュール。他にもたくさんの方々が似たような質問あり。いつごろどういうことが・・。なぜそういう質問をしたかというと、きょうの話の中で、教区全体の中でも司教様あるいは司祭が取り組む問題と、信徒だけで取り組むもの、共同で取り組むもの、いろいろなものがある。そのなかで地域協力体が今の形、新しい形かわからないが、その目標を地域協力体自身が取り組むのか、あるいはプロジェクチームが調整するのか。もう一点は目標に取り組む場合、目安があるのか、3年なのか5年なのか、10年なのか。目安があればご教示いただきたい。

 

A)大司教

今後のスケジュールの目安。今のプロジェクトチームはこの課題について問題の整理を行い、皆さんに伝え、かつ問題を解決し、私が考える教会の在り方に向けてどういう方向で歩んでいったらいいかを提示するのが使命。それを実行するためにはどういう問題があるのか、それをどう乗り越えるのかということになる。8ページにある5項目を皆さんに考えてもらいたい。皆さんのご意見ご感想を受けて来年になったら問題点を更に絞り整理し、どう取り組んでいくかプロジェクトチームを中心に取り組んでいきたい。その時点で問題別に皆さんにどういう形で参加を呼びかけるのか。どういうふうにとりくんでいったらいいのか、ということを整理したい。今の地域協力体を基盤に、あるいはそれを出発点として20内外のグループにまとめるにはどうしたらいいかをお聞きしていているそうするために、「こういう問題がある」、ということがでてくる。それを基に案をとりまとめなければならない。それには一年くらいかかるのではないか。2003年春までに具体的な案を策定できたらいいという希望をもっている。2003年春を目指したい。

岩崎師・矢野(高円寺)・武田(関町)・小川(関町) 同じような質問あり。

 

 

Q)関連して、佐久間師、阿部(成田)

地域協力体といっても必ずしもうまく連携できないような事情があって、地域協力体を越えた、他の地域協力体とのつながり・可能性もあるのではないか。

 

Q)佐久間師

城西地域協力体でいつも感じていること。東京教区大会で今日の地域協力体の基礎(ブロック)ができた。その後必要に応じて手を加えたが、教区大会の区分けが現在の地域協力体の基礎にある。そうするとその中に所属している小教区の連携は必然性がない。ときには隣接するべつの地域協力体の小教区のほうがいっしょに仕事がしやすいと考えることもある。小教区を現在の地域協力体をもとに再編成するというならば、協力体自身の再編成が必要なのではないか、と考えた。

 

A)岩橋師

仰るとおり、線引きというのは、当然、不完全なもの。だからといってくねくねと点在させるブロックもあり得ない。そのあたりはご賢察願いたい。小教区から全部ご意見を賜るととてつもない事務処理がある。小教区を越えた問題をたくさん抱えている現代の教会、他の小教区との触れ合いによっても十分見つけていける。小教区の地域であろうが、地域協力体がカバーする地域であろうが、地域を本当に意識した小教区教会活動がなかなか進みいかない現実がある。その意味で地域協力体を中心に意見を出していただきたい、という主旨に変わりはない。そのなかで、隣の教会、自分と違う地域教会のほうが組みやすい地域がある場合、その旨その地域の方々が了解していただければグループ内でのまとめとして参加していただくことは可能かと思う。原則としては地域協力体である。これを機会に地域協力体のメリットも作り出していただければ、今後の大きな力になると思う。努力していただければ幸い。

 

A)寺西

8ページの今後のことのお願いで、第一回の答申を出す場として地域協力体が指定されている。それを3~4分割する場合、地域を越えた提案も当然あってしかるべきと思う。具体的に、城西地区で出せばいいのではないか。

 

Q)阿部(成田)

新しい教会を増やすという考えはまったくないのか。(関連)

 

A)大司教

ひるんでしまう質問だが。新しい教会といった場合、普通は○○教会という信者共同体を設立し、そこに教会の建物を建てることを意味しているのだろうが、今そういう状況ではない。すでに存在している私たちの共同体、建物、土地をいかに神様のために有効に、よく組み立てて、協力して新しく教会の宣教司牧計画をするのかということではないか。いままでは小教区をどんどん増やしていくことが教会の発展と考えてきたが、教区としてすべきことが強く意識されることになって、「教区」を意識しなければならないそちらに人も金も回していかなければならない。教会を作るというとき、土地を取得し建物を建てるというだけではなく、信者の共同体をつくって増やしていくことではないか。その後建物が必要ということで後から出てくればいい。建物を建ててそこに信者を呼ぶ、という状況ではないと思う。新しい教会を作る意味→教会にアクセスしにくかった人たちの救い、喜び、憩い。その受け入れ態勢をいかにつくっていくか、それを実現するための魅力的な計画があればそれが新しい教会を作るという意味になる。今までのように新しい小教区を増やしていくということであれば、むしろ反対のことを考えている。

 

A)岩橋師(補足)

岡田大司教は一般的に答えたが、東京大司教区の信徒の一員として忘れてはならないのは、外国人とほぼ同じ数の信徒が教会を探しめぐっている。質問のなかに東京韓人教会の質問もある。「教会を与えてください」、というアンケート(答え)もあった。小教区の再編成をするときに、たぶん日本人だけの意識でやっていく可能性もあるので、これを機会にほぼ同数いる外国人信徒のため、今後の小教区はどうあるのか、それらを含んだ形から(考えなければならない)。その意味で新しい教会が必要と判断される場合には、喜んで新しい教会をつくることも(考えなければならない)。

 

A)寺西

財政と司祭の数からの大司教の答えだったが、にもかかわらず、司祭が定住しなくても自分たちの隣の教会の援助で新しいところに信徒の共同体をつくっていく、ということもいままでもしてきたし、今後も当然続けられていくべきことである。船橋→習志野に引っ越した際に別の地域協力体に移ったケースもある。時代の流れとともにこの場所ではなくて他の場所のほうが効果的であるという(習志野の)ケースもあるわけである。

 

Q)寺西

信徒を増やす、司祭・神学生を増やす、これらへの努力をどう考えているのか、そういう趣旨の質問が非常に多い。あの一言では満足しない。もう一言。

 

A)大司教

司祭を養成する、召命に努力する。これは大切、やっていかなければならないただ、今回の問題は人数の問題だけではない、ということをご理解いただきたい。人数が足りないからこうするというだけではない。私が「新しい一歩」のなかで、伝えようとしたこと(8項目)は、具体的なことを踏まえて小教区のことだけを中心に考えて、そこに司祭を配置すればいい、ということではやっていけない、ということを伝えている。その辺をご理解いただきたい。更に私たちがイエス・キリストの呼びかけに答えて一生懸命教会としてやっていくことが召命を増やすことだ、と思う。今どういう状況の中でどうしなけばならないのか、イエス・キリストが生きたように私たちも一生懸命努める中で、若い人々に「私もそういう道を選んで進んで」いっていただけるようになるのではないか。なかで、私たちが置かれている状況(首都圏での叫び)に私たちがどう開いていくのか、何をしてきたのか、何をしなければならないのか、今のような態勢でどういうことができるのか、を考えた時に、私たちは自分たちの共同体をもっと多くの人、特にいま様々な問題をもって苦しんでいる人々が近づきやすい、そういう人々に私たちが開いている教会として、わたしたち自身を変えていかなければならない。それはたいへんなこと。しかし、それをやることが召命を促進することであると私は思っている。

 

A)寺西

同様な質問が大勢寄せられている。名前を省略するのでご了承ください。

(関連して)終身助祭・女性助祭→司祭の高齢化、全小教区に配置することが困難、との関連。その育成・要望があった。広くいえば、信徒の司牧への参加、宣教への参加。チームとして司祭や修道者信徒がチームを作っていくつかの小教区がまとまった形でチームで働いていく、ということに含まれるとは思う。実際、千葉では、また都心でも養成講座をしてきている。プロジェクトチームの方、今回の今後の改革の中で、信徒のチームを作っていくための養成等について、考え・説明はないでしょうか。

 

A)岩橋

プロジェクトチームとして審議しているわけではない。東京教区として終身助祭は保留している。大切なのは、教会共同体のなかで教会を愛する(“ひたすら君”、“こよなき君”等)、密着してキリストの使命を受け継ごうと努力している共同体でそういう機運が高まり、そういうなかから召命がある。助祭についてもだれかが選ぶということではなく、神からの恵み。ふさわしい人、なっていただいたほうがいいという人がいてもいても本人はノーであればおしまい。むしろ、信徒の皆さんのなかで、教会のなかでミッションチームに入って頑張れるという希望を持つ方、それに燃える方が輩出するような共同体が大切なのではないか。あの人は特別、ひま、等といって教会共同体が一緒にならない浮いてしまう。浮いた人に教会側が特権を与えてしまうとますます浮いてしまう。それは私たちカトリック教会の共同体の、信徒が信徒を裁くという反省(ナイス・)が出ていたが、「祈る共同体から祈る人が生まれる、宣教する共同体から宣教する人が生まれる」ということだと思う。みんなが一緒になるときに必ずいいものが生まれてくる。そういう形での共同体が盛り上がることが先決。教会はきっとすばらしい人をその中から選ぶに違いない。

今回は、小教区という一つの場面で可能なことをやっていこうということである。召命についても大きい問題であるという認識は当然持っている。

 

Q)寺西師

東金教会の司祭が亡くなって、東金教会について千葉地域協力体が相談の上、暫定的ではあるが一つの解決方法を見いだしている。その中に信徒の集会祭儀を行っている。小教区再編成とそのままつながるかどうか分からないが、具体的なケースなので、話してください。

 

A)幸田師

現実をイメージとして捉えるにはいい例かも。東金教会の神父が亡くなってすぐに他の司祭が専従で行くことができなくなった。これまでのやり方だったら、隣の教会の神父が2つ掛け持ちをすることにせざるを得なかった。ところが、それも難しい。実際に隣の茂原教会の神父が2つの教会のミサをするのが無理という状態であった。千葉地域協力体では相談して、東金教会を責任者は隣の茂原の司祭がし、それ以外は千葉寺、西千葉の神父が協力して・・・。こういう場面で否応なく、司祭の協力が始まってしまう。隣の教会は知らないとはいえなくなってしまう。こういうことが司教の構想のなかで起こっていくことだろうと思っている。いっぺんに変わるのではなく、司祭が一人欠けたときに周りの司祭たちが協力しあうというようなところからこのことは、現実になっていく。それでも無理だから、実際には月に2回日本語の主日のミサ、残りの2回は信徒の集会祭儀集会祭儀は千葉では前々から奉仕者の養成もしてきた。東金教会ではよく行ってきた。

 

終身助祭、信徒の奉仕職のこと(補足):プロジェクトチームの議論の中でいままででてきたことを紹介する。聖体奉仕者、集会司式者、終身助祭等、それだけをぽつんぽつんと取り上げてきてもうまくいかなかったという現実がある。せっかく聖体奉仕者の認定をもらうために一生懸命講習を受けて認定をもらって自分の小教区に帰っても、主任司祭は「うちではそんなことしなくてもいい」、と言われたというそういう不満はたくさん聞いた。どういうことかというと、認定を受けた奉仕者が自分で何かできるとか、司祭の代わりに助祭を送ればその教会がなんとかなるとか、そういうことではない。根本は、チームミニストリー、という考え。司祭、修道者、助祭やいろんな奉仕者、信徒いっしょになって共同体に奉仕していこうという考え。そういうことをしようとしていて、そのなかでこそ、終身助祭も本当の意味で生きるだろうし、聖体奉仕者も本当の意味で生きるだろうと考えている。小教区の再編成の流れの中で、助祭や信徒の奉仕職の位置づけが見えてくると私は考えている。チームミニストリーが一番むずかしいのは司祭。これは絶望的だと思っているが、でもやるしかない。

 

Q)寺西師

先日この準備をしているときに、ある神父が、「今度の新しい一歩、再編成、一番いやなのが神父たちであって、そうであるのになんとかしようとしているのだから、そのへんをわかってもらいたい」と、司教に言ったか、司教をとおして信徒に訴えたかったのかわからないが、実際問題これを実行していくのに一番難しいのは神父たちであると自分自身も考えて痛感する。でもこのままではどうしようもないという問題の中でこれから第一歩を踏み出そうとしている。

岡野(喜多見)さん、(司教に対してだろうが)ポイントを口頭で話してください。

 

Q)岡野

基本的な質問ですが、第二ヴァチカン公会議で提案された福音宣教、ナイス、を促進するために、教会が反省と刷新をしなければならない、という話が大司教からあった反省と刷新の具体的な内容は、司教様ならびに司祭の方々はどのような問題として考えているのか。

 

A)大司教

第二ヴァチカン公会議教えに従った刷新・反省を日本の教会あげてやろうとしているということ。→典礼、司祭の養成、社会問題に対する教会のスタンス、学校施設等いろいろある。小教区という制度が現実にそぐわない部分が現実に出てきた。それをなんとかしたいので話し合っている。小教区は原則として、従来はある区域に住んでいる信者がその教会に所属して、そこでミサにあずかり、献金をし、信者としていろいろな活動をするという制度。現実にはその区割りの中に住んでいる人が必ずその教会に行って、よそに行ってはいないとかいけないとかいうことではなくなっている。それは無理もないことで、社会の現実が大いに変わってきて、制度は人のためにあるのであって、人が制度のためにあるわけではない。人々のニーズに答えて教会が変わっていかなければならない。そういうことをいえば、教区自身がそうである。首都圏の3つの教区はもともと一つの教区だった。60年の歩みのなかで3つの教区になっている。人々のなかには、教区よりもどの教会が自分のニーズによく答えてくれるかということが大切。多数の外国から来た信者がいて、毎週いろいろな教会に行って、自分たちの霊的な飢えを満たして答えてくれる教会司祭を探して移動して歩いている。彼ら彼女たちはこの教会がどの教区に属しているかなどということはさほど問題ではない。私たちは日本という異文化の中で必死で生きている人たちに生活面でも信仰面でもできる限りの援助をしたいのだが、今のままの態勢ではできないので、一生懸命どうしたらいいか考え、東京教区としてはCTICを創設してやっているが、焼け石に水。大きなニーズに対して、私たちは少しのことしかできていない。自分たちが集まってそこでお祈りをし、そこで過ごす、その中だけではいいのだが、その外にいる多くの人の飢え、渇き、痛み、苦しみに教会はどう関わっていくか、ということを考えたときに、我々は大きく変わっていかなければならないと思う。その努力が反省・刷新である。

 

Q)寺西

まだ質問用紙の細かい質問について取り上げている時間もない。積み残しもたくさんある、同じような趣旨だといって勝手にまとめてしまって自分の意が尽くせていないとお感じになっている方もあるかと思いますが、この暑い日多くの人たちはミサに出て、我々も午前中働いて、だいぶ心身ともに消耗してきている。最初に岡田大司教が「新しい一歩を踏み出すのだ」と何度も言っておられたので、今後各小教区・地域協力体で取り上げて、大いに意見を交換して、その上で具体的な意見提案を出していく、その前の一種の説明会、主旨はこうなのだというと説明会としての集会であった。岡田大司教の小冊子が何を意図して、どういうことに限っているか、という説明はもう聞いていてお分かりと思います。いろいろな質問があってもだいた答えは同じ。打ち切ってよろしいでしょうか。(拍手)

 

A)岡田大司教の結びのことば

皆様、本日はこの暑いなか、お疲れのところわざわざ教区集会にお越しいただきまして本当にありがとうございます。こころから御礼申し上げます。皆さまからの予想以上のいろいろの反応をいただき、私もこの問題の重要さを改めて認識しております。司教、司祭団から見ている問題と、皆さんから見ている問題と温度差があると思います。こういうような対話の機会も、これからも--教区レベルではどれだけできるか分かりませんが--いろいろな機会に対話を繰り返しながらほんとうにあるべき教会の姿を追求していきたいと考えています。これにも書きましたが、私たち司祭の側は、自分である役割をいただいてその中でやっていくことに慣れているので、横の連絡をよくし仲間の司祭と力をあわせてやっていくことに困難を感じていることは事実です。このままでは行き詰まっている、という大方の司祭の意識があって、痛みを伴いながら、これに取り組んでいきましょうという決意を持っていると思います。皆様が毎日のように接する神父様たち、それは人間としていろいろな限界を持っている方です。それでも私たちはお互いに認め合い、助け合って、イエス・キリストの望んでおられる教会の歩みを続けていきたいし、そうしなければならないと本当に考えております。これから私たちが教会の使命を遂行していくために、やはり教会のなかのいろいろな立場の人たちの間の理解と協力がますます大切になってくるのではないでしょうか。

きょうお越しいただいた皆様、改めて更に教会のなかで皆様に担っていただく具体的な役割を皆様自身にも考えていただき、そして私たち自身も更に具体的に考えていきたいと考えています。皆様の教会のなかではそれで問題なく完結していると思いますが、今の日本の社会に対する、よその教会に対する皆様の援助・貢献も是非考えていただきたい。

繰り返しますが、8ページにあります皆様への問いかけを、それぞれの教会・地域協力体で取り上げて、話し合って私どもにご意見をお寄せいただきたいと思います。

きょういただいたいろいろな意見、時間が足りずに取り上げられなかった意見はプロジェクトチームで整理し、できる限り誠実に、答えるようにしたいと思います。きょうお集まりの方は多数ではありますが、東京教区の信者は9万人、外国人を入れれば20万人のなかのほんの一部にすぎません。多くの人の我々の問題を分かち合っていただき、そして一緒に力を合わせてやっていけるように、いろいろな機会に情報を提供し、分かち合うようにしたいと考えております。

きょうは、「新しい一歩」として、これからいろいろな紆余曲折を経ると思いますが、目的地に向かって歩んでいきたい。私は微力ですが、そちらのほうに向かっていく意志を示し続けることがわたしの最低の任務であると思っております。どうぞこれからも皆さんのお祈り、ご支援を切にお願いする次第です。ありがとうございました。

 

 

寺西師(補足)

きょうの集会の議事録をまとめたものを、9月半ばまでには参加者の方にお渡しできると思います。そのことを踏まえて、小教区等で報告会、それに続く討議などのお役にたてると思います。8月中にまとめ、9月中にお渡しします。

 

 

5.閉会の祈りと聖歌